萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~   作:阿佐木 れい

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ニビジム戦です。タケシの名前はもうフィーリングで当て字ですよ! また、タイプの相性はあくまでも個人解釈です。現在のポケモンはあまり詳しくはないので、どんなタイプの組み合わせがあるのかまでは把握しておりません。作中時期は初代と同じ時系列で、ということでひとつ。


【第五話】ニビ――岩砕き勝利を手に入れる者

 かくして、ニビシティジムの火蓋は切って落とされた。

 俺と剛司、投げたボールは同時に展開され、

 

「イシツブテ!」

 

「シェル!」

 

 互いの声も同時。目の前の敵を打ち砕かんと下される指令は違っても、お互いに込められた意思はひとつだけだ。

 

 お前を倒す。

 

 勝利の頂を手にするために、全力でぶつかり合う。

 

「地震だ!」

 

「水鉄砲!」

 

 会場そのものを揺らす、地面タイプでも屈指の技が繰り出される。イシツブテといえども傲ればこちらに勝機はない。

 何を気に入ってくれたのかわからないが、剛司は本気で俺と戦ってくれているようだ。明らかに、通常対戦で使う布陣とは違っている。

 

 それがたまらなく嬉しく、楽しかった。

 

「さて、そのひ弱な水鉄砲でどうする!?」

 

 だが、剛司が力で来るというのなら、俺は知力でお前を引きずり下ろすだけだ。

 

 イシツブテが地震を繰り出す瞬間に飛ばした俺の指示は水鉄砲。効果があるといっても、そもそもシェルは地震を耐えられない。だが地面の上にいる以上、命中は必須だ。

 

 なら、答えは簡単だ。

 要は地上にいなければいい。

 指示と共に地面に向かって腕を振り下ろす。シェルは意味をくんでくれ、両手で溜め込んだ水を一気に地面へと放射した。

 

 シェルは子供とあってまだ体重は軽い。通常の水鉄砲ならば身体が持ち上がるほどの威力はない。だが、水を封じ込め注ぎこみ続ける事で流れが発生し、それが力と転じる。その力を一点へと向けて発射すれば、鉄砲水へと威力は跳ね上がる。

 

 即ち、シェルの身体程度ならば簡単に空を跳べる。

 

「な――!」

 

 だが剛司が驚いたのはその瞬間だけだった。

 即座に気を取り直し、空中で無様に身動きの取れないシェルと攻撃を開始する。

 

「ならば、ロックブラストだ!」

 

 指示を聞き届けたイシツブテがバトルフィールドに転がっている岩を持ち前の腕力を駆使して投げつけてくる。

 

 こちらは水タイプ。空では身動きなど取れず、回避の方法は存在しない。まさしく"良い的"である。

 

「シェル、篭れ!」

 

「らじゃ!」

 

 俺の号令と同時に即座に殻に篭るシェル。刹那到来した岩は容赦なくシェルを襲うが、シェルダーの取り柄はその頑丈さだ。思った通り、こちらのダメージは少ない。

 

 これならば、最初に地震を食らうより余程リスクは少ない。加えて――

 

「まだだ、イシツブテ――」

 

「遅ぇ! シェル、ぶちかませ!」

 

「水、鉄砲っ!」

 

 殻にこもっていることでこちらの次の行動が読めなくなる。

 俺の指示を聞いたシェルは殻にこもりながら先ほどと同じように溜めていた水鉄砲をイシツブテへと一気に噴射した。その威力、空中にいるシェルを観客席付近まで吹き飛ばすほどの威力を持っていた。

 

「――ぐっ」

 

 剛司の指示を受けようとした隙が仇となった。為す術なく命中した水鉄砲は、無防備だったイシツブテを飲み込んでそのまま壁へ轟音と共に直撃する。

 

「イシツブテ!」

 

 馬鹿な、とイシツブテを見る剛司。

 

「――1体目、撃破」

 

 目の前で敗れたイシツブテの様子に唖然としていた司会だったが、俺の言葉で我に返ったようだった。

 

「イシツブテの体力――0です! ファアル選手、先鋒のイシツブ

テを鮮やかに倒しました! これは面白いバトルになりそうだ!」

 

