マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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プリペアリング・フォア・レイター

「―――えー」

 

 空は遠くまで澄み渡って見える快晴。雲は見えているが薄く、そして曇る気配はないような良い天気。こんな日にこそ洗濯をするべきだとディアーチェは言うだろう。シュテルなら公園のベンチで読書でもしたいって言うだろう。レヴィなら一緒に散歩しようと言うだろう。そしてユーリ辺りならぶち壊してみたいとかラスボスっぽい事を言ってくれるに違いない、そんな美しい天気だ。俺はどちらかと言うと怠惰派だ。こんな気持ちのいい天気は木陰で一眠りして、気持ちよく過ごしたいと思う方だ。ナルは―――たぶん一緒にいたい、と言ってくるに違いないだろう。まあ、そんなこんなも自由のある人間だけが関係のある話だ。やるべき事が、責任がある人間はそう怠惰に生きることはできない、許されない。

 

 ちなみにクラウスの場合は天気のいい日は鍛錬に汗を流している。

 

 ともあれ、自由とは尊い対価から成り立っている―――たとえば労働とか。労働。それは現代社会で人間が屑扱いされない為には必要な事だ。労働を要求されない人間と言うのは屑か、一部の特権階級だけであって、ほとんどの人間は労働するために生きていると言っても過言ではない。故に、俺も生活する上では労働という対価は必然的にやってくる。それが俺がここにいる理由であり、そして与えられる価値なのだから。ティアナと話し合ってから更に一日が経過して、そして眺めるだけだった空間シミュレーターへと戻ってきている。服装は管理局員の、機動六課の制服のまま、袖をまくり、チンピラちっくなサングラスをかけたまま、軽く腕を回す。見える光景はティアナ達が訓練に使っていた廃墟空間と一緒だ。足の裏から感じる感触がこの廃墟がリアルに創造されたものだと感じさせ、金がかかってるなぁ、と感想を抱かせる。

 

 ともあれ、背後には監視役という名目をザフィーラからレヴァンティンを突き付けて奪ってきたシグナムが存在する。熱い視線を背中へと向けてきているが、彼女が自分の知っているシグナムよりもなんかキチっている事実に驚愕を隠しきれない。その様子は戦乱の頃に大分似ているような気がする。まあ、機動六課には俺以上に馴染んでいる様子だし、特に問題はない様に思える。まあ、いい、シグナムだし。

 

 そう思って軽く体を動かす。普通の体操だ。体を右へ左へと捻ってから屈伸運動、体の各部がどれだけ鈍っているのかをチェックする。魔法である程度の劣化は抑えられるが、それでも完全に抑えられるわけではない。実際、ここ数日は運動はしているが本格的な運動は出来ないでいる。その為に体を動かして違和感は感じないが、”強く”動けば体がついて来ないかもしれないと判断する。

 

 それ以前に脳裏をチラつくものもいる、

 

 それを振り払いながら軽く運動をした所で、身体の調子に問題ない事を確かめ終る。義手もメカニック、確かシャーリーと言った、彼女が問題ないと言ってくれた。……これでデバイス機能が付いていれば非常に楽だったのだろうが、この義手にはそんな便利な機能はない。あるのは鉄腕と、再生機能と、そして極限まで人間の腕に似せているという擬態機能だけだ。もう少し便利にならないかと思ったところで、バリアジャケットを纏う必要もないと気づく。まあ、だったら魔法もそこまで必要じゃないよな、と思いだし、

 

 一歩前に踏み出しながら拳を強く繰り出す。

 

 強く繰り出した拳が自分のイメージが覇王クラウスのイメージと重なる―――体格も顔も何もかも違うが、その基本的な動きは彼が生涯、続けてきた鍛錬と全く同じ動きだった。故にその動きと自分の動きが重なる事には違和感や忌避感よりも、ちょっとした歓喜の色が混じっていた。なぜなら覇王と言えばベルカ人であれば誰もが知る武の極みの一つ、その象徴。だとすればそんな人物が生涯続けて来た事の片鱗に己を届かせているのだ。その事に喜びを感じない筈がない。

 

 そこから更に動く。

 

 突き出した腕を戻しつつ今度は左足を繰り出し、そこから回し蹴りへと繋げる。右足が大地に触れるのと同時にそれで地を蹴りながら前方へと向かってムーンサルトを繰り出し、重心の移動で着地点を前方へと伸ばしながら、踵落としを繰り出す。空中で前転しながら放つ踵落としはさながら鎚の様に振り下ろされ、大地へと叩きつけられるのと同時に十字に大地を砕く。十字の傷跡を大地へと刻み、その状態から体を立てる。軽く体の各部位を振るい、脱力させてから、今度は構える。本当に基本的な構え。クラウスの物ではなく、己が自分用に色々とけずって作り上げた自分だけの構え。ただそれが自然と形へと持って行くとき、

