萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~ 作:阿佐木 れい
翌日。
準備を整えた俺達は、タマムシシティジムの控え室で呼ばれるのを待っていた。
以前入ったことのある庭園のような場所は一般開放している場所で、今いる場所はジムのバトル会場へと通じている楽屋裏のような場所だった。
小さな子供部屋程度の広さの部屋には薄型のモニターがひとつあり、アナウンサーが実況のため解説を始めていた。
入場を開始したようで、人がぞろぞろと入り始めている。
そろそろか……。
それほど大きくない控え室には俺、リゥ、シェル、コン、カラ、サンダースがいる。正直言って、元々広くないのもあってか、めちゃくちゃ狭い。
「いよいよ-、ですわね」
以前よりも大人びた声音で言ったのはシェルだ。お嬢様然とした格好に見合うように語尾につけたようだが、部品を間違えたプラモデルように違和感がある。普通にすりゃいいのに。
コンもまた、戦闘を前に落ち着かないのか、扇子を開いたり閉じたりしている。
「――愛梨花は草タイプの萌えもんを使う。シェルとカラには相性が悪いと思うが、頼むぜ」
更に、おそらく状態異常攻撃もあるはずだ。
むしろ草タイプが最も有利としているのは状態異常のはず。毒、麻痺、眠り――さすがに凍らせるのは無理だが、その三種類だけで充分に強力だ。常に万全の状態でいられると思わない方が良さそうだ。攻防に加え、状態異常まで加わってくると苦戦は必須と見て間違いない。
「ファアル。あの人の戦い方は知ってるの?」
「ああ」
リゥの言葉に頷く。
「知り合いだからな。ジムリーダーとしての腕前ももちろん知ってる」
それはかつて、何度も見た光景だった。
ジムリーダーとして戦う愛梨花の姿が眩しくて――夢を叶えた彼女はどこまでも煌びやかで。
そんな彼女だかたこそ、俺は背を向け、マサラタウンへと逃げたのだから。
たったひとつ――約束だけをして。
「勝てるの?」
リゥの問いは、その場にいた全員の心の声だったに違いない。
五人の仲間達がみんな、俺を見ている。
愛梨花の実力は誰よりも知っているつもりだ。そしてタマムシシティから離れておおよそ二年近くになる。更に強くなっているはず。
だからこそ、俺は言い放つ。
「当たり前だ。勝つぞ!」
絶対に負けない。その意志を込めて。
俺が持っていないものを全て持っていた相手に。
今度は勝つために。
「すみません。そろそろ時間ですので、よろしくお願いします」
ドアのノックと共に係員の声がする。
俺は頷き、リゥ以外の全員をボールに戻し、立ち上がる。
さぁ、行こうか。
四つ目のバッジを奪いに――。
◆◆
帰るの? と。
タマムシシティのゲートの前でかけられた声は、心なしか寂しそうにも聞こえた。
「いても仕方ないしな」
振り向くと、そこにはいつの間にか見慣れるようになっていた白に
タマムシジムリーダー、愛梨花。
若くして就任した清楚な美少女――とマスコミは言っていたが、本来はお節介で一度決めたらテコでも動かない頑固者だってことを知っている。
自分の居場所を無くして、訳がわからない情熱をただただ持てあまし、暴れ回っていた俺たちにお節介を焼いて変えてくれたのは他の誰でもない、愛梨花だった。
彼女の持つ情熱に惹かれて、何度かジム戦を手伝ったりもした。
だけどその度に――焦燥感に襲われていった。
俺は何をしているんだろう?
そういう気持ちだけが塵のように積もっていったのだ。
「もう俺がいなくてもいいだろ?」
後は洋介や友人たちに任せてきた。くすんでいたモノを自覚してしまった俺に、あいつらの傍にいる資格が無い。そう思ったからだ。
「でも、これからどうするの? 夢、あるんだよね? ずっと……」
「……ああ」
夢はあった。
憧れと一緒に。大切な場所にずっと仕舞い込んで封をしていた夢にもう一度、気が付いてしまった。小さく燻っている炎に気が付いてしまったから。
だから、
「戻るよ。俺の――始まりの場所に」
最初から、見直したい。
自分自身と向き直りたいんだ。
挫けた夢を。
たぶん――まだ信じて待ってくれているあの人に、今度こそ向かい合うために。
「寂しくなるね」
そうして。
笑みを浮かべた愛梨花は儚く見えた。
「――さて、どうかな。これから忙しくなるんだろ? 若きジムリーダーさんは」
「その分、責任も増えるだろうしね。わたくしに務まればいいんだけど」
だけど、それは、
「お前がちゃんとなれたから、だろ? 望むところじゃねぇか」
「うん」
愛梨花という少女が負うべきもので。
近い場所にいると感じていた少女が、いつの間にか遠くにいるように感じてしまった、俺自身への負い目でもあった。
――また逃げるのか?
そう、自問した。
お前には無理だと切って捨てられ、手放した。
叶わぬ夢だと自分が諦め、捨てきれないくせに持て余して――暴れ回った。
もう一度、切っ掛けになるかもしれない。
俺にまた前を向かせてくれた少女は、先に自分の夢を叶えた。
俺は――
「約束しよう、愛梨花」
「約束?」
「ああ」
これ以上、逃げたくなかった。
立ち止まっても、後悔しても。
一歩たりとも進めなかったとしても。
それでも――もう夢を見失いたくなかった。
だから、そのための、約束。
俺を救ってくれた少女と交わす、最後の約束だ。
「今度会う時は――俺がお前に挑戦する。トレーナーとして。だから、その時は」
愛梨花はすっと、右手を挙げ、小指を立てた。
「全力で戦う。ファアルの夢ために」
それは小さな約束。
子供がするような、口だけの言葉だけの約束だった。
「ああ、必ず。でも勝つのは俺だけどな」
「くすっ、どうかな?」
だけど、そうして絡めた小指はきっと今でも繋がっていて。
二年。
それだけの月日をかけて。
俺は――あの約束を――。
◆◆
タマムシシティジムは、緑で溢れている。
公開されている敷地内だけではなく、控え室の廊下に至るまで、花壇だったり並木道だったりで、何かしらの自然があった。
控え室から会場へと続く並木道を歩く。
「約束、か」
胸中を過ぎるのは二年前に交わした約束だった。
いつか必ず叶えようと。指切りした約束は、今日果たされる。
「さぁ、挑戦者の入場です!」
他のジムとは違い、歓声はない。
静かに、しかし確かに観客はそこにいた。
花を愛で、自然と共にあるジムリーダー、愛梨花。
彼女が扱う草タイプそのもののように、それでいて力強く、ずっと待っていてくれた。
「昨日ここで挑戦状を叩き付けた――マサラタウンのファアルだァ!」
会場に足を踏み入れる。
そこは緑溢れる場所だった。
地には土や砂が敷き詰められ、渓流のような小さな川が幾筋も流れ、木々が立っている。
中央は開けており、自然公園のようだ。所々に咲いている花は、今ここが戦闘の場所だということを忘れさせてくれる。更に小さな林まで設けられている。
そんな光景を挟んで、白と臙脂色の花が入った和服を着て、愛梨花は静かに佇んでいた。
あの日と同じ姿で。
変わったのは――、いや、
「……何も変わってないか」
俺も、愛梨花も。
トレーナーとして再び夢を目指すと誓った俺と、ジムリーダーとして戦うと言った愛梨花は。
本来あるべき立場になっただけ。
だから、
「愛梨花」
マイクを取って、声をかける。
俺達に相応しい言葉は何だろう?
