マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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フュウ・デイズ・ビフォア

 え―――と、なんだっけ。

 

 ゆっくりと意識が浮上するのを認識してゆく。なんだったか、と軽く昨晩の行動を思い出そうとしたところで、自分の体勢が少々おかしいという事に気づく。ベッドで眠っているのであれば横向きになっているはずだ。なのに今の自分は座る姿勢にあると、体の感覚が伝えてくる。はて、いったいどういうことかと、そう思い体を動かそうとすると、

 

「んっ……」

 

 これもまた妙な事に太ももに軽い重みがある事を確認する。声から、そして自分の姿勢から大体の事情は呑み込めてきた。眠気を押し殺しながら、目を開ける事なく呟くような声を出す。

 

「ベーオウルフ、今何時だ……」

 

「今は十二時過ぎですね」

 

 答えたのはベーオウルフではなかった。体を動かさない様に目を開けると、太ももを枕に眠るレヴィの姿と、そして横に座ってテレビのリモコンの握るシュテルの姿がある。特に此方の事も、レヴィの事を気にすることもなく視線をキッチンの方へと向けると、

 

「王、イストが起きましたよ」

 

「む、そうか」

 

 キッチンから返ってくるディアーチェの返答も短い。コンロに電気の通る音、水がやかんに満たされる音、そして太ももの上ですやすやと寝息を立てるレヴィの声を聞いて、完璧にこの状態を把握する。片手で顔を覆い、ソファに沈み込みながらつぶやく。

 

「べつに起こしてくれても良かったんだがなぁ……」

 

「いえいえ、起こしてベッドまで移ってもらうのも悪いですから、毛布を引っ張ってきてここで眠ってもらいました。ちなみにユーリはベーオウルフを借りて買い物へと出かけました。何事もなければもうそろそろ帰ってくるでしょう……ほら」

 

 カシャ、と入り口の扉が開く音がする。その直後玄関先からユーリのただいま、と言う声がするので、間違いなくユーリが買い物から帰ってきたのだろう。あー、と声を漏らしながら顔をあげる。

 

「お前ら……」

 

「ほとんどおんぶに抱っこの状態なのだからそれぐらい気にするな。寧ろ与えられるだけ与えられて心苦しいぐらいなのだから、休日ぐらいは好きにやるがいい。我々は子供に見えても、精神性ではそこまで幼いつもりはないぞ」

 

 近づいてきたディアーチェがマグカップを此方に渡してくる。ベルカのシンボルである剣十字が描かれたそのカップを握り、そして中の黒い液体に口をつける。その中身は苦い。苦すぎるぐらいの珈琲だったが、これぐらいがいい。寝起きの脳を刺激するには丁度これぐらいがいいのだ。だからありがとう、と言いながら溜息を吐く。

 

「ちなみにこのアホの子は?」

 

「眠っているのを見たら眠くなったそうですよ」

 

「アホだなぁ……」

 

「アホですねぇ」

 

 全く容赦のないシュテルの追撃が入るが、まあ、……可愛いアホなので許すとする。実害もないし。こうやって可愛らしく寝ている姿を守るために必死に働いているようなものだ。だとすればこの姿は正しい報酬なのだ。軽くレヴィの頭を撫でてると、シュテルがテレビをつける。そしてリビングへとユーリが入ってくる。

 

「ただ今戻りましたー、っと、イスト起きたんですね、おはようございます」

 

「おはようと言うか”おそよう”的な状況なんだが。とりあえずお前らもおはよう」

 

 コーヒーが冷たくならないうちにチビチビ飲みながら中身の量を減らしてゆく。少しずつそれを口にするたびに眠気が覚め、そしてはっきりと意識が覚醒してゆくのを思い出せる。そうだ、昨日は仕事を終わらせて返ってきた後、疲れたのでそのままソファで寝てしまったのだった。やはりエリート部隊と言うべきか、中々の作業量だ。特に今はどこかの組織を潰すために働いているのだが、それの追い込みで仕事量が増えている―――本来なら残業でもして片付けるべき分量を圧縮して無理やり終わらせているので、ギリギリ定時に上がれている様なものだ。

 

「朝食は抜きにして昼食からだが問題はなかろう?」

 

