萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~   作:阿佐木 れい

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今回も長くなっちゃったので、前後編仕様です。


【第十八話】ヤマブキ――弱さを認める強さ 前編

 ヤマブキシティでも一番高いビル――シルフカンパニー本社の正面扉が自動で開く。電源は生きているため、中の照明も明るいままだ。

 

 一階部分は先日の戦闘によって既にロケット団から取り戻している。愛梨花達は常駐している警察と特殊部隊の双方と視線を交わし、頷いた後に更に上を目指す。エレベーターは使えない。そのため階段を使用しているが、途中――4階より先は階段が破壊されいていて通れなくなっていた。破壊された瓦礫以外にも上階からかき集められたゴミや機材が積まれており、取り除くにはあまりにも手間がかかる状態だった。

 

 階段は使えない。となると残りはエレベーターしかないが、こちらも襲撃された際に機能が壊されており、手段としては――

 

「やはりこの扉の先しかないようだな」

 

 棗が鋭い視線を向けているのは一見して頑丈としか思えない扉だ。防火扉のようでもあるが、その実、並大抵の攻撃では破壊出来ないほどの頑丈さを持っていると突入の際に救出したシルフカンパニー社員が言っていた。

 

「ええ。階段は扉の向こう側みたいです」

 

 警備に当たっていた若い警備隊のひとりが答えた。

 

 本社内の図面は手に入れている。それによると、階段は二ヶ所あるようで破壊されている階段の他にもうひとつある。社員も多い事から、双方ともに使えるようにという意味合いで設置されたのだろう。ちょうどビルの両端にある形だった。

 

 広々としたフロアにはミーティング用のデスクと椅子。そして警備の人間が何人か。昨日までの時点でここ四階までは解放している。といってもロケット団は何ヶ所かに設置された扉から出てくるので断続的に戦闘が続いている状態だ。

 

「調査したところ、どうやらこの扉を開けるには"カードキー"が必要なようです」

 

 そう言って指し示されたのは、カードを読み取る小さな機械だった。

 棗は頷き、

 

「カードキーの場所は?」

 

「――わかりません。昨日拘束したロケット団員は誰一人として所持していませんでした

ので、おそらく――」

 

 視線は扉へと。

 つまり、カードキー所持者は扉の向こう側にいる、という事だ。

 

 手に入れるためには二通り。

 扉が開いた瞬間を狙うか、このフロアにいる敵を倒して持っている人間を探すか。

 どちらも確定ではないが取れる手段として思いつくのはそれくらいだった。

 さて――

 

「三手に別れよう」

 

 棗は即座に決定を下す。

 

「私、愛梨花、そしてお前達」

 

「ええ、私はそれで構いませんが……」

 

 愛梨花の視線はレッド達へと向けられる。

 そこにはむくれている様子のグリーンがいたが、

 

「俺達も大丈夫です。さ、行こう」

 

 レッドに押し切られる形で別行動を開始した。

 その背を見送りながら、

 

「……いくら志願してくれたからと言って、子供に無茶はさせられない。だろう?」

 

「ええ。彼の大切な弟妹ですもの」

 

 その"彼"はどうしているのか――

 フロアからでは知る術が無かった。

 

 

    ◆◆

 

 

 人の気配が無いマンションは気持ちが悪いもんだな、とつくづく思う。

 避難したばかりなのだろう。生活感が漂う中、人の気配だけがない空間というのはある種の異空間のようですらある。

 

 しかしながら持ち主が姿を消したマンションは火事場泥棒にとっても理想の空間となるようで、警備のためか各階で逐一エレベーターが止まり、その度に警備に当たっている複数人の警察から不審な視線を向けられた後、一緒に乗り込まれるのはどうにも勘弁して欲しかった。個室が凄く男臭いです。

 

 野郎だらけのむさ苦しいエレベーターの中、独特の緊張感が解放されたのは最上階に到着した瞬間だった。音を立てて扉が開くと、「早く出ろよ」の視線に押し出される形で俺は一歩踏み出した。

 

 屋上へ向かうには突き当たりにある階段を上がらなければならないようだ。元は封鎖されていたのだろう。見えてきた階段の手前には柵のような格子があった。

 すぐ隣にはシルフカンパニー本社のビルがあるが、窓は閉じられている上に内側から何かで塞がれているようで中の様子は全く見えない状態だ。

 

「この上、か」

 

 さほど長くもない階段を上りきると、広い屋上に背よりも高い鉄柵が設置されているだけの寂しい空間が目に飛び込んできた。

 