ずっと、考えてきた。
ロケット団と決着をつけてからずっと。
だけど結局、相応しい言葉なんてのはひとつしかなかったわけで。
「約束、果たしに来たぜ――勝つためにな」
答えは、
「えぇ。ずっと待ってた」
笑みを浮かべ、頷いた愛梨花。
だから俺は、二年越しの言葉を告げる。
「――お前のジムバッジ、いただいていく!」
「やれるものならっ!」
そして、そのために。
「頼むぜ――」
「任せますよ――」
互いに呼吸は同じ。
ボールに手をかけ、
「それでは、タマムシシティジム戦、開始!」
同時に、戦いの火ぶたを切って落とした。
最初に出すのは決めている。
愛梨花が草タイプを扱うというのなら、
「コン!」
まずは弱点でその牙城を突き崩す!
「フシギバナ!」
そして愛梨花が選択したのは、以前グリーンと戦った際にも相対したフシギソウの最終進化形、フシギバナだ。頭の上に大きな花を咲かせた萌えもんで、大柄な体つきをしている。
どっしりと腰を下ろした可憐な花――見た印象を言葉にするなら、まさにそれだろう。
しかしフシギバナは自信に満ちあふれた表情で、弱点であるコンと対峙している。
「コン、先手必勝!」
「はいっ!」
進化し、大人びた調子にはなったが、言葉の節々からはかつての面影が垣間見える。白と金をあしらった着物に、九本の尻尾がなびいている。
コンは手にした扇子の先端を右頬に当て、火炎放射を――
「やっぱり最初は手堅く来るのね……」
対する愛梨花はタイプの相性など異に介していない。
むしろ望むところだと言わんばかりに、命じた。
「フシギバナ、日本晴れ!」
その号令でバトルフィールドの様子は様変わりする。
日本晴れ。
マチスも使っていた〝雨乞い〟と同じく、フィールドの天候を一時的に変更するものだ。その効果は、炎タイプを強くする、という愛梨花にとっては本来不利になるはずの技だ。
しかし、逆に強くなった日差しは草タイプの強力な技でもあるソーラービームの溜め時間をゼロにし、更に――
「では、ここで後退。お願いします、モンジャラ!」
フシギバナをボールに戻し、更にモンジャラを出した愛梨花。
だが、こちらの火炎放射は既に放たれている。
威力の強化された火炎放射は、さならが熱波だ。
それを、
「モンジャラ、蔓の鞭!」
近くの木に蔦を伸ばし、己の体を引き寄せることで無理矢理回避を決める。
更に、
「痺れ粉!」
その体躯から目に見えるほど濃い痺れ粉がまき散らされる。
――マズい!
しかし先ほどの熱波によって粉はあっという間にフィールドを飲み込んでいく。
こちらが火炎放射を放つと読んでの即座の入れ替えと戦術。
フィールドに出た瞬間、迷う事なく愛梨花の指示に従うモンジャラといい――練度は流石ジムリーダーと言ったところか。
「コン、動けるか!?」
「な……んとか……!」
これだけの規模だ。吸いこまない方がおかしい。コンは早くも痺れが回っているようで、動きがほとんど止まっている。
予想よりも格段に速い。
いや、そうか――
「そのための日本晴れか」
愛梨花が狙ったのは、ソーラービームの強化だけではなかった。あえて自分にとって不利な状況になってでもフィールドを変えるだけの戦略があったのだ。
草タイプにおける最大の強さ――毒・麻痺・眠り、それぞれの状態異常を引き起こせる技の豊富さだ。
日本晴れによって常時日を浴びているため、体温が上昇し、血管は広がっていく。血行が通常よりも良くなった状態で毒や麻痺を吸い込めばどうなるか――通常よりも効果が強くなるのは当たり前だ。血液が体を駆け巡る速さも違うのだから、即効性まで期待出来る。
弱点だけが全てではない。
愛梨花は――タマムシシティジムリーダーは、とんでもない戦法をしてくれたものである。
それこそ食虫植物のように、罠を張り巡らせ、強かに獲物を倒す。
毒・麻痺・眠り。
戦闘においてこれほど恐ろしい状態異常もあるまい。こと麻痺に至っては、俺もお世話になっているからこそわかる。
「まだまだ……です」
しかしコンとて戦う意志を微塵も衰えらさせていない。
ならば、俺は活路を見出すだけだ。
今回、コンが登録した技から状況を打破する戦法を導き出していく。
フィールドは自然――これまでのジムリーダーと違い、使いようによってはこちらの有利に働く部分が多そうにも感じられる。
日本晴れによって炎タイプの技が普段より上がっているのなら、辺り一面を焼き払うという方法も可能だ。
だが――
「あの水がくせ者、か」
忘れてはならないのが、マチスのライチュウだ。電気タイプなのにも関わらず波乗りを使用した例がある。水タイプの萌えもんがいないといって、思考を固定するわけにはいかない。
「そろそろ考えは終わった?」
愛梨花は泰然としている。
設けられた林からモンジャラの瞳が一対、コンへと注がれている。
「――もうちょっとくれたりしない?」
「だーめ」
そして、モンジャラは身を揺する。
繰り出される技は何か。
木々に身を隠しているということは、ソーラービームではない。日本晴れの日照りからも隠れている木々の間からでは、ノータイムで発射は出来まい。
とするならば、他の草タイプの技のはず。蔓の鞭は移動用と考えるべきだろう。
ならば――
「届かなくてもいい! コン、火炎放射!」
俺が指示を飛ばすのと同時だった。
「モンジャラ、宿り木の種!」
種がいくつも飛ばされてくる。
かつてグリーンも使用した技だ。相手の萌えもんに寄生する宿り木の種を飛ばし、体力を徐々に奪っていく厄介な技だ。
しかし、それらの種はコンの火炎放射によって消えていった。
助かった。
そう思う間もなく、
「まだまだ! どくどく!」
「な――!」
どくどく――毒の粉とは違い、対象を一瞬にして猛毒状態に陥らせる危険な技だ。通常よりも強力な毒液は、浴びたら最後、倒れるまで継続し続ける。
「くっ……!」
火炎放射後の隙と、更に麻痺による動きの緩慢も合わさり、コンは為す術もなく毒を浴びる。
毒と麻痺。
このままでは放っていてもこちらの敗北は必須だ。
再び木々の中へと身を滑り込ませたモンジャラを見ながら、思考をフル回転させる。
「ふふ、さあファアル、どうするの?」
勝つための課題はふたつ。
ひとつ、どうやってモンジャラを木々の間からおびき出すか。
ふたつ、行動の制限された状態でどうやって勝つか。
致命的なのが、こちらが浴びた猛毒だ。言ってしまえば、愛梨花はこのまま身を隠させているだけでコンに勝利出来る。逆に、おびき出さなければこちらの敗北は必至なわけだ。
更に、麻痺と毒――愛梨花としてはこれ以上重ねても仕方の無い状態異常であるため、積極的に行動するとは考えにくい。
――このままじゃジリ貧だ。
胸中で呟き、歯がみする。
初手で一杯食わされている。
なるほど、確かに草タイプというのは一筋縄ではいかないようだ。
身を隠している林も厄介だ。乾燥している地域ならともかく、水気を帯びた木に対して火が効果的とはとてもじゃないが言えない。また、距離も大きく空いている。コンが移動する前にモンジャラは最後の一手を指してくるだろう。
攻めても受けても敗北は必須。
「……いや、待てよ」
モンジャラの使用した技を思い浮かべる。
蔓の鞭、痺れ粉、どくどく、宿り木の種。
