アックス・プレデター   作:竜鬚虎

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序章

 とうに日が落ちて、暗くなった山林の中を、一人の少年がトボトボと歩いていた。

 

 年齢は十五、六歳だろう。身長はおおよそ百六十センチを僅かに超えた辺りで、黒髪黒眼で肌の色は黄色く、髪型はボサボサの短髪である。

 身なりは半袖に短パンの涼しげで、尚且つ質素な旅人の服を着ている。背には小柄な体格には、やや不釣合いな大き目の鞄を背負っており、腰には全長約一メートル、黒塗りで僅かに銀色の装飾が施された片刃式と思われる剣が差されていた。

 

 随分大きな荷物を抱えているにも関わらず、足取りはさほど重くない。恐らく相当な距離を歩いてきただろうから、見かけによらず、かなりの体力の持ち主なのだろう。

 少年は黙々と道といえるものなど全く無い山の中を、草を掻き分けながら歩いていたが、表情は徐々に不安を感じさせるものを出してきている。

 

「あ〜あ、本当に方向あってんのか? こんな心配になるんだったら、きちんと道のほうを歩いてくればよかったよ……。まあ今更遅いけどさ……」

 

 少年はそう独り言を呟き、深く溜息をついた。

 少年はある目的があって、この国の王都に向かう途中だった。

 さほど急ぐ旅ではないのだが、心情的に早く到着したかった少年は、山脈のため少し遠回りになっている道筋を外れ、真っ直ぐ山の中を突っ切ることにしたのだ。

 

 だが所詮標識など何も無い林の中、よもや遭難したのではないかという嫌な予感にかられた今となっては、己の判断を深く後悔していた。

 

 少年は力無く上空を見上げた。空には満天の星と、間もなく満月になるであろう月が、夜にも関わらず明るく世界を照らしていた。

 

(星かあ〜。確かあれで方角とか、時間を知れる人もいるんだっけ? 本当に羨ましいな)

 

 少年はしばらくぼんやりと星々を眺めていたが、突然何かに目覚めたように、目を大きく開けた。

 

「なっ、何だ! 今の!?」

 

 少年はほんの一瞬だが、上空を“何か”が物凄い速さで落下していったのを見たのだ。瞬き一つだけで見逃してしまったかもしれない、驚異的な速度だった。

 

(ぜっ、絶対鳥じゃねえよな、あれ!? 隕石ってやつ!?)

 

 自分が見たものを上手く判別できない少年は混乱して、先程とは別の理由でそこに立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 少年がいる場所とは大分離れた森林の中に、それはあった。少年は隕石ではないかとも思っていたそれは、明らかに隕石とは異なるものであった。

 

 形状は例えるなら注射器であろうか? その物体の上部は円筒上の大型の銀色の物体で、何かの入れ物のようにも見える。

 その物体の上部にはクローバーのように三つに分かれた傘が被さるようについている。下部には太い針のようなものがついており、それが大地に深々と突き刺さっていた。

 その物体を中心にして、周りの木々は大きくなぎ倒されている。この様子から見て、風圧が発生するぐらいのすさまじい威力で落下し、地面に突き立ったようだ。

 

 突如その未知の物体から、ウィーン!という奇妙な音が聞こえたかと思うと、唐突に物体上部の側面が、開き戸のように開いた!

 

 中から現れたのは人間のようであった。

 いや、よく見るとそれは人間ではなかった。

 

 その人物(?)は身長二メートルを超える大柄で屈強な肉体の持ち主で、銀色の軽装の鎧を纏っていた。腹部等の鎧の無い部分からは、爬虫類や水棲生物を思わせる模様が見えている。そしてその上から網目状の服が着付けられていた。

 左肩部には銀色の筒状のものが取り付けられている。形状を見ると銃器のようにも見えるが、それには引き金らしきものは何もついていない。そもそも銃を肩に差す戦士などあまり聞かない。

 剥き出しになっている手や足の指は、人間と同じ形の五本指であったが、肌は先程と同じく異質なもので、指先には肉食獣のような鋭い爪が伸びている。

 背には武器と思われるものが、いくつも装着されており、顔面には鎧同様の銀色の仮面が素顔を隠している。その仮面は髑髏を思わせる奇抜な形で、額の面積が広く平らになっており、顎部が少し前方に突き出ていた。目の辺りには穴は無く、楕円形の窪みのような形になっていた。眼鏡のようなガラス張りで、中から視界を広げる構造なのであろうか?

 仮面の縁からはドレッドヘアーのような先が尖った太い線が、何十本と生えていた。相手が異形の存在なだけに、それが頭髪であるのか、それとも装飾であるのかは、外見からは判別不可能である。

 

 その謎の怪人は、先程の少年と同じような形で空を見上げた。

 ただ怪人は少年と違って、不安に駆られているわけでなく、むしろに喜びに満ち溢れているような雰囲気で、腕を広げ、背を大きく伸ばした。

 同時に表情の判らない怪人は「ウオオオオーーーー!」と凄まじい雄叫びを上げた。

 

 

「こっ、今度は何だ!」

 

 山脈一帯を鳴り響くような雄叫びに、少年はすっかり腰を抜かしていた。

 

(狼か!? それともなにかの魔獣!? この山にそんなのがいるなんて聞いてねえぞ! 待て、落ち着け。こういう時は……)

 

 少年は目を瞑り、少しの間何かを考え込むような動作をする。だが直ぐに瞼を開けて意を決したかのように結論を口にした。

 

「“何かやばそうだから逃げよう。”うん、名案だ!」

 

 そうごく普通の答えを口にして、少年は飛び出すようにして森の中を駆け巡った。

 雄叫びの主の正体は誰なのかとか。その主は何処にいるのかとか。どの方向に行けば逃げることになるのか。そういうことは一切考えず、ただひたすらに、懸命に、かつ適当に、森の中を猛烈な速度で走る。その速さは本当に人間なのかと疑うほどの驚異的なものであった。

 この日、この世界に狩人《プレデター》が舞い降りた。

 


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