萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~   作:阿佐木 れい

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遅くなりましたぁっ!

長くなっちゃったので分割します。前編です。


【第二十六話】ヤマブキ――勝利の未来を掴むモノ 前編

 ヤマブキシティジムリーダー、(なつめ)

 子供の頃から開花した超能力を類い稀なる才能で磨き上げた。その課程でエスパー少女と呼ばれる彼女が萌えもんトレーナーとなり、やがてその強さからジムリーダーになったのは自然な流れだったのかもしれない。

 

 

 ――人の心が読めるに違いない。

 

 

 そう言ったのは、誰だったのか。

 こちらの手を悉く潰し、鮮やかに勝利していく彼女の強さは化け物じみていたという。

 

 が、いつしか棗の強さは潜めるようになっていった。

 下世話な噂話では、萌えもんリーグから警告を受けたとか年齢を重ねて超能力が弱まったからだ、とも言われているが……。

 

「さて……」

 

 戦場(バトルフィールド)に向かう中、ひとりごちた。

 

 可能性の問題だ。

 もし、

 もし、棗が自身に対する戒めとして超能力を封印しているのだとしたら。

 もし、棗が彼女に敗北し、涙する幾多のトレーナー達をその目で見てきたのだとすれば。

 

 棗という少女は意図して超能力を使っていない、と。その仮定は成立してしまう。

 

「うわ、凄い人……」

 

 隣を歩いているリゥが観客席を見て声を上げる。

 開け放たれた扉を潜った先で俺たちを迎えてくれたのは、大きな歓声だった。

 

 これまでのジムとは違い、都会の中に作られているためか、ヤマブキシティジムは若干大きい。つまり、観客の収容人数も多いわけだ。

 それを証明するかのように、観客席は大きなコンサートホールのように三段となっていて、見上げると圧倒されてしまうほどだ。

 

「遅いぞぉ、挑戦者!」

「今日も面白い戦い、見せてくれよ、ファアル!」

「リゥちゃーん、サインくれー!」

 

 思い思いの言葉を向けられる中、片手を挙げて答え、所定の位置へとつく。

 

「……寂しいものですね」

 

 そう言ったのは、ストライクだった。

 

「そうだな」

 

 同感の意を示し、今回の戦場を見やる。

 

 ヤマブキシティジム――エスパータイプをメインに使うジムの戦場は、これまでなかった。何もない、人工的な床と壁――SFに出てくるかのようなヴァーチャルさを持っている空間だった。

 見慣れた地面や木や草や川や――自然的なものは一切なかった。

 

 ――難しい場所だ。

 

 唇を舌で湿らせ、思考する。

 どうすれば勝てるか。

 ただそれだけを。

 

「準備は出来たようだな?」

 

 そう言ったのは、戦場を挟んで反対側に立っていたひとりの少女だった。

 長い黒髪に、赤い軍服のようなボディースーツに身を包み、黒いタイツを穿いた脚の曲線は実に魅力的だ。

 つまるところ、棗の戦闘準備はとうの昔に終わっていた。

 

「ああ、問題ねぇ。勝つために来た」

 

 俺の言葉に、棗は満足言ったようだった。

 それを合図にしたかのように、会場が静まっていく。

 徐々に沈黙へと移っていく中、

 

「ファアル――お前の話は、レッドたちから聞いていた」

 

 マイクを通さず、話し始める。

 

「シルフカンパニーの時に彼らの抱いていた信頼に触れ、実際に目の当たりしたお前は――面白そうだった」

 

 だから、と。

 一拍置いて、ヤマブキシティジムリーダーは宣言する。

 

「お前の父親に挑む時と同じく――本気で行く。私を――楽しませてみせてくれ!」

 

 ――ハッ。

 

 同時にボールを展開し、告げる。

 

「そいつはこっちの台詞だ!」

 

 初手は決めている。

 頼むぜ――

 

「シェル!」

 

「いけ、ナッシー!」

 

 無機質なバトルフィールドに現れたのは、シェルとナッシー。

 タイプの相性ではこちらが不利。だが、氷タイプの技を持ってすれば勝てない相手ではない。 

 

 今回、シェルの技として登録したのは、水鉄砲、ハイドロポンプ、冷凍ビーム、オーロラビームの四つ。水鉄砲に関しては予備動作が似ているためハイドロポンプと勘違いさせられたら、程度の望みでしかない。そのため、主要な攻撃方法はそれ以外の3つになる。

 

 ナッシーに関して言えば、これまで同様、冷凍ビームかオーロラビームが決め手になるだろう。

 相手が何を登録しているのかにもよるが、ナッシーはエスパータイプを持っている。ならば、おそらく愛梨花とか違う戦い方をすると見ていい。彼女は草タイプ、棗はエスパータイプと別けて考えるのが理想だろう。

 

 が、それで弱点が消えるわけでもない。こちらも相手も不利なタイプを持っている以上、先手は取った方がいい。

 加えて、サイコキネシスは自然なものに対しての効力は薄い。

 

 なら、こちらが出す技はふたつしかない。

 即ち――

 

「シェル、冷凍――」

 

「日本晴れ」

 

 即座に放たれた技は、こちらの技を挫くものだった。

 無機質な戦場が強烈な熱波に襲われる。しかし、こちらには弱点という利点がある。多少なりともダメージを与えるために、中断は選べない。

 

「ビーム!」

 

「ほいきた!」

 

 進化前と同じ口調でシェルが放った冷凍ビームは、威力を弱めながらもナッシーへと向かう。

 が、それを塞ぐように、ナッシーがやにわに体勢を変え、

 

「ソーラービーム」

 

