萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~   作:阿佐木 れい

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遅くなりましたぁ!

ふたご島編の真ん中というか、そんな感じです。


【第二十八話】ふたご島――凍える島の中で

 セキチクシティの南部――砂浜が広がる海岸線を少し歩くと、船の停留所があった。

 豪華客船が停泊もするクチバシティと比べれば小さいものだったが、海に面しているとだけあって船は多く、観光にも使うとあってしっかりとした作りになっていた。

 

 その中の一台がマサキの持つクルーザーのようだった。外泊のできない外洋に出るためだけの小型の船だが、それでもやはり――羨ましい。男の浪漫のひとつである。

 

「これがわいの船や! べっぴんやろ?」

 

 何故だろう。そう言われると傷をつけたくなるんだよな。

 

「どこから盗んできたんだ?」

 

「買ったの! まぁ、金は多少あるしな。調査目的も兼ねて――設備投資の一環や」

 

「前にも双子島まで行ったことあるんだろ?」

 

「せや。ただなぁ……一回一回萌えもんに頼んで送ってもろたり、知り合いに毎日毎日連れてってもらう訳にもいかんやろ? 自分で萌えもん捕まえてってのも考えたんやけど、荷物も考えるとこっちの方が効率的やし」

 

「まぁ、そりゃな」

 

 研究や調査なんて数日で結果の出るもんじゃない。数ヶ月や数年かけてようやく実るものがほとんどだろう。

 

「それにわい、天才やし! お金なんていくらでも稼げ」

 

「誰か-、破壊光線使える人いませんかー?」

 

「待って! 冗談やから待って!」

 

 そんなこんなで準備を終えて海へと繰り出せば、穏やかな海が俺たちを迎えてくれた。

 晴天で波も高くない――クルージング日和としては最適かもしれない。

 

 マサキは運転中で亨は船の先端部分に忍者よろしく立ちながら周囲を警戒している。風にたなびくマフラーと合わせて格好いいのだが、如何せんふと現実に戻ると少し悲しい光景にも思えた。

 

「ファアル」

 

 運転しているとは言っても暇なのか、マサキが話し掛けてくる。

 

「マサラタウンって海に面しとるやろ? 船持ってる人もいるんちゃうんか?」

 

「そりゃあな。それで生活してる人もいるし……つっても小さいところだからな。お前の船みたいな高級品、見た事ねーよ。漁船くらいだな」

 

 もっとも、博士なら持ってそうではあるが。

 

「どうする? わいも調査があるけど、何やったらマサラタウンまで送ったろか?」

 

「それはありがたいけど、お前遠回りだろ?」

 

「ちと好奇心でな。博士の研究所に寄ってみたいねん」

 

 なるほど、そういう訳か。

 本人が行きたいのなら断る理由も特にない。

 

「わかった。じゃあ奴隷のようによろしく」

 

「くそ、言うんやなかった!」

 

 あまり運転の邪魔をするのも良くないだろう。

 船の後ろではリゥたちがのびのびとしていたが、

 

「う、ぷぇええ……」

 

「……あー、大丈夫か?」

 

 若干一名――カラがぶっ倒れていた。

 正確には船酔いで口を抑えながら船の外に顔を出していた。

 

「わは、またゲロゲロですわ!」

 

 それを見て何が楽しいのか喜んでいるのは、海を泳いでいるシェルである。クチバシティ以来久しぶりの海とあって、はしゃいでいる。一体ゲロの何がシェルの感性に火をつけたのだろうか?

 

「大丈夫ですか?」

 

「う、うん……」

 

 カラの背中をコンがさすっているものの、カラの方は芳しくないようだった。

 心なしかコンも顔が青い。世の中には貰いゲロという実に嬉しくない減少があるのを思い出す。

 

「やっぱりボールの中に入っておく方がいいんじゃないか? サンダースもそうしたんだし」

 

「……そう、しようかな。はは」

 

 と力無く笑った顔は青ざめていた。

 双子島に到着したら消化の良いものと水分補給だな……。

 

「コン、ありがとう。ボク、休むよ」

 

「ご無理をなさらずに」

 

 コンは小さく手を振った。

 そして俺がカラをボールに戻すと、

 

「ご主人様。ストライクさんのこと、どうされるつもりなんですか?」

 

「そうだなぁ」

 

 彼女をこのまま見捨てておいたりは出来ない、と思う。

 巻き込み、悩ませ、思い詰めさせてしまった原因は間違いなく俺だからだ。

 ただ、捨てられた――そう言ったストライクに向けられるだけの言葉を俺は持っていなかった。

 一度持ち主から捨てられたストライクの心に届くような何かを――。

 

「わかんねぇ」

 

「――何となくですけど、そんな気はしてました」

 

 はぁ、とコンはため息をついた。

 その隣でリゥも同じようにため息をついていた。

 

「わかる?」

 

「……はい」

 

 そうしてふたりだけでアイコンタクト。苦笑し合っていた。

 何なんだ一体。

 

「ファアル」

 

「ん?」

 

「私も見た感じだけど――たぶん、あいつは袋小路に入ってるんだと思う」

 

 沈黙でリゥの続きを促した。

 

「あいつ、捨てられたって言ってた。それに今でも拘ってるってことは、つまり」

「自分の主が大好きだったってことか」

 

 そう、とリゥは頷いた。

 

「だから、迷ってるんだろうし、振り切れないんじゃないかな?