「……誰だ?」

 

 声を上げたのは防具に身を包んだ一際屈強な男だった。予想より少なく、今は両手の数より少し多い程度配備されているようだった。

 

 集中する視線を無視し、シルフカンパニー本社を見上げる。

 

 ――高い。

 

 このビルを占拠したというのだから、ロケット団の強かさと榊さんの手腕が伺い知れる。

 そうしてひとり立っていると、不審に思ったひとりの男が声をかけてきた。

 

「ここは危険だ。遊びで入ってきたのだろうが、今すぐ退去するんだ」

 

 有無を言わせぬ迫力を秘めた言葉と視線だった。

 

「断る」

 

 俺はそれに真っ直ぐ睨み返し、告げた。

 

「やる事があるからここに来た。あんたの言葉で止まれるなら、最初から来ちゃいねぇよ」

 

「――拘束も止む無しと判断するが……」

 

 男が動こうとした瞬間だった。

 

「あ、あんた、ファアルだよな!? あのトレーナーの!」

 

 声が上がったのは男の後ろからだった。

 ひとり視線を外していた若い男がゴーグルを外し、俺をまじまじと見ていた。

 大声だったせいか、周囲の視線が咎めるように若い男へと集中し、身を小さくしていた。

 

「……変に有名になったもんだな」

 

 頭をかいて、先ほど立ちふさがった男に向かって告げる。

 

「俺はファアル。そこの兄ちゃんが言ったようにトレーナーだ」

 

 視線を巡らせる。

 シルフカンパニー突入班。後は突入の指示を待っている男達に向かって、

 

「まぁ聞けよ。あんた達に手を貸しに来た」

 

 

 

    ◆◆

 

 

 愛梨花と棗、二人と別れたレッド達はフロア内を探索していた。

 三人でそれぞれの死角を補いながら進んでいく。さすがは幼馴染みとでもいうべきか、お互いをきっちりフォローし合っていた。

 

 何度かロケット団と鉢合わせるも、子供と侮っているのが大半で呆気なく倒されていく。

 時間が経過するにつれて遅れて突入してきた警察や突入班の人員も多くなってきているが、それでも扉を開く手はずはまだ整っていないようだった。

 そうして、約束の時間が近付いた頃だろうか。

 

「……何か怪しいね」

 

 呟いたブルーの向けた視線の先には閉めきられた扉がひとつ。見る者が見ればそこが会議室だとわかっただろうが、レッド達には開放的なフロアに忽然と存在している怪しい部屋にしか見えなかった。

 

「どうしようか?」

 

 声を潜めてレッドが訊ねると、グリーンは無言で扉に耳を押し当てた。

 そしてしばらくして耳を離し、頷いた。

 

「誰かいるみたいだ。しかも何人も」

 

「ロケット団かな?」

 

「そこまでわかるかよ」

 

 そっか、とブルーはしばし思考し、思いついた作戦をレッドとグリーンに伝える。

 

「――はっ、さすが悪戯好きは考える事が違ういでででで!」

 

「うーるーさーいー! いいからあんたは黙ってやってくれればいいの!」

 

 グリーンの耳を引っ張っているブルーは不機嫌ながらも、小悪魔的な笑みを浮かべていた。

 

 あれは絶対に何か悪戯を考えてる時の顔だ……。

 

 幾度となくやられた身としてレッドは確信する。今のやり取りもブルーの作戦の内なのだと。

 

「……まぁ、やる事やってからだね」

 

 視線を戻し、会議室と相対する形で向き合うと、ボールから萌えもんを出す。

 

「頼むよ、リザ―ドン」

 

 頼もしく揺れる炎を前に、レッドはブルーに親指を立てて合図を送る。準備完了。

 合図を確認したブルーはわざとらしく声を荒げ、

 

「あれー? このドア、開かないのかー。中に何かあるのか気になるし、ちょっと壊しち

ゃおっかなー?」

 

 

 1...2...

