萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~   作:阿佐木 れい

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お久しぶりでございます。
今回は中休みの回です。




【第二十五話】ヤマブキ――汗臭い奴らで直球勝負(修)

 セキチクシティから二日――タマムシシティへと戻ってきた俺達は、その足で隣町のヤマブキシティに向かった。

 

 以前は公園からの獣道から侵入したが、今回はちゃんとゲートを通ってだ。真面目そうな警備員のおっちゃんの前を通り過ぎてヤマブキシティに入ると、賑やかなタマムシシティとは違って、閑静な住宅街が姿を現した。

 

 ここヤマブキシティは、商業的な色合いの強いタマムシティのベッドタウンの役割を果たしていて、マンションや一軒家などが多い街だった。

 ジムは町の北東――俺達が入ってきたゲートは西にあるから、結構距離はある。萌えもんセンターは確か町の南側だったから、ジムに登録してから萌えもんセンターで休もうと思うと、ほとんど町を一周する形になってしまう。

 

「どうするの?」

 

 そんな俺の胸中を察してか、リゥは決断するように問いかけてきた。

 

「そうだな……」

 

 効率を求めるなら、真っ直ぐにジムへと向かうのがいいだろう。時刻はまだ昼過ぎ。時間は充分にある。

 

「ちょっと歩いてから向かうか」

 

 結果、取った行動は中途半端な回り道。

 個人的に一度どうしても見ておきたい場所があったのだ。

 

「わかった」

 

 リゥもそれに思い至ったのだろう。

 痛いような悲しいような――そんな複雑な表情を浮かべていた。

 そんなリゥの頭を二度、ぽんぽんと手を乗せて、

 

「悪いな」

 

 どけられた俺の手を名残惜しそうに眺めてから、リゥは言った。

 

「いいよ」

 

 その答えにどこか安心しながら、

 

「行こうぜ、ストライク。お前にも見せたいものがあるんだ」

 

 俺はストライクを伴って目的の場所へと歩き出した。

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 かつては町の外からでもはっきりと見てわかる高さだったビルは、工事のための足場やシートに覆われていて、かつての面影はほとんど見られなかった。

 何でも、ロケット団殲滅の大規模な戦闘によって、床のいくつかは底が抜け、壁は崩壊し、遠慮無くぶっ放された萌えもんの技によって倒壊寸前だったという。

 

 まったく、誰のせいなんだ。

 だけど、ちゃんと修復が進んでいるようで安心した。

 社長は豪快に笑っていたけど、実際、気になってはいたのだ。

 

「……これは、建設途中なのですか?」

 

 ストライクがビルを見上げ、呟いた。

 

「いや、壊れてるのを直してるんだ。倒れたら、近くに住んでる人達が危ないだ

ろ?」

 

 ビルの周りには、今でも人が住み、日々の生活を送っている。

 彼らの安全を守るためにも、ビルを直す作業は必須だった。

 

「……ふむ、確かにそうですな」

 

 そして、ここで頷けるストライクは、やっぱり善人なのだなと思うのだ。

 

「しかし、何があったのでしょう? 風雨や自重で壊れたような跡には到底見えま

せぬが……」

 

 そう疑問に感じるのも尤もだった。

 壊れているのを直している。

 これだけ高いビルを丸ごと修復する理由としてすぐに思いつくのは、ストライクが上げた理由くらいだろう。

 俺は努めて冷静に、

 

「ロケット団っていうマフィア――まぁ、悪の組織だな。萌えもんを使って悪いこ

とをしてた組織なんだが、このビルで馬鹿でかい騒動を起こしてな。その結果だよ」

 

 俺もリゥも当事者のひとりだったわけだけど。

 事件の後、訪れる事がなかっただけに、まだ傷跡が残っているのは当たり前だがちくりとどこかが痛みを上げたような気がした。

 

「我々を悪事に――それは、萌えもん達があまりにも哀れではないですか」

 

 確かにそうだ。

 人に捕まえられ、自分の意思とは関係なしに悪事に利用される。

 それは萌えもんの持っている良心を踏みにじる、最低の行為だ。

 

 ――だが、それは正しくもあり、正しくもなかった。

 

 ストライクが真っ直ぐであるからこそ、彼女は目を背けて見ないようにしているように、俺には見えた。

 

「……だけど、自分から戦っている萌えもんもいた。自分から他の萌えもんを傷つ

けるのを悦んでいる萌えもんもいたさ」

 

「そんな事は――!」

 

「事実だよ。実際に見て来たからな」

 