 遅れて沸き起こる歓声。

 こっちに戻ってきたシェルの目線に合わせる。

 

「いけるか?」

 

「ばっち」

 

「よし、次も頼むぜ!」

 

「うむ!」

 

 自分の頬を叩いて気合を入れるシェル。こいつはまだまだやってくれそうだぜ。

 

   ◆◆

 

 

「……凄い」

 

「逆転しやがった」

 

「あれがファアル――ううん、お兄ちゃんの力」

 

 その様子を、観客席の最前列で観ていた少年たちがいた。

 彼らの名前はレッド・グリーン・ブルーという。萌えもん研究の第一人者、オオキド博士より"萌えもん図鑑"の完成を託されて旅に出ているファアルの幼馴染たちである。

 

 幼い頃より家族同然に育った彼らをずっと面倒を見てくれていた

少年がいた。少年はかつて目指した夢を挫折し、心の奥に仕舞い込み、もはや届かないものだと諦めていた。そして、その事を誰よりも嘆いていたのは少年ではなく、彼ら3人の幼馴染たちであった。

 

 誰よりも強く、誰よりも大きく見えていた少年。兄のようだと慕う者もいれば、その大きさに反発する者もいた。

 

 しかし彼らはずっと望んでいた。いつも自分たちの前に立ち、引っ張ってくれていた兄の本当の姿を。いつの頃か、輝きを失ってしまったその瞳に再び光が灯るのだと信じて。

 

 だが現実は無情にも少年たちを旅へと駆り出した。かつて自分たちを引っ張ってくれていた少年が夢見たはずの舞台へと。

 

「んーむ……いや、奴に萌えもん図鑑は無理じゃ」

 

 旅立ちの前、3人で博士に詰め寄った時の記憶が蘇る。

 考え込み、難色を示していた博士。

 

 その言語の真意は果たして何だったのか。もし、博士がそのままずばり、「ファアルに図鑑を完成させるのは無理だ」と言いたかったのだとすれば?

 

 夢を諦めた少年はいつしか青年と呼べるまで成長した。夢を失い擦り切れ始めた彼はしかし、かつて持っていた魂をずっと胸の奥に仕舞い込んでいた。

 

 大切に、大切に。

 いつかもう一度、夢を追える日に今度こそ間違わないように。二度と折れないように。

 だからきっと今日こそが彼の本当の――旅立ちの日なのかもしれない。

 

 

   ◆◆

 

 

「戻れ、イシツブテ!」

 

 イシツブテを戻し、すかさず剛司は次のボールを手に取る。

 

「さぁ、剛司の次の萌えもんは――おおっと、ここでカブトだぁ!」

 

 剛司が選んだのは、膝を抱えた姿がまた愛嬌のある生きた化石ことカブト。シェルと似たような戦い方をする萌えもんだろう。ひょっとしたら御先祖様かもしれない。タイプは岩と水。弱点はカバーしているが、ここに来て電気がいないのは残念でならない。

 

「体当たりだ、カブト!」

 

 似たようなタイプの戦い方が可能だ。剛司も力で押すことに決めたらしい。だが、堅い甲羅に岩が加われば、シェルとは違いただの体当たりとて油断はでいない。ましてや標的はシェルだ。堅い殻を持つとはいえまだ子供。当たり負けする確率の方が遥かに高い。

 

 かと言ってさっきのような大掛かりな水鉄砲は無理だ。発射まで時間がかかる上に隙が大きい。ここはひとつ、堅実に手を打つのがベストか……。

 

「水鉄砲、頼むぜ!」

 

「ばっちぐーおっけー!」

 

 ここはシェルの水鉄砲を当ててカブトの体力を削りながら体当たりの勢いを弱めるしか手がない。

 

 だが、そんなのは誰にだって予想できる。いくつもの戦略から剛司が最も待ち望んでいたのは、まさにこの瞬間だった。

 

「ふっ――カブト、冷凍ビームだ!」

 

「おっけー!」

 

 土煙を上げながらこちらへと向かってくるカブトは、今まさに水鉄砲を発射しようとしているシェルに向かって冷凍ビームを放った。

 

 氷と水の属性を持つシェルだ。本来ならば別段怖くない攻撃だが、タイミングが悪かった。

 

 水鉄砲は即ち水を勢いよく発射する技だ。逆にカブトの放った冷凍ビームは相手を瞬時に凍らせる技である。もちろん氷タイプを持っているシェルには効果はほとんどない。だが、シェルが発射した水鉄砲には――

 

「ちっ、シェル! 止められないなら上へ向けろ!」

 

 指示を下す時間も無い。射線をずらすべく、指示を下す。頼む、間に合ってくれ!