 

 

 きっかり三秒。それだけの間を置いて、

 

「リザ―ドン、切り裂け!」

 

 レッドの指示通りに行動したリザ―ドンによって会議室の扉は呆気なく破壊された。

 倒れていく扉の向こうには整頓された長机とパイプ椅子。そして四人の白衣を着た研究者らしき男達がいた。

 それぞれいつでも萌えもんを出せるように構えていたが、ロケット団は……、

 

「いない、かな?」

 

「隠れてなけりゃな」

 

 それもそうだ、と呟く。

 物陰に隠れれば、いくらでも隠れられそうな部屋だったのだから。

 しかし、そんなレッド達の疑問を払拭するようにして、眼鏡をかけたまだ若い研究員が慌てた様子で会議室から飛び出してきた。

 

「良かった……助けが来た!」

 

 喜んでいるのは見ていて達成感にも似た気持ちを起こしてくれたのだが、如何せん、情けないのも事実である。自分より半分以上は下の少年少女に泣きついている大人は見ていてこう――

 

「殴りたいなー」

 

「何故だい!?」

 

 レッド達が子供というのもあって、彼らは早々に警戒を解いたようだった。リザ―ドンを出していたのも効果があったらしく、それなりに腕が立つと判断されたらしい。これもまた、ブルーの考えた通りだった。ロケット団が出てきても、捕まった人間が出てきても、双方共に対処することが出来る。

 

「――ところで、今はどうなってるんだい? ずっと閉じ込められていたからどうなってるのかさっぱりわからないんだ」

 

 落ち着いた所で、研究員達に事情を伝える。

 説明が終わると話しかけてきた若い研究員は、

 

「なるほど。カードキーは本来、職員の中でもそれなりの地位――管理職以上じゃないと配布されていないんだ。常時閉めてるわけでもないしね。持っていた職員がどうなっているかは僕も詳しくわからないけど、君達が持っていないのなら僕達のように捕まっている可能性が高いだろうね」

 

 それに、

 

「君達の予想通り、カードキーはロケット団に奪われ、そのまま使用されているんだろ

う。認証も書き換えられない状態なんだ。力になれなくて申し訳ないけど、僕のも奪われてしまってね。彼らから直接奪い返すしか方法は無いと思う」

 

「そうですか……」

 

 やはり現実は甘くないようだ。

 程なくして追いついてきた警察に研究員の身柄を渡すと、

 

「ああ、そうだ。赤い少年」

 

「俺、ですか?」

 

 ああ、と研究員は頷いて自身の鞄から萌えもんボールをひとつ取り出した。

 そしてレッドに向かって差し出した。

 

「あの……?」

 

 戸惑うレッドの手を強引に取り、ボールを掴ませ、その上から自身の手を重ねた。

 

「このボールには珍しい萌えもん――ラプラスが入っている。まだこの娘が小さい頃に保護したんだ。でも、悔しいけど僕にはこの娘を守るのが精一杯だった。この先どうなるかわからないし、君に預けたいと思う。頼めるかな? 君ならきっと良いトレーナーになってくれそうだしね」

 

 せめてものお礼だよ、と若い研究員は笑った。

 握ったボールが熱かった。

 それは彼の想いがそのままボールに宿っているかのようですらあった。

 

「……わかりました」

 

 ありがとうございます、とは言わなかった。

 彼にとって大切な萌えもんなのだ。それを礼を言って受け取るのは何かが違う気がした。

 代わりに、

 

「いつかテレビで見ていて下さい。この娘の姿を」

 

 レッドの声にしばらく唖然とした後、

 

「ははっ、わかった。楽しみにしているよ。小さなトレーナー君」

 

 そうして去って行った。

 渡されたボールをしばらく見つめ、

 

「よろしく、ラプラス」

 

 ホルスターに閉まった。

 その様子を見守っていたグリーンとブルーは、

 

「そろそろ戻ろ。時間だし」

 

「だな。とりあえず情報は手に入れたんだしよ」

 

 頷いて、レッド達は集合場所に戻る。

 そして――フロア全体を揺るがす程の衝撃が襲ったのだった。

 

 

    ◆◆

 

 

「彼も外れ、か」

 

 ロケット団のひとりを倒し、愛梨花は一息ついた。

 

 草タイプの萌えもんは毒や麻痺などの状態異常に優れているため、相手を傷つける事なく無効化する技が豊富だ。相手が人間であろうと萌えもんであろうと関係なく効果を発揮するその力は遺憾なく発揮され、地面に転がっているロケット団員も眠り粉によって気持ちよさそうにいびきをかいて熟睡している。本当は麻痺させたかったのだが、分量を間違うと殺しかねないため、諦めたのだ。

 

 これまで遭遇したのは五人。そのどれもがカードキーを所持していなかった。

 

「扉の向こうから開けて、その度に閉めてるんだろうなぁ」

 

 自分は安全な場所から指令する。

 それは確かに有効な戦術ではあるが――酷く気に入らなかった。

 

