跳躍する。
背後で発生する爆風に強く背中を押されながらも体は安定している。昔ならまず間違いなく地に足をつけて一旦整える必要があったであろう状況だったが、これも確実に自分が成長しているという証なのだろう。そう思うとどこか寂しさと嬉しさが入り混じる。既に教官たちからは自分で発展させる領域にあると言われている。だから教われない、という寂しさが来るとは思いもしなかった。
「どうした、来ないのか?」
「……!」
正面百メートル先に眼帯姿のナンバーズ―――チンクが後ろ向きに跳躍しながらナイフを放ってくる。前、まだ六課が発足したばかりの頃に戦った事がある。あの時は今とは違って閉鎖空間で、自分も弱かった。今はキャロの支援がないが、ストラーダ一本で相手の攻撃を弾きながら直進する事が出来るぐらいには成長している。―――うん、成長している。そう確信する。
跳躍から廃墟の屋上の上に着地するのと同時に、2軒先の廃墟の上にチンクが着地する。此方が前へと踏み出そうとする瞬間には再び逃げていた。既に気付かされている事だが、チンクは此方をあの怪獣大決戦から引き離す様に移動をしている。後ろを軽く振り返ってみれば、パイルドライバーをナハトヴァール等という巨大生物にかますヴォルテールの姿が見える。確実に楽しそうな顔をキャロが浮かべている辺り、確実にあのバーサーク娘の発案に違いない―――ただその距離はここから既に数キロ離れた地点だ。チンクを追うためにドンドン引き離されている。これ以上追いかけていいものか、と一瞬考えるが、
「くっ」
投げつけてくるナイフをストラーダで薙ぎ払う。それが爆炎で視界を覆うのを無視しながら腹を決める。なあなあで追っていても追いつけないどころかどんどん引き離されるだけだ。自分に必要なのは踏み込む勇気。あの時はその後で直ぐに叩きのめされてしまったが、
「行きます……!」
ストラーダの加速器を稼働させ、そして魔力のジェット噴射と共に一気に体を飛ばす。一瞬で爆炎を抜けた向こう側にはチンクの姿がある。それは跳躍途中である為、短く滞空している。この状況であれば普通は避けられはしないが。
「腹を決めたか? 来てみろ」
爆炎を突き抜けた所でチンクがそこにいた。更に加速器に魔力を込めて加速する。そうして突きだす一撃をチンクは穂先に片足を乗せる事で無効化し、一撃に”乗った”。次の瞬間にはナイフが顔の前へ投擲されていた。が、
「ッァ!」
首を動かして回避するのと同時に加速器を解除し、ストラーダで薙ぎ払いを繰り出す。軽く宙返りを繰り出すチンクはそれを回避し、カウンターにとナイフを投擲してくる。それを体を捻る事で回避しつつストラーダを返す動きで次の一撃を叩き込む。その一撃をチンクは蹴る事で威力を殺し、そして足をストラーダに絡めて体を寄せてくる。その手のナイフを此方の首に突き刺すような動きで。
「それは、予想していました」
ストラーダから片手を解放し迷う事無くチンクのナイフを振るってくる手に動きを合わせる。チンクの繰り出すナイフの一撃が手を貫通し、手の甲から金属の姿を見せる。が、ここまでは予測通りだ。痛み止めの魔法を発動させつつ行うのは魔力の雷への変換―――そしてナイフが突き刺さり、握ったチンクの拳への変換魔力の発散。
「捕まえました!」
「さて、な」
チンクの腕を通し全力の雷撃を体へと叩きこむ。全身が雷にスパークし始める状況でチンクはふむ、と落ち着いた様子もう片手でナイフを握り、それを振り上げてくる。
「その程度でいいのか? 温いな」
「がっ」
脇腹にナイフを突き刺してくる。反射的に緩む握力。その瞬間にチンクが落ち続ける状況から脱出し、脇腹に突き刺さったナイフを蹴りながら体を後方へ飛ばし、廃墟の壁に着地する。その口が開くのを見て、次の瞬間に何をするのか悟る。瞬間的にストラーダを手放し、開いた手でナイフを引き抜く。
「ISランブルデトネイター」
ナイフを捨てた瞬間それが左腕を飲み込む形で爆発する。左腕を包む激痛が発生するのと同時に体が吹き飛ばされ、廃墟の壁へと叩きつけられる。ストラーダを求めて右手を伸ばせば、ストラーダが右手へと飛んで戻ってきてくれる。それを掴みながら一回転し、大地に何とか着地する。痛み止めを使っているので痛みはないが、どれだけのダメージを今の短い時間に食らったのかは理解できる。ただそれでハッキリと理解できることがある。
