マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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Interlude 3 ~Epilogue and Prologue~
エピローグ


 開け放たれた窓から涼しい風が入り込んでくる。夏真っ盛りのはずだが、この時間になると気持ちのいい風が入ってくるので冷房をつけているよりは遥かに良い感じだと思う。だから窓から入り込んでくる風を頬で感じつつ、ベッドの横の椅子に座っている彼女の姿に苦笑する。その手に握られているのは皿と、そしてスプーンだ。そのスプーンの中にあるのは粥だ。それもただの粥ではなく、極限まで柔らかくし、ほとんど液体の様などろどろの状態のそれ。内臓を刺激しないように味付けは極限までシンプルな状態へと抑え込まれ、食べている気が全くしないという代物。はっきりいって美味しくない。激しく美味しくない。だが食べたくない、というと怒ったような表情と困ったような表情を作る。

 

 そしてそれを作っているのは間違いなく自分だ。そう思うと否定し続ける事も出来ない。溜息を吐いて、すまんと謝って、そして口を開くしか道は残されていない。そして再び口の中に粥が運ばれる。それを咀嚼し、飲み込む。やっぱりまずい。味がしない。できる事ならあんまり食べたくはないが、それでも最低限食べて栄養を取らなきゃいけないのだ。ただの粥に見えるが、摂取しなきゃいけない栄養はこの中に入ってるようにできている。だから食べれば栄養失調にならない事は確約されている。だがそれを思うと若干重い。あぁ、家で食べるベルカ料理の数々が懐かしい。溜息を吐いて次に運ばれてくる料理を受け入れる。もぐもぐ、と食べていると病室のドアにコンコン、とノックの音が響く。視線でストップ、と伝え、口の中の粥を飲み込む。

 

「どうぞ」

 

「―――失礼するで」

 

 そろそろ頃合だなぁ、と思っていた人物が扉を開けてやってくる。ショートの茶髪にミニスカートとプリントシャツ。ものすごい私服っぽさのある恰好はつまり自分は公人ではなく個人としてここへとやってきているという事だろう。まぁ、それ以外にも友達からであれば持ってくるんだろうが―――ともあれ、病室へとやってきた彼女は他には誰もつれていない様子だった。その姿を確認し軽くよ、と挨拶する。

 

「派手にやったようやなぁ、二等空尉」

 

 二等空尉。それが、俺に対して世間が、管理局が騒動を収めた功労者として与えた評価だった。昇進する事はなにもよい事ばかりではない。年の若い人間が異例の速さで出世してゆくという事はそれだけ上の人間が足りないという事実でもある。……それは組織を運営するのに必要な人材が足りてないという証でもある。故に喜ぶべきよりも恐怖するべきなのだ、昇進は。それは下の者の命を預かる立場にもなりえるという事なのだから。だから見舞いにやってきた彼女―――八神はやての言葉に苦笑して答える。

 

「ま、どうせ近いうちに飾りだけになるさ」

 

 そう答えると何とも言えない表情をはやてを浮かべる。流石に自虐的過ぎたか、と少しだけ反省すると、はやてが意識して話題を変える為に視線をベッドの横の彼女へと向ける。彼女に向ける視線には様々な感情が込められているのが解る。だがはやてはそれを飲み込みつつ、彼女へと向けて口を開く。

 

「……”初めまして”……やな」

 

「あぁ、”初めまして”だ―――」

 

 粥を乗せた皿を持っていた彼女はその皿を横のテーブルに置くと、風に揺れる銀髪を片手で抑えながら少しだけ、ほんの少しだけ困ったと解る様な表情を浮かべてから名乗る。

 

「―――リインフォース・ナルだ。よろしく頼む……八神はやて」

 

 ―――さて、何処から思い出すべきなのだろうか。

 

 

                           ◆

 

 

 馬鹿騒ぎには何時か終わりが来る。人間はずっとはしゃいでいられるほど頑丈にできてはいない。だから時空管理局本局で発生した大規模な事件は周辺世界でのテロの終了とともに終わりを告げた。世間を賑わせたスカリエッティとその部下たちは全滅と捕縛と殲滅が確認され、それを察知して止めた二人の管理局員が危機を救った―――そういうふれこみになっている。そして自分の周りでも色々と動きがあるのも知っている。だがそれに対してあまり興味はない。真実が公表される事はないし、何時だって都合がいい様に真実は変わって行くのだから。

 

 そう、たとえばリインフォースの存在の様に。

 

 敵の道具として使われていたが、己の意志で裏切った故に”保持者”に監視させ、管理局と保持者への奉公を持って罪を償う事とする。それはやらかした事に対してはあまりにも小さすぎて、そして真実を見せない罰であった。―――都合がよすぎる展開は何時だって悲劇しか生まないと誰だって解っているのに。

 

