萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~   作:阿佐木 れい

27 / 37
原作だとエスパータイプ1体いれば勝負がつくようなジムリーダーですが、いやはや、強いですな……、と書いてて思った回。
毒タイプ、舐めてました。




【第二十四話】セキチク――毒を征し、勝利を掴むモノ

 会場へと続く、長い廊下をリゥとストライクを伴って歩く。

 頭の中にあるのは、勝つためへの戦術。

 戦いが始まれば、おそらくストライクに構っている余裕はないだろう。

 意識を切り替えるように、一歩また一歩と足を踏み出していく。

 

「行くぞ」

 

「うん」

 

 間髪いれず返ってきた頷きと共に、光の中へと飛び込んだ。

 途端、会場が沸いた。

 そして、バトルフィールドの向こう側には、腕を組んで赤いスカーフを巻いた忍び装束の男がいた。

 

 セキチクシティジムリーダー、享。自称、現代に生きる忍。

 彼は不敵な笑みを浮かべ、俺を出迎えてくれた。

 

「……また厄介な戦場(バトルフィールド)だな」

 

 戦場を見やり、独りごちる。

 

 小さな建物――人がひとり入れる大きさの廃屋や、竹藪、池にススキの草原と、時代劇で見るような光景が広がっていた。

 なるほど、こうして見ると、実に忍らしいバトルフィールドだ。

 

 享は、俺が戦場を確認するのを待っていたようで、しばらくしてから言った。

 

「来たか、小童」

 

 享はおそらく、俺が今まで出会ったジムリーダーの中でも最年長だ。

 経験も積んでいる。その裏打ちされた確かな実力にどこまで食らいつけるかが勝負の分かれ目だろう。

 

「お主の戦い、見せてもらった。実に見事」

 

 だが、と享は続ける。

 

「――甘い」

 

 まるで、先人から知恵を授けられるかのように。

 俺は黙って、享の言葉を聞く。

 

「毒を喰えば自滅。眠ってしまえば無抵抗」

 

 それは、彼の経験から来る確かな言葉だったから。

 ボールに触ることなく、享を見据える。

 

「忍びの技の極意――毒タイプの技の恐ろしさ」

 

 いつか見た背中に追いつくために。

 俺に足りない物を、手に入れ、超えるために。

 

「その身で受けるがよい!」

 

「はっ、行くぜ、ジムリーダー!」

 

 ボールを手に取ったのは同時だった。

 始めに出すのは決めている。

 頼むぜ、

 

「シェル!」

 

「征け、ゲンガー!」

 

 それぞれの萌えもんを繰り出すと同時、戦闘の開始を告げる音が高らかに響いた。

 

 

 

     ◆◆

 

 

 

 享が繰り出したのはゲンガー。

 ゴーストの進化形で、常に浮遊している萌えもんだ。幽霊のように障害物をすり抜けられ、浮遊しているため地面タイプの技は状況次第によって効果がない。また、サイコキネシスような強力なエスパー技も使える――初手からいきなりの強敵だった。

 

 対するシェルが登録した技は、ハイドロポンプ、冷凍ビーム、殻に籠もる、超音波だ。

 相手は実態が無いといってもいい萌えもんだ。物理技を登録していなかったのは救いだが……。

 

「シェル、ハイドロポンプ!」

 

 先手を取られれば勝ち目は薄い。

 こちらが先手を打ち、流れを引き寄せる。

 

「りょーかいですわ!」

 

 凄まじい水流となって放たれたハイドロポンプはしかし、即座に地中へと身を隠したゲンガーに容易く躱されてしまう。

 

 ――地面にも潜れるのか。

 

 フィールドに設置されている家屋や森といった障害物も、ゲンガーにとってはあ

ってないようなものと考えていいだろう。

 隠れる場所を与えないために破壊するという選択もあるが、そうすればゲンガー以外の相手と戦い辛くなる。

 

 享は状態異常に関してもエキスパートだ。特に毒のような強力な状態異常を防ぐためには、物理的な障害物はあってくれた方がありがたい。

 

 となれば、破壊するのは愚策。

 当然ながら、享はそれを読んでいるだろう。

 予想した上で、ゲンガーを地面へと潜らせたのだ。家屋に隠れさせるよりも、地面へと隠れさせることで俺の選べる選択肢を限定させているわけだ。

 

 これでは先手を取れない。

 カラと交換する手段もあるが、浮遊しているゲンガーにはあまりにも分が悪く、何より毒タイプに対して効果のある技を持っているカラを潰すわけにはいかない。

 地面に潜られた以上、こちらの後手は確実。

 

 ――なら、

 

「シェル、殻に籠もれ!」

 

 防御として身を守る。

 持久戦と見せて、引きずり出す。

 享の口の端が僅かに上がる。

 

「ゲンガー、サイコキネシス!」

 

 言うや否や、シェルの体が浮き上がっていく。

 

「お、よよ。これはこれはー」

 

 ――あの戦法、香澄と同じ、か。

 

「ゲンガー!」

 

 享が動く……!

 予感と共に、俺もまた号令を飛ばす。

 

「シェル! ハイドロポンプ!」

 

 サイコキネシスの欠点は知っている。

 その一瞬をつけば――、

 

「10万ボルト!」

 

 放たれた電撃は、拡散しながらシェルへと向かって空を駆ける。

 しかし、

 

「速効だ、冷凍ビーム!」

 

 ハイドロポンプによって生み出された水が行き場を失って広がっていく中、冷凍ビームによって大きく丸い――傘のような盾となってシェルの前に完成される。

 刹那、殺到した10万ボルトによって即席の盾は破壊されるも、シェルには届かずにすんだ。

 

「……ほう」

 

 これでゲンガーの技の一端は捕まえられた。

 サイコキネシスに10万ボルト。

 

 残りふたつ。

 俺の予想なら、催眠術は確実に登録しているはずだ。

 残りひとつは、おそらく――。

 

「ゲンガー」

 

 こちらが持久戦に持ち込む覚悟があるのは、先ほど見せている。

 ゲンガーが物体を通り抜けて翻弄してくるのならば、攻撃の瞬間を見極めれば勝機はある。

 そして、ハイドロポンプによってフィールド上に水をぶちまけている。

 

「シェル、冷凍ビーム! 地表に向かって放て!」

 

 ゲンガーでは問題ないだろう。何しろ浮遊している。

 しかし、それ以外の萌えもんは――例えばだが、ベトベトンのような地面に常に接している萌えもんからすれば、たまったものではないだろう。

 事実、享も同じ考えに至っている。

 

「ならば凍らせる前に仕留めるだけよ……10万ボルト!」

 

 既に放たれた冷凍ビームを止める術をゲンガーは持っていない。

 ということは、相手の行動を素早く止めるかが問題になってくる。

 

 10万ボルトは体外へと向かって電気を発射する技だ。サンダースのように本職の電気タイプが使えば使用法に幅を持たせられるが、本職で無いタイプが仕様すると、威力も落ちるし命中精度も悪くなる。

 それに、

 

「放てないだろ、享」

 

 目論見通りに事が運んだ結果でもあった。

 

 見るものが見れば、ゲンガーの体が光っていた事に気がついただろう。

 先ほど空中でハイドロポンプを放ったのにはもうひとつ理由があった。

 冷凍ビームによってゲンガーが浴びた水分を凍らせるためだ。

 

 いくら物体を通り抜けられるといっても、ゲンガーは実体を持って生きている。そうでなければ、萌えもんボールで捕獲できはしない。

 つまり、今のゲンガーは体の表面が凍っているような状態なのだ。

 だからこそ、威力の落ちる10万ボルトは放ちにくいはずだ、と踏んだ。

 

 果たして。

 そこまで予想通りに運んでくれたのかどうか。

 

「ふぁ、……あれれ、ねーむーいー、で」

 

 シェルは空中で眠りへと入ろうとしていく。

 

「シェル! 殻に籠もって超音波!」

 

「う、うい……」

 

 ぶるり、とシェルの体が一度震えた。

 同時、

 

「目が、醒めたっ!」

 

「……むっ」

 

