アックス・プレデター   作:竜鬚虎

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第十話 監獄

 日がそろそろ沈み始める時間、昼頃に新しい受刑者を迎えた刑務所フューラーに、突如一人の襲撃者が現れた。

 

 門番をしていたウェイランド兵は、門前の石像に先程の老看守と同じように立小便をしていた所を、突然その襲撃者に後ろから斬られた。

 獲物は鋭利な斧で、その兵は脳天から尻の先まで、野菜を切るように身体を綺麗に真っ二つにされたのだ。恐ろしい切れ味と容赦の無さである。

 

 その襲撃者は鋼鉄製の門の錠を叩き斬り、思い切り門を蹴飛ばして強引に開門させた。こそこそするようなことは一切しない、堂々とした侵入である。

 襲撃者の正体は怪人……ではなく、クシュウであった。

 

「何者だ! 貴さ……ぐぼお!?」

 

 突然の来訪者に、慌てて駆け寄ろうとするウェイランド兵を、クシュウは瞬時に詰め寄り、ためらいなく首を刎ねた。

 同じ刑務所前の庭にいた三人のウェイランド兵は、クシュウに次々と魔法による氷の矢を放つ。だがクシュウはそれらの攻撃を全て斧で弾き返し、凄まじい走力で急接近して、一人一人斬り払っていった。

 

 最後の一人を倒し、刑務所の入り口前に顔を向けると、そこにはとんでもない番人がクシュウを睨みつけていた。

 

(あれは……蛟竜? いやバジリスクか!?)

 

 それはウェイランド兵がフューラーの番犬として連れてきた大蛇、バジリスクだった。

 

 竜に近い種族と言われており、牙にある鋭い毒と、不思議な力をもつ眼“魔眼”を持つことで知られる恐ろしい魔物である。

 

「フーーーー!」

 

 バジリスクは蛇らしかぬ唸り声を上げて、クシュウをその凶悪な眼で睨みつけた。周りには鶏肉と思われる肉片が散乱している。どうやら餌を与えられている途中だったらしい。

 

 クシュウはバジリスクの攻撃に備えて、先日怪人が落としていった銀色の斧を構える。

 途端バジリスクの眼が光った。一瞬バジリスクの眼前の風景が、赤く染まったかのようにその光に照らされた。

 この光こそ魔眼の力である。その光を見た者は、一瞬の内に全身が麻痺し、石のように身体が硬直する。ある意味催眠術に近い技だ。

 

 だがバジリスクの特性をあらかじめ知っていたクシュウは、事前に目を閉じ、さらに斧の刃で顔を覆い、光が眼球に届くのを防ぐ。

 静電気が走るような痛みが全身を駆け巡る。だがクシュウの身体は硬直にまでは至らなかった。

 

(よし! 防いだ)

 

 クシュウは斧を構え直した。

 

「ギシャアアアアアアアア!」

 

 技を破られたと知るや、バジリスクは鋭い牙を向けて、猛牛のようにクシュウに突進してきた。クシュウはそれを右に横転して、紙一重で避ける。

 何もない空間を噛みつけたバジリスクは、即座にクシュウが避けた右側に首を曲げる。だがその時既にクシュウの一撃が眼前に迫っていた。

 

「だりゃあ!」

 

 クシュウはバジリスクの眉間目掛けて、大きく斧を振り下ろした。

 

 この一撃で勝負は決まった。

 バジリスクの鱗は、銃弾や魔法をたやすく跳ね返すほど頑丈だ。だがクシュウの斧は、その鱗を頭蓋ごと、スイカを割るようにサックリと叩き割ったのだ。

 バジリスクは悲鳴一つあげることなく絶命した。多くの伝承や物語で語られるおぞましさとはかけ離れた、実にあっさりとした最後だった。

 

 クシュウは斧を引き抜き、血と脳汁がたっぷり付着した刃を、不思議そうな顔で眺めた。

 

(何で出来てんだよ、これ?)

 

 この斧は魔道具ではないようで、魔力を増幅させる効果は無かった。だが魔法の力を纏わなくとも、この斧の切れ味は信じられないものであった。

 金属製には間違いないが、鉄製とはどうも違う。どういう製法をとればこんな業物が造れるのか、クシュウがそんなことを考え込んでいる最中、刑務所の建物から何やら話し声が聞こえてきた。

 

(しまった! まだいたのか!?)

