萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~   作:阿佐木 れい

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バトルの前の静けさって感じで。今回は短いです。しばらく長かったですからねー。


【第十九話】タマムシ――再びの挑戦

 いつだったかは思い出せないけど、あの人はこう言った。

 

「そうだな……。俺にも夢が出来た」

 

 夢?

 

 子供ながらに疑問に思った"夢"は、豪快な笑いにかき消されたように思う。

 誤魔化すように――事実そうだったのだろう――見上げた俺から顔を逸らして大きな手で俺の頭を力強く撫でながら、

 

「そう、夢だ。俺にとって何よりも大きな夢だ。もういいかとも思ってたんだが……お前のおかげでまだまだ頑張れそうだ」

 

 その視線は俺を見ていたけど、同時に遙か遠くを見ていたようにも思う。

 いつもは歓声に埋め尽くされて煩いくらいだけど、今はふたりしかいない静かな場所だった。

 

 真っ直ぐに一点だけを見つめ、覇気の宿った瞳で笑っていた。

 あの人――親父はチャンピオンの席へと歩き出す。

 

「俺も夢を叶えるためにもう少し頑張ってみる。だから――」

 

 そうして俺に向けられた言葉は何だっただろうか。

 記憶の底へと埋もれた言葉。

 昔すぎて、思い出そうとしても霞がかって消えてしまうような――でも、とても大切な言葉だったように思う。

 何だったか。

 

 ああ、そうだ。確か――

 

 

    ◆◆

 

 

 俺の言葉にリゥはしばし唖然とした後、

 

「え、じゃあ……」

 

 ゆっくりと顔をほころばせ始めた。

 

「一緒、なんだ」

 

「ああ。そう同じカイリュウなんていないだろうしな」

 

 そういえば、と試しに写真を出して見せてみると、リゥは驚いた後、頷いていた。

 親父のカイリュウは今思い出しても雄大で津から強く、気高かった記憶がある。

 

 圧倒的なまでの力で相手を圧倒していく――同じドラゴンタイプを使う四天王よりももっと苛烈な、逃れられない災害のような、そんな強さだった。

 真っ当に戦うなど馬鹿らしくなるような――。

 

 リゥの勝とうとしている相手とは、そういう強さを持ったカイリュウだ。

 

「お互い、道は険しそうだな」

 

 そして、親父はそれだけじゃない。カイリュウ以外にも注意すべき萌えもんはまだいる。それらを全て倒し、チャンピオンの頂に到達しなけらばならないのだ。

 十年以上連続でチャンピオンの座を守り続けている、歴代最強の男。俺の倒す相手は――サイガという男は、まさしく化け物じみている。

 でも、

 

「……うん、大丈夫」

 

 リゥは全く問題ないとばかりに頷いた。

 その顔は今までとはまた違ったもので――自信だけではない何かが感じ取れた。

 果たしてそれが何かまではわからなかったが、

 

「行こう? きっと勝てるよ」

 

 リゥは断言した。

 何一つの迷いもなく。

 望んだ未来を掴めると、一切の不安も抱かずに。

 

「私たちなら」

 

 そして、自分の左胸を手で押さえ、俺の左胸にも手を添えた。

 

「勝てる。夢を叶えられるよ」

 

 儚く、だけど強い笑みを浮かべた。

 

「リゥ……」

 

 ヤマブキシティで何かが変わった。

 きっと、リゥにとって良い変化だんだろうと思う。

 だから俺は、

 

「ああ、そうだな。勝てる」

 

 迷わないでいられそうだった。

 頷きを返し、同じようにリゥの胸に手を

 

「――で、何セクハラしようとしてんのよっ!」

 

「ありがとうございます!」

 

 吹っ飛ばされた。

 

 

    ◆◆

 

 

 街中へと戻った俺たちは、果たせなかった戦いに挑むべく、ジムへと足を向けていた。

 どうやら一昨日から平常運転に戻ったらしく、今でもジムリーダー戦をしているようだ。観戦がてら申し込みに行こうという腹積もりだったのだけど、

 

「よう、ファアル」

 

「熊澤警部……どうしたんだ?」

 

 まさかまたロケット団だろうか?

