アックス・プレデター   作:竜鬚虎

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第六話 遺跡

 言われたとおり、その遺跡は呆気なく見つかった。

 遺跡が大きかったということもあるが、何よりその遺跡の周りの広大な森林が、人間の頭によくできる円形脱毛症のように綺麗に伐採されていたからだ。

 

 切られた木々は既に取り払われているようで、無数の切り株だけが山地の真下にある、僅かに傾いた野原に立ち並んでいた。

 上空にいる二人は唖然として、その可笑しな風景を眺めていた。アンナもこの光景は初見のようであった。

 

「この近くに山村があったのでしょうか?」

「さ、さあ。それらしきものは全く見当たりませんけれど……。とりあえず降りましょう」

 

 

 

 

 降り立った二人は、その辺一帯を詳しく見た。草があまり生えていない地面や、切り株のまだ新しい切り口から見て、伐採が行われたのはつい最近だということが判る。

 その中でも何より目を引いた物は、伐採地帯と森林地帯の合間にあった。

 

「これは……なんでしょう?」

 

 アンナが何とも不思議そうにクシュウに尋ねる。

 

「生ゴミですね」

「それがどうしてこんなに?」

「判りませんよ」

 

 そこにあったのは、何とも大量に積まれた生活廃棄物の山だった。

 多くの食べかす・廃材等が一箇所にまとめて捨てられている。大きな動物の糞らしきものもあり、それらが一緒になって猛烈は異臭を放っている。

 かなり健康に悪そうだったので、クシュウはアンナをそこから遠ざけた。

 

 またそことは別に、大きな焚き火の後等もあった。伐採した木材を利用したらしく、多くの灰と炭の山の隣に、未使用の木や枝が適当に積まれている。

 

「ここで大規模な野営が行われていたようですね。おそらくは数千人規模の、しかも動物等も沢山連れていたようです」

「それって……」

 

 あまり考えたくは無いが、状況から見てウェイランド軍だと考えるのが妥当だろう。あの大量の糞はアイスワイバーンのものであろうか?

 どこから国境を越えてきたのか謎だった軍勢は、エルダーへの侵攻直前に、ここで野営を取っていたようだ。

 

「とりあえず遺跡に行きましょう。もう判りますよね? あそこにあるのが、私が言っていた異界に関する遺跡です」

 

 そう言ってアンナは、一直線に遺跡に向かって走り出した。例の遺跡は、既に目に見える距離にある。

 クシュウは当初、遺跡と聞いて古ぼけた石造りの寺院や砦の姿を連想していた。だが実際にそこにあったものは、想像とは全く違っていた。そこにあるのは建物ですらない、巨大な洞穴だったのだ。

 

 山の麓の急な斜面、いや崖と言ったほうがいいかもしれない。その長く高い岩の壁に、それはポッカリと開いていた。

 

 信じられないくらい巨大な大穴で、入り口の形は正確な長方形になっている。

目測で高さは三十メートル、長さは八十メートルといったところであろう。これより大きな洞穴がこの世界のどこかにありえるだろうか?

 

 洞窟の入り口や内部の壁は、見るからに頑丈そうな石材で固められている。内部は暗くてよく見えないものの、洞穴の大きさに見合った、長く太い柱が三本、ある程度間隔を開けて並んで立っているのが判った。

明らかに人口の洞穴である。見た目の雰囲気は、丁度城砦内部の通路の、超巨大版といったところであろうか?

 

(……ていうか、これって!)

 

 これを見たクシュウは、とてつもなく嫌な予感が胸の中に湧きあがって来た。己の予想通りだとしたら、あの洞穴は……。

 

「アンナ様、待ってください! うかつに入ったら危険です!」

 

 力いっぱい叫んだが、アンナは止まらない。というか既に二百メートル先の洞穴の入り口前に到着している。

 いつかの鬼ごっこの時といい、何とも驚かされる運動神経である。クシュウは頭を抱えながらも、しかたなくアンナの元についていった。

 

 

 洞穴の大きさは、近くで見ると更に圧巻であった。石の壁や柱の表面は滑らかで、どうみてもレンガ造りではなく、組み立ての際の継ぎ目らしきものも無かった。

 洞穴の奥はかなり深い。当然内部は暗く、かろうじて入り口付近にある物と同じ形の柱が、奥の方にも立っていることが判る。

 

