萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~   作:阿佐木 れい

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【第三話】トキワ――ショタグリーンと森林浴

 レッドがトキワに入っていってから約1時間。頬を膨らませているリゥをからかっていたらいつの間にか意識が飛んでいて約1時間。俺はようやくトキワへと足を踏み入れた。

 若者が闊歩し、子供たちが駆けまわり、萌えもんセンター、大きくはないがコンビニとその姿はマサラ出身者にしてみれば都会そのものだ。また、無計画にではなく計画的に景観を考えながら建設されているのも面白い。そのため、マサラから来た田舎者でも迷わずに済む。まったく、そのあまりに都会的かつ親切な町並みに、この俺ですらはしゃぐ心が抑えられない。

 

「や」

 

「やっほー、とかバカ言ったら叩きつけるから」

 

「……やっと着いたなぁ、トキワ」

 

 危なかった。今度は見知らぬ人の家の壁とでもキスをするところだった。無機物はもう嫌だ。

 だが、手始めにすることは決まっている。リゥをボールに戻すと、その足で萌えもんセンターへと。受付の姉ちゃんに相棒たちの疲れを取ってもらっている間に買い物へ。

 

 萌えもんの回復は無料だからいいものの、買い物はやはり金がかかる。これから目指すのは広大なトキワの森だし、迷っても大丈夫なように日持ちする食料をいくつかと萌えもんボール、そして傷薬と毒消しを買っていれば金がすぐに無くなってしまう。

 

 ふむ、町の周りで調子に乗って萌えもんバトルしているガキからカツアゲもとい報酬を得なければならないな。

 

 ずしりと重たくなった鞄を持ってセンターに戻ってみれば、そこには元気になった我が相棒たち。飛び込んでくるシェルを抱きとめながら受付の姉ちゃんに頭を下げた。にこりとスマイルを返す姿はさすがにプロ。これからもお世話になるだろうからこっちも失礼のないようにしないとな。例えば、ボールに入れられたせいか今隣りで不機嫌そうな相棒による壁の破壊とかそういうの。

 

 ま、てなわけでさっそく森に行こうと思ったのだが、なにやら前方、レッドが森に向かう道で酔っ払いの爺さんに絡まれていたのでさっさと見捨てて寄り道していくことにした。

 

 俺的都会トキワシティから少し外れると、大きな一本の道がある。今は放置されている簡素な道だが、一年に一度、大きく賑わう時がある。萌えもんリーグが開催される数週間だ。各地を旅し全てのジムリーダーに勝利し、その証となるバッジを集めた者だけが通ることの許されるチャンピオンロード――栄光へと続く唯一の道が、今俺の歩いている道なのだ。

 

 そして俺にとっては幼い頃に通った記憶のある道でもある。今では朧気な記憶でしかないが、いつかここを堂々と歩いていける日を目指したいと心から願う。

 

 トキワから少し歩くと巨大な建物が見えてくる。周囲の自然とは相反した人工物でありながらも、どこか周囲と馴染んでいる、まるで神殿を思わせるかのような一風変わった建物。見ようによっては教会のようにも見えるその建物こそ、チャンピオンロードへ挑戦する許可を下す門だ。

 

「……っと」

 

 その近く。生い茂る草むらで見慣れた姿を見つけた。

 ツンツンに逆立った髪は性格を現しているかのようで実に親切。切れ長で吊り上がった気の強そうな瞳も美男子に入るであろうルックスも、女の子を惹き付けずにはいられない。要するにレッドを含めた男たちの天敵みたいなガキがそこにいた。

 

 正直に言ってしまえば、会うと喧嘩を吹っかけてくるただの生意気な糞ガキなんだが、爺さんの孫とあって顔は既に知られている。むしろレッドと並んでの幼なじみである。

 だから、声をかけてやった。

 

「おーい、ショタグリーン!」

 

「ぶっ」

 

「……うわ、何その名前」

 

