アックス・プレデター   作:竜鬚虎

8 / 13
第七話 女王

 あいつは何者なのか? 何故自分を狙ってくるのか? そもそも何故あいつは、空を飛んで移動した自分たちがここにいると判ったのか?

 いや、もしかしたらあいつは自分ではなく、この遺跡に用があったのかもしれない。

 

 クシュウは自ら接近していく謎の集団よりも、あの怪人の正体・動機に頭がいっぱいだった。

 

 

「何者だ!? 止まれ!」

 

 投げかけられた予想通りの言葉に、クシュウは両足に思い切り力を込めて急停止した。

 その勢いで靴がキインと音を立てて地面を削り、砂埃を上げる。そして息を切らせ、目前にいる一団を睨みつけた。

 

「ク、クシュウさん! この人達って!? なっ、何でここに!?」

 

 アンナは驚愕と恐怖で、悲鳴にも似た声を上げる。

 

(あ〜あ、やっぱりそうだったか……)

 

 洞穴にいる謎の一団の正体。それはウェイランド軍の大隊だったのだ。

 

 青い甲冑を着た軍の上級兵に、白い服とサークレットを装備した下級兵が、整列して洞窟の中に並んでいる。その数はクシュウの視界からは、はっきりと特定できなかったが、もしかしたら千人以上居るのかもしれない。

 いかにこの洞窟が広いとはいえ、これほどの大人数が詰まっているとなると、相当混雑しているようだ。実際に隊列が崩れている部分がいくつか見受けられた。

 

 洞窟にいるのは兵士だけではない。食糧や武器を積んでいると思われる大きな荷車と、それを引っ張っている数十頭の馬。

 両翼を地面につけて、格好の悪い姿勢で這い這い歩きをして洞穴の中を歩行している、十数頭のアイスワイバーンの群れ。

 そして何より目を引いたのは、その大隊の先頭に立つ、白い馬に跨った一人の妙齢の女性だった。

 

 その黒髪紅眼の女性は、周りにいる兵達とは明らかに身なりが違っていた。

 豪華な金銀の装飾が施された青を基調とした配色の礼服に、高貴な雰囲気を漂わせる赤いマントを纏っていた。

 そして頭の上には、ウェイランドの紋章が刻まれた銀色の王冠が掲げられていた。

 

「静まれ、お前達」

 

 女性は氷のような冷たい表情と、凍てつくような声で、クシュウ達に向けて武器を向けている兵達に、静かな声でそう告げた。

 突然の奇妙な破壊音と、不審者の出現に動揺し、興奮しきっていた兵達は、その言葉一つで、一瞬で静まり返る。

 

 その声にアンナは言い知れぬ恐怖を感じ、身動きが取れなくなる。

 女性は馬を降り、不適な笑みを浮かべて、二人にゆっくりと歩み寄った。アンナはその冷たい視線に怯え、ジリッと僅かに後ずさりする。

 

 一方のクシュウは、アンナとは別の者の恐怖に怯え、焦っていた。正直こんな変な女に興味はなかった。

 

(何だよ? 言いたいことがあるなら、さっさと言えよ! こっちはあんたらの相手なんかしてやる暇は無いんだよ!)

 

 そんなクシュウの様子を、自分に対する畏怖と受け取ったらしい女性は、魔女のようにニタリと笑ってクシュウに言葉をかけた。

 

「そう怯えなくていい、素直に武器を降ろせば、あなたたちを傷つけたりしない」

「あんたが何もしなくても、別の奴がしてくるかもしれないんだよ!」

 

 クシュウは少し挑発的に、かつ遠まわしに「そこをどけ!」といった態度で、女性の問いに返答する。

 それに対し女性は、特に気を悪くすることも無く、相手を値踏みするような余裕の態度で言葉を返した。

 

「信頼を得られずに残念です。そんなに警戒しなくても、私の忠実の部下は身勝手な行動を取ったりしませんよ」

「いや、そうじゃなくて……」

「まあいいでしょう。自己紹介を致しましょう。私はウェイランド国王、ユタニ・ウェイランドといいます。」

「国王!?」

 

 アンナは女性が口にした、その信じられない言葉に、怪人を目にした時以上に驚愕した。ほんの数日前に、自国を瞬く間に乗っ取ってしまったウェイランドの王が、何故こんなところに?

