マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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 ちょくちょく執筆しながら色々と。


イン・ビトウィーン・アンド・ネクスト

「終わった―――!」

 

 そう言いながら腕を広げて後ろへ倒れ込む。目の前には大分作成に慣れてきた報告書が浮かび上がっている。既にこの隊へと入隊してから一ヶ月が経過し、季節は四月の半ばへと移行している。こうも時間が経過すると最初は反発ばかりだったこの隊にも大分馴染み、少しずつ周りの考え方やスタンスが解ってくる。そしてその空気の味も、何故こんな風なのか大分わかってくる。ともあれ、先日しょっ引いた密売屋の件に関する報告書は数時間で書き終わった。その達成感に包まれ、椅子に深く座り込む。

 

「うん? 終わったの?」

 

「あ、はい」

 

 そう言って此方の事を確認しに来たのはキャロルだった。彼女が何かと此方に対して何かと世話を焼いたり、気をかけてくれてたりするのだが、最初はからかわれている物だと思っていたが、実の所キャロルは体質の都合上、子供が産めないらしい。それで何かと年の若い子には世話を焼いてしまうらしく、それを聞いてからは少しだけだが甘える事にしている。だから今も出来上がった報告書、それが映されているホロウィンドウをキャロルへと向けて引っ張って見せる。

 

「どれどれ……」

 

 そう言ってホロウィンドウを受け取ったキャロルはスクロールしながら文章内容を確かめ、頷き、小さく唸っている。もちろん自分は書いたものに対してそれなりの自信を持っているので、何もやましい物はない。胸を張ってキャロルの返答を待ち、

 

「―――うん、良くできているわよ。良くこの短時間でこれだけ書けるようになったわね」

 

 褒められるのは悪い気はしない。だがこれぐらいできる様にならなければ。というより、これぐらいの書類作成スキルは基本スキルなのだ。非常に不本意な事だが、先月イストに報告書をどうやって作るかを教えてもらった後、それを省みて、はやてなどに会いに行ったら報告書書くのは当たり前だったり、慣れていたりで、大変精神上宜しくなかった。いや、負けた感じがしたのが嫌だった。だから頼んで書き方を教えて貰ったり、練習したりで、やっとここまで書けるようになった。

 

「しかし何時になっても自分より若い子に追いつかれるのは嫌になるものねー……まともに戦ったら確実に負けるし」

 

「その”まとも”部分を取れるようになるのが当面の目標なんですけどね」

 

「それさえ負けてしまったら大人として立つ瀬がないわよ。それを超えられるだけの経験を得られるようになったら負けてあげるわ」

 

 そう言ってキャロルは去って行く。大人だなぁ、と思う反面、子供だなぁ、とも思う。ここにいる人と達は実に戦いがユニークというか、”悪辣”と評するのが正しいのだ。まるで真面目に戦おうとしないだけではなく、思考の裏側を縫うように意外な行動をとってくる。正面から叩き潰そうとすれば何時の間にか背後へと回り込まれていたり、目標がダミーだったりと、そんなのはしょっちゅうある。

 

 中には空へと砲撃を向けて、時間差でそれを空から降り注がせて空から撃ち落とすなんていうデタラメな攻撃方法を取ってくる者さえもいる。戦術や奇策のオンパレードともいえるこの状況、そういう正道から外れたものを見るには十分すぎる程に勉強になると思う。何気にそういう戦術をどうやって崩すか、それを考えている事に楽しみを覚えている自分もいる。幻術や射撃系の魔導師だとまだ一勝もできないのが実態だが、近接系の魔導師だったらある程度の勝率を勝ち取る事には成功している。そして勝利している相手にはもちろんイストも含まれている。勿論最初の頃は意味不明に速かったり見切れない拳に撃墜判定を貰ったが、色々と教わった今では逃げながらバインド設置して砲撃を空から乱射して近づけなければいいのだと学習した。障害物の後ろに隠れてもそれごと薙ぎ払えばいいし。

 

 完全相性勝ち。

 

 ……ただバインド設置したと思って油断しているとバインドをすり抜けて接近するんだよね。

 

 この練習場、訓練場、それが空戦魔導師に取って戦いやすい広いフィールドだから今は勝率を稼げている様なものだ。もっと障害物の多い、姿を隠しやすいフィールドだったら経験の差を利用されて完全に実力を発揮できないままボコボコにされる未来が目に浮かぶ。あと狭い通路とかも駄目だ。砲撃が通路を埋めるから安全だと思われるが、実の所防御しながら前進すれば到着するので砲撃戦魔導師にとっては最悪のシチュエーションだ。なるべく広い空間で戦わないと落とされるのが砲撃戦魔導師。

 