 

「は――あわわ、そんなのむりむりむりー!」

 

 だが力もまだないシェルにそんな力技は難しかった。僅かだけ持ち上がってくれたが、その瞬間、冷凍ビームはシェルの手まで到達し水鉄砲によって濡れていたシェルの手元まで凍りつかせた。事実上、シェルの行動は封鎖されたようなものである。

 

 しかし恐ろしいのはここからだ。自然、発射していた分の質量もシェルへとかかってくることになる。当然支えられるはずもなく体勢を見事に崩してしまい、更には身動きすら封じられてしまう。

 

 まずい――!

 

「今だ。カブト、」

 

 だが狙っていた隙を剛司が逃すはずもない。いち早く号令をカブトに下すと、シェルに向かってその長い爪を振り上げる。

 

「ひっかけ!」

 

「ひああぁぁぁぁ」

 

 身動きの取れないシェルは見る間に被弾していく。

 一撃ごとに削られていく体力。このままでは数秒の内に敗北は必須だ。実況もさすがにこれはまずいと思ったのか、俺に敗北を認めるよう視線で促してくる。

 

 だが、まだだ。まだシェルは倒れちゃいない。

 

 ――いけるか?

 

 視線で話す。

 

 ――このままじゃ納得いかない!

 

 返ってくる信頼。

 おーけー。なら、俺も踏ん張ろうじゃないか。散るならこいつをぶっ倒してからだ!

 

 最後の指示を視線に籠める。頼むぜ、シェル。その頷きに俺は賭けるぞ。

 

「これで、トドメだ!」

 

 カブトの爪が振り下ろされる。喰らえばシェルは負ける。逃げ場などない完全なマウントポジション。だが――

 

「負、けないもん――!」

 

 叫ぶと共に思いっきり身を後ろに倒すシェル。

 無駄だ。誰もがそう思ったであろう光景は、しかし次の瞬間に覆される。

 

「な――に」

 

 驚きに目を見開く剛司。

 そりゃそうだろう。シェルがカブトの攻撃をかわしたのだから。

 

 ま、カラクリを明かせば簡単だ。要は、凍ってしまってからも水を発射し続けただけのこと。カブトの冷凍ビームは無限の時間凍りつかせておけるものではない。ただその場にあったものを凍らせるという一時的な効果に過ぎない。後は子供でもわかる。氷の上から、より温度が高い水を流し続ければどうなるか。答えは簡単だ。つまり――

 

「溶けるってこった!」

 

 今度はこっちの番だぜ剛司。その最高の隙、俺が――俺たちが見逃すとでも思ったか!

 

「水、」

 

「鉄砲!」

 

 号令と共に吹き出される水流。凍ってからも尚堰き止められていた水はもはや濁流だ。一瞬にしてカブトを押し飛ばし、飲み込んでいく。

 

 だがシェルも同時に飲み込まれてしまう。その瞬間、シェルの体力を示すゲージは0へと。

 

「きゅ~」

 

 目を回したシェルに駆け寄って労いの言葉をかける。なんとか頷きを返してくれたのを確認してから、ボールの中へと戻す。

 

 遅れて、カブトの体力もまた0になる。シェルと同じように目を回している姿は、こんな戦いの最中だというのにお持ち帰りしたくなるレベルの可愛さだった。

 

「――二体目、撃破だ」

 

「おおっと、負けるかに思われた戦いでしたが、なんとファアル選手の奇跡の巻き返し。シェルダーとカブトは相打ちとなりました」

 

 そして、それぞれに表示されるボールの数は、俺がひとつに剛司

がふたつ。

 

