アックス・プレデター   作:竜鬚虎

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第九話 大蛇

 ケルティックの中央に存在する、この国の政治の中心部、エルダー王宮。

 

 夜が明けて、光輝く太陽に照らされたばかりの時刻に、現在はウェイランドの統制本部なっている、この大きな建造物のかつて王室だった場所で、二人のウェイランドの将軍が居座っていた。

 

 将軍の一人・ブレインは随分興奮しきった様子で、狂人のようにその辺を行ったりきたりと歩き回っている。

 傍らにいるもう一人の将軍が、その様子を見て大分呆れ顔になっていた。

 

「もう少し落ち着かれたらどうですか? ブレイン将軍」

「なにを言うかマック! もうすぐここに陛下が来られるのだぞ! 落ち着いていては、それこそ不敬というものだ!」

 

 特に嫌味を言われた訳でもないのに、ブレインは子供のように喚き立てる。

 これにマックが「やれやれ」と口にして深い溜息をついた。だがその直後に、いきなり真顔になってブレインに話しかけた。

 

「しかし……何やら様子がおかしくありませんか?」

「何がだ?」

「予定では昨日の夕方頃には、陛下の御一団は、すでにあの遺跡を抜けられたはず。王都への到着が多少遅れているのはいいとしても、少なくとももう領内に入られたのは確かなはず。それに関する伝達が全く来ないのはどうも……」

 

 ブレインが訝しげな顔でマックを睨みつけた。

 

「貴様は何が言いたいんだ?」

「あの遺跡で陛下の身に何か起きたのではないかと……」

 

 この言葉に先程の緊張振りはどこへやら、ブレインは腹を抱えて笑い出した。

 

「おいおいマック。陛下に屈強の精兵が何百とついているのだぞ。何か問題が起こるはずもなかろう」

「そうは言い切れませんよ。そもそもあの遺跡自体、未だ謎の多い場所なのですから」

 

 ブレインは鼻を鳴らした。

 

「仮にそうだとしたら、それはそれで奉迎隊・開拓隊からの連絡が来るはずであろう。あまり不吉なことを言うもんじゃない!」

 

 先程の緊張振りは大分解けたようで、ブレインは部屋の奥にある豪華な仕立てが施された机に向かい、そこの椅子に腰掛けた。そして机上にある書物を拾い上げ、何やら鼻歌を吹いて、やる気無そうに眺めている。

 この様子にマックは更に深い溜息をついた。コロコロと態度が変わる人だ……。

 そう思いながら、マックは今回の侵攻に利用したあの遺跡のこと思い出していた。

 

 ウェイランドとエルダーの国境を跨るあの巨大な山脈。その山の一つの麓に、ある古い遺跡が存在している。

 遺跡といっても、それは一般にイメージされるような古城や寺院等ではなかった。それはとてつもなく長く、そして恐ろしく巨大な入り口を持つ、人口の洞穴だったのだ。

 最も中には何もなく、入って100メートル程で行き止まりになっていた。

 

 だがほんの半月ほど前に、その行き止まりが無くなっていた。道を塞いでいたあの巨大な石の壁が、まるで最初から無かったかのように消えていたのだ。

 調査隊がその道を進んでいくと、洞穴の長さはとんでもない距離だった。それは山脈を貫通して、山の向こうの国、エルダー王国領にまで届いていたのだ。

 

 元々あった洞穴に壁石を詰める、といった補強を施して作り出したのか? それとも最初から人の手で掘られた洞穴なのかは未だに不明である。

 後者だとしたら、一体どれほど大掛かりな土木工事を行ったのか見当もつかない。

 あの巨大な山の地下を突き抜けて、山の反対側延ばすには、どれほどの時間と労力を必要したのだろうか?