 その言葉の意味を察したのか、ストライクは押し黙った。

 

「……ま、それだけだ。悪い奴がいて、良い奴がいる。人間だって萌えもんだって一緒だと思うがね。俺はそう思うぜ」

 

 だからといって、ストライクを捨てた人間が完全に悪いとは――断定出来なかった。

 

 もしかしたら。

 何かの理由があったのかもしれないから。

 その可能性をまだ否定したくはなかったから。

 答えを見つけたいと言ったストライクの考えを固定し、背中を押すかのような言葉は、言えなかった。

 

「……行こう。悪いな、寄り道しちまって」

 

 先を行くように歩き出した俺に従う形で、リゥが続き、しばらくしてストライクもついてきた。

 その視線は一度、シルフカンパニーを見上げ、前へと戻されてからはもう向けられることはなかった。

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 ヤマブキシティジムは、タマムシ・セキチクとどれも〝自然〟を基調としていたジムから比べると、近代的とも言える外観だった。岩・水・電気・草・毒とこれまで〝自然〟に即したタイプが多かっただけに、ジムを見て感じたのは〝人工的〟だな、という印象だった。

 

 その左隣にはもうひとつジムに似た大きな建物がひとつあり、中からは何かを叩き付けるような音と、野太い男達の声がひっきり無しに聞こえてきている。おそらく道場ではないだろうか。建物の上の方を見ていると、何か看板のようなものが外れたような跡があった。

 

「ここもエスパータイプ?」

 

 違うよね? と言いたげなリゥに同意する。

 

「まさか。エスパータイプの萌えもんが物理で殴ってきたら怖すぎるだろ」

 

 それこそ、エスパーを鍛えて物理で殴ればいい状態だ。

 

「だよね……」

 

 とリゥはもう一度、その建物を見上げ、

 

「むさ苦しそうだし」

 

 まるで近くを蠅が飛んだかのような表情で、呟くように言った時だった。

 

「誰がむさ苦しいだコ#%$&ッ!」

 

 後半部分は聞き取れなかったが、突如としてジムの扉―引き戸だった―をスパーンっ! と開いた黄ばんだ道場着に身を包んだ男は、鍛え上げられた巨躯で一歩を踏み出し、

 

「ふんぬぁ!」

 

 開ききり、反動で返ってきた扉をまるで蠅でも振り払うかのように払いのけた。

 がしゃん、と虚しい音を立てて扉がひしゃげた。哀れ。

 

「ふしゅるるる……」

 

 口から煙でも吐いてそうな面構えで、一歩一歩踏み出してくる。道場破りをしていそうな雰囲気を持っている男が、道場から出てくるというのは冗談にも思える。

 が、事実として男はジムの前で呆然となっている俺達に向かって歩いてきているのであり、

 

「――どうしよう、あいつ気持ち悪い」

 

 我が相棒は言葉に対する遠慮というものをしないためか、男の触れてはいけない部分を抉ってくれたようだった。

 ぴたり、と止まった男の足。萌えもんといえ、女の子に「気持ち悪い」と言われて傷付かない男はいない。無情かな。

 心なしか、先ほどとは違って、急速にしぼんだようにも見えた。

 

「あ、えーと」

 

 こういう場合は穏便にすましてさっさと逃げるに限る。幸いにして目の前にあるのはジムだ。中に入れば追ってこないだろう。たぶん。

 立ち止まって何も口を開かない男を放って置いて行こうとも思ったが、さっきの言葉はまさしく俺――というかリゥに向かって放たれた言葉だろう。

 曖昧に誤魔化して逃げる。

 

「あー、じゃあ俺達、ジムに用事があるから」

 

 ほら、とリゥとストライクを連れ立たとうとしたら、何故か肩を万力のような力でいきなり掴まれた。

 いつの間に。

 

「汗臭いんだが」

 

「ジムに用事と言ったな!」

 

「汗臭いんだが」

 

「そうかそうか。ジムに用事か」

 

「汗 臭 い ん だ が」

 

「ならばすぐに言わないか。ほら、案内しよう」

 

 どうしよう、こいつ話を聞いてくれない上にむさ苦しい。そのまま消沈しておいて欲しかった。

 

「……タスケテ」

 

 鍛えられている肉体から発揮される力は、振り払えるレベルを超えている。ゴーリキーともタメをはれるんじゃなかろうか。

 片言の俺をリゥはしばらく見て、

 

「私、ちゃんと登録してくるから」

 

「おい!」

 