 日光を糧に冷凍ビームへと一切の誤差なくソーラービームを直撃させた。

 熱を帯びたソーラービームによって冷凍ビームはあっさりと瓦解する。

 だが、それだけ。こちらに届くにはいたらなかったようだ。

 

「なら、オーロラビーム!」

 

 もう一度使われたら不利になる。

 即座に決めるべく、今度は熱の影響を受けないオーロラビームを選択。

 

 

 ――だが。

 

 

「リフレクター」

 

 指示の通り、何枚もの光の壁が生み出されていく。

 ナッシーに出された指示は、リフレクター。光の壁を生みだし、壁として物理的な攻撃から身を守る技だった。近接戦闘には弱いエスパータイプが扱う技であり、戦況に対して有利に働く技ではあるが……このタイミングで使用する意味がわからなかった。

 

 オーロラビームはおそらくリフレクターでは防げないだろう。虹色のビームは、物理的作用を防ぐだけの壁はたやすく貫通する。

 が、棗の狙いはそれではなかった。

 

「わ、まぶしい……!」

 

 閃光にも似た輝きがシェルを遅う。

 オーロラビームと日本晴れによる光が、リフレクターという光の壁に作用し、光を反射したためだ。

 

 そして、それこそが棗の目的だったに違いない。

 俺が状況を悟った時は既に遅かった。

 

「くっ、シェル――」

 

「ソーラービーム」

 

 無慈悲に告げられた攻撃の指示。

 草タイプ最強の技は、目くらましによって動けずにいるシェルへと直撃し、

 

「ふわああああ――――!」

 

 一方的な勝利を告げた。

 

 

 シェル、ダウン。

 

 

「お前の言葉で言うのならば……一体目、撃破だ」

 

「――っ!」

 

 対する棗は余裕の表情を崩さない。

 不敵に。

 己の勝利を疑わないで、立っていた。

 そして、無傷で勝利したナッシーは続投のようだった。

 

「……なら」

 

 判明した技は、日本晴れ、ソーラービーム、リフレクター。残るひとつは、サイコキネシスの可能性は高い。

 そして、そのどれもに打ち勝てるのはひとりしかいなかった。

 即ち、

 

「頼む、コン!」

 

 炎タイプなら、ナッシーに対して完封できる。

 だが、それも一時的なもの。棗が交換を選べばこちらの有利はあっさりと崩れ去る。

 狙うべきはそこでなく、もうひとつ。

 

 棗が交換するかどうか、その一点につきる。

 このままナッシーで続投すれば、棗の隙は必ず存在する。逆にここで変更させられれば、隙は更に無くなる。

 そして――、

 

「……来るか?」

 

 俺の視線を受け、棗は小さく笑ったようだった。

 

「行くぞ、ナッシー」

 

 棗が選んだのは、続投。

 だが、その勝利を信じている表情に曇りはなかった。

 敗北を何一つとして信じることなく。

 棗は、告げる。

 

「サイコキネシス」

 

 登録していた最後の技を使い、棗が行ったのは――

 

「……何だ? リフレクターを?」

 

 先ほど展開したリフレクターを移動させることだった。

 サイコキネシスを使い、空中へと展開させていく。

 炎タイプという天敵を前にして無防備としか言えない戦法に面食らってしまう。

 

 ――攻撃チャンス。だが……。

 

 その行動には必ず意味がある。

 先制して打ち砕くべきだと理性は判断しているが、心のどこかが警鐘を鳴らしていた。

 

「コン……」

 

 登録した技は、火炎放射、かみつく、炎の渦、怪しい光。

 エスパータイプには物理攻撃が有利だが、こちらもそれだけ危険になるため、サイコキネシスで操れない技を中心に登録した。

 

 ――警戒が裏目に出たか。

 

 歯がみするも、状況が変わるわけではない。

 上空に展開されていくリフレクター。

 後幾ばくも時間はあるまい。

 

 有利な点は日本晴れであること。火炎放射や大文字の威力は確実に上がる。

 相手の視界を防げて、大ダメージを期待できる技は、

 

「コン……炎の渦!」

 

「はいっ!」

 

 コンが放った炎は蜷局(とぐろ)を巻いて地面を焼きながらナッシーへと殺到する。

 当たればこちらの勝利は確実なものになる。

 

 ――が、

 

「躊躇いがあったのは、恐れているからか?」

 

 棗の声がこちらまで届く。

 その小さな声が届くのはあり得ないのに。

 はっきりと、聞こえたのだ。

 同時、

 

「ソーラービーム」 

 

 放たれたソーラービームは、巨大だった。大きさにしてコンの身長よりもある。

 

「……っ、コン、かわせ!」

 

 先に展開していたリフレクターが日本晴れによって生じた陽光を反射させ、ソーラービームのエネルギーへと変換させたためだ。これでは炎の渦も効果を持たず、膨大なエネルギーによって吹き飛ばされていく。

 更に、

 

「は、わっ!」

 

「……くっ」

 

 近くの床がえぐり取られた。

 震動と共にジムの床は破壊され、まるで怪獣が通った後のように、コンのいた場所から観客席間近まで削り取っていた。

 

 ――これがソーラービームの威力かよ。

 

 リフレクターを自在に操れるが故の特性であり、ナッシーの決め球だろう。

 

「コン、無事か!?」

 

 声に反応は――

 

「な、なんとか」

 

 あった。

 

「……そっか。戦えるか?」

 

「はい、ばっち」

 

 コンが言い終わるより早く、

 

「二体目、撃破だ」

 

 棗が宣言し、

 

「え、えっ……?」

 

 コンの上に――リフレクターが殺到し、押しつぶした。

 

「コン――!」

 

 ソーラービームを完全に躱したわけではなかったコンの体力は、リフレクターによって完全に削り取られ、ノックアウト。

 