 ウェイランドの地竜を総動員させても、あれだけの穴を開けるのに何十年かかるか判らない。

 

 一体いつ、誰が、何の目的で、どのような方法であの洞穴を造ったのか? 洞穴の入り口付近の壁に、一応の答えが書き記されていた。

 かなり古い時代の文字が、片側の壁に奇妙な生き物の絵とともに刻まれていた。翻訳すると内容はこうだった。

 

『大昔、戦乱に荒れ狂っていたこの大地に、異世界から獰猛な狩人達がやってきた。戦闘欲の強いその狩人たちは、次々とこの世界の強者達を殺していった。やがて狩人たちは、この世界の人々の命を生贄にして、更に凶暴な怪物を自らの手で生み出した。そして狩人達はその怪物達を最強の獲物として、この洞穴の中に放った。狩人達はその危険地帯と化した洞穴に自ら入り、中にいる怪物たちと死闘を繰り広げながら、洞穴の中を突き進んでいった。襲い来る怪物達を全て倒し、洞穴の奥の最終地点、山向こうの出口に辿り着いた時、狩人達は空に向けて勝利の雄叫びを上げた』

 とまあ要約すればこんな感じである。

 

 “異世界”とは随分壮大な話である。常識的にはそんなものは御伽噺の世界の話だ。だがあの遺跡が尋常でないものは確かで、研究者達がこれを王室に報告した。

 

 すると女王陛下はとんでもないことを言い出した。「その遺跡を使ってエルダーへ進軍する計画を立てる。これは天がこの国に与えた大いなる好機である」とのお達しだ。

 前人未到の遺跡の発見に、最初に考え付くのは軍事利用とは……。無礼な考えだろうが、これは呆れるより他に無い。

 大昔の謎多き文明の探索を最優先しようとは考えないのだろうか? まあ所詮あの女王も権力の亡者に過ぎないから仕方が無いのだろうが……。

 

 結局女王の命令通り、ウェイランド軍はあの遺跡洞穴を通って、エルダー領に難なく侵入して見せた。そしてウェイランド空軍の主力である氷竜騎兵団を使って各都市を襲撃し、不意をつかれて混乱している最中に侵攻を実行し、見事エルダー制圧に成功した。

 ちなみにその進軍の際、遺跡の中から色々な遺物が発見された。それらは発見後すぐにウェイランドの魔法学部に送られ、現在研究が進められているはずだ。

 

 なお洞窟内の壁が消えた原因は、未だに謎である。

 

 そして今日、ウェイランド本国から女王陛下自らこの国に来訪し、視察を行う予定なのである。

 その迎賓のために、エルダー全土にいる地竜達を掻き集め大規模な工事を行った。女王陛下御一行が苦なく通るための専用の長い林道を、二日前から大急ぎで造っていたのだ。

 だがその開拓隊及び、同行した奉迎隊からの連絡が昨日から全く来ない。

 

 彼らは千里鏡を持っているから交信はすぐに出来るはずだ。これはどういうことか? もしかしたら彼らの身にも何かあったのだろうか?

 そうやって思考を深めていた所、突如王室のドアがバタン!と豪快に開けられ、一人の兵が大声を上げて飛び込んできた。

 

「ブレイン様! マック様! ご報告です!」

 

 これに今まで部屋の飾り付けをいじって遊んでいたブレインが、歓喜の表情を浮かべて立ち上がった。

 

「おお! 遂に陛下がご到着したか!」

「いっ、いえ違います! つい先程北方の町ガニソンに、エルダー王国第一王女アンナ・エルダーが捕らえられたとの報告がありました!」

 

 ブレインは一気に落胆して、気のない返事を立てる。

 

「王女? ああ、そんなのもいたな。そうだなあ……、とりあえず適当な牢屋にぶち込んでおけ」

 

 ブレインは報告に特に関心を示さずに、再び椅子に腰掛ける。だがマックは怪訝な顔をして、頭を下げて部屋から出て行こうとする兵士を呼び止めた。

 

「さっきガニソンと言いましたね? 何故ウェイランドの国境に近い町に彼女が?」

「さ、さあ……。何でも駐屯していた兵士に捕らえられる前は、何やら町の者達に助けを求めていたようです」

 

 マックは更に眉を曲げた。

 

「助け? 何に対する助けです?」

「それも判りません。捕まった後は、一言も口を利いていないそうで……」

 

 途端ブレインが割って入ってきた。

 

