マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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 気づいていた人は気づいていたんじゃないかな?


トリック・アンド・トリック

「―――では、行ってきます」

 

「うむ、あまり遅くなるではないぞ? 遅くなったら色々と心配するからな」

 

「解っています。迷惑はかけられませんから暗くなる前には帰ってくるつもりです」

 

 そう言ってティアナは扉を抜けて家の外へと出て行った。その姿を数秒間追ってからリビングへと戻る。昼食の後片付けは終わり、夕食の準備はまだいい。家の厨房を預かる者としてのとりあえずの責務は果たした。だからダイニングの椅子に座り、軽く一息を入れる。とりあえず片付けは終わった。だがそれとは別に、

 

「王、どうするのですか」

 

「ふむ」

 

 シュテルがダイニングテーブルに参加しながらそんな事を言ってくる。そして自分の”槍”が何故そんな言葉を放ってきているのは解っている。その言葉には自分にも思い当たる事があるからだ。というか思い当たる事が多い。大体自分たちは多くを望まない。元々実験の成果として生み出された以上、何か奇妙な出来事が無ければ目を覚ますことなくその生涯を終えていたのだ。だから恩はあるし、愛情もあるし、多くは望まない。ただこの平穏な日々が続いて欲しい。それだけが願いだ。それ以上は求めない。クローンにありがちなオリジナルへの執着等興味の欠片もない。シュテルがオリジナルなのはと対面した様子を見れば解る。全くと言っていいほど興味をオリジナルへと向けてはいなかった。

 

 だから今もそうだ。あの小娘には興味はない。ティーダ・ランスターだか、ティアナ・ランスターだか、そんなものへの興味は全くと言っていいほどない。これ以上交友を深めるつもりも広げるつもりもない。この小さな世界で十分すぎる程に幸せで、これ以上望むのは間違いなく罰当たりなのだ。そもそも生まれてきたこと自体が間違いな生物―――それが自分達、プロジェクトFの子供たち。だからこれ以上邪魔をされたくはない。それが本音。だがそれでは生活できないのも知っている。だから話すし、気遣うし、そして心配もする。だが興味はない。自分達の世界は自分を含めたたった五人で完結している。

 

 そこらへん、あのゲンヤ・ナカジマという男は的確に見抜いてきていた。料理している間此方を手伝い、無駄に踏み込まない様に話を選んできたのはそういう事が解っているゆえだろう。なるほど、中々達観した人物だが―――手を出さないものはどうにもならない。あの男は聊か老いすぎた。もはや何かを変える力を残ってはいまい。そういう意味でもここへあの小娘、ティアナが来た事は向こうからすれば僥倖だったかもしれない。ただ、此方側にも問題はあるのだ。

 

 はたしてイストにそこまでの余裕があるか。

 

 アレは常に余裕を持っているように見えるが、実際のところはそうではない。実際はかなりギリギリの場所で踏ん張っているに違いない―――だからこそ我々はここから動けない。この部屋で過ごす日常がイストの心にとって何よりもの癒しであり、薬である。これを守り続ける事が即ち復讐に染まっているあの心を保たせている。だから自分たちの役目はこのささやかな日常を、守ってくる場所を守り続ける事だ。そして全部終わった時には派手に祝うパーティをやって、そして明日を迎える。それだけが自分たちの役目だと思っている。

 

 そこに土足で踏み込んで邪魔してくる者がいる。

 

 故に、どうするか。我らの保護者と名乗る馬鹿者を刺激せず、心配させず、そして困らせる事無くあの娘をどうするか。それが問題だ。まずあの小娘が何かを抱えているというのには間違いはない。そしてそれがイストに対する何か、であることは把握している。内容までは解らない。イストは爆発するのであればさせて、受け入れるつもりだが―――贖罪のつもりだろうか、それはくだらないので此方としては願い下げだ。となると必然的にやる事は一つに絞られてくる。

 

「把握するために動くしかなかろう」

 

「でしょうね。元々取れる選択肢は少ないですし、それが最良でしょう」

 

「―――という事は僕の出番?」

 

 よ、何て言葉を発しながらソファからレヴィが下りて軽く体を動かす。軽く体を捻りながら調子を確かめる感じ、どうやら先日受けた腹パンによるダメージは全くないようだし、大丈夫なようだ。……まあ、他に選択肢がある訳でもない。レヴィは確かにアホだが、賢いアホである為、ちゃんと命令しておけば命令通りに行動してくれることは解っているし、彼女も意志は此方と同じだ。だからこちらが間違えない限りは正しい選択と結果を得てくれるはずだ。故に決断を下す。決断を下すのは常に王の仕事であり、責任だ。情報を並べ、飲み込み、理解し、そして選ぶ。その結果は全て己の責任。