「だが、萌えもんの数では以前剛司が有利。さて、次の勝負もまた見物だぞ!」

 

 実況の声を背景に、俺はリゥと真っ直ぐに目を向かい合わせる。

 緊張に揺れている瞳は、しかし自信に満ち溢れている。

 

 マサラで初めて出会った頃を思い出す。時間にしてみればほんの数日前だ。まだまだ絆も信頼も、充分とは言えない。

 だが、既に信じられるに足るものは俺の中に確かにあった。

 

「後は任せていいか?」

 

 少しの敗北すら信じずに、ただただ勝利を掴んでくれると信じて。

 りぅは少し躊躇うように一度俯いた後、自らを鼓舞するかのようにブルーから貰ったハチマキを力強く額に巻き直した。

 

「バッジ、いただこう」

 

 そして、右手を高らかに挙げる。

 

「――ああ、そうだな。やろうぜ!」

 

 高らかにハイタッチ。会場中に響きそうなくらい、良い音が鳴った。

 

 準備は整った。残り2体――決着をつけるぞ、剛司。

 

   ◆◆

 

 

「やるようだな……」

 

 改めればならないようだ、と内心で舌を巻いた。

 

 侮っていたわけではない。

 だが、相手の萌えもんを見て油断していたのは確かだ。ミニリュウと満足に育ってはいないであろうシェルダー。たった2匹で大見得を切ってみせたトレーナー。しかし何度も戦ってきたように、外面だけのトレーナーだと思っていた。だからこそ、イシツブテにカブトといったジムリーダーとしての最強の布陣で粉々に打ち砕くつもりだった。

 

 しかし、そのつもりで出したイシツブテとカブトはたった一体のシェルダーによって敗北した。しかも弱点をついたからではない。戦い方を見ればわかる。萌えもんとの信頼、そして状況に合わせた奇抜な戦術、豊富な知識。それらを駆使し、勝利を手繰り寄せるその力。間違いなく、ファアルは今日一番の強敵であった。

 

「ならばこちらも全力でいこうじゃないか」

 

 久しぶりだ。ああ、本当に久しぶりではないか。

 今まで何千とバトルを行ってきた。だが、真に燃えるバトルは数えるほどしか経験してこなかった。四天王とも、ジムリーダーとの戦いとも違う。ひとりの萌えもんトレーナーとして、勝負を挑みたかった。

 

 だからこそ、剛司は自然と笑っていた。久しぶりのバトルに滾る気持ちを抑えることなく。

 

「さぁ、行ってこい――」

 

 手に取ったのはこれまでほとんど使う場面など無かったボール。不意打ちにすらなり得る萌えもんだ。だからこそ、思う。

 打ち砕いてみせろ、と。

 

   ◆◆

 

 剛士が笑った。俺を見て、確かに笑っていた。

 なるほど……お前も燃えてきたってことか。気が合うな、俺も熱くてたまらねぇよ!

 

「さぁ、先が見えなくなってきました今回のバトル。続いて挑戦者ファアル選手が繰り出すのはミニリュウ。対する剛士は――えっ」

 

 そのモンスターを見た瞬間、実況だけでなく会場そのものが凍りついた。

 

 まるで産声のように咆哮を上げ、巨大な姿が露わになる。その姿は――まさしく翼竜が相応しい。プテラ。カブトと同じく遥か古代に生きた萌えもんのひとつだ。

 

「なんと――プテラです! 岩タイプを持ちながら飛行するという、まさに反則とも言える萌えもんをまさか剛司が使うとは!」

 

 岩でありながら飛行する。そのハチャメチャぶりもさることながら、重たい身体を飛ばす筋力も要注意だろう。イシツブテなどとは比べるべくもない。おそらく、一度でも被弾すればこちらは瀕死になる。

 

「いくぞ、ファアル!」

 

 剛司の言葉に答える。

 

「来な、岩使い!」

 

 互いの声がフィールドに響く、

 刹那の後に行動を起こしたのはプテラ。地上近くで羽ばたきを始め、脚で、翼で、そして風で。フィールドに落ちている岩を無数に飛ばしてくる。 

 