 またしても。

 無傷で棗は勝利した。

 光の壁が残骸となって宙を舞い、効力を失って消えていく。

 呆然とする中、棗は言った。

 

「次は……カラカラか?」

 

「――っ」

 

 読まれている。

 こちらが次に何を出そうかと考えた瞬間、棗は言い当ててきた。

 

 

 ――棗は心を読んでいるみたいだった。

 

 

 幼い頃から超能力者だったと言われる棗。

 それが本当なら、そういった力もあるのかもしれない。

 

 だが、翻弄されては相手の思う壺だ。

 相手はナッシーだ。地面タイプのカラを出すのは分が悪い。あのソーラービームはかすっただけでカラを倒すだろう。

 サンダースももちろん相性として選択できない。となると、消去法でリゥとなるが……。

 

「私はルージュラを登録している」

 

 その言葉に、発しかけた指示を飲み込んだ。

 言外に言っている。

 お前がリゥを出したその瞬間、打ち倒すと。

 ルージュラは氷とエスパータイプの萌えもんだ。リゥがまともにやって勝てる見込みは少ない。

 なら――、

 

「……ああ、サンダースなら無難な選択肢ではあるが……残念だが地震を覚えさせ

ていてな」

 

「くっ……」

 

 これも封殺。

 

 ――こちらの考えが漏れている?

 

 いや、まだ決めつけるのは早計だ。俺の手持ちを予想しているだけかもしれない。今まで手持ちを変えてこなかったのだ、それくらいは誰にだって至れる。

 確定的な証拠は何一つとしてない。

 信じるにはまだ……足りない。

 ホルダーからボールを抜き放ち、

 

「頼む――カラ!」

 

 ぶつけたのはカラだった。

 

 棗への恐れのためか。

 それとも不安故か。

 自信もなく。

 迷いの果てに選択したのはカラだった。

 というよりもカラしか――選べなかった。

 

「任せなよ! って今回はまた随分と厄介な場面だね」

 

 相手を見て、カラは苦笑したようだった。

 愛梨花線で辛くも勝利を収めたとはいえ、弱点なのには変わらない。

 

「……いつも悪いな」

 

「いいさ」

 

 だけど、カラは何ら気負うことなく、言ってみせた。

 

「力になるって言っただろ? ファアルが望むなら、ボクは相手が誰だろうと戦うよ。だって……」

 

 カラはそこで一度言葉を切ると、手にした骨を肩にかつぎ、

 

「ファアルはどんな相手でも、ずっとボクたちを選んでくれているんだから」

 

 あの時――萌えもんタワーで涙した少女はいなかった。

 悲しみを乗り越えたひとりの戦士がそこにはいてくれた。

 

「……ありがとな」

 

「うん」

 

 言葉はひとつ。

 勝てる算段は――まだ見つからない。

 

「ファアル」

 

 と。

 棗が口を開いた。

 

「お前の弱点――ひとつだけ教えてやろう」

 

 きっと、それは誰もが思っていたに違いない。

 

「誰もが旅をし仲間と出会い、増やすことで成長していく。相手に有効なタイプを選ぶこともまた重要な戦略のひとつだ」

 

 だが、

 

「お前はそれをしていない。皆がやっている当たり前のことをやっていない。だから、手を見透かされ、対策を取られてしまう」

 

 俺の仲間は、誰一人として変わっちゃいない。

 リゥ、シェル、コン、カラ、サンダース。

 彼女たちと出会い、ずっと一緒に旅をして戦ってきた。

 

「――はっ」

 

 だから、だからこそ。

 棗の言葉は、

 

「だったら光栄じゃねぇか。ジムリーダーが対策を講じなくちゃいけないくらいにゃなってるってこったろ?」

 

 そういう意味だろうから。

 

「――かもしれんな」

 

 頷き、棗は動いた。

 

「リフレクター」

 

 やはり物理を防ぐように仕向けるか。

 先ほどのような使い方もある。

 距離を取ればソーラービームの餌食になりかねない。

 一気に近付いて一撃を浴びせるしかなさそうだ。

 

「カラ、ホネこんぼう!」

 

 ナッシーは大型の萌えもんだ。その巨体から、壁のようにも感じられる。

 そのため、動きは鈍重なのだが、リフレクターといった防御技とは相性がいい。動き回らず――防御を展開し、相手の攻撃を防ぎながら攻撃をする。また、愛梨花がかつて使ったように、サイコキネシスを用いてトリッキーな技をも使用できる。

 

 城攻めをしているかのような気分だ。

 一撃を加え、反撃への機転としたい。

 そのもくろみは、

 

「……なっ!?」

 

 巨体から迸った巨大なソーラービームによって打ち砕かれた。

 

「――っ!」

 

 カラが慌てて回避するも、斜線上からは逃げられない。

 弱点ということもあり、カラは一撃で倒れ伏した。

 

「三体目――撃破だ」

 

 ぎり、と奥歯を噛みしめる。

 どういう事だ?

 棗は確かに光の壁と言った。指示を受けたナッシーはその技を放つものだとばかり思っていた。

 

 が、結果としてナッシーはソーラービームを放ってきた。

 言うことを聞かなかった? 

 

 いや、そういう萌えもんもいるらしいが、棗においてそれはあり得ないだろう。そんな萌えもんをジムリーダーが使うとは思えない。

 

 なら、さっきの指示がフェイクだった?

 となると、一体いつナッシーは棗の本当の指示を受け取ったんだ?

