Steins;Gate γAlternation ~ハイド氏は少女のために~   作:泥源氏

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去就

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2010:08:16:23:12   0.523299

 

     ↓

 

2010:08:15:06:10   0.523307

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

収斂、破裂、膨張、縮小、明滅。

 

存在がボヤけて、視界が跳んで、意識が集約。

地面を失う浮遊感、無重力に投げ出され振り回される。

ジェット機に張り付いても味わえない疾走、大気圏突入でも味わえない圧迫。

激痛は筆舌し難く、頭を抱えて叫び出したい。

 

 

「ぐぅっ!」

 

 

舌を噛み締め堪えつつ、波が収まるのを待つ。

脳ミソを直接掻き毟りたい衝動に駆られる。

対拷問訓練を受けているが耐え続ける自信はなかった。

タイムリープなんて二度とするものか、と決意を胸にゆっくりと目を開く。

 

 

「――――ここは?」

 

 

五感がある程度戻ると、現状が見えてきた。

どう見ても車の中、助手席だ。

窓の外は見覚えのある場所で――――

 

 

「っ!」

 

 

ふいに頭を揺らす振動。

アラームに起こされるように、焦点が目の前で結ばれて。

ようやく耳に当てているものを降ろした。

手の中で震えるのは、携帯電話。

 

 

(着信……?)

 

 

表示は“助手”。

――――紅莉栖か。

深く考えず、通話ボタンを押す。

 

 

「何か用か?」

 

『……何で連絡寄越さないワケ?』

 

「ん? そうだな、話したいことがある。また改めて――」

 

『なにが起きてるのか状況を教えろ』

 

「ふむ」

 

 

この女、ご立腹である。

しかし当然凄まれたところで俺が応えられるものでもない。

 

 

『……はぁっ、今どこにいるの?』

 

「今どこにいるか、だと? ――新御徒町か?」

 

『何であんたが疑問系なのよ……』

 

 

 

 

 

「新御徒町で、……あってる」

 

 

 

 

 

「ん?」

 

『……は?』

 

 

ここで、聞き慣れた声が横から聞こえる。

 

そう、車に乗っているのなら運転している人間がいて当然なのだ。

いつも俺を運んでいたのはコイツだったではないか。

タイムリープしたのなら生きていても不思議じゃなくて。

それでも、俺は思いの外動揺していた。

 

 

 

 

 

M4――

 

 

 

 

 

「――いや、萌郁」

 

「……? 何?」

 

「今俺たちは新御徒町にいるんだな?」

 

「そう、だけど……」

 

 

喪った人間がまた現れる現象は慣れない。

そんな俺の心を知らずに、死んだはずの部下桐生萌郁はあからさまに怪訝そうな顔だった。

俺が唐突に態度を変えたから戸惑っているのだろう。

ポーカーフェイスは得意だが、俺は内心を隠しきれていなかったのだ。

 

……ここは開き直る場面だな。

推理の確認、と言う形で問い詰めていこう。

場所と面子から言って――――

 

 

「俺たちはFBの自宅を訪れている。合っているな?」

 

「……そう、だと思う」

 

「やはりか。今は、――15日の6時11分」

 

 

設定通りの時間に辿り着いたようだ。

FBが自殺するのは7時頃。

近所の住人に銃声を聞いた人間がいてタイムリープ前に聴取済みである。

 

 

 

しかし、何故俺がこの場所にいる……?

 

 

 

 

『……私もそっちに行くから、首を洗って待ってなさい』

 

 

怒気を孕んだ声を聞いて、彼女を無視していたことに気づく。

紅莉栖の怒りが既に臨海点まで到達しているようだ。

勝手なことを言って勝手に切ってしまった。

 

……まあいいか。

聞きたいこともある。

来たければ来るがいい。

 

 

「それで、萌郁よ。ここまでの経緯を話してもらおうか」

 

「経緯……?」

 

「俺は先ほどここにタイムリープしてきたのだ。

聞かせろ。何故FBに会いに行こうとする? しかもこんな早朝に」

 

「! ……そう」

 

 

コイツ相手に無駄な心理戦は不要だ。

直球で話しリアクションを見ようと思ったが、反応は薄い。

俺がタイムリープしてくるのはそう珍しくないのだろうか。

 

その後、ゆっくりと萌郁は語りだした。

俺の全く知らない世界線を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

合流して早々、紅莉栖は無言で深いため息をつく。

怒りをあからさまにし隠そうともしない。

その姿を横目に一瞬見て、また玄関前に設置したCCDカメラの画面に目を移す。

紅莉栖の息が怒りを増したような気がした。

 