 

「レヴィ、あの娘を尾行できる所までしてみろ。ヤツが帰ってくる素振りを見せたら先に戻って来い。今はそれだけで十分であろう」

 

 これで何かが解るとは思えないが、それでも少しでも情報は集まるのであればいい。何せ、イストも馬鹿ではない。好んで殺されようとはしていない。いや、自己犠牲的な部分は若干あるが、そこまでこじらせてはいないはずだ。ともなればティアナの問題が解れば自分から対処しようとするはずだ―――たぶん。少なくとも自分の知っているイストならそうする。

 

「全く面倒のかかる奴め」

 

「だがそこがいい」

 

 キリっと言えるシュテルは勇ましいものだ。ああやって思いを口にできるのはかなり勇気がいる事だ。現にラスボスと称されているユーリがおぉ、と拍手を送りながら、

 

「でもアレですよね。結局は養ってもらって守ってもらって私達ってダメ女ですよね」

 

 グサリ、と言葉が突き刺さる。

 

「僕ダメ女じゃないから任務に出てくる―――!」

 

 レヴィが逃げた。だ、だが大丈夫自分にはキッチン担当という肩書がある。これがあるうちは決してダメ女ではない。

 

「あ、私は未来の妻という職業がありますので」

 

「貴様が我が家一のダメ女か……!」

 

 満場一致の決定だった。

 

 

                           ◆

 

 

 時空管理局本局に存在する無限書庫。既に何度も訪れている自分と、そして知り合いがいるなのはは特に問題もなくここまでやってくる事が出来る。無限書庫の中も何度も足を運んでいるおかげで無重力空間には慣れている。此方へと来る前に、あらかじめ連絡を入れておいたために目的の人物は既にそこにいた。何時も通り疲れた表情に前よりも少しやつれた様な姿、ユーノ・スクライア。

 

「ユーノ君、会うたびに死にそうになってるけど大丈夫なの……?」

 

「ははは―――正直言って職場変えたいなぁ……!」

 

 ユーノが笑っているがその目は笑ってはいない。やめたいと思っているのは本気だろうが―――止められないのだからこうやって未だに寿命削って無限書庫で頑張って働いているのだろう。その姿は実に感動的だ。実際この男がいなければ無限書庫はまともに稼働しない。この男を管理局が手放すとは思えない。だから、もう、

 

「ご愁傷様。同情するよ」

 

「ははは、君ほど苦労しているわけじゃないから安心してよ。疲れているのならお茶の一つでも出すよ?」

 

「お前がウチへ茶を飲みに来いよ。まぁ、メインは珈琲だけどな。ウチのやつが淹れるのは美味いぞ?」

 

「なんで二人は私の知らないところで仲良くなってるの。しかも前来た時は敬語ついてたのにそれもなくなっているし」

 

「そんな事どうでもいいじゃないかなのは」

 

「そうそう、どうでもいい事だぜ?」

 

「解せない」

 

 困った様子のなのはは放置するとして、さっそく本題に入る事とする。無限書庫へ来たのは資料を調べに来たわけでもなく、話を聞きに来たからだ。メールで済ませよ、と誰かなら言いそうな事だが、実際にこっちへ来いと言ってきたのがユーノだったのだから仕方がない―――まぁ、たぶんこうやって抜け出してくる理由に使っているのだろう。軽く調べただけでも無限書庫のブラック体制は頭のおかしさを感じるレベルだ。同情してないと言ったら確実に嘘になる。ともあれ、メールでも一応内容は飛ばしておいたが、

 

「事件を頭のいい人間から見てもらおう」

 

「少し待って、それじゃまるで私も馬鹿扱い……」

 

「俺もお前も中学中退だろ」

 

「私通信教育受けているから……!」

 

 そのなのはの声が震えている、という事を指摘すると素早い速度でローキックが突き刺さる。そして無重力の無限書庫の空間なので、ローキックの衝撃でなのはが逆方向に流れて行き。自分の体がその衝撃で前へと向かって進んで行く。

 

「おーい、僕を置いて君達どこへ行くんだよー」

 

「物理法則に聞いておくれ」

 

「ごめーん!」

 