「大方我らが怖くて自暴自棄になっていたのだろう。そんな奴大して気に留めるほどでもない。報告が終わったのなら、さっさとこの部屋から出て行け。目障りだ」

 

 それを聞いた兵士は慌てて礼を取り、急ぎ足で部屋を出て行った。

 これを見たマックは、上官のいい加減な仕事ぶりに、本日三度目の溜息をついた。

 

(エルダー軍の腑抜けぶりも大したものだったが、我が国も負けず劣らずだな……)

 

 

 

 

 

 

 

 ケルティックの町の西側のすぐ近くの森の中、そこには黒い塗装が施された石造りの要塞のような堅固な建物が聳え立っていた。

 箱のような形の巨大な建物の回りを、頑健な高い塀が四角く囲んでおり、ケルティックに負けないレベルの城門が据え付けられている。

 

 その城門前の左右横には、ジャイアントダックに跨った二人の戦士の銅像があった。それらは右側の物は剣を、左側の物は槍を持って、勇ましく(カルガモに乗った戦士に威厳を感じるかは人によるだろうが)天に掲げ建てられていた。

 

 この建物の名前は“フューラー”。この国の中央地区の刑務所である。

 かつては戦争の捕虜や、反乱者・重大な汚職官僚等を主に収監していたこの国にとって、非常に重要な場所であった。

 

 だが百年近く戦乱がなく、経済豊かで際立った汚職事件などもない現在では、収監者はほとんどおらず、一人の老看守と二人の軽度の窃盗犯(要するにこそ泥)がいるだけの寂しい場所であった。

 だがこの日物珍しいものがこの刑務所にやって来た。

 

 

「なっ、なんじゃあ!?」

 

 この刑務所を管理する唯一の看守は、門前で設置数百年経つ歴史ある番人の石像に向けて立小便をしていた。

 だが後ろから遠く聞こえてきた何かを引き摺るような奇妙な音に驚き、ズボンを下ろさぬまま慌てて後方に振り返った。

 

「だだっ、大蛇!?」

 

 振り返った先、門前の林道からとんでもない者がこちらに近づいてきた。

 先頭にいるのは六騎の馬に乗ったウェイランド兵。ここまでは良かった。そういえばこの国はウェイランドに占領されたんだったな、と祖国を蹂躙された事実を特に感慨なく老看守は思い出した。

 

 だがその六人の騎兵に後ろからついてきている者はとてつもなかった。

 

 それは一匹の蛇だった。もちろんただの蛇ではない。体長は二十メートル近くあり、その太い胴体から、体重は大体五トンはあると考えられる。その竜にも負けない巨体には、灰色の硬い鱗でびっしりと覆われていた。

 頭から尻尾の先までには、釘のような細く鋭い背びれが、後ろ向きになって一直線に綺麗に並んで生えている。その背びれの各々長さは、最前部の頭部に生えているものが一番長く、最後部の尾の部分に生えているものが一番短かった。

 

 顔にある凶悪な眼の色は赤く、二本の毒牙が生えた口が、拘束具等は一切取り付けられず、剥き出しになっていた。

 

 老看守はそのおぞましい怪物の姿に怯え、腰が抜けてしゃがみ込む。

 怪物は別段暴れる様子はなく、おとなしく騎兵達に付き従っていた。やがて彼らは老看守のすぐ目の前までやって来た。

 

「お前はここの看守だな?」

「はっ、はい!」

 

 老看守は恐怖に震えながらも、何とか力を振り絞って答える。

 すると一人のウェイランド兵が後ろにある何かを掴み上げて馬を下りた。よく見るとそれは人だった。このウェイランド兵は後ろに小さな少女を乗せていたのだ。

 

「新しい収監者だ。牢に入れておけ」

 

 ウェイランド兵は両手足に枷を付けられた小柄な少女を、物を投げるかのように、老看守の前に突き出した。

 

「ええっ!? こんな子供が何をしたというのですか!?」

「そいつはアンナ王女だ。お前も国に仕えていた者ならすぐ気付け」

 

 唖然とする老看守に向けて、もう一人のウェイランド兵が、後ろにいる怪物を指差して話しかけてきた。

 

