マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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マイ・ドリーム

 あわただしい夜を超えて、朝を迎え―――そしてまたなんでもない一日が始まった。ビュッフェ式の朝食は初めてだけだっただけに自分も娘共も大騒ぎで取れるだけとって、そして食べた。その結果お腹がいっぱいでしばらくレストランから動けないなんて事態になったが、それでもやはり美味しいご飯をたくさん食べられたのだからそれぐらいは可愛い事だと思う。朝食を食べ終わって十分にお腹を落ち着かせたら再び遊びの時間に入る。

 

 今度海へ遊びに来れるのは何時か解らない。だから全力で遊ばなきゃいけなかった。

 

 また走って、大暴れして、少しだけ迷惑を周りにかけて、そうやって楽しめるだけまた海を楽しんだ。馬鹿の様に後の事を全く考えず、盛大にはしゃいで時を過ごした。もうこの後に何が来るのかは多分みんなわかっていたから。だから楽しまざるを得なかった。楽しむしかなかった。この一分一秒を全力感じ取りたかった。

 

 あぁ―――そしてまた空は夜の色に染まって行く。

 

 気づけば空は夕陽の色に染まっており、娘達は周りにはいない。おそらくどこかへ遊びに行ったのだろうか、少しセンチメンタルな気分になっている自分を気遣って離れて行ったのか、まぁ……どちらでもいい。一人になったのは丁度いい事だった。屋台でソーダを購入し、ビーチチェアに腰を下ろして、漠然と海の方向へと視線を向ける。やがて、そこで楽しそうに泳いで勝負をしているマテリアルズの姿を見つける。その姿に苦笑し、横に二つの物を置く。

 

 ベーオウルフ、

 

 そしてタスラム。

 

 ……結局ティアナにはタスラムを渡す事は出来てないし、渡す事も出来ない。そもそも残るかどうかあやしい。本来ならティーダの遺品として渡すべきなのだろうが―――この手でやらなくてはならない事がある。その為にはどうしてもタスラムが必要だ。だからこうやってずっと手元に残っている。……本当に、申し訳ない。あぁ、申し訳なさばかりが残る。後悔しない日なんてない。何故こうなってしまったのか。そうやって自問することは永遠に終わらない。たぶん、後悔しても前に進み続けるのが人間という生き物だから。

 

「付き合わせて悪いな」

 

『No worries. I understand what you are trying to do, and my master would have done the same if the position was the other way around』(気にする必要はありません。貴方がやろうとしている事は理解できます。それに主も同じことをしていたでしょう、もしも生き残っている側が逆であれば)

 

「そう言ってくれるのなら幸いだ」

 

 確実に恵まれていると断言できる。だからこそ自分勝手な行動に嫌気が走る。エゴの為に好意やら全てを利用している。そうしなければ同じ舞台にすら立てない自分の才能のなさを恨みたくなる。あぁ、だけどこれ以上才能を貰おうとするのは罰当たりだ。何せ自分は十分恵まれている。才能の無い人間と比べれば、十分すぎる程に能を得ている。だからこれでも生きる上では十分すぎる。だがそれでも、

 

 なのはが羨ましい。彼女の様な才能が欲しかった。そう嫉妬せざるを得ない。一緒に仕事する時は何時だって羨ましかった。豊富にある魔力と、そして魔導師として一番重要な適性で溢れている事を。自分の様に細かい小細工をしたり、限界があるから技量を限界まで鍛える事無く、あの若さであの境地へと到達した才女に。本当にうらやましい。今はまだ経験があるから俺は勝てている。だがそういう物すら彼女は自分から吸収してきている。あと数年もすれば自分の届かないような立派な魔導師として次元世界の平和―――は、似合わないか。鬼教官として新人魔導師をビシバシ鍛えるようになっているだろう。汚い言葉を吐きながら教官をしている彼女の姿が今でも思い浮かぶ。

 

 ……まぁ、

 

「潮時かなぁ」

 

 これが終わったら聖王教会との約束を果たさなくてはならなくなる。そうなればもう管理局へと在籍する事は出来ないし、色々と人生に妥協をする必要が出てくる。人生信用だけで渡っていける程甘くはないのだ。……信用だけで無限書庫、というかユーノ・スクライアを紹介してくれたなのはに関しては正直驚くほかなかった。お人好しにも程があるだろう、と。だが他の人物やつながりはそうもいかない。

 

