「―――ハイ、早朝訓練はここまで!」
「しっかり休んでおけよ貴様ら」
「午後からはさらに厳しくなるからな」
「はーい……」
俺達のその声に弱々しくしか少年少女達は答えられていない。唯一元気……ではなくて、それを見せないでいられているのはギンガだけだ。一人だけ背筋をピッシリと伸ばし、敬礼を取っている。ここら辺は純粋に年齢からくる経験の差のたまものだろう。―――とはいえ、充分に未熟だと自分の視点からだとそう見える。
機動六課の保有する湾上空間シミュレーター、そこにはなのはやヴィータといった教導官の中にに混じって自分の姿がある。そして死屍累々とした様子で大地にへばりつくのは機動六課フォワード、”新人”達で、彼らの教導に自分が混じっている。と言っても全体のプランなどはなのはが作ったりしているので、自分ができるのは技術指導ぐらいだ。不完全な形で拳の握り方を教えてしまったスバルとギンガへ、ちゃんとした殴り方を教えるのが自分のここでの仕事だ。教導官の編成を考えると、はやてとしてもちゃんとそういう格闘に通じている人員は欲しかったし俺の存在は有難かったに違いない。まあ、世話になっている分は働くべきだと俺自身思う。
だからこうやって働く事で誠意を見せている。
まあ、毎回倒れるぐらいに鍛えられている若者共には流石に同情を禁じ得ないが。まあ、それで苦労するのは何歳になっても変わりのない事だ。朝からこれだけ疲れてしまっているのであれば午後はもう少しだけ優しくしても意味がないか、と悟った所で若者たちが立ち上がり、のそのそとした様子で機動六課の食堂へと向かってゆく。その後ろを姿を見て、子供の頃―――祖父に殴り方を教わっている時もこういう感じだったのだろうか自分は、と懐かしい気持ちになる。
「それにしても」
バリアジャケットを解除して茶色の制服姿になったなのはが此方を見ながら言う。
「元先輩、本当に人に教える事出来たんだね……」
「お前に社会での生き方を教えたのを誰だと思ってるんだよ。それに俺は管理局抜けてからは教会の方でセンセーやってるんだぞ。そりゃあできて当たり前だろうが」
「そういうヤクザな格好しているとどう見ても教育者には見えないから仕方ないね」
何時も通り袖をまくって、着崩した機動六課の制服を着ている。運動には邪魔なのでサングラスは置いてきている。が、確かになのはの言うとおりどっかの不良がしそうな格好だ。というか規律が重視される隊の中でこういう恰好は正直な話、あまり歓迎されない。……まあ、俺に関しては給料もでない、所属もしていない、ボランティアの様な状況なので文句を言われる筋合いはない。
「うるせぇ、俺はチョイ悪系ファッションで攻めるんだい」
「既婚者が攻めてどうするんだよ。浮気は殺されるぞ」
「あー……うん。うん……」
そうか、そう言えばこの四年間の間にそんな事があったらしい。気分としてはまだ独り身の気分なのだが。となるとかっこつけてもナンパに行けないのか―――それは少し寂しい。
こう、街に出て新しい出会いを……いや、ないわ。今更ながらないわぁ。まあ、起きてしまったのなら真摯に向き合わなきゃいけないよなぁ。
記憶が戻るか、もしくは会う事ができれば是非とも聞いておかなきゃいけない。一体誰に手を出したのか―――いや、恐ろしい返事が返ってきそうで非常に恐ろしいのが困るところなのだが。ともあれ、機動六課の制服、上着のポケットの中に捻じ込んでおいたタバコの箱を取り出し、そこから一本煙草を取り出して口に咥える。
「元先輩、喫煙家だっけ」
「差別化の為に吸ってる」
「……? あぁ、なるほど」
魔力効率は良くないが、そこそこ魔力があれば魔法で炎を作る事も出来る、だからライター代わりに指先に炎を灯し、口に咥えたタバコに火をつける。タバコは本当は格闘家にとっては毒にしかならないが、吸った分は運動で体外へと吐きだしたり、今では便利な魔法が多く存在しているのでそこまで問題はない。……まあ、自分にとってタバコを吸う最大の理由はなのはへと言った通りに”差別化”という理由が一番大きいに変わりない。クラウスが生前していなかった事を習慣づける事によって明確に彼と自分の間に壁を作って意識の差別化を図っているのだ。
アレは鍛錬の邪魔になるから、と酒やタバコの類はやらなかったし。
「それに比べて俺の不真面目さときたら泣かれるよなぁ」
「元先輩が不真面目なのは今更に始まった事じゃないよね?」
なのはを見る。なのはが此方を見る。互いに微笑みながら互いを見てから、中指を向け合う。
「ゴートゥヘルなのは」
「ファックユーイスト」
「お前ら本当に仲がいいよな」