 おそらくレッド達や棗にしても似たような結果になっているだろう。職員がカードキーを持っていたとしても奪われている可能性が非常に高い。でなければ、こんな"ただ時間を稼ぐだけ"の戦法を取るはずがない。

 

「やってみようかな?」

 

 周囲に視線を巡らせると、閉められた窓があった。幸いにも通りに面しているようで、隙間から光が差し込んでいる。

 

「……うん、やってみないとわからないし。そう、これは実験なのよ。もしかしたら道が開けるかもしれないし」

 

 小声で言い訳をしながら、フシギバナを出すと、

 

「葉っぱカッター!」

 

 窓を塞いでいた防壁ごと切り裂いた。

 さっと降り注ぐ陽光を浴びて、心なしかフシギバナの機嫌が良くなる。

 そこに更に指示を下した。

 

「フシギバナ、あちらにソーラービームを」

 

 愛梨花が指さしたのは頑丈そうな扉。頷いたフシギバナは頭上にある大きな花から光を迸らせ、壁へと向かって放った。

 

 ――轟音。

 

 建物を揺らすかのような音の後、道を塞いでいた扉は呆気なく破壊されていた。

 

「あ、あれっ?」

 

 てっきり「やっぱり壊れなかったか……あはははー」みたいな展開を予想していただけに戸惑っている愛梨花の元に駆けつけた棗は開口一番、こう言った。

 

「お前……見た目と違って大胆だな」

 

 

    ◆◆

 

 

 棗は視線を巡らせた。

 念のため出しておいた萌えもん、フーディンも同じように周囲を警戒している。こと警戒において、エスパータイプの萌えもんは非常に優秀だった。物理的な気配を感じ取れるのだから、潜入する際には重宝するのだ。おまけに言葉が必要なわけでもない。念じれば答えてくれる。自らも超能力を扱える棗にとって、言葉よりも深い場所で繋がっていると感じられる。

 

 それはともかく、棗は先ほど自分が導き出した結論に対してつい今し方確信を更に深めていた。

 出会ったロケット団はそれほど多くはないものの、彼らの何れもが心の内で同じ言葉を漏らしていた。

 

 曰く――カードキーはありません、残念でしたぁっと!

 

 という意味合いの言葉だらけだった。

 

「正しかったわけだが……ふむ」

 

 壁の向こう側を"視て"みる。

 ロケット団員は見えるものの、さすがに物体までは透過出来ないし、出来たとしても果たしてその物体がカードキーであるかどうかはわからない。それはフーディンにしても同様だった。

 

「カードキーとはまた厄介な物だな」

 

 誰にでも扱える反面、その構造はシンプルだ。カードという有り触れている物体だからこそ、直面してしまった問題でもある。即ち、"有り触れているからわからない"という状態なのだ。

 

 だが、これ以上フロアを探索しても仕方が無いのはわかった。

 やはり扉を打破しない事には先に進まないらしい。

 遅れてやってきた突入部隊の人間に引き継ぎを済ませ、足早に合流場所へと戻る。

 

「……何か情報を掴んでくれているといいが」

 

 最悪、扉を破壊しなければならないだろう。

 そう考えた矢先に、建物全体が揺れる程の衝撃が走った。

 

「――何だ?」

 

 余程大きな衝撃だったのだろう。同じフロアから轟いた轟音の元に向かうと、そこには

「あ、あれっ?」と信じられないという顔をして驚いている愛梨花がフシギバナを連れて固まっていた。

 衝撃で目を覚ましてしまったロケット団員を再び眠らせ、声をかける。

 

「お前……見た目と違って大胆だな」

 

 その声にばっと振り向いた愛梨花は、

 

「ち、違うんです! これはちょっと試してみようかなーって思っただけでそれ以外の理由なんか全くないんです!」

 

 両手を振って否定しているが、正解のようだった。

 ふむ、と棗は頷き、

 

「安心しろ。ファアルとかいう男には言わん」

 

「――えーっと、棗さん? そこでどうしてファアルが出てくるんですか?」

 

 愛梨花の視線が僅かに剣呑になった瞬間、騒がしい足音と声が近付いてきた。

 

「なになに、何かあったの?」

 

 無邪気な声で現場を見たブルーは、口を手で抑え、

 

「……うわー」

 

 見事に破壊された扉を見て絶句していた。

 グリーンは呆れ顔、レッドだけ平然としてた。

 

「ほう。レッド、君は驚いていないんだな」

 

 懐かしそうに目を細めていたレッドは、

 