 

「……まさか」

 

 ふと、頭にひとつの可能性がよぎる。

 

 ――テレキネシス。

 

 もし、棗の今までも指示がただの印象づけだったとしたら。

 もし、指示を口にしなくても相手に伝わる方法があるのだとしたら。

 萌えもんからの一方的なアクセスではなく、棗もまた萌えもんにアクセスできるのだとすれば。

 

 エスパー少女、棗。

 彼女が、指示を口にせず萌えもんを戦わせる少女だとすれば。

 いくつもの可能性が濁流のように押し寄せる。

 

 もし、心を読めるなら。

 もし、未来を予想できるなら。

 もし、その力で萌えもんを援護できるなら。

 

「は、はは……」

 

 シェル、コン、カラが倒れ、残るはサンダースとリゥのみ。

 立ち塞がるのは、たった一体のエスパータイプ――ナッシー。

 たった一体に、為す術もなく三体が敗北した。

 

「……どうしろってんだ」

 

 向かいのトレーナー席には長い黒髪の少女が不敵な様子で立っている。

 

 彼女には勝てない。

 

 組み立てた戦術も。

 伏せている作戦も。

 切るべき切り札も。

 

 全て、見透かされ、無傷で打ち破られてしまう。

 彼女前では、こちらの手札を全て見せ、思考を吐露した上で行うゲームようなものだ。

 

 戦っている側でも無く、観客側でもない――更なる第三者の視点を持つ、エスパー少女、棗。

 神にも似た立場の彼女から行われる、一方的なワンサイドゲーム。

 

 勝てないと。

 心の底から思わせる戦法だった。

 

 何だよ、

 何だよそれは――。

 

「ははは……」

 

 笑いと共に、浮かび上がったのは、

 

 

 ――面白ぇじゃねぇか!

 

 

 喜びだった。

 そう、それだけ。

 相手がこちらの思考を読み、未来を予測し、指示が必要ないのだとすれば。

 

 勝つ方法なんてのは――勝てない算段よりもあるもんだ。

 たった二体。

 リゥとサンダースで、棗を倒す!

 

「頼むぜ、リゥ」

 

「諒解」

 

 何も言わず、リゥは前へと出た。

 対峙するのはナッシー。

 棗は余裕ではあるが、僅かに姿勢を変えていた。

 こちらを圧倒するような姿勢から、対峙するような姿勢へと。

 

 ――いや。

 

 否定する。

 もしかすると、俺の過剰なまでの警戒心がそう見せていただけなのかもしれない。

 

「先ほども言ったと思うが、選択を誤った――」

 

「棗」

 

「……何だ?」

 

 棗が心を読むというのなら。

 俺が何を登録したのか伝わるはずだ。

 だが、敢えて口に出す。

 

「俺は火炎放射を登録したぞ」

 

 通常ならばリゥが覚えない技だが、ロケット団騒動の後、その功績ということでいくつか技マシンを貰っていた。そのひとつが、火炎放射だった。何でも、ゲームコーナーの景品らしいがこんな場所で使えるとは。

 

「それで私が戦法を変えるとでも?」

 

「はっ、どうだかな」

 

 ただ、それはナッシーにも当てはまる。タイプ面で相性は良いが、技の威力ではこちらが負けている。あのソーラービームをもってすれば、リゥの放つ火炎放射はチョロ火くらいしにしかならないだろう。

 

 ドラゴンタイプと草タイプではドラゴンタイプの方が有利だ。だが、それはあくまでも相性での上。今回に限ってはそうでもなく、こちらが一撃で沈まないにしてもこちらもまた、相手を一撃で葬れない。加え、棗はまだナッシーしか出しておらず、残りは五体。対するこちらはリゥとサンダースの二体のみ。

 

 圧倒的に不利なのはこちらだ。

 

「いいだろう……乗ってやる」

 

 棗がナッシーに指示を下すタイミングはもう掴めない。

 彼女の言葉が信じられない以上、こちらで見極めるしかない。

 萌えもんだけではなく、生物には次の行動をするための予備動作が必ず現れる。ジャンプをする際に膝を折り沈み込ませるように――例えどんな指示を受け取っていたとしても、どこかに必ず現れる。

 

「リゥ、高速移動!」

 

 ナッシーの技に近距離は無い。

 先ほどと同じように、こちらも攻める。

 俺の手が読めているのだとすれば――

 

「ナッシー!」

 

 指示を受けたナッシーの肢体が光を帯びる。選択されたのはソーラービームだった。

 そう、サイコキネシスで火炎放射は防げない。同様にリフレクターでも同じだ。

 となれば、棗の選択はひとつしかなく――

 

 こちらに致命傷を与えられるソーラービーム。

 それを防ぐための方法は、もうひとつ。

 

「――叩きつける!」

 

「諒解!」 

 

 阿吽の呼吸でこちらの指示をくみ取ってくれたリゥは、地面を叩きつけ、その勢いで空を舞う。

 ナッシーの視線が上空へと上がる。

 上空には――ナッシーの日本晴れで輝きが生まれており、

 

「……見えない」

 

 ナッシーが呟く。

 棗はそれで悟ったようだった。

 だが、遅い。

 ナッシーは既にソーラービームをチャージしており、キャンセルできる段階では無い。

 かといって、上空は直視できないほどの明るさを持っている。

 この場で棗が可能な選択肢は――

 

「戻――いや」

 

 できなかったのだろう。

 こちらはまだ選択肢を残している。

 萌えもんを変更すれば、若干のタイムラグができる。インファイターであるリゥにとって、その隙は大きい。

 それでも、棗は自分にとって最良の選択を選ぶ。

 

「ナッシー、交代だ。ヤド――」

 

 ヤドランが出てくれば、至近距離で電磁波を放てる。そうなれば、こちらが主動で持って行ける。勝ち目は――高い。

 ルージュラも然り。この天候で火炎放射を放てば、ルージュラとて無事ではすまないだろう。

 

 ――なあ、棗。聞こえてるんだろう? 