 満面の笑みを浮かべたリゥが、道場の中にポーイと放り込まれた俺が見た最後の光景だった。

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 首根っこを捕まれて連行された建物の窓はしっかりと開いていた。確かにそうだ。そうでなければ外まで大きな声や音が漏れるはずがないだろう。むしろ、窓が開いてないのに外まで大声が漏れていたら、怖い。

 

 畳敷きの室内は、外観から感じた印象の〝ジム〟というより道場といった様子だった。その広さは人が戦うのではなく萌えもん同士が戦うような広さだ。その中で六人の男達が組み手をしていた。全員が黒帯なのが特徴的だった。その誰もが真剣に格闘技に向き合っている、というのは道場の中に漂っている空気から何とはなしに感じられる。が、やはり格闘技を囓っていない俺から見ると、暑苦しいというイメージは払拭どころか強まっただけだった。

 

 俺を掴んでいた男――どうやら道場主のようだ――は、ぱっと手を離すと、

 

「皆、挑戦者もといサンドバックもといトレーナーが来たぞ!」

 

「「おお!」」

 

 と叫んだ。

 男達は組み手を止めて、野次馬のように集まってくる。心なしか体から湯気が立ち上っているように見える。きっと汗が気化しているのだろう。ヤメテ。

 

 良く見れば、その奥には萌えもん達もいるようだった。

 ワンリキー、ゴーリキー、マンキー、オコリザル、ニョロボン、サワムラーにエビワラーまで。格闘タイプの萌えもんは一通り揃っているようだった。

 

「ほんとに道場って感じなんだな」

 

 ぽつりと漏らした言葉に、道場主は過剰なまでの反応を示した。

 

「道場などではぬぁいっ!」

 

 たぶん、無いって言いたかったんだろうなって思う。

 

「我々こそが――ヤマブキシティジムなのだ! 隣のエスパータイプなどという良くわからんなよなよしたタイプではなく、押して駄目なら押してみろ! 体力が無くても気力があるわ! 負けません、だって勝つんだから! の精神がモットーの由緒正しきジムなのだ!」

 

 汗を振り乱しながら叫んだ。

 顔にかかったじゃねぇか、勘弁してくれ。

 

 道場主は更にこの道場――ジムらしいが――の歴史を語り始めているが、脳筋を極めようとしている過程を聞かされているような気しかしてこない。

 

 ……とりあえず、だ。

 

「シェル。冷やしてやってくれ」

 

「はーい」

 

 冷凍ビームをぶちかましておいた。

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 つまり、だ。

 

「ヤマブキシティには元々、この道場――ジムがあって、それが乗り込んできた棗によってこてんぱんにされた上にジムの看板を奪われた、と。そういうわけだな?」

 

「うむ」

 

 確認を込めて漏らした俺の言葉に、道場主は大きく頷いた。

 言われてみれば、確かにだだっ広い道場は大きな体育館ほどはあり、観客席と思わしき席までちゃんとある。もっとも、その二階部分は今は物置として使われているようで、雑多な荷物や着替えが無造作に放り出されていた。

 

 道場には、入り口の方に俺と合流したリゥ、ストライク。そして元々いた道場主と門下生達、そして彼らの萌えもん達が揃っていた。

 

「あんたら、見事に格闘タイプだもんなぁ。エスパータイプじゃ些か分が悪いのは確かだよな」

 

 一般的に、格闘タイプはエスパータイプには弱いとされている。肉体を主に戦う格闘タイプでは、中・遠距離から不可思議な力を持って戦うエスパータイプに対しての相性はどうしても悪くなる。一方的に嬲られる場合がほとんどだ。

 

 今回、ジムに挑むにあたって、懸念していた部分はそこだった。

 接近戦が取り辛い場面が多くなるのは簡単に予想ができるものの、対処の方法がほとんど思い浮かんではいなかったのだ。

 

 香澄・享でサイコキネシスの恐ろしさは身にしみている。そして、今回はエキスパート達だ。どんな手を使ってくるのか、予想が立てにくい。

 更に、噂によれば棗は相手の心を読むともいう。だとすれば、俺にとっては最悪の相手になる。

 

 切れるカードは出来るだけ多い方がいい。

 そう思うものの、切れるカードを減らしておくという戦法を取るかどうか――悩み所だ。

 

「……棗について少し確認したいんだが、いいか?」

 