―――ヤバイ、勝てない。
それだけがハッキリしていた。今の短いやり取りで相手の防御力、攻撃力、そして動きがどれほどのものか、それを測る事が出来た。その結果、まるでフェイトを相手にしてるような気分だった。つまる所圧倒的に格上を相手にしているという事だ。……ただ、勝ち目がないわけではない、というのが隊長達の言葉だ。
……嘘ですよね、それ。
この状況のどこに勝ち目があるんだ。……そう愚痴った所で問題は解決しない。
『Damage level high』
「解っていますけど……それでもどうにかできるのが自分だけなら何とかしないといけないんですよね。八神部隊長は忙しいですし、キャロやルーテシアは忙しいだろうし」
これで逆側に展開していたもう片方の部隊―――スバルやティアナ達と合流できればまだ勝機が見えるのだろうが、と嘆く。一人ではどうにもならない相手だが、複数人数でかかればギリギリ何とかなりそう、という所はある。いや、ティアナには確か一撃必殺の超奥義があったはずだ。そういう必殺技は基本的に強敵相手には不発するのが戦闘モノのお約束だが、その法則はリアルには存在しない筈だ。つまりティアナさえ引っ張ってくれば勝確。足止めして、ティアナやってきて、一撃必殺。
良し、これだ。
そう思い動こうとした瞬間、空に青色と、そして黄色の二つの道が出来上がる。それが誰の技能であるかは知っている為、即座に視界を上へと持ち上げればその上を高速の姿が二つ滑って行くのが見える。その名を口にしようとした瞬間、
「ごめぇ―――ん!!」
「え?」
横からスバルが飛んできた。
◆
「はぁぁ―――!」
「せぁ―――!!」
拳と拳がぶつかり合い、それを引いた瞬間には蹴りが繰り出されている。それに対応する様にダッキングしながら相手の懐へと潜りこむ。だがその間にも相手の足の装備、此方に似たローラーブレードの様な装備は動き、身体を後ろへと下げる。蹴りを繰り出しながらも体を動かし続ける事は非常に便利だが、相手にされると厄介だと思う。
だが、
「姉妹で経験済み、よッ!」
なら予め更に深く踏み込んでおけばいい、それだけの話だ。そしてそれを実行する。コークスクリューを放ちながら踏み込めば相手が対応してくる。防御ではなく避ける動きだ。それも腕を見るのではなく常に動き全体を把握する様に。初心者であればある様なミスや動きが相手には一切存在せず、それどころか”知っている”動きで相手は対応してくる。解ってはいたが、
「余計なもんを育てて……!」
「余計とは失礼な事を言ってくれるな!」
拳を横から殴られる事によってその軌道をズラされる。一撃が不発に終わるが、互いにそれは承知の上だ。そもそも格闘による接近戦で殴り、殴り返すというのはその九割がフェイクであって、本命はごくわずか。そもそも相手に回避される事が前提で繰り出しているのだ―――相手の攻撃を受け止める代わりに全部全力で殴るなんてタイプは一部の特殊過ぎる者の話だ。スバルがそれを気付かされたのは割と遅くなってからだが、自分は割と早い段階で気付けたのでどちらかというとオーソドックスな格闘スタイルにはまっている。
即ちフェイントとラッシュ。
攻撃に虚を混ぜ込み、それで確実に隙を生み出してから必殺を叩き込む。技量、速度、筋力、魔力。どれでもいい。それで相手を一瞬でも圧倒すれば攻撃を叩き込む隙が生まれる。そしてその瞬間に必殺を叩き込むのが正しいスタイルだ。ただ、相手が自分よりも格上の場合はこれが少々辛くなってくる。
「若干、辛いわね……!」
「一人でどうにかなるって思ってるなら甘いなッ!」
ウィングロードが相手の生み出す同じような道と何度も衝突し、砕けながら、そして並びながら道を作って行く。その上を一度も止まることなく動き続けながら打撃戦を繰り出し続ける。戦っている感触、相手は確実に自分と同じタイプの格闘家。
「もう少し博打に出てくれてもいいのよ?」
「そういうタイプじゃないんだよ!」