 俺の胸中を察したのか、警部は首を横に振り、

 

「そっちは俺たちに任せておけ。それよりも、お前に用事だ。藤老人、知ってるか?」

 

 確か、シオンタウンの萌えもんタワーで管理と供養をしている管理人さんだったか。

 直接会ったことはないが、名前は知っていたので頷くと、

 

「タワーの件でお前に話したいことがあるらしい。途中でいい、シオンタウンまで行ってくれるか?」

 

「ああ、別にいいけど」

 

 横目でリゥを見る。

 

「いいよ。今から行く?」

 

 俺はよっぽど変な顔をしたのだろう。リゥが不満そうに頬を膨らませた。

 

「何よ、変?」

 

「いや……」

 

 これも変化なのだろうか。

 俺は頭を振って、

 

「わかった。今から行ってみる」

 

「おう、頼むわ」

 

 そうして警部は手を振り去っていった。

 

「じゃあ、行くか」

 

「うん」

 

 俺たちは寄り道へ。

 焦らなくてもいい。

 ゆっくりっと俺たちのペースで強くなっていけばいい。

 まだ、夢を叶えられるのだから。

 

 

    ◆◆

 

 

 本当、何度目になるだろうか。

 歩き慣れた道を通ってシオンタウンに着いたのは午後になってからだった。

 ここしばらくですっかり見慣れた町並みの中、小さな家を目指す。

 

 藤老人はシオンタウンでも有名な老人で、家を訊けばすぐにわかった。

 一人暮らしには少しだけ大きなサイズの民家。素朴で築何十年と経過しているのが見て取れるが、手入れが行き届いているのが見てわかる。豪華さは何ひとつなく、おおよそ萌えもんタワーの管理人という肩書きを感じさせない家だった。

 

 敷地内の庭には萌えもんが遊び回っており、トレーナーらしき子供たちも一緒に飛び跳ねている。

 

「幼稚園みたいだ」

 

「あの年頃って、人も萌えもんも意識しないのかもね」

 

「かもな」

 

「……ちょっと羨ましいな」

 

「? 何か言ったか?」

 

「な、何でもない!」

 

「そうか? ならいいんだけど」

 

 本人がそういうなら別にいいか。

 インターホンを押してしばらく待っていると、やがて扉を開けて優しい相貌の老人が顔を出した。

 

「あの、熊澤警部から聞いて来ました、ファアルなんですけど」

 

「おお、君がか――どうぞ、入ってくだされ」

 

「はい。お邪魔します」

 

 藤老人に導かれるようにして家の中に入ると、そこもやっぱり賑やかだった。

 イメージとして一番近いのは公民館だろうか。談話スペースとして、もしくは憩いの場所として藤老人の家はシオンタウンの特別な場所でもあるようだった。

 

「妻に先立たれてからは寂しくてね。なんだか気を使ってもらって悪いけれど、賑やかで嬉しいよ」

 

「……少し、わかる気がします」

 

 うちも親父が年単位で帰って来ないから、ほんの少しだけ寂しい気持ちはわかった。

 藤老人は目を細め、奥へと案内してくれた。

 そこは応接室のようで、向かい合ったブラウンのソファに綺麗に掃除されたテーブルがひとつ設置されていた。

 促されるままに腰を下ろすと、藤老人はお茶を手に持って再び現れ、

 

「あんまり美味しいものではないと思いますが――」

 

「とんでもない。いただきます」

 

「い、いただきます」

 

 リゥは少し緊張気味。

 

「熱いぞ?」

 

「うん……あつっ」

 

 言わんこっちゃない。

 そんな俺たちの様子を眺めていた藤老人は、

 

「グリーン君から聞きました。ファアル君、君がガラガラを救ってくれたんだってね」

 

「俺じゃないです。救ったのは――」

 

 そうして、ボールから展開する。

 

「カラです。俺は何もしてないですから」

 

「おや?」

 

 急に外に出たカラは戸惑っているようだった。

 視線を俺とリゥ、そして藤老人へとさまよわせ、

 