 流されて行くなのはがそのまま書庫の通路へと入ってどこかへと消えてゆく姿が見えるが、こちら同様、適当な本棚に掴まって体を押し、再び戻ってきた。ユーノに近づくのと同時にまた減速し、身体の動きを止める。そして戻って来たところでユーノに苦笑され、話を戻す。

 

「それでユーノ君、何かわからない?」

 

「―――ようは相手の体内に直接攻撃を仕掛ければいいんだ、そう難しい話じゃないよ」

 

 そう言うとユーノは近くの本棚へと移動し、そこから本を取ってくる。そして、両手を持ち上げる。持ち上げた左手に本は乗っており、その下に緑色のミッド式魔法陣が出現する。何をするのか要領を得られないが、ユーノはただ笑顔を浮かべたまま、目の前で本に対して魔法を行使する。本は光に包まれ一瞬で姿を消失し、そして逆側の手に出現する。そしてそれを見た瞬間、全てのピースがカチリ、とハマる音がした。

 

 瞬間的に犯行手段、武器、動機、事件の全てが見えた。

 

「……転移魔法?」

 

「そう、転移魔法だよなのは。簡単な話、攻撃を相手の心臓へ送り込んだんだよ。だから体を傷つけずに心臓だけが破裂しているんだ。必要なのは魔力でも才能でもなくて、心臓という位置へピンポイントに攻撃を送り込むための計算だね。1ミリもズレ無いように常に動き回る相手を計算し、予測し、そして動きに合わせて”置く”、それだけのシンプルな手段さ。相手の計算を超える様な速度や動きをし続けない限りは回避が難しい、必殺の一撃だよ。……ただ送られた資料だけを見ていると色々と解らない事は多いけどね。高レベルの魔導師を集中的に狙っているようだけど、証拠を残さない事以外では色々と適当というか。まるで遊んでいるような犯行なんだよね。―――イスト?」

 

 そして、同時に、嫌なものも見えた。

 

 ―――ヤバイ。

 

 時間を確認する。時刻は既に5時過ぎだ。今からどんなに急いでミッドへと帰ろうとしても最低で2時間はかかる。時間が足りない。急いで無限書庫の出口へと向かってゆく。

 

「イスト!」

 

「なのは、ミッドへ戻るぞ―――家族がヤバイ」

 

「どういう事?」

 

 どうかお願いだから、この予感だけは外れていてくれ。そう願うも、自分の考えが正しければ状況は最悪に近い。いや、最初から最悪だったのだ。既にサインはでていた。それを見逃していたのは俺だ。そしてそれでいいと判断していたのも俺だ。しばらくなら平気だと、そう愚かにも思ってしまったのは―――俺だ。

 

 敵は―――アイツだ。

 

 

                           ◆

 

 

「―――これで本当にいいの……?」

 

 それは間違いなく不安、というか疑いだった。言われるがままに行動してきた。なぜなら自分が見ている事は絶対に真実だと言えるから。そしてそれを疑うことはできない。だって……もう失うのは嫌だから。だからこの現実を壊さないためには信じるしかなかった。言葉を、そして語られる真実を。そしてその結果、水色の少女―――レヴィはベンチの上で音を立てずに眠っている。あんなにもはしゃいで楽しそうだった姿が今では嘘の様だ。

 

「大丈夫、その子に恨みはないから全部終わったら家に帰すから」

 

「……うん」

 

 鮮やかだった。家を出たら確実にレヴィが後から追いかけてくるから、言われた通りの道を通ればいい。それが指示だった。そしてその通りの道を歩いたら急にあらわれ、そしてレヴィを抱きかかえていたのだから驚いた。だけど、本当に、本当にこれでいいのだろうか。

 

「ねぇ、これでいいの? ―――兄さん」

 

 ティーダ・ランスターはタスラムを片手に握り、微笑みながら此方を見て言う。

 

「あぁ、これで間違っていないよ―――間違いなく僕はイスト・バサラの手によって殺されたのだから。だからティアナ、君は一切間違ってはいないよ―――」

 

 良く知る兄の声。良く知る兄の手の感触。

 

 良く見た事のある、兄の表情だった。

 

 だがそれはどこか遠くに思えた。違うと感じた。何かが決定的に欠落していた。だがそれを疑ってはいけない。疑えばどうなるかを本能は既に理解していた。だから、だから―――。




 王様と外道さんでは年季が違いましたとさ。

 大体把握していた人はいるんじゃないですかね、そこらへんヒント出していたので。攻撃手段とか必殺技とか戦闘描写とか。さて、この人操られているのか、意志はあるのか、と疑問に思わせつつでは次回。

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