 が、相手を知っておきたいのは確かだった。

 そうでなければ、具体的な戦法を練られない。

 また、これまで見てきたサイコキネシスは直接こちらに作用するものだったが、果たしてどこまで効果が及ぶのかも気になった。物理的な部分にしか作用しないのか、はたまた火炎放射などにまで作用するのか――それによって戦い方は変わってくる。特に後者だった場合、真っ正面から戦うのは愚策中の愚策となる。

 

 何しろ、正攻法での戦いが全く通用しなくなるという事なのだから。

 俺の胸中を知ってか知らずか、道場主はまたもや腕を組んで大きく頷いた。

 

「観戦していて、火炎放射やハイドロポンプをねじ曲げたのは見た事がある。電気はそうでもないようだが」

 

「……なるほど」

 

 という事は、

 

「サイコキネシスの力の及ぶ範囲は限定されていて、電気はそれに当てはまらないって事……か?」

 

 自分でも実際に見た事がない以上、断定はできない。

 が、視線で作用するという前提から離れないのなら、電気のように目で追いかけられないような速さを持っているものには作用しない、またはしにくいのだろうか?

 

 もしそうだとすれば、サイコキネシスの持っている技の特性とも矛盾はしない。

 問題はどこまで切り崩せるか。どこまでこちらの有利な状況を引き出せるかだが。

 心を読める相手にどこまで通じるのか、が最大の壁になる。

 

「うむ、考えている所、実に悪いが」

 

「……あん?」

 

 思考を一時中断し、道場主に答える。

 

「我々とも戦ってくれんだろうか?」

 

「……ひとつ、訊いていいか?」

 

 ずっと、疑問に思っていた事があった。

 それは面子なのかもしれないし、拘りなのかもしれないが。

 

「看板を取り返したいなら、それこそ虫タイプとかゴーストタイプとか有利なタイ

プはいくつかあるのに、何でそれを使わないんだ?」

 

 純粋な疑問だった。

 汗水垂らして訓練している姿は、ジムの姿を失って久しく、逆に言えば道場としてこの場所が染みついているという証明でもあった。

 

 今更……と思う人が多いだろうし、彼らだってもしかしたらそう思っているのかもしれない。

 だが、道場主は何ら恥じる事なく、

 

「我々が格闘タイプのジムだからであり、格闘家だからだ! 壁に当たって逃げてどうする!? 目の前の敵が強大だかと言って目を背けてどうする!? 壁があるのなら、ぶち破るまでよ! 強大ならば、強くなって倒すまでよ!」

 

 ぐわーはははは!

 と道場が痺れるような大音量で豪快に笑った。

 

「はっ」

 

 その呆れる程の誇りに煽られるように、

 

「んじゃ、付き合う代わりにちょっと相談に乗ってくれや。棗をぶっ倒すよ」

 

 俺の言葉に、

 

「計算通りだ問題無ぬぁい!」

 

 道場主だけでなく、その場にいた門下生が声を揃えて「応!」と答えた。

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 あーでもないこーでもないと顔を付き合わせて意見を出し合っている男達を遠目に、リゥは畳の上に座って手にした受付証を団扇のようにひらひらと振って風を起こしていた。しかし一向に涼しくはならない。

 

「壁を壊して換気したい……」

 

 心の底から漏れた言葉だった。

 男共の汗やら何やらが混じり合って、空気が悪い。

 リゥは立って、近くにあった閉められていた窓を開けた。時刻は午後2時頃。風も吹いていないため、何も変わらなかった。

 

 ストライクは道場の奥で休憩しいてる萌えもん達に話しかけに行ったようだった。

 どうしようか、と少しだけ迷い、リゥもその後に続いた。ファアルはああなったらしばらく放っておいた方がいいのは経験からわかっていた。今はじっくりと考えてもらうとしよう。

 

 インタビューアーのように、ストライクは小柄な萌えもんに話しかけているようだった。

 

「失礼。マンキー殿、怒りを覚えなかったのですか? 彼らの目的に使われいる、と。強敵と戦って敗北して、そう、思わなかったのですか?」

 

 遠くから聞いて、酷く残酷なことを訊くものだな、とリゥは思った。

 まして彼女達は、道場で鍛えている格闘家達だ。そんなの、答えは決まっている。

 

「悔しいってしか思ってないってばよ、こんちくしょう!」

 

 当然だな、と思った。

 

「負けて悔しいって当たり前じゃないか! だから戦うんだ。一回負けたからって諦めてたら格闘タイプが廃るってもんだ!」

 

「む、むむ……?」

 