 何とかなってくれたようだ。

 催眠術は、相手に暗示をかけて深い眠りへと誘う技だ。抵抗のある萌えもんはともかく、ほとんどの萌えもんは抗えない。つまり、防ぐ術は存在しないといっていい。

 だが、抗う方法ならばある。

 例えば、

 

「殻に籠もった上で、自分自身に超音波を放ったか……」

 

 享の呟きに、含みんだ笑みで返す。

 ズバットという萌えもんがいる。彼女たちは、超音波を飛ばし、跳ね返ってくる時間で距離や障害物を知り、暗い洞窟内でも飛んでいる。

 シェルに殻に籠もらせることで、擬似的に洞窟のような空間を生み出させ、超音波を反響させて無理矢理覚醒させたのだ。

 

「……ふっ、面白い!」

 

 享は、懐からボールを取り出した。

 対する俺もまた、ボールを取り出す。シェルは未だ上空だ。落下させないためには交換するしか方法はなかった。

 

 二番手――

 

「頼むぜ、カラ!」

 

「征けぃ、モルフォン!」

 

 俺と享はまたしても同時に互いの萌えもんをフィールドへと繰り出した。

 

「――さて、ボクの出番みたいだね」

 

 カラはやる気満々といった様子だ。

 相手はモルフォン。飛行タイプのように自在に滑空するタイプではないが、一対の大きな羽根で宙を飛んでいる。

 地面タイプのカラには些か相性の悪い相手だが……。

 

 ――勝つには地形を利用するしかない、か。

 

 廃屋と、小さな竹林。飛行タイプに抗うのなら、その二箇所しかない。

 思い出したかのように、シェルの凍らせた氷の盾が上空から落下し、地面におちて砕け散る。

 それを合図にするかのように、

 

「カラ――骨ブーメラン!」

 

「了解だよ!」

 

 投擲。

 牽制用として登録しておいた技だ。近距離に特化しているカラが持っている、相手の出方をうかがうには最適な技だが、

 

「モルフォン、影分身」

 

 享の指示を受け、モルフォンがふたつにぶれ始める。瞬きをした一瞬の間に、モルフォンの数は二体に増えていた。

 

 ――いや。

 

 否定する。

 ただの幻惑だ。偽物は行動が出来ない。どれだけ寸分違わない分身だったとしても、本物では無いのだ。二分の一ならば、出し抜ける可能性は高い。

 

 だが。

 

 もちろんそんな事は享だって知っている。

 

「モルフォン、どくどく――撒き散らせ!」

 

 享の指示によって、モルフォンの羽根が大きく動く。

 猛毒の鱗粉が、花吹雪のように舞う。密度の濃い鱗粉はやがてモルフォンの姿を隠していく。

 

「あれじゃ近付くのは無理か……カラ、離れろ!」

 

「了解!」

 

 カラが一歩飛び退く。

 放たれた骨は、風を浴び、途中で地面に転がったが取りに行けるような状態ではなかった。

 例えるなら、毒の竜巻だった。飛び込めば最後、こちらの命を奪うような。

 その最中、享は更に指示を飛ばす。

 

「モルフォン、影分身!」

 

 そう、姿を消した上での影分身。

 つまり――

 

「……けほっ」

 

 飛び退いたカラが、小さく咳をした。

 

「大丈夫か?」

 

「もちろん。でも、少し吸ってしまったみたいだ」

 

 モニターを見る。そこにはカラが毒状態であることを表す表示が出ていた。

 

 ――マズイな……。

 

 毒になれば、治療方法はない。

 道具の持ち込みは禁止だ。毒消しのような道具は使えないし、自然治癒系の技も覚えてはいない。

 時間が経てば経つほど、不利になる。

 

「どうする……?」

 

 打開策が見出せない。

 猛毒の中に突っ込ませるか? 冗談じゃない。死ねと言っているようなものだ。

 穴を掘るを登録していたなら変わっただろうが、毒を流し込まれたら終わりだと思って登録しなかったのが裏目に出たか。

 

 いや、それすらも享は予想し、封殺してきただろうと予想出来る。

 じりじりと時間が経過する中、享の準備だけが整えられていく。

 

「ふっ、動けんか……ならばこちらか征くまで」

 

 風は以前、強いままだ。

 

「モルフォン、吹き飛ばせ!」

 

 その風が、モルフォンの起こした強力な後押しによって、毒を纏いながらカラへと突き進んでいく。

 

 ――躱せない!

 

 しかし、カラは歯がみする俺に向かって、絶対の信頼を持って、言った。

 

「信じてるよ、ファアル」

 

 そして、カラの小さな体は猛毒の風の中へと飲み込まれていった。

 

「――何と……」

 

 傍らのストライクが呆然と上空を見上げている。

 

 カラ……。

 飲み込まれたカラよりも、俺はモルフォンへと視線を向ける。

 猛毒の風に呑まれているカラを案じるよりも先に、なすべき事がある。

 

「あなたは……カラ殿が心配ではないのですか」

 

 ストライクの厳しい視線や言葉に構わず、ただ一点だけを見つめる。

 

 ――同じか。

 

 羽ばたきから何まで、全て同じだった。

 大きく風を起こしたその瞬間まで、モルフォンの動作は同じだった。

 鏡に写っているかのようだ。

 

 また、風が大きすぎて、どの方向から追い風を起こしたのかすらも掴みづらい。風の作用によっては、如何様にも操れるからだ。

 

 ――出し抜くには、まだ足りないか。

 

 あとひとつ、必要だ。

 そのために、俺はカラに向かって声をかける。

 

「取り戻せたか、カラ!」

 

 ほどなくして、風の中から返ってきた言葉は一つ。

 

「けほっ……もちろんっ!」

 

 風が収まっていく。

 毒を一身に浴び、それでもカラは倒れてはいなかった。

 その右手に愛用の骨を持ち、身構えていた。

 顔は青ざめていても、闘志は全く衰えてはいなかった。

 なら、俺が取る行動はひとつだけだ。

 

「水平方向、骨ブーメラン!」

 

「了解!」

 

 即座に理解してくれたカラは、落下しながらもう一度骨を投擲する。

 ほとんど水平に。分身したモルフォンを全て撫でていくような軌跡だった。

 

「甘いっ、サイコキネシス!」

 

 その瞬間、骨ブーメランは地面で滞空し、地面へと落下する。

 そして、カラも地面に着地しようとする。

 

 一瞬の静止。

 それを逃す享ではなかった。

 

「モルフォン、ヘドロ爆弾!」

 

 そして、本物のモルフォンからカラを倒すべく放たれる。 

 

「カラ、メガトンキック!」

 

 迎え撃つわけでもない。

 ただ、狙ったいたように、"偶然"近くにあった氷の塊に弱ったカラの蹴りをぶち込ませた。

 カラが毒でなければ、氷は粉々に砕け散っていたはずだ。

 

 だが、毒を浴びた状態では全力を出し切れない。

 結果、氷はほとんど割れず、飛んで行く。

 

 

 落下していく骨へと真っ直ぐに。

 

 

「ぐぬ、まさか……!」

 

 享が瞠目する。

 そのまさかだ。

 カラが蹴り飛ばした氷は、寸分違わず落下してきた骨にぶち当たる。

 そして、その勢いを借りた骨は飛んで行く。

 

 ヘドロ爆弾を放った、本物のモルフォンへと向かって。

 

「くっ、モルフォン、躱せ!」

 

 こちらの一撃さえ食らわなければ、モルフォンは勝てる。

 こちらはヘドロ爆弾一発で沈むだけの体力しか残っていない。

 享の指示を受け、慌ててモルフォンは回避する。

 が、高速で飛来した骨を完全に躱せるはずもなく、腹部に直撃したモルフォンはそのまま力無く地へと落下していく。

 

 クリティカルヒット。

 だが、こちらもヘドロ爆弾が迫っている。

 躱す方法はなし。

 元より、カラに回避するつもりは更々無いようだった。

 

「カラ――地震だ!」

 

「これ、でぇぇぇ――!」

 

 カラの地震が放たれた、刹那、ヘドロ爆弾が直撃する。

 しかし、放たれた地震は、落下したモルフォンを巻き添えにする。

 毒タイプは地面タイプの攻撃に弱い。

 骨ブーメランで直撃を貰っていたモルフォンは、地震で追い打ちを喰らう形になり、

 

