マネー・イズ・ライク・ウォーター
「シュテるんー」
「なんですかー」
「素材集めしたいからクエスト付き合ってー」
「いいですよー。ユーリもどうですか?」
「あ、私も行きます」
少女が三人、リビングのソファを占拠する様に寝転がりながら携帯ゲーム機でゲームを遊んでいる。なんでもゲームの内容はどっかの管理世界での生活がベースになっており、モンスターバスターとかいう連中が原住生物を狩って素材にし、それで装備を強化していくゲームだ。あまり外へ連れ出す事も出来ないので、家の中にいる時ぐらいは不便でないように、家にゲームを完備した。……したのだが、そのせいでいい感じにだらけきっている。元々女子は家派が多いというのは偏見かもしれないが、流石にだらけすぎやしないだろうか。
「おい」
「あ、悪い悪い」
視線を手元に戻す。目の前にはカッティングボードやら包丁やら、いろいろなものが置いてある。だがその大多数は役割を終えている。あとは出来上がったものを纏めてフライパンで炒める段階に入っている。だからこそ後ろからディアーチェの体を支えつつ、フライパンを片手で操作するディアーチェを見るに。
「あーそうそう、もう片手で握って……そそ、まんべんなく温まる様にな。ただあまりやり過ぎると細かくなりすぎて逆に食べた時まずく感じるから適度なペースで……あ、もうちょいゆっくりな」
「む、こ、こうか?」
「うん、そんな感じだな」
これなら大丈夫そうだな、と、そっとディアーチェの背後から離れ、キッチンに予め運んでおいた椅子に座り、エプロンを装着してフライパンを握るディアーチェの姿を背後から確認する。うむ、やはり女子はこういう姿が一番似合っているのだがなぁ、あの三人はどうしてあっち系に走ったのだろうか。実に解せない。
「いや、解せぬとか解せないとかいいから、我の様子を!」
「いや、そこまでテンパる必要はねぇよ。ちゃんとできてるじゃねぇか。逆にその無駄にテンパってるのを何とかして落ち着けろ。やっている事に間違いはないんだし、あとは教わった事をやるだけだから、自信を持ってやってみろって」
「う、……うむ。この我に任せるがいい!」
即座に持ち直し、自信を持てるのがディアーチェの良い所だと思う。前は一人用だったため椅子の持ち込みが出来なかったキッチンも、今や四人全員で作業していても苦にならない広さになっているし、リビングも前の倍以上の広さになっている。それに伴ってソファやテーブルも新調し、娘たちそれぞれに部屋を与える事も出来た。
―――引っ越してから一ヶ月が経過した。
人生はそんなに変わっていなかった。
一ヶ月もすればマテリアル娘たちも新居と生活に慣れるし、それぞれの役割も覚えてくれる。ディアーチェは積極的に家事を手伝い、覚えようとし、基本的に家の中で出来る事は大体全部出来る様になってきている。続いて器用なのが意外にもユーリで、此方も料理と洗濯を頑張る。シュテルは性格通りなのか、意外と几帳面で掃除をすると埃を一つも残さず綺麗にしようとする為、主に掃除はシュテルの独壇場となっている。で、レヴィはニートだ。アイツに働かせてはいけない。休め。休んでいてくれ。お願いします。
……ともあれ、一ヶ月一緒に生活した程度で何かが劇的に変わるわけもない。少しずつ、ゆっくりと、互いに信頼関係を構築している真っ最中だ。デメリットばかりしかないこの生活の、唯一のメリットでもある可愛い少女達との同棲生活……なんて甘い事を言っていられる場合でもない。最初は楽観視していたこの生活だが、一ヶ月も続けていれば段々とだが問題点が浮き彫りになってくる。
「イスト! 色が変わって来たぞ! ここからはえーと」
「慌てず、騒がず、まずは火を切ってから皿へ移そう」
「うむ、了解した」
ディアーチェが皿へと料理を移す光景を椅子の上から眺めながら、軽く先の事を考える。少しだけ不安だが―――確か今日だったな、と。
◆
「む、流石王。中々の腕前ですね」
「料理の仕方なんてインプリンティングされてないのにね」
「流石ですねディアーチェ」
「そ、そうか? ふ、フハハハハハ! どうだ! この我にかかれば料理などこの程度のものだ!」
「はいはい、あまり調子に乗らない。肉と野菜とご飯を一緒に炒めたのに味をつけているだけなんだから。少し練習すれば誰にできるさ。もうちょい複雑なメニューに挑戦してから威張りましょう」
「なんで貴様は上げてから落とすんだぁ!?」