 女性――ユタニ・ウェイランドは、アンナの反応に満足そうに頷く。

 

(国王? そんなこと知るか! いいからそこどけよ、お前ら!)

 

 クシュウにとっては、相手が王様だろうと神様だろうとどうでもよかった。自称国王が、続けて何か言っているが、それを全て無視して、チラリと背後を見てみる。

 

 ウェイランド軍の掲げた大量の灯火のおかげで、洞穴内部はかなりの広範囲で明るくなっているものの、自分達を追ってきているはずの怪人の姿は未だ見えない。

 多勢に警戒して、どこかに隠れているのだろうか?

 

「あなた、エルダー王国王女のアンナ・エルダーですね?」

 

 その言葉にアンナは更なる恐怖で、危うく気絶しそうになる。

 

「その様子だと、投降されてきた訳ではないようですね? ではこの遺跡に何の御用で……」

 

 ユタニはそこで一旦言葉を区切った。

 

 なにやら妙な事が起きた。突然視界に青い光が映ったと思ったら、腹部に何やら変な感触がした。そして急に身体から力が抜けていく。

 

 また眼前にいる剣を差した一人の少年が、倒れこむようにその場で蹲っているではないか。

 

 これは一体どういうことか? ほんの少し前まで全身から放たれていた強大な威厳は急に薄れ、ユタニは眼をパチクリさせて少年を見詰める。

 不思議そうに腹の辺りを見てみると、ユタニは絶句した。己の腹に綺麗な丸い穴が開いているではないか!? 

 穴の周りからは白い煙が吹き、礼服の破られた部分と腹の肉が黒く焦げているのが見える。

 

 不意に後ろから、バタバタと何かが倒れる音が聞こえた。恐る恐る背後を見ると、自分の真後ろに整列していた十人程の兵士達が、ドミノ倒しでもされたかのように一直線に倒れている。

 

(・・・何故?)

 

 そこまで見たところで、ユタニの意識は完全に無くなり、パタリとあっけなく倒れた。

 

「へっ、陛下ああああ!」

 

 あまりに突発的に起きた非常識な出来事に、ウェイランドの大隊がざわめいた。そして明らかな殺意を込めて、クシュウとアンナを睨みつける。

 

「きっ貴様! 陛下に何をした!」

「何もしてねえよ!」

 

 クシュウは起き上がり、手をブンブン振って全力で否定する。

 

 一体何が起こったのか?

 

 説明すると、先ず初めにクシュウの背後から赤い点光が放たれ、クシュウの背中に照射された。

 後ろを警戒していたクシュウは、すぐそれに気付き、そのまま倒れこむようにして、しゃがみ込んだ。

 同時に例のごとく光弾が撃たれ、クシュウの頭上を通過した。

 目標を外した光弾は、クシュウの頭上をすり抜け、クシュウの真ん前に立っていたユタニに命中した。

 光弾はその凄まじい貫通力で、ユタニとその後ろにいる、数人分の人間の身体を突き抜け、彼らを即死させた。

 以上が真相である。

 

「やったのは俺じゃない! 俺の後ろから来た奴だ!」

 

 無駄と判りつつも、クシュウは必死に弁解した。だが怒りで気が立っている兵士達は構わず武器を向けてきた。

 

「黙れ! 死ねえ!」

 

 クシュウとアンナに向けて、無数の魔法が一斉に放たれた。とてつもない数の冷気の矢が、雨嵐ように二人に襲い掛かる。クシュウはアンナを掴み上げて、左方に思いっきり飛び跳ねて、これをかわす。

 

「グォオオオオオオオオッ!」

 

 その時だった。さきほどまでクシュウがいた地点後方、魔法が通り抜けていった所から、明らかに人間のものとは違う、おぞましい悲鳴が聞こえた。

 それにウェイランド軍は動転し、一時動きを止める。

 

(まさか……、魔法のいくつかがあいつに当たったのか!?)