「一体目――」

 

「――撃破だよ……けほっ」

 

 カラもまた、倒れ伏した。

 即座に戻し、ボールを再び展開する。

 

「リゥ、頼む」

 

「任せて」

 

 道具を渡すと、リゥは頷いてくれた。

 渡したのは毒消しと傷薬。すぐに処置を施してくれるが、程なくして萌えもんセンターのお姉さんが来てくれた。

 

 流石、準備がいい。

 しかし、これで俺の手持ちは四体――享は五体だ。

 愛梨花の時もそうだったが、不利な状況は全く変わっていない。

 どう挽回するか……。

 

「フッ、見事。では次だ。征け、ドククラゲ!」

 

「……考える時間もくれねぇか。頼む、シェル!」

 

「おまかせ、ですわ!」

 

 本日二度目だが、まだまだやってくれそうだ。

 ドククラゲ――メノクラゲの進化形で、通常は川や海に住んでいる水生の萌えもんだ。トサキントやコイキングのように、陸で活動はほぼ不可能とも言える。

 享のボールから展開されたドククラゲは、近くにあった小さな池に降り立つと、顔だけを出して首から下は水の中だ。

 

 しかし、シェルは同じ水タイプのドククラゲに対して決定打を持ってはいない。こちらのメンバーで有利に戦えるのはサンダースだけだが、入れ替えるのは享にとって絶好のタイミングだ。流れを相手に与えることになる。

 

「童」

 

「何だよ?」

 

「状況というものは常に動いているものだぞ?」

 

「あん?」

 

 知っている、と言おうとして気がつく。

 ドククラゲの浸かってい池がこぽこぽと泡立ち、色が紫色に染まっていることに。

 

「ちっ、そういうことかよ……! シェル、冷凍ビーム!」

 

「遅いなっ! ドククラゲ、波乗り!」

 

 享の指示を受けて瞬時にあふれ出した池の水は、毒の波となってシェルを襲う。

 しかし、こちらの放った冷凍ビームによって凍り付き、勢いは途絶えていく。

 だが、これで終わるとは思えない。

 

「シェル、殻に籠もれ!」

 

 そして、状況がこちらに傾き駆けているように見えるからこそ、守るしかなかった。

 何故ならば、

 

「ドククラゲ、毒針!」

 

 俺の指示と重なる形で放たれた指示によって、ドククラゲの毒針がシェルへと殺到したからだ。

 

「はわーっ!」

 

 シェルが思わず悲鳴を上げる。

 まさしくそれは弾幕だった。

 動けない。動けば最後、毒針によって蜂の巣にされる。

 しかし、それを待つような享ではなかった。

 

「ドククラゲ、どくどくを放て!」

 

 凍り付いた水の上に立ち、ドククラゲが猛毒の液体をシェルへと向かって放つ。

 

「シェル、躱せ!」

 

 毒針を浴びながらも、シェルは何とか体勢を立て直すべく、動き出す。凍らせ切れなかった水が、シェルの足を濡らした。

 

 ――水?

 

 拙い!

 

「くっ、シェル――」

 

「理解したところで遅いわ、童! 冷凍ビーム!」

 

 ドククラゲの冷凍ビームはシェルの足元へと突き刺さる。

 瞬時に凍っていく中、シェルは足を完全に凍らせられる形になってしまう。

 更に、

 

「ひゃ、ぶっ――」

 

 猛毒を全身で浴びてしまう。

 身動きが封じられている今、こちらの攻め手はハイドロポンプか冷凍ビームしかない。

 

 だが、冷凍ビームは駄目だ。

 凍ってしまう。

 全身に浴びた猛毒が、凍ってしまうのだけは避けなければいけない。

 

 ――いや、

 

「すまんシェル、無理をさせる!」

 

「がってんしょうち!」

 

 間髪入れず返ってくる信頼。

 それに答えるように、

 

「足元に冷凍ビーム、放て!」

 

 急速に冷えた温度によって、シェルの全身が氷に覆われていく。

 毒の色が混じった氷を纏いながら、シェルは緩慢な動作で動く。

 

「ふ、うっ……」

 

 毒が回っている。

 数分――数秒も保たないかもしれない。

 だが、

 

「これで毒針は通じないぜ、享」

 

 纏った防具によって毒針は封じた。

 どくどくは決定打に欠ける。

 波乗りは、凍り付いているために事実上、不可能。

 となると、残る選択肢は限られてくる。

 

 待つか、攻めるかだ。

 だが、俺たちの戦いに――待つという選択肢は存在しない。

 何故なら、

 

「ドククラゲ、どくどく、冷凍ビーム!」

 

 相手に時間を与えれば与えるほど、熟考されるということなのだから。

 

「――はっ、シェル、ハイドロポンプ!」

 

 悪いな、ドククラゲ。

 強力な水の扱いにかけちゃ、こっちが一枚上手だ。

 シェルが放ったハイドロポンプは、氷の防具を内側からあっさりと打ち砕き、ドククラゲの上へと真っ直ぐに向かっていく。

 

「何を……」

 

 瞠目する享に向かって告げるように、

 

「シェル、冷凍ビーム!」

 

 放ったハイドロポンプを丸ごと凍らせた。

 重力に従って落下していく、一瞬前まで水だったモノ。

 それは巨大な一本の棒となって、ドククラゲへと叩き付けられる。

 

 耳が破壊されるかと思うような爆発音が戦場を支配し、地震に匹敵するかのような衝撃が襲いかかる。

 しかし、それだけだ。

 大技な分、隙も大きい。

 躱すには充分だったが……

 

「こっちはそれで充分だ」

 

 毒を受けて倒れたシェルの代わりに、戦場に立っていたのは紫電を撒き散らす野獣。

 

「サンダース、10万ボルト!」

 

 粉塵立ちこめる中、ドククラゲは弱点である電撃を浴び、倒れ伏す。

 これで、

 

「二体目――」

 

「――撃破だな!」

 

 高らかに宣言する。

 これで、残り四体だ。

 そんな俺を、アドバイザーのストライクは深く息をついて、断崖する。

 

「これが、貴方の見せたかったものですか……。あちしに見せてくれると、そういったものですか!」

 

 その怒りを浴びながら、断言する。

 

「そうだ」

 

「――っ!」

 

 かつてリゥにも言った言葉だった。

 俺は、仲間達を自分の夢のために、利用し、使っている。

 だから、

 だからこそ――

 

「俺はあいつらの〝信〟に〝信〟で答えなくちゃいけないんだよ、何があろうとな」

 

 俺を勝たせてくれようと。

 そのために全力で戦ってくれるというのなら、全力で利用し勝たなければいけない。

 それが、俺の果たすべき務めだ。

 

「サンダース、行けそうか?」

 

「誰に向かって言ってる!」

 

 間髪入れずに返ってきたのは、頼もしい言葉。

 その言葉に笑みを浮かべつつ、享の手持ちを予想する。

 

 純粋な毒タイプはそれほど多くない。

 ベトベター。その進化形のベトベトン。

 ドガース。その進化形のマタドガス。

 これだけだ。

 

 モルフォンやゲンガー、ドククラゲといった萌えもんは、虫やゴースト、水タイプにプラスして毒タイプを持っている萌えもんだ。

 

 享は毒タイプを使用する。それは、(ジムリーダー)に課せられたルールのようなものだ。

 

 となれば、ベトベトン、マタドガスは確実に組み込んでいるだろう。

 そしてゲンガーは既に戦っている。

 となると、残るは――

 

「草タイプだったら厄介だが……」

 

 愛梨花との戦いが蘇る。

 しかし、次いで享が出したのは、

 

「征け、ゲンガー!」

 

 初手でぶつかった相手だった。

 手持ちを明かすつもりはないってことか。

 

「頼むぜ、コン!」

 

「はいっ!」

 

 金毛九尾を揺らしながら、コンがフィールドへと躍り出る。

 

「……何か、あんまり歩ける場所がなさそうです」

 

「悪い。派手にやりすぎた」

 

「い、いえいえ、そういうわけでは決して!」

 

 慌ててパタパタと手を振っているコンに苦笑を返し、

 

「ははっ。

 ……あいつを倒して残りを引っ張り出す。やるぜ」

 