唯一の攻撃手段は〝蔓の鞭〟だが、コン相手に効果は薄い。先ほどから見るように、痺れさせ、毒にし、宿り木の種で体力を奪っていくのが基本的な戦術だからだろう。
そしてその〝蔓の鞭〟も、炎タイプのコンが出ているこの瞬間で言えば、移動手段としてしか効果は望めないはずだ。
つまり、コンを出している以上、相手は閉じこもるより他に手段がない。
こちらは既に麻痺状態。猛毒の相手にどくどくを重ねても意味がない。そして、宿り木の種は炎で封殺される可能性が高い。
なら――
「攻め手はまだ俺達にある……!」
作戦は決まった。
「コン!」
「は……い……」
振り向いたコンに視線で告げる。
――引き出すぞ。
果たして。
その意味は伝わってくれたようで、コンは頷いた。
悪いな。少し無理をさせる。
「コン、電光石火!」
指示を受け、コンがモンジャラに向かって動いた。
目指すは一点。モンジャラの潜む林だ。
「動いた……!?」
愛梨花が驚くのが見て取れる。
だけど、そんなのはまやかしだ。
実際はいつもの速さよりも格段に遅い。麻痺している体を無理矢理動かしているだけだ。
そして、近付けば近付く程、こちらには火炎放射という圧倒的なアドバンテージがある。
だが、愛梨花には対抗手段として取れる方法は少ない。
蔓の鞭を使って逃げるか、萌えもんを変更するか。もしくは――
「モンジャラ、もう一度痺れ粉です!」
そう、同じ技を使い、完全に動きを止めるか、だ。
宿り木の種を使っても火炎放射で焼かれる。だが、懸念すべきはもうひとつ。モンジャラがコンの射程に入ってしまうということだ。
即ち、宿り木の種を焼き払われれば、自らをも犠牲にしかねない。だからこそ、愛梨花はもう一度痺れさせるしか堅実な手法が取れなくなる。そこで動きを鈍らせ、逃げの一手に転じれば確実に勝利を掴めるからだ。
「コン!」
モンジャラから放たれた痺れ粉が濃霧のようにあふれ出る。
この時を――待っていた!
「火炎放射!」
「了解ですわ!」
渾身の火炎放射が放たれる。
我慢の限界が来たのかコンはすぐに前のめりに倒れてしまう。
が、狙いはここからだった。
――粉塵爆発という現象がある。
空気中に可燃性の粉塵が存在していると起こる発火現象である。
痺れ粉は相手に向かって放つ技ではなく、広域的に散布し、吸い込むことによって麻痺状態にさせる技だ。相手を狙う技ではないからこそ、効果があり、逆に言えば電磁波のように狙い撃つことが出来ないのが欠点でもある。
つまり、可燃するのに充分な量が散布された瞬間ならば、タイミングさえ合えば――
「モンジャラ!」
轟音と共に爆発した熱波は、林を丸ごと火の海に変えてしまう。猛烈な勢いで発火したソレは、悲鳴さえも飲み込み、やがて瀕死となったモンジャラを残して収まっていく。
「一体目――」
「――撃破、です」
しかし、そこでコンの体力も無くなってしまう。
すぐに下げ、毒消しを使って治療する。
「……すみません、ご主人様」
「いいさ。ありがとうな」
項垂れるコンの頭を撫で、バトルフィールドへと顔を上げる。
残るは五体。こちらは四体。勝負はまだ始まったばかりだ。
今のところ判明している愛梨花の手持ちはフシギバナとモンジャラ。たったそれだけでここまで苦戦させられたのだ。次も一筋縄ではいくまい。
さて、何が出てくるか。
「頼むぜ」
そして弱点である炎タイプを潰された以上、出せる手札の分はこちらが悪い。
――分が悪いなら巻き返すしかない、か。
「サンダース!」
紫電を放ちながら、サンダースがボールから解き放たれる。
「ふん、やっとわっちの出番か」
その言葉尻、視線からは戦闘意欲がびりびりと伝わってくる。リゥと並んで、こと戦いにおいては頼もしい仲間だ。
愛梨花もまた、モンジャラが潰れたことにより、手持ちから一体選び出し、会場へと展開する。
「お願い、ウツボット!」
繰り出すと同時、ウツボットは周囲に草を舞わせた。脳裏に蘇るのは、ハナダで戦ったグリーンのフシギソウだ。
葉っぱカッターはほぼ間違いなく覚えているだろう。草タイプの攻撃技として、登録していないはずはない。
となれば――
「先手必勝を狙うしかないか」
相手が状態異常攻撃を持っていることも考えると、迂闊に攻めるのは危険だが、慎重になりすぎても危険なのには変わらない。結局、どちらも変わらないのならば、まずはこちらが一発入れる方がずっといい。
今回登録した技は、四つ。
10万ボルト、かみ砕く、突進、ミサイル針。
その内、虫タイプのミサイル針は使うタイミングによっては有利に働くはず。
逆にあまり効果が期待出来ない10万ボルト以外はほぼ全て近~中距離仕様となる。
勝利出来るとすれば――
「10万ボルト、だな」
確信を持って告げる。
と同時、愛梨花が動く。
「ウツボット、剣の舞!」
自身の攻撃力を一時的に上げる技だ。効果が高い反面、しばらく動きが封じられるリスクがある。
「ファアル!」
「わかってる!」
早くしろ、と急かしてくるサンダースに指示を下す。
隙だらけのウツボット。その舞に向かって、
「ミサイル針!」
「任せろ!」
サンダースを覆う針のようは毛先から大量の針がさながら〝ミサイルのように〟ウツボ
ットへと向かっていく。
しかし、技の持つ属性は虫タイプだ。草タイプの他に毒タイプを持つウツボットには通常程度の効果しかない。
「いで、いででっ」
舞の最中に針を浴びたウツボットは痛みに耐えるような挙動を見せる。
が、〝抱えたもの〟は未だに出さずにいる。
「ファアル、攻撃してこないの?」
愛梨花が問う。
「はっ、あからさまに誘っておいて良く言うぜ!」
俺の言葉に、愛梨花は薄く笑みを浮かべた。
モンジャラがそうであったように、迂闊に懐に飛び込むのはずっと警戒していた。相手の一撃が上がるのも厄介だが、それよりもこちらが誘われるままに状態異常を受ける方がもっと厄介だからだ。
剣の舞を踊りながら、まさしく〝食虫植物〟のようにこちらの接近戦を待っていたに違いない。愛梨花としては、俺が警戒して手を出さないならば良し。手を出したとしても迎え撃てば勝利の一手が打てる。どちらに転ぼうとも有利に運べるわけだ。
さて――
「とんだくせ者だよ、まったく」
あのウツボット、サンダースでは相性が悪い。だが、手持ちを入れ替えてもその瞬間を狙われれば意味がない。良くも悪くも覆せるだけの相性があるのは氷タイプも持つシェルだが、草タイプが相手では迂闊に交代できない。
つまり、今の状態ではこちらが狙いたい一手にはまだ手が遠い。
おそらく愛梨花もそれは可能性の内に入っているはず。
結論として、まず真っ先に狙うとすれば――
「ウツボット、近くの小川にヘドロ爆弾!」
やはりな。
脳裏を過ぎるのは、サントアンヌ号でのマチスだ。あいつはナゾノクサを水中へと放り込み、電気を浴びせていた。
愛梨花が小川にヘドロ爆弾を指示したのも、電気を通しにくくするためだ。より盤石な方へと導くためだろう。
だがそれは――
「読んでたぜ、愛梨花! サンダース、10万ボルト!」
しかしウツボットは耐える。抵抗があるのだから当たり前だ。
問題は違う場所。
拡散していった10万ボルトは小川に落ちる前にヘドロ爆弾を迎撃し、その中身を空中でぶちまけさせた。
周囲に漂い始める異臭は強烈で、涙が出そうだ。
もちろんそれは、サンダースにとってはもっと強烈だろう。
