マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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ニュー・ホーム

 若干涼しくなくなってきた風を感じながらベルカ自治領の中、比較的に聖王教会に近い住宅地をユーリに車椅子を押してもらいながら進む。既にユーリが念話でもうすぐ帰宅……というべきなのだろうか、引っ越し先に到着すると伝えてくれている。ユーリが言うには既に荷解きやら家具の配置やらは完了しているらしい。となると、家に到着する頃には既に色々と準備は終わっているのだろう……新しい家の中を見るのが楽しみだ。何せ前のマンションも住み慣れていたが、流石に6人でずっと暮らすというのであれば少々キツイ。新しい家は前のマンションよりも広く、大きいと話には聞いている。まぁ、写真でも見ているが実際に行ってみるのは初めてだ。何せこんな体だと外出が一々面倒になる。だから詳しそうなディアーチェとシュテルに任せたが、文句なしだったのできっと、いい場所なんだと思う。

 

「イスト、ちょっとウキウキしてません?」

 

「分かる?」

 

「何時も見ていますから」

 

 そう言われてしまうとあぁ、見られているんだなぁ、と予想外に自分にべったりなこの子達の事を考えてしまう。スカリエッティの死後からめちゃくちゃ自分にべったりなこの少女達は自分がいなくなった時、どうなるのだろうか。いや、その前に彼女たちの寿命が確実に先に来るのだろうが、それは―――。

 

「イスト?」

 

「なんでもない。お前ら馬鹿だよなぁ、って話だよ」

 

「む、それは聞き捨てなりませんね」

 

 ユーリがむっとした表情を浮かべながら文句を言ってくる。それを軽く聞き流しながらしばらく進むと、やがて目的地が見えてくる。簡素な住宅街に少しだけ、目立っているのは三階建ての家だ。周りが二階建ての中、そこだけが三階建てなので少しだけ目立って見える。壁の色は白で、基本的な近代ベルカ風の建築様式だ。フェンスもちょっと洒落たもので、結構……いや、かなりいい感じの場所かと思う。うーん、流石にここまで来ると厚遇のし過ぎではないか、という考えも出てくるが……必要なものでもある。有難く好意は受け取っておく。ユーリが門を開けて、そして車椅子を中に進める。少しだけ庭のスペースがあるようだ。そこまで広くはないが、裏へと続く道を見るに裏庭はあるようだ。まぁ、それの確認はまた後でいい。車椅子を扉の前まで進めるとそこで一旦車椅子を止める。だが、

 

「―――あぁ、来たか」

 

「ナルか」

 

「あぁ、待っていろ。今鍵を開ける」

 

 扉の向こう側から聞こえてきたのはナルの声だった。車椅子をユーリに握られたまま、座って待っていると扉からカチリ、と鍵の外れる音が聞こえる。それから扉が開くのを待つが、扉が開く様子はない。

 

「なんだ、入ってこないのか?」

 

「いや、普通は鍵外したらついでに開けてくれるものだと思うんですけど……」

 

 そうなのか? とナルが聞いてくる。普通はそんなものだ。鍵だけ開けて向こう側で待機するのは普通はない。ないのだが―――開けてくる気配がない。ユーリが若干ジト目になりながら扉へ視線を向け、そして近づく。鍵は開いているので開ける事に問題はない。一息でユーリが扉を開けると、その向こう側には最近では割と見慣れた銀髪、そして黒い私服姿のリインフォース・ナルの姿があった。ただ先ほどまで働いていたのか、猫のプリントがでているエプロンを装着したままで、

 

 アイドルが取る様な可愛らしいポーズをとっている。可愛い。実に可愛い。だけどこう―――見ている方が可愛さで恥ずかしくなってくる。思わずユーリまで動きを停止している。いや……何というか、この場合はどうリアクションすればいいのだろうか。とりあえず動く事も出来ないので光景をガン見しておく。すると、少しだけ困った様子のナルが姿勢を正して首をかしげる。

 

「む? 愛しい者が家に帰ってくる時はこうするのではないのか?」

 

「あ、今理解しました。この人ガチの天然さんなんですね」

 

 貴様アインスの記憶があるならそれから日常を学べよ、と言いたい所だがおそらく知識情報しか共有していないのだろう。ともあれ、ナルの背後、廊下の角から窺うように此方を見る二人がいるのが目撃できる。その二人がナルの背中を見ながら体を半分隠し、呟くのが聞こえる。

 

「どうするのシュテるん。ナル子マジでやっちゃったよ」

 