 クシュウは洞窟内部を眺めていたアンナの前に出て、剣を抜いた。そして切っ先を頭上に掲げ、小さく「灯火……」と呟く。すると刀身が淡く赤く発光し、同時に切っ先から言葉通り灯火のような強い火が発生した。

 これにより剣は、丁度たいまつと同じ役割を持ち、洞穴内部を明るく照らした。即席でかがり火を造る、火の魔法の初歩術である。

 

「行きましょうか。しっかりついてきてくださいね」

「は、はい!」

 

 最初アンナが中に入るのを止めようとしたクシュウだったが、入り口についた途端、もうそんな気は無くなっていた。クシュウ自身も、中がどうなっているのか気になって仕方が無いのだ。

 

 二人はただ無言で中を進んで行った。三本柱は一定の距離を置いて定位置的に立っており、地面も壁も天井も、ずっと滑らかな石造りだった。

 二十分ほど歩いてから、初めてクシュウが口を開いた。

 

「アンナ様は以前にもここにいらっしゃったんですよね?」

「はい。二年ぐらい前に来ました。ただ、その時は入り口の前を見ただけだったので、中がどうなっているのかは判らないんです」

「陛下や調査官からは、何かしらのご説明は無かったんですか?」

「あったかもしれません……。ただ本当に言いにくいのですが、私その時遺跡にあまり興味が無くて、途中で眠りこけてしまったんです。すいません……」

「そうでしたか……」

「でもこの深い遺跡……、何かありそうな気がします。もしかしたら異次元の門があるのかも……」

 

 アンナは何処まで続くのか見当もつかない長い洞窟の奥を、緊迫した面持ちで見据える。クシュウの方は、何か悩んでいるような面持ちでアンナを見下ろした。

 

「門? 異界の魔物とは空から飛んで来るものではないのですか?」

「……? どうして空からと……?」

 

 怪訝な顔で質問するクシュウに、アンナは同じく怪訝な顔で質問で返した。

 

「いえ……。どうもあの魔物は空から飛んできたようなので」

「えっ?」

「実はケルティックに着く前の夜に、なんだかおかしなものが流れ星みたいに降ってきて、山の何処かに落ちるのを見たんですよ。ここに来る途中まで忘れていました」

「それは本当にあの魔物なのですか?」

「さあ……? その後聞こえた鳴き声が、あいつに似ていたので、そうではないかと……? ただの思い過ごしかもしれませんが」

 

 アンナはよく判らないといった様子で「はあ……」と一言だけで返事をした。クシュウはそこで話を止めようとしたが、今度はアンナが話しかけてきた。

 

「関係ない話しなんですけど……。もしまたあの魔物が襲ってきたら、クシュウさんになら倒せますよね?」

 

 クシュウはと少し驚きながらも首を横に振った。これにアンナは不思議そうな顔をする。

 

「はあっ、て……。クシュウさんなら、勝てそうな気がしたのですけれど?」

「まさか。あんなのに勝てると思うんですか? 近衛や衛兵が皆奴一人にやられたんですよ。俺みたいな新米が勝てますか?」

 

 クシュウは敬語を使うのも忘れて、アンナの言葉に呆れながら反論した。だがこれにアンナは、ますます首を傾げる。

 

「確かに新米かもしれませんけれど……。私クシュウさんより強い人なんて、正直見たことありませんよ? 多分ハリガン隊長より強いと思いますけど……」

「そんなわきゃ……いえ、すいません。そんなはずないですよ。私が隊長より強いなんて……。きっと勘違いですよ」

 

 クシュウはそれだけ言って、この話を打ち切り、足を進める。アンナはまだ納得できずにいたが、これ以上追及せずにクシュウの後ろをついていった。

 ところがその途中、クシュウがふとあることを思い出した。

 

「これもさっきまでの話とは全く関係ない事なのですが、いいでしょうか?」

「はい、何でしょう?」

「初めてお会いしたとき、アンナ様はどうして王宮から出ようとしたんですか?」

 