「うがああああ、鼻が曲がるぅぅ―――!」
ごろごろと転がっているが、これで手はずは整った。
「サンダース」
ここから先は予想の範囲。言ってみれば賭けに等しい。
だが、絶対の自信を持って、俺はサンダースに告げる。
「突進、噛み砕け!」
登録した近距離攻撃を惜しみなく使う。
「くっそぉぉぉぉ――!」
臭いにヤケっぱちになりながらサンダースは駆ける。
瞬時にして距離を詰めるサンダースに、愛梨花はしかし、
「……くっ」
迷っていた。
「使っていいんだぜ、愛梨花。眠り粉を」
「――意地が悪いのね」
ウツボットの動きから考えられたのはふたつ。
まずひとつ。状態異常技は登録していたとしてもひとつだけ。剣の舞を使用したことで、ひとつは攻撃に付随する技だとわかる。そして、ヘドロ爆弾が相手を毒状態にさせられる技もあり、ここでも選択肢がひとつ潰れる。即ち、持っている技から考えられるなら、ひとつは攻撃、そして残るひとつは状態異常といういことになるわけだ。もっとも、ヘドロ爆弾を主な攻撃技として愛梨花が考えていれば、という前提がつくわけだが、これもサンダースによって迎撃可能だった面も含めれば、盤石な耐性で望む愛梨花の性格から考えると、他に攻撃技をひとつ入れておくと予想した。
そしてもうひとつ。
遠距離に至っては、こちらがウツボットに対する決定打を持っていないと判断していたため。
開幕から剣の舞を使用したのは、こちらの行動を誘うと同時、技を見抜くのもあったのだろう。そう、弱点になり得る技を持っているのなら、その場で放てば決着が着いていた。だが、俺がその手段を取らなかったのを見て、愛梨花はサンダースの登録技には遠距離で決定打が無いと判断した。果たしてそれは正しかったわけで、それ故にまずは感電させられる可能性のある水を封殺しようとした。当たり前だ。近付けばこちらを容赦無く倒せるのだし、遠距離に至っては怖い攻撃がないのだから。
それ故に、ヘドロ爆弾を迎撃した。
ぶちまけられたヘドロはサンダースの嗅覚が麻痺するくらいに凶悪だ。そんな劣悪な環境で、眠り粉を放ったところで、襲い来る睡魔に負けるには時間がかかる。
内側からかけられる睡魔より、外部からの刺激が強い内は、こちらにまだ分がある。
つまり、
「オラァッ!」
勝機はここにある、ということだ。
サンダースの突進によってウツボットの体が宙に浮く。ぱらぱらと体から粉が舞うが、それよりも速くサンダースは大口を開け、
「ウツボット、葉っぱカッター!」
「臭いんじゃちくしょ-!」
涙を浮かべて噛み砕いた。
同時、数枚の葉っぱがサンダースの体を掠めていく。
致命傷にはほど遠い。
おかげで――
「二体目――」
「――撃破だ!」
すぐさま距離を取ったサンダースは小川に飛び込んでいた。
微量ながら吸い込んでしまった眠気を取っているのだろう。
これが戦況に影響しなければいいのだが……。
「流石ね……期待通り」
静かに闘志を燃やし、愛梨花は次のボールを手に取り、展開する。
「お願い、パラセクト!」
そうして現れたのは、大きなキノコを背負った萌えもんだった。
パラセクト。
草タイプと虫タイプを持つ珍しい萌えもんだ。サンダースにおいて、またしても不利な状況が続いていく。
交代するなら今だが――
「無理、か」
先ほど吸い込んだ眠り粉がある。このままボールに戻してしまうと、眠ってしまいそうだ。最悪、その状態で戦場に出して一方的に敗北するという可能性が高い。
となれば続投しかないが。
もし――もし愛梨花が伏兵としてここまで手を打っていたのだとすれば、厄介だった。
「う、……くそ、眠い」
水を浴びたくらいでは睡魔が取れないか。何より、日本晴れによって水の温度も上がっている。冷水ならばともかく、暖まった水はほとんど意味がなかったか……。
果たして。
微笑をたたえた愛梨花の様子では判断出来なかったが、
「パラセクト――」
指示で全てがわかった。
「キノコの胞子!」
何のことは無い。ウツボットが倒れた場合まで読んでいた。次の次の手まで予測し、実行に移したまでのことなのだ。
「うげっ、なんだ……これぇ……」
瞬時にしてばらまかれた胞子を吸い込んだサンダースは一瞬にして眠りへと陥ってしまう。
逃げられる場所はボールの中以外――存在していない。つまり、
「パラセクト、切り裂く」
愛梨花の指示でパラセクトの一撃が無防備なサンダースに直撃する。元々、素早さの代わりに打たれ弱いことも相まって、追い詰められてしまうサンダース。
更に、
「ギガドレイン!」
「ふぉ――ぎゃぴっ」
トドメの一撃。眠りから覚めたばかりでは対応のしようもなかった。
これで、残る手持ちは三体。内、弱点は二体。
「……どうするの?」
見上げてきたリゥに視線を落とす。
「難しいな……」
間違いなく、切り札となるのはリゥだ。進化したこともあり、状況を打破してくれるだけの実力は発揮してくれるはず。
だが、愛梨花の手持ちが気がかりだった。
脳裏を掠めるのは、シルフカンパニーでの一件。あの時、愛梨花はリゥ相手にナッシーを繰り出していた。草タイプの中でもリゥと真っ正面から勝負が出来るのはナッシー、次点でフシギバナくらいだろう。愛梨花が対リゥとして準備していないわけがない。
しかし、シェルやカラでは不安が残る。シェルではあのナッシーの巨体を仕留められはしないし、カラに至っては力負けしてしまう。勝つには、何か裏をかかなければ勝ち目はない。そのためにはリゥを温存しておかなければならないわけだ。
愛梨花としても、俺の今までの試合を見てきているのなら、メンバーは自ずと予想が出来ているはず。となれば、こちらの主軸がリゥであることも理解しているはずだ。リゥさえ倒せば、更に勝負は自分に傾くと考えているだろう。
となれば、どうやっても引きずり出す必要が出てくる。
――だからこそのギガドレインか。
水と地面に効果のある草タイプの技を見せることで、こちらの選択肢を狭めてきたわけだ。
萌えもんを失いたくないのなら、まず間違いなく草タイプを弱点としない萌えもんを選ぶ。
そう、普通ならば、だ。
「リゥ、ジョーカーであってくれ」
「――信じるから。任せて」
「ああ」
そして、選び出したのは、
「頼むぜ、シェル!」
「お任せあれー」
舌っ足らずな口調が懐かしいが、シェルは楽しそうに外で出てくる。
「ここで水タイプ、か」
愛梨花の呟きがここまで漏れる。
そう、リゥはこちらにとっても相手を牽制出来るだけの手札となり得る。
何もフィールドに出すだけが戦い方ではない。あえて見せることで、相手の選択肢を狭めることも可能だ。
愛梨花、お前に流れは渡さない。
絶対にだ。
「でも――草タイプに水タイプを出すのは少し侮りすぎだと思うけど?」
知っている。
いかにシェルに氷タイプが混じっていようとも、それで完全に相殺出来るわけではない。ましてや相手もこちらと同じ状態だ。虫タイプによってこちらも切れる手札が少ない。
だからこそ、このタイミングで手持ちを見せたのだ。
登録した技は、水鉄砲、ハイドロポンプ、殻に籠もる、冷凍ビーム。
なら、取れる方法は――
「では、パラセクト。毒の」
「シェル、交代!」
「およ?」
こくん、と傾げた姿でシェルの姿が消える。そして即座に選び出したのは、
「頼むぜ、カラ!」