「ええ、わかりました」

 

 フィールドは既に毒と氷と雷によって荒れている。特に毒を撒き散らした場所が劣悪で、踏み込みたくない場所になっている。飛行タイプならまだしも、地上で行動するタイプでは、実質動ける場所を制限されているのが現状だ。

 

 ――たぶん、それも折り込み済みだろうな。

 

 こちらの不利な状況を確実に増やしている。じわじわと――まるで毒のように。

 

「コン――火炎放射!」

 

 指示と同時に、火炎放射がゲンガーへと向かって放たれる。

 そして、熱波によってまだ氷だったものが氷解し、ただの水に戻り、地面へと溶けていった。

 

「水を恐れたか」

 

 肯定。

 サイコキネシスがどこまで万能なのかはわからないが、水を操られてコンにかけられたら厄介だった。加えて、10万ボルトの余波を受ける可能性も高かった。

 更に、氷そのものを礫のように利用する可能性すらもあった。

 あまりにも不利な状況だ。

 

 しかし、ここまで。

 ゲンガーに対して確実な決まり手は無い。

 コンが登録した技は、火炎放射、噛み付く、鬼火、炎の渦だ。毒タイプに近接ばかりはまずいと排除したが、ゲンガー相手ならば悪くない手ではあったか。

 

 ――鍵は鬼火か。

 

 二度目はない。一度目でケリをつけなければ、次はあるまい。

 

「ゲンガー、催眠術!」

 

「コン、炎の渦!」

 

 初手で催眠術をかけられるのは厄介だ。最悪、何も出来ないまま敗北しかねない。

 ならば――逃げ回るだけだ。

 コンが生み出した炎の渦は、コンの周囲を取り囲むようにして発生し始める。

 これでは、

 

「ぐ、届かぬか」

 

 催眠術は、あくまでも相手に暗示をかけて眠らせる技だ。鍵となるのは、おそらく視線と音波のようなもの。

 渦のような障害物で自らを囲ってしまえば、対処は可能はなずだった。

 

「コン、竹藪に逃げ込め!」

 

 炎に紛れる形で、コンは近くにあった竹藪へと身を滑りこませる。 

 これで、第一段階は完了。

 炎の渦とてそれほど長続きするわけではない。徐々に晴れていく中、ゲンガーの姿は地面へと潜っていった。

 

 頼むぜ、コン……。

 熱波に煽られ、燻っている竹の葉を確認し、確信する。

 

「昔より、竹藪は我らが領土よ。変幻自在に現れ襲われ、知らぬ間に命運が尽きる――その恐怖、味わうが良い!」

 

 そう、ゲンガーならば、どこにいようと相手のすぐ近くに現れる事が出来る。

 相手が警戒しているからこそ、ゲンガーはより強力になるわけだ。

 一説では、影からも現れるというゲンガー。竹藪の中は――なるほど、確かに現れては消えるゲンガーに、コンが火炎放射で応戦している所だった。

 

 だが、享とゲンガーは待っている。

 俺が指示を飛ばすその瞬間を、じっと。

 コンが受けた僅かな瞬間(すき)を逃さないように。

 

 だから、俺は待つ。

 ただ一点、生じる変化を手に入れるために。

 

「む」

 

 ぽん、と何かが弾ける音が生じた。

 それはたちどころに連続して起こり始め、煙が火に変わるのに時間は必要なかった。

 

「引火したか……!」

 

 竹藪から煙が立ちこめ始める。閉じ込めていた空気が外に向かって弾け、火の粉がそこかしこに待っている。

 そんな中、出ればこちらもダメージを負う中、ゲンガーは舞っている。

 退くか否か、その瞬間を待ちながら。

 

「……無駄に消費するか。ゲンガー、退け!」

 

 他の萌えもんのように、燃えさかる中を逃げる術も必要がない。

 ゲンガーは逃げようとするも、既に竹藪は業火に包まれており、逃げ延びる手段は地面しかない。

 

 そう、地面に下りるしかない。

 ゲンガーもそれを理解しているのだろう。素早く火の粉の中を地面へと向かって移動し、地面へと逃れた。

 炎によって竹藪が爆ぜる中、

 

「コン、見つけたか!?」

 

「ばっちりです!」

 

 竹藪から疾走するコンが間髪入れずに答えてくれる。

 第二段階は完了。

 後は、決めるだけだ。

 

「OK、炎の渦!」

 

「これで――!」

 

 何もないはずの空間にコンが炎の渦を放つ。

 燃え上がる炎は、その空間を支配するかのように、渦を巻き、龍が天に昇るかのように、燃え盛る。

 

「ぎゃああああ――――!」

 

 炎タイプの萌えもん以外ならばひとたまりもないであろう中なから、ゲンガーの声が轟く。

 作戦完了。

 熱波を浴びながら、告げる。

 

「三体目――」

 

「――撃破です!」

 

 渦が消える中、ゲンガーが倒れ伏し、享の手持ちが一体、消えた。

 これで半分。

 追いついたぜ、享。

 しかしそれも、

 

「……クク、カカッ、ファファファ!」

 

 享の嬌笑によってかき消されてしまう。

 楽しそうに――まるで子供のように笑いながら、言った。

 

「そうか、そうかそうか! ゲンガーの居場所を鬼火で突き止めるとは、面白い。面白いぞ童!」

 

 狂ったように。

 しかし何よりも楽しんで。

 

「――はっ」

 

 俺もまた、笑いを返す。

 

「勝つのは、俺達だ」

 

「ほざけ、勝つのは我らよ! 征け――ベトベトン!」

 

 繰り出したのは、毒タイプの筆頭とも言える萌えもんだった。

 

 ベトベトン。

 ヘドロを全身に纏っていて、歩くだけで草が枯れ、地面が死とも言われている。とんでもない悪臭を放っていて、正直、離れているこっちまで鼻が曲がりそうだ。あまりにも強烈すぎて脳が感覚を止めたのか、すぐに臭いは気にならなくなってしまったわけだが。

 

 また、纏っているへどろのおかげで、触れれば猛毒に侵されるらしい。となると、こちらは近接攻撃が全くできない。

 

「コン、火炎放射!」

 

 近付けないなら遠距離しかない。

 即座に放った火炎放射は、無防備なベトベトンを飲み込むも、ほとんど効果は無いようだった。

 

「……あれ、あれあれ?」

 

 コンが口を袖で押さえながら、不思議そうにしている。

 

「ヘドロが炎を防いだのか……」

 

 何重にも纏ったへどろが防具のような役割を果たしたのだろう。不純物がこげた悪臭が漂い始めていて、無性に鼻の穴にティッシュを詰め込みたくなった。

 

「なら、もう一発だ!」

 

 ベトベトン相手に接近戦主体のリゥでは不利だ。

 そして、サンダースでも厳しい。蘇るのは愛梨花との戦闘。ヘドロ爆弾の悪臭で悶えたサンダースに、ベトベトンの相手は厳しすぎる。

 

「ベトベトン、ヘドロ爆弾!」

 

 しかし、ヘドロ爆弾は空中で炎を受け止め、蒸発しながら地面へと降り注ぐ。

 熱と毒が地面を焼く、嫌な音が響く。

 

 ――待て。

 

「毒が地面に……そうか!」

 

 享の狙いを悟る。

 この男は――フィールドを完全に己のものに塗り替えようとしている。

 

 香澄が戦場を水上にしたように。

 マチスが雨乞いで天候を変えたように。

 愛梨花が日本晴れで自らを強化したように。

 享は毒を撒き散らすことで、自分にとって万全のフィールドに変えようとしていた。

 

 初めはどちらにとっても戦えるフィールドだが、戦っている内にいつの間にか少しずつ相手へ陣地を指しだしているようなものだ。

 

「コン、炎の渦! ベトベトンを動かせるな!」

 

「は、はいっ!」

 

 炎の渦に呑み込まれるベトベトン。

 歩いた場所の草が死に、撒き散らされた毒液は地面にゆっくりと染みこんでいるものの、まだ多くの毒が水溜まりのように地表に残っている。

 熱波によって毒が焼かれていく中、享が告げる。

 

「ベトベトン、小さくなる」

 