 

 クシュウは即座に刑務所の扉を蹴り壊し、内部に潜入した。

 刑務所に入ってすぐの部屋、恐らく受け付けを行うためのものと思われるそこには、一人のウェイランド兵が鏡に向かって何かを喋っていた。

 

 クシュウの侵入に気付き、背後に振り向いた瞬間、鏡面がチラリと見えた。

 そこにはこのウェイランド兵とは明らかに違った人物が映っていた。しかもその鏡から「どうした!? 何があった!?」と声が聞こえてくる。どうやら千里鏡で遠方の人物と連絡をとっていたようだ。

 

 ウェイランド兵は怯えながら何とか剣を引き抜こうとするが、その前にクシュウは間合いに入る。そしてウェイランド兵を千里鏡ごと一刀両断した。

 肉が裂かれる音と、パキンと硬いものが割れる音が刑務所内に同時に鳴る。

 

 クシュウはまだ止まらなかった。部屋の中にはもう一人分、人の気配がしたからだ。

 クシュウは即効でその気配の主に接近し、部屋の机の下に隠れたそれを無理矢理引っ張り出した。

 

「ひいいいいいい! やめてくれえ!」

 

 それはエルダー兵の制服を着た老看守だった。魔物にでも襲われたかのように、クシュウに助命を求めている。

 どうやらこの刑務所の以前からの勤務者らしいと判断したクシュウは、老看守に少し落ち着いた声で話しかけた。

 

「アンナはどこだ? ここに連れてこられたんだろう?」

「あ、ああいる」

「だったら案内してくれ」

 

 クシュウなりに優しい口調で話しかけたつもりだが、先程の戦闘で全身に血を被ったクシュウの姿に、老看守は今にも心臓が止まりそうな様子であった。

 怯えて何も喋らない老看守に、クシュウがグッと顔を近づけると、老看守は慌ててブンブンと首を縦に振る。クシュウは老看守を強引に立ち上がらせると、引っ張るようにして監獄への道に同行させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だと! それはどういうことだ!」

 

 フューラーで事が起きるのとほぼ同じ時間、エルダー王宮にブレインの怒号がスピーチのように響き渡った。執務室の中、それを聞いたウェイランド兵が僅かに怯えながら返答する。

 

「どういう事といわれましても……、お伝えした通りです。奉迎隊・開拓隊はあの遺跡の前で壊滅していたんです。まだ正確に解析できていませんが、状況から見てほぼ全滅かと……」

「馬鹿な……。犯人はまだ判っていないのか? そうだ! 陛下はどうされた! 遺跡から出てこられた様子は!」

「はっ、はい。それがまだ判りません。いま探索の兵が中を調べている所でして……」

 

 ウェイランド兵はブレインの剣幕におどおどしながら答える。その時、別のウェイランド兵が執務室の中に飛び込んできた。

 

「大変です! 先程千里鏡からの報告で、ケルティック近隣の刑務所フューラーが何者かに襲撃されたようです!」

 

 今まさに怒声を上げようとしていた最中のブレインは、この報告に鬼のような目でギロリとそのウェイランド兵を睨みつけた。

 数時間前のお気楽ぶりとはかけ離れたブレインの剣幕に、先程の兵と同様に彼もまた恐怖で立ちすくむ。

 

「襲撃……? ほう、誰がだね?」

「そっ、それが判りません。報告の最中に後ろから攻撃されたようで、その後通信が途絶えました」

 

 ブレインは「そうか……」と静かに呟いた。一瞬落ち着いたかと思うと、いきなり火山が噴火しかたのような豪勢な声で、眼前の二人の兵に命じた。

 

「ケルティックに在中している全ての兵に伝えろ! いまからフューラーに向けて進軍する! フューラーはこの町のすぐ近く、多少足並みが乱れても構わん! ありったけの兵を早急に向かわせろ! 襲撃者を絶対に逃がすな!」

 

 二人は逃げるようにして、命令のために執務室を出た。その後にブレインはすぐ傍に置いてあった武具を取り、出発の準備を始める。この様子に今まで部屋に一緒にいたマックが惚けたようにブレインが問いただした。

 

「話が見えないのですが……、なぜフューラーに?」

「あの女だ。あいつはあの遺跡の近辺の町で捕まったんだ。きっとあの小娘が何かしたに違いない。とっ捕まえて全部吐かせてやる!」

 