 

「ん?」

 

 少しだけ形が違っていた。

 

「どうした」

 

「いや―――なんでもないッ!」

 

 自分の型が自分のでもなく、クラウスのものでもないものに変わっている。それを確かめる為に前へと滑るように動く。地を蹴るようにして前方へと移動するが跳躍ではなく、大地よりも指が一つ分の大きさだけ体を持ち上げて前へと飛ばす、故に滑る様に見える。そこで目の前に見えてくる建造物、シミュレーターによって生み出された廃墟の前で体が着地する。そのまま流れに任せ、足から力を通してそれを右腕へと通す。

 

「ヘアルフデネ」

 

 デバイスが無くともそれは繰り出せる。純粋格闘の奥義は魔力もデバイスもなくとも行使できるように出来上がっており、壁に拳が叩き込まれるのと同時に劇的な変化が廃墟に生まれる。壁が砕けるのではなく、細かく散り始める。拳の衝撃によって物質が細かく振動し、粉砕されて行く。それが完全に広がる前に、逆の手で二撃目を加える。二撃目のヘアルフデネが完全に廃墟へと浸透し、それを細かく破壊する。その中を突っ切り、降り注ぐ砂と瓦礫を抜けて次の廃墟へと到達する。それに力と、そして魔力を込めて回し蹴りを食らわせる。

 

「ふんッ!」

 

 廃墟を根元から回し蹴り両断し、体勢を整え直すのと同時に再び蹴りを、今度は縦へ蹴りあげる様に繰り出す。衝撃が縦に廃墟を割り、空を左右へと崩して行く。土煙を上げながら左右へと砕けられ、落ちて行く廃墟の向こう側、そこに立つ三つ目の廃墟を見る。それを見て、身体が反応する。イメージは少しだけ違う己。動きは勝手に出来上がる。前へと滑り出しながら力は練りこまれ、動きは自分の知っているようで、知らないものになって行く。ただ、それは名称として良く知っている。

 

「覇王―――」

 

 そう、こう動くクラウスはこう動いていた。イングもこう動いていた。その動きは自然に引き出された―――自分がよく知っている動きと混ざって。

 

「断空拳」

 

 拳がビルへと触れるのと同時に、逆側へと向かって貫通するような穴が発生する。ヘアルフデネと合わさった結果、まるで鋭利な刃でくりぬいたような、綺麗な円が廃墟を貫通して発生する。それを放った体勢で体の動きを止める。その向こう側の空間を見ながら、構えを解いて、そして手足をもう一回振り、軽くほぐす。

 

 次の瞬間、

 

「―――」

 

「―――!」

 

 次の瞬間、背後から強襲して来る姿に反応する。知覚するよりも前に体が敏感に察知する。背後からの強襲に反応して反転すれば、次の瞬間目にするのは目前に迫る鋼色の刃だ。だが体はそれに反応し、腕を刃と顔の間に滑らせる。体に織り込まれた経験が何よりも次に来ることを伝えてくる。思考する必要はない。内側にいる覇王がどう動くかを伝えてくる。だから刃を掴んで手を捻る。刃が軌跡を離れるのと同時にそこへ膝が迫るのが見える。それに左腕を使うまでもなく、前へと出れば膝が顔の左側へと抜けて行く。

 

「ふっ!」

 

 刃を頭上へと弾き、膝を左に流せば正面にシグナムの姿がある。飛びかかるように、今度は肘が放たれてくる。今度こそフリーの左腕を使ってシグナムの肘を掴む。

 

「だがそれは―――」

 

「―――刃を握っている腕だと言いたいんだろ」

 

 もう片手でシグナムが鞘を握っているのを理解する。それは目視しているからではない。クラウスの記憶が、経験が彼女ならこうすると”思い出させて”くれるからだ。故に左腕で肘を掴むとシグナムはすぐさま鞘を握っている左腕で殴りかかろうとする。だがそれよりも此方の動きが早い。肘を弾くことなく、そのままシグナムの方へと押し込む。

 

「ふふっ」

 

 シグナムのレヴァンティンを握った右手が左手の動きを邪魔する。それがシグナムの体を後ろへと押し込み、動きを全て停滞させる。なのにこのブレードハッピーは笑みを零す。だがそれは関係の無い事なのでそのままシグナムを全力で押して、その体を後ろへと向かって倒して行く。反応する様にシグナムが空中で体を捻って体勢を整え直す。

 

 このまま追撃の為に動くのが最善なのだろうが、

 

「何やってんだテメェ」

 