「えっと、ファアル。これはいったい」

 

「ああ、こちら藤老人。萌えもんタワーの管理人さんだ。お前のお袋さんのことで、な」

 

「……母様の!?」

 

 驚いたカラはしばらく藤老人を見つめ、やがて場の空気を読んだのか一息ついてから俺の右隣に座った。

 

「あなたがガラガラの娘さんですね。面影がある」

 

 藤老人は懐かしそうに目を細めた。

 

「母様を知っているんですか……?」

 

 カラの言葉に、頷きを返し、

 

「ええ。彼女には何度も助けていただきました。何しろ老体なもので。お恥ずかしい限りですが」

 

 毎日、萌えもんタワーの最上階まで上っているという藤老人。果たしてそれがどれだけ体に無茶を強いているのか。当人ではない俺には想像しかできないが、相当な労力だろう。

 

「心優しい女性でした。あなたのことを自慢気に話すのを聞いたのも一度や二度ではありませんよ?」

 

「うっ」

 

 藤老人の言葉にカラは真っ赤になって俯いた。

 

「ですから――今回の件であなたに謝っておきたかったのです。いえ、謝って済む問題だとは思っていませんが、それでも――私はあなたにとって大切なお母様を亡くさせてしま

ったのですから」

 

 直接的な関係ではないにせよ、藤老人は自らを攻めていた。

 ロケット団のせいにすればそれで済むものを、管理人でありかつてガラガラの友であったひとりの人間として、藤老人はカラに謝罪をしていた。

 カラはそんな藤老人をしばらく見つめ、やがて

 

「……大丈夫です。母様は死んで戻ってこないんですから。それは、ボクが一番わかって

います」

 

 カラはお袋さんと決別した。幽霊でありながらも娘を守り抜こうとした母親に別れを告げた。

 途中で気を失ってしまった俺にはわからないけど、カラはそのことを悔いている様子は感じられなかった。

 

「ボクはもう大丈夫です。一緒に歩く人がいるから」

 

 そうして俺を見上げ、再び藤老人へと視線を戻した。

 

「だから――もし出来るなら、母様のお墓を作ってあげてください。ボクは、時々しか来られないだろうから」

 

 カラの言葉に、

 

「そうですか……あなたは良い仲間に出会えたようですね」

 

 藤老人は嬉しそうに笑った。

 

「彼女のお墓は私が責任を持って供養いたしましょう。安心してください」

 

「……はい」

 

 カラもまた、人間に対して疑いを持っていた。たぶんそれは今でも変わっていないのだろうけど、藤老人を信じてくれたようだった。

 

「母様をよろしくお願いします」

 

「ええ、お任せください」

 

 そうしてふたりの言葉を最後に俺たちは藤老人の家を後にした。

 去り際、

 

「ファアル君」

 

「はい?」

 

 振り返った俺に藤老人は言った。

 

「壊滅したとはいえ、ロケット団にはくれぐれも注意してください。まだボスは捕まっていないのですから」

 

 榊さん……。

 

 まだボスは見つかっていないという。

 シルフカンパニーで誰かが榊さんの逃走を手助けしたらしい。犯人の検討もつかず、今は隠れていたロケット団員の仕業だろうと言われているようだが……。

 いや、それはもう俺の考える事じゃない、か。

 

「はい。ありがとうございます」

 

 そうして、俺たちは再びタマムシシティへと戻ったのだった。

 

 

 

    ◆◆

 

 

「疲れた」

 

「……うわー」

 

 タマムシシティまで戻った俺の第一声にリゥは呆れた声を上げた。

 

「だってよー、ずっと入院してんだから仕方ないだろ?」

 

「情けないと思う」

 

「ぐっ」

 

 一蹴。

 やれやれ、相変わらずこの娘さんは真っ直ぐである。

 だけど、そのやりとりが懐かしくて、楽しんでいる俺もいた。

 

「はぁ……よし、じゃ、行くか」

 

「うん」

 

 お陰で立ち止まらずに済むのはありがたい。

 寄り道もしたけど、本来目指すつもりだったジムへとたどり着くと、歓声が鳴った。

 

