スモーカーが見たのは、【拳皇】が無数の拳を繰り出すところだった。
そして、スチャラカジジイが同じことをやり始め……。それがぶつかり、互いに森の木を何本もなぎ倒しながら吹き飛んだ。
訣別 の巻
吹き飛んで辺りが静まり返った中で、まっさきに動いたのはリュウとその姉:オウカだった。
「リュウ、こっち、急いで!」
「うん!」
そう言って二人は、ガープが倒れ込んでいるもとへ駆け出した。
スモーカーは尊敬はできなくても、信頼は出来る上司に追い打ちでもかけるのではないかと思い、回りこむ。目の前に現れた男に驚きつつも、脇をすり抜けようとしたリュウをその体を煙と化し捕まえる。
「うわ!?能力者!!」
「待て、……何するつもりだ?」
「どいてください。早くしないと死んでしまいます。」
リュウが捕まり、刺激するべきではないと立ち止まったオウカは端的に事実を伝える。その剣幕にスモーカーはたじろぐ。その間に二人は脇をすり抜けていた。
ガープのもとにたどり着くと、オウカは目を閉じ、気絶しているガープの頭部から手のひらをゆっくりと胴体に向かって下ろしていく。
「姉さん。どこを突けばいい?!」
「あんなにぶつけあってたら、わかりにくいの……。ここを突いて!思いっ切り!!」
「ふーーっ……。」
気を整え、リュウは示されたガープの腹部に指弾を叩きこもうとする。
その腕は突き入れる寸前に止められた―――ラオウに。
「俺がやる。」
そう言って、ラオウは静かにオウカが示した箇所へ『トン』と指を置く。すると血の気が失せていたガープの顔に色が戻り始めた。
それを見て安堵し、ガープの傷を消毒、包帯を巻き始めたオウカ。片や秘孔の使い方を間違えて怒られるとビクつくリュウに、傍目からは笑ったように見えないほどの薄い笑みをラオウは浮かべ、小声で言う。
「……上出来だ。」
そのねぎらいにリュウとオウカは互いに顔を合わせ、言い合う。
「……明日は雪でも降るかな。」
「この島は秋島よ。雷の竜巻でも起こるんじゃないかな……。」
無愛想が売りのラオウが人を褒めるなんてありえないと。それが元でとんでもない自然現象が起こるのではないか。二人は怯えていた。
スモーカーはその光景を唖然と眺めていた。
・・・・・・
「ぶわっはっはっは。そうか!死にかけたか!!」
ガープは傍らに控えていたスモーカーから経過を聞き、大笑いを上げる。本来ならば数日は起きないはずだったが、数刻もせずに起きた彼は正しくバケモノだろう。
ガープは"百裂拳"を見た時、即座にそれを真似、打ち返した。だが、真似に集中するあまり、パンチの"鉄塊"と"覇気"を緩めてしまい、ラオウのパンチからの"気"の流し込みを完全に止めることが出来なかった。
―――そう、一撃から流し込まれた"気"の量はほんの少し。しかし、ぶつかり合った百の拳から"気"を流し込まれ、それが塵も積もれば……。
体への悪影響を及ぼさずにいなかった。
「中将。『北斗神拳』。聞いたことは?」
「ないのぅ……。」
戦いで地面にはひびが入り、その余波で周囲の木々がところどころ倒れ込んだ野外の拳法道場で今は、門下の者達は型稽古を行なっている。
「……のう」「はい?」少し落とした声でガープがスモーカーに問いかける。
「クザンの若造が『バスターコール』を使ったのは知ってるか?」
「えぇ……標的の"麦わら一味"に逃げられましたね。」
その答えに「うむ、さすがわしの孫じゃわい!!」と胸を張るガープ。
そんな答えに(……このジジイしばいてやろうか。)
スモーカーは敵意を見せるが、真面目な顔に一変して続けるガープに押し黙る。
「実は……の、サカズキの馬鹿に、この島を『アレ』の対象とさせようとしてたらしいんじゃ。
―――政府が。」
「・・・・・・は?」
そもそも『バスターコール』は大将以上の地位を持つものの独自裁量権である。
事後報告で良い。
しかし、センゴクは犯罪行為を行なっていない。海賊さえやってない。ポーネグリフさえ知らない。―――極論すれば『度が外れて強いだけ』の男に何故、世界政府がバスターコールの発動を依頼しようとしたのか訝しんだ。
しかも情報を大して与えず、海軍ではあまりに苛烈な性情で知られる人物に対しての依頼。
それが今回、センゴクがガープを訪問させた理由でもある。迎えがガープならば、戦いたがり、殺したがりのサカズキも納得するだろう。そんな配慮だった。
「―――まぁ、ヤツが『七武海』への加入を検討するということで、立ち消えになったんじゃがの。
もっとも、やっとったら、たった一人に『バスターコール』に使われる軍艦五隻が沈んで、中将5人が討ち死にしかねんかったわ。」
「…………。」
『うんうん』と頷くガープの傍らで、スモーカーはこの異常さに冷や汗が流れるのを感じた。文字通り『なりふり構わず』なのだ。たとえ犠牲を出そうとも【拳皇】の存在に、【白ひげ】以上の固執を政府が示したのだと理解した。
同時に別の驚きもあった。(このジジイにこんな真面目なところもあったのか)…と。