 草むらで盛大に吹き出したグリーンを見て、心底嫌そうな顔をするリゥ。安心しろ、デマのように思えてデマじゃないから。

 グリーンは怒りに髪を逆立たせてずんずんと俺へと向かってくる。まったく、相変わらず怒りやすい奴だ。

 

「おい、ファアル」

 

 しかも呼び捨て。まぁ、昔からだから気にしないけども。

 

「なんだよ? 見かけたから声をかけただけなんだが、何を怒ってるんだ?」

 

「怒るわ! 見ろ、周りを!」

 

 言われて顔を巡らせてみればピクニックなどで遊びに来ていた人たちが一様に顔を見合わせてひそひそとこちらをちらちら見ながら小声で話している。露骨に笑っているおばさんまでいらっしゃるようだ。

 これまた……

 

「無視すれば良かっただろうが」

 

「無視したらお前、肩組んでくるだろうが! 何度それで俺がから

かわれてると思ってるんだ!」

 

「不器用だなぁ」

 

「何がだよ!」

 

「有名人になってるじゃないか」

 

「違う、こんなの有名人じゃねぇ!」

 

 しかし手を振り回して講義してくるグリーンだが、これがまた必死すぎて退く要因になっているのをこのご本人、全く気付いていない。ジジイの孫だしまぁ訂正しなくてもいいだろう。別に俺の評判は悪くならないしな。

 

「つーかあんた」

 

 と、息を荒げながらグリーンはリゥを指さした。

 その姿があまりにも変質者だったので、さすがにリゥは俺の影に隠れてしまった。

 

「間違えた。こっちも変態だった」

 

「おいちょっと待て」

 

「いや、もうそれはいいから」

 

 グリーンは額に手を当て、一呼吸置くと、やがて落ち着いたのか俺達の方をゆっくりと見上げ、

 

「あんたも旅に出たのか?」

 

「――ああ」

 

「そうか」

 

 グリーンは空を見上げた。

 大きく、広い空だ。俺も空を見上げる。本当に、良い天気だ。

 

「安心しろ、リゥ。お前は立派な女の子だからこいつのストライクゾーンには入らないぞ」

 

「えっ」

 

「おい、なんで今の流れでそうなるんだよ! 脈絡とか無かっただろ今!」

 

「わかってる。俺はどんなお前でもお前の味方だからな、ショタグリーン」

 

 まったく、この恥ずかしがり屋め。背中をばんばんと叩いてそれとなく周囲にアピール。

 

「――はぁ、もういい」

 

「それで、お前も萌えもん探しか?」

 

「ん、まぁな」

 

 グリーンは俺から一旦距離を取ると、草むらに目をやった。

 

「ジイさんからの頼みでもあるからな。捕まえていって図鑑を完成させないと」

 

 しょうがないジイさんだ、と文句を言いながらもその顔は優しく緩んでいる。なんだかんだでこいつ、ジイさん子だからな。

 

「確かお前もレッドやブルーと一緒で図鑑を完成させるんだろ?」

 

「ああ、そのためにも冒険しないと」

 

なるほどな。このひたむきさはこいつの強みでもある。外見に似合わずどこか優しかったりするのも長所だろう。レッドとは正反対だが、良いトレーナーになるだろうな、という予感がある。

 

「って、俺のことよりあんただ。そいつ、ミニリュウだろ?」

 

「おう。可愛いだろ?」

 

「かわっ!?」

 

「いや、それはいい」

 

 グリーンは自分の図鑑を開くと、なにやら考えた挙句閉じた。

 そして、

 

「バトル、やらねぇか?」

 

 ぽん、とボールを出してきた。

 もちろん、断る理由は俺にはない。

 

「このファアル、売られた喧嘩は買うのが流儀だ」

 

 こちらも距離を取る。俺につくようにして後ずさったリゥは、俺の数歩前で着地。今度こそは自分がとばかりに自己主張している。もちろん、文句は無い。

 