 

 俺の視線を受け、棗は苦しげに顔を歪めた。

 そして、

 

「スリーパー!」

 

 純粋なエスパータイプを繰り出した。

 繰り出されたのはスリーパー。スリープの進化形で、催眠術に長けた萌えもんだ。振り子のような道具を常に持ち歩いているのがアクセント。

 

 一方のリゥは叩きつけるの効果で跳んでいる。眼下にスリーパーを見据え、いつでも攻撃に移れる体勢に入っている。

 

 この時点で棗が取れる選択肢は三つ。

 迎撃か、回避か、防御か。

 

 その内、防御はほぼ無いと判断。

 万が一ということもあるが、ナッシーが砦なのだとすれば覚えていない確率の方が高い。

 

 変更させたのはこちらに対しての波になるか否か。それは間違いなくスリーパーで決まる。

 

 となれば、回避は選び辛くなる。察するに、棗は精神的な攻撃も得意としている。こちらの気をそぐ以上、交代してすぐに回避は相手を勢いづかせる要因になりかねない。回避してすぐに攻撃もあるが、リゥに対して近距離戦を挑めるだけのものがあるかといえば不安だ。

 

 徹底して不安を排除するならば、迎撃を選ぶ。

 まして相手は飛行タイプでもないただのドラゴンタイプ。倒せる確率が一番高い方法を選ぶのは道理。

 

「…………」

 

 棗は何も言わない。

 だが、既にスリーパーに指示を出しいてるはず。

 

 考えろ。

 俺ならばどうする?

 サイコキネシス?

 無理だ。使えない。リゥは逆光を背負っている。対象を捉えるという制限がかかっている以上、仇となる。

 

 必要なのは効果的に迎撃する手法。可能ならば無傷が望ましい。

 日本晴れによって今のリゥは逆光の状態だ。そんな状態に繰り出せる技は――

 

「リゥ、目を閉じろ!」

 

 放たれたのはフラッシュ。目映い光が一瞬、戦場を支配する。

 ちかちかと視界が揺れる。

 リゥがどうなったのか、スリーパーがどうしているのか。

 見えない視線で捉えるよりも、選んだ。

 

「――叩きつけろぉ!」

 

「諒解!」

 

 間髪入れず返ってきた言葉と同時、岩を砕くかのような轟音が響いた。

 打ち付せられたのはスリーパーだった。

 

 リゥは――無傷。

 体勢を立て直した相棒を確認し、告げる。

 これで、

 

「一体目――」

 

「――撃破よ!」

 

 流れをこちらに寄せる。

 リゥが俺の近くへと戻ってくる。

 

「視界は?」

 

「問題なし」

 

 おーけー。

 対する棗はスリーパーを戻し、

 

「まずは一体目だな」

 

 そうして、次の一手を指した。

 

「行け、ルージュラ!」

 

 続いて出したのはルージュラだった。

 大人の女性、といった雰囲気を持つ萌えもんで、その色香に誘われる男も多いと聞く。変態ばっかりだ。でも綺麗だな。

 

「氷とエスパー、か」

 

 相性は不利の一言。

 だが、これに勝てばリゥの弱点は消えるだろう。

 そのために――

 

「あいつをぶっ倒す」

 

「諒解」

 

 敢えて、リゥを選ぶ。

 その選択肢を棗はどう捉えたのか。

 こちらの胸中を読んでいる以上、考えも何もかもが筒抜けだと思った方がいい。

 防ぐ手立ては無し。

 だからこそ、俺が出来る行動などひとつしかない。

 

「リゥ、冷凍ビームが来るぞ」

 

「うん」

 

 ルージュラの指先に小さな光がともり始める。生みだれた氷が日本晴れの光を反射しているためだろう。

 一見して勝ち目のなさそうな勝負にも感じるが、そうでもない。

 

 棗もまた、大きなハンデを負っている。

 技は4つまでしか登録できない。

 つまり、それを前提に考えれば棗が取れる行動は一気に狭くなるのだ。

 ありとあらゆる可能性を思考し、その都度選び、捨てていけば――残る選択肢はたったひとつのみ。

 

 例え未来予知を持っていようとも、覆らない道理はある。

 予備動作、次へ至る僅かな動き、棗の視線――今まで培った全てを動員して棗を打ち破る。

 

 そして、それが出来るのはリゥしかいない。何物をも恐れず、戦い、間髪入れずに指示を実行してくれるだけの剛胆さは、リゥしか持ち得ない。

 サンダースではまだ無理だ。爆発力はあるが、今回に限っては勢いだけでは棗に利用される。

 

 文字通りの切り札。

 リゥを失えば、俺の敗北は確定的な未来となる。

 

「……それも、お前の作戦か?」

 

「はっ、ただの事実だ」

 

 今この場において、リゥこそが切り札であり弱点。

 そのリゥを出し続ける限り、棗は常に俺の弱点を狙い続けることになる。

 相手の弱点を知り、さらけ出されるのを狙い続ける。

 すぐ目の前に勝利を掴める一手が転がっていて。

 

 たったそれだけ。

 ただそれだけで、取れる手段は減っていく。

 

「なめられたものだな。私がお前の作戦通りに行くとでも思うか?」

 

 心を読んでいることを隠していない棗は、そう告げた。

 だが、

 

「じゃあ何で、ルージュラに変えた? ちらつかせておくべきだったんだよ。ジョーカーってのは、使うより持っていた方が相手に与えるプレッシャーは大きいんだからな」

 

「……」

 