「流石にガチで実行するとはこの殲滅者のシュテルの目でも見えなかったです。まさかナルがここまでのガチ天然属性の保持者だったとは。しかもあのスタイルと無垢っぽさ、これはバサラ家一の清純派である私のポジションがガリガリ削れて行く気がしますね」

 

「ハ」

 

「待ってくださいレヴィ、今ちょっと本気で私の事を鼻で笑いませんでしたか?」

 

「うん? 僕がそんなことするわけないじゃないか! 家族を疑うなんて節穴のシュテるんは酷いなぁ」

 

「よっしゃ、裏庭に出ろよレヴィ、久しぶりにキレちゃいましたよ……」

 

「その前にキレるのは俺だがな」

 

 わあ、と声を上げながらシュテルとレヴィが逃走開始するので迷わずユーリにゴーサインをだす。ここら辺はクラナガンとは違って魔法の使用許可の出ている地域なので、ユーリが魔力で巨大な腕を二つ生み出し、そしてそれで素早くシュテルとレヴィを捕獲する。何気に物理透過をしているのか壁や扉を一切傷つけていない。二人を捕獲したユーリは此方に向かって視線を向けてくる。瞬間、シュテルとレヴィが口をそろえる。

 

「助けてー! マトリクスはいやぁ―――! 何でもしますから! 何でもしますから!」

 

 あ、これ面白がってネタに走っているな、と理解できるので判決は残酷にする。

 

「だがマトリクスである」

 

「わぁーい!」

 

「ぎゃあ―――」

 

 ユーリが二人を連れて裏庭へと向かう。……たぶん、ナルに俺の事を任せるのはユーリなりのナルへの信頼感の表れだと思う。何せ、連れて来た当初はかなり警戒して戦争でも始まりそうな様子だったからだ。大分軟化してきた態度にほっとしつつ、裏庭から聞こえるザクリ、という音と少女達の悲鳴を無視し、ナルに車椅子を玄関まで寄せる事を頼む。

 

「あぁ、それぐらいは任せろ」

 

 そう言うとナルは背後へと回ってくると車椅子を押し、魔法を使ってそれを家の中へと上げてくれる。そのついでに車椅子のホイールの泥を軽く落とす様に頼み、それも魔法でどうにかしてもらう。ナルが魔法で此方を家の中へと入れてくれると、奥の方からディアーチェの姿が現れる。

 

「何やら騒がしいと思ったがやはり帰ってきてたか。我が槍達は―――あぁ、裏庭でおしおき中。やつらには学習能力というものが全く見えないが何時になったら覚えてくれるのだろうか。我、あ奴らの将来に少しだが不安を覚えるぞ」

 

「流石皆のオカン、達観してやがるぜ……」

 

 何を馬鹿な事を言っているのだ。そう言ってディアーチェは呆れの溜息を吐き出すが、気づけばその手には色々とパッケージングされたものが握られている。それをディアーチェが持ち上げて、軽く振る。

 

「では我はご近所への挨拶周りをしてくるから他の三人の事は頼んだぞ。ナルもそこの無茶してばかりの馬鹿を好き勝手やらせないようにしっかりと見張っておいてもらうぞ」

 

「あぁ、任せてもらう」

 

 俺って信用ないのね、という寂しい呟きは全く無視され、ディアーチェが家の外へと向かう。しかしディアーチェ、ご近所の挨拶にお土産を持参したりと色々と社会系スキルが出来上がっている。もしかしなくとも俺よりも頼りになっているんではないだろうかあの娘。現状を合わせて俺が激しく要らない子になりつつあるような気がする。わ、我が家での何か重要なポジションを確立しないとヒモ扱いされそうな予感がする。

 

「だが負けない、イストさんは負けない。なぜなら住居を提供しているのは俺だからだ」

 

「一体何を言っているんだ。やはり狂っていたか」

 

「やはりって言う辺りお前も相当口が悪いよな」

 

 流石に二階やら三階へと上がるのは手間なので今は遠慮するとして、ナルに家内を少し連れ回してもらう。まずは玄関から始め、そこから繋がるリビングやゲストルームへ、次にトイレやら風呂場を確認し、そしてダイニングやキッチンを確認する。今のこの車椅子生活を想定して俺のベッドルームはどうやら一階にある部屋に決定したらしい―――ちょっと三階の部屋にも興味はあったので残念だ。やっぱ三階建てとか二階建ての家に住むときは上の方の部屋を選ぶのがマンション住まいとしてはロマンの一種だったのだが……まぁ、こうなってはしょーもない。自分一人でどうにかなる事ではないので潔く諦めるしかない。そのまま車椅子を押してリビングへと戻ってくると、家具やらテレビやら、既にそこには見覚えのあるアイテムが置かれている様子があった。引っ越しても結局そう大きく光景が変わるものではない。ただ新鮮な感じはしている。壁紙も真っ白で綺麗な白だ。まだ汚れなどが無い証拠だろう。生活感と共に少しずつこれから汚れるのだろうなぁ、と思い、リビング、テレビに向く様に配置したソファの横で車椅子を止めてもらう。