 マックは「そうでしょうか?」と言いそうになった。だが腹の底が煮えたぎるような怒りに震えるブレインに対し、変に刺激を与えない方がいい思い、口をつぐむ。

 

「お前もさっさと準備をせんか! 敵に逃げられるぞ!」

 

 こっちに怒りの矛先を向けられてはたまらないと考え、マックはやる気無さそうに答え、さっさと部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 フューラーの監獄内。過去の情勢が元で、そこには実に多くの牢部屋があったが、現在そのほとんどが使われていない。そのせいで各々の部屋の手入れは全くされておらず、錠前が錆び付いていてちゃんと開け閉めが出来なかったり、壁の一部が脆くなって崩れてしまっていたりと使えない部屋が沢山あった。

 だが一部のある区域の牢は、何年放置されても全く老朽化が見られず、見た目は新築同然(ちゃんと掃除をしていれば)の部屋が並ぶ場所があった。

 

 魔法による特殊な建築法で造られたその場所は、かつての上級収容施設、すなわち政治的に重要な人物を閉じ込めておく場所であった。

現在では受刑者は大概この部屋に放り込まれる。 何故ならこの刑務所の牢の中で一番保存状態が良いからだ。

 だがこの日、過去の受刑と同じぐらい重要な人物が珍しくこの場所の一室に収容された。アンナ王女である。

 

「ふぁあああああ〜〜あ」

 

 白い壁と鉄の骨組みで囲まれた部屋の中で、今まで猫のように地べたに横向けに寝ていたが、唐突に起き上がって、気の抜けた声を上げて欠伸をした。

 

(あれ? 私どうしたんでしたっけ?)

 

 寝ぼけが元で記憶がはっきりせず、何かを思い出そうと頭を動かし始める。何故だか病院で目覚めたクシュウと全く同じリアクションだ。

 だがクシュウの時と違って、全てを思い出す前に事は起こった。左右対面して並んでいる牢室の真ん中の廊下、その先の別通路の入り口へと続く扉が、突然強引に開け放たれた。いや叩き破られた。

 

「クシュウさん!?」

 

 そこにいたのは見間違いなくクシュウだった。

 

「アンナ!」

 

 クシュウは即効でアンナのいる檻の前に駆けつけた。

 

「どうしてここに!? ていうかここはどこでしたっけ? ああっ、そうだ! 私捕まってこの刑務所に送られたんでした!」

「ああ、そうだ。それで俺が助けに来たんだ! 説明が省けて助かる」

 

 クシュウは鉄格子の扉に手をかけ、思い切り力を込めて開けようとする。だが当然の如く扉は開かない。

 

「駄目です! ここは魔法による封印が施されていて、簡単には壊せません! 同じ魔力を宿した鍵を探さないと!」

 

 アンナが鉄格子に掴んで、「鍵を探して! 多分執務室にある!」と言ってきた。だが……

 

「鍵ならある。ちょっとそこどいてろ」

 

 クシュウの言葉に,アンナは戸惑いながらもサッと鉄格子から離れた。するとクシュウは両手に斧を構えて,檻の錠に向けて振り下ろした。

 その一撃で結界強化が施された錠と鉄格子の一部が、実にあっさりと、その銀色の斧に粉砕されてしまった。

 支えが無くなった扉は、玩具のようにたやすく開かれる。アンナは少し驚きながらも、迷わず檻から出てきた。

 

「すごいですねそれ……。あの怪人が持ってた得物ですよね?」

「ああそうだ。とにかく早く出るぞ! さっき俺のことを報告した兵がいたんだ。すぐ増援が来るかもしれない」

 

 するとアンナは何やら嬉しそうな顔で、スッとクシュウに向けて右手を差し出した。これにクシュウは訝しい顔をする。

 

「どうした? 足が悪いのか?」

 

 その言葉に、急にアンナは恥ずかしそうな顔で、手を引っ込めた。この奇怪な態度にクシュウは当然ながら首を横に曲げた。

 

「いえ、そうじゃないんです! そっ、そうですよね! やっばり自分で走ったほうがいいですよね! はははははっ!」

「はあ……?」

「だってほら……、何かこう……すごくいい雰囲気じゃないですか! 囚われのお姫様がこうして、かっ……カッコいい騎士様に助けに来てもらえるなんて。多分滅多に体験できないと……何となく思いますし……、それで……ええと」

