萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~   作:阿佐木 れい

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みんな大好きゴールデンボールブリッジ! おじさんの以下略


【第七話】ハナダ――向かい合う弱さ

「さて、と」

 

 ハナダシティに着いた俺たちは、まずは疲弊した体を休めに萌えもんセンターへと立ち寄った。

 リゥ、シェル、コン。実質コンは戦闘要員ではなかったから、事実上はリゥとシェルだけでオツキミ山を超えた事になる。疲労度を考えると、1日休んでおきたいところだった。

 

 という事で、現在リゥとシェルは萌えもんセンターで休んでいる。唯一戦っていなかったコンを連れて、俺はハナダの町を観光していた。

 

 ハナダシティはニビとクチバを繋ぐ中間地点になる場所だ。また、近くには岩山トンネルや、大きな発電所まで可動している。町の北には巨大な川が流れており、その流れを辿ると町外れに存在している不気味な洞窟が見えてくる。そして川には大きな橋がかかっており、これが通称『ゴールデンボールブリッジ』、名前が実に卑猥である。

 

「はわぁ、人がいっぱいです」

 

 ずっとボールの中ってのも辛いだろうとコンを外に出して一緒に歩いているのだが、コンは珍しいのか体を小さくしながらも興味深そうに町を眺めている。

 

 道行く人達も、そんなコンを目を細めて見守っているようだった。まるで、小さい子の初めてのお使いを見ているかのように。

 

「っと、ここか」

 

 そして一番大事な施設に到着する。

 ハナダシティジム。水タイプの萌えもんを操るカスミの本拠地だ。中を覗いてみれば、水泳のスタジアムのように巨大なプールを中心に観客席が広がっている。

 

「……戦うんですか?」

 

「ああ」

 

「そですか」

 

 俺の答えを聞いて俯いたコンの頭を撫でる。

 

「わふっ」

 

「気にすんな。なんとかするさ」

 

 戦力となるのはリゥとシェルだけ。足元が水である事を考えると、剛司以上の強敵になるのには間違いないだろう。

 水タイプに有利な草タイプか電気タイプがいてくれれば良かったのだが、生憎といない。

 さて、どうしたものか。

 

「――それにしても」

 

 プールを見れば、ジムに所属しているトレーナー達が萌えもんたちと一緒に訓練をしていた。

 トサキント、ヒトデマン、メノクラゲ――まだ出会った事の無い萌えもんばかりだ。

 

 心の底から羨ましい。俺だってプールに入って思う存分キャッキャウフフしたい。

 

「あの、ご主人様……?」

 

「――はっ、いや、なんでもない。行くか」

 

 いかん、このまま見ていたらただの変態として通報されかねない。

 俺はさっそくジムの扉を開けて中に入るとジム戦の手続きを終えた。

 だが、肝心のカスミはいなかったようで、

 

「おそらく帰ってくるのは明日になるでしょう。それでもよろしいでしょうか?」

 

「ああ、頼む」

 

 わかりました、と。

 受付の姉ちゃんに受理してもらい、これで正式にジムリーダー戦にエントリー終了となった。

 

「じゃ、そろそろリゥたちも戻ってるだろうし、帰るか」

 

 言って歩き出す。

 すると、

 

「あの!」

 

「……ん?」

 

 珍しくコンが大きな声で俺を呼び止めていた。

 振り返ってみると、コンは少しだけ悩んだのだろう、視線を左右に動かし、やがては大きく首を横に振った。

 

「な、何でもない、です」

 

 それっきり口を噤んでしまい、俺には結局何なのかわからず仕舞いだった。

 萌えもんセンターに戻るまで、コンはずっと俯いたままだった。

 

    ◆

 

「遅い」

 

「ひでぇ」

 

 萌えもんセンターに戻った俺に浴びせられた第一声がそれだった。本当に容赦がないミニリュウである。

 

「で、どうだったの?」

 

 どうだった、とはおそらくハナダジムの事だろう。

 強くなりたいという意思の強いリゥらしく、もうソワソワしているようだ。

 

「申し込んできた。今日はジムリーダーが出かけてるらしくてな。本番は明日だ」

 

「明日、か……」

 

 しかしリゥとしては勢いを削がれたと同じ事だろう。

 出来れば俺も腕を試すためにも近くでトレーナーと戦っておきたいが……と、

 

「あの、さっきの橋はどうでしょうか?」

 

 袖を引っ張ってそう言ったのは、さっきまで俯いていたコンだった。

 