「おう」

 

「私も手伝いますね。あ、あとベーオウルフお返ししますね」

 

『I'm home』(ただいま)

 

 テーブルの上に置かれたベーオウルフがチカチカと明滅して自己主張し、ユーリがキッチンへと向かい、ディアーチェと共に昼食の準備に取り掛かる。そうだ、十二時と言えばもう昼飯の領域ではないか。朝食を食べそこなうとは若干損した気分になる。

 

 残ったコーヒーを全部喉に押し込み、一気に眠気を覚醒させる。マグカップをテーブルの上に置き、とりあえずキッチンはユーリとディアーチェに任せる事とする。

 

「いい加減邪魔です」

 

 そしてチカチカと明滅していた為に邪魔者扱いされ、投げ捨てられるデバイス。

 

『Why is my caste so low……?』(何故私のカーストはこんなにも低いんですか……?)

 

「知るか」

 

 手櫛で軽く乱れた髪の毛を整え、レヴィの頭をちょっとだけ持ち上げる。レヴィが少し動く様子を見せるが、起きる気配はない。起きない内にさっと頭の下から抜け出し、よっ、と声を漏らしながらソファの裏側へと退散する。とりあえず昨日帰ってきてから着替えてないのだ。

 

「軽く流して着替えてくるなー」

 

「はいはーい」

 

 何というか、この対応と言うか返事がある事にも大分慣れてきてしまった。今更ながら彼女たちがこの家からいなくなってしまったら大幅に生活のリズムが乱されて苦しくなってしまうんじゃないだろうか? というよりも、彼女たちの馴染みっぷりが凄まじい。

 

 ……どうでもいい事だな。

 

 部屋に寄って着替えを取ったらさっさとシャワーを浴びる事とする。

 

 

                           ◆

 

 

「ふぃー、生き返ったー」

 

 シャワーから出てリビングへと戻ると、テレビを見るシュテルとレヴィの姿とキッチンで昼食の準備をしているユーリとディアーチェの光景がある。あの二人はどこか料理が好きな所があるらしいので放置する事として、ソファに座ってテレビ組に合流する。

 

「ちーっす」

 

「お兄さんおはよー」

 

「お帰りなさい」

 

 二人とも此方を見る事無くテレビの方を見たまま返事をしてくる。そうなると何を見ているのかそ少々気になるので、集中してテレビを見る。意外や意外、シュテルまで混じってみている番組は―――アニメだった。ただ、今やっているのは戦闘シーンで、覆面の魔導師がデバイスもなしに他の魔導師にとびかかり、キックやパンチで仕留めている。何やら”魔導師殺すべし。慈悲はない”等と言っているが、少々子供向けにはバイオレンスすぎないかこれ。

 

「これ、マドウシスレイヤーっていう番組なんですよ」

 

「魔導師の手によるテロで妻子を失ったヘンリー・パッソは自身もテロの被害によって瀕死の重傷を負った! だけどその時彼には古から魔導師を憎んでいた”ベルカソウル”が乗り移った! それは彼に囁いた―――魔導師殺すべし! 魔導師がいるからこそ悲しむものが現れると! それを理解したが同時に理性的だったヘンリーは悪に染まった魔導師を殺すだけの魔導師、マドウシスレイヤーになったんだよ!」

 

「なるほど、良く解らん」

 

「なん……だと……?」

 

 シュテルがショックを受けたような表情で此方を見ている。お前もだいぶ表情豊かになったよなぁ、と呟きながらテレビを見る。

 

「どらどら、お前らが面白いというからには面白―――モツ抜きやってる!?」

 

 今、テレビのスクリーンの中で、モザイクがかかっているが、確実にこの主人公らしき存在であるマドウシスレイヤーとかいう存在は、敵魔導師のプロテクションもバリアジャケットも何らかの方法で貫通し、そのままモツを引き抜いたのである。どう考えても子供向けのアニメではない。しかし確認するチャンネルは子供向けアニメのチャンネルだ。これが子供向けのアニメとか世も末だな。

 

「マドウシスレイヤーは自己ブースト以外の魔法が一切使えないんだよ!」

 