 

 あたふたしながら喋り倒すアンナの姿に、クシュウは呆れて深い溜息をついた。

 ちなみに今のクシュウの姿は、質素な布の服を着ており、背中には細長い青のウエストバッグを背負い、右手には斧を持っている。随分簡素な身なりである。そして何よりも目立つのは、先程の戦闘の返り血により、今のクシュウは全身が真っ赤に染まっていたことだ。

 その地獄の鬼のような姿は、物語に登場する騎士のイメージとは大分違っていた。だが今までの経験で、血や人が死ぬ場面を何度も見てしまったアンナは、その程度の残忍な様は、ほとんど気にならなくなっていた。

 普通なら一生のトラウマを持ってしまっても不思議は無いのだが、やはりこの王女は見かけによらず神経がかなり太いのかもしれない。

 

(いやそれ以前に……)

 

 彼女を守る立場になれる程の実力者を探すのが困難じゃないか?と思ったがとりあえず黙っておく。

 

「しかし今は、私と一緒にいる方が危険なのかもしれません。どうやらあの怪物は私に狙いを定めているようですので……。このままだとアンナ様を無用な危機に晒す可能性があります」

「え!? 危険って……、じゃあその斧は?」

「ただの落し物ですよ。多分あいつはまだ死んでません。いつまでも私と一緒にいたらアンナ様も死ぬかもしれませんね。ここから出たら、遅かれ早かれ分断するべきでしょう。どのみちいつまでもあなたの騎士にはなれません」

 

 本物のお姫様の好意に、特に感傷無く答えるクシュウに、アンナは少し不満げだ。ちなみに分断した後の、アンナの身の安全は特に心配していない。

 

「とにかく今はこの刑務所から出て、ウェイランドの陣地から離れることを優先しましょう! こんな所でいつまでも無駄話はできません!」

 

 クシュウはいきなり声を高くして、呆然とするアンナの手を引っ張って駆け出した。アンナもすぐに我に返り、クシュウと共に刑務所の出口へ自ら駆けて行った。

 

(しかし俺も随分図太くなった気がするな。最初この国に来たときには、流れ星と鳴き声だけで逃げ出したのに・・・・。今は人殺しも平気になってるよ。これは誇ってもいいんだろうか?)

 

 

 

 

 

 

 刑務所のすぐ外には凄まじい光景が広がっていた。

 

 元々クシュウが六人のウェイランド兵を血祭りに上げた時点で、この刑務所と高塀の合間の空間は殺伐とした光景と化していたのだが、現在はその面積と密度が格段と上がっていた。

 そこらにはクシュウが殺した数を遥かに上回る、何十人というウェイランド兵の、真っ赤に染まった死体が転がっていた。

 そしてその死体が転がる風景の真ん中に、何とあの怪人が多勢のウェイランド兵と交戦していた。

 

「あいつ……、ついにここまで来たのかよ……」

 

 こういう事態にすっかり慣れてしまったらしい。クシュウは特に驚く様子も無く、大きく息を吐いた。

 戦況は怪人一人に対し、おおよそ三十人のウェイランド兵が圧倒的に押されていた。

 十人のウェイランド兵が配列を組み、一斉にかつ連続して、氷の魔力を纏った槍を怪人に向けて次々突き出してきた。

 だが怪人はそれを曲芸師のように身軽な動きで、容易く交わしていく。そして一瞬の隙を突いて、槍と槍の間に入り込み、ウェイランド兵達の間近に接近した。

 ウェイランド兵は慌てて、距離を取ろうとするが全ては遅く、怪人の右手の鉤爪でズタズタに切り裂かれていった。

 

 槍兵達を全員葬った矢先、怪人の背後から二人の馬に乗ったウェイランド兵が、不意を狙って突進してきた。

 馬上から槍で串刺しにしようとするが、これも難なくかわされ、すれ違いざまに怪人は一騎の馬の足を蹴りつけ落馬させた。馬の足は見事に叩き折られ、この馬はもう二度と草原を駆けることは叶わないだろう。

 落とされて横向きに倒された騎兵は、直ちに起き上がろうとして首を真上に向けた。その瞬間、あの怪人の足の裏が視界いっぱいに映し出された。直後にグチャ!と嫌な音を立てて、騎兵の頭は卵のように怪人の足に踏み砕かれる。