「任せてくれ!」
愛梨花が選択したのは〝毒の粉〟だ。これで、パラセクトの技が全て判明した。
――いくぞ。
「カラ、穴を掘る! 掘りまくれ!」
指示を受けるや否や、カラの姿は地面の中へと消えていく。
地中を掘り進む音と震動が断続的にバトルフィールドを揺らす。
そんな中、パラセクトの〝毒の粉〟がゆっくりと宙を舞い、地面へと降り立っていく。
未だ地を掘り進める音が響く中、愛梨花は、
「パラセクト、穴に向かって毒の粉を」
カラは地面を掘り進んでいる――即ち出口がない。
穴に向かって〝毒の粉〟を放てば、カラはやがて穴の中で吸い込んでしまうだろう。よしんば地上に逃げたとして、そこにはパラセクトがいる。弱点の草タイプで攻めれば陥落するのは素人目に見えても明らかだ。
「カラ! 地面の柔らかい場所に出ろ!」
だからこそ、次の手を打つ。
カラは俺の指示通りに、地面の柔らかい場所に出てくる。即ち、
「ぷはっ!」
被った骨から水滴が飛び散る。と同時、カラの掘った穴へと向かって小川の水が流れ込んでいく。
これで〝毒の粉〟はカラには届かない。
更に、
「カラ、交代だ!」
「わかった!」
追い打ちをかける!
カラを引き戻し、ボールから繰り出すのは、
「もう一回、頑張ってくれシェル!」
草タイプが弱点であるはずのシェル。
俺の選択に、愛梨花だけでなく会場までどよめき始める。
弱点ばかりの選択。
そして意味のない行動。
傍目に見れば、間違いなく勝負を捨てているように見えるだろう。
「愛梨花、お前の弱点を攻めさせて貰うぜ」
「……水タイプで?」
答える代わりに獰猛な笑みを返す。
結果など、見せてやればいい。
「シェル、カラの掘った穴に向かってハイドロポンプ! ぶっ放せ!」
指示を受け、シェルは最大級の威力で穴へと向かってハイドロポンプを放つ。
元々カラは小柄だ。そんな彼女が掘った穴など、即座に水流によって広がり、やがて至るところから水が吹き上がり始める。
「なっ――これは!」
驚く愛梨花を横目に、
「あの短時間で良くここまで掘れたもんだ」
「夢中だったからね」
照れた様子のカラは、それでも誇らし気だった。
「……さて、そろそろか」
既にバトルフィールドでは至るところから水しぶきが上がり、雨のように降り注いでいる。
それを全身に浴びているのはパラセクトも同じだ。
「水……まさか、状態異常を!?」
さて、
「シェル、決めてやれ! 冷凍ビーム!」
水に濡れてしまえば、〝毒の粉〟も〝きのこの胞子〟も使えない。水を吸った粉は重さを増し、表面に水が纏わり付くことで簡単に飛び散らせなくなっているはずだ。
なら、先手必勝。遠距離を持つこちらが有利!
「くっ、ギガドレイン!」
愛梨花が選べる技はふたつしかなくなるわけだ。
しかしその指示も無力に終わる。
周囲の水飛沫を凍らせながら直進する冷凍ビームに押し切られる形でギガドレインは消滅し、
「――三体目」
「げきはー、ですわ」
表面もろとも氷付けにされたパラセクトが瀕死になった合図を受けていた。
これで半分。
姿を確認していて倒していないのはフシギバナだけだ。となると、残る草タイプの萌えもんとして浮かび上がるのは、ナッシーと、
「では、お次は彼女に。ラフレシア!」
巨大な花を冠した、萌えもんだった。
残りを弱点だらけのメンバーでどう倒していく?
そうして俺が思案していた時だった。
明瞭な声で、愛梨花は言った。
「ファアル、私ね、正直驚いた」
「うん?」
愛梨花はそっと左手を自分の胸に当て、静かに語る。
「そして、貴方との約束を守れたのが素直に嬉しい」
「――俺もだよ」
だから、と。
「どうやってこの状況をひっくり返してくれるのか――ううん、そうじゃなくて」
ひっくり返してみろ。
愛梨花は言外にそう言っていた。
「はっ――もう一度言うぜ、愛梨花」
堂々と胸を張って。
俺を信じ、戦ってくれている仲間達に恥じないように。
「勝つのは俺達だ」
そっか、と愛梨花の呟きがここまで聞こえた。その声音は、楽しそうでもあった。
「――ラフレシア」
その指示に身構える。
日本晴れの強烈な日光を浴びて溶け始めている氷の礫がキラキラと輝き始める中、
「シェル」
勝つための布石を打つために、
「花片の舞!」
草タイプでも屈指の威力を誇る技を使用した。
それは、まさしく舞だった。
花片がシェルの視界を奪い、その中をラフレシアが舞いながら進んでいく。
まるで、完成されたひとつの舞台を観ているかのような光景。
しかし、見とれていれば負けるのは俺達だ。
「地面に向かって水鉄砲! 最大出力だ!」
「ばっちですわ!」
シェルダーだった頃より成長したとはいえ、水鉄砲そのものの威力も上がっている。
宙に浮いたシェルは、地面で待っているラフレシアを眼下に捉えている。
「――花片が邪魔ー」
「だろうな。――いけるか?」
アイコンタクト。
「ばっちおっけー、ですわ」
即座に頷き、
「冷凍ビーム!」
眼下に向かって放った。
が、その行動を読んでいたのは愛梨花とて同じだった。
俺達より更に速く、
「ラフレシア、上空にヘドロ爆弾!」
毒タイプの強力な技を花火のように発射しまくっていた。
「――何も見えっ」
ヘドロ爆弾とヘドロ爆弾がぶつかり合って、弾ける。
やはり読んでいた。
その上で、まき散らされたヘドロでシェルの視界まで塞いできたのだ。
「わ、わわっ」
そのひとつを食らい、シェルの体勢が崩れてしまう。
しかしそれでも何とか放った冷凍ビームは、ラフレシアから大きく外れ――あふれ出した水を凍らせるに終わった。
「その隙、頂くわ! ギガドレイン!」
花弁と共にラフレシアのギガドレインが炸裂する。
瞬時にして体力を吸い取られたシェルは、ヘドロ爆弾でのダメージも合わさって倒れてしまう。
これで、残る手持ちはリゥとカラだけになった。
「――何とか仕込めたが……まだ早い、か」
バトルフィールドを見やる。望む変化を期待するにはまだ早い。
なら、
「頼む、リゥ」
「任せて」
頼もしい相棒は、一歩前に進み出て、腕を組んで胸を張っていた。
「方針は?」
今まではそんな事も訊かなかっただろうに。
言葉と共に、リゥは絶対の信頼を込めて俺に背中を預けてくれている。
ならば、俺も裏切るわけにはいかない。
「ラフレシアを倒す。それで、ナッシーを引きずり出してぶっ倒す!」
「――諒解。借りを返してやるわ」
白銀の髪を撓らせ、リゥはバトルフィールドへと躍り出る。
それだけで、愛梨花が身構えたのがわかった。
以前とは別人のようになっているのを肌で感じたためだろう。
静かに。
リゥは自身の敵を見据えている。
「愛梨花」
そして、言った。
「本気、見せてあげる」
好戦的な笑みを浮かべ、言い切った。
「……ええ、楽しみにしています。リゥさん」
答えた愛梨花は、ラフレシアへと指示を飛ばす。
「ラフレシア! 花片の舞!」
花片が舞う。
状態異常技もあるだろうに、ここに来て愛梨花が選んだのは攻撃技だった。
おそらく――試しているのだろう。
リゥがどこまで〝強く〟なったのか。本当に乗り越えられたのかを。
「――」
対するリゥは微動だにしない。花片を前にしても、身一つ動かさないで、ただじっと――待っていた。
俺の指示を。
「――リゥ」
見せてやろうぜ。
俺達の力ってやつを!