 音は聞こえなかった。

 ただ、次いで確認したのは、空中に突如として現れた巨大なへどろの塊だった。

 いや、

 

「ベトベトン――!」

 

 事ここに至って享の狙いを悟る。

 

 ヘドロを撒き散らせば、こちらがベトベトンの動きを封じるために炎の渦を放つはず。

 そう読んだ上で、小さくさせ、炎に煽られながらその小さくなった体で上昇する気流に乗り、空を飛んだのだ。

 

 だが、それは小さい体で炎に呑まれるわけで、相手の体力もほとんど底をつきかけている。 

 

 たった一度。

 この一度を成功させるために、享は賭けたのだ。

 

「ベトベトン――」

 

「コン――」

 

 指示を飛ばしたのは同時。

 

「瓦割り!」

 

「火炎放射!」

 

 交叉は一瞬だった。

 ただその刹那。

 コンの上にのしかかったベトベトンが、勝利を得ただけの事で。

 勝敗は決まった。

 

「……コン、ありがとな」

 

「きゅう」

 

 目を回していたが、頷くような仕草をしてくれた。

 至近距離で放たれた火炎放射だったが、ベトベトンが触れたことによって毒を貰い、同時に体重を乗せた瓦割りで体力を持って行かれてしまった。

 

 だが、相手のベトベトンも瀕死の状態だ。後一撃、こちらの攻撃が当たれば倒れるだろう。

 享の手持ちはベトベトンを合わせて三体。その内、二体は未だ不明。

 

「――リゥ、頼む」

 

「任せなさいって」

 

 リゥがバトルフィールドへと躍り出る。

 毒で半分――いや、三分の二は埋め尽くされているフィールドの中、腕を組んで仁王立ちしている。

 

「くさっ!」

 

「気持ちはわかるけど我慢してくれ」

 

 リゥが漏らした素直な呟きを苦笑で返す。

 こればかりはベトベトンを相手にする以上、仕方が無い。むしろこれも享の攻め手のひとつだろうから。

 

「切り札を出してきたか」

 

 満足気な享に、

 

「はっ」

 

 俺の言葉に満足がいったのか、

 

「――征くぞ!」

 

 一瞬の内でベトベトンを手の内へと戻し、

 

「征け、マタドガス!」

 

 新たな萌えもんを繰り出した。

 

 マタドガス――双子のドガースで、体内でガスを循環させて強力な毒ガスを生成しているとも言われている。

 戦場に出ているうだけで厄介だが、更に危険なのは大爆発だ。

 

 マチス戦では辛うじて回避できたが、あの威力を喰らえばこちらは一撃で沈むだろう。

 近距離に持ち込むのは危険だ。

 

「……どう対処するか」

 

 登録した技は、龍の息吹、ドラゴンクロー、電磁波、高速移動。その内、高速移動は事実上、封印されたに等しい。ここまでリゥを温存していたのが裏目に出た結果だ。

 

 だが、勝機ならばいくらでもある。

 リゥは近距離に特化しているが、龍の息吹と電磁波のおかげで遠距離もあまり心配はいらないと見ていいだろう。

 

 なら――、

 

「リゥ」

 

「マタドガス」

 

 指示は同時。

 

「龍の息吹!」

 

「ヘドロ爆弾!」

 

 龍の息吹とヘドロ爆弾。

 それぞれが空中で交叉し、衝撃でヘドロが撒き散らされる。

 

 まるで、領地がじわりじわりと減らされていくようだ。

 徐々にこみ上げてくる焦りを封じながら、更に指示を飛ばす。

 

「電磁波!」

 

 これで少しでも……。

 

「影分身!」

 

 放たれた電磁波は、加減分身のために動こうとしていたマタドガスを襲う。

 一瞬、痺れたようにマタドガスは震え上がる。

 同時、マタドガスが展開していた影分身は消えていった。

 

 影分身は、素早い動きを利用して敵にあたかも自分が何体もいるかのように見せる技だ。

 つまり、電磁波で体を麻痺させてしまえば、本来の動きは行えず、無効化に近い効果を発揮させられるはず。

 

 享がマタドガスに影分身を覚えさせ、登録しているかは賭けになったが、仕掛けるには開幕直後付近だと踏んだ。

 足場のおかげでリゥは近付くのに時間がかかり、なおかつ遠距離攻撃よりも早く影分身が発動できるからだ。

 

 ヘドロ爆弾は牽制だろう。フィールドに落ちれば、そこは毒によって地面が死

ぬ。更に不純物の多いヘドロ爆弾は、即座に地面に吸収はされないので、リゥの足止めにも利用できる。

 

 パチリと、燃え尽きた竹林が音を立てて地面へと落ちた。

 それを合図にするかのように、

 

「マタドガス、ヘドロ爆弾!」

 

 放たれる個数はふたつ。双子のドガースがそれぞれヘドロ爆弾を投擲する。

 

「……くっ」

 

 リゥが跳び、何とか躱すも、立っていた場所はもう立てないだろう。

 あまり時間をかければ、リゥだけでなくサンダースも動けなくなる。

 

「リゥ、動けるか?」

 

「問題無い」

 

 だけど、と。

 続いた言葉はリゥには珍しく、唸るような声だった。

 

「どこに動けると思う?」

 

「……」

 

 周囲は既に毒によって死んでいる地面ばかりだった。

 更に、マタドガスの生み出した毒ガスが体内から放出され始めており、フィールド内を薄く包み込もうとしている。

 

 龍の息吹を使うためには、大きく息を吸う必要がある。だが、毒が充満すればするほど、放つ際に必然的に毒ガスを吸い込む事になる。

 となると、近付いて攻撃しかないが……。

 

 ――だとすると大爆発、か。

 

 これだけ誘っておいて、まさか登録していないとは言うまい。

 しかし、逆に登録していないという可能性もある。

 

「いや、俺がハマってどうする」

 

 頭を振って否定する。

 あるかもしれないifを恐怖し、動けなくなるのが一番やってはいけない選択肢だ。

 信じると決めたのだ。

 自分を信じてくれている仲間達を、俺もまた、信じるのだと。

 

「リゥ」

 

 だからこそ、無茶な頼みも間髪入れず、

 

「諒解」

 

 応えてくれるから、俺も無茶を言えるのだ。

 

「廃屋の屋根に跳べ!」

 

 指し示した場所は、唯一無事な安定した足場だった。

 廃屋の屋根だけは立てるようになっている。

 おそらく――享が用意した罠であるだろうが。

 敢えて飛び込む愚を犯す。

 

「マタドガス――」

 

 享の指示が飛び、

 

「シャドーボール!」

 

 生み出されたのは黒い塊だった。

 ボールを投げるかのように、マタドガスは家屋に向かって投げつける。

 更に、

 

「ヘドロ爆弾!」

 

 追従させる形で一撃を上空に。

 シャドーボールは物理的な技ではなかったはずだ。

 即ち、こちらの物理的な障害は効果が無い。それは廃屋に関しても同じだった。

 

 ならば、俺が廃屋の中にリゥを逃さないと考える可能性だってある。

 よしんばリゥが廃屋の中に逃げ込んだとして、もたらされる攻撃は、壁を異に介さずやってくるシャドーボールと、頭上から現れるまさしく爆弾のようなヘドロ――狭い室内に追い詰める算段だろうか……。

 

 そしてもうひとつ。

 俺がリゥを廃屋の中に逃がさない選択をしたとする。

 だとすれば、シャドーボールとヘドロ爆弾をかいくぐった先に享の狙いはあるはずだ。

 そしてそれは、ジワジワと気にならない程度の速度で浮遊しながら近付いてくるマタドガスにこそあった。

 

 ――大爆発。

 

 狙っているのはその一撃か。

 廃屋の中に逃げ込んだとしても、近付いて放てばひとたまりもない。

 また、躱したとしても、近距離では範囲から逃げられるわけではない。

 更に厄介なのは、警戒する余り後手に回ってしまっているという事実だった。

 

「ちっ……どうする」

 

 イーブンに持ち込むにはサンダースが最適だ。

 あいつなら、遠距離攻撃が出来る。

 

 ――いや。

 