 橋――ゴールデンボールブリッッジか。

 あそこは確かにトレーナーも沢山いるようだったし、ハナダからそう離れるわけでもない。腕試しにはもってこいの場所だ。

 

「よし、行くか」

 

 そうなると考えている時間も惜しい。俺はさっそく向かう事にした。

 

    ◆◆

 

 ハナダの北にあるゴールデンボールブリッジは、賑やかだった。

 橋を渡ってくるトレーナーを出迎える奴らもいるようで、バトルが盛んに行われているようだ。

 

 その橋の前で、おれはひとりのトレーナーに立ち塞がれた。

 そいつは太陽を背にズサっと両足を広げ、腕を組んでいる。逆立った髪の毛は性格を現しているかのようにツンツンしており、格好をつけているようだが身長と年齢が子供の遊びから抜け出ていなかった。

 

 自信満々に俺を真っ直ぐに見つめるトレーナー。

 もはや言うまでもなく

 

「よっ、ショタグリーン」

 

「違ぇよ!」

 

 グリーンだった。

 相変わらず律儀に突っ込んでくれる幼馴染である。

 

「で、どうしたんだよ?」

 

「どうしたもこうしたもあるかよ」

 

 グリーンは髪をかきあげ、ビシッと俺に向かって指を向け、宣言した。

 

「萌えもんトレーナーってのは、目が合ったらバトルだろうが!」

 

「はっ」

 

 ああ、確かにそうだ。

 

「断る理由なんぞ、あるわけねぇな!」

 

 そうして俺たちは戦闘を開始した。

 

「いけ、オニドリル!」

 

 グリーンの先鋒はオニドリル。トキワで対戦したオニスズメが成長したものだろう。猛禽類のように鋭くなった視線に睨みつけられただけで身が竦み上がってしまいそうだ。

 対する俺はリゥを。一度戦って勝っている相手だからこそ選んだ。

 

「ふんっ」

 

 案の定、リゥの中では勝率が跳ね上がっている事だろう。

 先程のグリーンのように腕を組み、堂々と立っている。

 だからこそ――

 それが弱点になり得る。

 

「飛べ!」

 

 オニドリルは飛行タイプだ。その真髄は空中にいる事で遺憾なく発揮される。

 問題にするべきはその敏捷性。オニスズメとは格段に違うスピードと攻撃力でもって、相手を一撃で仕留めるハンターなのだ。

 

 リゥの弱点に関して言えば、そろそろ向かい合いたい。だが、今やればカスミ戦に支障をきたし兼ねない。

 事の問題は非常に大きい。後回しすれば、リゥ自身が大きな壁にいずれはぶち当たってしまう。

 

「ドリル嘴!」

 

 上空を滑空していたオニドリルは、リゥ目がけて猛スピードで突っ込んでくる。しかもオニドリル自身も過去にリゥに負けた事は覚えているようで、角度が浅くなっている。おそらく、外してもそのまま離脱出来るようにだろう。

 

 軽く跳んだところで追尾の範囲内になってしまう。狙えば必殺とはこの事で、オニドリルは過去の経験を確実に活かしてきていた。

 

 対する俺は――

 

「リゥ、叩きつけろ!」

 

 もう一度、同じ戦法を。俺の指示そのままに大きく跳んだリゥはまさしく的だった。

 

「えっ、ちょっと」

 

 その頃になってようやくリゥも気付いたのだろう。オニスズメの頃と比べての成長を。

 オニドリルが迫る。もはや回避不能な距離へと入り込まれる。

 

「電磁波だ!」

 

「……くっ」

 

 恐ろしいだろうに、それでも逃げずに真正面から電磁波を放つリゥ。

 ここが長所。どれだけ恐ろしいと感じても、持ち前の強気さで常に相手から目を逸らさない覚悟がリゥにはある。

 だからこそ、使える手も存在する。

 

「前と同じ手は食うかっての! もう一度だオニドリル!」

 

 こちらも一撃貰っている。大きく後退した位置に着地したリゥは恨みがましい目で俺を睨んでいた。

 

 オニドリルが上空を旋回している。もう一度さっきのを放つつもりなんだろう。そうなれば、こちらに勝機はない。

 

 先ほどリゥがダメージを受けながら放った電磁波はオニドリルに命中している。その証拠に動きが少しだけぎこちない。しかし万全とは言わないまでも、上空から舞い降りるオニドリルの速さ、威力たるや想像するのは難しくない。

 

「いけぇ!」

 

 オニドリルがこちらへと"真っ直ぐに"向かってくる。

 

