マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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ムーヴメント・アンダー

 作戦の日、地上本部の様子が公開されるその日、行動は迅速に行われる。会そのものは午後からになるが、その前にスカリエッティが行動を開始するかもしれない。あの男の事だ―――急に気分次第で計画を変更する可能性がある。そこらへん本当に油断が出来ないのがスカリエッティだ。お互いに戦う理由は”まだ”存在しない。だがもし出会ったのであれば、敵として戦う事はある。

 

 だからその前に活動を開始しておかなくてはならない。

 

 ミッドチルダ全体に張り巡らされている下水道、その中へと六人で降りる……とは言うがナルはイストとユニゾンし、アギトは己とユニゾンしている。おかげで体はいつも以上に動く、というよりも”本来の動き”が取れるようになっている。レリックで体を動かしているとはいえ、本来は土の下で眠っているべき存在なのだ。体を動かしている事は摂理に反する事であり、今の状態が奇跡なのだ。

 

 イストも、イングも、ユーリもがバリアジャケットを纏った姿へと姿を変え、下水道へと降りるのと同時に口を閉ざす。既に思考は作戦遂行用に切り替わっている。これ以上の会話は念話で、という事になっている。ここら辺、真面目な所は真面目にやるというのは流石、といったところなのだろう。少し言葉がふざけていたとしても、一瞬も気配を揺るがせる事はなく、常に気配を察知し、鼻が曲がりそうなほど酷い臭いがする下水道を歩きはじめる。

 

 意外と、廃棄都市区画の地下には人の姿がある。表の廃墟よりも地下の下水道の方が安全だと思い、そこを根城にするボロボロの姿は歩きながらも確認できる。時折物乞いがお金や食べ物を狙って近づいてくるが、視線すら合わせずに通り過ぎて行くのが正しい選択であるのは何年も前に、犯罪者の烙印を受けてから覚えた事だ。

 

 ―――まだ管理局員であった頃は彼らの事を見逃さず、助けようとしただろう。

 

『ゼストさーん?』

 

『問題ない』

 

 ユーリが振り返りつつ手を振ってくる。気の抜けた仕草だが、それでいて攻め込めば一瞬で滅ぶのは自分だと理解できてしまうから自分もまだまだ錆びついてはいないと自覚できる。これで相手の技量を計れなくなれば最悪なのだが……あいにく、そこまで錆びる程己の鍛錬を怠るつもりは一切ない。

 

『半径数キロ圏内、高レベルの魔導師や強い気配を感じませんね』

 

『なら問題はないな』

 

 イングが歩きながらも常に感覚をとがらせ、それを広げる様にして敵とそうでないものを区別付けている。この集団の、いや、一家の戦闘力の過剰っぷりがこの二人だけで解る。普通の人間にはたとえ修練してもたどり着けないような領域だ。

 

 ただそれらの人員が自分の目的の為に使用されていると思うと少し、背中が痒くなる。申し訳ないと思うのと同時に頼もしく、嬉しく思う。自分何か放っておけばもっと簡単に事が進めるだろうに―――何ては思いやしない。彼らがそんな薄情な人間ではない事は自分が知っているし、そして何より彼らの好意を無視する様な言葉を放つことは自分には出来ない。

 

 故に黙って感謝の思いを胸に秘めて、廃墟の地下を抜けて行く。ミッドチルダからここまでは下水道が拡張と都市機能の移動の都合上、繋がっている。それが犯罪者たちの為のクラナガンへの安全な侵入ルートになっているのは此方側を”噛んでいる”管理局員や犯罪者であれば誰もが知っている事だ。故に自分たちが使っているルートも使い古されたそのルートだ。

 

 ただ、それは何時もとは少々違う。

 

『前方二キロ先に気配……魔導師ですね』

 

 イングの放つ言葉に進めるのを止めはしないが、足の動きを緩めはする。そのままイングが消灯設定のホロウィンドウを取り出し、気配を感知した場所にマーカーをセットする。それを確認してから再び下水道を歩く。勿論、そのまま見つかる程阿呆ではない。魔導師、という言葉の意味を理解できない自分ではない。下水道を進み、そしてイングが指定した場所を見れる距離へと移動したところで動きを止め、角から様子を窺う。

 

『―――いるな』

 

『ですねー』

 

 現在位置はクラナガンへと続く下水道の入り口―――そこに立っているのは管理局、陸のバリアジャケットを着た魔導師の姿だった。統一規格のバリアジャケット姿である為、非常に解りやすい。

 

『……面倒だな』

 

『あぁ―――俺達かスカリエッティを警戒してるな、こりゃあ』

 