 

 しばらく洞穴の中は、その謎の存在に警戒し、時間が止まったように静かになっていた。

 

 だが静寂はすぐに破られた。ウェイランド側から前方、灯火の光の届かない真っ暗な洞窟の向こうから、青き光弾が飛んできたのだ。

 今度はクシュウではなく、洞窟の中に密集しているウェイランド軍に向かって。

 

 洞窟の中が再び青く照らされ、一発の光弾が前から後ろへと、串刺しにでもされたかのように多人数の身体をぶち抜く。

 

「ぎゃぁあああああっ!?」

 

 それ一発で即死する者もいれば、腕がもげて赤子のように泣き叫ぶものもいた。

 

 光弾は次から次へと飛び、ウェイランド兵達を撃ち抜いていく。限られた面積内で、大軍が密集していたため、一発で少なくとも十人以上は仕留められていた。

 飛んでくる方向は少しずつ変わっており、襲撃者も狙いを定められないようにある程度動いていることがわかった。

 

「なっ、何なんだ!?」

「くそっ! 死ねえ!」

 

 突然の襲撃に混乱したウェイランド兵達は、誰の号令も受けずに前方の洞窟に魔法を放つ。

 最も暗闇の敵の居場所が判らない為、“下手な鉄砲も数撃てば当たる”の要領で、とにかく前方のあちこちを撃ちまくった。

 いくつもの魔法がどこかしこを通り抜けていき、やがて襲撃者の攻撃は止んだ。

 

 先程の悲鳴のような、魔法が命中したような手応えは感じられない。「逃げたか?」とその場の全員が思ったとき、前方から“何か”がとてつもない速さで突進してきた。

 

「なっ!?」

 

 先頭にいた数人の兵達が、何が起こったのか判らぬうちに、その“何か”に首を刎ねられた。

 

「でっ、出た!? ぎゃああああああ!」

「うわああああ! こっちに来るなあああ!」

 

 それは単騎でウェイランド軍に突っ込み、次々と兵士達を惨殺していった。兵士の首が、胴体が、草刈でもされるようにたやすく切り裂かれ、瞬く間に血の池と死体の山が、洞穴の中の冷たい空間に築かれていく。

 

(何だ、あいつは!? あの時の怪物か!?)

 

 クシュウは目にしたそれは以前見た怪人とは全く違う、見えない人型だった。

 

 いや正確に言えば微かにだが、その存在は見えた。

 だがそれはガラスのように、ほぼ透明といってもいい姿で、よく目を拵えて見ないとその存在に全く気がつけない。

 透明人間は、手に持った武器と思われる物を幾重に振り、ウェイランドの兵士達を斬殺していく。

 ウェイランド兵は混乱している上に、その透明で視認しにくい敵に、中々攻撃を当てることができない。

 

 混乱の中、ウェイランド軍が付けていた灯火は全て消えた。これはウェイランド軍からすれば最悪の事態であった。

 何故かは知らないが怪人は暗がりでも、敵の姿をはっきりと視認できるようだ。一方のウェイランドは闇の中、半透明の敵を見つけ出し、集中して攻撃することは、完全に不可能である。

 

 ウェイランド軍は暗闇の中、でたらめに魔法や銃弾を撃ちまくり、多くの兵士が同士討ちをしていった。

 

「クシュウさん、行きましょう!」

 

 多くの攻撃と悲鳴が飛び交う中、さっきまでユタニの存在に怯え固まっていたアンナが、クシュウの手元から離れた。そしてクシュウの手を引っ張り、脱出を促した。

 

「え? あっ、はい!」

 

 一瞬惚けていたクシュウは、すぐに気を取り直し、再びアンナを抱え込もうとする。だがアンナは「大丈夫です!」と言って、洞穴の後方、自分が歩いてきた方向を逆戻りして走っていった。

 クシュウは少し戸惑ったが、すぐにアンナを追って駆け出す。

 

 アンナの走力は中々速く、疲弊していたとはいえクシュウの屈強な走力に充分ついていっていた。

 

 後ろからはウェイランド軍のものと思われる無数の悲鳴が、闇の洞穴の中を、地獄の底のようにおぞましく響き渡らせていた。

 

 どうやら敵は現在、自分を傷つけたウェイランド軍の相手をしているようで、まだこちらを追ってきてはいないようだ。この分なら逃げ切れそうだ。

 やがて視界に一点の光が、闇夜の太陽のように姿を現した。入り口の光だ。

 

「やった! もう少しだ!」

 