 ロックブラスト。

 

 イシツブテのそれが投擲ならば、プテラのは弾幕だった。

 かわすことはおそらく難しい。なんとかかわせたところで、プテラの懐まで潜り込まなければ勝ち目はない。

 

「――」

 

 そして、状況を打開するには、奴の裏をかく必要がある。

 

「よし。リゥ、頼むぜ!」

 

「任せて!」

 

 以心伝心。リゥに指示したのは竜巻。瞬時にして天井まで届くかと思えるほどの竜巻を4つ展開。まるでリゥを守るかのようにしてプテラの前に立ち塞がる。

 

 だが、プテラのロックブラストと比較すればその威力の弱さは歴然だ。こちらの竜巻はプテラほど巨大な岩を持ち上げられるほどの力が無い。

 

「リゥ、出来るか?」

 

「わからないけど……やってみる」

 

 リゥは念じるかのように目を閉じる。それが決定的な隙になるのはわかっていても、俺たちには縋るより他にない。

 

 しかし剛士がそれを逃すはずもない。ロックブラストに続く形でプテラが飛行する。

 おそらく、竜巻の威力を即座に計算したのだろう。確かに、竜巻でプテラを倒せない。よしんばダメージを与えられたとしても、微々たるものだろう。

 

 ひとつなら、だ。

 そう、届かないのなら足せばいいのだ。

 4つあった竜巻を3つに。3つあった竜巻を2つに。2つあった竜巻を1つに。

 

 それぞれの威力を上乗せし、ひとつの巨大な竜巻を作り出す。

 

「いや、だが!」

 

 既にロックブラストはリゥの眼前へと迫っている。

 リゥはゆっくりと目を開け、大きく横へと跳んだ。

 ギリギリで回避した岩はそのまま竜巻へと飲み込まれていく。果たしてどれだけの数を飛ばしてきたのか確認できないほど岩が竜巻へと吸い込まれていく。

 

 だが、それだけだ。急速に回避したことで無防備なリゥへとプテラが迫る。

 

「噛み砕け、プテラ!」

 

 喰らえばおそらくリゥに後はない。

 しかしこちらには即座に出せる切り札がある。

 

「リゥ、電磁波だ!」

 

 指示と同時、リゥが掌から電磁波を繰り出す。地面タイプのないプテラは抵抗なく喰らうも、一瞬だけ動きを止めただけで、口を開き急下降で迫り来る。

 

 以前としてリゥの敗北が揺るがない場面の中、俺はまた同じように左手の指を3本立て、告げる。

 

「3体目――」

 

 誰もが何を言っているのかと思った瞬間、それは起こった。

 リゥへと向かって飛行していたプテラを上空から岩が襲ったのだ。そしてそれは雪崩れとなって降り注いでいく。

 

「竜巻が囮かっ!」

 

 絶句する剛司。

 種を明かせば簡単だ。竜巻というのは回転しているためわかりにくいが、その実、上へ上へと物体を持ち上げていく。海で発生した竜巻が陸上で魚を降らせる原因でもある。言ってしまえば、その理屈を利用したわけである。

 

 つまり、ロックブラストによって飛ばされた岩は竜巻へと飲み込まれ、上空へと昇っただけなのである。やがては竜巻が消えた瞬間、重力に従って降り注いだ。

 

 岩雪崩れ。

 

 岩タイプの技にして非常に威力の高い技である。プテラは岩タイプであると同時に飛行タイプを持っている、即ち、

 

「――撃破」

 

 雪崩れに飲み込まれれば、待つのは敗北だけである。

 電磁波で一瞬だけでも動きが止まれば、それがこちらの勝ちと同義だったのだ。

 

 モニターに表示された剛司の手持ちがひとつ消えた。これで、残るは一体だけだ。

 

 歓声が一際大きくなった。こちらに戻ってくるリゥにウインクしてみせ、キモいと言われて超ヘコんだ。

 

「……見事だ」

 

 剛士はプテラをボールへと戻し、続いて取り出したボールに額を押し当てた。

 

 おまじないのようなものだろうか。俺もリゥとハイタッチをしたんだ。きっと、同じことなのだろう。

 