「たぶん、兄貴も同じ事しただろうなって」

 

 兄貴。

 おそらく、それがこのメンバーに影響を与えている男の名前なのだろう。

 チャンピオン、サイガの息子で期待のトレーナー。愛梨花とも知り合いのようだった。

 おかしな経歴だが……なるほど、確かに面白そうだと棗も思う。

 

「全ては終わってからだな」

 

 まずはシルフカンパニーを解放してから。何かを始めるにしてもそれからだ。

 気持ちを切り替え、それぞれ持ち寄った情報を交換し始めたのだった。

 

 

 

    ◆◆

 

 

「聞けよ。あんた達に手を貸しに来た」

 

 俺の言葉に、お前は何を言っているんだという反応を返される。

 まぁ、当たり前か。

 予想出来ていただけに苦笑を浮かべる他ない。

 

「つまり、我々の解釈で――」

 

「違う」

 

 俺はロケット団を鎮圧したいのではない。

 もちろん、最終的にはするつもりだが、まず一番に叶えなければならない望みがある。

 

「俺の目的はただひとつ、大切な相棒を助けに行く事だ」

 

 きっと、

 

「リゥは――相棒は俺を待っているだろうから。ロケット団は――そのついでだ」

 

 根拠の無い、自分自身で思い描いただけの妄想だ。

 

 だけど、と思う。

 それでもきっと待ってくれていると。

 リゥは強さを求めていた。ただひたすらに強くなりたいと願っていた。

 

 でも――違う。

 それはロケット団の目指す強さではない。

 マサラタウンからタマムシシティまで――辿った旅路で見てきたものは本物だ。

 

 結局、最終的に決めるのはリゥでしかないのだけれど。

 だからこそ、俺は行かなければならない。

 行って、真剣に向き合わなければならない。

 それが俺の戦いなのだ。

 

「……我々としては、君が協力していくれるのならば心強い。今はトレーナーがひとりでもいてくれる方が助かるからな。だが、どうするつもりだ? ここからでは――」

 

 そう、ここは屋上だ。

 隣接しているシルフカンパニーはほとんどの窓をバリケードで塞がれ、中途半端に開いた細い路地ひとつ分の空間が大きな溝なって侵入を阻んでいる。

 そのため、正面玄関より突入する他手段が無かった。

 だが――

 

「高いな……このビルは」

 

 そんな事は知った事じゃなかった。

 見上げ、そして戻す。

 

 壁があったら壊せばいい。

 道が無いのなら作ればいい。

 いつだって――そうして勝ってきた。

 

「あんたらも何となく予想はしてたんだろ? 簡単な話だ。ぶち抜けばいいだけだろ」

 

 それこそが、ファアルという萌えもんトレーナーのやり方なのだから。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 それぞれの情報を交換し合い、改めて破壊した扉に全員の視線が集中した。

 ロケット団が押し寄せてくるかと思ったが、扉を破壊した事に驚いたのか警戒したのか、姿はまだ一度も見ていない。

 

 扉を破壊した本人は極力扉を見ないようにしているが、全員の印象が変わっているのでもう今更だった。

 

「カードキーは向こう側、か。おそらくその情報は正しいだろう。私も倒したロケット団全てが同じ事を考えていたのでな」

 

「考えて?」

 

 首を傾げたレッドに、愛梨花が言う。

 

「ああ、棗さんはエスパー少女さんですから」

 

「少……女?」

 

「どうやらまずひとり脱落する者がいるようだ」

 

「うぉぉい! そんなゴミを見るような目で俺を宙に浮かすんじゃねぇよ!」

 

 ふん、と鼻を鳴らして棗はグリーンを解放した。

 そして大きく嘆息し、

 

「――今は攻略が先だ。カードキーを持っている人間がこの先にいるのは間違いない。複数枚、相手に渡っていると考えていいだろう。が、我々の目的は」

 

「まず一枚を奪取、ですね」

 

 頷く。

 

「ああ。そうすれば行動も取りやすいし、それ以上欲しいのなら奪えばいいだけだろう」

 

「……どっちが悪者かわかったもんじゃねぇな」

 

「だいじょーぶだって。こっちは正式に許可もらってるんだし、ね?」

 

 同意を求めたブルーの声に、良く出来ましたと言わんばかりに棗は頷いてみせた。

 

「――壁のおかげで我々も助かっていた部分がある。周囲に気を配って行くぞ」

 