 否定する。

 享は、さきほどリゥを切り札だと言った。いくつもの戦いを乗り越える力をくれたのは、確かにリゥだった。この頼もしい相棒がいなければ、活路は見出せなかった場面も多い。

 

 だからこそか。享はリゥを警戒しているようにも感じられた。

 遠距離、近距離――どちらにも対応しているリゥを享は警戒した。

 

 ――賭けるなら、その一点か。

 

 おそらく。

 享がまだ温存している萌えもんこそが――。

 

「リゥ、後ろに跳んで龍の息吹! 一撃は貰ってもいい!」

 

「諒解!」

 

 屋根に着地したリゥは、屋根を蹴り砕くほどの力で今跳んできた順路をバックステップで戻る。

 

 追いすがるシャドーボールは真っ直ぐに飛んでいる。リゥはそれを身を捻って回避し、追従していたヘドロ爆弾を撃墜し、廃屋へヘドロを撒き散らさせた。

 物理的な作用を受けないため、逆に言えば引力などの法則も受けない。投げればひたすら真っ直ぐに進む弾道は、順路さえ予想できれば躱すのは容易いようだった。

 

 そして、リゥが着した瞬間を狙って、

 

「悪い、戻ってくれ! 頼む、サンダース!」

 

「え?」

 

「おっしゃあ、任せろオラァ!」

 

 驚いた声と気合い充分、殺る気満々といった怒声が会場に響いた。

 ボールからすぐに出てきたリゥに説明する。

 

「ちょっと厳しかった」

 

「ん」

 

 納得してくれた。

 さて、

 

「おいファアル! 臭いぞ、何だこの悪臭は!」

 

「ヘドロだ」

 

「うんこみたいだぞ!」

 

「せめて文字を伏せろ!」

 

 ふん、とサンダースは鼻を鳴らす。

 

「……で、あれをぶっ倒せばいいんだな?」

 

「おう」

 

 にやり、とサンダースは笑みを浮かべた。

 

「作戦は?」

 

「ぶっ飛ばすで」

 

「おーけい」

 

 サンダースの持ち味は素早さと遠距離攻撃の豊富さだ。

 10万ボルト、ミサイル針、にどげり、そして雷。

 

「サンダース、10万ボルト!」

 

 放たれた電気がフールドを舐め回す。

 まだ距離のあるドガースだったが、麻痺を恐れてか少し後退し始めている。

 

「焦げ臭くなったな!」

 

「我慢してくれよ?」

 

 10万ボルトによって、未だ燻っていた毒液やヘドロを一気に高熱に引き上げ、蒸発させた形に近い。

 未だ土壌は汚染されているが、それでもさっきよりかはマシだ。

 

 更に、こちらの手の内を見せたことで、享は影分身を使いづらくなったはずだ。

 本職である電気タイプのサンダースが放つ10万ボルトは拡散も可能。影分身でマタドガスが増えたのなら、リセット状態まで持ち込む事は充分に可能になった。

 

「ならば潰すまでよ……! ヘドロ爆弾!」

 

 この状態で享が取れる作戦はふたつ。

 マタドガスで押し切るか、もう一体の手持ちを繰り出すか。

 享は前者を選んだようだった。

 

 つまり、まだ明かしていない手持ちは隠し玉である可能性は高い。

 

 ――毒タイプの予想は立てにくい。草タイプでも毒タイプを同時に持っている萌えもんは多い……。くそっ。

 

「サンダース、ミサイル針で撃ち落とせ!」

 

「任せろ!」

 

 ヘドロの表面をはぎ取るようにして放たれるミサイル針によって、効果を無くして地面へと落ちていくヘドロ爆弾。

 

 繰り返し繰り返し。

 何度も何度も――享はヘドロ爆弾を投げつけてくる。

 まるで、それそのものが狙いでもあるかのように。

 

 撃墜したヘドロが地面へと降り注ぎ、悪臭を放ち始める。

 ふと、鼻腔を強烈な臭いが刺激した。

 見れば、サンダースも悪臭に我慢しているようだった、

 ヘドロに含まれていた成分のひとつがガスとして発生しているのだろう。

 

 そこまで考え、ひとつの結論に思い至る。

 

「――メタンガスか」

 

 可燃性のある無臭のガスで、空気濃度が一定の息を超えた時に発火する危険性がある。炭鉱での爆発事故は、このガスが原因である事は多い。

 バトルフィールドは炭鉱と違って広々としているが、それでも限度はある。立ちこめたメタンが一定量を超えた場合、マタドガスが大爆発をせずともガス爆発は起こる。

 

 問題はひとつ――サンダースから生じている静電気だった。

 とはいっても、あれは放電しているためだし、自然現象を止めるのは難しい。

 

 ならばどうする……?

 だが……いや、そうか。

 これなら――!

 

「サンダース、廃屋に向かって走れ!」

 

「あいよ!」

 

 ヘドロを避け、水溜まりを避けるようにして走っていくサンダース。

 そのサンダースに向かって、固定砲台と化しているマタドガスが動いた。

 

「シャドーボール!」

 

 物体をすり抜ける技も、障害物に隠れるという選択肢を削るためだ。

 廃屋という絶好の隠れ場所は、ある意味で一番狙いやすい場所でもある。

 狭い箱に飛び込んだ人を外から剣で刺し殺していくかのように攻め立てられる。

 だが、サンダースはお構いなく廃屋に向かって駆けていく。

 

「10万ボルトォ!」

 

「オ、ラァ!」

 

 ぶっ飛ばす。

 そう言った俺の指示を解釈して、サンダースは壁を電撃で破壊し、突き進んでいく。

 廃屋が崩れ落ちていく。

 

 そんな中、標的を見失ったシャドーボールが虚しく貫通し、虚空へと消えた。

 飛び出してくるのはサンダース。紫電を纏って突進する。

 

「さぁて、どっちを選ぶんだ……?」

 

 享の選択を待つ。

 

 このまま10万ボルトを放っても問題は無い。

 発火する可能性もあるが、静電気や10万ボルトでも発火していない所を見るに、まだガスは充満していないはず。

 

 マタドガスが迎え撃つには、シャドーボールでは不利だ。接近戦で使うような技では無い。影分身は言わずもがな。

 

 ヘドロ爆弾か大爆発の二択だが、この場で大爆発を使うのはリスキーだ。距離がまだ少しある上に、こちらが気がついてしまえば自分が倒れるだけで終わる。ギリギリまで引きつけなければ自爆までして相手を倒す意味は無い。

 

 となれば、残る手段はヘドロ爆弾か、残る一体と交代。体力的に、ベトベトンと交代は考えにくい。

 

 これだけ地面を汚したってことは、可能性として一番高い萌えもんは間違いなく飛行タイプと考えるのが妥当だろう。相手の動ける場所を封じ込めた上で、自分を有利にするのならば、一番的確のはそれだ。

 

 しかし、フィールドに出ているのはサンダース――つまり電気タイプだ。

 もし残る一体が飛行か水タイプなら、享は圧倒的に不利になる。

 

 また、自爆技を最後に使用して相手を倒した場合、使った方が負けとなる。

 このルールを享が知らないはずはなく、即ち、技を封じられた上で相手と戦うハメになるわけだ。

 

 その不利を呑み込んだ上で交代するか否か。

 即座に享は判断を下した。

 

「マタドガス、足元にヘドロ爆弾!」

 

 ぶちまけられたヘドロ爆弾は、煙幕のようにヘドロの壁となってサンダースの前に立ち塞がった。

 

「うえ、汚ぇ!」

 

 急制動をかけたサンダースは前足をヘドロに突っ込んだ状態で立ち止まる。

 

「……もうやだ」

 

 自分で自分の前足の臭いを嗅いで、絶望的な表情をするサンダース。

 しかし、そんなサンダースの意識を向けさせたのは、享だった。

 

「征け、ゴルバット!」

 

 やっぱりか。

 享が繰り出したのは、ズバットの進化形であるゴルバットだった。

 飛行と毒タイプを持つ、洞窟に好んで住む、生息域の広い萌えもんだ。

 こちらにとってみれば有利な相性。

 なら、

 

「サンダース、10万ボルト!」

 

 放たれる電気は指向性を持って、ゴルバットへと向かう。

 

「影分身!」

 