 紆余曲折を経てリインフォース・ナルの預かりは自分となった。その裏にある事は……もう……―――今はいい。ともあれ、今は今こうやって横で此方の世話を焼いてくる彼女の存在に関してはやてに”紹介”しなくてはならない。

 

「話には聞いとったが……別嬪さんやな」

 

「ふふ、そう言ってくれるのなら幸いだ。あまりそう言う事に関して得意であるつもりはない、からな……」

 

 そう言うとリインフォースとはやての会話が止まる。

 

 ―――あかん。

 

 ここで思い出すべきなのはリインフォース・ナルという女がオリジナルであるリインフォース・アインスと全く同じ姿、スペックであるが、”別人”であるという事なのだ。それを理解し、リインフォース・ツヴァイという二代目がいるからこそはやては何も言わずにいられるのだ。ナルに対してアインスと同じ様に接するのはアインス本人に対して、そして彼女と己は別物であると考えているナルに対して失礼だから。だからといってナルもアインスの記憶を、八神の家で平和に過ごした記憶を持っている。

 

 だからのこの気まずい空気。

 

 非常にあかん。そろそろ会わせなきゃいけないとは思っていたのだが、突然の事なのでどちらも対応できてはいない。最低限の情報だけ先に渡しておいてよかった。

 

「そ、そうだ」

 

 見舞いされているのは俺のはずなのに何故気を使わなきゃいけないのか。若干戸惑いつつ、話題を変えてみる。

 

「なのは退院してからあんまし話を聞かないんだけどさ、アイツ今どうしてるんだよ」

 

「あぁ、なのはちゃんな」

 

 はやて自身も少しだけ話題に困っていたのか、すぐさまなのはの話題に飛びついてくる。高町なのは、自分の様に事件における功績で昇進したのはいいが―――ダメージは自分よりも遥かに軽いので入院一週間ほどで骨折を治し、退院してしまった。骨折の仕方から後二週間、いや、一ヶ月ぐらいは入院していてもおかしくはないのにそれをたった一週間で退院してしまったなのはの生命力には感服するしかない。

 

「退院してからは結構はりきってるで? 近接距離でも問題なく砲撃を叩き込める訓練をする為に同僚巻き込んで解りやすい地獄絵図を築いているらしいで。あ、近づいたら巻き込まれそうなんでフェイトちゃん送り込んで近づかないようにしているわ。あ、あとユーノ君が無限書庫で死にかけてるから拉致って書庫のスタッフを作業量的に殺しかけた」

 

「鬼か貴様ら」

 

 なのはのブレなさとはやての鬼畜っぷりに軽く恐れていると、はやてがそっちはどうなん、と聞いてくる。そうして眺めてしまうのは数日前までは包帯に包まれていた両手で、腕を持ち上げる。それを目にしたはやてが軽く首をかしげるので手を出す様に催促すると、はやてが手を前に出す。握手する様に手を握る。あまりにも力がこもってない握手にはやては首をかしげている。まぁ、ほとんど手を合わせている、という状況だからそんな表情でも仕方がないだろう。

 

「美少女の手を触りたいんは解るけどなぁ」

 

「いや、違ぇよ馬鹿。―――今、全力でお前の手を握ってんだよ」

 

「……は?」

 

 持てる限りの全力を手に込めてはやての手を握る。だがびくりともはやての手が動く事はないし、締め付けられる事もない。限界を感じて手を解放すると、はやてが素早く此方の手を握ってきて、それを確認する。それを振り払うだけの力が手には入らないので、成すがまま、手を握られたまま話を続ける。

 

「腕はギリギリ何とかなったんだけどよ、握力だけは駄目だったわ。完全に切れちまってボロボロで固定、リハビリで少しは良くなるかもしれないけど基本的に軽いもんを握る程度にしかもう握力は戻らないってよ」

 

 そう言ってそれを証明するために、サイドテーブルの上に置いてある粥に使っているスプーンを握ろうとして見せるが、スプーンを握った所で手が震え、上手くつかむ事が出来ず、ぽちゃり、と音を立ててスプーンが粥の上へと落下する。その姿をはやてへと見せると軽く溜息を吐く。

 

「まぁ、そんなわけでグラップラー・イストさんは完全に廃業。ほんと、二等空尉ってのも飾りになりそうなもんだよ。医者の見解じゃ腕を切り落として義手にでもしない限り昔のようにぶん回す事は不可能だってよ―――まぁ、確実に今までの職場に復帰すんのは無理だわな」

 

「……そう言う割にはそんな悲観的やなさそうやな?」

 

「まあ、隣に美人を侍らせていい思いをしているからな?」

 

「ふふ」

 

 そう言って隣で笑ってくれるからナルの存在には助かる……いや、本当に助けられた。一人殺さないで済んだというのはあの時の精神的にはかなり重い意味があった。こうやって笑い合って時を過ごせるのであれば、あの時突きつけた選択肢が間違いではない事を証明できる。まぁ、

 