 全員が頷いたのを確認して、棗は先頭をきって扉の向こう側へと足を踏み入れた。

 そうしてしばらく気配を探ってみたが、数人だけ残っているだけでそれ以外はいないようだった。

 階段は破壊した扉から離れているため、いずれにせよ時間かかりそうだ。

 

 最上階に行くまでに力押しも考えておかねばな……。

 

 胸中で呟いた後、棗は先へと進んでく。

 後に続くレッド達や愛梨花も後に続きながら周囲を見渡しながら部屋を確認しているものの、目立った物は発見出来なかった。

 

「……待て」

 

 小さな声で告げ、棗が制止した。

 突然の事で思わず出そうになった声を慌てて飲み込み、棗の指し示した方に視線を向ける。

 すると、

 

「ったく、もうちょっと後だと思ったのによォ。力尽くでぶっ壊すとかよっぽど短気な野郎だな」

 

「まったくだぜ。どうせ脳みそ筋肉なカイリキーみてぇな奴がやったんだろうよ」

 

「かはは、違いねぇ」

 

 

「ふ、ふふふ……そう、私がカイリキー……」

 

 

 一緒にいる人の方が充分に怖かった。

 おい、静かにしろと後ろを振り向いた時だった。

 

「あっ」

 

 ブルーの後ろにロケット団の男がいたのは。

 男はスピアーの針をブルーの喉元へと突きつけ、言った。

 

「侵入者、はっけ~ん」

 

 

 

    ◆◆

 

 

 俺の言葉に、屋上に集っていた人間全てが絶句していた。

 そんな彼らに被せるようにして言葉を続ける。

 

「すぐ横がシルフカンパニーだろ? 何も正直に正面から挑む必要もないと思うんだが……」

 

 視線を戻すと正気になった彼らが一様に納得出来ないという意味合いの視線を送っていた。

 やがて、ひとりの隊員が、

 

「――許可は出来ない」

 

 もちろん、彼らだって一番楽かつ効果的な方法だとわかっているのだろう。

 わかっているが故に――出来ない。

 何故ならばそれはシルフカンパニーに捉えられている社長や人員を傷つける行為になるのだから。

 

「その方法が一番効果があるのは我々もわかっている。だが――出来ない。わかるだろう?」

 

「ああ。でも暢気に構えてもいられない……だろ?」

 

 少なくとも、

 

「ジムリーダーやトレーナーだからと言って、女子供に先陣切らせて専門家である自分達は待機だとか――そんな情けない真似は出来ねぇ。ってなところだろ?」

 

「……」

 

 この場にいた全員は同じ気持ちだった。

 だからこそ、悔しい。口惜しい。

 第一陣として突入出来ない。切り込み役としても、強襲としても何も出来ない。

 彼らの持っている矜持を突き動かすだけの事象が無い。それ故に――甘んじている他、術がないのだ。

 

「俺ならやる。今やらなきゃ後悔するってわかっているから」

 

 そうでなければ。

 俺はまた失ってしまうだろう。

 失いたくないから。手放したくないから――必死に足掻いていくしかない。

 

「悪いけどよ、あんたらが止めるってんなら全員ぶちのめしてでも行くぜ?」

 

 自分の中で絶対に手放したくない気持ちだと気が付いたのなら、意地でもしがみついて、離さないようにするだけだ。

 どれだけみっともなくても、虚しくても、無駄だとしても――自分に嘘をつき続けるよりよほど良い。

 

「……ならば君を」

 

 俺の言葉によって屋上にいた全員が構えを取る。

 

 ――俺が萌えもんを出すのが早いか、それとも彼らが早いか。

 

 どう考えても後者が有利だが、さてどうするか。

 そんな俺を押してくれるように、背中から声が響いた。

 

「お前ら、構えを解け!」

 

 かつて慣れ親しんだ声だった。

 いつも世話になっていた声だった。

 くだらない事で突き出された時も、俺を殴ってくれた声だった。

 俺を――唯一認めてくれていた声だった。

 その声が――熊沢警部が階段を数人の部下を連れてゆっくりと上ってきていた。

 

「なぁ、ファアル。お前はもうちっと大人にならなきゃならん。お尋ね者にでもなる気か?」

 

「……うるせぇよ」

 

 言葉とは裏腹に、熊沢警部は笑っていた。

 そう、決定的な言葉と共に。

 

「ちっとばかり連絡が錯綜してるんでな……作戦本部より通達だ! これよりシルフカンパニー突入部隊を更に導入との事。突入ポイントはふたつ。上空とここだ」

 

