アックス・プレデター   作:竜鬚虎

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第十一話 巨人

 クシュウがそう一声叫んだ直後、怪人は風車刃を両手に持ったまま、クシュウに向けて左手を突き出した。同時に左手の手甲に取り付けられている装置から、何かが発射された。

 

(銃か!?)

 

 クシュウは守備のために斧を前に突き出し、素早く右横に動く。紙一重で回避し、風車刃を投げる前に間合いを詰めようとしたのだが、その機転は外れだった。

 その発射された何かは、こちらに到着する前に、一気に面積が広がったのだ。

 

 まるで傘を一気に開く場面を正面から見たときのように、それは突如として蜘蛛の巣のような大きな網に変じたのだ。

 

「なあ!?」

 

 予想外のその現象に、当然対処などできるはずも無く。クシュウはその網に捕らわれた。

 捕らわれたままクシュウの身体は網と共に後方に吹き飛び、入口の扉を壊し、内部の広間に転がっていく。

 

「うおりゃあっ!」

 

 クシュウは一時、漁で獲られた魚のような状態になったが、即座に斧で網を断ち切り、脱出する。すると目の前にあの風車刃の一つが接近していた。

 

「!!!!!」

 

 クシュウは瞬時に上半身を仰け反らせ、一寸の差でそれを避けた。

 風車刃はブリッジの姿勢になったクシュウの真上を通り抜け、そのまま持ち主に帰ることなく広間の壁に突き刺さる。

 そこで風車刃の動きは完全に停止した。どうやら狭い場所では反転できないようだ。

 

 全身を起き上がらせると、もう一つが飛んできた。クシュウは即座にそれを斧で弾き返す。

 弾かれた風車刃は横の壁に激突し、石壁にめり込んで動きを止めた。

 入口に視線を戻すと、今度は怪人本人が鉤爪を構えてこちらに接近していた。

 

「ぐっ!」

 

 右横から振られた鉤爪を、クシュウは斧で受け止める。耳に響く金属音が、刑務所の広間に広がっていった。

 怪人は間髪入れず、次々鉤爪による攻撃を繰り返した。クシュウはそれを全て斧で受け止める。だが身体能力において、クシュウでは怪人に到底敵わず、必然的に防戦一行となった。

 

 例えうまく反撃の機会ができたとしても、以前のように体格差を利用したカウンターを受けることは間違いないだろう。両者は手足の長さが全く違う。

 身長が百六十三センチのクシュウと、二メートルを軽く超える怪人とのリーチの差は、戦況においてかなり深刻な問題であった。

 

 そのためクシュウは、怪人に上手く接近できず、常に一定の距離を取らなければならなかった。

 大柄な図体にも関わらず、重い攻撃を軽快な動きで撃ち出す怪人に、クシュウは形勢を動かす隙を全く見つけることが出来なかった。

 

 場所は刑務所内の通路の廊下に移り、その廊下の中をクシュウは後ろへ後ろへと追いやられていく。不意に怪人が攻撃を止めて、クシュウの方向から見て一歩後ろに下がった。

 

「え?」

 

 戸惑いで僅かな隙が出来た途端、クシュウの腹部に怪人の豪快な蹴りが直撃した。

 クシュウは「ぐほ!」と喉を鳴らし、数メートル先まで吹っ飛んだ。てっきり相手は力押しのみでかかって来ると思っていただけに完全に不覚であった。

 廊下に転がり落ちて、クシュウはうずくまる。怪人は止めを刺しに、鉤爪を真っ直ぐ向けて近づいてきた。クシュウは何とか起き上がろうと全身に力を込めるが、腹部の痛みがそれを妨げる。

 

(やばい! やばすぎる! ちくしょう腹痛え!)

 

怪人が目前に迫ったその時、唐突に怪人の背中の辺りが光った。いや爆発した。

 

(……へ!?)