 それをゴルバットは素早く動くことで、すんでの所で回避して見せ、更に、

 

「魅せよゴルバット! 怪しい光!」

 

 浴びせかけられた光によって、サンダースは頭を左右に振り始める。

 

「クククッ、混乱してしまえばこちらのものよ」

 

「サンダース! おい、意識は大丈夫か!?」

 

「ぐぬぬ、当たり前だ。まだまだやれる!」

 

「それヘドロだから、俺こっちな!」

 

 この娘、駄目だ。確実に混乱している。

 混乱していてヘドロと俺を間違えたとか、深く考えると傷付きそうだ。

 

「更に影分身!」

 

 そして、ゴルバットは、こちらが混乱している間に更に技を繋げていく。

 数が増えた――そう思えるほどの精度だった。

 持ち前の素早さを生かした技は、更にサンダースを惑わせていく。

 

「くっ、消えたぞファアル! あいつどこに行ったんだ!?」

 

「……拙いな」

 

 サンダースは空を見上げている。

 だというのにゴルバットの姿が見えないという事は、混乱した頭ではその速さについていけていない――処理しきれないが故にそこにいるのが見えない状態にいる。

 

 雷という決め手は持っている。だが、今の状態でそれをどう放つかが問題だった。

 

「ゴルバット――」

 

 享が次の指示を飛ばすその時だった。

 

「ファアル、どう動けばいいんだ!?」

 

 サンダースの言葉に、俺は頷きと共に答えた。

 あいつは信じてくれている。

 

 ――そう、だったら。俺がサンダースの目になればいいだけだ!

 

「鋼の翼!」

 

 大きく翼を広げ、ゴルバットはサンダースへと向かって飛びかかっていく。

 

「サンダース、真後ろに跳べ!」

 

「あいよ!」

 

 混乱する頭で、俺の指示だけを頼りにサンダースは真後ろへと跳んだ。

 そのサンダースを追撃するように迫ったゴルバットはサンダースに一撃を当てる。上空から落ちるようにして放った技の威力は大きいが、こちらが後ろに跳んで勢いをつけていたのもあって一撃とはいかない。ゴルバットはサンダースの纏う静電気によって麻痺状態になるという負債を追って、再び空へと戻っていく。

 

 一方のサンダースは、衝撃も利用して再び廃屋へと跳んでいく。

 立ちこめる粉塵の中、どさりと落ちたような音と共に着地したようだった。

 

「大丈夫か-?」

 

 答える声は無かった。

 しかし、モニターにある体力はまだ減っていない。

 気絶、したのか……?

 こちらからでは様子がわからない。

 

「ゴルバット」

 

 追撃は止まず。

 更に享は指示を下す。

 

「どくどく!」

 

 牙先から放たれた毒液は廃屋へと水鉄砲のように降り注いでいく。

 サンダースが毒を表す状態異常にモニターは表示されたが、以前として答える声はなかった。

 

 猛毒を浴びた以上、ゴルバットは空中に制止しているだけで勝利することができる。

 一歩も動かすに、影分身も消えた中、ゴルバットは空中から廃屋を見守るように飛んでいた。

 

「サンダース」

 

 何の動きもない廃屋に向かって、俺は指示を下す。

 どう動けばいい?

 サンダースは俺に向かって、そう言った。

 だから、俺は信じて指示を下す。

 

「拡散10万ボルト!}

 

 刹那、廃屋を破壊するほどの電撃があふれ出し、無防備だったゴルバットを舐めるようにして奔った。

 麻痺していたのもあって動きが鈍っていたゴルバットだったが、直撃には至らない。

 

 まだ戦える。

 

 だが、ゴルバットが直接攻撃が出来るのは、鋼の翼のみ。状態異常や補助技がメインである以上、ゴルバットは動けないようなものだ。

 

 10万ボルトの威力で爆裂四散した木材が宙を舞う。

 その最中、黄色い影が飛び出した。

 

「サンダース、跳べ!」

 

 落ちてくる木材を蹴って、更に跳ぶサンダース。その瞳はしっかりと敵を捕えている。

 

「くっ、混乱が解けたか……! ならば」

 

「させるかよ……! サンダース、破片を蹴り飛ばせ!」

 

 近くにあった破片をゴルバットに向かって蹴り飛ばすサンダース。

 それをギリギリで回避したゴルバットは、炭のようになっている竹林の手前で再び浮遊し始める。

 

 ――ハッ。

 

 狙い通りだ。

 

「サンダース――」

 

「竹林……いかん!」

 

 享が気がつくが襲い。

 

「雷!」

 

 落とす場所はどちらでも良かった。

 ゴルバットに直撃すれば良し。

 竹林に落ちたとしても、ゴルバットの動きが多少止まれば、その隙に10万ボルトを放てば勝利を得られた。

 結果的に直撃してくれたわけで、

 

「――四体目」

 

「撃破だ――!」

 

 残るはマタドガスと瀕死に近いベトベトンのみ。

 だが、こちらも万全とは言い難い。

 サンダースはまだ倒れていない。

 なら――

 

「リゥ、頼む」

 

「諒解っと」

 

 リゥが頷くのを確認してから、サンダースを一度手持ちに戻す。

 

「もう終わりなのか?」

 

「だといいけどな……もしかしたらアテにさせてもらうかもしれない」

 

「ハッ、任せろ」

 

 ばりばりー、と小さく放電している。

 もう一戦くらいは軽くやってくれそうだが、瀕死に近いのは変わりない。

 出来ればリゥで決めたいが……。

 

「征け、マタドガス!」

 

 対する享は、何度目になるかわからないマタドガス。

 廃屋は既にボロボロで、身を隠す場所はほとんどない。

 控えは瀕死の萌えもんがそれぞれ一体ずつ。

 余計な小細工は必要なさそうだった。

 

「リゥ」

 

「マタドガス」

 

 指示は同時。

 

「龍の息吹!」

 

「ヘドロ爆弾!」

 

 双方共に撃ち出した技はしかし、ヘドロ爆弾が押し巻ける結果となる。

 空中で爆散したヘドロは地面へと落ちていく。

 その中を、

 

「高速移動!」

 

「影分身!」

 

 リゥは駆け、マタドガスは迎撃準備を整え始める。

 増えていく幻影。

 しかし、立ち止まって技を放つような余裕は――

 

「ない、か」 

 

 呟き、思考する。

 立ち止まって幻影をかき消せるか?

 

 肯定。

 しかし、それは相手に隙を与える事にもなる。

 恐れるはシャドーボール。物理的な作用を受けないあの技は、リゥの技で撃ち落とす事は叶わない。

 

 となれば、取れる方法はひとつだけ。

 

「龍の息吹!」

 

 接敵するまで可能な限り、幻影の数を減らしていくだけ。

 正面に向けて〝ブレス〟を吹き付ける。

 幻影は消え、誰もいない空間が生まれていく。

 

「――右か!」

 

 影分身は素早く動く事で生まれる幻影を利用した技だ。

 つまり、間に障害物があれば幻影は生まれない。

 正面を防いでしまえば、少なくともマタドガスが左右どちらかで移動を制限される。

 が、それはこちらの無防備を晒す結果でもある。

 

「ヘドロ爆弾!」

 

「なぎ払え、リゥ!」

 

「諒、解!」

 

 足でブレーキをかけたリゥは、迫り来るヘドロ爆弾を巻き込んで、息吹を放つ。

 足元でヘドロが跳ね、リゥの身体を毒が冒し始める。

 が、

 

 ――ここで流れを渡すわけにはいかねぇ!