 だってそうでしょ? どうでもいいやつだったら、捨てられてもずるずるとなんて引き摺らない」

 

 なるほど。

 確かにそうかもしれない。

 

「それだけストライクさんとその主には絆があったんだと思います。だから、もしストライクさんが捨てられた、あるいはその主が捨てたのだとすれば、何か理由があったのではないかなと」

 

 そう言って、コンは俺の手を取って両手で包み込んだ。

 炎のように、少しだけ温かい掌から伝わる熱で、身体に当たる風の冷たさが少しだけ和らいだ気もする。

 

「わたしたちには心があります。そして、信頼というのはどちから一方からでは築けません。主と萌えもん、その両方がお互いを信じて初めて信頼になるとわたしは思います」

 

 そう言って、コンはふわりと笑った。

 ああ、確かにそうだ。

 

「わたしが……いいえ、リゥさんやシェルさん、カラさんやサンダースさんがご主人様を信頼しているのは、ご主人様がわたしたちを信じてくれたからですし、今でも信じてくれているからです」

 

 だから、とコンは言った。

 

「ストライクさんを追い詰めるのも、救えるのも、そこなのかもしれません」

 

「……」

 

 大好きな主に捨てられたのだとすれば――ストライクの人間不信も理解できる。

 そして同時に、リゥに対して抱いていた偶像のような想いは――もしかしたら、その部分に繋がる要因のひとつなのかもしれない。

 

 弟子にしてくれという言葉。

 仲間を傷つけながら行われる萌えもんバトル。

 ストライクがその中のどこかでもがいているのだとすれば――。

 まだ、手は差し伸べられるかもしれない。

 

「わかった。ありがとうな」

 

「いえ」

 

 コンは笑顔を浮かべた。

 思えばニビシティで出会ってからずっと世話になり通している。

 いつか――いつか夢が叶えられたその時は、コンにも何か恩返しをしたいと思う。

 

 いいや、コンだけじゃない。リゥやシェル、カラにサンダースだって。

 だからそれまではずっと旅をしていきたいし、それ以降だって――。

 

「――そう、か」

 

 ストライクには、その道がなくなってしまったのだ。

 他でも無い、信じていた人間によって破壊されてしまったのだ。

 自らの思い描いていた幸せな未来が、永久に消えてしまったのだ。

 

 ――あなたを許せません、と。

 

 その時の言葉はきっと、俺に対して向けられたものでもあり、かつての主向けられていたものでもあり、

 

 自分自身にも向けられていた。

 

 もしあの場所で俺を殺していたら。

 ストライクはかつての己の主と同じになってしまっていた。

 踏みとどまったのは、それに気がついたからかもしれない。

 

 だとすれば。

 そして萌えもん襲撃の犯人がストライクでないのならば。

 まだ、手は伸ばせる。

 

「決まりって顔してるわよ?」

 

「へへ、まぁな」

 

 頷き合った俺たちの先にある双子島は、もうかなりの大きさになっていた。

 

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 双子島に設置されている小さな――それこそ一隻しか停泊できないような船着き場に船を停めた時だった。

 

「ファアル、いいか?」

 

「亨。どうしたんだ?」

 

「ああ」

 

 頷いたキョウは視線で俺を誘った。

 

「悪い、先に降りててくれ」

 

「ん」

 

 リゥたちに先を任せ、キョウに誘われて船の後部へと行く。

 

「お主には伝えておこうかと思ってな」

 

 そう前置きし、

 

「ヤマブキでの一件以来、ロケット団を見たという話は、今でも何件か報告されている。全国各地で、だ」

 

「だけどシルフカンパニーで一網打尽に出来たんじゃないのか? そりゃあ、下っ端とかで参加できなかった奴らはいるだろうけど」

 

 俺の言葉に、キョウは首を横に振った。

 

「その逆かもしれん、というのが我々の見解だ」

 

「逆?」

 

 それは、つまり――

 