「俺さ、こうやって無茶やってるだろ? 肉壁なんて回復魔法使ってても何時かボロが出るもんなんだよ。多分他の人間ほど長生きしないスタイルだからさ、適当に年取ったら管理局で働くのは止めようと思ってたんだよ。だって、ほら。何か問題起こすよりは自分から辞めた方が色々と都合がいいだろ? 経歴に何かがあったって別に残したくもないしさ。んで聞いてくれよベオ。俺ってさ、実はちょっとした夢があったんだよ」

 

『……』

 

 相棒は黙って話の続きを聞いていてくれる。その事に感謝しつつ、誰も言わなかった話を少しずつ零して行く。

 

「俺さ、昔は爺さんに憧れてたんだよ」

 

 祖父は自分にとっては永遠のヒーローだった。困っていた自分の所に現れて、そして様々な事を教えて勝手に満足して逝ってしまった祖父。彼が自分の人生に与えた影響は絶大だった。聖王に関する事のほとんどは祖父から教わって、人生の指針や今の自分の考えの根本だって彼が作り上げたものだ。祖父のおかげで今の自分があると言っても過言ではない。祖父の存在は自分にとってはそれだけ大きなものだった。……そんな彼の背中に自分は昔、憧れ、追いつこうとしていた。結局は祖父があの世へと逃げるという形で追いつく事はなかったが。だが教えの大半は今も守っているし、今でもあの背中を追いかけている部分があるのは否定しない。

 

「あんな大人になりたかった」

 

 誰かに指針を与えられるような大人に。誰かに道を説いてやれるような大人に。迷った時は手を出すんではなく背中で行き先を見せてやれるような大人に、なりたかった。そんな風になりたかった。歳を取るにつれてそんな自分が段々と歪んで行くのは見えたけど―――マテリアルズをあの研究所で保護してから、また、その道へと戻れたような気がする。見失いながら進んで、見つけて、色々と失って……そして今へと至る。

 

「教師になりたかったんだ。笑えるだろ、中退のクセに。仕事に使わない事のテストだったら中学生にすら負ける自信はあるね。それなのに教師とか笑えるだろ? あぁ、でもなぁ……大きくなったら若い連中に色々と教えたかったんだよ。俺が迷って荒れていた時の様に、ちょっとだけ前へと進む手伝いがしたかった。べつに教科は何でもよかったんだけど……ほら、俺馬鹿だしたぶん体育の教師とかになると思う。……ははは」

 

 ああ、今ではそんな些細な夢も叶うかどうかはわかりはしない。何せ、聖王教会は強敵だった。カリム・グラシアとの会合、何十回と話し合って、そしてその結果ようやく無限書庫からの持ち出しを可能としたのだ。はやての友達だから、何て理由で信用されるわけがない。人生は、世界まではそこまで甘くない。管理局が事実上次元世界を支配している中で、それに匹敵する巨大な信仰を作り上げている聖王教会、聖王信仰。その組織に所属する重要人物が友人の紹介なんて理由で甘えさせるわけがない。

 

 未来だ。

 

 俺の担保は……俺の未来だった。

 

 覇王の抹殺と覇王流の再現。

 

 それを成し遂げるという事を条件に俺は無限書庫からベルカ関連の書物を持ち出す許可を得たのだ。その具体的な内容は全て相手に一任する、という約束の下に。そしてその約束は半分完成している。覇王流に関しては創造者以上の実力を出す事は不可能だが、調べられる限りの全ては模倣と再現できる。あとは覇王さえ殺せば契約完遂だ。ベルカの騎士になるか、技術を消させない為の講師となるか、あぁ……確実に優秀な血を残す為にどこか、相性のいい人をあてがわれる可能性は高い。そこそこ、自分の事は優秀だと自負している。ともあれ、契約書にサインしてしまったため、そこらへんはもうどうにもならない。文字通り自分の全てを捨てて戦いに挑んでいる。

 

「ま、いいさ。最後にあいつらが笑えれば。満たされている人間なんてどこにもいない。誰もかれもが飢えている。もっと欲しい。もっと幸せになりたい。まだまだ足りない―――でも、そんな事を言っても本当に満たされる人間なんてこの世には存在しない。結局の所”足りない”って言うのが何より人間という種である事の証なんだから。足りてない事こそを誇りに思って生きなきゃいけないんだ、俺達は」

 

『Human seems to be very complicated to what I hear from you』(私が貴方から聞く分には人間とは物凄く複雑な生き物なんですね)

 

「俺を見てそう言える?」

 