 

「あんたね、少しは連絡したらどうなの?」

 

「何故お前に連絡する必要がある?」

 

「私はどうでもいいけどっ、……まゆりは、すごく心配してた。

見てて、痛々しいぐらいにね」

 

「――――」

 

「せめてあの子にだけは、連絡してあげなさいよ」

 

 

迂闊、だった。

ラボの状況を俺は全く知らないが、まさかまゆりを放置して探し物とは……。

チッ、この世界の岡部倫太郎はどこまで余裕がないんだ。

 

 

「……それと、何でその人といるの?」

 

 

視線で萌郁を指し示す。

彼女は地面をつま先で蹴り、無表情。

一言で表すなら、手持無沙汰と言った風である。

 

 

「まゆりを……殺す人なんでしょ?」

 

「そうだな。だが違う世界のことなんて関係ない。

――コイツのことは、とうに赦している」

 

「!」

 

「そう……」

 

 

それは、タイムリープ前の世界で紅莉栖に聞いていたことである。

 

 

 

 

 

 

桐生萌郁は、ラウンダーとして幾度となくまゆりを殺害した。

 

 

 

 

 

 

俺はその話を聞いて萌郁を――――特に、恨まなかった。

タイムマシンが出来たなら、その発明者を捕まえて他は処分する。

これはラウンダーとしての職務であり、義務なのだ。

ラウンダーに彼女が所属する限り避けられないモノである。

 

そもそも死ぬ時期が決まっているのなら、

それが萌郁の手によるものだったとしてどうして責められよう。

それこそ世界線など無限にあるのだから。

気にしてもキリがなく、無意味だった。

 

まぁ実際問題、目の前でまゆりが殺されれば恨みもするかもしれないが、

幸いにも目撃したことはなく。

ならば、本当に全くもって関係ない話である。

 

 

「まあいい。それで? これからどこか行くんでしょ? 私もついて行く」

 

「そうか、じゃあ付いてこい。お前には聴かなければならないこともあるからな」

 

「いやに素直ね。……聴かなければならないことって何?」

 

「着いてのお楽しみだ」

 

 

レンタカーに乗り込み、再度CCDカメラをチェックする。

前の岡部倫太郎が設置したようだが、便利で結構。

感度も良好のようで、ログを見ると未だ動きはなさそうだった。

自殺する時刻まで時間があるから、当然と言えば当然か。

 

運転席に乗り込んでいた萌郁が後部座席に紅莉栖を確認すると、視線を寄越す。

俺が応えるように頷き、車は発進した。

 

と言っても、FBの家は新御徒町駅からそう離れていない。

だからすぐに着いてしまうだろう。

時間はまだあるのだ。

この間に、聴いてしまうこと、言ってしまうことを済ませてしまうか。

 

 

 

と、その前に電話をかける。

勿論、相手は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『トゥットゥルー♪ まゆしぃ☆でーす』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トゥットゥルー」

 

「ぶっ!! …………ダメだコイツ、早く何とかしないと」

 

 

真似してみたが、実にシュールだ。

後部座席から吹き出し笑いの後溜息が聞こえてきた。

 

さすがにこの挨拶はダメかもしれない。

色々な意味で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まゆしぃは怒っているのです』

 

 

そうか、悪かった。

 

 

『ダメだよー? 連絡しなきゃー』

 

 

だな。

お前に心配かけるなんて愚の骨頂だ。

 

 

『……でも、オカリンが無事で、まゆしぃはとても嬉しいよー。えへへー』

 

 

俺もお前が無事で嬉しいよ。

 

 

『それじゃあ、クリスちゃんによろしくねー』

 

 

ああ、アイツの面倒は俺が見ておく。

 

 

『じゃあね♪ オカリン』

 

 

じゃあな、まゆり。

 

 

 

 

 

「はいはいリア充乙。で、誰が誰の面倒を見るって?」

 

 

まゆりとの電話の余韻に浸っているところなので、非リアの嫉妬は無視する。

というか、他人の電話を聞いておいてさらにその会話へ突っ込みを入れるとは。

なんという奴だ。

 

 

「馬鹿め、誰がお前の面倒なんぞ見るものか。オシメぐらい自分で替えろ」

 

「あんたが私に喧嘩を売っていることはよく分かった今すぐ屋上」

 

「興奮するな喪女。もう出るぞ、準備しておけ」

 

「ぐぬぬ……」

 

 