「ロケット団は地下組織だ。それ故に今までボスを含めて大規模な逮捕者は少なかった。奴らは一般人に紛れ込み、タマムシシティの地下に巨大な施設を作り上げ、人知れず運営し続けていたほど狡猾だ」

 

「――だからこそ、解せない、か」

 

 うむ、とキョウは頷いた。

 

「シルフカンパニーの件はあまりにも大きかった。これまで地下組織だったのにも関わらず、組織の根幹を揺るがすほどの大事件を起こしたのは何故か。明確な犯行声明もないまま、立てこもり続けたのは何故か」

 

「……シルフカンパニーの技術が欲しかったから?」

 

 口にし、否定する。

 

「いや、それなら職員からデータを横流しさせればそれで済む。シルフカンパニーという一大企業を占拠する必要なんてどこにもない」

 

「そうだ。そして今回捕まった連中を見ていると、ひとつの共通点が浮かんでくる」

 

「と、いうと?」

 

「全員が何かしらの問題を起こしている、という点だ」

 

「……? それの何が――いや、まさかあんた」

 

 思い至る。

 もしかすれば、だが。

 ロケット団が地下組織である以上、最も問題とすべきものがあるとすれば、

 

「見せしめとしてやったってのか? 自分の犯した事件を世間にバラしているような雑魚共を一斉処分するために?」

 

 キョウは頷いた。

 

 ……確かに、そう考えれば不自然な点は無くなる。

 

 部下を置いて逃げるのは悪の組織ならば当たり前だというくらいにしか考えていなかったが――そもそも捨てるつもりしかなかった下っ端しかいないと考えれば。

 いや、むしろそう考える方が自然だ。

 

「シルフカンパニーの抱えるデータと金銭、商品を手に入れ、不要な部下を消す。結果的にこれだけの成果を上げられてしまったと考えられないか?」

 

「じゃあ、もしかして今回の事件にも奴らが絡んでいるってか?」

 

「可能性の問題ではあるがな。お主の追っているストライクが怪しいことに変わりはないが……たったひとりで事を成せるとは考えにくい。それに……いや、何でもない」

 

「ふむ」

 

 去り際のストライクの態度からして、ロケット団に協力しているとは考えられなかった。

 捕まえられた可能性ももちろんある。萌えもんの強さを見るために腕試しをしている可能性は――存在する。

 

「拙者は複数の犯行だと考えているが、皆がストライクと口を揃えているのも妙だ。少し注意しておいた方がいいだろう」

 

「……そうだな」

 

 事件被害者はいきなり切りつけられたとしか証言していないらしい。そして、ストライクか? と訊ねると頷く。襲撃者の姿を捉えられなかったか、偽っているかどちらかになる。

 

 留意すべき点はふたつ。

 襲われた萌えもんの傷が切り傷だったこと。

 人間は全く襲われていないこと。

 

 このふたつを念頭に置いて考えなければいけない。

 そうでなければ、ストライクがとこまでも疑わしくなってしまう。

 個人的に――ストライクを信じたい。

 

「特にこの島には、マサキ殿曰く伝説の萌えもんがいるらしいからな。ロケット団が入り込んでいたとしても不思議はない」

 

「だな」

 

 双子島に降り立ち、荷物を確認しているマサキを見る。その姿は研究員そのものだ。

 

「ふたりでフォローしつつ、だな」

 

「うむ。我らならば大丈夫だろう」

 

 だといいけどな。

 その言葉を飲み込んで肩を竦めるだけに止める。

 何故か、嫌な予感が胸中を過ぎったからだった。

 予感の正体もわからないまま、マサキ達を追って俺とキョウは船を下りた。

 

「しっかし、想像してたより小さいんだな……」

 

 少しのがっかりも込めて。

 俺がそう呟くと、マサキはからからと笑った。

 

「せやろ? つっても双子島の魅力は外からじゃわからんけどな」

 

「というと?」

 

 マサキはくい、と親指でぽっかりと空いた洞窟を指し、

 

「双子島の魅力は島の内部や」

 

 言われ、入り口に視線を向ける。

 

「複雑な洞窟になっとってな」

 

 と言ってマサキは手書きの地図を広げた。

 

「これは中を調査した人からもろたんやけど……」

 

 書き込まれた地図はまだ調査している段階のようで、あちこちに殴り書きされた箇所が見られた。

 ここは危険、だとかシンプルなものから難しいものまで――。

 

「……これ、未完成じゃないか?」

 

 だが、双子島の地図は途中で途切れていた。

 探索途中で諦めたかのように、ぴったりと真っ白になっていたのだ。

 

「この先に行けんかったらしい。聞いたこともない鳴き声と一緒に吹雪が襲ってきたらしくてな。ほうほうの体で逃げ出したんやと。んで、わいに相談しに来てくれたんやわ」

 