 そう、これこそが狙いだった。

 

 今のオニドリルは初手と違い、その動きは制限されてしまっている。電磁波によって筋肉や器官がダメージを受けたためだ。ただでさえ空を滑空し更に目標目がけて襲いかかるという行為は細やかな動きが必要とされる。狩りと同じで、例えば自身が怪我を負ってしまえば、それが小さくても大きくても影響は出てしまうものだ。

 

 だからこそ、オニドリルは真っ直ぐに標的へと向かうしか選択肢が無くなる。上手く飛べないのなら、最大効率で行動するのが当然。即ち、

 

「こっちにゃ的になるって事だ」

 

 俺は真っ直ぐオニドリルを指差し、告げる。

 

「龍の息吹!」

 

 即座に反応してくれたリゥの一撃は、オニドリルを容易く呑み込む。後に残るのは、力尽きて落下するオニドリルだけだ。

 

「……マジかよ」

 

 驚いていたグリーンだったが、すぐに気を取り直し次の萌えもん

を繰り出す。

 

「いけ、フシギソウ!」

 

「ふしっ! って言ってみたけど正直自分でも無いと思うんですよ」

 

 自分でボケて自分で突っ込みながら登場したフシギソウ。こいつやりやがる。

 こちらの手持ちはリゥとシェル。疲弊したリゥを下げても、残るのはシェルだけだ。

 

「……」

 

 逡巡することしばし。

 グリーンは当たり前のように質問を投げかけた。

 

「おい、そこのロコンは使わないのかよ」

 

「ひっ」

 

 身を竦ませたコンは俺の影に入ろうとし、何かに気がついたのか慌てて近くの草むらへ飛び込んでいった。

 

「……なんだあいつ」

 

「気にしないでやってくれ」

 

 

「あ、そ。ま、俺は別にどっちでもいいんだけどよ」

 

 結局、こちらはリゥのまま続投。

 グリーンは勝機と踏んだのか、フシギソウに指示を下す。

 

「葉っぱカッター、やれ!」

 

「了解です。ところで、葉っぱより花びらの方が綺麗だと思いませんか? 私って咲いたら凄いんですよ」

 

 フシギソウの頭に乗ったツボミの周囲から葉っぱが舞う。ひらひらと舞う中、唐突に生き物のように動きを見せ、

 

「じゃ、やっちゃいますね」

 

 一斉にリゥ目がけて殺到した。

 リゥも咄嗟に判断してか、回避行動に移る。

 だが、遅い。間に合わない。

 

「くっ、こんなの!」

 

 回避し損ねた数枚を浴びるが、何とか堪えてくれたようだ。

 

「あらら、まだ立ちますか」

 

 もう一度同じ技を繰り出すのだろう。フシギソウの周囲に葉っぱが舞い始めた。

 次の一撃を受ければ終わりだ。

 

 ――どうする?

 

 高速に回転する思考の中、ひとつの光景が思い浮かぶ。

 

 ――そうか。

 

 それは、上空から襲い来る鳥。重力を味方につけて敵を襲撃する狩人の姿だった。

 

「手はある、か」

 

 リゥならばおそらく後一撃は耐えられるはずだ。だが、そうなるとさっき閃いた奇策が通じるかどうか怪しい。

 迷っている時間は無い。

 

「フシギソウ!」

 

 グリーンがもう一度指示を飛ばす。

 仕掛けるなら、今しかない!

 

「リゥ、下がれ!」

 

「――っ、諒解!」

 

 しかし咄嗟に後ろに跳んでくれたのはありがたい。

 代わりにフィールドに出たのはシェル。草タイプの相手をするにはあまりにも心もとない。

 

「血迷ったかよ、ファアル! 葉っぱカッターだ!」

 

「シェル、水鉄砲!」

 

「らじゃ!」

 

 だが、シェルが狙うのはフシギソウではなく地面だ。噴射の勢いを使って空へと飛び上がる。

 

「ちょ、待て待て待て!」

 

 標的を見失ったフシギソウの葉っぱが効力を失ってひらひらと待っている。

 そして勢いの無くなったシェルはそのまま自由落下。だが、この時点で既にフシギソウへ狙いをつけていた。

 

「水鉄砲!」

 

「ほいさ」

 

 更に補助として逆噴射。空中で更に勢いを乗せ、一直線にフシギソウへと突撃する。

 

「まだまだ、殻に篭れ!」

 

