萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~ 作:阿佐木 れい
今回はちょっとやんちゃしてるかも…。どうぞよろしくお願い致します。
ニビでの激戦も終わり、萌えもんセンターで体と休め気力を養った俺たちは、いよいよハナダシティへと向かう。
「と、その前に」
どうしても行っておきたかった場所があった。
世界中を探してもニビシティにしかない、萌えもん博物館である。ここに行けば、萌えもんのあられもない姿が合法的に見られる。とてもとても素晴らしい施設である!
「はぁ、まぁいいけど。寄り道してる暇なんてあるの?」
呆れるリゥだったが、強引に引っ張って博物館へと向かう。
ジムと同じほどの高さに、横に幅広い施設となっているのはさすが博物館といったところ。受付で料金を支払い、真っ直ぐに進むと、やがて吹き抜けのようなメインホールに出る。
「ひゅう、すげぇ」
幼い頃の記憶と重ねても、リニューアルしたのか面影はほとんど残っていなかった。
中心には巨大な化石、として左右の通路には展示物がずらりと並んでおり、その通路がやがては円になって奥の建物へと向かっている。そこでは遥か昔の萌えもんの生態を研究しているのだ。
そしてメインホールの中央にどっしりと展示されているのは巨大な萌えもんの骨だ。今では姿を見ることのできない萌えもんらしい。
リゥは少しだけ複雑そうにその化石を眺めているようだった。
「……帰るか?」
だけどまぁわからなくもない。リゥにとっては同じ種族の化石を見せられているのだ。俺たちが人間の化石を見せられているのと変わらない状態なのだから、心境としては複雑だろう。
だが、
「いい。さっさと見て回る方がいい」
あくまでも強気に告げるリゥに俺は頷きを返し、足速に博物館を見て回った。
◆◆
充実した博物館ライフが終われば、いよいよニビシティともおさらばだ。
時刻は正午前。腹ごしらえをし終わったらすぐに出発したい。これから向かうハナダシティの前にはオツキミ山が聳えており、ハナダへ向かうには山越えをしなくてはならないためだ。
もっとも、オツキミ山の麓には萌えもんセンターがあるので、夜はそこで過ごすのが無難であろうが。
「ま、そこは臨機応変に、だな」
剛司から貰った賞金で準備を整え、いざ出発。
オツキミ山へと向かう道には、やはり萌えもんトレーナーが何人もいる。そして俺の手の中にはまだ戦力がわからない萌えもん――コンがいる。
初めての炎タイプだ。戦力としてどうなのか見ておきたいのが正直なところである。
「……そいつ、戦力になると思う?」
リゥの問いに肩を竦めて答える。
「あ、そ」
興味もないのか、それだけで終わる。リゥもリゥでやはり問題はあるが……今のところは考えても仕方が無い。
図鑑を広げてコンの状態を見る。極めて良好。性格は弱気。覚えている技は、吼える、尻尾を振る、咬みつく、火炎放射。見事な偏り具合だ。リゥが攻撃的な技だらけだったのに対して、相手に対する有巧打を見つけるのは難しそうだ。
しかし火炎放射を覚えてくれているのは心強い。強力な武器になるのは間違いないだろう。もちろん、それを活かせればの話になるが。
「お、兄ちゃんトレーナーだな? バトルだ!」
と、歩いているといきなり麦わら被った短パン小僧に勝負を挑まれた。虫網を振り乱してトリップしている少年だったが、手加減はしない。これ大事。
「はっ、いいぜ!」
俺はさっそくコンを出す。
「頼むぜ!」
「は、はいっ!?」
いきなり外に出されて戸惑うコン。きょろきょろと周囲を見渡していると、どうやら自分の正面に萌えもんがいるのに気がついたようだった。
「はうっ」
虫取り小僧が出したのはキャタピー。トキワの森を歩いていれば見かける、珍しくもない萌えもんである。しかしバタフリーに進化した際の強さは計り知れない。
「キャタピー、体当たりだ!」
指示を受け、キャタピーがコンへと突進する。
俺はさっそくそのキャタピーを丸焦げにするべく火炎放射の指示を出す。