 

 ボム!という地味な爆音と赤い光が、極小の太陽のように薄暗い廊下内を一瞬照らした。それと同じく怪人が前方に盛大に吹き飛ぶ。

 倒れるクシュウの上方を素通りし、廊下の更に向こうの曲がり角の壁に激突した。怪人の身体が一時壁にめり込み、その後直ぐに地面に仰向けに倒れた。

 

「アンナ!?」

 

 前方の廊下に目を向けると、何とそこにはアンナが怯えた表情で立っていた。両手にはウェイランド兵達が持っていた魔道剣が握り締められ、しかも刀身が火の魔力を宿して赤く発光していた。

 

 先程の爆発はアンナが放った魔法だと理解するのに、クシュウには少し時間がかかった。

 

「はああああああああ!」

 

 アンナは恐怖をこらえ、勢いをつけて廊下を走った。クシュウのすぐ後ろに立つと、切っ先を怪人に向けて、飛びっきりの魔法を放つ。剣を中心に一帯が赤い輝きに包まれる。

 強力な極太の火炎熱線が、洪水のように勢いよく怪人に近づいていく。だがその時すでに怪人は起き上がってしまっており、廊下の右の曲がり角に入って熱線を回避しようとした。

 

 火炎は壁に直撃し、跳ね返った火と熱が瞬く間に散乱した。自分が放った魔法の熱を浴びて、アンナは悲鳴を上げて倒れる。するとクシュウが即座にアンナを掴み上げ、入口へと駆けて入った。

 外に出た途端、塀の向こうから拡声の魔法で増幅したと思われる、野太い声が聞こえてきた。

 

「観念しろ! フューラーは完全に包囲した! 抵抗は諦め、おとなしく出てこい!」

 

 なるほど確かに兵の外側から、無数の人間の気配が感じ取れる。先程の兵達の後から、続々と部隊が集結したらしい。

 どうやら現在ここは、完全にウェイランド軍によって袋の鼠のようだ。ここはケルティックのすぐ近くなのだから、こんなに到着が早くても別に不思議ではない。

 クシュウに抱えられたままアンナが先に口を動かした。

 

「クシュウさん、どうします?」

「さあな……。いっそのこと、さっさと中に突撃してくれれば助かるんだけどな……」

 

 絶体絶命の状態にも関わらず、二人は平静だった。

 二人が今一番問題としているのはあの怪人の存在。追いやるとき刑務所内部に入り込んでしまったため、今奴が何処にいるのか見当もつかない。これではいつ外に出てきて、こちらが狙い撃ちされるか判ったものじゃない。

 

 あの遺跡の洞穴のときのように、怪人の襲来とウェイランドの突入が同時に起こってくれれば、混乱に乗じて逃げることも不可能ではないのだが……。

 

 クシュウはちらりと左手側にある広間の木に目を向ける。その木の裏にはあのダックが隠れていた。

 この刑務所の門のすぐ近くの森に隠れるように言っていたのだが、ウェイランドの軍勢が近づいてきたのに驚いて、ここまで入ってきたようだ。

 

 

 

 

 

 

「来ないな……。ようし突入しろ!」

「な! ちょっと待ってください!」

 

 ブレインが指令を出そうと声を上げる直前に、マックが慌てて制止をかけた。

 

「もう少し学習というものをしてください! 初戦で大量の犠牲者を出したのを忘れたのですか? 聞いたでしょう、ここに先陣を切って突入した部隊が全滅したと! バジリスクまでやられたんですよ! 敵はそんな容易い相手ではないはずです!」

 

 珍しく強い剣幕で話すマックに、ブレインは「ぬう……」と言って徐々に熱を下げた。

 

「じゃあどうするというのだ? このままずっと包囲していても仕方ないぞ?」

「勿論です。ですが味方の犠牲は少ないに越したことはありません。それなりに慎重な攻撃を加えましょう」

 

 

 

 

 

 

 クシュウは殺気を感じ、アンナと共に左横に飛び上がってその場から離れた。

 ズボ!という音が聞こえ、さっきまで自分達がいた地点を見ると、そこにはさっきまでは確かにいなかったはずのあの怪人がいた。

 しゃがんだ姿勢で右手の鉤爪を地面に深く突き刺している。この怪人は刑務所の屋根から飛び降りて、真上からクシュウに攻撃してきたのだ。

 

 怪人は爪を引き抜き、クシュウと再び真っ向から対峙する。クシュウもまたアンナを手放し、身構えた。

 そのときだった。彼らのいるその塀の内側の広間に、何かが飛んできた。その水色の玉のようなものは、カランカランと気の抜ける音を立てて、こちらに転がってくる。しかも一つではない。

 

 外側から塀を飛び越えて、その小さな物体は次々と内側に投げ込まれているのだ。

 