 シェルの最大の長所、防御力さえ利用する。

 落下のスピードに加え、水鉄砲で更に勢いをつけたのだ。その威力、フシギソウを一撃で仕留めるに足るだろう。

 だが、グリーンはかかんにも迎撃を選ぶ。

 

「はっ、良い的じゃねぇか! もう一度葉っぱカッターだ!」

 

「あんまりお勧めはしませんが」

 

 どうやらフシギソウにはわかっているらしい。

 簡単な話だ。つまりは、葉っぱカッターの死角は上だったという事。

 

 いくら強力であろうとも、当たらなければ意味がない。例え地上では標的目がけて進むとしても、重力の不可が違う。水平にボールを投げるのと同じ力で上空に向かって投げてみれば――

 

「と、届かねぇ!?」

 

「だから言ったのに」

 

 そしてよしんば命中したとしても、殻に篭っているシェルへのダメージはほとんど無いと言ってもいい。つまり、

 

「あーれー」

 

「フシギソウ!」

 

 こっちの目論見通りってわけだ!

 それにしてもこのフシギソウ、なんて白々しい悲鳴なんだ。後ろに(棒)とか入りそうなレベルだったぞ、今のは。

 

「あーもー、畜生! まだ終わるかよ!」

 

 グリーンはフシギソウをボールに戻し、続けて萌えもんを繰り出した。

 

「いけ、ケーシィ!」

 

「ふぁーい」

 

 間延びした声で現れたのはケーシィ。エスパータイプの萌えもんで、成長すればこちらの思考すらも読み取れるらしい凶悪な萌えもんだ。特に紳士諸君にとっては天敵にすらなり得る萌えもんである。だが、熟練者は脳内で辱める事で相手に恥じらわせるという高度な行為も出来るらしいから侮れない。

 

「では、いきまーす」

 

 来るか。

 ケーシィは「むんっ」と可愛い声と共に力を入れ、

 

「テレポート!」

 

 何処かに消え去った。

 

「あ、あれ? ケーシィ?」

 

 俺はケーシィの飛び去ったであろう空を見上げながら呟いた。

 

「――勝った」

 

「えええええええっ!?」

 

 リゥが突っ込んでいたが気にしない。

 グリーンは涙ながらにボールにケーシィを戻した。どうやらかなり遠くまで行っていたようで、時間がかかっていたが。

 

 そして、徐に最後のボールを取り出すと、何かを思い出したか顔をしかめた。

 

「リゥ、いいか?」

 

「こうたーい!」

 

「まぁ、いいけど」

 

 グリーンと同じようにこちらもリゥと交代する。さて、何が出るか……。

 

「い、いけ!」

 

 満を持してボールから出てきたのは――

 

「よし、いくぞぉ!」

 

 元気良さだけはいっちょ前だが、その場で跳ねまくっているコイキングだった。

 

「う、うるさい、そんな目で見るな!」

 

「そうだそうだ、あたいは最強!」

 

 そして跳ねていた。

 なんだろう、この脱力感。

 だが俺は、例え相手が子供であろうと常に全力を出して勝つ大人。勝負の世界は厳しいのだ。

 

「リゥ、叩きつけろ!」

 

「はいはい」

 

 そしてコイキングは敗北した。

 

    ◆

 

「畜生、やっちまった!」

 

 勝負の後、グリーンは終始その調子だった。

 ぐったりと項垂れるその姿はどこか哀愁を漂わせていて、萌えもんセンターまで戻ってきたのはいいものの、あまり近付きたくはなかった。

 

「くそ、あいつめ……自分がいらないからってコイキングなんて押し付けやがって!」

 

「あん?」

 

 グリーンは事のいきさつを話し始めた。

 

    ◆

 

「ちょいとそこ行くグリーンさんや」

 

「ん? なんだお前かよブルー」

 

「ひっひっひっ」

 

「ババアみたいな話し方しやがって」

 

「ちょっと誰がババアよ!」

 

「……面倒臭ぇ」

 

「で、これいらない?」

 

「何が『で』なのかさっぱりわからねぇかど、何だそれ?」

 

「ふふふ、これぞ最強の萌えもん……に進化する予定の萌えもんよ!」

 

「何だと!?」

 

「……バカは最強って言葉に弱いってのは本当みたいね」

 

「ん? 何呟いてるんだ?」

 

「何でもない。どう、欲しい?」

 

「くれ!」

 

    ◆

 

 以上、回想終わり。

 

「って事があったんだ……最強だと信じていたのに、ただ跳ねるしか出来ないなんて!」

 

 落ち込むグリーンの肩に、俺はそっと手をかけた。

 