『Sorry, my mistakes. Looks quite simple』(すみません、間違えました。ものすごく単純に見えます)

 

「そうだろ」

 

 苦笑しながらベーオウルフの言葉を受け入れる。そう、そんな難しい話じゃない。人生ってのは結局”何を受け入れ、何を受け入れないか”という事に集約されるのだ。そして、”何に妥協するか”で、全てだ。受け入れ、受け入れられず、そして妥協する。人生その程度だ。もしどうしようもない事で死んでしまったらそりゃ間が悪かった。あぁ、それだけの話だ―――でもそれで納得できるほど高尚な人物でもない。だから頑張って頑張って生き足掻くんだ。その足掻いた果ての結果が―――今の自分だ。いや、終わっていない。まだ終わってはいない。終わらせたく……ない。

 

「嫌な男だなぁ」

 

 こんな所へ来て死にたくないなんて思い始めている。この日常を永遠に味わいたいと思っている。ずっとこんな馬鹿みたいな日常が続けばいいと思っている。どっか適当な世界に逃げて、名前を変えて、つつましく暮らせば……何もかもから逃げて生きていけるんじゃないかと、そんな夢を見ている部分が自分にはある。そんな事ありえないのに、先の事を考えるとどうしても思い浮かべてしまう。……そんな未来があったとしても自分はどうせ、いられない。

 

 守りたいものは解っているから。

 

「ディアーチェは服飾関係の才能があるし、ユーリはあんな風に見えて割と読書家で小説を書きたいって言ってて、シュテルはプログラムとかに強くて、レヴィは保育園の先生とか似合ってそうだよなぁ……」

 

 彼女たちがそんな風に何でもない職業へと付けるようにするのが、自分の役割で役目だ。自分の人生そのものを盾にしてあの少女達を守りたい。心の底からそう思っている。あぁ、心の底から彼女たちの存在を愛している。それに関しては嘘偽りはない。そしてその為に一切合財を捨てて、こんな状態になってしまった。一人で強くなれる限界まで強くなった。おそらく自分一人ではここが限界というやつだ―――だから、負けられない。できる事は全てしてきた。用意も完了した。あとは自分だけだ。

 

「なぁ、ベオさんや。お前、全力に何発耐えられる?」

 

 あの一撃、ティーダをこの世から完全に解放した一撃。自分の全技術と考えられる限りの最悪の組み合わせで生み出した極大の一撃。触れた物質を消滅させるから同質量からそれ以上の質量をぶつけない限りは絶対に防ぐことの無いできない絶死の一撃―――それが代償なしに放てるわけがない。

 

『Three times would be the maximum I could obsorve the shock to your arm』(三回が貴方の腕への衝撃を吸収できる限界の回数です)

 

 それ以上は、

 

『My core won't be able to take, and will get completely destroyed. If you calculate that, I can take four hits』(コアが耐えきれずに完全破壊されます。それを考慮すれば四回いけます)

 

「―――つまり両腕の壊死を考慮すりゃあ最大六回か」

 

『Seven times』(七回です)

 

 そう言って付け足したのがタスラムだった。あぁ、そうだよなぁ。お前も負けたくないよなぁ。

 

 買ったのはいいが飲み忘れて大分温くなったソーダを口にしながら、水平線へ沈んで行く太陽に照らされる彼女たちの姿を見る。そこには守りたい日常がある。守らなきゃいけない陽だまりがある。この先、未来がどうなるなんて解る人間はいないんだ。だがそれでも持っているものでどうにかしなきゃいけない。足りない、届かない、満たされない。それでもどうにかして進むのが人間だ。俺達は永遠に満たされはしない。だけどそれでも自分以上存在になる事を望んじゃいけないんだ。自分以外の誰かになる事を、慣れる事を望んじゃいけないんだ。だって、それは、

 

「現実から逃げる事だもんな、爺さん」

 

 負けない。砕けない。死なない。倒れない。色々と遠回りしてしまったが、辿り着いた。

 

 あぁ、待っていろ。

 

「―――頼んだぞ、相棒共。俺達で、家族皆で勝つんだ」

 

 戦場へと連れて行けないが―――彼女たちの意志は持って行ける。俺達の戦争。

 

『Ofcourse』(もちろんです)

 

『We will win, and comeback』(我々は勝って帰ってくるのです)

 

 ―――覚悟、完了。




 1日1更新は本日で終了、明日から怒涛の最終章ラッシュで。

 ほのかに漂う絶望臭。

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