「それと今日から我々も、ここにいるバジリスクと共に、ここの警護に就くこととなった。これから先ここにぶち込められる者が増えるだろうからな」

 

 青くなる老看守の前では、手枷足枷を付けられたアンナが先程から全くの無表情で立っていた。

 眼前にある門を見て、一言何かを呟いたように見えたが、誰もそれに気付くことなく、アンナは刑務所の中へと通されていった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁあああ〜〜」

 

 昨夜まで異形と死闘を繰り広げていたとは思えない、気の抜けた声を上げて、クシュウは目覚めた。そして寝ぼけた眼で、頭を掻き揚げながら周りの様子を眺める。

 

(病院?)

 

 それがクシュウの第一印象だった。正確には病院ではなく診療所である。

 それほど広くない木造の部屋に、カーテン付きの白いベッドが二列六つずつ、合計十二個並んで置かれている。クシュウはその列の片方の一番右側に寝かされていた。

 

 患者は自分以外にも随分たくさんいた。

 体中を包帯でくるんでいる男性患者が全部で十人、ベッドの上で様々表情で、天井を眺めて寝そべっている。

 

 あの包帯は恐らく火傷によるものであろう。火事にでも巻き込まれたのだろうか? 全員かなりの重症だ。まるで野戦病院のような光景である。

 

 起き上がって自分の身体を眺めてみると、腹や顔などに一応の手当てが為されていた。

 

「こんにちは」

 

 とりあえずクシュウは隣の男に挨拶をしたが、意識が無いかのように男は何も答えない。仕方がないので再びベッドに寝転び、色々と思案する。

 

(う〜〜ん。どうしたんだっけ、俺?)

 

 一瞬記憶喪失?と不安に思ったが、そんなこともなく、直ぐに昨日の出来事が頭の中に蘇ってきた。

 

(あっ、そうだ! 確か俺、あの怪物と戦って……)

 

 怪人の攻撃で痛手を受け気絶したのだ。そこまで思い出してクシュウは跳ねるように起き上がった。今まで黙っていた隣の男がそれに僅かに驚き、クシュウに振り向く。

 そんなことは気にせず、直ちに病院を飛び出しそうになるが、病室のドアに手をかけた辺りで、頭が冷えてきてピタリと動きを止めた。

 

(一体何を急いでいるんだ、俺は?)

 

 心配すべき相手はアンナであるが、どうもあの怪人の狙いは自分の方で、アンナではないらしいことはクシュウには大体判ってきた。

 そもそもあの怪人は、あの時に自分が深手を負わせたのだ。今自分が無事であるということは、あの怪人はまだ再襲撃できる状態ではないということである。

 いやもしかしたらその怪我が元で既に死んでいるのかもしれない。

 

 状況を見る限り、どうやら自分は森で倒れた後、町の医療施設に運び込まれたらしい。アンナを探すのはここのことを片付けてからでいいだろう。

 夜間は町の明かりや音が、森の中からも確認できるほどであったので、あのまま森で迷子になっているということは恐らくないはずだ。

 

 そこまで考えたクシュウは大分落ち着いて、あまり音を立てないようにゆっくりとドアノブを回して隣の部屋に入っていった。

 

 隣の部屋、診察室と思われる場所には、白衣を着た三十代ぐらいの赤髪の男性が一人いるだけだった。

 ここの主治医と考えられるその男性は、机の上でクロスワードパズルに懸命になっていたが、ドアを開けたクシュウに気がつき、一旦それを中止し、親しげな口調で話しかけてきた。

 

「おお、眼が覚めたか。おはような」

「ええ、どうもありがとうございました」

 

 とりあえずタメではなく丁寧語でクシュウは挨拶する。早速状況を知るためにその医者に質問した。

 

「ここはガニソンの病院ですよね?」

「ああそうだ。そんで私がここの唯一の医者のクレメンズだ。初めましてだな」

 

 クレメンズは部屋の片隅にいくつか置いてある小ぶりな椅子を持ってきて、クシュウの前に置いた。クシュウは一礼して、なるべく礼儀正しくそこに座る。

 