「龍の息吹。なぎ払えっ!」
「諒解!」
視界を塞ごうとしていた花片が軒並み消えていく。塵となり消えていく花片は、灰が舞っているようでもあった。
それを委細気にせず、リゥは一歩を踏み出す。
「高速移動――」
瞬時にして距離をつめたリゥの動きを、ラフレシアは辛うじて視線で追っていたようだったが、
「ドラゴンクロウ!」
勢いを乗せて叩き込まれたドラゴンクロウまで反応は出来ていなかった。
「ラフレシア、眠り――」
黒炎の如き巨大な爪がラフレシアの体躯を宙に浮かす。
だが、まだだ。それでは倒せない。
「追撃――叩き付けろ!」
「ふっ」
一呼吸だった。
宙に浮いたラフレシアは上空から叩き付けられ、地へと倒れ伏した。
これで、
「――四体目」
「撃破よ――!」
残るは二体。
フシギバナと――ナッシーで来るはずだ。
◆◆
鮮やか。
まさにその言葉通り、ラフレシアを瞬時にして倒してみせたリゥは、シルフカンパニーで戦った時とはまるで違った。別人とも呼べるその変化に、愛梨花は内心で理解していた。
あの時に聞いた言葉は、リゥにとって間違いなく真実であったのだと。
今、敵として見ていて思う。
リゥという萌えもんがどれだけ背中を預けているのか。
ファアルというトレーナーがどれだけ背中を支えているのか。
モンジャラも、ウツボットも、パラセクトも、ラフレシアも――相対したからこそわかった。
奇抜な発想とそれを即座に実行する決断力。そして、何を置いても仲間を信頼しているからこそ来る、冷静な判断力。
相手のタイプに合わせて弱点を揃えるのではない。相手の弱点を見出し、或いは作り出すことで勝利する。
そこには共に旅をする仲間への信頼があった。そして、これまで何度も挑んできた挑戦者達のほとんどが持っていないものだった。
即ち――トレーナーであるということ。
「……なるほど、確かにそうかもしれない」
漏らした言葉に笑みを乗せる。
かつて出会った同い年の少年は、やはり強かった。
どこまでも真っ直ぐに、ただひたすらに夢を追いかけていた。
抱いたものへの道に自分が立ち塞がっているのなら。
彼の夢を知る者として、全力で立ち塞がろう。
それこそが――
「ジムリーダーである、私の戦いなのだから」
そして、愛梨花はボールを投げた。
残る手持ちはナッシーとフシギバナ。
決着はそう遠くない。
◆◆
「行って――ナッシー!」
愛梨花が繰り出したのは、リゥにとっては仇敵ともなる相手だった。
――やはり、フシギバナは温存か。
こちらの手持ちが残るはカラしかいないのも読んでのことだろう。日本晴れを使用できるということは、即ちソーラービームも視野に入れてほぼ間違いないはず。
となれば、カラにとっては圧倒的に不利になる。
だからこそのナッシー。なるほど、やはり愛梨花はどこまでも堅実な相手だ。
しかし相手はシルフカンパニーでリゥを完膚無きまでに倒した相手だ。
気圧されてはいないだろうか?
そう思い、かけた声は、
「リゥ――」
「大丈夫」
穏やかな声音で返された。
「今は負ける気がしない。
……だって、」
リゥはそこで一言つき、
「ファアルも戦ってくれているって、わかったから」
その言葉に、戦闘の最中だというのに泣きそうになった。
感激で体が震え出す。
歓喜で叫び出したくなる。
その全てを抑え込み、たった一言で返す。
「行くぜ、相棒!」
「うん!」
リゥが身構える。
ナッシーの戦法は控え室で聞いている。
草タイプでも強靱な体躯を持つナッシーは、物理攻撃と防御、更にサイコキネシスといった特殊な攻撃まで扱える、規格外の萌えもんだ。進化したからといって、真っ正面から戦えばこちらの被害は計り知れないものになる。
出来れば万全の状態で勝つ。
それこそが勝つための布石であり――リゥの背中を押すための俺の務めでもある。
「リゥ」
「ナッシー」
疑問に感じていたのはひとつだけ。
ナッシーが状態異常を登録しているかどうか。その一点だけだった。
これまで相手をしてきた愛梨花のパーティーは全て状態異常を登録させていた。ナッシーに覚えさせていないはずはない。
――だからこそ、
「高速移動!」
「たまご爆弾!」
こちらの裏をかくために、あえて使わない――もしくは登録させていないはず。
そのためのナッシーなのではないかと予想を踏んだ。馬力のあるナッシーならば状態異常攻撃にさせることでより有利に進めることが可能だ。さながら城の如く。籠城戦のようになってしまえば、それこそ弱点である炎タイプでしか正面から落とせない。
そして必要以上に警戒し、二の足を踏む。
状態異常を警戒している間に、サイコキネシスで動きを封じ、攻め落とす。
そう予想した。
なら、俺が取る手段はひとつだけ。
「翻弄してぶっ倒す!」
リゥの動きは速い。瞬時にして距離を詰めるが、それもナッシーがばらまいたたまご爆弾によって阻まれていく。
いくつにも放り出された爆弾は、地面に触れて爆発し、礫をリゥへと見舞っていく。
微々たるダメージ。だが、楽観視もしていられない。恐ろしいのはサイコキネシスだ。視線に捉えられれば、なす術はない。
次いで、愛梨花は告げる。
「更に踏み付け!」
ぐらりと。
地面が陥没するかの如き力でナッシーが地を踏み付ける。
衝撃で盛り上がった地面に振れ、たまご爆弾が不規則に破裂していく。
だが、まだ破裂していないものも多い。ばらまいたいくつかのたまご爆弾は、空中に健在だ。
「狙いは……龍の息吹か」
強力な技だが、発動するためにはリゥの動きがどうしても止まってしまう。
愛梨花が狙っているのはその隙だろう。リゥが放った瞬間、サイコキネシスでたまご爆弾を誘導し、リゥを倒すつもりでいる。
今は何とか回避しているが、少しずつナッシーへと距離をつめている。しかし、確実に仕留めるにはまだ早い。
どうする――?