「何これ、玉? 卵かな?」

 

 この緊迫した場に不似合いなものが、いきなり飛んできたのに、アンナはポカンとして首を捻る。だがクシュウにはこの球状の物体に見覚えがあった。

 それはあの時ガニソンでクレメンズが自分にくれた、ウェイランド兵が持っていたという妙な形の武器と同じもの。クシュウがそれに気がつくと、直感的に危機を感じ、再度アンナを抱き上げ、その物体から離れた。

 

 その直後に、その物体は爆発した。

 

 爆発と言っても、火薬のように火と爆風を吹いた爆発ではない。それは針を刺された風船のように破裂し、中から膨大な冷気が飛び出したのだ。

 

「何ですこれ!? 毒ガス!?」

 

 あまりの出来事に、アンナは絶体絶命とでも言うかのように激しく狼狽する。だがクシュウは、これがただの冷気だと判ったので、わりと冷静だった。

 あっというまにその場は白い冷気で包まれ、視界はゼロになった。もちろんあの怪人の姿もクシュウ達には見えなくなったが、豪快な悲鳴が怪人の現在地を判りやすく教えていた。

 

 冷気の強さはとてつもなく、その空間は瞬く間に極寒地獄となった。もしあの爆発を至近距離で受けていたら、常人なら一瞬の内に凍死だろう。

 別の方角からは、「グエエ! グエエッ!」とダックの悲鳴が聞こえてくる。とりあえず今は無事でいることだけを願おう。

 

 すぐに次の変調がやって来た。丁度門があるであろう方角から、ドゴン!と何かを破壊する大きな音が聞こえてきた。

 クシュウは咄嗟に左手に魔力を集中し、魔法で突風を起こす。相応の鍛錬を積んだ魔道士ならば、魔道剣のような増幅器が無くとも、ある程度の魔法は扱える。

 風に煽られ、冷気はあっという間に掻き消える。

 

「今度は何です……あれ?」

 

 驚くのも飽きた、とでも言いたそうな顔でアンナは口を動かした。その音が聞こえた門の前には、何と二人の巨人がいた。

 見ると後ろにある門の屋根が、下側から壊れている。この巨人達が門を通ったときに、頭部がぶつかって削れてしまったようだ。

 

 その巨人は、よく見なくてもそれが生き物でないことは誰にでも判った。

 身長は両方5メートル程。姿はウェイランドの重装の甲冑に似た姿をしており、一体は大剣を、もう一体は鉞《まさかり》を右手に持っている。そして全身の表面は白く、ガラスのように薄っすらと透き通っていて、僅かながらも白い冷気が立ち昇っているのが見えた。

 

(氷製魔道人形《アイスゴーレム》か……。厄介なもの連れてきやがって!)

 

 難題な横槍を入れられて、クシュウは腹を立てた。

 相手がたった二体では、混乱の中を掻い潜って逃げるという手口は到底使えない。勿論だからといって文句の付けようもない。クシュウはやむを得ず、アイスゴーレムに対して戦闘態勢をとった。

 横を見ると、あの怪人もまた眼前の氷の巨人に対して、威嚇するようにして身構えている。

 

 二体のアイスゴーレムは、それぞれ同時にクシュウと怪人に襲い掛かった。

 巨大な武器が、二つ同時に振り下ろされ、二人は同時にそれを避ける。ドゴオオオン!と雷が落ちたかのような轟音が重なってなり、地面に二つの穴が開いた。

 勿論一撃かわされただけで諦めるはずがなく、アイスゴーレム達はそれぞれの敵を追撃した。

 

 

 

 

 一体のアイスゴーレムが鉞を怪人に向けて振り払った。怪人はそれを跳躍して回避する。巨体ゆえに動きが鈍く、怪人でなくても回避は難しくなかっただろう。

 アイスゴーレムが二撃目を加えようと、鉞の持ち手を変えた。大振りの攻撃の隙は大きく、怪人は一挙に間合に入り、アイスゴーレムの右足の付け根を鉤爪で切り裂いた。

 アイスゴーレムの足は、その太さゆえ切断までには至らなかったが、氷製の肉が大きく削れ、全身がバランスを崩して膝を突いた。

 何とか倒転を避けようと、アイスゴーレムは鉞の柄を杖にして身体を支えたが、怪人はその柄を容赦なく切り落とした。

 アイスゴーレムは一気にバランスを崩し、うつ伏せに倒れこむ。頭頂が低くなったアイスゴーレムの頭を、怪人が鉤爪で躊躇いなく突き刺した。

 