 やがて、剛司は顔を上げて俺へとボールを掲げた。それは、俺に勝つという意志の現われでもあり、また同時に全力で来いという言葉でもあった。

 

 だから俺も頷きを返す。やってみろ。無言の言葉は、しかし剛司には伝わった。

 

 剛士が投げたボール。そこから出てきたのは――

 

「イワーク、か」

 

 会場がざわつくのがわかる。

 ここに来てイワークだと……? とそこかしこから疑問の声が上がっているのが俺の方まで聞こえてくる。

 

 だが、剛司はそんな声など気にせず、腕を組んで俺を真っ直ぐに見据えている。

 何にひとつの理由すらなく、剛司はイワークこそが最強の萌えもんだと信じている。そして、イワークもまたそんな剛司に答えるべく、長い岩のポニーテールを地面へと打ち付けた。

 

 轟音が鳴り響き、実況が意識を取り戻したようだった。

 

「剛司のラストはイワーク……これまで歴戦を共にしてきた剛司の相棒です!」

 

 そして、これまで何度も萌えもんトレーナーに立ち塞がり、倒してきた歴戦の萌えもんである。自信に満ち溢れた表情が物語っている。

 

 間違いなく、強い。

 リゥも気迫を感じているのか、小さな手をぐっと握り締めていた。

 

「リゥ」

 

「……ん」

 

 言葉少なに、リゥは頷いた。

 小さな背中。今にも震えそうな気持ちを必死になって抑えこみ、立っている。

 

 リゥが抱えていた弱点のひとつだ。彼女はいつも"自分が本当は弱い事を知っている"事実を隠している。だからこそ、自分より強い相手と向かい合えば、押し隠していた感情が表に出てくるのだろう。

 

 傷だらけだったリゥは、強くなりたいと願っていた。そして、俺もまた強くなりたいと――憧れだった背中を追い越すために、強くならねばならないと今でも信じている。

 

 俺もリゥも、ひとりだけでは決して届かない夢なのだろうけど……でも、今はひとりじゃない。

 だから、

 

「勝つぞ」

 

 万感の想いを込めて、たった一言の言葉を送る。

 

「うん。勝つ!」

 

 まるで会場全体に響くかと思うほど、両手で強く自分の頬を叩いて、リゥはイワークへと向かい合う。

 

 身長も体重も、ましてや経験だって違う。差がありすぎる。

 だが、そのために俺たちがいる。その差を埋め、勝利を導くために俺たちトレーナーがいるのだ。

 

 ゴングが鳴らされる。ニビシティジムリーダー最後の戦いが、こうして始まった。

 

   ◆◆

 

 

「イワーク!」

 

 先手は岩石竜イワーク。長い岩状のポニーテールは重くないのかと思わず訊きたくなるほど重量感に溢れており、身体を覆う灰色の鎧は下手な物理攻撃など無効化するほどの強度を持っている。

 

 王者のように腕を組み、仁王立ちしていたイワークは剛司の指示を聞くや否や――

 

「体当たり、行け!」

 

 尻尾の如きポニーテールを伸縮させ、爆発的な威力を持って襲いかかってきた。

 

 イワークの特徴は、岩タイプとは思えないほどの素早さにもある。飛行しているプテラには劣るが、その素早さは決して侮っていいものではない。

 

 まして更に剛司のイワークは背後にロックブラストを射出することによって加速力を高めていた。

 その威力、もはや体当たりの範疇を越えている。

 

「ぐっ!」

 

 かわせないと判断した時には既に遅かった。リゥの小さい身体は跳ね飛ばされ、防御したのにも関わらずその体力は見る間に減っていく。

 残り、もっても1撃。

 

「リゥ、立て直せ!」

 

「わかって、る」

 

 余程効いたのか、答える声も弱々しい。しかし跳ね飛ばされなが

らなんとか空中で姿勢を立て直してくれた。

 

 ほっとしていたのもつかの間だった。そんな隙、剛司が逃すはずもないのだ。

 

「叩きつけろ、イワーク!」

 

 瞬時にして肉薄していたイワークが身を捩る。唸るポニーテール。岩で構成されたその一撃は、岩雪崩を直に食らうより尚強力だ。

 