 ストライクもどこかで納得してしまったのか、呻いただけだった。

 相手が怒った事で、自分が矛盾した内容を発した事に気がついたような表情で、首を傾げていた。

 そんな彼女に疑問を持ったのか、手の先に赤いグローブをつけた萌えもん――エビワラーが近付いてきた。

 

「逆に訊きたい。お前は何に必死になっている?」

 

 数々の実戦から裏打ちされた実力の元、エビワラーは言っているように思えた。

 ファアルを拉致った道場主がまとめ役なら、彼女は萌えもん達にとってまとめ役なのかもしれない。

 

「差し出がましいかもしれないが、お前は無理に答えを見つけたがっているように見えるんでな」

 

「……そんなことは」

 

 エビワラーはストライクの前で拳を突き出す。それはリゥの目でぎりぎり追えるか追えないかの速さで、何の予備動作もなく放たれた拳は、何千何万と繰り返したが故のひとつの動きだった。

 

「――っ、何を」

 

 エビワラーはゆっくりと拳を引き、

 

「これが我々だ。格闘タイプである我々が、格闘家であるトレーナーと体を鍛えていく。何の問題がある?」

 

 そして、

 

「勝利の過程に敗北があるのは必須。挫折を知らずして強さはなく、挫折を知らぬ強さはない。敗北してもなお、闘志を絶やすことなく向かっていってくれるのなら、我々はついていくだけだ。同じ志を持つ仲間として」

 

 それが、エビワラーの、そしてこの道場にいる萌えもん達の答えでもあるようだった。

 リゥは足を止め、ストライクに近付くのも止めてじっとその様子を見ていた。

 

「挫折を知らない強さはない、か……」

 

 何度も何度も。

 叩き伏せられ、諦めたとして。

 

 何度も何度も。

 夢想し、憧れ、その度に自ら諦めたとして。

 

 果たしてそれは、挫折というのだろうか。

 手の届かない場所を目指す自分に、酔っているだけではないのだろうか。

 

 真っ正面に。

 ぶち当たって敗北して、それでもなお戦い目指しているエビワラー達は、リゥにとっても眩しかった。

 しかしストライクにとって、その姿は――

 

「だから――だから何だと言うのですか……! あちし、あちしは……、そんな事

っ!」

 

 そう言って、踵を返し、道場から飛び出して行った。

 

「……う、ううむやってしまったか」

 

 ぽつりと漏らした言葉はエビワラーのものだった。困った、と呟いている様子は道場主とそっくりだった。

 彼女は、気まずそうな様子で、

 

「どうも人の感情には疎くて――自分が思っている事を言ってしまうのは悪い癖だ

とは思うんだけど、はぁ」

 

 今回もやってしまった、と再度口にして、エビワラーはため息をついた。

 

「別に、いいんじゃない?」

 

 そんな彼女に向かって、リゥは口を出した。

 

「言われなくちゃわからないことって多いでしょ? 自分でわかっていても、誰からか言われて初めて理解できる事もあるわけだし」

 

 脳裏に浮かんだのは、シルフカンパニーの社長室だった。

 あの時、愛梨花に糾弾されたからこそ、今の自分がある。

 突きつけられる現実は、例え自分で理解していたとしても、意味は確かにある。

 だから、

 

「必要だったんじゃないかな、って私は思う。気にしないでいいって。フォローくらい、こっちでしておくわ」

 

「う、うむ。そう言って貰えると気が楽になる。しかるに――」

 

 エビワラーは雰囲気をがらりと変え、

 

「お前はなかなか強そうだ。どうだ、一戦」

 

 右拳を突き出してきた。

 ファアルはまだしばらく時間がかかりそうだ。

 リゥは横目で様子をちらりと伺い、

 

「当然」

 

 自身の拳をエビワラーの拳に付き合わせた。

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 夜になって涼しくなると道場というのは外気なみに冷えてくるようで、俺達は話し合い、リゥを含めた萌えもん達はトレーニングと各々の課題をこなした後にお開きとなった。トレーニングをしていたリゥに言われ、コンやシェル、サンダース、カラと全員で稽古をつけてもらえたようだ。道場主のエビワラーは道場の萌えもんに稽古をつけてもいるようで、教え方は熟達したものがあったらしい。

 

 疲れた様子のリゥと一緒に歩きながら、萌えもんセンターへと向かう。ヤマブキシティジムでの受付はもう完了しているし、後は明日、遅刻しないようにするだけだ。

 

「お疲れさん。みっちりやってもらったみたいだな」

 

「まぁね。流石にちょっと疲れたかも」

 

「ちょっと、ねぇ……?」

 

 その割にはぐったりしているように見える。結構どころじゃなくないか?