 

 

 

「こんちくしょう!」

 

 一方のクシュウはひたすらに、アイスゴーレムの大剣を避けるばかりであった。

 巨体ゆえ俊敏性や攻撃速度はこちらよりも大幅に劣るのだが、武器の長さゆえ攻撃距離は圧倒的に相手が上だった。

 そのためクシュウはなかなか反撃の為の間合を取れず、ただひたすらアイスゴーレムの攻撃から逃げ続けた。

 

 すると突然、アイスゴーレムの背が、炎を被りながら爆発した。

 

(アンナか!?)

 

 爆音と共に強い熱が辺りに広がり、冷え切ったその空間の温度を急上昇させる。

 クシュウも今度は驚かなかった。アイスゴーレムの後ろにはアンナが魔道剣を構え、刀身に次の魔法を撃つための魔力を溜めている姿が見えた。

 さっき怪人を攻撃した魔道剣は、クシュウに抱えられたときに落としたままだ。だが生憎代わりの武器は、この場には死体と共に、そこらへんにたくさん散らばっていた。

 

「クシュウさん! そこから離れて!」

 

 言われたとおりにクシュウは素早くアイスゴーレムの正面、魔法の道筋から離れた。

 背を爆破されたアイスゴーレムは、大量の水を汗のように垂れ流しながら、ぎこちない動きでアンナの方向に振り向いた。

 

「くらいなさい!」

 

 アンナの魔道剣から強力な火炎が放たれ、アイスゴーレムを膨大な炎で包んだ。結晶のように白く透き通っていた巨人の体は、瞬く間に赤い輝きに覆い尽くされる。

 アイスゴーレムの全身は、急激な速度でドロドロと溶けていき、驚くほど呆気なく水になって消えてしまった。

 

 

 

 

 怪人はアイスゴーレムの全身を、幾重にも突き刺していた。

 アイスゴーレムは生物ではない、動く氷の塊である。そのため急所というものが存在せず、物理的な攻撃ではなかなか致命傷を与えることが出来なかった。

 そのため、とにかく怪人は攻撃を繰り返した。鉤爪で突きを加えるたびに、氷の身体からはヒビが入っていき次第に脆くなっていく。

 ある一撃で遂にアイスゴーレムの身体は砕け、その巨体がボロボロと崩れ落ちていった。

 

 乱入した敵を撃退した怪人は、己の標的である少年がいると思われる方向に振り向く。

 

 ほぼ同時に怪人の視界に赤い炎が広がった。

 

「!?」

 

 咄嗟に怪人は右に転がり落ちて、ギリギリの距離でその炎を回避する。

 姿勢を戻し、立ち上がろうとする怪人の目には、今度はクシュウの姿が大きく映し出された。

 

「だぁりゃあああああああああ!」

 

 斧を頭上に握り締めたクシュウは、全力で斧を怪人目掛けて振り下ろした。怪人も素早く反応し、その場から横に一歩引く。

 直撃は避けたものの、斧は怪人の仮面の縁を、僅かにかすった。

 

 怪人の仮面の目に当たる部分の縁には、二本の線が繋げられており、それが首筋まで伸びていた。だがその線は、クシュウの一撃が元で二本とも断ち切られる。

 

「へっ!?」

 

 線が切断された途端、その断面から蒸気のような白い気体が、熱せられた薬缶のように勢いよく噴出した。

 その蒸気(?)を顔面から浴びたクシュウは、動揺して一瞬怯む。その隙に怪人は、左手でクシュウの顔に強烈な張り手を浴びせた。

 その一撃でクシュウの身体は宙を舞い、怪人側から前方に吹き飛ぶ。

 

「クシュウさん!」

 

 地面に転がり、叩かれた頬を、痛みで必死に手で押さえるクシュウに、アンナが駆け寄る。

 

「大丈夫だ。歯が折れたかも知んないけど……」

 

 顔を押さえながら、クシュウは怪人のほうを見た。アンナも同時にそこに振り向く。

 その瞬間、二人は驚きのあまり、動きが一時停止した。そこにあったものの姿に……。

 


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