「誰か戦ってるみたいだな」

 

 午後の戦いだろうか。

 俺とリゥは受付をすませ、観客席へと向かう。

 まだ平日とあってか満員ではないが、それでも歓声は凄まじかった。

 

 出来れば前の方で観戦したい。

 席の間を縫いながら前方を目指していると、都合良く二人分、空いていた。

 俺とリゥはすばやく滑りこみ、試合を望んだ。

 果たして目の前には――

 

「ドードリオ、つついて!」

 

 高速で駆け回る俊足の鳥萌えもんと、

 

「クサイハナ、痺れ粉!」

 

 地に根を張り迎え撃つ植物萌えもんがいた。

 

「あれってブルー?」

 

「みたいだ。面白そうじゃねぇか」

 

 スコアボードを見る。

 一進一退の攻防のようで、ふたりともこれが最後の手持ちのようだ。

 

「また状態異常!? ああん、草タイプの萌えもんってこれが面倒臭いんだからっ」

 

「ふふふ、それも戦いですわ」

 

 痺れ粉によって動きが鈍るドードリオだが、依然として有利なのは変わらない。草タイプは飛行タイプに弱い。

 これはいくら状態異常にさせようとも覆しのない相性だ。

 

「クサイハナ、怪力!」

 

 しかし一転、動きさえ鈍らせてしまえば草タイプとて戦える。用は草以外の属性で攻めればいいのだ。

 エリカとてそれを承知しているはず。現に、今のはタイプに影響されない純粋な力業だ。

 が、ブルーとて負けていない。即座に判断し、

 

「なんの! ドードリオ、トライアタック!」

 

 トライアタック。炎、雷、氷の属性を一度に繰り出す大技だ。それぞれの威力は低いものの、様々な萌えもんに対処出来るという利点がある。加えて、中には草タイプが弱点とする属性も入っている。

 

 なるほど、考えたものだ。

 いくら速さが潰されたといっても距離と技の性質を考えれば、それでもドードリオの方が速かった。

 クサイハナよりも僅かな差でトライアタックは放たれ、

 

「……勝負あり、ですね。おめでとうございます」

 

「はうぅ~。勝ったぁ」

 

 決着は着いた。

 

 そうして、実況者によって高らかにブルーの勝利が宣言される。

 

 溢れる歓声。その中、珍しく観客へとマイクが向けられる。タマムシシティジムではこうして戦闘後にそれぞれを称えてより萌えもんバトルを競技として普及させようとしているらしい。確かにその場で戦った者に生の声援が送られるってのはモチベーション維持にも繋がるし、トレーナーと観客共に感情の高ぶりを共有出来る良い方法だと思う。

 

 接戦だったためか、マイクを渡された皆が熱い思いを語っていく。それはブルーを応援する声がほとんどで、照れながらも誇らしそうな様子は幼なじみとしても誇らしかった。

 そうして、マイクは何の因果か俺へと回ってきた。

 

「どうぞ、次はあなたです」

 

「――わかった」

 

 何を言おうか。

 静かになった会場で俺は息を吸ってから立ち上がる。

 

「おめでとう、ブルー。思わず見入っちまった。

 ――良い試合だったぜ。強くなってるじゃねぇか」

 

 誇らしく。

 妹分の頑張りを認めずして何が兄貴か。

 ブルーは気がついていなかったらしく、目を丸くして驚いている。

 そして、俺はもう一人へと視線を向ける。

 

「愛梨花!」

 

 果たせなかった約束を。

 叶わなかった戦いを。

 再び、この場所で挑むために。

 

「マサラタウンのファアルだ」

 

 その言葉に会場がざわめいた。

 エリカと視線が交差する。

 互いに不適な笑みを浮かべ、告げる。

 

 

「もう一度お前に――萌えもんバトルを申し込む!」

 

 

 静まりかえった会場に返ってきた言葉一つだけ。

 

 

「ええ、望むところよ、ファアル」

 

 

 そうして。

 大きな回り道をして、タマムシシティジムリーダー戦は受理された。

 

 

 

                             <続く>


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