 棗がルージュラを出した時点で、俺に流れを与えまいとするのは見て取れた。

 相性の良いタイプをぶつける。

 それは萌えもん勝負に関して言えばセオリーだ。

 むしろ、俺のようにタイプも変えずずっと同じ萌えもんたちで戦っている方が稀だろう。

 

 相性の悪い萌えもんと戦うことが多いジムリーダー達は自然と様々なタイプを持つ――例えばエスパータイプならもうひとつ草や水、氷を持つような萌えもん――を手持ちに加えるようになった。

 その故に、戦闘に広がりを持たせたのだ。

 

 だが、それでもひとつのタイプで固定されているのは変わらない。挑戦者が常に有利な状態が続いていくのだ。

 だからこそ、今のような絶対敵有利な状況はまず生まれない。

 相手が切り札を出し、その切り札に対して絶対的な有利タイプを持つ萌えもんでジムリーダーが戦うなどまずないだろう。

 

「そろそろ……日本晴れの効果が切れる頃だ」

 

 強い日差しは消え、炎タイプの技への後押しが無くなる。同時に、氷タイプは日差しがなくなった分、威力・効果ともに上昇する。

 

 棗は動かない。

 冷凍ビームを発射できる態勢で、リゥを迎撃するかのようにルージュラを待たせている。

 

「日本晴れが切れる。その場で冷凍ビームを放つ?」

 

 考えられないことはないが、腑に落ちない。

 それよりも、

 

「吹雪か」

 

 そう考えた方がしっくりくる。

 

 吹雪――氷タイプの大技で、文字通り吹雪を降らせる。

 オーロラビームや冷凍ビームとは違い、面で攻撃するため相手の回避は難しい。

 その反面、扱いが難しく発動には高度な練度が必要となる。

 食らえば、リゥは敗北する。

 

 日本晴れの効力が徐々に弱くなっていく。

 もうあまり時間がない。

 

「リゥ」

 

 ルージュラの一挙手一投足を観察()る。

 保証はどこにもない。棗と違い、俺の行動の底にあるのは完全な予想だ。

 

「――接近戦を仕掛けるぞ」

 

 言うや否や、迷い無くリゥは飛び出した。

 座して待つ選択肢は俺に残されていない。

 攻めるしか手法がないのだから、攻めるより他に選択肢などあるわけがなかった。

 問題はその次。

 

「やれ」

 

 ルージュラの目が光る。

 

 ――サイコキネシス。

 

 こちらが氷タイプの技を警戒することを見込んでの伏兵。

 日本晴れの効果が切れるまで時間を持たせるだけならば、その場に縫い付けるだけでもいい。

 

 結果、棗が選択したのは拘束だった。

 更に、リゥの体が浮遊する。

 

 サイコキネシスの使い方には様々な効果がある。これもエスパータイプの技の特徴だ。

 

 今まで俺が出会ってきたのは相手の動きを縫い止めるというもの。オーソドックスながら相手を回避不能に追い込める分、戦略の幅も決定力も強い。

 

 もうひとつ、物理的な作用を無効化ないしそらせることが可能な手段。岩雪崩などの攻撃を防げるわけだ。

 

 そして、もうひとつ。対象を操作できる力。これは拘束させる状態から、何かにぶつけたり叩きつけたりといった作用をさせる。ただし、相手の動きを拘束した上で操作するのだから、おいそれと出来るものではない。また、対象が生物である場合、操作できる範囲も狭くなってしまう。

 

 だが、サイコキネシスには弱点も存在する。

 

 ひとつ、相手を視線で捉えないといけないこと。これは、念力を発動させる対象を使用者が意識しないと焦点が合わない――ということらしい。

 

 そしてもうひとつ、相手を完全に封殺はできないこと。以前、俺が香澄相手に実行してみせた。

 

 今の場合――

 

「火炎放射!」

 

 縫い止められたリゥから炎が迸る。

 

「ちっ……」

 

 ルージュラがサイコキネシスを解く。

 万能にも見える技だが、発動している間は無防備だ。攻撃を放たれれば、受ける他に術がない。

 

 サイコキネシスはあくまでも物理的な作用にしか影響を与えられない。炎や雷、水といった要素にはあまり抗力を発揮しないのだ。

 即ち、火炎放射はカウンターとしては申し分ない。

 

「――ふっ!」

 

 サイコキネシスから逃れたリゥは、更に走った。身を縮め、真っ直ぐに。

 愚直なまでに、俺の指示を信頼してくれている。

 そんな中、ルージュラの指先が光る。

 

 冷凍ビーム。

 今のリゥはだたの動く的だ。いくら身を屈めていても、遮蔽物も何もない戦場ではほとんど意味をなしていないだろう。

 

「――っ」

 

 放たれた冷凍ビームを回避するべく動きを一瞬だけ遅らせるリゥ。

 だが、棗の狙いはそこではなかった。

 

「サイコキネシス」

 

 途中で、冷凍ビームが折れ曲がった。

 周囲を凍らせ、すぐに蒸発させながら氷の鏃となって進んでいく。

 固体にすりゃ融通が利くってか……。

 

 回避は不可能に近い。

 上空には無理だ。狙い撃ちさせられる。横も同様。最悪の場合、吹雪に襲われる。

 倒すならばこの瞬間、今しかない。

 

「リゥ、叩きつける――加速!」

 

「諒――解っ!」

 

 取った行動はひとつ。

 リゥが床を抉った。

 同時、刹那の加速。運動エネルギーを利用した一撃は、戦場の床を破壊し、粉塵を残して冷凍ビームを受け止める結果となった。

 

 水蒸気が煙る中、その一瞬が勝負を分けた。

 息が届く場所にまで距離を詰めたリゥ。

 

「叩きつける!」

 

「これでぇっ!」

 