「最低一年は車椅子生活だよ。もう頼ってばかりで男としちゃあ情けない限りなんだけどな」

 

 その言葉に反応するのはナルで、

 

「安心しろ、その為に私がいる。お前は私の全てを受け入れて抱擁してくれたのだ。なら私もその全てに応えよう」

 

 リインフォースのその言葉にはやてがパタパタと手で己を扇ぐ様な動作を取り、暑いなぁ、と露骨なリアクションを決めながら此方をおちょくりに来るが、ナルはそれを見て軽く苦笑し、そして胸を張る。

 

「何、そう難しい話じゃない―――惚れろと言われたので惚れる事にした。愛は女を狂わすのだろう? なら私が生きるにはそれだけで十分すぎる―――まあ、競争相手を蹴落とす事が一番大変だったが」

 

 我が家は大丈夫なのだろうか。あの娘達とこの子は上手くやっていけているのだろうか。いや、そもそも我が家の原型は残ってるのか。こいつを家へ送った時に真っ先に戦争仕掛けそうな奴らが四人―――あ、全員だ。たぶん我が家大丈夫じゃないな、と少しだけ退院時の事を不安に思いながら玉を悩ませると、はやてが安心したように息を吐く。

 

「なんや、あんまり自棄になっとらんようで安心したわ」

 

 あぁ、心配されてたんだな、と思う。そうだった……家族以外にも己の身を案じてくれる者がいる、そんな環境に自分はいるのだ。これは退院したら一度隊の方に顔を出して安心させた方がいいかもしれない―――除隊届と一緒に。

 

「生きているだけ儲けもんだからな。正直な話デバイスなしでのフルドライブモードなんて自殺以外の何物でもないからな。最低一年は車椅子生活で済むって言われるならそれでいいもんさ。それにカリムの方からも色々と連絡が来たよ。聖王教会との契約のアレコレ、結構予想外の形に落ち着いたよ」

 

「そうなんか?」

 

「あぁ。条件は完全にあちら側に指定させたからもっとエグイもんでくるかと思ってたんだけどなぁ……所属を聖王教会へと変更、騎士への就任と居住地をベルカ自治領へと変更、動けるようになり次第聖王教会で格闘の講師として此方に就職してもらいます、ってさ。ちなみに恋愛自由らしい」

 

 意外とそこらへん管理されるかと思ったが、そんな事はなかった。それに教えるだけなら別に自分が殴らなくても指導できるだけ動ければ十分だ。確かにこんな状態でも問題はない。……少しは同情されたかもしれないけど。

 

「ハニトラに気をつかわんといかんなぁ」

 

「安心しろ―――それは私が許さない」

 

「愛の重い家族が増えて良かったな」

 

「うるせぇ」

 

 ま、犠牲は多く払ったが、スカリエッティの始めた一連の大騒動はこうやって幕を閉じた。後に残される者はかなり少なく、そしてそれを幸福と受け取るか、もしくは不幸と受け取るかなんて個人の自由だ。それを誰かが不幸と呼んでも、自分が幸福だと主張すればそれは己にとっての幸福になるんだ。だからこの時間を得られた己は間違いなく不幸ではないと断言する。

 

「ま、結果として人生台無しになったっぽいけど保険金がっぽり入って来たし、数年ぐらいは余裕で暮らせるだけのお金はあるよ。ま、俺のプライドやら自尊心やらがガリガリ削れている現状を無視するならそれなりにいい人生だよ―――プロジェクトFに関する流れは終わったんだよはやて。黒幕は死んで、美女は改心して、そしてハッピーエンドだ」

 

「そう言うんならそういう事にしておいてやるわ」

 

「おい、俺年上だし階級上なんだぞ。少しは生意気な態度なくせよ」

 

「年だけ取ったガキを大人とは言わへんのや」

 

「お前何時かマジで泣かすから覚悟しろよ」

 

 密かにはやてへの復讐を考えていると、あぁ、と呟く。もう彼女たちを隠している意味も、隠す理由もない。既に報告書やら話としては伝えているが、やっぱり一度は直に会わせなきゃいけないだろう。

 

「ま、俺が退院したらウチの馬鹿娘共に合わせてやるから、楽しみにしてろ」

 

「そん時はなのはちゃんやフェイトちゃんもつれてくるわ。その方が楽しいやろしな」

 

 そうだなぁ、とこれからあり得る未来に関して想像する。あぁ、レヴィは間違いなくフェイトとあらゆる面において張り合いそうで、シュテルとなのはは意気投合しそうで、そしてディアーチェは……なんかはやてにダメだししてそうだなぁ、と彼女たちがあった場合の未来を想像する。あぁ、悪くはないと思う。……少なくともナルと会っても平気だったはやてなら安心できる。

 

 ―――こうやって、陽だまりへと俺は戻ってきた。

 

 少しだけ、前よりも騒がしく。




 閑話ですよー。皆さんお待たせナル子さん。何か這いよりそう。銀髪だし。

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