……話は変わるが、実は先日、ラオウの前に現れたCP9のロートル:ラスキー。
彼はラオウを討伐するための。そのバスターコール発動の口実にスパンダインが送り込んだ尖兵の意味合いも持ってた。
事実をかいつまむと、サカズキへのバスターコール依頼は政府首脳の判断ではなく、我欲の塊である男が政府を通じた命令。それは権力への固執、独断。政府にとって未知の力を欲しがったためだった。
事が上手く行けば謎の力、つまり、"北斗神拳"を手に入れた功績が手に入り。仮に拒絶され、不慮の事態が起きても『危険人物』を探り当てたという実績が付くので、どう転んでも良かった。
これはラオウが工作員を殺してしまったらバスターコールを招き、力を見せて生かして返せば、報告されてしまい、どう転ぶかわからない不安定な状況に追い込まれる。―――そんな予定だった。
しかしラオウは秘孔術を以ってラスキーから聞き出した情報、言葉からそれを予測し、記憶操作を行い時間を引き伸ばす。そして世界政府と交渉を行う意志を示した。
そのためにスパンダインの企みは、ご破算となった。
このことはセンゴクを始め、命令が下ったサカズキ、ましてガープが知るはずもない。
「ん……あれ、ワシがルフィ達にやった稽古よりすごくね?」
唐突にガープが唸った。それに反応して、スモーカーも稽古を見る。
そこには門下生達が、いつの間にか戻ってきているラオウに挑みかかり、次々と宙に舞っていく光景が続いていた。
【北斗連環組手】―――北斗神拳の初歩の組み技。あくまでも組手であるため殺しはしないが、鍛えた軍人でさえ一撃で昏倒しかねない威力でその技は放たれていた。
それを比較対象にする時点でスモーカーは思った。
(……孫にどんな拷問を強いたんだよ。)
・・・・・・
稽古後の礼。今日はその上座に座るラオウはいつもと違っていた。
「稽古は今日で終わりだ。初めて教えた時も言ったが、その拳は戦いの"宿命"をうぬらに呼び込む。何のために拳を求めたか忘れるな。
そして、俺が道を誤った時はうぬらがこの俺の命を取るに来るのだ。……よいな?」
ラオウの有無を言わせぬ言葉を沈痛な表情で聞き、門下たちは静かに頷く。
最後まで稽古を見ていたガープたちは、その要求に目を丸くしていた。
「……指南書だ。使うか使わないかはそれぞれで決めろ。」
そう言って本を年長に渡すと共に、解散を指示しラオウはスモーカーに「すぐ戻る」と言い庵に向かう。
粛々と皆家路に付く中、ガープは案内させた……もとい、連れ回したリュウに声をかける。
「のう、いいのか?」
少し嫌な顔をしながら「何が?」とリュウは答える。
「今日で終わり―――なんじゃろ?無責任と思ったんじゃ」
その言葉にスモーカーは(お前ほどの無責任が居るかよ)と思ったが、口には出さない。
「元々『気が乗らなければやめる』って言ってたから、気にしてないよ。短かったけど、みんな強くなれたから……。」
サバサバとした。悔いも恨みもない答えだった。
ガープもスモーカーも、その答えに子供らしい強がりが見えていたが、特に何も言おうとはしない。
「ところで……。」とリュウは続ける。そしてスモーカーに指を指し、
「爺さんはどうやってそっちのおじさんに触ったの?だって煙…かな。……触れないでしょ?」
「愛をこめるんじゃ!愛ある拳に防ぐすべなし!!」
聞かれて嬉しかったか、ガープはニヤけながらリュウに"覇気"を込めた拳を見せる。
「―――"闘気"を拳に込めるか。その身が気体であっても、"気"があるならば"気"を持って穿てるが道理というわけだな。」
そこには先程までの道着から着替えた。ジーンズ、タンクトップの上に革ジャン、マントを羽織り、旅行袋を肩がけにしたラオウが立っていた。
(なるほど。)納得したリュウはラオウのそれを見て初めて会った時を思い出す。
「……なんか、久しぶりだね。その格好。」
いよいよ別れが近いと思い。リュウは周りから見えないように俯向きながら悲しい顔を浮かべる。ラオウは察しても、ただ黙って歩を進めた。
港にスモーカーが電伝虫で呼び出したガープの船が、その主の帰還を待っていた。
CPのロートルを生かしたか……。理由はこんなところでした。
そして、拳王様の内心で政府は敵です。七武海になろうとなんて思ってません。
どうなるんでしょうね(・∀・)ニヤニヤ
ちなみに、ラオウがガープに使ったのは、霞鉄心が魏瑞鷹に『秘孔の致死効果を解く秘孔』として使った秘孔です。
ガープが死にかけたのを補足するならば、白ひげ、赤髪と違い、本気の北斗神拳をラオウが使ったからです。ガープ自身のミスも大きいのですが……。
稽古と実戦、やはり違うってことです。
使者を殺してはまずいとラオウは解きましたが……。姉弟が慌てたのはガープと言う人物が死ぬのが耐えられなかったからです。
西斗月拳の複数の秘孔を突くことで完成する『相雷拳』のように、いつの間にか視神経を封じられたり、手元を狂わせたり…。総括すれば『ちょっとした接触で既に死んでいる』という悪夢が出来る。
そんな北斗神拳。ホントに敵に回したくないですね。