が、
「……や、こっちに来ないでぇ!」
コンは吼えた。
その声に竦んでキャタピーは虫取り小僧の下へと舞い戻ってしまう。
「お、おいコン……?」
「うぅ、やだよぉ」
身を竦ませているのはコンも同じだった。涙目になって震えている。
その姿に、捕まえたときのことを思い出す。そういえばあの時も、吼えようとしていた。
「あー」
……なるほど、そういう事か。
「くそ、じゃあこっちだ! いけ、ビードル!」
キャタピーに変わって今度はビードルを。またまた虫萌えもんであるが、コンにとっては強敵に違いない。
「ひっ、まだやるんですか……」
ずっと野生だったコンにはきっとわからないのだろう。
萌えもんバトルは双方どちらかの手持ちが無くなるまで続く事を。
「ビードル、毒針!」
そして勝負は非情だ。こちらの事情などお構いなしに進んでいく。
横でバトルを見ていたリゥに目配せをすると、頷いてくれた。
「コン、交代だ! リゥ、頼むぜ!」
コンを即座に交代させ、リゥを出す。
「りょう、かい!」
毒針を浴びせるべく突進していたビードルを着地と同時に叩きつけてノックアウトすると、そのままバトルを支配した。
◆◆
「兄ちゃん、強ぇな!」
負けても笑顔の虫取り小僧と別れ、更にオツキミ山を目指す。
その後も何度かトレーナーと戦ったが、結局コンは同じような状態だった。というか最後にはリゥとシェルだけで勝ち進んでいく事になった。
しかもどうやら昨日のジムリーダー戦を見に来ていたトレーナーも多かったようで、やたらと絡まれてバトルを申し込まれたものだから、麓へとたどり着く前に日が暮れてしまった。
「仕方ない、今日は野宿だな」
「歩いていったらいいじゃない」
「危ないさ」
夜行性の萌えもんは危険なものも多い。加えて、昨日のバトルでの疲労も考えるとそれほど無理も出来ない。
ごねるリゥを宥めて野宿の準備をする。
といっても簡単なもので、燃えるような枝をいくつかと寝袋程度だ。テントでもあればいいんだけど、旅をするにはどう考えても不向きだからやめた。
暖かい季節で本当良かった。
「さて、と」
もう一度だけボールからコンを出す。
「え、え、またですか……?」
「違う違う」
警戒して周囲を見渡すコンに苦笑してから、積み上げた枝を指差した。
「火をつけてもらってもいいか?」
一応火を起こす道具は持っているのだが、コンに頼りたかった。
「わ、わかりました」
小さく頷いてからコンは小さく火を吹いた。火炎放射――使おうと思えばこういう使い方も出来るらしい。
こりゃ便利。
「ありがとうな」
「ひゃっ」
コンの頭を撫でる。
火が起こると、一気にあたりが明るくなった。
同時に、これで料理も出来る。
予め買っておいた旅用のレトルト食品を加熱していく。
リゥも黙ってそれを見ていた。しかしその表情はむっつりとしている。
「あの……」
しばらく沈黙が続いた後、コンが切り出した。
「今日は、ごめんなさい」
バトルの事だろう。
俺は笑いながら首を横に振った。
「いいさ、悪いのはこっちだ」
そう、コンの性格を考えずにいきなりバトルへと放り込んだ俺が悪い。これでは萌えもんトレーナー失格だ。
シェルはあれでも好戦的だった為に頭から完全に忘れ去っていた。萌えもんだって、性格もあるし相性も気質もあるのだって事を。
だから、悪いのは俺だ。判断せずにいた俺の。
断じてコンのせいではない。
「……でも、わたし」
「いいさ。代わりにこうして力になってくれてるじゃないか」
でも、火は起こせた。俺ひとりだったら苦労して火を起こしていたのは想像するに容易い。それだけでも本当に助かった。
「じゃあ、あんた戦えるの?」
しかしリゥは納得がいっていないようだった。
当たり前といえば当たり前だ。リゥは――リゥと俺は強くなって倒したい奴を倒すために旅をしているのだから。
「それは……」
「正直に言うわ」
リゥは真っ直ぐにコンを見据える。
腕を組んで堂々と立って。
コンにはおそらく、今日出会ったどんな萌えもんよりも怖いものとして。