 今俺達がいる場所を指で示し、

 

「上空は飛行タイプの萌えもんが制空権を握っているため迂闊には近付けん。そこで、現在最下部から突入しているトレーナー達に向かって集中しているロケット団の横っ面に一発かまし、その後、我々は独自に屋上へと向かい制空権を取り戻す」

 

 説明の間にも突入の準備はちゃくちゃくと進んでいる。

 残るは――

 

「頼めるか、ファアル」

 

「――ああ、ありがとよ。後は任せとけ」

 

 突入に必要な一撃のみ。

 壁を丸ごと破壊出来る威力は大きな器具無しでは萌えもんにしか生み出せない。

 頷き、ボールを出して言う。

 

「頼むぜ、シェル!」

 

 そして、行動を開始した。

 

 

 

    ◆◆

 

 

「侵入者、はっけ~ん」

 

 声に振り返ると、体を強張らせたブルーが両手を挙げていた。

 針を突きつけているのはスピアー。そしてそのスピアーを指示しているのはひとりのロケット団だった。

 

「ちっ」

 

 油断した。

 棗は胸中で吐き捨て、自分達が覗いていた方向から来る気配もまた感じていた。

 

「おい、どうしたんだ?」

 

 さっき離していた二人組だろう。

 近付いてきた男達は棗達の姿を見止めると、やがて下卑た笑みを浮かべた。

 

「へへっ、こいつらどうしたんだよ?」

 

「侵入者じゃねーの? サツもまだいないって事はトレーナーだろうけど」

 

 まぁ、と針をブルーに更に押しつけ、

 

「抵抗とか無理だけど、ねー?」

 

 ニヤリと笑った。

 

「……何が目的です?」

 

 棗は何かを考えているのか、視線を逸らさずに無言を貫いている。

 代わりに愛梨花が問うと、男は当然とばかりに、

 

「そんなの――悪戯するに決まってね?」

 

 棗と愛梨花をなめ回すように見た。

 絡みつくような視線に身を震わせたくなるが、ブルーの事もあって不用意に動けなかった。

 

「……その娘を離しなさい」

 

「やーだねー!」

 

 ブルーの顔が引き攣る。

 恐怖からか今にも泣きそうだが、何とか耐えているようだ。

 グリーンは言葉を発さず険しい表情でスピアーを睨み付けているものの、レッドに至ってはただ一点――見上げるように、小さな隙間から窓の外を見ている。

 

 ――窓の外?

 

 彼らが見ているのはブルーでは無かった。

 そして、

 

「ブルー! 口を閉じて!」

 

「――!?」

 

「あぁ?」

 

 レッドの声に従ったブルーが口を閉じた直後、

 

「どぅわ!」

 

「きゅあ!」

 

 建物が揺れた。

 それは先ほど愛梨花が放ったソーラービームを上回る程の揺れだった。

 まるで――

 そう、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな衝撃だった。

 

「やれ、ゲンガー!」

 

 即座に棗が指示を下す。

 

「あ?」

 

 ゲンガーは天井より現れると、スピアーを操っていた男を昏倒させ、

 

「ビジョット! ブルーを助けて!」

 

 レッドの繰り出したピジョットによって吹き飛ばされたスピアーに、グリーンが、

 

「ぶっつぶせ、ウインディ!」

 

 追撃を決めていた。

 そして愛梨花もまた、

 

「ラフレシア……!」

 

 背後にいたロケット団を即座に眠らせていた。

 僅か一瞬で勝負がついた後、

 

「……は、はあぁぁぁ~~」

 

 緊張の糸が切れたブルーがしゃくり上げ始める。

 

「もう大丈夫ですよ」

 

 出来るだけ安心させるようにブルーを抱き留める愛梨花は、安心させるように背中を一定のリズムで叩いていく。

 こんな小さな娘が良く我慢したものだ。

 

 それにしても、と思う。

 一体何があったのだろうか。

 何となく、レッド達が窓の外を見上げていたのと関係がありそうな気がするが。

 いや、それよりも――

 

「棗さん、さっきのゲンガーですが……」

 

 ボールから出たわけではなかった。

 それはつまり、

 

「ああ。先に侵入させてフロアの様子を探らせていた。呼んでいたんだが……少し時間がかかりすぎてしまった。すまない」

 

 謝罪した棗にブルーは涙を拭いて首を横に振った。

 

「だ、大丈夫です! あの、ありがとうございました」

 