「まぁ待て。コイキングだろ? こいつ、育てたら強くなるのは本当だぜ?」

 

 グリーンが顔を上げる。

 

「ギャラドス――水タイプの萌えもんでも屈指の強さを誇る萌えもんだ。良かったじゃないか」

 

「ほ、本当なんだな!?」

 

 がばっと顔を上げて掴みかかってくるグリーン。顔が近いよお前。

 

 だが、涙で濡れた顔は輝いており、希望を見出した晴れ晴れとした顔だった。

 

 ブルー、お前の悪戯でまたひとり人間不信になりそうな奴がいたけど助けてやったぞ、と心の中で言っておく。

 

「そうと決まればさっそくクチバだ! 豪華客船にも乗ってやる!」

 

 さっきまでの様子が嘘のように、グリーンは颯爽とクチバシティへと向かっていった。

 

「何あれ」

 

「思春期だからな」

 

 適当にでっち上げておいた。

 

    ◆

 

 気を取り直した俺たちは、ゴールデンボールブリッジを破竹の勢いで突破した。

 橋の最後には何やら強引に

 

「入りなよ」

 

「やだ」

 

「入らないの?」

 

「お断りだ」

 

「入ってよ!」

 

「頭を下げろ」

 

「入れよ!」

 

「さっさと景品くれよ」

 

「……断るって顔してんな」

 

「あのナゾノクサ、可愛いな。スリスリしたい」

 

「それなら……! 無理矢理入れてやる!」

 

「うるせぇ!」

 

 何てやり取りの後、景品を毟りとったわけだが。

 

「しかし、こんな辺鄙な場所にマサキって奴がいるのか?」

 

 橋を抜けた先は、ハナダのトレーナーが訓練している場所だった。森が広がり、草むらには萌えもんが生息し、川では萌えもんとトレーナーが遊んでいる。そんなのどかな風景だ。

 

 そんな道をずっと進んでくと、やがてゴテゴテした家が見えてきた。

 

「何あれ」

 

「ゴテゴテしてるな」

 

「……うん」

 

 何というか、そうとしか表現出来ない家だった。玄関はメカニカルに装飾され、どこに触れても静電気が迸りそうなデザインだし、家の両端からは何故か金属の煙突が飛び出ており、その先っぽにはパラボラアンテナのようなものがくるくると回っている。更に屋根には何か部屋でも後付したのか、不自然な程に6帖ほどの小さな家が取り付けられていた。

 

 近くには橋もあり、川もあるのに何故か人だけがいなかった。当然である。こんな家がある場所の近くになんて誰も近付きたくない。

 

「ま、行くか」

 

「行くの?」

 

 リゥも不信感を顕にしていた。振り返ってみるととても嫌そうな顔だった。

 俺は女子供には優しいのだ。例えそれが萌えもんであろうとも。

 だから、

 

「ああ、楽しそうじゃないか」

 

「満面の笑顔で何言ってるのよ」

 

 はぁ、とため息をついたリゥだったが、結局はついて来る事にしたようだった。

 後ろから愚痴が頻繁に聞こえてくるが気にしない事にした。

 

「おーい」

 

 飛び鈴が見当たらなかったので、声と一緒にノックしてみた。

 変な音が鳴った。擬音すればたぶん、ヒュオイン!? ってのが一番近い。無性に帰りたくなった。

 帰るか。

 

「賛成」

 

 無言で踵を返した俺に、リゥも頷いた。

 

「ちょ、待ちーや!」

 

「おでぶっ!」

 

 勢い良く開いた扉によって背中を殴打した。痛ぇ。

 

「なんでドアの音聞いただけで帰るねん!」

 

 胡散臭いからに決まってるだろうが。

 痛む背中をさすりながら顔を上げると、そこにはピッピがいた。

 

「夢ちゃうで?」

 

 さぞかし俺は間抜けな顔をしていたに違いない。

 ピッピが特徴的なイントネーションの人語を喋っていたからだ。

 俺は無意識にケータイを取り出すと、

 

「もしもし警察ですか」

 

「ちょっと待てい!」

 

「何だよ、今いい所なんだよ」

 

「あんさん今通報しようとしたやろ!?」

 

「違う。警察に知り合いがいるんだ」

 

「ああ、何や、ならしゃあないな」

 

「だろ? もしもし警察ですか。少し頭のイカれたピッピがいるん

ですが、人的被害が予想されるため、速やかに軍隊の派遣を」

 

「大事やな!」

 