「あんたはいらない。強くなるために旅をしてる私達に、あんたみ
たいなお荷物はいらないの」
「おい!」
「――っ、煩い!」
俺の停止すら聞かず、リゥは続ける。
「シェルはまだ良かった。でも……あんたは駄目。認めるわけには
いかない。その弱さは――」
コンの目に涙が溜まっていく。
そしてリゥは最も告げてはいけない言葉を告げた。
「迷惑なのよ」
◆◆
食事も終わって、なんともなしに俺は星を見上げていた。
コンが起こしてくれた火は燻っているが、そろそろ消えそうだ。いらない新聞紙を丸めて投げ入れ、一緒に枝を数本ぶち込んでおく。
「……」
あの後、コンは俯いたままボールへと戻った。
俺が声をかける間もなく。
そして、何度呼びかけても答えてくれることは無かった。
リゥもリゥで、そっぽを向くとそのまま無言になってしまい、今は不貞寝しているのかこちらに背を向けて横になっている。
「――私は認めない」
しかし独り言のように、小さく呟いた。
焚き火が爆ぜる。
「あんな弱い姿、認めない」
それはまるで自分に言い聞かせているかのようだった。
「何かの後ろに隠れていればそれで大丈夫だなんて、絶対に」
認めないと。
リゥはそれっきり黙ってしまった。
やがて小さな寝息が聞こえてきたのを見計らって俺は呟いた。
「難しいもんさ。"強さ"ってのは」
まるで答えるかのように、もう一度焚き火が小さく爆ぜた。
◆◆
「よし、出発だ!」
後片付けをすませ、今日こそはオツキミ山を越えるべく出発する。
程なくして萌えもんセンターに到着すると、昨日バトルで見た顔がいくつもあった。どうやらあの場所で野宿をしていたのは俺達くらいのようで、他のトレーナー達は無理をして麓の萌えもんセンターまで向かっていたらしい。
そいつらと萌えもんセンターでオツキミ山の情報交換をしておく。山越えといっても洞窟の中を進むので、懐中電灯等の準備は欠かせない。
入り組んだ洞窟は迷いやすく、ハナダまでの道は明記されているものの、薄暗い洞窟内では見落としやすいだろう。慎重に進んでいかねばなるまい。
リゥは埃っぽくならないかと気にしていたが、仕方ないと諦めてもいるようだった。
「今日中に越えるの?」
「ま、大丈夫だろ」
岩山トンネルのように大きな洞窟というわけでもない。気を抜いてはいけないが、それなりに肩の荷を降ろしておかないと後で潰れてしまう。
オツキミ山の洞窟に差し掛かると、観光スポットにもなっているのか入り口は比較的綺麗だった。萌えもんセンターで出会ったトレーナー達もいるし、入り口付近はまだまだ賑やかになりそうだ。
しかし一旦奥に入ると、明かり無しでは進みにくくなってくる。といっても地面は整備されており、時折人工の明かりが灯っている。その明かりを目印に進んでいけば、洞窟は抜けられそうだった。
道中出くわした萌えもんは、イシツブテにズバット、パラスの面々。ピッピという満月の日にしかお目にかかれない萌えもんもいるようだが、生憎と日中なために出くわさなかった。残念だ。
しかしうちの主力メンバーは加減を全くしてくれないため、出会う萌えもんを片っ端から倒してしまい、捕獲はついにゼロ。本当にトレーナーに優しくない萌えもん達だ。
と、そんなこんなで進んでいると、ハナダへ近づくにつれていかにもな奴らが見かけるようになってくる。
暗い洞窟内において、真っ黒な服を着ているという気合の入った迷彩に加え、何故だか赤いRのマーク。
噂には聞いた事があった。確か――
「ロケット団、だったか」
萌えもんを使い悪事を働く、所謂マフィアであるらしい。
マサラでは何も話を聞かなかったが、まさかここに来て実物を見るとは思わなかった。
オツキミ山は古い昔、隕石が落ちたことでも有名で、希少価値の高い石が出土したりするらしい。奴らの狙いはそれか――はたまた萌えもんか。
「……何よ」
傍らを歩くリゥに視線をやる。
リゥもまた、珍しい萌えもんに入る。必要とあればトレーナーの持っている萌えもんすら奪う奴らのことだ。危険なのは間違いない。