 

「……何よ」

 

「いんやー」

 

「むー」

 

 悔しそうに見上げてくる視線から逃れるようにして目をそらす。

 もう夜なためか、空には星空が広がっている。が、タマムシシティが近く、またベッドタウンでもあるので見える星の数は少なく感じられた。

 

「ストライク、どこか行っちゃったみたいだけど」

 

「――そうだなぁ」

 

 リゥから顛末は聞いていた。

 

「言わないとわからない事は、誰かが言わないとわからないものだし。頑固な奴ほど、特にね」

 

 少し言い訳するようにも聞こえたその言葉は、どこか自嘲を含んでいるようにも思えた。

 俺は無言でその頭に手を置いた。

 

「ん。まぁ、答えを見つけるのはあいつだしな。良い答えになるといいんだけど」

 

 人が良いものか悪いものか。

 ストライクが信じたいものは、それではないと思う。

 ただ、トレーナーに捨てられたことで人=悪という対峙を求めているように、俺には思えた。

 

 本当に決着を着けるべきなのは、おそらく自分自身。それは、助言は出来ても答えにはならない。答えを見つけられるのは、ストライクだけだからだ。

 

 セキチクシティにいれば、死ぬまで辿り着けないかもしれない。答えを見つけたいと思っているストライクに対して、あまりにも過酷だと思って旅に同伴させてみたが、果たしてそれが良かったのか悪かったのか……。

 

「間違ったことはしてないと思うよ、私は」

 

「だといいけどな」

 

 嘆息し、続ける。

 

「考えなくちゃいけない事が多いもんだ」

 

「お人好しなくせに」

 

「うっせ」

 

 リゥの頭から手を離し、少し足早に萌えもんセンターへと向かう。

 あいつが答えを出すのを待つくらいしか、出来そうにはないから。

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 翌日。

 ヤマブキシティジムの前でストライクは待っていた。

 

「今から戦われるのですね?」

 

「ああ。来るか?」

 

「もちろんです。貴方の答えをまだ見せてもらってはいませんから」

 

「あいよ。んじゃ、行こうぜ」

 

 今回も隣に立つのを許可してもらっている。もちろん、リゥと違って戦闘に参加は禁止されているが。

 先導するようにジムの扉に手をかけた俺に、ストライクは問いかけてきた。

 

「昨日、どこに行っていたとか訊かないのですね」

 

 それは、どこか諦めに煮た呟きにも聞こえた。

 

「訊いて欲しかったのか?」

 

「それは……」

 

 ストライクにしてみれば、不意に口から出た言葉だったのかもしれない。

 答える言葉もなく、黙っている彼女に、

 

「〝見せてやる〟って言っただろ? 手詰まりになったなら、言えばいいさ」

 

 それがお前のためになるのなら。

 とは言わなかった。

 そこまで言える関係ではないから。

 

「……承知」

 

 吐き出したようにも聞こえた言葉を背に受けながら、俺はジムの扉を開けた。

 ゴールドバッジを手に入れるために。

 

 

 

   ******

 

 

 

 何だよ、これは……。

 目の前で広がる光景に、俺は絶句した。

 シェル、コン、カラが倒れ、残るはカラとリゥのみ。

 

 立ち塞がるのは、たった一体のエスパータイプ。

 たった一体に、為す術もなく三体が敗北した。

 

「……どうしろってんだ」

 

 向かいのトレーナー席には長い黒髪の少女が不敵な様子で立っている。

 

 彼女には――勝てない。

 

 組み立てた戦術も。

 伏せている作戦も。

 切るべき切り札も。

 全て、見透かされ、無傷で打ち破られてしまう。

 エスパー少女、棗。

 ヤマブキシティジムリーダーの前に選択肢を無くした俺は、項垂れるように、告げた――。

 

 

 

 

                                 <続く>

 




ジムリーダー戦はいつも萌えもんをプレイしてリサーチしながら書いているんですが、どうもセーブデータが破損しちゃいまして復旧に時間がかかりそうなのに加え、法事関係で休日も執筆に割り当てられる時間が作れそうにないので、今回は少しお時間をいただきたく思います。

また、前回ご指摘いただいた箇所に関してましても、近い内に修正を終える予定です。こちらはひっそりと修正する予定です。後ろに(修)とかついてたら、終わってるんだなと思って下されば。ただ、大きな変更点はありません。



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