新御徒町駅から徒歩5分の場所に、FBこと天王寺祐吾の自宅があった。

寂れた平屋だ、年季を感じさせる。

来たことはないが、ネットで付近のストリートマップは調べたことがあったのだ。

 

 

現在到着間近、路上にパーキング中である。

 

 

 

「で、いつになったら満足に停められるんだ?」

 

「……あと……少し……」

 

 

ペーパードライバーとは聞いていたがここまでか……。

前の世界ではよく乗らせていたから、こんなことは有り得なかった。

 

まぁ、俺は特に急いでいないので構わないが。

時計は6時40分を回っていた。

 

のんびり話す時間はなさそうだ。

 

 

「で、話すことって何よ?」

 

「いい、帰ってきてから話す」

 

「……やった」

 

 

鏡でジト目の紅莉栖を軽くいなしていると、ようやく停車。

萌郁がコチラを横目で見ているのは褒めて欲しいのだろうか。

まるで飼い犬だ。

 

 

「良くやった。それじゃあお前は一緒に来い。紅莉栖はここで見張っていろ」

 

「……うん」

 

「……はぁ」

 

 

紅潮し俯く萌郁を置いて、紅莉栖の嘆息に押される形でドアを開け車を出る。

外は朝にも関わらず日差しが強く、一瞬目を細め。

小走りで付いてくる気配に、在りし日への懐かしさすら感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天王寺祐吾と俺が出会ったのは、秋葉原にラウンダーとして配属された時である。

SERNの実行部隊として活動を続けるラウンダーの地位は高かったが、

その中でも日本において奴は前線指揮官を任されていて。

叩き上げの幹部にも関わらずそれなりの権限を持っていたのだ。

 

俺が秋葉原に配属された当時、秋葉原制圧戦で後援の俺とは違い奴は大忙しだったから

挨拶はあっさりとしたもので。

それでも奴は俺を視線だけで殺せそうなほど睨んできた。

坊主で髭を生やす外人風の巨大で筋肉質な上司、普通足が竦むほどの歓迎だ。

 

俺はそんな化け物からの熱烈なラブコールを、どこか冷めた目で見下す。

奴は一瞬呆けて、面白いものを見たとばかりに破顔した。

それから奴が俺を何かと気にかけてきて、鬱陶しいばかりで。

 

 

『おめえ、しっかり飯食べてんのか?

ここいらはお前の出身だろう。もうちっと楽しみやがれ』

 

『M3……殺りすぎだ。これ以上暴れると、俺でも庇いきれねえよ』

 

『お前はもうちっと器用に出来ねえのか?

その実行力がありゃあ十二分に出世頭だってのによぉ。もったいねえ』

 

 

しかし俺はまるで父親のように小言ばかり言う彼を、嫌いにはなれなかった。

筋肉馬鹿で、有能なくせにどこか甘く、それでいて人望の篤い、

この非情になりきれないぶっきらぼうな上司を。

嫌いには、なれなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

FBの家へズカズカと玄関から乗り込む。

やつの平屋の中身は予想外にスッキリしていて、娘の手入れが行き届いていることを伺わせる。

そんな中真っ先に目に入る、部屋のインテリアとして大きく居座った仏壇。

 

紅莉栖には聞いていたがアレか……。

飾ってあるニキシー缶が、今も座標を精確に示していた。

 

 

「よく来てくれたな」

 

 

突然の訪問でもFBは嫌な顔一つせず、インスタントコーヒーまで出すという厚遇っぷり。

内心、邪魔に思いつつも顔には出さない。

片付けに無駄な時間がかかりそうだ。

 

奴がコーヒーを淹れてくる間注意深く観察していると、

この家には俺を含めて4つの気配があることに気付く。

やはりアレはまだ隣室に居るようだ。

聴きたいなら聴かせてやろうという気持ちで、コーヒーを持ってきたFBに声をかける。

 

 

「随分と早起きだな、天王寺」

 

「まあな。綯の学校の時間に合わせてるから、基本的に早起きなんだよ。

今は夏休み中だがもう習慣になっちまってる」

 

「娘はまだ寝ているのか?」

 

 

白々しくも、様子を探るように質問する。

まさか息を潜めた暗殺者が盗み聞きしているとは夢にも思っていまい。

俺以外、な。

 

 

「うるせえ。綯のこと聞き出してどうするつもりだ? 寝込みを襲おうとしたらマジで殺す」

 

「するわけがない」

 

「んだと? 綯に魅力がねえってのか!?」

 

 