 そもそも今の自分が立っているこの事態の原因はそれだった。これが不幸だったのか幸運だったのか、クシュうはあの襲撃を直接は受けなかった。

 アンナは少し返答を躊躇った。しばらく時間を置いてから、控えめに答える。

 

「それは……、王宮の中が怖かったんです」

「怖かった?」

「はい。あの日から数日前に、二人の近衛隊員が私をどこかに連れ去ろうとしたんです」

「連れ去る? どこへ?」

「判りません。庭の池を眺めていたら、いきなりやってきて私を取り押さえようとしたんです。そのまま私を袋に隠して、王宮から出るつもりだったみたいです」

 

 何と王族の誘拐未遂事件が、クシュうが来る少し前に起きていた。未遂とはいえ、一国の威信に関わる大事件である。

 

「それって誘拐ですか!? 初めて聞きましたけど」

「そうだったみたいです……。声を出さないよう、私の口を押さえようとしたその人たちの手を、私は思い切り噛み付きました。そして股間を蹴りつけて、もう一人の隊員の足を掴み上げて転ばして、魔法で黒くなるまで焼き払ってから、必死に王宮の中に逃げ込んだんです。その後ダッチさん達が来て、二人は捕まりました」

「はあ……」

 

 クシュウは驚いた、というより呆れた。なんとも体力溢れるお姫様である。しかも魔法も使えたのか……。

 予想はしていたがこの王女は、見かけ以上に強かった。精神的にではなく、物理的な意味で。

 

「その二人の処遇は?」

「その後すぐ解雇されたそうです」

 

 クシュウは眉を潜めた。

 

「解雇? たったそれだけですか!?」

「はい、それだけです

「普通は極刑だと思いますけど!」

「確かにそうなのですが……、ダッチさんは『あの二人は仕事疲れできっと頭が緩んでいたんだろう。あれだけの灼熱地獄を味わえばもう充分だろう』とおっしゃってました。それに他の方々も、誰もあまり深刻に受け取っていませんでした。私が、そんなことない! と父上に訴えても『あまり神経質になるな』とだけ言われてしまって、それで私、王宮の中がすごく怖くなってしまって……」

 

 クシュウはかなり呆れた。自分も王宮の平和ボケぶりを見て驚いていたが、このくらい呑気なのはこの国が平和な証拠だと考え、若干心地よく感じていた。

 

 まさかこれほど治安上深刻な状態になっているとは思いもよらなかった。一国の王女の身が危険にさらされたのに、何の対応もなされないとは、いかれているにも程がある。

 前に王都に入り込んでいたウェイランドの尖兵を見た時は、彼らがどのような手で門の詰め所を通り抜けて、竜騎兵による襲撃前の王都に入り込んだのか不思議だった。だがこの様子では案外簡単に侵入できてしまったのかもしれない。

 

(こりゃ国が滅びるのも、時間の問題だったかもな)

 

 そう考えている内に、話しながら涙眼になっているアンナの顔を見えた。

 クシュウはそっとアンナの頭に手を寄せ、思いついた適当な慰め言葉を言ってみる。

 

「大丈夫です。私はしっかりとアンナ様をお守りして見せますよ」

 

 この言葉にアンナは「えっ?」と少し驚いたが、クシュウの顔を見て徐々に喜びの表情を浮かべ始めた。一方のクシュウは、適当に言った王子様気取りの己の発言に、恥ずかしさがこみ上げていた。

 アンナにはとても効いたようで、元気よく嬉しそうに答えた。

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

 何時間歩いたであろうか。並みの人間ならば、大分疲れが溜まってくる頃であるはずなのだが、二人の体力はまだ余裕たっぷりで、足取りに未だに乱れは無かった。

 

 不意に奥の方に、今までのものとは違う何かが、両側の壁の辺りにあるのが見えた。

 何も無い地中の廊下を、黙々と歩いてきて大分飽きが来ていた二人は、これに大きく反応し、一気にそれに走りよった。

 それにすぐ側まで到着した二人は、眼前の物体に呆然とした。

 

「これが異界の魔物ですか?」

「はい、多分……」

 

 洞穴の両側の壁の付近に、向かい合って立っているもの。それは精巧に作られた大きな動物の石像だった。

 大きな四角い台座の上に立っているそれは、かなりの年数が経っている筈なのに、破損した部位は全く見つからない、見事な彫像である。最もその石像がどのような動物を象ったものであるのかは、全く判らなかった。

 

 どんな姿かと形容するには何と説明すればいいのであろうか……。かろうじて言うのならば蠍と蜥蜴の複合体であろうか? 