 

 更に、追い詰める。

 

「むっ」

 

 享が唸る。

 幻影が全て消え、ダメージを受けた本体だけが残っている。

 

 しかし、リゥの顔も青ざめてきている。

 マタドガスによって生成され撒き散らされた毒ガスと、ヘドロから生まれたガスを吸い込んだためだ。

 

 長くは動けない。

 そして、ブレスをこれ以上使うのは難しい。

 選択肢は――ひとつしかなかった。

 

「リゥ」

 

 たった一体になったマタドガスに向かって、

 

「ドラゴンクロウ!」

 

 黒炎を纏った爪が下から突き上げるようにして繰り出される。

 同時、享もまた指示を飛ばす。

 

「大爆発!」

 

 マタドガスが光り始める。

 大爆発までのタイムラグにしか勝機は無い。

 

 届け――。

 

 その願いを込めて見守った俺の前で、リゥの技は命中し、マタドガスを頭上へとはね飛ばす。

 

 が、一瞬、遅かった。

 

 後ろに跳ぼうとしたリゥだったが、大爆発の余波の方が僅かに速かった。

 爆風が全身を叩く。

 閃光の中、吹っ飛ぶ影を見つけ、叫ぶ。

 

「リゥ!」

 

 木の葉のように待ったリゥは、俺の近くまで吹っ飛ばされてくると、そのまま地面に叩き付けられた。

 モニターには、双方共に戦闘不能の文字。

 

 ――余波でこれか。

 

 マチスのマルマインとは威力が違いすぎる。

 空気中の可燃性ガスも大爆発を後押ししたのだろう。

 悲痛にくれる中、リゥは、

 

「だい、じょーぶ、だから……」

 

 と言って、力無く起き上がった。

 

「無茶ばっかりする奴の言葉は信用できねぇって」

 

「お互い、様でしょ……」

 

「まぁな」

 

 力無く笑ったリゥに微笑み返し、前を向いて告げる。

 

「行くぜ、サンダース」

 

「当たり前だ!」

 

 放電しながらバトルフィールドに躍り出る。

 その体力は瀕死状態。後一撃でも食らえば倒れるだろう。

 だが、それでもサンダースは立っていた。

 闘志を体中から迸らせて。

 

「征け、ベトベトン!」

 

 享の手持ちもまた瀕死。

 双方共に弱っている状態で、俺たちはにらみ合った。

 その中、ぽつりと声が聞こえた。

 それは自問だったのかもしれない。

 

 どうして、と。

 呆然とその背中を見送りながら、彼女は言ったのだ。

 

「んなの、決まってる」

 

 答えたのは、サンダースだった。

 誇らしく、胸を張って。

 

「これが、わっちたちだからだ!」

 

 大きな声で。

 

「リゥもシェルもコンもカラも――ファアルも、〝信じて〟戦ってる! 恩があるから手伝ってるわっちにだって、それくらいわかるっ!」

 

 それに、と。

 どこまでも挑戦的な口調でサンダースは断言した。

 

「ここで勝たなきゃ、女がすたるってもんだっ!」

 

「お前、女だったのか……」

 

 性別とか全く気にしてなかったから、驚いたじゃないか。

 

「え、そこなの!?」

 

 リゥが思わず突っ込んでくる。

 

「……何か文句でもあるのか?」

 

「いや、あるわけねぇな」

 

 そんな俺達を見て、享は赤いスカーフを翻らせ、言った。

 

「面白い奴らよの……が」

 

 瀕死のベトベトンだけになった上で、しかし自分が必ず勝つと自信を持って、言い放った。

 

「切り札は倒した。持ち前の速さも発揮できぬサンダースだけでどうするのだ?」

 

「ハッ」

 

 もっともだった。

 フィールドは既に毒だらけ。サンダースの利点(素早さ)を活かせる場所なんてないに等しい。

 だがな――

 

 

「間違ってんじゃなぇぞ、毒使い(ジムリーダー)

 

 

 リゥが切り札なんて誰が言った?

 タイプの相性も関係無く、敵を倒し続け、状況を挽回してきたからか?

 

 もし。

 もしそれが、様々な場面の果てにあるのなら。

 

 ああ、そうだ。

 教えてやる。

 

 今、この場所で。

 この戦いで。

 

 

「切り札ってのはなぁ――」

 

 

 リゥも。

 シェルも。

 コンも。

 カラも。

 そして、サンダースも。

 みんなが、

 

 

「俺についてきてくれる奴ら、全員なんだよっ!」

 

 

 怒号と共に、サンダースは駆けた。

 10万ボルトがベトベトンへと殺到する。

 

 

「ならば叩きつぶすまでよ! やれぃ、ベトベトン。ヘドロ爆弾!」

 

 

 電撃に真っ向からぶち当ててくる。

 不思議なもので。

 あれだけ策略を巡らせ、戦っていた俺達が最後に選んだのは、

 

「んなろぉぉぉぉぉ!」

 

 力と力の衝突だった。

 大爆発によって吹き飛ばされた破片が落下してくる。

 廃屋の破片もまた、同じように落下してくる。

 そのどれかに当たれば、負ける。

 

「サンダース」

 

「ベトベトン」

 

 降り注ぐ中、俺たちは同時に最後の技を――

 

「雷!」

 

「小さくなる!」

 

 果たして。

 落下物を回避するべく受け身に奔った享のベトベトンを、雷が直撃したのは同時だった。

 

 閃光が視界を染め、轟音が耳朶を打つ。

 轟音鳴り響く中、最後に立っていた存在はひとりだけ。

 

 即ち――

 

「六体目――」

 

「――撃破だ!」

 

 この瞬間、俺達の勝利は確定した。

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 

 戦いが終わり、萌えもんセンターで治療を終えた後、改めて享と向かい合った。

 半日が過ぎ、もうそろそろ夕方になろうかという頃合いだった。

 そんな中、享は誇らしく言った。

 

「これが拙者に勝利した証、ピンクバッジだ」

 

 そういって貰ったバッジは、なるほど、セキチクシティをそのまま表している色だった。

 

「……つけるか、サンダース」

 

「ふん、邪魔になるだけだ」

 

「欲しいわけだな、任せろ」

 

「おい!」

 

 口調とは裏腹に、サンダースは拒もうとはしなかった。

 かがんでピンクバッジをつけるべく手を伸ばし――

 

「あばばばばばばばば!」

 

 感電した。

 

「……馬鹿なんだから」

 

 とはリゥ言。

 

「ファファファ!」

 

 大爆笑したのは享で。

 

「……何とも、変な人間だ」

 

 呆れたのはストライクだった。

 とりあえず、

 

「カラ、頼むわ。俺じゃ無理だ」

 

「くっ、任されたよ」

 

 優しく笑い、俺の真似をしてサンダースにバッジをつけてくれる。

 日差しを浴びて光り輝くバッジをつけて、どこか誇らしげなサンダースを横目に、

 

「すっげぇ、強かった。頭が熱暴走でも起こしそうだったぜ」

 

 手を差し出した。

 その手を握り替えしてくる感触と共に、

 

「良い戦いだった。またいつか、手合わせをしたいものだ。出来れば、将棋なども」

 

「ま、そん時は教えてくれよ。あんたとは面白い勝負が出来そうだ」

 

 そうしてお互いにぐっと力をこめて、離す。

 さて、次はどうするか。 

 そう考えていた俺に向かって、

 

「ヤマブキシティの閉鎖が終わったようだが――向かうか?」

 

 ロケット団での一件以来、久しぶりに行ける、か。

 あそこにもジムはある。

 グレン島に向かうとまた戻るハメになるし、タイミングとしては調度良かった。

 

「ああ、そうするよ」

 

 頷いた俺に、享は神妙な面持ちで言う。

 

「――棗殿は強敵たりえる。特に我らのようなトレーナーにはな」

 

 それが何の助言だったのかわかるのはもう少し後の事で。

 とにもかくにも、俺達は、もう一度ヤマブキシティに戻る事になった。

 ロケット団にではなく、ジムリーダーに喧嘩を売りに。

 

 圧倒的とも言える力を前に敗北する事も知らず――。

 

 

 

                                                                          <続く> 




遅くなりまして、申し訳ないです。
毒タイプ、ということでこういう戦いになりました。楽しんでいただけたのでしたら幸いです。

どくどく――というか技マシンで覚える技についてですが、萌えもんの種族によって技は同じでも繰り出し方は違うよねー、って感じでこうなりました。モルフォンやゴルバットで違うのはそのためです。ご了承いただけましたら。


また、活動報告でも書きましたが、出来るだけ隔週更新になるよう努めてまいりますので、よろしくお願い致します。ただ、日々の忙しさによっては無理な場合も出てくるかとは思いますので、その際は一週間くらい延びるものだと思っておいてください。
ではでは。


……ストライク、完全に空気だったなぁ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。