「それで……、私はどういう風にしてここに?」

「森で倒れていたのを町の者達がここに運んだんだよ。小さい女の子が一人、町の中を走り回って君を助けるよう言ってきてな」

 

 クシュウは「そうでしたか」と満足げに頷いた。どうやらアンナは、あの後自分を探し出して、町に急患を求めたらしい。

 

「一体あそこの森で何があったんだね。何だか相当な戦闘の跡があったようだが?」

「ええ……その、森で魔物に襲われまして」

 

 訝しげに聞くクレメンズに、クシュウは少し苦々しく答える。嘘ではないが、詳しく説明すると色々と面倒なことになりそうだ。

 この返答に、クレメンズは顔に明らかな恐怖を表した。

 

「やはり魔物なのか!? この町の近くに魔物が出たのか!」

「ええ、でも大丈夫です。もうやっつけましたから」

 

 クシュウは迷わずそう口にした。

 実際にはあの怪人が死んだのかどうかは判っていない。だが例え生きていても、あの怪人がこの町の一般市民を襲うことはないだろう。根拠はないが、クシュウは何となくそれを確信していた。

 だが何故かクレメンズは未だに安心していないようであった。

 

「やっつけた……? 他にはいなかったのか? 君を運ぶ途中で、森の奥から物凄い鳴き声が聞こえたんだが?」

「鳴き声?」

「ああ。雄叫びというより悲鳴に近い感じだったな。あれは何だったのか……? 狼とはどうも違うような気がするんだが」

 

 クシュウは当惑した。あの怪人はまだ生きていたのか? しかしだとしたら“悲鳴”とはどういうことだろうか? 自分と戦った後で、また別の敵とでもあったのだろうか?

 まあ考えても仕方がない。クシュウは思考をアンナのことに切り替えた。

 

「ところでさっき言ってた子……、“アン”はどこにいますか? この病院にはいないみたいですけど……」

 

 アンナがこの国の王女と知れるとまずいので、名前を少し暈してクシュウはクレメンズに問うた。だがそれに、クレメンズは何故か気難しい顔をして見せた。

 

「あの子はこの町にはいないよ……」

「いない?」

「私達が森の中で君を助けに行っている間に、どういうわけか、この町に立ち寄っていたウェイランド兵に連れて行かれてしまったんだ。子供相手に随分動揺していたようだが……」

 

 クシュウは愕然とした。あの怪人への警戒に気を遣うあまり、クシュウはウェイランドという大きな敵の存在をすっかり失念していた。

 クシュウは掴みかかるようにして、クレメンズに詰め寄る。

 

「一体何処だ!? 何処に連れて行かれた!?」

「すまないが知らん。そのウェイランド兵は竜騎兵でな、ワイバーンに乗せられて空へと連れて行かれたよ」

 

 クシュウは息を呑んだ。それだけ聞けば、アンナの行き先は十分推察できた。

 恐らくそのウェイランド兵はアンナの正体に気付いたのだろう。だとしたら連れて行かれるところは一つ、王都ケルティックだけだ。

 

「ちなみに病室にいる患者達は、そのウェイランド兵だよ。その子を捕まえようとして返り討ちにあったそうだ」

「返り討ち? アンが?」

「何でも火の魔法で散々抵抗したそうだ。部屋にいる奴らの他にも、焼け死んだ兵士が三十人ぐらいいるらしい」

「三十人……」

「私はその場を見ていなかったんだが、その時のせいで家がいくつも燃えていたのが、ここからでも見えたよ。あれはとんでもない騒ぎだったな」

 

 あの王女に護衛なんて、別に必要ないのでは?とクシュウは少し思ったが、捕まったのは事実だ。

 

「悪い! 俺はここで退院するわ! 俺の服とかはどこだ!? あと治療代は!?」

 

 クシュウは冷静に聞いたつもりだったが、その声はどう聞いても落ち着きのかけらもなかった。

 クレメンズの方は特に慌てず、ゆっくりと立ち上がると、すぐ傍にあった別の部屋のドアを開けて中に入っていった。クシュウは跡を追おうとしたが、クレメンズはすぐに戻ってきた。