 クリーンヒット。

 ルージュラはリゥの一撃を受け、その体を浮かび上がらせ、

 更に、

 

「二体目――」

 

「――撃破よ!」

 

 体を回転させ、追撃で放たれた〝叩きつける〟を受け、沈んだ。

 残るは四体。

 

「お前の倍はいるぞ?」

 

「はっ、勝つだけだ」

 

 そうか、と棗は言い、ボールを展開した。

 

「行け、ヤドラン」

 

 繰り出されたのはヤドラン。

 とぼけた顔の萌えもんだが、防御面に特化しており、並大抵の攻撃では倒せないという一面を持つ。また、面倒くさがりな性格も相まってか、特殊技を主に扱い、水や炎、エスパータイプの技を覚えたはず。

 タイプは水とエスパー。残っているメンバーだとサンダースが一番相性が良い。

 だが、

 

「ヤドランは地震を登録している、ファアル」

 

「ご丁寧にどうも」

 

 どちらにとっても相手に有利。変更するタイミングを考えれば、サンダースの方

が若干不利、か。

 変更すれば地震を放つ可能性は高い。が、リゥでは致命打を与えにくいのも確かだ。

 迷いは一瞬だった。

 

「リゥ、一度下がってくれ! サンダース、頼む!」

 

「諒解」

 

「任せろよ!」

 

 このままリゥでぶっ通しで戦うことも考えたが、それだとリゥの体力も保たないだろう。

 今回に限っていえば、棗に対しての切り札は間違いなくリゥだ。

 サンダースでは厳しい。ナッシーという強敵が立ちふさがっている以上、相性の面でも性格の面でも悪すぎる。

 

「……ふぅ」

 

「お疲れさん」

 

「ん」

 

 こくりと頷いたリゥは、視線を戦場へと向けた。

 

「サンダース、注意しろよ!」

 

「する前にぶっ飛ばせばいいだけだろ!」

 

 バチ、と。

 抑えきれなくなった紫電を体外へ放出させながら、サンダースはヤドランを睨み付けていた。

 いつでも動き出せる体勢。

 それ故に、

 

 ――カウンターで地震を放つ危険性がある。

 

 なら、

 

「サンダース、」

 

「ヤドラン」

 

 指示は同時。

 棗は己の指示を声に乗せ、

 

「10万ボルト!」

 

「火炎放射」

 

 カーテンのように広がり、ヤドランが一瞬だけ火の中に消える。

 だが、火では電気を防げない。

 サンダースの放った10万ボルトはそのままヤドランへと炸裂し、

 

「ヤドランの防御、甘く見てはいないか?」

 

 棗の声と共に、地の底から響くような音がせり上がってきた。

 この音は――

 

「波乗り、だと……」

 

「ふっ」

 

 ヤドランが放った波乗りは、巨大な壁となってサンダースへと迫る。

 回避は不可能。

 切り替えられるのはリゥのみ。

 

 そして、火炎放射・波乗り。

 地震を覚えているとするなら、残るひとつは――

 

「ヤドラン、押さえつけろ」

 

 サイコキネシス。

 強力な念によってサンダースが抑えこまれる。

 

「ぐ、ぎぎ、動けないぞ……」

 

 それでも、技は出せる。

 ヤドランも後一撃さえ決まれば倒せるはずだ。

 賭けるか。

 

「サンダース、雷!」

 

 決め手はただひとつ。

 膨大な熱量と共に、ヤドランを先に倒す。

 

「悪いが、読んでいた」

 

 棗は静かに、

 

「ヤドラン、地震だ」

 

 放ったのは地震。

 だが、戦場に放ったのではなく、波乗りとして利用していた大量の水にだ。

 水が砕け散る。

 その中から姿を現し、ヤドランはもう一歩踏み込むべく動く。

 あの踏み込みこそが地震。もう一発放てば、サンダースは敗北する。

 それよりも速くこちらが放てば――、

 

「警戒しすぎだ……サイコキネシス!」

 

「う、わ……!」

 

 サンダースを念力だけで吹っ飛ばすと、そのまま床へと叩きつける。

 

 更に追撃。

 追撃。

 追撃。

 追撃――。

 

 雷など当然放てるはずもなく、

 

「四体目、撃破だ」

 

 残る手持ちは、リゥだけとなった。

 

「……ちゃんと見てるの?」

 

「……」

 

 リゥの言葉に沈黙で返し、サンダースを戻す。

 再び展開して出してみると、想像以上に酷い状態だった。失神して意識はなく、全身を滅多打ちにされていた。

 

 これがサイコキネシス。

 ただ単純に相手を縫い付けるだけでなく、強力な念力で操作し、ダメージを与える技。

 

 わかってはいたが……油断もしていた。

 どこかで使用されないだろうと踏んでいた。

 完全に、俺の失態だった。

 

「ごめんな、サンダース」

 

 頭を撫で、再びボールに戻す。

 意識を切り替えなければいけない。

 なす術もなく敗北した仲間達。

 残るはたったひとり、リゥだけだ。

 

「ちゃんと見てるの? か」

 

 リゥの言葉を口に出し、目を瞑る。

 見なければいけないのは何か? 