 萌えもんのことは萌えもんの専門家に、か。

 

「ほんまはオオキド博士に相談しよ思てたらしいんやけど、博士も歳やし、無理は

させられんやろっちゅーことでな」

 

「なるほど、同感だ」

 

「それで、おそらくフリーザーちゃうかなて思てん」

 

 言って、ちなみにとマサキは双子島で上陸していない方を指し、

 

「あそこにも入り口があんねん。内部で繋がっとるとは思うんやけど。今回はその調査も混みで、やな」

 

 マサキは荷物をいくつも持っていた。本格的に調査をする、というのは本当なのだろう。

 普段はふざけていても、やはり真面目だ。

 俺も見習わなければならない。しっかり気を引き締めていかないと……。

 

「マサキ」

 

「ん?」

 

「荷物持つの面倒くさいから俺のも持ってくれね?」

 

「自分で持てや!」

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 びゅおおおお……、と洞窟から聞こえてくる音は、まるで島が泣いているようだった。

 洞窟内部から外へと吹き付けてくる吹雪は、島の外が快晴なのを感じさせないほど強く、凄まじい。洞窟付近には雪が積もっており、日差しによって溶けているのとせめぎ合っているような状態だ。

 

「……寒い」

 

「当たり前やん」

 

 マサキはがっつりと防寒具を着込んでいた。悔しい。

 

「お前、これだけ寒いなら準備するものくらい教えてくれよ……」

 

「てへぺろ☆」

 

 うぜぇ。

 

「防寒具を着てるの、お前だけじゃねーか。亨も何か――」

 

「うむ?」

 

「平然としてやがる……」

 

「忍者だからな」

 

「マジかよ……忍者すげぇ」

 

 スカーフは心なしか色合いを失っているように見えるが、亨は平然としたものだった。やはり心身ともに鍛えた忍者は――そうでもないわ、足が微妙に震えてるわ。やせ我慢してらっしゃる。

 

「ボロ布同然のコートだもんなぁ」

 

 旅に出る時に持ち出したコートも、冒険している間にすり切れてボロボロになってしまっている。新品ならそうでもなかったのだろうけど、今じゃあまり役に立っていなかった。野宿の場合、コートにくるまって寝る時もあるから当然だろうけど。

 

 更に、カントー地方は基本的に暖かい場所のため、雪への対策事態、全くしていなかったのもある。

 隣を見ると、リゥも寒いようだった。

 ドラゴンタイプの弱点は氷だ。吹雪いている中はやっぱり苦手らしい。

 ボールに入るか? とも思ったが、たぶん入らないだろうなと予想する。

 

「リゥ」

 

「ん、ん?」

 

 僅かに反応が遅れたのは寒さ故。

 縮こまっている姿は放置しておくには少し後味が悪い。

 

「ほれ、多少は暖かいから」

 

 だから、よれよれのコートを脱いで渡した。

 多少程度の効果しかないけど、無いよりマシなのは身を持って体験している。

 

「えっ、でも」

 

「気にすんなって」

 

 受け取らないような気もしたから、有無を言わさず後ろに回り込んでコートを羽織らせる。

 男物だから大きいのもあって、リゥの身体はすっぽりと包まれるように覆われる。

 これなら大丈夫だろ、たぶん。

 

「……あ、ありがと」

 

「おー」

 

 よっぽど寒かったのか、リゥはコートの前を自由な方の手で閉じ、くるまるようにして顔を俯かせてほっとしたような顔をしていた。

 役に立ったのらこの寒さにも頑張れるというものだ。

 自分はまぁ、カラ元気で何とかなる。

 

 ただこの寒さ、萌えもんが生きていく環境としては少し厳しいだろう。寒い中過ごしているような萌えもんならともかく、急にこんな環境に放り込まれた萌えもんに成す術はない。

 

 寒さは体力と気力を奪う。そうした果てに待ち受けるのは――緩やかな死だ。

 マサキはこの島を調査すると言っていたが、その実、一番恐れているのは生態系が壊れることなのかもしれない。

 

 フリーザーを見つけ、叶うならば捕獲ないし双子島からどこかに行ってもらう――狙いはその辺りだろう。

 

「マサキ、どうするんだ? ルートの見当くらいはつけてあるんだろ?」

 

「んー、それが」

 

 と前置きしてマサキは続けた。

 

「吹雪の影響で雪が積もっとるんやわ。双子島は独特の地形をしとってな、長い年月の浸食であちこちに穴があったりするんやけど……」

 

 視線を向けた先には一面の雪と氷。

 

「その穴が雪で塞がってしもとる。大体はこの地図通りで間違いないと思うんやけど」

 

「落ちたら危険だな」

 