 手にはクシュウの荷物一式が抱えられていた。怪人に襲撃された時に、全部あの木の下に置いてきていたのだが、どうやら見つけて回収してくれていたようだ。

 

「ああ、ありがとう! ええと、金は……」

 

 クシュウは奪い取るようにして、クレメンズから荷物を取ると、必死に財布を探した。するとその荷物の中に見慣れないものがあった。

 それは斧だった。布で刃の部分が包まれているが、形と大きさからして戦闘用の物だと判った。一瞬「何でこんなものが?」と口にしそうになったが、途中で気がついた。これはあの怪人が使っていた武器だ。

 

「あの森に落ちていたんだが……、お前のじゃないのか?」

「いっ、いや俺のだ。ありがとな」

 

 本当は違うのだが、大した問題ではないとクシュウは考えた。どのみち自分には武器が必要だ。

 すると唐突にクレメンズは真顔になって、クシュウに問いかけてきた。

 

「あんたの事情はさっぱり判らんが、空気読む限り、あの女の子を探しに行くのか? 連れて行ったのはウェイランドの奴らだが、大丈夫か?」

「ああそうだ。やばそうだが、何とかやってみる」

 

 クレメンズは何やら値踏みするような視線でクシュウを見詰めたが、突然背を向けて先程クシュウの荷物を取りに言った部屋に再度入っていた。

 クレメンズの意図が判らずクシュウは戸惑った。しばらくしてクレメンズは戻ってきた。今度は何やら手にボールのような物を持っている。

 

「これは?」

「あの病室にいるウェイランド兵の荷物にあったもんだ。なんか知らんが凄い武器らしいぞ。これを取った途端、『絶対にピンは取るな!』ときつく言われてしまったからな」

 

 クレメンズの手にあるその武器(?)を用心して見た。正直それはどう見ても武器には見えない。

 

 丁度手で握れる大きさのそれは、一見水晶玉のように見えた。水色の半透明な球体に、変なものが一本生えている。

 それはカラクリのゼンマイのような形をしていて、この水晶に似た物体には明らかに不似合いな物である。これがその“ピン”というものだろうか?

 良く見るとその玉からは僅かに魔力が感じ取れる。恐らく魔道具の一種なのだろう。最もこれのどこが武器なのかさっぱり判らないが……。

 

「あんたにやるよ」

「はい?」

 

 やる? 患者の物を勝手に? ますます意図が判らずクシュウは更に戸惑った。

 

「相当な訳ありのようじゃないか。さっき言ってた魔物というのもウェイランド関係だろう? あいつら魔物を沢山手なずけて兵力にしてるそうだからな」

「ああ……、まあ、そんなところだ」

 

 恐らくは違う。奴がウェイランドと関係あるのかどうかは判らないが、少なくともあの怪人はウェイランドの兵ではないのは確かだ。

 だがこれも面倒な話しになるので、クシュウはとりあえず肯定した。

 

「化物を連れ回して、でかい顔をしている侵略者共より、あんたに味方することにするよ。まあ、あの患者どもにはどこかに無くしたいっておく。さあ、お前の白馬が外で待ってるぞ」

 

 クレメンズの言葉に、クシュウは深く礼をした。

 “白馬”という言葉に疑問符を浮かべながらもクレメンズに別れを済ませ、身の支度をその場で整え始める。

 

 クレメンズがくれた変な玉を、背負ったショルダーバックに入れて、クシュウは病院の出口を強引に叩き開けた。

 すると病院の真ん前、町の道の真ん中に、まるで石像か番犬のようにして、あるものが佇んでいた。

 

「グエッ!」

 

 それは一羽のダックだった。もちろん今までクシュウ達と行動を共にしてきた、あの少年ダックである。

 どうやら外でずっとクシュウを待っていたらしい。ダックは嬉しそうに尾羽を振って、クシュウに近寄ってきた。クシュウは安堵の息を漏らし、ダックの頭をやさしく撫でる。

 

「よろしくな、相棒」

 


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