 自問し、目を開ける。

 俺が見るべきなのはたったひとつ。

 心を読み、未来を予見しする超能力者、棗に勝つ未来。

 

 ただ、それだけだ。

 

「後一体だな」

 

 棗はそれだけ言うと、

 

「交代だ。パリヤード、来い」

 

 四体目の萌えもんを繰り出した。

 バリヤード。ものまねやパントマイムが上手い萌えもんで、エスパータイプの中でも曲者の萌えもんだ。

 この場面でわざわざ交代してきたということは、リゥを警戒してだろう。

 

「……思い出せ」

 

 頭に叩き込んできたことを。

 昨日、空手道場で教えられた棗の情報を元に記憶したものを。

 今までと同様に戦って勝てる相手じゃない。

 

 ――バリヤード。 

 

 覚えた記憶から掘り起こす。

 

 エスパータイプの萌えもん。

 

 覚える技――バリアー・念力・身代わり・ヨガのポーズ・往復ビンタ・光の壁・リフレクター・マジカルリーフ・アンコール・サイケ光線・リサイクル・トリック・なりきり・サイコキネシス・バトンタッチ・神秘の護り。

 

 この内、外れるのは数個――登録している可能性が高い技は10個。

 

「まだだ……」

 

 更に候補で上がるのは技マシン。これらで覚えられる技は32種類――内、2種類は被っているので省くとして、残るは30種類。

 

 合計すれば40種類。これらから使用する技として登録できるのは僅か4種類。

 棗が背負うハンデ――いくら心が読めようと、4つの技しか選べない。

 

「リゥ」

 

 思考しろ。

 思考を止めるな。

 僅かな動きでも観察し、予測し、判断しろ。

 

「……」

 

 バリヤードが僅かに動く。

 

 ――考えろ。

 

 俺なら何をするかではなく。

 何をなせば俺を倒せるかを考えろ。

 そうすれば――、

 

「火炎放射、バリヤードに放て!」

 

 バリヤードの右腕が動く。

 同時、放たれた火炎放射はバリヤードへと殺到するものの、圧縮された光の壁で届かずに終わる。

 

 まずは、ひとつ。

 残るは3つ。

 

 光の壁で火炎放射を防いだ。ならば次は何の手を打つ?

 攻撃か防御か?

 

「リゥ、距離をつめろ」

 

「諒解」

 

 答えた時にはもう走っていた。

 対するバリヤードは、その姿をいくつにも分身させていた。

 

 影分身。

 光の壁を利用し、屈折させることで更に分身している数を増やしている。リゥ1体に対し、バリヤードは8体。随分な歓迎だ。

 

 だが、この中から攻撃できるのはたったひとり。

 見分ける術は――無い。

 

 なら、おびき出すまでだ。

 

「火炎放射、なぎ払え!」

 

 前方の数体が火炎放射の熱波を浴び、霞む。

 全て幻。

 

「続いて後ろ」

 

「そうはいかんさ! サイコキネシス!」

 

 繰り出されたサイコキネシスは、しかしリゥに効果を及ぼすものではなかった。

 火炎放射が見えない壁に押し込まれるようにして、消えていく。

 迫る壁。

 

 リゥはしかし動かない。

 光の壁は物理的攻撃力を持たない、見えない壁だ。リゥに当たったところで、リフレクターのようなダメージはない。

 

 壁が防ぐのはあくまでも火炎放射や雷といった攻撃のみ。

 そしてそれは――同じくサイコキネシスにも当てはまる。

 光の壁を移動させたということは、つまりバレれば困る――バリヤードがいたという証に他ならない。

 

「リゥ、直進!」

 

 サイコキネシスは使い勝手の良い技だが難点がある。

 複数を攻撃対象として見られない点だ。

 とんでもない力だが、その分集中力も必要なため、かけられる作用はひとつの対象のみ。

 この一点――勝機は存在している。

 

「甘い! 一点からやってくる対象は良い的――」

 

「電磁波!」

 

 こちらの思考を読んだ棗が言葉を失うのと指示を飛ばしたのは同時だった。

 光の壁をくぐり抜けたリゥが放った電磁波は、バリヤードの本体へと直撃する。 

 びくん、と体をのけぞらせ、バリヤードが一瞬の隙を生じさせる。

 それが致命的だった。

 

「叩きつける!」

 

「三体目ぇ――!」

 

 リゥの叫びと共に、バリヤードの体へと技が突き刺さる。

 一撃で仕留めた相手を確認し、告げる。

 

「――撃破だ!」

 

 残るは三体。

 次の対戦相手をシミュレートしながらリゥの体力回復を待つ。

 棗が気絶したバリヤードを戻す間に近くの定位置に戻ってきていたリゥは、流石に疲れが出ていた。

 

「……ふぅ」

 

 だが、その吐き出した息にはどこか充足感が含まれていて。

 

「ファアル」

 

「ん?」

 

 僅かに見える横顔は――笑っていた。楽しそうに。

 負けられない。その意志の中にあってなお、鼓動する気持ちが溢れ出しているように。

 

「私ね、今すっごく充実してる」

 

 リゥの姿を見て確信する。

 まだまだ戦える。

 そして、リゥの充実している時間を握っているのは俺であり――、

 

「奇遇だな、俺もだ。さっきので目が覚めたからかもしれないけどな」

 

「うん、だと思ってた」

 

 同様に、俺たちの気持ちもまた同じだった。

 心を読み、未来を見る超能力者相手に勝つ。

 それが、こうも楽しい。

 だから、

 

「リゥ、俺の指示が遅かったら、好きなように動いてくれ」

 

「諒解。でもいいの?」

 

「はっ」

 

 今更だ。

 そんなもの、

 

「俺たちなら、何をしたくて何をするか、わかるだろ?」

 

「……確かに」

 

 微笑みの交差は一瞬。

 すぐに意識を切り替える。

 といっても、リゥが好きに動くのはあくまでも切り札――それも一度しか切れないジョーカーに等しい。それも、決定的な場所では使えない。

 

 ジョーカーでは勝てない。

 それは例えジョーカーを許された場所であっても、同じことだ。

 

 ――切れるか、俺に?

 

 自問し、息を吐く。

 それが、俺の戦いだ。

 




後編に続きます。

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