「せや。おまけに島の地下には水脈もあるみたいで、雪の影響で水量が増してる可能性もある。人が氷点下の水に落ちたらどうなるか、わかるやろ?」

 

「あんまり考えたくない結果になりそうだな」

 

「できるだけ安全なルートで行かあかん。慎重に進まなあかんけど、お前がその軽装やし」

 

「……ふむ、なら、わたしの余りを貸して差し上げましょう」

 

「悪い、助かる」

 

 って、

 

「誰だあんた」

 

 いつの間にやら。会話に自然と割り込んできたのは、毛皮の防寒具に大きなリュックを背負った、少しやせ形で切れ長の瞳を持つ男だった。まだ若い――俺より少し年上な程度だろう。

 吹雪の音が酷くて聞こえなかったようだ。実際、俺とマサキも顔を突き合わせて話していたようなものだったし。

 

「失礼。わたしは、前日からこの島を調査しておりました――パオロと申します。探索の中、あなた方を偶然見かけまして」

 

 なるほど。

 亨は気がついていたようだったが、どうやらもうひとりパオロと共に行動していた人間がいたようで、そちらに話し掛けられていた。

 

 怪しい――とは思うが、双子島が異常なのも事実であり、調査のために人が派遣されるのもおかしくないだろう。

 

「っと、一応身分証明でも。これを」

 

 さして気にした風でもなく、パオロは防寒具の中からカードを取り出して俺たちに見せてくれた。

 萌えもん研究所所属――となっている。

 

 研究所があるのはグレン島だ。なるほど、あそこなら研究員を派遣してきそうだ。地理的に見ても近い。

 

「そうですか。あ、名乗るが遅れてすんません。わいはマサキです。ちょっと気になることがありまして、調査に来たんですわ」

 

「おお、あなたがあの有名な」

 

「ほら、有名やって」

 

「はいはい」

 

 ニコニコ顔のマサキは放っておいて、とりあえず名乗る。

 

「俺は――」

 

「存じ上げております。ファアルさん、ですよね? ジムを連戦で駆け上がり、あ

のシルフカンパニー事件を解決に導いた影の立役者であり――現チャンピオンの息子。ええ、もちろん知っておりますとも」

 

 パオロはそう言って顔を綻ばせ、俺の手を握ってきた。

 

「いや、ファンでしてね。ずっと会いたいと思っていたのです」

 

「……そりゃ、どうも」

 

 何故だろうか。

 どうにも拭えない、気持ち悪さにも似た違和感がパオロという男から感じられた。

 そんな俺を困惑していると判断したのだろう。

 パオロはさっと手を離すと、連れのひとりを呼んだ。

 

「ごめんなさい。亨さんにお話をうかがっていたの」

 

 そう言ってこちらに来たのは、パオロと同年代ほどの見える女だった。フードの中から見える暗めの赤い髪が銀世界の中で一際目立っていた。

 

「わたくしはアタネ――彼と行動を共にしているわ」

 

「彼女はわたしの後輩でして。何かと手伝ってもらっては、迷惑ばかりかけて

いるんですよ」

 

 和やかに話すパオロとアタネ。

 求められた握手に応じ、

 

「ああ、それと先ほどの……どうぞ。ひとり欠員が出たので、余っていましてね」

 

 リュックから出されたコートを受け取った。がっしりとした作りで、防寒に重きを置いたものだとすぐにわかる。

 

「ありがとう。これはいつ返せばいい?」

 

「いつでも。わたしの私物ではなく研究所からの配給なので、グレン島に立ち寄った時でも構いませんよ。ジムに挑まれれるのでしょう?」

 

「わかった」

 

 防寒具には確かに研究所の印が書かれてあった。

 ストライク、伝説の萌えもんフリーザー、犯人不明の傷害事件――そして、目撃されたロケット団。

 

 意識が過敏になっているのは否定できない。

 大人しく防寒具を着ると、別世界が広がっていた。温かい――温かいぞ!

 そんな俺を見て、パオロは「ご満足いただけてようで」と笑みを浮かべていた。

 

「パオロさん。調査の際に使った地図みたいなのあります?」

 

「ええ」

 

 マサキの言葉に、パオロは防水対策の地図を取り出した。

 

「探索の方はあまり進んでおりませんが、グレン島から入れる場所の上層部は大方。と言いましても、雪の影響であまり進んではおりませんが」

 

「それは仕方ないでしょう。わいの地図とちょっと合わせてみましょ」

 

「はい」

 

 ふたりの研究者はこれからに向けて意見を交換し始めた。

 手持ちぶさたになった俺は、近くにいたアタネに話し掛ける。

 

「なぁ、ちょっと訊きたいんだけど、いいか?」

 

「構わないけど」

 

「野生のストライクを見かけなかったか?」

 