 最近は距離を詰められた場合を想定して色々教わっているが、今の所それがどれだけ通用するかは解らない。教えてもらった人に振るっても上達が確認できないからだ。だからと言ってそれを振るう機会を望んではいけない。振るう機会を得るということはつまり、不幸な人間が増えるという事だ―――犠牲者加害者両サイドで。なので安易に振るう機会を求めてはいけないのだが、

 

 ……それでも確かめたいし、休みの日にシグナムに頼もうかなぁ……。

 

 シグナムならまず間違いなく嬉々として相手をしてくれるに違いない。そしてその上でつきっきりで修行の手伝いをしてくれるに違いない。そしてそれからしばらくメールで修行の日程が組まれるに違いない。あ、駄目だこいつ、と認識してシグナムという候補を頭から抜く。とりあえずは対接近戦用に教わっているデバイスを使った槍術の師匠を、イストの姿を見る。

 

 仕事を終え、する事の無いイストは両足をテーブルの上で組んで置いて、そして視線を手元の本に向けている。本を読んでいるというのに、それでもイストはサングラスを取る様子を見せない。読みづらいだろうと前に指摘したのだが、それでもサングラスを取る気配がイストにはない。何か理由でもあるのだろうとその時から放置しているが、何時みても違和感のある姿だ。……が、ベルカ式への適性はないだけで、武芸百般というべきなのか、基本的な得物であればどれも十全に振り回す事が出来るらしい。その中でも格闘が得意で特化しているだけで、別に他の武器が苦手ではないらしい。

 

 ギリギリの所で才能に嫌われた、と本人は主張しているけど。

 

 ……偉ぶらなければ十分尊敬できるんだけどなぁ。

 

 まあ、そうしないのがイストのイストらしい所というべきか、この一ヶ月で覚えてきたこのパートナー”らしさ”というべき部分かもしれない。―――此方を未熟な事を理由に弄るのは止めてもらいたい所なのではあるが。

 

「イスト」

 

「ん? あぁ?」

 

 本からイストが顔を持ち上げる。最近はずっとこうだ―――というより無限書庫から返ってきてからずっとこうだ。時間さえあれば本を読んでいる。その本も全てが無限書庫から持ち出したものだ。そこらへん、持ち出しが可能かどうなのかは規制については良く解らないが、こうやって堂々としている所、持ち出してもいいらしい。その内容は確か、覇王流とエレミア、なんていうものだったらしいが、今はどうなのだろう。

 

「今はどんな本を読んでいるんですか?」

 

「ん? 興味あるのか?」

 

 いや、それはもちろん、と答える。最近読みっぱなしなのだから気にならなかったら確実におかしい。そう伝えるとそっか、と呟いて軽く頭を掻いたイストが此方に本を手渡してくる。その本のページを開いたまま、タイトルを確認する。その本のタイトルは”ベルカ興亡期”と書かれてある。

 

「なんですかこれ?」

 

「タイトル通りベルカの興亡期の本だよ。本っつーか日記だな。ベルカが終焉を迎えるまでの数年間を記した本で、この本の持ち主は覇王イングヴァルト様と個人的付き合いがあったそうだ。日常的な話からどういう訓練をしてたか、聖王様と覇王様が喧嘩しただぁ、そういう感じの内容の本だよ」

 

「いや、めちゃくちゃ重要な本じゃないですか!」

 

 ベルカ出身の人間ではないが、この本の重要性は解る。ベルカ人にとって聖王とは神にも等しい存在であり、覇王とはそれに匹敵するだけの有名で高名な存在だ。その二人を知っている人の日記、しかもベルカ興亡期のモノなんて間違いなくレアものではないのか。

 

「良く持ち出せましたね、ソレ」

 

「実は結構苦労したんだよ。予め聖王教会の方にコネ作っておいてよかったよ」

 

 聖王教会へのコネ、と言ったところで前、先月のはやての言葉を思い出す。そういえばイストははやてとのパイプを繋げる代わりにカリム・グラシアへの紹介を頼んでいたはずだ。……となると、

 

「もしかして……騎士カリムにお願いした?」

 

「良く解ってるんじゃねぇか。ちょっとした取引と餌と交渉とロマンスの結果、無限書庫で見つけた覇王関連の書物は教会へと運ぶ前に俺が”見分”する事になっているんだ。あー辛い、超辛いわー。無限書庫から本いっぱい見つかるわー、見つけた本を教会へと運ばなきゃいけないわー、あー、読んで確かめなきゃいけない本がいっぱいあってマジ超つれーわー」

 

「わぁ、何てわざとらしい……!」

 

 清々しい程にわざとらしい。いや、待て取引と餌と交渉まではいい。だが最後のロマンスはなんだ、ロマンスは。

 

「駄目ですよ、イストにはイングさんって素晴らしい人がいるんですから」

 