 長い胴体に鋭い爪のある四本の手足、尻の先から伸びる鞭のように長くてしなやかな尾。これだけ見れば爬虫類の一種にも見えるだろう。

 

 だが全身に鱗は無く、背中からは四本の太い突起物が、左側・右側に二本ずつ、計四本が並んで生えている。また尻尾にも鋸の刃のような棘が、端から端までずらりと並んで生えており、先端は槍のような形になっており、片刃式の剣のような大きな棘がついていた。

 

 そして何よりもの特徴が頭部である。顔には口はあるものの、目・鼻・耳らしきものは全く無く、顔面に位置する部分から、後頭部にかけては、卵のように滑らかな皮に覆われている。

 そしてその後頭部はとても長く、背中の辺りにまで伸びていた。丁度背中の四本の突起物に挟まれた形になっている。

 

 口は大きく開かれており、両顎には人間のものとよく似た切歯が生えている。そして開かれた口からは、これとは別の生き物(?)が飛び出していた。四本の尖った歯が生えた口を持つ、蚯蚓のような身体の長い小型の生き物。それがもう一つの大型の生き物の喉から伸びてきている。

 

 いや、もしかしたらこれもこの蜥蜴のような生き物の身体の一部なのでは? とそんな考えがクシュウの脳裏によぎった。

 

 姿勢は蜥蜴などとは違い、二本足で前屈みに立ち上がっている。そして長い尻尾が、生き物の身体前方に向かって曲がって伸びており、先端の槍のような尾先を前に突き出している。

 見ようによっては、何かを威嚇しているような体勢に見えなくもない。

 

 これまでの自分達の常識とは一線を越えた、その奇怪な姿に二人は唖然とした。確かに異次元の生物ぽい姿ではあったが、二人が以前見た怪人とは全く異なる姿であった。

 クシュウはその石像を隅から隅まで見渡した。台座には象形文字と思われる紋様が、台座を横に一周して刻まれている。クシュウはアンナの顔を窺ったが、アンナは無言で首を横に振った。読めない、ということのようだ。

 次に石像の裏側を覗いたとき、台座の横の直ぐ側に、何かが落ちているのを見つけた。

 

(これは……、短刀?)

 

 一見してクシュウはそう思ったが、手にとってよく見ると、それは短刀と見るには妙な造りであることに気がついた。

 

 まず刀身と柄の接続が随分と粗末だった。短い金属の棒と思われるものに、刀身の根元が、細い紐状の物で巻き付けられ固定されているのだ。随分原始的な繋ぎ止め方である。

 そして刀身。近くで見ると、それが普通の刃ではない事は直ぐに判る。鎌のような形で前向きに反り曲がっているそれは、先端は鋭く尖ってはいるものの、刀身に刃は前にも後ろにもついていない。

 きちんと加工して作られたものでは無さそうだ。

 

 そして最も謎なのは、これそのものの材質であった。刀身の色は濃い青で、金属とも石とも全く異なるもので出来ていた。

 触った感触と重さから、動物の骨で作られているのでは?とも思ったが、しかし青色の骨を持つ動物などいるのであろうか?

 

 それにしてもこの形、どこかで見たような気がする。いったいどこで見たのかだろうか?  そう思ってクシュウは背後にある石像に振り返った。

 するとその疑問は実にあっさりと解消された。この短刀の刃は、この石像の生き物の尾先にそっくりだったのだ。

 

「これ何でしょう? 竜の牙でしょうか?」

 

 アンナはそれに気がついていないようで、奇異な目でその短刀を見詰める。

 

「ええと、多分これは……!?」

 

 クシュウが説明をしようとしたその時、クシュウの耳にある音が聞こえてきた。

 耳に手の平を当てて、その音をうまく聞き分けようとする。幼少の頃から鍛え抜いた感覚能力を持つ彼には、洞穴の遥か向こうの、僅かな音を聞き取ることが出来た。

 

 聞こえてくる音、それは複数人の足音であった。しかもかなり多い。

 数十人、いや数百人かもしれない。整列した規則正しい音がザッザッ!と軍隊の行進のようにこちらに近づいてくる。

 

(やばい……。やばいよ、これ!?)

