マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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リターン・アンド・リターニング

 正直な話、あまりほめられた戦果ではなかった。レリックの回収は完了した―――だがそれと引き換えにしたものがあまりにも多すぎた。まず第一に素性。此方の存在が完全に明るみになり、そしてスカリエッティとのつながりがガジェットを通して完全にバレた。これで此方がスカリエッティ一味であるという見方が生まれ、そして固定されてしまう。第二にゼストの寿命が削れた。レリックを確保する為にゼストがフルドライブモードを使用し、その為にゼストの寿命が削れた。フルドライブモードとは即ちリミッターの解除や限界突破の事を表す―――これをゼストの様な半死人が使えばどうなるかなんてわかりやすい事だ。

 

 故に非常に不本意ながら―――行けるところは限定されてしまう。

 

 この状況でもはや別々に行動してレリックを集めるよりは素直に拠点を一つにして一つの脅威に対して対応しながら行動した方が遥かに効率的だ。その場合では各個撃破されない可能性が増える。いや、襲われたとしても負けないつもりではいる。が、それでもゼストや自分たちの状況を考えるに、これが選択肢としては最良の部類に入るだろう。何よりスカリエッティのアジトは隠れ家としても活動拠点としても最高の環境だ。行く場所がここだけとは、あまりにも皮肉が過ぎるかもしれないが、耐える事も必要だろうと判断し、……ゼストに肩を貸しながらスカリエッティのアジトが存在する洞窟へと踏み入る。

 

「すまんな」

 

「気にするな」

 

 結局、スカリエッティの保有する設備無しでゼストの完全なメンテナンスは無理なのだ。もちろんスカリエッティ本人にやらせるわけではない。知識がある自分とナル、そしてアジトにならいるシュテルが手伝ってくれるだろう。この三人とアジトの施設であれば、ある程度のメンテナンスをゼストに施せる。

 

 久しくここへと来てはいなかったが、数年ではそう変わりはしなかったようだ。暗い空間を抜ければ金属質の床の感覚と、そして設置されている光が見えてくる。白光の元へと辿り着くころには完全に金属質の空間へと周りは切り替わっている。足の歩みを緩める事無く先へと進めば突き当りのエレベータに到着する。全員が横並びに乗ってもスペースが余る程広いエレベーターに全員で乗り込み、生活区のあるフロアへ向かう様にボタンを押す。音を立てずにエレベーターが静かに扉を閉め、下へと向かって動き出す。

 

「此処までくれば一人で大丈夫だ」

 

「ん、解った」

 

 ゼストが一人で立つ。槍を支えにする必要がある程損耗しているわけではないようだが、それでも長く持たせるのであればメンテナンスが必要だろう。それだけフルドライブの反動はゼストには重い。それを表す様にアギトが不安そうにゼストの周りをうろうろと飛びまわっている。やはりこいつ、確実にオジン趣味を持っているな、と口に出さないで確信する。いや、別に口に出したところで痛くはないんだが。ただ今更面倒な事をするのもどうかな、と思うだけだ。疲れているのは間違いのない事実だし。

 

「イスト?」

 

「ん? あぁ、あの程度は既知の範疇だし問題ないよ」

 

 そう、既知の範疇だ。だから全く問題ない。あの砲撃だって、身体に突き刺さる刃も、肉を焼かれる感触も、体を侵食する死の感覚ですら全て既知だ。ほら、目を瞑って思い出そうとすれば直ぐに―――

 

「イスト」

 

 目を開く。イングの声だ。名を呼んでくれた。それだけだ。それだけで十分だ。当たり前すぎる事ゆえに返す言葉なんて必要なく、軽く苦笑してから軽く腕を動かし、修復機能によって義手が通常通りの状態へと戻っている事を確認する。そこでエレベーターが静かに動きを止める。扉が静かに開いて行き―――そしてその向こう側ではクラッカーを握っているスカリエッティの姿がある。扉が開き、此方を確認した瞬間にクラッカーのヒモを引っ張り、まるでグレネードを爆発させたような音を発生させながらキラキラと紙ふぶきを飛ばし、此方を紙ふぶきまみれにする。

 

「おかえりぃ―――へぶっ!」

 

 無言で近づいて顔面を殴る。もちろん本気で殴っている訳じゃない。本気で殴ったらその場でミンチだからだ。だから倒れる程度の強さで殴る。その程度だったらスカリエッティが付けている防護白衣でもダメージを完全に流せるからだ。そしてそのまま近づき、軽くスカリエッティを蹴る。

 

「ちょっ」

 

「あ、私も」

 