その思考を打ち切ったのは愛梨花だった。
「ナッシー、突進!」
「ちっ」
ここに来て更に技を指示。
突進を食らえば体重の軽いリゥは飛ばされるだろう。そこにたまご爆弾で終わり。更に回避したとしてもばら巻かれたたまご爆弾で追撃が出来る。上に跳んで回避も同様だ。空中で身動きが取れないのは俺自身が戦法で利用した方法だ。
「リゥ――」
戦場を見渡す。
取れる戦法はひとつ。
「跳べっ!」
「諒解!」
「……ファアル、それは」
「反転、龍の息吹!」
「えっ――?」
驚きの声を上げたのは愛梨花だ。
敵から背を向け、龍の息吹を吐いたリゥの行動は、まさに奇怪に映るだろう。
しかし、さすがと言うべきか、愛梨花は即座に俺の狙いを読んだようだった。
「選べよ、愛梨花!」
「――くっ」
龍の息吹を放っているリゥは無防備だ。しかし、息吹によって推進効果を得られ、空中をナッシーへと向かって〝跳んで〟いる。
その状態をサイコキネシスで止めれば、リゥは無防備だ。抵抗することなく次の一撃を食らうだろう。
突進にしても同じだ。ナッシーほどの力を持つ萌えもんならば、リゥを瀕死に追いやる
ことは充分に可能となる。
同時に、ナッシーにはもうひとつ選択肢が出来た。空中にいるリゥにたまご爆弾をサイコキネシスで操り、浴びせかけるというものだ。こちらの方が、確実に倒せる。だが、その反面、間に合わなければ自らにダメージが返ってくる。
即ち、どれを選んでも愛梨花にとっては好手であり、俺達にとっては不都合極まりない選択なのだ。
どれを取っても、愛梨花は間違いなく勝てる。
自分に都合の良い選択肢だけを出された場合、迷うことなく選べる人間なんぞ、そうそういやしない。
「ナッシー、!」
悪いな愛梨花。
「タイムアップだ。ドラゴンクロウ!」
「――ふっ!」
愛梨花の声を聞くよりも速く、リゥとナッシーとの距離は致命的なまでにつめられていた。
空中で反転したリゥは勢いそのままに、黒い炎を纏った右腕を振り下ろす。
「――、まだっ!」
しかしナッシーはまだ倒れない。
追撃。
「叩き上げろ!」
「諒解!」
空中で回転したリゥによってナッシーの体が空中へと持ち上がる。
「ナッシー!」
「零距離――龍の息吹!」
そして、身動きの取れまいまま、ナッシーはリゥの吐き出した龍の息吹に飲み込まれ、
「――五体目」
「撃破よ――!」
俺達の勝利が決まった。
ひっくり返したぞ、愛梨花。
見据えながら告げる。
「来いよ、フシギバナ」
俺の元へと戻ってきたリゥと共に、最後の敵を待ち構えた。
「――貴方に全てを任せます」
未だ日本晴れによって日は強い。これまで愛梨花が使ってきた萌えもんで、草タイプの強力な技――ソーラービームを使用した萌えもんはいない。
消去法でいけばおそらくフシギバナこそ、使ってくるはずだ。
「フシギバナ!」
そうして。
本日二度目の登場となる、フシギバナがバトルフィールドに繰り出された。
愛梨花の主力のひとりであり――いつかはグリーンも共に戦うであろう萌えもん。
「リゥ、ダメージはどんなもんだ?」
先ほどの戦いで全くダメージが無かったわけではない。
爆風によって小さく体力は削られていた。
だが、
「ん、問題無い。ばっちりよ」
強がりでもなく、見栄でもなく。
リゥは自然に言った。
「わかった。んじゃ、行くとするか」
敵を見据え、告げる。
「高速移動!」
リゥの本懐は接近戦にある。龍の息吹以外は全て近距離戦の技だ。
こちらが〝龍の息吹〟を放つ際の隙を狙われるわけにはいかない。いくらドラゴンタイプが草タイプに強いといっても、撃ち続けられるソーラービームを食らい続ければ敗北は確実だ。
「フシギバナ、地震です!」
「なっ――!」
地面タイプの技だと――!?
そして愛梨花はリゥの動きを防ぐ道を選んだ。
「わ、っと……」
揺れの強さにリゥが思わず
同時、震動でシェルの放った水が地下からあふれ出てくる。
――これが吉と出るか。
吐き捨て、戦略を練り直す。
事実上、高速移動も防がれた形だ。
「リゥ、あの揺れで走れるか!?」
「無理!」
だよな。
揺れのタイミングに跳ぶ――いや、それだと狙い撃ちされるのがオチだ。だが、地上を走ればそのまま地震のダメージをも食らってしまう。更に動きの止まっている最中は無防備だ。
どう打開する……?
方法は――
「……リゥ」
「何?」
「龍の息吹、いけるか?」
くい、と下を指す。
そして意味することは、ひとつだけ。
「――」
「私、ナッシーに勝てたよ」
「?」
「ひとりじゃ勝てなかった相手に、ちゃんと勝てた。でしょ?」
だから――
「私は大丈夫。まだまだ強くなってる。これからも――強くなれる。だから、ファアルは自分の戦いをして。貴方が私を利用しているように、私も貴方を利用しているんだから。そうでしょ、――」
笑みを浮かべ、リゥは言った。
「相棒」
「……リゥ」
目を瞑る。
その信頼に応えるためのものを、俺は持っている。
必ず手に入れる。
「ああ、当たり前だ!」
リゥ――
「龍の息吹!」
「諒解!」
放ったのは地面に向かって。
ただひとつ――仕込んでいたもののために。
黒の炎が地を焼き、穴に張った氷の表面を舐め回す。
「――また空を跳ぶのですか? でも、無駄です。ソーラービーム!」
何度も使った戦法で覆い隠しながら――リゥを犠牲に引き寄せる。
「あ、くっ……!」
ソーラービームの直撃を食らい、リゥは力尽きる。
体力が無くなったリゥを傍まで戻し、
「――ありがとう」
「うん。でも、これで勝てるの? あいつ、かなり強いけど」
ああ、
「大丈夫だ。決め手は――カラがやってくれる」
そうして、俺は最後のボールを手にし、
「待たせたな、カラ!」
地面タイプ――草タイプにとっては標的である萌えもんを繰り出した。
その選択はまさしく愚行。
事この場に置いて、足掻きにもならないであろう選択だった。
神妙な愛梨花の表情も、会場から聞こえるどよめきも。
それらを全て気にせず、誇りを持ってカラは立っていた。
傷だらけの頭骨を被り、母から譲り受けた骨を持って。
――倒してみせろ。
そう、フシギバナへと言外に語っていた。
「ファアル。貴方の試合を全部見ました。剛司さん、香澄さん、マチスさん――あの方々
を倒したのは確かに凄いと、同じトレーナーであるわたくしも思います」
でも、と。
「そんな偶然は何度も続かない。貴方の戦い方は確かに奇抜だけど――それでもひっくり返せはしないものがあります。わたくしが――」
愛梨花の右腕が振り上げられる。
そして、ジムリーダーらしく凛然として、勝負を付けるための言葉を放つ。
「貴方に刻みつける!