 横薙ぎに繰り出された一撃を為す術なく食らうリゥ。

 グリーンのオニスズメや、先程のプテラの時と同じだ。今度はこちらが逆手を取られた。

 

「リゥ!」

 

 状況を打開するべく思考を回す。擦り切れるほどに練っても、勝機があるのはたったひとつの方法しかない。だが、そのためにはリゥが倒れては意味が無い。

 そして、相手の懐に潜り込まねばならない。

 

「まだだ、イワーク!」

 

 トドメを指すべく、イワークが空中で回転する。あの方向、地面へと叩きつけるつもりだ。

 

 ――くそっ、何か方法があるはずだ!

 

 諦めずに方法を探す。唯一の勝機は見つけた。だが、それに繋がるための布石がない。

 

「いや、あれは……」

 

 ふと、リゥの額に巻かれたハチマキが目に留まる。

 そうか、これなら……!

 

「かっ、はっ――」

 

 そして俺が答えに至った瞬間、イワークは無情にもリゥを地面へと叩きつけていた。

 

 地響きと共に沈む。あまりの威力に会場が地震でも起こったかのように揺れ、立ち上った砂塵でリゥの姿は完全に消えていた。

 モニターを見ると、見る間に減っていくリゥの体力があった。

 

「あ、ああ……」

 

 静まり返った観客席から漏れた声は、おそらくレッドだろう。

 俺はリゥが沈んだその場をじっと見つめ、

 

「……見えたぜ」

 

「? なんだ」

 

「ファアル選手のミニリュウ、体力が一気に減っていく! あの強烈な一撃はやはり華奢なミニリュウでは厳しかったかぁ!」

 

 会場の誰もがモニターへと釘付けとなっていた瞬間、剛司だけは俺を見ていた。

 

 敵はまだ諦めていない。

 剛司もわかっているのだ。俺が、勝利を手放していない事を。

 そして、指示を飛ばすべく、ゆっくりと右手をイワークへと突きつける。

 

「叩き、つけろぉ!」

 

 号令と共に右手を遥か上空へ。

 同時、砂塵を切り裂いて現れたのはリゥの姿。その後を、もはや原型を留めていないハチマキが後を引いて落ちていく。

 

「あ……まさかあれって」

 

 持ち主なだけあって、ブルーは得心がいったようだった。

 そう、ブルーが俺にくれたのはただのハチマキじゃない。

 

 気合の鉢巻。

 

 一度だけ――たった一度だけ萌えもんを瀕死から救ってくれる、萌えもん専用のアイテムだ。

 

 だが、これだけじゃ足りない。

 この程度では、剛司は出し抜けない。だから、俺はお前の更に上を行く!

 

「ナメるなぁぁぁ!」

 

 瀕死の身体で、リゥが懐に潜り込む。同時、その場で得た慣性を回転することで遠心力さえプラスし、一気にイワークを空へと叩きつける。

 

 いかなイワークとて、衝撃に耐えられず上空へと放り出されるのは必然。

 

「ならばもう一度叩き潰すだけだ!」

 

 そう、ここまでなら同じだ。

 弱点を補うのでは足りない。克服するのでは物足りない。弱点を活かすのが、俺の戦い方だ!

 

「電磁波!」

 

 宙に浮いたイワークへとリゥが電磁波を放つ。

 会場の誰もが、剛司でさえも絶句した。

 当たり前だ。イワークに電気は効かない。何故ならば、イワークは岩と地面タイプだからで、地面タイプは電気を受け付けないからだ。

 

 だが、地面タイプの本質はそうではない。彼らが電気に効果がないのは地面タイプだからではなく、地面と接しているためにアースの役割を果たしているからだ。地面タイプは電気を通さないのではない。電気を大地に含まれる水分へと逃がしているからこそ電気が通じないのだ。即ち、それが地面タイプの特性なのである。だからこそ、完全に飛んでいる飛行タイプと地面タイプ、両方を持つ萌えもんは現在まだ確認されていない。

 

 そして岩タイプに電気は効く。これは既にプテラで実証されている。

 