 問題なのは管理局員がこの位置に立っている事ではない。この位置に”送られた”事が問題なのだ。それはつまりここからクラナガンに害をなす者の流入を防いでいる、という事なのだ。普段この道は封鎖されていない事を考えると、確実に警戒されている。今日が特別な日だから、何て理由で自分達をマークから外す事なんてしない。常に最悪を想定しておく。それが正しい判断だ。故にここで判断する―――アレは自分達を意識して用意された監視の目だと。

 

『どうする?』

 

『少し観察してみる』

 

 イストのその念話に反応する様に角に隠れ、そのまま魔導師の姿を観察する。そこにいるのは数人、三人ほどだ。どれも観察する所、そこまで強い様ではない―――が、その代わりに唇が動いている。声がここへと届かないのではなく、声を発していない。おそらく念話で会話しているのだろう。念話で話す者の中には唇を動かしてしまう人間は意外と多い。そして様子を見る感じ常に唇を動かしている様に見える。

 

『常に念話で喋ってるな』

 

『気絶させたらバレますねこれは』

 

『回り道を通りますか?』

 

『―――いや、この程度なら注意を逸らした隙に通ればいけるだろう』

 

 それでも要求する技量はかなりのものだ。それをあっさりとできると確信するのだからこの男は―――いや、失敗するわけがないと自分でも思っているので自分も同類だ。

 

『じゃ、サクサク進めちゃいますね』

 

 ユーリが火球を生み出すと、それから”色”を抜いた。無色透明の炎をユーリは振りかぶり、ポニーテールにまとめられた髪を揺らしながら炎を振るう。透明なそれは即座に目では追えなくなる―――だがそれがしばらく進んだところで、別の角で爆発し、爆炎を巻き上げる。瞬間、魔力と爆発に反応した魔導師が其方へと視線が向かう。

 

 その瞬間、死角が生まれる。

 

『ゴーッ』

 

 短い進軍の言葉。一瞬で地を蹴る。死角が解るのか、と問う必要はない。この集団はその程度ができて当たり前の集団なのだ。故に地を蹴って死角を通り抜けるのは一瞬。爆炎の方へと視線を向けた一瞬に音もなく背後へと抜けて、そして一気に抜けたところで角を曲がり壁に張り付く。通り過ぎた場所から魔導師達の声が響いてくる。少し焦っているようだが、動くような気配はない。優秀だ。己の役割を理解して、そしてそれに従事している。己の務めから外れる事なのだ、そこから動く事は―――ただ相手が悪かった、というだけだ。

 

 短く後ろを確認して相手の注意が此方へと向けられていない事を確認する。身を隠しながらも角から少しだけ乗り出して確認する分には相手の注意は此方へと向けられていない様に見える。後ろにハンドサインで安全を伝える。身を戻し、他の三人と共に再びクラナガンへ地下下水道を歩きはじめる。だがそのペースは最初のよりも遅くなっている。

 

『他にも魔導師の気配を感じますね。数キロ毎にペアで配置されているようです』

 

『意外と配置数が多いな』

 

 ミッドチルダの、クラナガンと廃棄都市を繋げる下水道の道がありの巣の様に入り組んでいても、通じるルート、”通らざるを得ない道”というものは決まっている。軽く目を閉じてから目を開けたイングがマップ上に指をさす場所はそこだ。歩きながらチェックしつつ、少しだけ困る。下水道でつながっているとはいえ、それでも数百キロは距離があるのだ。それでも魔法で体を強化して走れば一時間ぐらいで抜けられる計算だったが―――こうも邪魔をする様に魔導師が配置されていたのであればそうやって派手に行動することができない。

 

 全員で一旦足を止める。

 

『昨日調べた時にゃあいなかったよな?』

 

『おそらく転移魔法による人員配置でしょう。目的は止める事ではなく察知する事かと。優秀だが強くはない魔導師を配置したのは戦闘で勝つことよりも敵が迫っている事を伝えるための手段でしょう。陸の魔導師、弱くても優秀なのが揃っている、という事ですね』

 

『正直な話面倒ですねー。強硬突破できる相手なだけに本当に』

 

 そう、極論強行突破してしまえば全く問題ないのだ。所詮はその程度の相手なのだが、常に念話で話していたり、そして警戒している所を見れば、まず暴れたりすれば確実に見つかる。気絶させればそれが異常として広がる。既に警戒はされているが、これ以上、必要以上に警戒させないことが重要だ。スカリエッティ達とは違い、此方側は完全にスニーキングだけでもいいのだ。

 

 ……まあ、そう終わるようには全く思えないのだが。

 

『無理やり突破するか?』

 