 ルーテシアも参加してスカリエッティを蹴る。というかこうやって軽く蹴らないと気が済まない。言いたい事は色々とあるがこいつの意図は解るし、追及しても建前と人質を理由にはぐらかされてしまう。だったら道化に付き合った方が遥かにマシだし気がまぎれる。だからスカリエッティが馬鹿なフリをしている間にとりあえず蹴りを叩き込んでおく。

 

「あちゃー……ありゃあ鬱憤たまってるっすねー……」

 

「ドクター……」

 

「憐れ」

 

「師父……」

 

「しかし地味に爪先で蹴りを入れているのはルーテシアお嬢様か。前見た時よりも遥かに容赦がなくなっているのは喜ぶべきなのか、嘆くべきなのであろうか」

 

 蹴り続けるのはルーテシアに任せて振り返ると、ナンバーズ達が半数、廊下の角から此方の事を窺っていた。彼女たちが若干隠れるようにして此方を窺っているのはやはり遠慮しているの……ではなく、ただ単純に面白がっているからだけだろう。お前らもお前らでルーテシアの事は何も言えないだろうな、と思ったところで、角から飛び出して此方へと素早く向かってくる姿がある。その走ってくる姿の”色”を見て誰か気づき、走ってくる姿へと腕を広げて身構えると、

 

「お帰り!」

 

 レヴィが腕の中へと飛び込んでくる。ただいま、と答えようとする前に少しだけ背伸びをして此方の唇に唇を合わせてくる。廊下の角に隠れていた一部のナンバーズが野次馬根性丸出しに口笛を吹いて煽っているが、そんな事超今更なので、苦笑しながら唇を離す。

 

「ただいま」

 

 レヴィを離し彼女の顔を見ながら答える。タンクトップにホットパンツと、いかにも彼女らしい動きやすい恰好なのは何時まで経っても変わらないな、と軽く彼女の髪に触れながら思う。さらさらと指の間を抜ける髪の感触が心地よい。

 

「おそーい! 遅すぎ! もう僕たちがどれだけ待ったんだと思うんだよ! で、今回のレリックは?」

 

 頭を横へ振れば少しだけレヴィが落胆した表情を見せてくる。そっか、と言葉を漏らすが、義手についた傷跡をレヴィが軽く撫でて、そして笑顔を此方へと向けてくる。大丈夫だよ、解っているからと呟いて手を握る。全く持って忌々しい事だが、スカリエッティの技術力は自分が知る限り次元世界一と言っても過言ではない―――こうやって握る手の向こうからはちゃんとレヴィの体温を感じる。

 

「シュテるんや王様待ってるよ?」

 

「あー」

 

 ナルとイングへ視線を向けると、彼女たちから苦笑が返ってくる。

 

「早く行ってあげてください」

 

「長く拘束していたからな、一緒に過ごすといい」

 

 お互いに理解のある身内だと本当に人生色々と楽だよなぁと思い、最後に手を振るゼストと、そしてスカリエッティを蹴り続けるルーテシアを止めようとするアギトの姿を見る。普段ならウーノあたりが止めに来るのだがアギトがいるのか、もしくは喧嘩中なのか来ない。ルーテシアの蹴りは自分のよりも三割増し容赦がない上に急所を狙っているので若干不安になってくるが……まあ、家族優先なのでスカリエッティには是非ともそこらへんでくたばってほしい。

 

「じゃ、いこっか」

 

「うん、こっちこっち」

 

 レヴィに手を引かれながら暫く開けて、来る事の無かったアジトにある自分たちの部屋へと引っ張られる。

 

 

                           ◆

 

 

「おや、ようやく来ましたか」

 

「無事……というわけではないが元気そうで安心した」

 

 生活区、自分達に与えられた部屋、その玄関へと扉を開けて到着すると、底には私服姿のシュテルとディアーチェがいた。シュテルはジーンズにブラウス姿で、ディアーチェはロングスカートにシャツという恰好だ。ただ二人とも少し前まで料理していたのかエプロンをつけっぱなしだ。ただ、彼女たちはどちらも元気そうで、傷一つない姿を見ると心の底から安心する。ただこの中に一人だけ混ざれていない子がいる。それだけを思うと心が痛む。何とか彼女を元気な、日の当たる場所へと連れ出せないかと思う。いや、今はその為だけに必死に戦っているのだから。

 

「ほら、何をやっているんですか。とっとと上がってください」

 

「ほらほら」

 

 後ろからレヴィが背中を押し、部屋の奥へと押し込む。相変わらずのせっかち具合に変わらないな、と思いつつ靴を履いたまま、部屋へと上がる。近づいたところで両側からシュテルとディアーチェが腕を抱いてきて頬にキスしてくる。その光景をちょっとだけ客観的に考えながら、恵まれすぎなんじゃないかなぁ、なんて思いもするが、得た者勝ちであるという事で、両手に花の状態を受け入れる。