 

 残った一人の騎兵が、その隙に怪人に魔法を放とうとしたが、発射直後に喉元に何かが突き刺さり、あっさりと絶命した。

 怪人は一人を踏み殺したと同時に、騎兵の持っていた槍を拾い上げ、一分の隙も無くもう一人に投げつけたのだ。

 

 残りの十数人のウェイランド兵はすっかり腰を抜かし、一目散に門の向こうに逃げ去っていった。

 何人かが外に出た後「バジリスクを放て!」という声が聞こえてきた。どうやら外にまだ待機している兵がいるらしい。しかもバジリスクとは……。

 

 怪人が彼らを追おうと一歩踏み込んだ途端、何かの気配を感じ取り、門の上の空を急に見上げる。

 その空から飛行する何かが、こちらに向かってきているのが見えた。それの正体は直ぐに判った。それは二騎のウェイランドの竜騎兵だった。

 

 あの銀色の銃は、前のクシュウとの戦闘で破壊されており、現在彼の肩には何もない。この状態で、空の敵をどうやって対処するのか?

 

 怪人は即座に腰から何かを引き抜いた。怪人の両手には奇妙なグリップが握り締められていた。

 怪人はそれを二回ほど振ると、グリップから収納されていたらしい刃が、硬い金属音と共に飛び出た。

 

 それは世に武器と呼ばれる物品の中では、いったい何に分類すればいいのか、かなり迷う形をしていた。少なくとも剣や槍ではないだろう。

 それはグリップの周りに、銀色に輝く六本の片刃式の剣が、螺旋を描くようにして取り付けられていた奇妙な物だった。その形状は武器というより風車の羽根車のように見える。

 

 怪人はそれを持ったまま両腕を交差させ、前方の上空からどんどんこちらに向かってくる竜騎兵に向けて力いっぱい投げつけた。

 するとどうだろう。その風車のような武器は、見た目どおり風車のように高速で回転して、真っ直ぐに竜騎兵に向かって飛んでいったのだ。

 あれは何かの魔法の効果なのか、それとも原理的にああいう飛び方が出来るものなのかどうか、傍観しているクシュウとアンナには全く判らなかった。

 

 二つの回る刃は、今まさに怪人に向けてアイスブレスを当てようとした騎兵達に見事命中した。

 空中に二人の首が、ほぼ同時に高々と舞い上がる。騎兵を殺されたアイスワイバーン達は、命令を見失い、何処へともなく飛び去っていった。

 

 目標を倒した二つの刃は、不規則な動きで空中を旋回し、怪人の方へと戻っていく。

 怪人はそれを、ボール遊びでボールをキャッチするかのような実に自然な動きで、回転する刃のグリップを掴み受け止める。

 これを見たクシュウは「(やはり魔法の力か)」と納得した。

 普通の武器があんなおかしな動きをし、尚且つ使い手を一切傷付けずに、使い手の掌にピッタリと受け止められるなど、常識的にまずありえない。ありえるとしたらやはり魔法の力であろう。

 最もあの風車刃からも、銀の銃と同様に魔力の波動が何一つ感じられなかったが、まあそういう武器も世の中にはあるのだろう。

 

 そう考えている矢先に、新手はすぐにやってきた。

 騎兵を倒した怪人が、早速門に顔を向けると、そこには三頭の巨大な蛇・バジリスクが怪人を睨みつけていた。

 

 先程クシュウが倒したバジリスクとは体格がひと回り小さかった。だがそれでもあれだけの大きさの魔物が、三匹揃って敵意を向けている様は、先程のバジリスクを遥かに上回る威圧感がある。

 だが怪人はそれに一切動じることなく、両腕の風車刃を構える。

 

「アンナ! 眼を閉じろ!」

 

 言うが速くクシュウは眼を瞑り、傍にいるアンナの両目を右掌で塞いだ。

 その直後。バジリスクの攻撃的な鳴き声が放たれたと同時に、一帯の空間がほんの一時的に真っ赤に変色した。

 

 バジリスクが三匹同時に魔眼を放ったのだ。これだけの光をまともに見てしまえば、身体を固められない者など常識的に考えてまずありえない。それどころ硬直が強すぎてショック死することもありえる。

 

 しかしそのありえないことが、今まさにこの場で起こった。何とあの光を真っ向から見たにも関わらず、怪人は平然としていたのだ。

 

 あれだけの強い光、例え目を閉じていても相当の影響を受ける。実際にクシュウとアンナは眼を塞いでいたにも関わらず、身体が少し麻痺していた。

 だがこの怪人は、その光に対し、何らかの影響を受けた様子は微塵も感じられなかった。

 

「……?」

 

 何らかの防護策をとったようにも見えない。怪人自身は相手が何をしてきたのか判らず、困惑している様子だった。

 あの銀色の仮面に何らかの特性があるのだろうか?