元コンビだからこれぐらい当たり前の呼吸だと証明したところでなのはとハイタッチを決める。大体は芸風というか、こういうノリでなのはとは完成しているので怒っているように見えて実はふざけているというのは割とよくある。なのははなのはで行動は割とエキセントリックだが中身が善良なのが少しだけ俺と違う部分なのだが。
ともあれ、
「んー、これで俺もヒモ脱却かぁ」
「元先輩を苛める要素が少なくなって私はとても悲しい……けど、けど、元先輩は生粋にダメ人間! だからなのは、次のネタで元先輩を苛めるの! 弄るの!」
「お前は本当に邪悪だな」
三人で横並びに少しだけ、このシミュレーターで時間を潰しながらゆっくりと昼食を貰いに食堂へと向かう。食堂では今頃新人四人とギンガが必死に昼食を腹いっぱい詰め込もうとしている最中だろう。そこに地獄を見せた相手が混ざったら満足に食べる事も出来ないだろう、という判断から教官の方は少しだけ遅れて食堂へと行くことにしているらしい。―――ベルカ教会で教えている時は割とノリが男子校のそれに近いからそこまで意識した事はないが、女子と言うのは意外と繊細な生き物だと理解させられる。
ともあれ、シミュレーターからなのはからネタ混じりに教導の方針やら話を聞く。やはり根が真面目なせいか、やっている事は割と頭がおかしいが、プラン自体はしっかり構築されており、それぞれの限界を見極めたうえで組まれている内容だった。ここら辺はブレる事がないなのはの芯だなぁ、と思っているとシミュレーターから岸までつながる橋を渡りきる。空間シミュレーターのコンソール前にはデバイスマイスターの女、シャーリーがいた。
「どうもです!」
「おう、シャーリーか。何か問題あったか?」
手を上げて軽く挨拶する所、ヴィータが若干面倒そうにグラーフアイゼンを肩に乗せてシャーリーに何かあったのかを聞く。そういえばデバイスマイスターがこんな所へとやって来るなんて、デバイスの事以外ありえないよな。そう思ったところで、
「あ、ちょっと騎士イストの義手を見せてもらってもいいですか。片腕だけでもいいので、演習再開までにはお返ししますので。あ、ちなみにこれ業務とは全く関係のない、完全に趣味ですので」
「お前は仕事に戻れよ」
鋭いヴィータのツッコミにめげる事無く、シャーリーが視線を此方へと向けてくる。別段腕が一本ない程度では問題ないので左腕を抜いて、それをシャーリーへと投げる。
「それ、重量結構あるから気を付けろよ」
「解ってます―――うがぁ!?」
義手をキャッチしたシャーリーがそのまま義手を抱えて床に沈む。助ける気などないので、そのままヴィータを含めた含めた三人でシャーリーを置いて機動六課へと続く階段を上がり始める。背後からシャーリーがうがぁうがぁと声を漏らしている様な気もするが、気にする必要は一切感じないので完全に無視する。他の二人も軽くシャーリーを無視していることからこれが結構日常的な事であると悟る。まあ、それはそれでいいのだが。
「そう言えばお前、片腕だけじゃ不便じゃねぇのか」
そう言ってヴィータは右腕だけとなった此方を指さしてくる。階段を上りつつそうだなぁ、と口に出して一旦間を置く。左腕はシャーリーに渡したために残っているのは右腕だけだ。普通はバランスを取るのが少し難しいのだが、流石に慣れているもんだ。口に咥えたタバコを右手に持ち、階段を上りきったところで手すりに背中を預ける。背後で浮かび上がっていた空間シミュレーターがヴン、と音を立てながらその起動を停止させ、廃墟が何もない空間へと戻る。その光景見届けて、再びそうだなぁ、と声を漏らす。
「不便、なはずなんだろうな」
「はっきりしねぇなぁ」
「頭じゃあ不便だって解ってんだよ。俺は気が付けば腕がないし、クラウスだってこんな経験ねぇよ。むしろ腕が不自由だったのはオリヴィエの方だ。彼女は子供の頃から両手が不自由で義手じゃなきゃまともに動かす事さえできなかったんだぞ? まあ、後からもっぱらエレミアの作った鉄腕を愛用していて―――」
「おい、馬鹿」
「あん?」
「タバコ、握りつぶしてるよ」
「あ」
右手を見る。先ほどまで右手で握っていたタバコは何時の間にか強く握りしめられる拳によって握りつぶされ、その燃えていたであろう先端は掌の中に収納されている。その熱さを掌に感じるが、それは痛みに直結しない。右手を開いてみれば、そこには潰されたタバコの存在がある。このままポイ捨てすればまず間違いなくレイジングハートから砲撃が放たれてくる。それは耐えられなくもないかもしれないが、片腕だと死ねるのでやめてほしい。というか切実に無駄なダメージは回避したい。仕方がないから胸にしまってある携帯灰皿に吸いがらを捨てようと思ったが、片手が吸いがらで埋まっている。