 グリーンもまた同じようにして後ろに跳ぶと同時、手にしたボールを地面に投げつける。中から飛び出したのは小さいながらも獰猛さを持ったたてがみのイカス萌えっ娘、オニスズメだ。近頃見かけるようになってきた、男の娘といういものらしい。さすがグリーン、お前やっぱりカッコ良いよ。

 

「オニスズメ、つつけ!」

 

 先行を取ったのはオニスズメ。素早さから見てもリゥより鳥萌えもんのオニスズメが速いのは当然だ。問題はどう対処するか、だが。

 

 リゥの覚えている技を即座に頭に思い浮かべる。

 叩きつける・電磁波・りゅうのいぶき・たいあたりと言ったところ。オプションでにらみつけるも出来る。

 

 各技の威力を元に空より襲い来るオニスズメへの対処方を構築。耐久力から見て、オニスズメを沈められる技は揃っている。

 問題なのはタイミングだ。速くても遅くても駄目だ。もちろん、ジイさんの元で戦い慣れている分、さっきのヒトカゲほど甘い相手でもあるまい。制空圏を取られている以上、迂闊な戦法はこちらの負けを意味する。

 

 以上を元に、即座に戦略を弾き出す。なんだかんだ言いながら、リゥは俺を信じてくれている。俺の指示を待ち、真っ直ぐに獲物を見据えて立っている。

 だから応えなければならない。トレーナーとして、相棒として。

 

「はっ、良い的だぜ!」

 

 縮まる距離。互いが接触するのに数秒とかかるまい。瞬きした次の瞬間には地に臥すリゥの姿があるだろう。上空から勢いを上乗せしたオニスズメの攻撃はそれだけの威力がある。

 だが――

 

「そいつは俺たちの台詞だ、小鳥野郎」

 

 右手を上に挙げ、勢い良く振り下ろす。

 

「リゥ、叩きつけろ!」

 

 その姿を見たリゥは意味を汲み取りすかさず行動に。

 まるで技を技で迎え撃つかのような指示に、リゥはその長い髪を地面へと向かって叩きつけた。

 地面にこそ敵はあり。衝撃で粉塵が巻き起こる。そしてその衝撃に跳躍を加えれば、オニスズメの元へと跳ぶことが出来る。

 

「な――!」

 

 しかし狙ったのはここではない。鼻白んだオニスズメが身体の先僅か数ミリを掠めていく瞬間に、リゥが掴み取る。

 これで零距離。有利な部分は消えたわけだ。

 

「電磁波、撃ち抜け!」

 

「諒解!」

 

「――びっ!」

 

 リゥの電磁波が空中に咲く。閃光の後、全身を痺れさせられたオニスズメは、空中でバランスを失い地上へと落下する。

 だがまだだ。最後の指示をリゥに下す。

 

「……容赦が無いというか」

 

 当たり前だ。いくら幼なじみとはいえ、敵にくれてやる優しさなど微塵も無い。

 俺の指示を受けて、無残にもオニスズメは地面へと叩き付けられる。ノックアウトってやつだ。

 

「「「おおー!」」」

 

 周囲から湧き上がる拍手と歓声。いつの間にかギャラリーが出来ていたようだ。

 

「くそ、戻れオニスズメ」

 

 グリーンがオニスズメを手元に戻した結果、対オニスズメはリゥの勝利となる。

 続いてグリーンが出したボールは判断するまでもなくフシギダネ。頭に乗った球根がとってもキュートだ。しかし騙されてはいけない。

 奴は、男の娘だ。

 

「今度は負けねぇぞ!」

 

「はっ、いいぜ、来いよ!」

 

 第二戦に突入というわけだ。

 レッドのヒトカゲに勝った実力、試させてもらうぜ。

 しかしこっちの手持ちはリゥとシェルだ。相性から見ても、水タイプのシェルだと草タイプのフシギダネ相手は分が悪い。ならここは、やはり迷わずリゥだ。

 

「リゥ、続投よろしく」

 

「任せて」

 