 

(あの洞窟の時もそうだったけど、もしかしてこいつの視覚は俺たちとは全然違うのか?)

 

 クシュウはふと、何の確証もなくそう考えた。

 

 己の最大の技がひとかけらも通じないことにバジリスクが動揺している隙に、怪人はバジリスクに向けて風車刃を、先程の竜騎兵達の時と同じ動作で投げつける。

 猛烈な速度で飛んでくる刃に、二匹のバジリスクの太い首が丸太のように切り落とされる。だがすぐに残りの一匹が、強い怒りを表し、怪人に突っ込んでいた。

 

 怪人はその突撃をジャンプして回避する。もう見慣れてきたものではあるが、あの巨躯であの身軽さはつくづく恐れ入る。だがこの時はただかわしただけではなかった。

 

 先程投げられ旋回して戻ってくる二本の風車刃を、怪人は空中でキャッチして見せたのだ。

 サーカスの曲芸のように、怪人はクルクルと空中で回転し、見事血ですっかり濡れてしまった地面に着地して見せた。

 

 攻撃を避けられたバジリスクは、眼前にいるクシュウとアンナの姿を一切無視して、直ちに真後ろに頭を向けた。

 そこには両手に風車刃を掴んだ怪人が、両腕を上向きに大きく開き、剣舞を舞うような構えでバジリスクと対峙していた。

 

 バジリスクは迷わず怪人に向かって再突撃した。怪人はそれを、身体を大きく回転させて避けて、すれ違いざま右手に持った風車刃で、バジリスクの喉を右側から直接斬りつけた。

 

 大量の血がシャワーのように喉元から噴出し、バジリスクはそこでバタリと倒れた。

 血を流しながらヒクヒクと痙攣するバジリスクの喉を、怪人は容赦なく踏みつける。血がさらに噴出し、怪人が更に足に力を込めると、ベキベキと木材を割るような音が聞こえてきてバジリスクは完全に息絶えた。

 

 バジリスクに止めを刺した怪人は、ようやくと言いたげな雰囲気で、後方の刑務所入口に立っているクシュウに向かって振り返った。

 

「ああっ! こっち向いた!」

 

 強い恐怖を感じたアンナは、そそくさとクシュウの背後に隠れる。

 だがクシュウは何かを諦めたような表情をして、アンナを横に引き離した。予想外な行動に意表をつかれたアンナは、不思議そうな顔でクシュウを見上げる。

 

「離れてろ……。何もしなければ、多分あいつはアンナを襲ったりしない……」

「……え? でも……」

「いいから離れる! 正直言って邪魔だ!」

 

 クシュウは王族への経緯を全て捨てて、乱暴に言い放つ。

 心配そうな顔をしながらアンナは、言われたとおりにゆっくりとクシュウから離れていった。クシュウは斧を棒切れのようにブンブン振り回し、ズカズカと怪人に近づいていった。

 

 そして昨日の夜に、自分が刺した怪人の腹を見詰める。怪人の腹には多少の痕はあったものの、傷口自体は完全に塞がっていた。

 あれほどの傷、人間ならば例え魔法治療を行っても、かなりの日数がかかるはずである。この怪人は相当治癒能力が高いのか? それともこの世界にはない特殊な治療でも行ったのだろうか?

 まあ大した問題じゃないと、クシュウは怪人の顔に視線を戻す。

 

「何となく判ってきたよ……。ようするにお前は戦いがしたいだけなんだな? そんなに俺を仕留めたいんなら、いいだろう。受けて立つぜ……」

 

 そう言うとクシュウは素早く斧を構えなおした。肉体の僅かな麻痺感はとうに気合で跳ね除けて見せた。

 何やら外から大勢の人間の足音が、この刑務所を囲うように聞こえてきたが、この場の誰もそんな些細なことは気にしなかった。

 

「来い! 化け物!」

 


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