 若干呆れながら騎士甲冑姿のシグナムへと向けて言葉を放つ。満足した様子で彼女はレヴァンティンを鞘の中へと戻しながらそれを腰へと差す。着地も華麗なもので、ここまでの流れを予想していたかのように着地する。いや、実際彼女としてはこのぐらい当然という考えがあるのだろう。そして俺にも不思議とこれぐらいできて当然、そういう認識が存在する。つまりこれは盛大な茶番で、そして、

 

「だが運動には丁度良かっただろう? 廃墟を崩して瓦礫を増やしたところで確認できることなどたかが知れている。それよりは一度、実戦に近い形で襲われた方が色々と理解できるし、何よりも思い出せるのではないか?」

 

「キチガイの理論で語るんじゃねぇよばぁーか」

 

 溜息を吐いて、軽く俯く。シグナムの理論は狂人のものだが、それでもそれが自分へと適応してしまったのはしょうもない話だ。何せ自分の中にある覇王の記憶が完全に定着し、己の様に振るえることが確認できただけではなく、己の物として自然に体が動くのも確認できた。何よりも―――この四年間、血反吐を吐くほどに修練を重ねたのが拳を振るって伝わってきた。しかしまだ違和感が残る。大事な、中核部分が抜けているような、そんな感覚。ただ、まあ……体に染みついた動きという物はどうあっても落ちないらしい。

 

 構える。動く。拳を振るう。そしてそこから魔力を込めずに、頭をからっぽにして動く。ひたすら体の流れに従って、深く考えることもなく動きを作る。名前は動いてから浮かび上がってくる。

 

「そうは言うが、身体の方は大分素直なようだぞ? 観念したらどうだ―――お前は私を通して喜びを見つけたと」

 

「お前それ狙って言ってるだろう」

 

 動きを止めてシグナムの方を見ると、笑っている彼女の姿がある。既に騎士甲冑は解除され、機動六課の制服姿へと戻っている。その姿を見れば彼女が此方の様子に満足しているのが解る。だからとりあえず、ズレたサングラスの位置を戻し、被った埃を体を振るって落としておく。はぁ、と露骨に溜息を吐いて、シグナムに向き合う。

 

「で、評価はどうなんだい烈火の将さんや」

 

「そうだな」

 

 シグナムは腕を組んで、此方の目を見てくる。

 

「―――最近、白昼夢を見ることはあるか?」

 

 シグナムに問われ、そして最近は割と減ってきたな、と減ってきたクラウスの記憶のフラッシュバックに関して思う。ただ、

 

「見る事はなくなった代わりに、こう……ふと思い出そうとすると記憶が混じってたりするな」

 

「記憶の整理がついて、それを時系列順に整えられた証だ。そしてそれが今、落ち着いている状態だ。つまり”本棚に置いた”という状態だと言えるな。刺激してやれば刺激する程起きて、そして記憶を理解できるようになるはずだ。―――今さっき、私の動きを見ないでも理解できたはずだ。どう来るか、どこから来るのか。それは過去に重ねられる状況に対して脳が”本を取って読み、そして理解”をしたからだ。つまりどんどん体を動かせば”此方”に関してはどんどん整理がつく」

 

「得意げな顔でそんな事を言ってくれるけどさ、お前純粋に戦いたいだけだろ」

 

 その言葉にシグナムは一瞬動きを止め、両腕で体を抱いたまま若干体を捻る様にしてそっぽを向き、少しだけ頬を赤くしている。

 

「べ、別に再び覇王流と戦えるのか、等と期待して胸が高鳴っているわけではないぞ? 今度こそ覇王流に対して己の剣技が、数百年の研鑽が届くのかどうかを試せるかどうかで興奮してなどいないぞ? 本当だぞ?」

 

 はやて、お前の所のブレードハッピーだろ、コイツどうにかしろよ。―――いや、どうにもならないというかはやてはどうにかするつもりがないのだからこんな状態なのだろうが。

 

 ともあれ、だとしたら話は早い。

 

 再び左半身を前に出す様に構える。その姿を見て、シグナムは一瞬で騎士甲冑を纏う。

 

「覇王流―――にはちょいと余計なもんが混じり過ぎているけど、それでもいいなら少し勘を取り戻すのに付き合ってもらえるかな、烈火の将」

 

 構えながらそう言うと、レヴァンティンを抜き放ったシグナムが一歩前へと踏み出しながら答える。

 

「是非もないぞ鉄腕王」

 

 その名を止めろ、と言う暇もなく踏み込む。

 

 ―――世の中、ほんと、だらだらするだけで生きていけたらどんなに楽だろうか。




 これだけ動けるよ、ってだけのお話。

 次回か、それぐらいからかなぁ。キャラ増やすと描写難しいので地味に嫌いです。やっぱ少人数をシーン内で回すのが楽ー。

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