ではなんと答えればいいのだ……。

このオヤジ、滅茶苦茶である。

社交辞令はあまり好きではないので、コイツが説教を始める前に本題に入るとしよう。

 

 

「さて天王寺よ。俺たちは何故お前を訪ねたと思う?」

 

「…………」

 

「ふん、誤魔化せば要らぬ恥をかくことぐらいわかっているらしいな。

それとも、黙りを決め込むつもりか?」

 

 

俺が一緒に来た理由は話を円滑に進めるためというのもある。

多少強引だが、この連中にはこれでいいだろう。

 

 

「…………おめえは、裏切ったのか? M4」

 

「!? もしかして……F……B……?」

 

「フェルディナント・ブラウンって知ってるか?」

 

「ノーベル物理学賞受賞者だな」

 

 

高校と大学、暇潰しと見ればそれなりに面白かった。

その時読み漁った本の中に、見た覚えがある。

 

 

「そうだ。ブラウン管を発明した偉人だよ。で、フェルディナント・ブラウン。

頭文字は?」

 

「FB……!」

 

「そういうことだ」

 

「そんな……イヤよ……」

 

「俺への依存の次は、現実逃避か?」

 

 

嘲笑は無視し、黙って聞く。

しかしFBにはそんな意味が……。

初耳である。

まあ、どうでもいいことだ。

 

それよりこの世界の萌郁はFBの正体を知らずにラウンダーへ所属していたのか。

ラボを襲撃した素人臭い連中を思い返すと、納得できなくもないが。

 

 

「本当に……FB……?」

 

「ああ、そうだ」

 

「メールは……」

 

「全部俺が書いた。なぜ女言葉かって? カムフラージュだよ。

正体を隠すためのな。ネットでもネカマなんて腐るほどいるだろ。

マジな話、大変だったんだぜM4。メール送りすぎだタコ。

おめえのくだらねえ相談に全レスしてやったんだ、感謝しろ」

 

「そん……な……。FBは……私の……お母さん……みたいな存在で……」

 

「そう仕向けたんだよ。

おめえみてえなメンヘルは、簡単に依存してくれるから操りやすい」

 

 

FBは観念したかのように語りだした。

彼の自白は投げやりで、俺が言えることは何もなく。

 

 

「なぜ……連絡……くれなかったの……?」

 

「連絡? ああ、IBN5100を手に入れた時点で、おめえはもう用済みだからだ」

 

「……用済み……」

 

 

 

 

 

 

「その言葉に偽りはないか?」

 

 

 

 

 

 

「……あん?」

 

 

それでも、何も口を挟まず聴くにも限界はある。

俺の部下であり、ラボメンの一員である彼女をゴミの様に扱われては堪らない。

 

 

「萌郁はもはやラウンダーに属さず、彼女を殺害しようともしない。

全くもって用無し、ということだな?」

 

「ああ。武士っつーわけじゃねえが、二言はない。もうラウンダーには必要ねえよ」

 

 

 

 

 

 

「だったら、今からこの女は俺の部下だ」

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

「……え?」

 

 

その時確かに、空気が固まった。

俺の高らかな宣言が時を止める。

……やはりこの俺こそ、時の支配者に相応しい。

 

 

「わかったな? M4、いや桐生萌郁。

FBなぞ単なるハゲオヤジでしかなく、お前の求める人間ではなかった。

お前に残された地位はラボメンNo.005のみ。だから、これからは俺に従え」

 

「岡部くん……」

 

「……言ってくれるじゃねえか」

 

 

確認ですらない。

強制的に奪い取った後の事後承諾。

この女は、誰かに引っ張られてこそ生きていけるメンヘル。

俺でなくては満足に扱えまい。

 

 

「ちっ……悪ふざけでメンヘル背負うと後悔すんぞ?

単なる大学生が、部下なんて持てるわけねえだろ」

 

「クッ、やはりお前は勘違いをしているらしい」

 

「あぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

「――――いつからお前は、俺を単なる大学生だと錯覚していた?」

 

 

 

 

 

 

 

「……何?」

 

 

自信満々に胸を張って、堂々と言ってやる。

必要なのは、俺自身が鳳凰院凶真になりきることだ――――。

 

 

「お前程度の末端は知らないだろうが、いずれ俺がラウンダー、

延いてはSERNを掌握することが未来に於いて“確定”している」

 

「……何言ってやがる?」

 

「我が真名は鳳凰院凶真、――300人委員会の一員なのだよ」

 

「…………」

 

 

怪訝、という言葉を顔で表している。

疑っていると言うより呆れているのだろう。

 

虚実と真実と法螺を織り交ぜて、一方的に畳み掛ける。

それこそ、俺の舞台演出だった。

ちょっとしたFBへの手向けである。

 

 

「調べればわかると思うが、そこまでする必要はない。お前は橋田鈴を知っているな?」

 

「!! なんであの人の事をお前が――」

 

「奴は俺の部下であり、俺が遣わしたタイムトラベラーだからだ」

 

 

これはほとんど事実だ。

ラボメンは俺の部下であり、橋田鈴は紛れもないタイムトラベラー。

今のは効いたな。

FBの心が、少し傾いてきているのがわかる。

 

 

「色々と不自然な点はなかったか?