 つまり、だ。

 地面と接していない状態のイワークは電気を逃がす事が出来ず――

 

「なんだと――!?」

 

 帯電し、電磁波のダメージを喰らうというわけだ。

 効果が無いとは言わせない。効くだろう、イワーク。何しろ、お前がこれまでずっと素知らぬ顔をして受け流してた電流なんだ。刺激的だぜ、俺たちの電磁波はよ。

 

「う、動けない!? なんで!?」

 

 身体が麻痺して動けないイワークを踏み台にし、リゥが更に上空へ跳ぶ。

 

「リゥ」

 

 俺は右腕を一気に振り下ろす。

 

「叩きつけろ!」

 

「はあぁぁぁぁぁっ!」

 

 リゥが渾身の力でイワークを地面へと叩きつける。自らの体重で地面に激突したイワークの体力は見る間に減っていく。だがまだだ。トドメには至らない。

 

 図鑑を開く。先程のプテラのお陰で新しい技を既に覚えている。

 

「すぅ――」

 

 宙を舞う龍が息を吸い込む。小柄であろうと龍は龍。岩石"竜"如きに負ける道理は無しと、地に伏せた竜へと吐息を放つ。

 

「龍の息吹!」

 

 リゥの口からイワークの巨体をも呑み込む極彩の炎が吐き出される。瞬時にしてイワークを呑み込んだその吐息は、モニターに映ったイワークのた威力を0にした後、まるで何もなかったかのように消え去った。

 

 軽い音を立てて着地するリゥ。静寂に包まれる会場にその音だけが反響する。

 

 火をつける。その意味をこめて、

 

「四体目、撃破――俺たちの勝ちだ」

 俺は勝利を宣言した。

 

   ◆◆

 

「まったく、完全に俺の負けだ」

 

 言って剛司は手を差し出してきた。

 俺はその手を強く握り返す。

 

「さすがはジムリーダーだ。熱い戦いだったぜ」

 

 互いに笑い合う。全力を出してぶつかったんだ。勝っても負けてもお互いに後悔は微塵もない。

 

「受け取ってくれ。俺に勝った証だ」

 

 剛司が渡してくれたのは灰色のバッジ。萌えもんリーグ突入への切符のひとつ、グレーバッジだ。

 

「ああ、確かに受け取った」

 

 剛司から受け取ったバッジをリゥとシェルに見せてやる。今回の功労者は俺じゃない。最後まで踏ん張ってくれたこのふたりにこそ見せてやりたかった。

 

「おおー、きれーだ」

 

「……へぇ、確かに」

 

 覗き込むふたりに手渡してから、俺は改めて剛司と向かい合う。

 

「そのグレーバッジは持っている萌えもんの攻撃力を上げる効果がある。といっても微々たるものだがな。気に入ったのなら付けてみるといい」

 

「ああ、わかった」

 

 ま、これは肉弾戦の多いリゥでいいだろう。言うと怒られた上に俺で実験させられそうだから言わんが。

 俺と剛司が話していると、会場にいた観客たちがいつの間にか周りを囲んでいた。

 

「おめでとう!」

 

「すっげぇ面白いバトルだったぜ!」

 

「また見たい戦いだった!」

 

 そして送られる拍手。

 周囲の音すら消えるほどの盛大な拍手だった。

 

 ……はっ。

 

「我慢しなくてもいいと思うけど?」

 

 珍しく、悪戯っぽい顔をしてリゥが見上げてくる。

 

「言ってろ」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 その頭を乱雑に撫で、俺は手を挙げて答えた。

 更に大きくなる歓声の中、レッドたちも思い思いの表情でそこにいた。

 

 俺は幼馴染たちに笑みを返し、踵を返す。

 やってやったぜ、兄弟共。

 

「またいつか――」

 

 背中にかけられる剛司の声を耳にしながら。

 

「またいつか、戦おう。その時を楽しみにしている」

 

「ああ、俺も楽しみにしてる」

 

 そうして、俺たちはニビシティジムを後にした。

 いつものように俺の隣を歩くリゥの胸には、燦然と輝くグレーバッジがあった。

 

 

                       〈続く〉

 


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