「気をつけていかないとな」
「は? 当たり前じゃない」
意味のわかっていないリゥと一緒に洞窟内を進む。
途中、岩に挟まっていた道具を見つけ、拾い上げる。どうやら忘れ物らしい。かなりの年月が経っているのか、錆ついているがまだ使えそうだった。
「技マシン、か」
中身を調べてみると、メガトンパンチのようだった。これまた強力な技だ。本来ならばリゥに覚えさせたいところだが、既に同じくらい強力で使い勝手のいい技を覚えている。
「……そうか」
しばし迷った後、コンに覚えさせることにした。
ハナダについたら頼み込むとしよう。
そう思い、俺が技マシンを仕舞った時だった。
「おい!」
洞窟内に響くほどの声で、そいつは現れた。
真っ黒い服に深紅のマーク。趣味の悪い帽子を被ったそいつは、噂をすればのロケット団だった。
また面倒な奴に絡まれたもんだ。
「なんだよ」
わざわざ親切に明かりの下まで出てきてくれたそいつは、いかにも悪党らしい笑みを浮かべて俺に向かって手を出した。
「その技マシンは俺が見つけたんだ。だから俺のだ。渡せ」
言葉は無茶苦茶だが、言っている意味はわかる。
つまり、さっさとこの技マシンを置いて去れって事だろう。
だけど俺、そんなに素直じゃないから……。
「知るか。これは俺が見つけたんだから俺のだ。お前のだと? 落
ちてたもんを拾ったんだから、お前のじゃなくて俺のだろ」
「な――おい、ガキ。落し物は警察に届けるもんだって教えてもらわなかったのか?」
ロケット団員は僅かに驚いた後、忌々しいとばかりに顔を歪めた。いかにもな悪党面だ。
そんな顔をされたら俺も負けてはいられない。
「いいか、良く聞け趣味悪い服の真っ黒野郎。これは俺のだ。俺が見つけたら俺のだ。お前のだったとしても俺のだ。例えお前が本来の持ち主であったとしても俺のだ。何故なら――」
口端を吊り上げて、笑ってやる。
「俺の物だと俺が決めたからだ」
「……どっちが悪党なんだかわからない」
リゥが頭を抱えていたが気にしないことにした。俺は間違っていない。
「見上げた悪党だな、お前」
悪党に褒められた。
「しかも珍しい萌えもん連れてやがるじゃねぇか」
へへ、とリゥに気が付いたロケット団員は笑った。
「もしもし警察ですか。オツキミ山に幼女を見ていやらしく下品に笑っている変態がいます」
「おい!」
通報しておいた。
「てめぇ、さっきからふざけてんじゃねぇぞ」
青筋を立ててロケット団員は怒っていた。
おかしい、あいつが怒っている理由が俺には検討がつかない。
「ぶっ殺してやるよ――ついでにその萌えもんもいただいていくぜクソガキが!」
やれやれだ。
頭を抱えて嘆息する。こんなのが世に悪名名高いロケット団だとは。
「はっ、来いよ。チンピラ」
どうやらバトルは避けられそうにもない。
全く同時に萌えもんを展開。
こちらの一番手はシェル。洞窟の萌えもんには部類の強さを発揮する萌えもんだ。
そして相手が繰り出したのは、
「行け、ラッタ!」
コラッタの進化系であるラッタだ。なるほど、確かに強そうだ。
ラッタよりも伸びた歯が特徴で、より愛らしさを増している。甘噛みされたい衝動をぐっと堪えて指示を出す。
全体的な能力としてはラッタの方が上だ。その証拠か、ロケット団員は既に勝ち誇っている。
「必殺前歯、やっちまえ!」
ラッタが飛び出してくる。
喰らってしまえばこちらはひとたまりもないだろう。戦略を練り上げる。
「シェル、水鉄砲!」
「らじゃ」
しかしただの水鉄砲じゃない。
ここは洞窟だ。そこら中に落ちている岩を拾い上げ、水鉄砲に乗せて射出させる。
「な、なに!?」
勝利を確信していたロケット団員が声を上げるのと同時に、岩はラッタへと激突。こちらに咬みつくべく大きく開けていた口に岩がちょうど収まった。
しかしさすがラッタである。噛み砕こうと力を入れているのがわかる。俺はもう一度、シェルに指示を飛ばす。
「水鉄砲強化型!」
「おっけ!」
両手を重ね合わせ、威力の上がった水鉄砲を発射する。その勢いに飲まれ、ラッタは倒れた。