ソーラービーム!」
草タイプ最強の技を食らえばカラは一撃で倒れ伏すだろう。
しかし、弱点の技を前にしてカラはぴくりとも動かない。
絶対の信頼を持って、俺の指示を待っている。
――はっ、そうだよ。
進化ってのは大切だ。強くなる――その最短距離なのだから。
相性ってのは大切だ。火を水で消すように――当たり前の現象なのだから。
ロケット団が望んだように、そうあったように――力の強い方が勝つのは、常識なのだから。
だけど、
だからどうした?
進化した方が強いなら、進化しない奴は絶対に勝てないのか?
相性が悪ければ、相性の悪い奴は絶対に勝てないのか?
違う。
ああ、違うんだ。
何故なら――
「――はっ、知ったことじゃねぇよ!」
そんなのは、野生での話だ。
ガキ共が遊びで戦わせた場合の話だ。
何も知らない奴が戦った場合の話だ。
忘れてんじゃねぇぞ、愛梨花。
これは相性だとか進化だとかで勝負が決まるゲームじゃねぇんだ。
〝相性〟――〝進化〟――〝強さ〟――
その道理をひっくり返すために――
「刻みつけてやるよ、
「カラ、地震だ!」
「了解だよ!」
フシギバナが放つ寸前、カラの地震が炸裂する。
揺れる地面。しかし、フシギバナの体躯は眼前の敵をしっかりと見据えたまま動かない。
「それだけでフシギバナが負けると――、っ!?」
異変が起こったのはその時だ。
地面が、割れた。
あちこちから空いた穴から表面を抑えつけていた氷が溶け、地中深く溜まっていた水が間欠泉の如く吹き上がる。それはフシギバナの視界を塞ぎ、空洞となった地面は容易く崩壊していく。
その予想通りの光景に、笑みを浮かべる。
本来ならばもう一手必要だった。だが、それも愛梨花がフシギバナの地震という手で補ってくれた。
後はリゥでほんの少し後押しをしただけ。
残るは仕込んだ一手を発動させるだけだった。
「――ファアル、まさか初めから!?」
愛梨花の言葉と共に、フシギバナの放ったソーラービームは明後日の方向へと飛んでく。フシギバナの立っていた地点が崩落したからだ。
戸惑うフシギバナは、しかし流石というべきかすぐに光を溜め込んでいる。
だが、遅い。
その前に身軽なカラが距離を詰めている。
「カラ、頭突き!」
振りかぶった頭突きがフシギバナにぶち当たる。骨も合わせてのクリーンヒットだ。しかも踏みしめようとした大地が崩落しているのだから、たまらずフシギバナはよろけ、倒れていく。
そこに――
「ぶっ飛ばせ、メガトンキック!」
「っらあ!」
そのままの勢いで回転し、メガトンキックというよりもかかと落としが炸裂する。
直撃したフシギバナは、そのまま地面と体を埋め、地面の崩落と共に埋まっていく。
「もう一発――地震!」
地震によって瓦礫が砕かれていく。威力は通常時の半分といっていないだろう。
しかし、追撃には充分な威力だった。
フシギバナは地の中で気絶し、崩落した地面に着地したカラは一息をついた。
そして、
「――六体目」
「撃破だっ!」
俺達の勝利を告げる言葉が会場に木霊した。
◆◆
決着の後、俺とリゥはジム内にあるベンチに座っていた。
あの日――久しぶりにタマムシシティに返ってきた俺が、ぼこぼこにされて倒れた挙げ句、目が覚めた場所だ。もちろん今でも納得してない、あれ。
「勝てたな」
「うん。これでまた一歩」
焦って強くなるのは難しいんだと思う。
そうやって強くなって――成長していけるのは限られた者だけなんだろう。
俺達みたいな凡人は、一歩一歩進んでいくしかないんだ、きっと。
昨日よりも一歩進んでいるために。
まだ見ぬ明日に向かって一歩踏み出すために。
明日のその先にある目標に向かって、進んでいくために。
だからこその、一歩。小さいけど、それでも大きな一歩だ。
「やったな」
「うん」
お互い笑い合う。
目指す目標はただひとつ。そのために戦い続けるために。
「――ごめん、遅くなっちゃった」
そう言って現れたのは愛梨花だ。
ジムリーダー戦後、会場を後にした俺達は、そのまま愛梨花に呼び出される形で今こうしてベンチに座っていた。
「いんや、気にすんなよ」
言って、俺も立ち上がる。
挑戦者として。
「ありがとう。
それと――おめでとう。わたくしに勝利した証、レインボーバッジです」
掌に乗せて差し出された虹色に輝くバッジを受け取る。
「ああ、確かに」
そのバッジを握りしめ、また一歩踏み出したことを改めて感じる。
レインボーバッジは――カラだな。
リゥにはもう、その胸元にグレーのバッジが輝いているから。
「それと、リゥさん」
愛梨花はそう言い、俺から視線を外してリゥと向かい合った。
リゥも自然と姿勢を正しくする。
そして幾ばくかの時間が過ぎた後、
「貴方の強さ、見せていただきました。今の貴方ならきっと、大丈夫ですよ」
春の日差しのような柔らかい笑みを浮かべた愛梨花に、
「当たり前よ。私はもう――迷ったりなんかしないから」
挑発的な笑みを浮かべる我が相棒であった。
どちらともなくリゥと愛梨花は握手を交わす。
そして、
「ファアル。これから先はもう決まってるの?」
「そうだな……」
タマムシシティから近いのはヤマブキシティ、そして少し離れてセキチクシティとなっている。どちらにもジムはあるが……。
そんな俺の考えを先んじて、
「ヤマブキシティはまだ少しごたついているみたいだから、先にセキチクシティに行ったらどう? 私の使った状態異常――そしておそらく棗さんのエスパータイプに通じる何かを見いだせると思うから」
「――いいのかよ、ジムリーダーがそんな事言って」
半眼で言った俺に対し、
「ふふ、今のは幼馴染みとしてのアドバイス」
小首を傾げた愛梨花は、なるほど確かに可愛かった。
やれやれと頭をかき、
「わかった。ま、忙しいところに押し込むのも何だしな。サファリゾーンも見に行きたい
し、いっちょ行ってみるわ。ありがとよ」
「どういたしまして」
じゃあな、と手を振ってリゥと共に歩き出す。
左隣を歩いてくれている、その感覚を感じながら。
「ファアル!」
「あん?」
振り返る。
するとそこには、毅然とした様子の愛梨花が立っていて、
「夢、絶対叶えてね! 応援してるから!」
その言葉に、
「……ああ! 任せろ!」
それだけを返し、再び歩き出す。
頼もしい相棒を隣に感じながら。
目指すはセキチクシティ。
さぁ、行こうぜ。5つ目のバッジを手に入れるために――。
《続く》