未来を良く知っていたり、それでいて現代に疎かったり、全く身寄りがなかったり、

何故かお前に良くしてくれたり」

 

「…………」

 

「そして、――――岡部倫太郎の話をし、部屋を提供させたり、な」

 

「っ!」

 

 

正確には知らない。

鎌掛けである。

それでも、おおよそ当たっているのだろう。

 

 

「俺がブラウン管工房の上の階にラボを作ることも、そこでタイムマシンを完成させることも、

お前たちがIBN5100を回収し終えて死ぬことも、全て必然なのだよ」

 

「何だ、お見通しってわけか」

 

「300人委員会で“時の支配者”と呼ばれるこの俺を舐めるな。

この後お前は机の下に隠した銃で自害するんだろう?」

 

「……本当に、トンでもねえ奴だ」

 

 

FBは、観念したように銃を取り出した。

直接自分のこめかみに銃口をあてがい、息をつく。

 

ラウンダーは使い捨てなんだよ、と彼は言った。

 

 

「ダイレクトメールでメンバーを募集すんのは、機密性の保持の観点からするとザルだけどな、

それがラウンダーのやり方だ。そして、IBN5100を見つけたメンバーは、

任務達成となり口封じされる。例外なく、全員だ。そうすることでSERNと“委員会”は、

機密を保持しつつ安い金で、俺たちみてえなはみ出し者を利用してるわけだ。

お前はよく知っているだろうがな」

 

 

奴は俺に苦笑を向けた。

だが俺の知るラウンダーとこの世界のラウンダーは違うものである。

 

俺の所属していたラウンダーは地位が高く、軍隊に近い。

当然、使い捨てなんて勿体無いことは出来なかった。

IBN5100を見つければ回収し、引き続き捜索に回されるだけ。

徹底した機密管理のために俺のような監視役を配置していたのだ。

 

 

「FB……」

 

「こいつらにしてみれば、ラウンダーは全員、駒さ。悲しいことにな。

任務達成はすなわち“処分”確定。扱いとしては家畜みてえなもんかな」

 

「……っ」

 

「逆らえば、家族が危険に晒されるんだ。大事な娘に、手出しさせられねえさ」

 

 

引き金に指を掛け、奴は自嘲するように笑った。

と思うと、俺の方に目だけ向けて。

 

 

「……本当に、任せられんのか。鳳凰院凶真」

 

「当たり前だ。コイツは俺の部下として預かったんだ、死ぬまで面倒見てやるさ。

――――だから、安心して逝け」

 

「そうかよ、助かるぜ」

 

 

少しだけ、奴は、天王寺は穏やかに笑い、

 

 

 

 

 

 

 

「ホント、なんでこんなことになったんだろうなあ」

 

 

 

 

 

 

 

引き金を引いた。

乾いた音が響き渡り。

血が、脳奬が飛び散って、その巨体は重力任せに横たわる。

 

 

あっさりだ。

あっさりと、FBは、死んでしまった。

 

 

「あ……あ……」

 

「吐くな」

 

「……っ……!」

 

 

目を向けず、静かに一喝する。

吐きそうになっていることぐらいわかった。

彼女が最初に死体を見た時、そうだったのだから。

 

 

「受け止めろ、この死を。コイツは大切なものを守るために死んだ」

 

「うっ……ん……」

 

「お前のことも守っていたのだ。だから、――吐いてやるな」

 

「ん……」

 

 

無理矢理吐瀉物を嚥下し、萌郁は頷いた。

涙だけは止められそうもないが仕方がないか。

 

横たわる死体はあまりにも醜く汚い。

見慣れなければ受け入れがたいだろう。

触るなんて以ての外。

 

棚から取り出した手袋をはめて。

そんなことをしても屍の手触りは変わらずに。

躊躇いなく漁ることの出来る俺は、客観的にどうしようもなく狂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――救えないな。俺も、お前も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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