『いや、バレるのが早すぎる。此方が露見するとしても最低でもスカリエッティが事を起こしてからの方が何かと都合がいい。こっちが先に動いたらこっちを隠れ蓑にされかねない。そうしたら逆に囮とかに利用されちまうぞ―――されたところで負ける気はしないけど』

 

 イストはそう言うが、管理局武装隊を追っ手に毎日数百人でも向けられでもしたら最終的にどうなるかは目に見える。故に強行突破の線はまず排除する。事前案として先ほどの様に視線を逸らしたり、死角を生み出してその瞬間に抜ける事だが、それももう使えたりはしない。同じ方法で抜けようとすればまず怪しまれる。というよりも二度も気を逸らす様な事をすれば流石に怪しいと疑われてしまう。故にそれも駄目だ。

 

『転移魔法で直接クラナガンへと飛ぶことはどうなんです?』

 

『管理局では転移魔法の発動のチェックをしている。特にクラナガンでのチェックは精密だ。誰かがクラナガンや近辺へと転移を行ったのであれば一瞬で解るはずだ。故に俺からは転移魔法を手段として利用するのは最後にしておけ、と言っておく。予め此方で待機しておいてスカリエッティが動いた際に転移魔法で乗り込む、という手段もある』

 

『その場合は完全に潜伏のアドバンテージが奪われるけどな』

 

『で、一体どうするんだよ。悩んでいてもいいけどそれじゃあ何もしてないのと一緒だぜ』

 

 アギトの言うとおりだ。そしてこの可能性は考えていなかったわけではない。スカリエッティがリークして此方の情報が相手へと渡った場合、こういう警戒網が生まれる可能性は存分にあった。そしてそれに対する案も既に出ている。故に見るのは先へと進む道ではなく、地上へと繋がる傍にある梯子だ。それを登れば外へと抜ける事が出来る。と言っても廃棄都市とクラナガンの間には廃墟と、高速道路と、森しか存在しない。

 

『仕方がない、地上から行くか』

 

『確実に見つかる地下よりはましなのでしょうが、地上は地上でまた別の意味で厄介ですね』

 

 地上であれば移動ルートを自由に選べる事も出来るが、それとは別に魔法の自由も出てくる。地下であれば絶対に通らなくてはいけない道で待ち構えていればいい。だが地上ではそんな場所は存在しない。空を飛んだり、大きく迂回するだけで視線をくぐり抜けることができる。故に地上での警戒は魔法が使用される。それを騙せるのなら地上を進んだ方が圧倒的にいい。

 

 ただ相手も馬鹿ではない。騙している事に気付ける魔導師だって存在する。それだけの人材が今の陸に残されているかどうかはわからないが―――クラナガンへと近づけばまず間違いなく”空”の魔導師が首都防衛のために配備されているであろう。彼らの目をごまかすのは難しい。そしてストライカー級が出てきたのであれば、自分以外の三人はともかく、半死人である自分がついて行けるとは思えない。だからこそ地下を選んで進んだが―――そうもいかないようだ。梯子を見上げ、そして他の三人へと視線を向ける。其処で帰ってくるのは頷きだ。

 

『ま、それしかないだろうな』

 

『魔法設定への介入は任せろ』

 

『こういうところはインテリジェントデバイスよりも優秀だからな、俺達』

 

『まあ、見つかったら鏖殺しながら進めばいいって事ですし。有象無象にやられるほど弱いわけじゃありませんし。夜のエクササイズで準備運動は終わらせてますし』

 

『やめて!! 俺が恥ずかしいからそういう話はやめて!』

 

『流石ヒロイン、辱められているぜ』

 

 どっちが旦那で、どっちが嫁なのかこの夫婦達の姿を見ていると偶に解らなくなってくるが、充実しているのであればそれはそれで問題ないのであろうと結論付ける。何事も楽しくなければ意味がない―――それは十分にこの数年で経験し、そして学んだことだ。どんな状況であれ、笑っていれば心持ちだけは何とかなる。故に、

 

『行こう、いや、一緒に来てくれ。俺は進みたい』

 

 その言葉に返答が返ってくる。

 

『おうさ』

 

『任せてください』

 

『借りは返しますよ』

 

『ならば、行きましょう』

 

『どこまでも一緒だぜ旦那』

 

 力強い返答に頷きを返してから近くの梯子へと手をかける。―――待っていろレジアス、と言葉を胸にしまいながら。




 バレる事前提で動くなら問題ないけど、こういう接触系で警戒網が存在していると物凄く面倒になるよね。ともあれそんなお話でした。

 そう言えば挿絵でも挟めないかとちょっとお絵かきしたら前衛的過ぎる者が出来上がったのでてんぞーは自分の事を画伯認定したよ。何故絵だけは練習しても上達しないんや。講義にもレッスンにもでたのに。

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