「ちょっとヴィータ、胸ポケットに携帯灰皿あるから取ってくれよ」
「あいよ」
ヴィータが近づいてきて、胸のポケットへと手を伸ばしてくる。だが自分は動かない―――故にヴィータが伸ばそうとする手は胸のポケットまで届かない。ヴィータは少しだけ体を伸ばしてくる。それでも自分は動かない。故にヴィータの手はまだ届かない。それでも律儀に取ってくれようとヴィータは軽く背伸びするが―――それでも胸にしまってある携帯灰皿には届かない。それはそうだ、自分の方が圧倒的に背が高いのだ。ヴィータ程度の背丈で届くわけがない。
故に、
「ぶっ殺す……!」
「ははははは! 痛いからやめようぜ? な?」
グラーフアイゼンを構えるヴィータの姿を見て右手を上に持ち上げて降参の意を示す。その光景になのはが軽く笑いながら、胸のポケットから携帯灰皿を取り出し、開けてくれる。
「サンキュ」
携帯灰皿の中に吸殻を捨てて、灰皿を受け取る。それを再び閉めながらポケットにしまうと、またタバコを吸うかどうかを迷う。べつに好きなわけでも嫌いなわけでもない。いや、むしろどちらかと言えばクラウスの影響もあって嫌いな方が高い。吸っているとそれだけでストレスの原因になる。だからこそ吸って差別化を図っているのだが―――”気づけば握りつぶしている”事が偶にある。面倒な事だが無意識的な事だ。つまり無意識的な所で影響されている、という事だ。
物凄く面倒な話だ。俺は俺だって自覚はあるのに、無意識的な部分でそれはそうなのかが解らない。まるで赤い絵の具と青色の絵の具を混ぜた中心点に立っているような感じ。もう一度非常に面倒くさいと思う。早い所どうにかしたいとも思う。
「あー……あの頃に戻りてぇ……」
そりゃあ未来に対して不安がなかったわけじゃない。それでも学校へ行って子供や騎士達に教導して、家に帰ってくると彼女たちがいて、出迎えてくれて、そしてなんでもない普通の日常を過ごす。そういう平和な日々が欲しい。もうスリルやサスペンスなんてこりごりだ。とことん平和で何もない日常でもう十分だ―――これが終わったら。
「あ、じゃあお先にー」
「はいはい」
「壊すなよー」
魔法で身体能力を強化すれば済む事に気づいたシャーリーが階段を上がって来て、そのまま通り過ぎてそう離れていない隊舎へ、入り口を通って入って行く。軽くスキップしているのはいい事があったからだろうか、もしくは仕事に充実感を得ているタイプからだろうか……確実に仕事が趣味、というタイプの人間には見える。
ともあれまだ戻るには早い。そのまま三人で適当に手すりに寄り掛かりながら湾の方から吹いてくる風を感じ、軽く時間を潰す。早く行きすぎると食堂の方でばったりと遭遇して若人たちに食事中に要らぬ気遣いをさせてしまう―――そこらへん、少しは配慮してあげるのもまた年上としての仕事だ。だから軽く雑談でもして時間を潰そうと思ったところで、機動六課の隊舎へと通じる扉を開けて現れる姿がある。
それは先ほど食堂へと向かったはずのギンガの姿だった。
「おい、まだ休憩時間は終わってないぞ」
いやそれよりも問題なのは、そこにいるのはギンガだけではない事だ。ギンガの横には見覚えのある姿が存在している。緑髪の”少女”だ。年齢は―――四年後を考えるとすれば大体十歳ぐらいだろうか。あぁ、このぐらいの年齢は成長差が激しい。前見た時よりもはっきりと成長したと見てわかる。また、懐かしい気持ちになる。
「あ、イストさん、やっぱりここでしたか。実は―――」
ギンガがこっちへ、少女を連れて近寄ってくる。ただ少女はギンガの言葉を遮るように前へ素早く動き出す。その動きににやり、と笑みを浮かべ、接近と同時に放ってくる拳を残っている右腕だけで掴む。目の前に現れた少女を見て、なのはが口を開く。
「何というかトラウマを呼び起こす物凄く見覚えのある姿なんだけど、元先輩この子は」
なのはの言葉に、ブラウスとスカート姿の少女が拳を引き、そして一歩後ろへと下がってから置いてけぼりの周囲へ頭を下げてから挨拶をする。
「―――覇王流”正当後継者”のアインハルト・ストラトスです」
そう言ってまだ幼い”本物”の覇王は珍しい笑みを浮かべる。
「壮健そうで何よりです、師父」
この時代における唯一の本物がそこにはいた。ザワつく脳を無理やり沈めながらも、少しだけの喜びと、そして頭痛を感じる。
懐かしいのはいい事なんだが―――やらかしたのは誰だこれ。
そう思わざるを得なかった。
でっでーん! 覇王っ子登場! 師父ー師父ーとか言いつつ追いかけてくるアインちゃんかわゆい。覇王っ子可愛い! うん。可愛いと思うんだ(メソラシ
この時期だとアインハルト9~10歳ですね。意外とエリキャロと年齢変らないんです