 さっきも俺の意図を組んでくれたようだし、思った以上に連携は取れている。

 リゥの小さいながらも大きい背中に俺も全幅の信頼を寄せる。

 と、

 

「おっ?」

 

 手元の図鑑を見てみれば、さっきの勝利で新しい技を閃いたようだ。

"竜巻"

 良い技じゃないか。

 

「リゥ、睨みつけろ!」

 

「はぁ?」

 

「俺じゃなくてフシギダネをだ」

 

 危うく俺の防御が0になるところだった。

 眼光鋭く睨みつけるリゥ。

 

「へ、ばーか!」

 

 グリーンは好機と見てかフシギダネに指示を飛ばす。

 

「宿木の種だ!」

 

「任せろ!」

 

 頭の球根から小さい種を飛ばすフシギダネ。

 

「へっ?」

 

 もちろん、睨みつけていたリゥは為す術も無く命中する。

 種はリゥの服へと潜り込み、そこから種子を見る間に成長させ、最後にはリゥの全身を襲う。

 

「な、何これ!?」

 

「おお!」

 

 ばっちりだグリーン。この時を狙っていた! この、リゥが触◯に襲われているようなこのシチュエーションを!

 ナイスだ!

 しかしグッと親指を立てるもグリーンは軽く無視。調子に乗って更にフシギダネに指示を飛ばす。

 

「蔓の鞭!」

 

「きゃあ!」

 

 リゥを襲う一条の鞭。良い。非常に良いよグリーン。言いようのない昂りが俺を――

 

「いいからさっさと指示をせんか、この変態!」

 

「――ちっ」

 

 せっかく人が楽しんでるってのに……。

 さて、体当たり・鳴き声・宿木の種・蔓の鞭、か。なるほど、確かに育っている。

 仕方ない。俺はフシギダネへと向けて、

 

「竜巻」

 

「……それでいいの」

 

 リゥが目を瞑ると、額の短い角が明滅し始める。

 自然法則を無視し、物理法則を蹴破った異常は瞬時にして展開。空気で捻じ切るかの如く天を貫く文字通りの竜巻がフシギダネを呑み込んだ。

 

 SMプレイから解放されたリゥはまず最初に俺を睨みつけると、

「後で覚えてなさいよ」との怖い発言をして下さった。すまん、さっきの素晴らしい光景は生涯忘れない。

 

「ふ、フシギダネ!」

 

 オニスズメですら到達しなかった高みまで吹き飛ばされた後、フシギダネは落下する。落下ダメージも合わさって、これで終わりだ。

 

「あ、ああ……」

 

 フリギダネの無事を確認し、ほっと一息をつくグリーンを一瞥してリゥは呟く。

 

「はい、勝利」

 

 元の蔦へと戻っていく宿木をむしり取り、リゥは俺の方へと駆け寄ってくる。

 あまりの嬉しさに抱きつこうとしてくれたのだろう。俺が手を広げこの胸で抱きとめようとしたら、何故か体中が痛い上に今度は柵とキスをしていた。

 

「死ね」

 

 ごもっとも。

 俺がむくりと起き上がると、グリーンはフシギダネをボールへと戻したところだった。

 しぶしぶと言った様子で俺の前まで来ると、握った掌から数枚の小銭がちゃらり。俺の掌へと納まったそれは勝利した者にのみ与えられる賞金だ。

 

「確かに、いただいたぜ」

 

「――ふん。次は勝つからな!」

 

 グリーンは持ち前の負けず嫌いを発揮したまま、萌えもんセンターへと歩いて行く。

 ま、確かにレッドよりかは強かった。だけど、まだまだ甘いのには変わらない。根が正直な分、戦い方も真っ直ぐすぎる。もうちょっと弄れた戦い方もありだと思うんだが――俺から言うべきものでないのは確かだ。

 

「リゥ、お疲れ」

 

 ぷい、とそっぽを向くリゥ。これまた機嫌が直るには時間がかかりそうだ。

 そしてもう一度、改めて聳え立つ建物を見やる。

 数ヵ月後、あそこを堂々と潜れる日が来るのだろうか。

 