「またどうして?」

 

「……知り合いなんだ」

 

 そう、とアタネは言い、考え込むように顎に手を当てた。

 やがて、

 

「見た、かもしれない。ただ、それが本当にストライクがどうだったかは確証がないわ」

 

「それでもいい。教えてくれ」

 

 アタネは島の奥へと向かって指を向けると、

 

「ここよりもっと奥――2層に降りられる場所で見かけたわ。ストライクかどうかはわからないけど、尖った腕は、たぶんストライクなんじゃないかと思うわ。島の奥に向かっているようだった」

 

 ただ、とアタネは続けた。

 

「そのストライクが通った後に、赤い染みがいくつも落ちていたのよね。自分の血か、誰かの血かはわからないけど」

 

 そう言って、ちらりと俺に視線を向けた。

 

「……わかった、ありがとう」

 

 血を落としていたということはつまり、ストライクが犯人の可能性が高まったということだ。

 相手の返り血を浴びたか、相手を負傷させる際に怪我をしたのか。

 

 もうひとつのパターンも考えられる。

 襲われている萌えもんを助けようとして自分が怪我をしたか。

 もしくは――全く関係のない場所で怪我をしたか。

 

 理由はともあれ、向かう先は決まった。地下だ。

 そしておそらく、フリーザーがいるのも、地下だ。

 嫌な予感が鎌首をもたげる。

 

「おーい、みんなちょっと来てーなー」

 

 その予感を消し去るような元気な声でマサキが俺たちを呼んだ。

 これで話は終わりだと言うようにアタネに肩をすくめ、亨・リゥを含めた人数がマサキの元へと集まった。

 

「ええか、ルートの説明するで?」

 

 そうしてルートを開拓していく。目指す場所は双子島の地下だ。

 だが、一日ごとの戻っていては調査は進まない。そこで、野宿ができそうな場所を探しつつ奥へと向かうことになった。

 

「双子島はそんなに広くあらへん。縦に階層があるっていっても、数週間かかるようなものやない。今回は吹雪の元凶を知る必要もあるし、とりあえず一旦は吹雪の先を目指す」

 

 マサキは地図の上を指でなぞっていく。

 

「まず間違いなく、この吹雪は誰かによって引き越されてるもんや。島の内部から吹雪が発生するやなんて普通やとありえへん。調査するにしても、まず元凶を取り除かんと何もでけへんしな」

 

 それに、命にだって関わる。

 それはここにいる全員が理解している現実でもあった。

 

「行動は原則的に全員でひとかたまりになって行動する。個別行動は禁止や。はぐれでもしたら厄介やしな」

 

「おう」

 

 全員が頷いた。

 そうしてお互いを確認し、俺たちは出発した。

 

 洞窟の内部は入り組んでいるわけではないようだった。しかし本来ならば通れるような場所も雪や氷によって塞がれており、かつ足場の悪い場所もあるので確認しつつ進んでいると思っていたよりも時間がかかり、体力も奪われていった。

 

 その中でひとり元気そうに声を上げていたのが、パオロだった。

 ほとんど途切れることなく喋り続けているので体力が心配になるが、同時に誰も喋らないより気が紛れ、結果的にみんな彼の言葉に耳を傾け時折相づちを返しているような状況だった。

 

「マサキさん、伝説の萌えもんについてどう思われます?」

 

「……難しい質問やな」

 

 立ち止まりながら、マサキは地図と周囲を照らし合わせている。

 

「伝説って言われてる萌えもんは全国各地におる。カントー地方やとフリーザー、ファイヤー、サンダー。ジョウト地方ならホウオウにルギア、スイクンやライコウ、エンテイもおったな」

 

「そんなに伝説がいるのか?」

 

 驚いた。

 

「ん。言い伝えられてる萌えもんやったり、実際に目撃例があるだけのやつやったりといろいろあるからな。伝説ちゅーても結構いろんなパターンがあるんやわ」

 

 ただ、とマサキは続け、

 

「それを考えると、極端に個体数の少ない萌えもんかて伝説になり得る。伝説って名称は畏怖や尊敬以外でもわいらを遠ざけるわけや」

 

「ええ。ですから、わたしたちの手で〝保護〟し調査しなければいけません」

 

 パオロの言葉に、マサキは首を横に振った。

 

「わいはそうは思わん。萌えもんは自然の中で生きるのが一番えぇ。わいらが原因で数を減らしたのならともかく、自然の中で数が少のうなったりしてるなら、それに手を加えるのは人の傲りっちゅーもんや」

 

「しかしその代わり、人に捕獲され使役されている弱者に近い萌えもんは、数が増えます。そうしてバランスを崩しているとも考えられませんか? 捨てた萌えもんが環境を破壊するなど、近年では良く見られるではないですか」