「だろ?」

 

「ってちゃうわ! ちょっと頼まれごとあんねん。中入ってーや」

 

 人語を話すピッピは扉を開けて俺を誘っていたが、俺にはその姿が獲物を待ち構えるウツボカズラにしか見えない。

 

「さぁ!」

 

 しかもこっちが入るものだと信じて疑っていない目をしていた。くそ、俺は見た目には……

 

「いいだろう、入る」

 

「さすがや!」

 

 そうして魔窟を想像していた家に入り込んだわけだが……

 

「どういう事だ……人が住む家じゃねーか」

 

「人やっちゅーねん!」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

「ピッピだろ?」

 

「マサキやで?」

 

「すげぇな、新しい萌えもんかよ」

 

「マジか、どこや!」

 

「いや、ここに」

 

「わいか! ってだからわいはマサキやって言っとるやろが!」

 

「え、だからマサキっていう萌えもんなんだろ?」

 

「ちゃうわ! っていうか兄さん遊んどるやろ」

 

「まぁな」

 

 俺は肩を竦めてみせる。

 家は本当に一軒家といった様子だったが、その半分以上は何か良くわからない機械とケーブル類で埋め尽くされていた。

 そして、一際存在感を出しているのが奥にある人が入れそうな大きさのポッドが2つ。

 

「いやー、実験中に失敗してしもてな。どうしようか悩んでたんやわ」

 

「実験って一体何の実験なんだ?」

 

 戸棚から茶葉を取り出して湯を沸かす。

 

「ああ、それはな……ってちょっと待たんかい!」

 

「あん、何だよ?」

 

「自分何でそんな当たり前のように茶ぁ入れてんねん!」

 

「いや、だってお前そのままじゃ無理だろ?」

 

「あ、そやな。おおきに……ってそこやない!」

 

 ビシッ、と器用にマサキは指を振った。

 

「腕や!」

 

「どっちでもいいだろ。ほい」

 

「ん、ありがと」

 

「何ナチュラルにお茶ふたりで飲んでんねん!」

 

「だってお前そのままじゃ無理だろ?」

 

「あ、せやな。ってアホかぁ!」

 

 ピッピは肩を怒らせている。

 何がこいつをそんなに怒らせているのだろう。俺は首を傾げなが

ら茶を啜った。

 

「まぁえぇわ。元に戻るの手伝ってくれ」

 

「えぇー」

 

「何でそこで嫌な顔すんねん」

 

「だってなぁ」

 

「嫌そうに顔背けながら見えるように金の要求すんなや!」

 

「見間違えじゃねぇの? ほら、ピッピだし」

 

「元は夜行性やからな……ってもうえぇわ。わいがそこのポッドに入るし」

 

「ああ、ポットを破壊すればいいんだな」

 

「そうそう。それでわいは目出度く萌えもんに――」

 

「はは、そいつは面白そうだ!」

 

「何でテンション上がんねん!」

 

 マサキは疲れたようにポッドの扉を開け、

 

「ほら、そこのパソコン起動しとるやろ?」

 

「ああ」

 

 スクリーンセーバーが起動していたパソコンに触る。そこには既に起動しているソフトがひとつあった。

 

「わいがポッドに入ったら、起動しとるソフトをダブルクリックしといてくれ」

 

「わかった。しかしお前、随分と過激な画像持ってるんだな」

 

「いやああぁぁあ! 見るなボケェェェェェェ!」

 

 逃げるようにしてマサキはポッドへと入っていった。

 仕方ない。俺は一番過激なエロ画像を壁紙とスクリーンセーバーに設定してからソフトを実行させた。

 すると機械の両方のポッドが光り輝き、数分後には収まっていた。

 

「ふぅ、助かった」

 

 マサキが入ったのとは別のポッドから人が出てくる。

 そいつはやれやれと言ったように髪をかきあげ、

 

「すまんな、兄さん。助かったわ」

 

 そして俺が変更した壁紙を見て固まった。

 

    ◆

 

「で、や」

 

 落ち着いた後、マサキは俺と向かい合っていた。

 

「あんた何しに来たんや」

 

「お前を救うために」

 

「マジか!」

 

「きっとそういう運命に違いない」

 

「運命的やな……これがわいの転換期か」

 

「それはないな」

 

「ないんかい!」

 

「しかしお前、画像の趣味が酷いな」

 

「ここで言う事ちゃうやん!」

 

「良いサイト知ってるぜ?」

 

「親友よ!」

 

「その代わり、コレだ」

 