いや、だってそのリアクションが非常に面白いから、なんてことは言えない。まあ、それでも上手く出来ている事には変わりはない。それに関しては純粋に褒めてもいいが……褒めるのはシュテル達がやってくれている。だからその分俺が厳しくしておかないと後々ダメな子になってしまわないでもない。
『Fa……』(お父……)
「ベーオウルフをゴミ箱へシュゥゥゥゥ―――!!」
「べ、ベーオウルフ―――!!」
テーブルの上に乗せていたベーオウルフを迷うことなく空っぽのゴミ箱へと投げつける。意外とノリがいいユーリが手を伸ばしてベーオウルフの死を悼んでいるが、ユーリの手を掴み、此方へと引き戻す。
「食事中にテーブルから離れてはだめ」
「あ、はい。そうでしたね」
『Why are you so hard against me……』(何故そうもセメントなのですか……)
あえて言うのなら恥ずかしいからだ。相手が圧倒的に年下だとはいえ、少女四人と暮らしていて恥ずかしくないわけがなかろうアホが。まあ、そこらへんは鋼の精神で何とかなるとして、問題はもっと別にある。食べ進めていた料理を一旦置き、魔力で魔力スフィアを一個形成する。それをゴミ箱の端っこへと当て、ゴミ箱を倒す代わりにその中にあるベーオウルフを跳ね上げ、
「よっと、はい」
「おう、サンキュー」
「あとでちゃんとゴミ箱元に戻しておいてくださいね、掃除するの私ですから」
「あー、はいはい」
レヴィが跳ね上がったベーオウルフをキャッチしてくれ、そして渡してくる。ベーオウルフが無言の抗議としてデバイスのコア部分である青い宝石をチカチカさせるが、それよりも確認したい事がある。軽くタップし、プログラムを発動させ、そしてメールシステムをチェックする。望んだものはそこにあった。
「えー、こほん」
咳払いをし、そして注目を集める。
「えーと、皆さんに大事な発表があります」
「ほう」
「つまらない事だったら怒りますからね」
「何でそこで無駄にハードル上げてくるの……」
シュテルのセメントっぷりが日に日に磨きあがって行く気がするが、どうなんだろうか。こんな風になっていくのには理由があるに違いないが―――まあ、その解明は後にするとして、管理局から届いたメールの内容を確認し、それを巨大化して自分の前に広げる。その内容は実にシンプルで、内容を間違える事はない。管理局のマークと共に示されているのは、
「―――昇段試験合格通知?」
「おう―――イスト・バサラ二等陸士、なんと空戦A判定貰いました」
「おー」
「おめでとうございます」
マテリアル娘達が拍手をもってこの結果を迎えてくれる。純粋に祝福してくれている事に喜びを感じる。
「だけどお兄さん空戦苦手なんじゃなかったっけ?」
「うん。超苦手。なるべく地に足をつけて戦いたいけどほら、食い扶持が増えたからそんな事も言えないしさ、ちょっくら昇段試験を受けてきたんだよ。内容も結構ハードなもんでカートリッジの使用は二本まで、地上に一回も着地せずに試験官から撃墜判定をもぎ取らなきゃいかんかったのよ」
「となると相手は空戦Aだったんですよね? 我々だったら楽勝ですね」
「まあ、僕たちデバイスさえあれば実力はオーバーS級でお兄さんよりも強いしね!」
それを言われてしまうと本気で落ち込む。そう、目の前の少女達はデバイスさえあれば自分よりもはるかに強いのだ。レヴィはスピードが高く、ヒット&アウェイで一方的に此方をなぶるだろうし、シュテルは凄まじい一撃で此方を空からリンチするだろうし、ディアーチェは遠くから薙ぎ払って、ユーリに関しては論外。ユーリだけはデバイスを必要としないので元から最強状態だ。手がつけられねぇ。反逆されたら一瞬でベルカ男子の死体の出来上がりだ。
ちょっとガチで落ち込む。
「き、気にする必要はないぞイスト!」
「そ、そうですよ、我々の様な生まれながらにチート入ってるのと違ってイストは天然ものですから!」
「それじゃあまるで私達が養殖のマグロみたいな言い方ですね」
「マグロ……」
レヴィがマグロという発言で涎を垂らしている。本当にコイツは色んな意味で全くブレないな、と苦笑する所で、シュテルが聞いてくる。
「私が知っている限り、イストの飛行適性自体はそう高くない筈です。素早い動きは出来ても複雑な動きが出来ない筈ではありませんか?」
「あぁ、うん」
陸戦のパワータイプなのだ。確かに空戦は苦手なので、陸戦と同じ勝手でやらしてもらったのだ。おかげで何とか空戦Aの判定をもぎ取ってくる事に成功した。