「いや――」

 

 潜るんだ。自信と誇りを持って、萌えもんリーグに殴り込む。今目の前で膨れているリゥと、ボールに入っているシェル。今後会うだろう仲間たちと一緒に、あの門を通り抜ける。

 感傷に浸るのは帰る時でいい。今はただ、前に進むだけだ。

 

「行こう」

 

「ん」

 

 リゥの手を引っ張って、来た道を戻る。見物していた人たちの声が嬉しかった。背中を後押ししてくれているような気さえしてくる。

 だから、それに恥じぬ戦いを。いつか俺を見た人が同じように誇りを持ってくれるように。そのために、せいぜい戦ってやろうじゃないか。

 寄り道しちまったけど、目指すはニビシティ。今日でトキワの森を越えてやる――。

 

   ◆◆

 

 トキワの森。

 深く生い茂った木々によって日光が遮断され、昼間ですら薄暗い森である。森に面するトキワとニビにはそれぞれゲート代わりの大きな建物があり、そこで休息を行ったり落し物をした場合の届け出も受け持っている。

 

 その人工的な建物から一歩中に踏み入ると、自然の明かりが僅かながらに世界を照らす天然の迷路が広がる。

 時々見える子供達は一様に虫取り網を持って駈けずり回っている。のどかだ。のどかだが、ガキ共が追いかけているのが女の子の姿をしているというのは凄くシュールだ。人間なら確実に通報もんだろう。

 

「さて、と」

 

 そんな奴らをよそ目にしながら、地図を広げる。ここに入る前にゲートの警備員から貰った森の地図だ。物資を運ぶようのルートももちろん存在しているが、そっちは野生の萌えもんはほとんどいない。出来るだけ萌えもんと触れ合いたいので、ここは森の中を迂回していくルートを選びたい。

 

 だがそれも一直線に進めばいいというものでもないようなので、草むらを散策しながらだと選ぶ道がかなり狭まってくる。寄り道も大事だが、ここで出てくる萌えもんといえばキャタピーとビードル、そしてピカチュウくらいか。この先がタケシだということを考えると、電気タイプのピカチュウは使えないが、今後を考えると是非とも欲しい萌えもんではある。

 

 キャタピー・ビードルも同様、進化すれば強くなる。早々に戦力を増強するならば外せない要員であろう。

 

 何はともあれ、進むべき道は決まった。

 ルートをたたき出してからリゥとふたりで歩いて行く。

 しかし、なんでリゥはボールに入らないんだろうな。まぁ、ひとり寂しく旅をするよりよっぽど気が楽だし、何より信頼関係が築ける。

 

 つまるところ、だ。なんだかんだでぶっ飛ばされているけど、リゥとこうして旅をすることを俺は気に入り始めているって事なんだろう。

 

「決まったの?」

 

「おう、ばっちりだ」

 

 途中、トレーナーとも出くわすだろう。タケシ対策に出来ればシェルも補強しておきたい。

 

 というわけで、草むらを散策しつつバトルを経験していく。道中出会った萌えもんはゲット――と言いたいが、リゥが容赦なく叩き潰していくので全く捕まえられない。

 

 だがおかげでシェルやリゥの癖がわかってきたのは大きい。例えばシェルはまだ子供だから力に斑があるし、リゥはリゥで戦闘能力は高いものの、高見から見下ろしている節がある。かと言ってやはり不安が拭えないようで、俺の指示がないととんでもない事をしでかしてしまいかねない弱さもある。不安定さで言ってしまえば、シェルもリゥも一癖以上持っていると考えていいだろう。

 

 それらを予測して行動を指示していかねばならないので、トレーナーとしてはとても有り難い収穫だ。

 

「俺の虫萌えもんと勝負だ!」

 

 と麦わら帽子に短パン、虫取り網といういかにもな格好のガキとも戦っていく。というか、日が当たりにくいのに麦わらを被っているとどうにも違和感があるな、少年。

 