「露骨に金せびんなや!」

 

「不躾な奴だな……」

 

「あんたがな!」

 

 ぜぇぜぇ、とマサキは肩で息をしている。忙しい奴だ。

 

「まぁ、助かったのは事実やしな。ちょっと待っててや」

 

 言って、マサキは何やらガラクタを漁り始めた。ここでもないと一心不乱に探しているようだが、そんな中から掘り出したもの貰っても嬉しくないのが本音だ。

 

「お前、片付けたらどうだ?」

 

「んん? 何言ってんねん、片付いてるやんけ」

 

 どこがだよ。

 生活スペース以外は工具やらガラクタやらで溢れかえっている光景を目の当たりにしているととてもじゃないが思えない。

 

「ああ、あったあった。あ、ところでや」

 

 十分ほどしてようやく見つけたのか、何やら薄っぺらいものを持ってきた。へそくりだろうか?

 

「あんた誰や?」

 

「ぶち殺す」

 

「ちゃうちゃう! んな凄むなや……名前や名前」

 

「ああ……ピッピだったから忘れてた」

 

「ピッピ関係ないやん!?」

 

「ファアルだ」

 

「ふぅん……聞いた事ない名前やな」

 

「だろうな」

 

「ま、ええわ。助かったのはほんまやし。これ使ってーや」

 

 マサキがくれたのは封筒だった。中を開けてみれば、招待券が一枚。

 

「サントアンヌ号?」

 

「せや。今クチバシティに停泊してる豪華客船やわ。世界中を回ってるらしくて、今しか乗れへんし見学でもしてきーな」

 

「いいのか、これ」

 

 チケットには特別招待券と書かれている。どう考えてもVIP扱いなんだが、それをおいそれと見ず知らずの他人に渡していいものか。

 だがマサキは特に気にした様子もなく、手を振った。

 

「ええねん。どうせ行くつもりあらへんかったし。行かへんのやったら人にあげてもいっしょやろ?」

 

「まぁな」

 

 ま、本人がくれるってんなら貰うとするか。

 

「客船とか寄り道してていいの?」

 

「気晴らしにはなるだろ?」

 

「そのまま出発しちゃったとか嫌よ?」

 

「大丈夫だって」

 

 本当? と丸っ切り信じていない様子のリゥを宥めていると、マサキが急に笑い出した。

 機械が壊れてついにイカれたのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。

 

「いやー、すまんすまん。あんたら仲良ぇなって思ってな。その娘、ミニリュウやろ?」

 

「ああ。わかるのか?」

 

「当たり前やん。萌えもんの転送装置を作ったのもわいやで? それくらいわかるっちゅーねん」

 

「なるほど、天才だな」

 

「せやろ?」

 

「まぁ、どうでもいいんだが」

 

「ここ大事やからな!?」

 

 こほん、とマサキは一度咳払いを。

 

「で、あんたは何でうちに来たんや?」

 

 時計を見るとまだ夕方だった。どうせ明日までは暇なのだし、ゆっくりしていくか。

 そう思って、事の顛末を話したのだった。

 

「ははー、なるほど。ま、あの姉ちゃんはいつもそんな感じやしな」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。おまけに五月蝿いねん」

 

 剛司とは正反対の性格っぽいな。

 しかし性格と実力はまた別の話。手強い相手なのには変わらない。

 

「何や途端に良い目しよるやんけ」

 

「トレーナーだからな」

 

 当然だろ? と苦笑を返す。

 マサキはしばらく顎に手を添えた後、

 

「決めた。明日見に行くわ。興味湧いたし」

 

「あん? 別に構わねぇがよ」

 

「あんたの試合が見たくなった。何や面白くなりそうな予感がすん

ねん」

 

「はっ、楽しませてやるよ」

 

「期待してるで。ところで秘蔵の画像やけどな……」

 

「コレだな」

 

「だから金取るなや!」

 

 いつの間にか日は落ち、夜が更けていく。

 明日も良い日になりそうだ。たまには同じ年代の男と話すのも悪くない。そう思った一日だった。

 

    ◆

 

 ファアルとマサキの笑い声が聞こえる中、コンはひとり屋根の上で膝を抱えていた。

 

 ――自分では何の役にも立てない。

 

 ニビでファアルと出会い、最初に戦った時からずっとコンは震えていた。

 ただただ、怖かった。元から人見知りの激しかったコンだった。群れでも馴染めず徐々に皆が離れていく中、コンはひとりきりになった。置いて行かれてしまったのだ。

 