敵が、ノーヴェと名乗った彼女が蹴りを繰り出す。それに合わせて後ろへと跳躍し、自分の失策を悟る。その瞬間には既に遅く、ノーヴェが腕のナックルに付いている銃口を此方へと向けていた。ここで回避、という選択肢が頭の中に浮かぶが、それは更に状況を悪化させるだけだと自分に言い聞かせ、前へと体を出す。両腕で防御する様に構え、前進する体に正面から弾丸が突き刺さってくる。その大半はバリアジャケットの形成するフィールドやそのものによって防がれるが、身体を抉る弾丸の痛みは響く。
「だけど……!」
弾幕を突破して拳を振り上げる。痛みを無視しながら呼吸を一瞬で整え、相手へと向かって拳を振り下ろす。回避のアクションは銃撃していた事で僅かに遅れている。故に振り下ろした拳は回避され、そこから続くローキックもバックステップで回避されるまでは計算の内だ―――だがそこからの大技には対応できないだろうと確信する。その証拠に相手の表情には一瞬だけだが、苦虫を噛み潰すような表情になっていた。だからこそ殺すつもりで必殺技を放つ。魔力を左拳へと溜め込み、それに体重を乗せ、そして最速で技量を乗せ、相手の体へと叩き込む。バックステップ中だった体に左拳はあっさりと叩き込まれ、そしてノーヴェの体がくの字に折れ曲がる。その感触に―――クリーンヒットした感覚はなかった。
「殴り方が温い。おい、師に教わらなかったか? ―――竜はこうやって殴り殺すんだ、と」
腹に叩き込んだ腕を片手で掴まれ、そしてノーヴェが右腕を振り上げる。次の瞬間に何が繰り出されるのかは解っていても、それを回避する方法なんてなかった。
「―――鏖殺拳ヘアルフデネ」
衝撃が体を貫く。全身が内部からぐちゃまぜになって、砕かれる様な、そんな激痛だが―――なのはの方針のおかげで体は反射的に動く。必殺を叩き込んだ相手はそのせいで一瞬だけ動きが硬直する。故にまだ空いている右拳を振り上げる、
「食らうだけだったら数百回ぶち込まれてるのよ―――!!」
流石高町式教育―――ただ遠慮なく殺人ギリギリ手前の一撃を叩き込んでいたのはあの鉄腕先生だ。
「ぐっ」
相手の顔面に全く同じ必殺技を叩き込む。拳の先で鼻が折れてぐきぃ、と嫌な感触が拳を通して感じられる。だがそこで動きを止めるわけにはいかない。相手に左腕を解放され、そして相手も攻撃のおかげで僅かに後ろへ下がる為、踏み込みの為の距離が出来上がる。その距離を互いに踏み込んで腕を振るう。
「結局は―――」
「―――こうなるのね!」
踏み込みつつ拳が振るわれ―――そして互いの頬に叩き込まれる。その一撃に軽く脳が揺さぶられるが、踏みとどまりつつ素早く二撃目を相手へと叩き込む。それが相手の腹へと叩き込まれるのと同時に、相手が此方の顔を掴んでくる。
「おらよっ!」
「がぁっ」
頭突きだった。額から流れる血が目に入る。目を閉じてはいけないとはわかっているが―――それでも反射的に目が閉じてしまう。そしてその瞬間には再び拳が腹に叩き込まれ、続いて顔面、肩、そして再び腹に叩き込まれてから、ようやく目が開く。だがその時には、
「吹き飛べッ!」
「くぅっ……!」
ギリギリで腕を挟み込む、ノーヴェの回し蹴りに体を吹き飛ばされる。数メートル体が吹き飛んだところで、後ろから吹き飛ぶ体を抑える姿を感じる。
「ギン姉、ごめん!」
「合流します!」
背後から聞こえるのはスバルと、そしてエリオの声だ。そして、
「―――ま、そういうわけだ。邪魔するぞノーヴェ」
前方、ノーヴェの横に並ぶように新たな姿が出現する。彼女の姿はデータベースを通して確認している。スカリエッティの産んだ戦闘機人、そのうちの一人……チンクだ。ただその頬が切れ、そしてコートがちぎれている所を見るとスバルとエリオの方であちらの方に対応していたらしい。
「これで二対三、ね」
此方の人数が増えたが、相手側も人数が増えた。それがまず問題だ。だとしたらやる事は―――。
……いえ、出来る事は、ね。
それは―――前に出る事だけだ。
フルハウスや。
全部フルハウスが悪いんや。ミッシェル可愛い。
ともあれ、そろそろサクサク戦闘終わらせて最終決戦進めましょうか(願望