「その代わりベルカ殺法という特殊な体術を使ってバリアジャケットやプロテクションを無視して戦う特殊な技法をベルカソウルから教わったのですよ」

 

「なんだよそれズルイ。俺も教わりてぇよ」

 

 なにやら凄い非常識的な部分があるようにも見える。バリアジャケットの無視やプロテクションの無視がどれだけ難しいのか、その対策にどれだけ血反吐を吐いてきたのか、その苦労は身をもって知っている。そんな簡単に無視できる方法があったら本当に教わりたい。

 

「なにをマジになっているんですか。所詮アニメですよ」

 

「……」

 

 こいつ、絶対こういうオチに持っていくことを計算して話してたな、と心の中で呟きながら、頭の中を空っぽにしてアニメを見る。時折横でレヴィが決めポーズを真似たり、おぉ、わぁ、等と色々口と体で反応して面白いリアクションを取っているが、休日の午後に頭を空っぽにして見る分には面白いかもしれない。それでも子供向けのアニメーションチャンネルでこの内容を流す事に関しては正直どうかと思う。……流石に教育に悪すぎではなかろうか。というか絶対に教育に悪い。何が悪いっていうと最近確実に”あ、キチガイだ”と確信を得つつある我が上司並に割といけない気がする。

 

「ま、いっか」

 

 アニメごときで一々ぎゃあぎゃあ言ったり反対するのは違うだろう。憧れたり真似したりするのは勝手な話だし、そんな事をする程馬鹿な娘たちでもないはずだ。ソファに身を沈めたままテレビでモツ抜き五人抜きを達成した頭のおかしいアニメを見ていると、キッチンの方から声がする。

 

「おぉ、そう言えばイスト、何故昨晩はそこまで疲れていたのだ?」

 

 あぁ、説明はしてなかったな。

 

「今ウチの隊でマークしている組織の密売の日が直ぐそこまで来ているんだよ。情報屋に当たったり、作戦、報告、許可、スケジュール、隊維持のための書類とかそういうのを隊全体でやってるから色々と忙しいんだよ。案件はそれだけじゃないのに書類仕事なんてめったにやってこなかったから―――」

 

「あぁ、なるほど。慣れてない事を詰め込まされた結果か」

 

「だなぁ。まあ、一回修羅場を乗り切れば後は大人しいもんだよ。この先何度か遅れて帰ってくる時があるかもしれないからその時は俺の事は気にせずに先に寝ちまってくれ。まあ、水曜日を過ぎればいつも通りのスケジュールに戻るはずだから、普通に帰ってくる。というか言い忘れてた。おい、ユーリ、お前は姿が別だからって勝手に外を歩き回るな、地味にヒヤヒヤさせられているんだから。出ちゃいけないとは言わないけどよ、外に出るならまず俺に一言かけてからにしてくれ」

 

 軽く注意すると、キッチンからユーリが顔を出して、

 

「ごめんなさい。反省しています。もうしません」

 

 全くの無表情で言いきり、キッチンへと戻って行った。その後ろ姿は満足げだった。

 

 あの娘、全く反省してない……!

 

 最近シュテルのセメントっぷりに若干影響されてきてないか、とユーリを天然系だと見ていた人物としては大変危惧している。純天然系キャラは本当に貴重な癒し枠なので、このままシュテルの影響を受け続けたら恐ろしい事になるのではなかろうか。

 

「なにか、私に関して物凄く不愉快な事を考えていませんか?」

 

「ないよー。そんなことないよー!」

 

「……笑みが引きつってますが見逃してあげましょう」

 

 ま、別にシュテルの様なセメント女子が一人増えたところで実際の所は痛くはない。どういう変化であれ黙って受け入れるのが男というものだろう。さて、休憩が取れるうちに盛大に休んでおくとしよう。何せ水曜日が運命の日となる。先任の先輩たちの話からするとどうやら実戦形式で仕事を覚えた方が楽なので、此方に色々と役割を回してくれるとの事。

 

 この休日はせめてゆっくり過ごすとして、次の仕事に備えよう。それが、

 

「今もデスマーチを続けている同僚たちへの手向けだ……!」

 

 安らかに眠れ我が同僚たちよ。職場のデスクの上でな。


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