 

「……せやな」

 

 マサキは頷き、

 

「性善説を唱えるつもりはないけどな。それでも、そんなことする人間は極一部やと思うで。萌えもん達にかて、意思はある。ちゃんと考えて生きとる。わいはそこまで割り切って考えられへん」

 

 そうですか、とパオロは言った。

 残念そうでもなく、違う意見を聞いた感想でもなく。

 酷く、興味がなさそうな声で――嗤うように言ったのだ。

 

「残念です」

 

 そして、すぐ近くで立ち止まっていた俺を当たり前のように押した。

 

「……えっ?」

 

 その動作が当たり前すぎて、全く反応できなかった。

 いつもより重たい荷物に引っ張られるようにしてよろよろと後ずさった先は雪が積もっていた。

 

 氷じゃなくて助かった。

 安堵した瞬間、それがあっけなく崩れ落ちる。

 

 ――穴だ。

 

 頭のどこかでそう理解した瞬間、足場が崩れ落ちた。それまで辛うじて保っていた重さのバランスが崩れたのだ。

 

「ファアル!」

 

 リゥが飛びだそうとする。が、その先をアタネが立ちふさがるようにして防いだ。

 

「どけ!」

 

 そう叫んだリゥの言葉が耳に届く。

 

「行け! こちらには我らがいる!」

 

 その声で、リゥが飛び込んでくる。

 落下する氷を蹴って勢いをつけて――必死になって追いすがってきたリゥは俺に抱きついた。

 

「馬鹿。何で来たんだよ」

 

「放っておけるわけないでしょ」

 

 一瞬にして景色が遠ざかる。だが、意識だけは伸びていく。一瞬が一秒に。一秒が一分に。

 

 落下していく。

 落ちて落ちて落ちて――幸か不幸か穴は何層にも渡って続いていた。崩落か何かが原因だろうか。

 

 どうすれば助かるのか。

 仲間たちを出してもすぐにはぐれるだけだ。

 こうなれば運に祈りつつ、何とか着地するしかない。

 少しでも雪の積もっている場所を――。

 

 濃くなっていく吹雪の中、ようやく見えてきた地面。

 真っ直ぐに落ちていく俺が見たのは、ストライクと全く見たことがない白銀の萌えもん。

 そして、地面から垂直にそそり立つ氷柱と。

 

「ぐっ……!」

 

 リゥを押し出す。リゥの身体能力なら何とかなるはずだ。

 

「ファアル!」

 

 押し出されたリゥは、その先に何があったのか見えたのだろう。

 泣きそうな顔で俺を呼ぶ。

 その表情を見た瞬間、リュックが何か異物にぶつかって中身がはじけ飛んだ。

 同時、何か鋭いものが身体に突き刺さる感触と共に、視界を真っ赤に染め上げるほどの痛みと熱さが俺を襲った。

 

 

    ◆◆◆◆

 

 

「……何のつもりや」

 

 マサキの声が震えている。

 怒りによるものか、恐れによるものか。

 パオロは言う。

 

「何、我々としてもこのまま黙っているわけにいかないのですよ。体面、というのがございまして」

 

 慇懃無礼に。

 それまでと全く変わらない様子で語り始める。

 

「少なくとも。あの事件は、粛正でなければならないのです。結果的ではいけないのです。我々が我々の手で、クズを始末した。そうせねば、お遊びで暴れ回っている全国の地下組織が笑いを上げるでしょう」

 

「貴様は、やはり――」

 

 亨の視線が強くなる。

 それを受け、パオロは一層、笑みを深く刻む。

 

「不滅なのですよ。人が人である限り――悪は必ず存在し続ける! 人の社会に紛れ込み、悪を働く我々の面子が、クズとたかが数名のトレーナーによって汚されたなどあってはならないのですよ」

 

 叫び、パオロはモンスターボールを取り出し、言った。

 

「さて……前口上はさておき、始めましょうか!」

 

 同時、いくつもの白い服を着た人間達が物陰や雪の中から現われる。

 いつもの黒い服を脱ぎ捨て、カムフラージュのために着たのだろうか。しかしながらしっかりとトレードマークの〝R〟が刻まれていた。

 

「内部の粛正は終了しました。次は、貴方たちです。ジムリーダー、亨。そして――マサキさん」

 

「……何が目的や」

 

 マサキの問いに、

 

「むろん――」

 

 パオロは答える。

 

「あなたの頭脳と――フリーザーを」

 

 そうして。

 極寒の地で、戦いの火ぶたが切って落とされた。

 

 

    ◆◆◆◆

 

 

「うっ……ぁ……」

 

「ファアル!」

 

 しばらく意識を失っていたようだ。

 急速に冷えていく身体。何かがこぼれ落ちていくのがわかる。

 ぽたぽたと温かな滴が顔に当たっている。

 

「――ファアル殿」

 

 それほど経っていないのに、何だか久しぶりに聞いた気がする。

 ぼやけていく視界の中、ストライクが俺をのぞき込んでる。

 今、どんな顔をしているのだろうか?