「で、その方法ってどんな方法なの?」
「ぶっちゃけ参考にならないぞ? ―――被弾覚悟で正面から突っ込んだ」
「本当に参考にならないね……」
元から回避という選択肢を捨てた戦闘スタイルなのだ此方は。
「お前らと違ってベルカの近代にも古代にも適性はないし、砲撃や射撃も適性が高くはないのによ、カートリッジやらブースト、回復は無駄に高いし、格闘術の才能はあるって言われてるからさ、もうこうなったら死ぬまで殴るしかないな! ってガキの頃に思いついてよ」
「あぁ、何かオチが見えてきたな……」
うん、まあ、たぶん想像の通りだと思う。
「ブーストで自分を適当に強化して、カートリッジで更に強化して、そして自分に回復魔法かけっぱなしにして相手へと突っ込む。攻撃受けてもプロテクションと気合で耐えて突き進む。そして相手を掴んだら気絶するまで殴り続ける。これで勝った」
「なんていう脳筋スタイル……!」
軽くシュテルが戦慄しているが、お前の話す戦闘スタイルの方が俺的には遥かに恐ろしい。砲撃特化の魔術師がバインドにも高い適性を持っているってなんだ。誘導弾にバインドを隠して確実に捕まえた後に砲撃三連発とか正気の沙汰じゃない。ストライカー級の三連発砲撃とか明らかにオーバーキルの領域だ。
「ちなみに試験官も俺のそのスタイルを知ってたらしく開幕から俺へと向けて砲撃放ってきたなぁ……しかも容赦することなく連続で。アレ、絶対に予め調べてただろ」
まあ、ミッド魔導師はベルカ系と比べて射撃型が多い。手が届く距離に入るとなすすべもなくボコられるのが日常風景だ。
「砲撃の中を突き進んでくる男と容赦なく砲撃を放ってくる試験官か。管理局は地獄か」
「たぶんケースが悪いんだと信じておきたいです」
管理局全体がこんな感じだったら今頃次元世界は平和だよ、と言いそうになる。ともあれそんなこんなで空戦Aという証明を立てる事が出来、総合AAと、陸戦AAに、空戦Aという準エース級の領域がようやく見えてきた。流石にAAAか、それ以上が二つ無ければエースとして認められないし、Sでもなければストライカー級としては認められないが、ここまでくれば確実にエリートと言ってもいいレベルだ。
「これで首都航空隊からのお仕事も引き受けられます」
「首都航空隊?」
頷き答える。
「通称空隊。本局直属の部隊で、危ない仕事をいっぱい回されている連中だよ。空飛べて、優秀な連中の集まり所な? だからこそ貰えるお給料も多いってわけ。あ、ちなみに俺は”陸士”扱いだけどメインは嘱託魔導師だから陸には名前を置かせてもらっているだけで本所属って感じじゃないのよ? だからまあ、管轄の違うところのお仕事を受ける事が出来るんだよ」
「あぁ、便利屋の様な立場ですね」
「そうだな」
そして組織を円滑に動かす上ではこういう部署を超える存在がまあ、必要になる事が多い。……嘱託魔導師も、決して損耗率が低くないわけではないのだ。
「まあ、それで危険なのは解りましたし、凄い所だという事も把握しました―――必要なのですか? 我々と一緒になあなあで過ごす日々では足りないのですか?」
うん。と思いっきり頷く。シュテルには激しく悪いが、いや、全く悪くない。というか貴様ら、
「少々散財が過ぎるんだよ! 貯金! 四桁あったの! それが今では三桁なの! 半分なの! 独身男性が遊んで暮らせるだけのお金があったんだぞ!? それがたったの一ヶ月で半額ってなんだよ! 半額セールじゃねぇんだよぉ!!」
軽く頭を抱えてテーブルに突っ伏す。すると肩に手がかかる。
「その……なんだ……我、家計簿つけるからな?」
ディアーチェの発言にほろりと涙を流しかけた瞬間、
「お兄さんー。僕今夜ミッドマグロが食べたいー! あ、あとお肉も食べたいー!」
「レヴィ、これは後でエンシェント・マトリクスものですね……」
「じょ、冗談だよ、冗談だってば! 空気読まないでネタに走ったのは謝るから本気でマトリクスだけは止めて! 僕が悪かったから!」
先の事を考えると軽く頭が痛いが、今の生活を続けるためにもお金は必要なのだ、お金が……! 何をするにしたってお金だ……!
「……むう、私達でもできる内職を探すべきですかね」
「我、もう少し料理を勉強して節約レシピを頑張ってみるか」
そこらへん、本当にお願いします。……自分も、この生活の為にできる事は全部やってみようと思う。