「あ、これもってくー」

 

 シェルが道中楽しそうに拾っていくのは頭上から落ちてきた木の実だ。これは萌えもんたちに持たせると時分たちで判断して使用してくれる、案外と便利な代物でもある。こちらが道具を使うタイムラグが消えるのは大きい。持っているのと持っていないのとでは大きく違ってくる。

 

「お、意外と美味いな」

 

「そうね……って、あれは何?」

 

 言ってリゥが指差したのは他の木々に隠れるようにして存在している木だった。日光が当たらないためか、細く今にも倒れそうな木に、白い布のようなものが引っかかっている。

 

「紐みたいだな」

 

 近付いてみると、どうやらハチマキのようだった。引っかかっている高さは俺の身長よりも低いが、子供の頭なら調度これくらいになるだろうという場所だった。おそらく、この辺りまで来た子供が引っ掛けてしまったのだろう。

 

「ん~」

 

 このまま放っておいてもよさそうだが、本人が探している可能性もある。俺はハチマキを手に取ると、ニビ側のゲートに預けることに決めた。

 

「ぱくっちゃえー」

 

 さすがにそれは犯罪だ。欲しいなら持ち主探してカツアゲした方がマシってもんだ。

 

「ま、困った時はお互い様だしな」

 

 シェルの頭を撫でてやる。こずいたら泣きそうだもんな、ほんと。

 

「……まったく」

 リウはリゥで仕方ないとため息をついた。

 ま、どうせ行く方向だしな。特に問題もないだろ。

 

「――待って~!」

 

 踵を返した時だった。遠くから聞こえてくる、どこ聞き慣れた声が次第にこちらに近づいてきているようだった。

 

「待てー!」

 

「あれは……ピカチュウ?」

 

 小さい身体でちょこまかと逃げているのは黄色い毛並みがトレードマークの電気鼠。ああ、可愛い。抱きしめたいな!

 

「変わったもんだなぁ、ブルー」

 

「ちっがーう!」

 

 更にその向こう。草むらから野生の萌えもんのように這い出してきたのは我が幼なじみであるブルー。活発さを絵にしたようで、冒険の大好きな漢顔負けの少女だ。博士によれば、確かこいつも萌えもんを貰っていたはず。確か……ゼニガメだったか。

 

 ブルーは体格こそ歳相応で小柄だが、レッドやグリーンと違って大人びている。女の子らしいというか、精神が早熟なのだろう。その代わり、悪戯っぽいというか若干ながら小悪魔気質なわけだが。

 

「手伝い、いるか?」

 

「いらない!」

 

「へいへい、と」

 

 肩を竦めてピカチュウの道を空ける。だがピカチュウさん、どうやら俺までも敵と認識して下さったらしく、立ちふさがるなら倒すまでと放電を始めた。

 

「げっ」

 

 最悪だ。まさか俺の魅力がここまで萌えもんを惹き付けてしまうとは思っても

 

「はいはい、いいから」

 

 リゥが呆れたようにピカチュウの頭を長い髪で叩きつけた。

 

「びっ!?」

 

 今気付いたとばかりにリゥを向くピカチュウ。若干涙目なのが非常にそそる。お持ち帰りしたい。

 しかし世の中は非情である。遊んでくれると思ったのか、シェルが遠慮無しに威力の増した水鉄砲を発射。

 

「ピッ」

 

 断末魔すらかき消して水流は巨木へと。流されるままに押しやられたピカチュウもろもとも激突した。

 

「……きゅう」

 

 目を回して倒れるピカチュウ。捕獲するのなら、今しかないだろう。

 

「うそ……」

 

 だが驚いていたのはブルーも同じだ。あっという間に片付けられたピカチュウを信じられないといった様子で見ている。

 

「投げないのか?」

 

 ボールをひとつ渡す。最初にピカチュウを追っていたのはブルーだ。仕方ないが、俺が横取りするわけにもいかない。

 