「……んー? 聞こえんなぁー?」

 

「あ、露骨に目を逸らした」

 

 しかも小指で耳をほじっている。とことん聞くつもりがないらしい。一体あの女性はこの外道のどこが気に入ったのだろうか。そんな事を一瞬悩むと、イストは本……日記をこっちの手から強奪し、組んだ足をデスクの上に乗せたまま、再び日記の中身を読み進めてゆく。良く見ればその片手には小さくだが、ホロウィンドウが出現し、読むのと同時に何かを書きこんでいる様にも思える。やはりメモなのだろうか。

 

 ……あ。

 

 そこから話しかけた目的から大きく離れてしまった事を思いだした。

 

「そうだった。イスト、誰か戦える相手を紹介してくださいよ」

 

「なんだ、無差別に砲撃が撃ちたいのか? だったらほれ、いい事を教えてあげよう―――向こうの方、あぁ、あのデスクだ。あそこで笑顔でこっちを見ている奴がいるだろ? あぁ、いや、そっちはロリコン。そいつはお前が後4年若ければって良く嘆いている。二ケタはアウトらしい。ってそうじゃねぇ、そう。そいつ。今手を振っているだろう、アイツドMなんだ。今もお前に非殺傷設定切って砲撃撃ちこまれる事を期待している。いいか、手を振ってみろ」

 

 言われた通り手を振ってみる。

 

 立ち上がってジャンプしながら手を振り始めてきた。そのあと腕を広げ、膝を床に付き、

 

「ヒット! ミー!」

 

「そぉい!」

 

 横から飛んできたドロップキックによって吹き飛ばされ、視界の外へとカマロ准空尉が吹き飛んでゆく―――アレで同じ准空尉とか信じられない。間違いなく地球なら訴訟レベル。だがそれが許されるのがミッドチルダ、管理局、この隊の不思議である。法律とはいつ死んだのだ。

 

「前から思ってたんですけど、若干ここにいる人たちって個性的すぎやしませんか」

 

「結構奇人変人が集められているからなあ。変人タイプってどっかで特化していたり能力的に欠損があって普通の隊じゃ使いにくいから結局一か所に集められやすいんだよな。まあ、合わないやつは合わないやつで一週間ぐらいでこっから抜けてくよ。やったねなのはちゃん、君は間違いなく合格だよ」

 

「撃ちますよ」

 

「おぉ、怖い怖い」

 

 そう言ってお手上げのポーズを取るイストの発言を改めて省みると、あんまりここにいる事に違和感は感じなくなったなぁ、と思える。最初の頃は若干ストレスが溜まっていた事を否定する事は出来ない。だがこうやって接して、少しずつ周りと話し合って、一緒に仕事をして彼らを理解する様になってきた。

 

 それがどんな奇人変人であろうと、彼らにはそれぞれの思想や願い、想いがあるのだ。それらを理解せずにただの奇人変人と断定するのはあまりにも失礼ではないのか。そういう風に感じ始めてきている自分がいる。間違いなく染まっているとも言えるが、これが成長なのかなぁ、と迷う自分もいる。ただその答えを求めようと聞けば、

 

 ……間違いなく微笑ましい笑みと共に頭を撫でられそうだよね。

 

 実際、今までに何回かそうやって頭を撫でられたことはある。その回数ナンバーワンはキャロルで、二番目にイストだ。ちなみに三番目は強面の隊長であるフィガロ。アレで意外と子供好きなのだが、泣かれるので基本的に自分から寄る事はないらしい。姿と好きなもののキャラが違いすぎるあの人も変人に入るのだろうか。

 

「ま」

 

 パン、と音を立ててイストが片手で本を閉じる。それを無造作にデスクの上に投げ捨てると、サングラスの位置を片手で直すと、此方の頭を撫でながら入り口へと向かってゆく。そうしてぐしゃぐしゃにされてしまった髪を急いで手櫛で整え直しながら、その背中を追いかける。

 

「仕事ですか?」

 

「おう、喜べなのはちゃん」

 

 緊急で舞い込んできた仕事が表示させられているホロウィンドウをこっちへと投げると、そのまま外へと向かって歩き出す。

 

「パーティーのお誘いだ。しっかり”おめかし”しなくちゃな」

 

「何をかっこつけてるんですか、さっさと行きましょう」

 

「お前はもう少し遊びを持とうよ……」

 

 知りません、と答えながらイストの横へと並び、外へと向かって歩き出す。

 

 まず、最初の目的地は―――空港。




 イムヤ大破。

 どもども、もうそろそろですねー。逢瀬にはおめかししませんと。パーティーには相応の作法がありませんと。というわけですので、まあ、あと1話、2話ですかねー……。

 家族はどこまで脅威なのか、って感じでしょうか。

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