 そして、自覚しながらも自分では無理だと、群れの仲間達の迷惑になるからと思って身を引いた。それ以来、ずっとひとりで過ごしてきた。

 

 寂しいと空を見上げて泣いた事もあった。いつか誰か迎えに来てくれると信じて涙を我慢した夜も多かった。萌えもんと一緒に戦っている人間達を見て、羨ましいと思った。共に喜び、楽しそうにしている彼らが羨ましかった。

 

 でも、自分には無理だから。臆病で怖がりで、人一倍人見知りな自分には彼らのようにはなれないからと諦めた。

 

「御主人様……」

 

 ファアルの姿を思い出す。自分を捕まえた人。コン、という渾名をくれた人。戦えない自分を認めてくれた人。

 その人が大事な戦いに挑むのだという。

 

 リゥとシェルの強さは知っている。目の当たりにしたからこそ、コンにはその強さがわかった。それでも相手はもっと強いらしい。

 

 昼間に出会った少年は言っていた。そのロコンは使わないのかよ、と。ファアルの影に隠れて怖がっていたコンを指さして呆れ顔で言っていた。

 

 どうしてだろう。

 

 それがたまらなく、嫌だった。思い返す度、ずきずきと胸が痛くなった。

 

「……わたしは」

 

 誰も、何も教えてはくれない。震える身体を押し込めるように、リゥは膝を強く抱えた。

 

「何してんのよ、あんた」

 

「ふえっ?」

 

 だから、リゥの存在にも気が付かなかった。

 出っ張った部分を伝って登ってきたのだろう。屋根に軽く着地すると、リゥはコンを見下ろした。

 

 また怒られる。コンは思わず身を竦ませたが、返ってきたのは嘆息だけだった。

 

「あいつら、五月蝿いわね」

 

「え? あ、はい。そうですね……」

 

 男ふたりが楽しそうに話している。

 ハナダから離れているためか、夜になると人はいなくなる。家と月明かりだけが頼りの中、ファアルとマサキの声が人の息遣いを感じさせている。

 

「でも、楽しそう」

 

 コンはふたりの様子を想像してはにかんだ。

 五月蝿いだけよ、とはリゥ。コンから少しだけ離れ、月を見上げた。

 

「私はね、強くなりたいの」

 

「……強く、ですか?」

 

「そう、強く」

 

 月へと向かって真っ直ぐに手を伸ばし、

 

「あの人に勝つために」

 

 ぐっと月を握るかのように拳を作る。図らずもそれはファアルのようでもあった。

 

「――リゥさんは凄いです。目標、あるんですから。戦う理由があ

るんですから」

 

 自嘲を込めて。

 自分には何も無いのだとコンは告げた。

 言ってしまってから思う。どうして自分はこんなにも後悔しているのだろうか、と。

 

「ふん、そんなの持ってるの私だけよ。あのシェルにそんなの無い

と思うけどね」

 

 コンの内心を知ってか知らずか、リゥは続ける。

 

「シェルは単純にあいつが好き。後、戦うのも好きみたいだから、あいつの夢に乗っかってる。ま、子供だから仕方ないんだろうけど」

 

 でも、と。

 

「あんたよりかは強い。そしてたぶん、"私よりも強い"」

 

 リゥが何を言いたいのかコンにはわからなかった。だが、リゥも同じように苦しみ悩んでいるのだという事だけはわかった。

 

 自分だけじゃない。きっと、ファアルだって同じなのだ。

 

 コンは自分の頭に触れる。

 

 戦わなくてもいい、と。ファアルはそう言って頭を撫でてくれた。ありがとうと。何の役にも立たない、ただ隠れていただけだった自分に言ってくれたのだ。

 

「わたしは……」

 

 怖い。ずっと逃げてきたコンにとって、それは何物にも代えがたい恐怖だった。

 

 でも――

 

 胸の内に小さく火が灯る。

 それはとてもとても小さな火だったが――コンにとってはとてつもなく大きな火だった。

 

「っていうかそろそろ帰らないとね。ほら、あんたもさっさと行くわよ」

 

「は、はい!」

 

 言うや否や颯爽と飛び降りたリゥは扉を蹴破ったようだった。

 家の中からマサキの嘆く声が聞こえる中、コンはもう一度月を見上げた。

 

 白く大きな月は、コンを優しく見下ろしているかのようだった。

 コンは一度目を瞑り、大きく息を吸い込んで月に向かって鳴いた。

 遠く、遠く。空の彼方まで響くかのように。

 

 

                      <続く>


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