 

 わからない。

 わからないが――。

 

「……はは、追いついた」

 

「――っ」

 

 その言葉と共に、俺の身体から力が失われた。

 近くから聞こえる高い――辛うじて聞こえる声を耳にしながら。

 

 

 

    ◆◆◆◆

 

 

 久しく感じていなかった潮の香りに、男は目を細めた。

 四十後半だろうか――衰えを感じさせない体躯は生気に満ちあふれ、実年齢よりも些か若く男を見せていた。

 

「主よ、どうする?」

 

「……ん、この辺りでいいだろう」

 

 そんな彼がいる場所は空だった。

 相棒である萌えもんの問いかけで眼下を見下ろし、人影を見つけて降りていく。

 ぐん――、と落下に近い速度で落ちるも、男に動揺はなく、そこには信頼だけがあった。

 

「う、うわぁ!」

 

 驚いたのは、眼下の海岸で話していた青年たちだった。急に振ってきた――事実そういう風に現われた――男に対して腰を抜かしかけていた。

 

「な、何だよあんた!」

 

 腰を抜かしながら、自分のボールを必死に抱えている姿は些か滑稽ではあったが……。

 

「はっはっはっ、いやぁ、すまんすまん。うちのは少し荒々しくてな」

 

「煩いぞ、主」

 

 豪快に笑い飛ばした男を、青年はぽかんと眺めていたが、

 

「ほら、起き上がれるか?」

 

「あ、ああ」

 

 差しのばされた手に捕まって起き上がった。

 男は周囲を見渡しながら、

 

「随分と騒がしいみたいだが、何かったのか?」

 

「……萌えもん相手の通り魔だと」

 

「ほう」

 

「今朝くらいから連続で起こって、犯人は双子島に逃げたんじゃないかって噂だ。島は今様子がおかしいし、研究者とうちんとこのジムリーダーと……最近良く見るようになったファアルとかいうトレーナーと一緒に向かったらしい」

 

「――そうか」

 

 男は、ひとり頷いた。

 そして、

 

「そっちの仏さんは?」

 

「ああ……」

 

 青年は目を伏せ、

 

「ついさっき海岸に、な。警察に連絡したんだけど、それまで俺たちが見張ってるんだ」

 

 死体を見るのは辛いのだろう。青年の声は幾分か沈んでいた。

 もはや誰かもわからぬほどの状態から、結構な時間が経過しているのは見て取れた。もはや生前が誰だったのか、わからないかもしれない。

 

「この仏さんも、あんたらみたいな良い奴に護ってもらえて喜んでるさ。なぁに、きっと帰れる。少しでも軽くしてやんな」

 

 ぽん、と青年の肩を叩いて男は笑った。

 少しは気が楽になったのか、青年たちもまた小さくだが笑みを返してきた。

 

「さて……お迎えも来たみてぇだ」

 

 男は相棒に向かって頷き、

 

「カイリュー」

 

 その背に捕まった。

 

「俺もそろそろ行く。元気でな」

 

 羽ばたきひとつで持ち上がっていく。

 上空まで来れば、双子島はすぐに見えた。さして時間はかかるまい。

 

「――いいのか、主?」

 

「お前こそ、いいのか? 妹をぶん殴っただろう?」

 

「必要なことだ」

 

「じゃ、俺も必要なことだ。なぁに、親が息子に会うのに理由なんぞいらんだろ」

 

「……ふっ」

 

「おい、何笑ってんだ」

 

「似たもの同士だな、と思った」

 

「むっ」

 

 それきり押し黙る。

 だが、その通りなのかもしれない。

 懸念材料はあるが……。

 

「榊よぉ、この借りは高くつくぜ」

 

 獣のような笑みを浮かべ、男――サイガとその相棒カイリューは、双子島へと向かった。

 

 

                                                                  <続く>

 




出したくなったので出してみました。いやー、金銀は面白いですね。
関西弁って普段自分が使っている分、すらすらと出てくるんですけど、それを文字として現すと難しくなるっていうのに気がつきました。会話での発音や流れで意味を通じ合わせるのが関西弁なので、文字媒体にすると全く違って見えるんですよね。びっくりです。


前回の更新予定から日が空いちゃって申し訳ないです。今度こそ早く――まぁ、私が早く続き書きたいってのもあるんですが――投稿しようかなと思ってます。何事もなければ。予定は8月末かなー。

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