 

「こうやって触れているとようやく帰ってきたのだと実感できるのだな。一時の休息かもしれぬが、こうやって触れ合えるのを我は嬉しく思うぞ」

 

 腕を抱くディアーチェが若干もじもじとしているが、こいつだけは昔から感性が結構一般より、というか一般の心情を理解できる子だよな、と思うと、シュテルがジト目でディアーチェを見て、小さくあざとい、等と呟く。

 

「わ、我あざとくないぞ!」

 

「そういう所があざといんですよ王は」

 

「ほんと変わらないな、お前ら」

 

「―――でも変わってなくて安心したでしょ?」

 

 後ろから抱きついてくるレヴィのその言葉は真実だ。変わってなくて安心した。変わってなくて安心するのは全く進歩がないとでも言うのだろうか。……いや、そういう事じゃない。変わらない事に安堵もするが、変わる事もある。関係とか、状況とか。だからこそ変わらないものがあると解って安堵できるのだと思う。

 

 シュテルとディアーチェが腕を両側から引っ張り、そのまま部屋の奥へと、リビングの方へと引っ張って行く。その顔に張り付く笑みから何か用意しているな、とは察しが付く。こう言う悪戯気質は何時まで経っても変わりはしない連中だと思ったところで、リビングへと到着すると、両腕を二人が解放し、背中を三人で押してくる。

 

 そこで待っていたのは、予想外過ぎる姿だった。

 

「お帰りなさい、イスト」

 

「……ただいま、ユーリ」

 

 ユーリ・エーベルヴァインの姿があった。普段はほとんど調整槽の中でメンテナンスと肉体の維持に努めている彼女だが、普通のズボンとシャツ姿で彼女はそこにいた。長い金髪に凹凸のあるスタイル、笑顔を此方へと向けてくる彼女は元気そのものだったが―――それが表面上のものだけだというのは自分がよく知っている。ただ彼女がどんな思いでここにいるかぐらいは察せる。だから心配をすることもなく、近づいて抱きしめる。

 

「ごめんね、また見つからなかったよ」

 

「いえ、いいんですよ。貴方さえ無事なら別にそれぐらいは。それよりも私をあまり心配させないでくださいよ? 大怪我したとか聞いた日にはちょっと本気出しちゃうかもしれないので」

 

 こいつが本気を出したら今の所対抗策が白天王を召喚する事以外に思いつかないのが本当に酷い事実だ。むしろ白天王で止まるのかさえ怪しい所なのだがこの娘は。そう考えると機動六課と此方では割とバランス取れているのかもしれないな、と思ったりもするが―――

 

「イスト、本当に大丈夫ですか?」

 

 ユーリが両手を此方の頬へと添えて、此方の視線を彼女へと向ける。大丈夫、と答えようとするが、それを遮るようにユーリが話を続ける。

 

「オリヴィエ、と呟いたそうですね」

 

 大丈夫、と答えようとしてそうやって遮られてしまうと本当に何も言えなくなってしまう。ここで嘘をつくのは簡単だが、ユーリの言葉が純粋に此方を案じているのと、彼女に対して嘘をつくのは誠実ではないという考えがはぐらかす事を選択肢から排除させている。だから、

 

「偶にフラッシュバックしたりする程度だよ、まだ……あぁ、大丈夫」

 

「イスト……」

 

 言いたい事は解る。だがこれはどうしても周りについて行くため、君達の横では走り続ける男で居続ける為に必要な行為だった。何よりも彼女を完全に理解し、全てを受け入れるために必要な行為だった。そこに一切の後悔はないし、これからも後悔をすることはないと断言できる。だからユーリにはそんな悲しげな表情を浮かべないでほしい。折角帰ってきてこうやって会えたのだから、泣いていてもいいから笑っていて欲しい。君たちの笑顔の為だけに俺は戦っているのだから。その笑顔の為だけに戦う価値を見出しているのだから。

 

「イングの全記憶―――覇王イングヴァルトの記憶、彼女を理解するため、受け入れる為、強くなる為……それを自分に植え込んだことを俺は後悔しないし、壊れたりもしないよ。あぁ、だから信じてくれ―――また、皆で平和に暮らせる日が来るって事を」

 

 頬に添えられるユーリの両手を握って温もりを感じ、まだ俺は俺でいる、問題はないと断言し、

 

 ―――決して負けない事を誓う。

 

 もう、負けられない。




 イスト君のインフレ理由。足りないならあるところから引っ張ってくればいい。

 じゃあはおー様の記憶ぶっこめば彼女を理解できるし色々と覚えられる。

 そういうアホな発想。はおー様理解者現れてでれでれ!

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