 

「ソファへ今移すな」

 

「まぁ、待て。これぐらいは流石にできるだろう」

 

 片手でナルを押し留めて何とか自分の力だけで体を持ち上げてみる。実際病院の方では歩くためのリハビリは始めていいと言ったのだ……一日数十分だけだが。だからその要領だ。体を前に傾かせて、足に力を込める。車椅子から降りようとする体の体重は両足にかかり、体を持ち上げる。不安そうに見るナルが後ろ側で車椅子を抑えるのを止めて、前側へと回り込んでくる。大丈夫大丈夫、そう言いたかったがその時点で足が震える。やはり支え無しで立つのはまだきついらしい。そのまま体が横へ倒れそうになるのを即座にナルが抱きしめる事で止めてくれる。

 

 うわぁ、情けない。

 

 女に抱きつかなきゃまともに立つことすらできない現状。ほんと、情けなくて涙が出そうになる。もう残されている涙なんてないのだが。

 

「言っている傍から失敗しているではないか」

 

「うるせぇ。しっとるわ」

 

「降ろすぞ」

 

「あいよ」

 

 ナルが此方の体を抱きしめたままゆっくりとソファへと降ろしてくれる。そして座った所でようやく一息つける。あぁ、今の自分の状況が激しく憂鬱で、そして恥ずかしい。これが勝利の代償だとしたらもう少しどうにかならなかったのだろうか。呪いにしてはちょっと此方の精神をごりごり削り過ぎだ。まぁ、ともあれ、

 

「ありがとよ」

 

「気にするな。受け入れられた家族の一員として、そして何よりお前に惚れると宣言した私個人としてこうやって助けになれる事は幸いだ。あぁ、前よりも遥かに己を感じる事が出来る様に感じているよ」

 

 それは重畳。あの時無茶を言っただけの事はある。ただ、

 

「お前、別に本気で惚れているわけでもなかろうに」

 

「さて、な。私個人からすれば恋愛感情というものと愛する者への接し方というものが良く解らないからな。リインフォース・アインスの知識データはそのままだが、”記憶”データに関しては完全に己の中から削除した。故に解る事はあるが、それが正しいかどうか、そういう判別は一切つかない。故にどう接するか、どう行動するのか、それを自分よりも詳しい者に聞いて判断しているのだが」

 

 その結果がおかえりのポーズであったか。とりあえず念話をユーリへと送ると裏庭から聞こえるシュテルとレヴィの悲鳴のレベルが上がった。実に良い叫びっぷりである。貴様らは少しそこで反省していろ。

 

「デバイス、機械としての私は判断を間違えない。故に自己定義として己をリインフォース・ナル、お前の家族であると言う事でアイデンティティクライシスは回避できる。己の不要性を理解して計算する必要もない」

 

 ならば、

 

「そこに惚れる必要なんてないんじゃないのか?」

 

 ソファの前のテーブルの上にリモコンが乗っていた。それを手に取り、テレビの電源をつける。時間はまだ5時ぐらい、テレビではそろそろドラマが放送される時間帯だろう。たしか”暴れん坊☆ナイト”の放送時間だ。たしか騎士が街のチンピラを片っ端から斬り捨てながら次元世界を渡り歩く話だったか。

 

「ふ」

 

「あん?」

 

 ナルが軽く苦笑する様子に眉を寄せて、その顔を見る。困ったような表情から笑みを浮かべると、ナルは真直ぐこっちを見る。

 

「私が惚れたいと思ったんだ。悪いか?」

 

「やだイケメン」

 

「ぐぎぎぎぎ―――清純派ポジションが」

 

 何時の間にか部屋の入り口から中を覗いているシュテルがいるがお前はもうそれを諦めろ。最初からそんな路線は全くなかったのだから。

 

 まぁ、ともあれ。

 

 引っ越しも終わらせたことだし―――そろそろ会わせなきゃ駄目だろうなぁ、と放送を開始するテレビを見ながら思う。




 やだイケメン。

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