「ちっ、じゃあこいつだ!」
つづいてロケット団員が出したのはズバット。洞窟内で何度も見た萌えもんである。
「超音波だ、狂わせてやれ!」
ズバットが超音波を放つ。
萌えもんの平衡感覚を僅かの間奪い、混乱させてしまう技だが――
「シェル、篭れ!」
殻に篭ったシェルにはほとんど効果が無い。
「ぐ、ぐぬぬぬ」
こういったチンピラのような奴は決まって堪え性がない。無駄だとわかって続けていられるほど我慢強くないのがほとんどだ。
案の定、すぐに超音波を止めさせ、今度は吸血へと戦法を変えてくる。
しかし吸血をするためには当然、密着しなくてはいけないわけで。
俺はさっそくシェルが新しく覚えた技を試すチャンスだと目を光らせる。
「オーロラビーム!」
ズバットが回避不能な距離に入ると同時、シェルに指示を飛ばす。
オーロラビーム。氷タイプの技で、周囲を染め上げながら敵を撃つ攻撃だ。
ズバットは回避すらままならず、そのまま撃墜されて沈む。
これで終わりだ。
「くそが……!」
しかしロケット団員は俺へと向かって拳を振り上げてくる。
本当に面倒くさい。
今度は持ち主をやってしまおうという腹なのだろう。
明らかに喧嘩なれしていない動きだ。あまりにも直線的すぎる。
俺はロケット団員の拳を身をずらしてかわす。しかし男にとっては予想通りだったのだろう。踏み込んだ膝で更に追撃を迫る。
が、
「甘ぇよ」
俺は蹴り上げられようとしていた右足を踏み抜いた。
「ぐっ……」
呻きを上げるロケット団員の鳩尾に右拳をぶち込む。急所を攻められて息を吐くが、それじゃ止まらない。
くの字に折り曲げる身体を髪の毛を引っ張って起こす。
「おい、殴りかかってきたって事は喧嘩の覚悟があるって事だよな?」
「ち、く」
何か言おうとしていたようなので殴って黙らせる。
再び下を向いたロケット団員をもう一度持ち上げる。
「なぁ、どうなんだ?」
「くそがっ」
せっかく優しく言ってやったのに酷い奴だ。
「酷いのはどっちよ!」
「ぶるぁ!」
またしてもリゥに叩きつけられ、俺は洞窟の壁をキスをした。仄かに水分を含んでいたのがわかるくらい慣れてきているのが悔しい。
「まったく……」
ロケット団員はもう戦う気も失せたのか、ぐったりとしている。
リゥは一息ついてから、俺の元へとやってくる。
「……さっきの何?」
「いや、昔を思い出して」
これでもやんちゃしてたんだい!
黒歴史を思い出しそうになったのを頭を振って追い出した。
そして念のために常備していたロープを取り出し、そそり立っていた岩にロケット団員を括り付けておいた。真っ黒な服だとわかりにくいから、少しでもわかりやすいように脱がしておいたら見つけやすくなった。黒い部分を除いたらパンツ一枚になってしまったが、これならすぐ見つけてもらえるだろう。警察には先に通報してあるし、ばっちりだ。俺って優しい。
「さ、行こうぜ」
「あんたの方がよっぽど悪党に見える」
リゥの呟きは聞こえなかった事にした。
その後、オツキミ山でパンツ一丁の男が縛り上げられて息を荒げていたのが新聞の一面を飾ったのはまた別の話。
◆◆
「よし、抜け出した!」
おおよそ半日ぶりに外の空気を吸った気がする。
大きく伸びをして目一杯吸い込んだ。空気が実に美味い。
「で、そのハナダシティってのはどこ?」
洞窟内ではわからなかったが、リゥも煤けている。早く身を清めたいのだろう。ハナダシティに連れて行けとうずうずしているようだった。
別にそのままそこらの水場で清めてくれてもいいんだぞ、と言ったらぶっ飛ばされた。世の中は非情である。
「あのね、馬鹿な事言ってないで――」
「あそこだ」
オツキミ山から更に下った場所にハナダシティはある。山から流れる水の恩恵を受けた、水の町である。港町であるクチバシティとはまた違った趣のある町だ。
「さ、行こうぜ」
「うん」
リゥとふたりで山を降りていく。
ハナダシティまではもう少し。この町で俺は、"強さ"の意味をひとつ、知ることになる。
<続く>