 洞穴の中の太陽は徐々に大きくなっていき、ついにそれは視界いっぱいに広がった。

 二人は勢いよく外に飛び出した。二人が洞窟に入ったのは五時間程度であったが、実際にはもう何日も地下に閉じ込められていたような錯覚を感じた。

 だが舞い上がった二人の達成感は、外の光景を見た途端、一気に下降してしまった。

 

「え? これって?」

「ど、どうしていつもこんな……、悪夢です」

 

 アンナはもう散々だといわんばかりの悲嘆を口にした。

 外に広がっていた光景。それは切り株だらけの野原に広がる、大量のウェイランド兵の血みどろの死体だった。

 最初に洞穴に入る前にいた光景と、今目の前に広がる光景が、同じ場所とはとても信じられない有様である。

 

 倒れたウェイランド兵の人数は、少なく見ても百人以上はいる。いや人間だけではない。

 辺りには、翼の無いずんぐりした体型・全身を覆う褐色の鱗・額から前向きに生えている野太い角を持つ竜、“大地竜《アースドラゴン》の死骸が何十匹と横たえていた。

 

 体重十トンはあるこの竜は、主に土木工事等のために人間に飼われていることが多い。それが何故こんな所で、こんなにたくさんいるのか?

 

 答えは森の奥にあった。

 切り株の茂る野原の向こう、洞穴前にいる二人からは真正面の方向に、直線状に森が無くなっていた。そこには来る時は存在しなかった、とてつもなく長い林道が、まるで大河のように大地に伸びていたのだ。

 

 どうやらアースドラゴン達はこれを造る為に集められ、ここまで到達したようである。

 また野原に生える切り株が、三分の一ほど引き抜かれているのが見えた。おそらくこの場所を綺麗な平地にするための工事をしていたのだろう。

 

 何のためにそんなことをしたのか? そして何故皆死んでいるのか? 後者の原因は直ぐに判った。

 クシュウが注意深く見ると、ほとんどが刃物で切り裂かれて死んでいる中で、何人かそうでない傷を持っているのが認められた。腹や胸などに焼け焦げた風穴がある者達がいたのだ。見間違うはずも無い、あの怪人の光弾に撃たれた跡である。

 

「あいつ……、ウェイランドに何か恨みでもあるのか? ていうか俺達はいつまでこんなものを見せられなきゃいけないんだよ!?」

 

 向ける相手の判らない憤りを腹の底に溜めながら、クシュウは更に辺りを見回す。逃走のために必要な大事な翼、あの若いダックの姿を懸命に探した。

 だが残念ながら、あのダックの姿は何処にも無かった。一瞬あいつもあの怪人にやられたのか?とも考えたが、生憎その場所にダックの死骸は一つも見当たらない。

 

(あいつ……うまく逃げ出せたのか?)

 

 クシュウは己の右横で、未だ呆然としているアンナに方向に首を曲げた。

 

「アンナ様、まだ走れますか?」

「え? はいっ、大丈夫です」

 

 アンナは息を切らし、全身から汗を垂れ流した状態で、何とか元気さを込めて言い放った。あの怪人から逃げるために、今まであの洞穴の中を全力疾走していたのだ。無理に言っているのがバレバレである。

 

「駄目なようですね。また私が運びましょう」

「えっ! ちょっと待って!」

 

 クシュウは再びアンナを強引に横抱きし、林道の脇にある森に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 数分ほど前まで、無数の悲鳴が反響していた洞窟内は、今は驚く程静かになっていた。

 光が全くない暗黒の世界。もしここに明かりを灯したなら、地面を覆う、誰もが目を背けたくなるような血肉の絨毯を見せられただろう。

 

 そんな空間を、怪人は一切方向感覚を失わずに移動していた。怪人はやがて、長い洞窟の中心部分で足を止める。

 

 そこの左横の壁際には、また特徴的な物があった。

 それは二体の魔物の石像(クシュウ達が見たものと、全く同じ姿)に挟まれた、大きな石の台座であった。だがその台座の上には何も置かれていない。

 少し前まで、その台座の上には、あるものが設置されていた。それはこの怪人にとって、必要な物であった。だが今はそれがどこにもない。

 

「グゥウウウウウ!」

 

 怪人は苛立った声を上げて、足を回す。そしてクシュウ達が逃げた方角に、駆け足で前進していった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。