 

 それが何なのか見当をつけると、クシュウは剣にかけていた火の魔力を消してしまった。洞穴内部を照らしていた灯火が消えて、あっというまに周囲は元の闇の世界に戻る。

 

「え!? ちょっ、どうしたん……!?」

 

 何かを言おうとしたアンナの口を塞ぎ、クシュウは素早く石像の台座の表側に身を隠した。 そしてアンナの口元に小声で話しかける。

 

「(静かに。向こう側から誰か来ます!)」

 

 クシュウは静かに塞いでいた手を離す。アンナはクシュウと同じようにして、小声で呼びかける。

 

「(向こう側から? ということは先に誰かがこの遺跡にいたのですか? でもそれで何故隠れるのですか?)」

「(いえ、先程この遺跡の入り口前で、大規模な野営の後を見たでしょう。私の予測どおりならウェイランド軍は……)」

 

 その時だった。突如後方、クシュウたちが歩いてきた方向から、奇怪な光が現れた。

 前にも見た、蜘蛛の目のような三点の赤い光線である。それがピッタリとクシュウの脇腹の辺りに照準を合わせている。

 

(やばい!)

 

 クシュウがアンナの身体を掴んで、その場から身体を転がせて離脱したのと、青い光弾が放たれ、二人が隠れていた石像の台座を貫いたのは、ほぼ同時であった。危機一髪である。

 

「うおりゃあ!」

 

 体勢を立て直したと同時に、クシュウは剣に風の魔力を注ぎ、後方の通路に向けて、勢いよく剣を振った。

 渾身の力で振られた緑色に輝く剣からは、嵐のような強烈な突風が放たれ、広大な洞穴の中を、天変地異でも起きたかのような凄まじい音を立てて吹き荒れた。

 視界は真っ暗で何も見えなかったのだが、クシュウは確かな手応えを感じた。遥か向こうから、何か大きくて重いものが、地面に叩きつけられ転がっていく音が聞こえてきた。敵がクシュウの風魔法で吹き飛ばされたのは間違いない。

 

「今のはまさか!? クシュウさん、どうしましょう!」

「仕方ありません! 危険は承知で行きましょう!」

 

 クシュウはアンナを抱え込んだまま、洞穴の奥の方へ駆け出した。敵にうまく照準を合わせられないようにする為、真っ直ぐにではなく、ジグザグに洞窟の中を走り回る。

 暗闇で視界は全くのゼロだったが、直上に伸びた洞窟の形状は把握していたので、何とか壁にぶつからずに前進することができた。

 

 予想通り二発目は直ぐに来た。赤い点光が当たると、クシュウはすぐにその場でしゃがみこみ光線を避けた。避けられた光弾は、右側の洞穴の壁に着弾して消滅する。

 暗がりで見えないのだが、おそらく壁にはとても深い円形の穴が開いただろう。

 

 次いで三発目・四発目が放たれる。不思議なことに、この真っ暗で視界に何も映らない空間を、敵の射撃は全く迷うことなく、クシュウ達に向けて放たれていた。

 敵はそれほどまでに気配を読むのが上手いのか? それとも敵の視力自体が特殊なのであろうか? クシュウはそんな疑問を浮かべながらも、全弾をギリギリでかわしていった。

 

 また敵が光弾を放つとき、必ず先程の赤い点光がクシュウに放たれていた。暗い洞穴の中、その光は素人の目にもよく見えた。クシュウはその光を見て、発射の瞬間を先読みし、上手く回避していくことができた。

 以前図書館でアンナと行っていたのとは次元が違う、まさしく命をかけた鬼ごっこは、そう長くは続かなかった。

 徐々に前方から洞穴全体を照らす、広範囲の灯火の光が見えてきた。クシュウが先程気付いた、多勢の足音の主であろう。

 

「うおおおおおおおおーーー!」

 

 クシュウは獣にも負けない甲高い叫び声を上げて、そこに向けて全速力で走った。そこにあるものなど一寸も恐れることなく。

 


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