「でも――ううん、そうだね」

 

 さすが幼なじみ。ブルーはそんな俺の気質を知っているため、すぐに頷くとピカチュウに向けてボールを投げて見事に捕獲した。

 

「おめでとさん」

 

「うん、ありがと」

 

 はにかんで笑ったブルー。ショタグリーンと違って実に素直な娘さんだこと。多少男勝りな部分があっても、こういった素直さを捨てていないのはブルーの魅力だと思う。どっかのショタ糞孫とは大違いだ。

 

「もうおわりー?」

 

「ああ、ご苦労さん」

 

「んー」

 

 頭を撫でてやるとまた嬉しそうに目を進めるシェル。なんかリゥもうずうずしているように見えたんでついでに撫でてやる。

 

「勝手に触るな!」

 

「なんで!」

 

 今度は巨木とキスをした。

 

 

   ◆◆

 

 

「でも驚いたなぁ」

 

 近くにあった切り株に腰を下ろしてしばしの休息。

 俺は事のあらましをブルーに話してから一息ついた。

 周りではシェルとブルーのゼニガメが仲良く遊んでいる。リゥは疲れたのか、俺にもたれかかって小さく寝息を立てていた。結構な強行軍だったからな……今はそっとしておいてやろう。

 

「まさかファアルもトレーナーになったなんて」

 

 俺の見せた図鑑は、同じくブルーも持っていた。去り際にジイさんから貰ったものだったが、やはりブルーたちと同じものだったようだ。これで俺にも萌えもんを集めてみろって事らしい。そうならそうとあの時に言えってんだ。妙な含み笑いしかしやがらなかったくせに。

 

「お前こそ、順調なのか?」

 

「んー、まぁまぁかな」

 

 ブルーは俺にとっては妹に近い。昔から良く遊んだし、何かと世話を焼いていたらいつの間にかこんな感じになっていた。近すぎず遠すぎずってやつだ。家族に近いけどそうじゃない。

 

 だから、ある種の遠慮はあってもずばりと切り込める部分もある。不思議な関係と言えばそれまでだが、お互い信頼している事だけ

は確かだろう。

 

「で、お前はジムに挑戦するのか?」

 

 ブルーは照れくさいのか頭をかきながら、

 

「うん。頑張ろうかなって思ってる」

 

「そうか……」

 

 なら、本当に頑張って欲しい。きっと険しい道だろうけど、ゼニガメもいるんだ。ニビだと相性もあるし良い勝負は出来るはずだしな。

 と、そうだ。

 

「これ、お前のじゃないか?」

 

 俺はさっき拾った白いハチマキを掲げてみせる。

 

「あぅ」

 

 予想は見事に当たってくれた。ブルーは驚いた顔をした後、悪戯が見つかったかのように舌を出した。

 そして受け取ろうと手を伸ばし――

 

「やっぱいい」

 

「は?」

 

「あげる。さっきのお礼だよ」

 

 さっき――ピカチュウの事だろうか。だったらあれは不可抗力だ。俺は何もしていないに等しい。

 だけどブルーは断固として譲らないつもりらしく、俺が受け取るまでじっとこっちを見ている。

 その目がまるで、家を出ると告げた時のお袋に似ていて――

 

「――わかった。貰っておく」

 

 俺は受け取るより他に選択肢が無かった。

 ブルーによると、どうやら萌えもん専用のアイテムらしく意外と使えるらしい。昔、空手道場に通っていた時に貰ったものだという。

 とりあえずそのハチマキをポケットにしまう。そしてついでに時計を見てみれば夕方に近づいていた。

 

「今から急げば日が暮れる前には出られそうだな」

 

「だね。そうしよっか」

 

 リゥを起こし、シェルを呼び戻してからブルーと一緒に森を抜けた。

 ニビで別れたブルーはやっぱり笑顔で、俺たちはお互いの武運を祈りつつその道を違えた。

 そして、ついに俺はジムへと挑む――。

 

 

 

<了>

 


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