 後はレッド達に任せるとしよう。

 愛梨花は判断し、彼らに向かって片眼を瞑ってから棗に意見を投げた。

 

「上の階はどうなんです?」

 

「同じだ。警備が強化されている上に、やはりカードキーは必要になるようだ」

 

 ただ、と続け、

 

「……カードキーはここにある」

 

 ゲンガーによって倒されたロケット団員が持っていたようだった。

 カードキーを指先で回し、棗は頷いた。

 

「突入班も攻略を開始したらしい。更に上部でだ。おそらく――」

 

「ヘリポートを抑える、ですか」

 

 なるほど。だとすれば、先ほどレッド達が見上げていたのは突入部隊なのだろう。

 だが――僅かな引っかかりを感じた愛梨花は棗の言葉で現実に引き戻された。

 

「ああ。我々とで挟み撃ちにする。ここでロケット団を壊滅させるんだ」

 

「……そうですね」

 

 そうすれば、きっと各地のジムリーダーも平時に戻る。

 ファアルも旅を再開出来るだろう。

 

 ――ファアル。

 

 アジトで襲われ入院し、退院した後も今度はシオンタウンで無茶をしてまた入院していた。

 本当に馬鹿だ。

 

 だけど――それがファアルという男でもあった。

 知っていたはずだ。素行が悪かった――いや、それは今でも悪いか――ともかく、自分が酷い状態であったとしても、誰かを考えられる男だった。

 本人は否定するだろうけれど。それが愛梨花がファアルに持っている印象だった。

 

 だからこそ、タマムシティにいる間も放っておけなかったのだし、今でもそうだった。

 大切な仲間を思って――その仲間のために悩んでいる。例え自分の元を去ったとしても、悩み続けるのだろう。

 

「ボスは強いと思うか?」

 

 階段を上る中、棗の問いかけに答えたのはレッドだった。

 

「強いと思います」

 

「根拠は?」

 

 この中の誰もがロケット団のボスと相対した事がない。

 それなのに、レッドという少年は――いや、少年達は強いと言った。

 何故ならば、

 

「兄貴が負けたから」

 

 至極簡単な、たったそれだけの理由だった。

 

「……アテにならんな」

 

 一蹴した棗の背にレッドが誇りを持って告げる。

 

「兄貴は強いんです。誰よりも」

 

 その言葉よりも――込められた力強さに棗は踏み出した足を止めた。

 

「だから……だから、俺達に勝てるかなんてわからないし、ボスはきっと強いです、凄く」

 

 そう、それは単純な理論だった。

 

「つまり、我々が弱いと? そういう事か?」

 

「い、いえ!」

 

 しまった、と慌てて首を横に振るレッド。

 自身のプライドを傷つけられたためか、険しくなっている棗の視線からレッドを守るように愛梨花は一歩踏み出し、

 

「違う。きっとね、レッド君たちにとってファアルは目標なんですよ」

 

「目標?」

 

「はい」

 

 それはファアルにとって父親であるサイガであるように。

 自分がどれだけ頑張っても届かない――遙か高みにいる理想なのだ。

 いつか到達するために足掻き、がむしゃらになって目指すべき到達点なのだ。

 だから、

 

「ファアルが負けたって信じられなかった。そうでしょう?」

 

「……はい」

 

 そしてレッドは顔を伏せた。

 しかし、彼は続いて、

 

「だって、兄貴を倒すのは俺だから!」

 

 いつか追いつき、追い越すために。

 

 同じ場所で同じ物を見るために。

 

 完全だと。

 

 最強だと。

 

 そう思っていた幻想が崩れてもなお、目指してしまう。

 

 何故ならば、

 

「俺達の夢だから。兄貴の夢を少しでも背負えるのは、俺達だけだから」

 

 レッドの言葉に幼馴染みふたりもまた頷いていた。

 それが三人の出した結論なのだ。

 夢を諦めたファアルに――兄弟のような存在だった幼馴染みの夢を少しでも背負うために、幼い彼らが旅に出た。

 

 かつて大好きだった兄に、再び強さを取り戻してもらうために。

 

「……そうか」

 

 棗はそれだけ言って、再び歩みを始めた。

 納得――はしていないだろうが、理解はしたようだった。

 それでいい、と思う。おそらく、その強さを知るのはジム戦になるであろうから。

 

「……夢、か」

 

 あの日――ファアルがマサラタウンを旅立つ日、愛梨花へと送られてきたメールが一通あった。

 件名もなく、ただ簡素な文面で、たった一言、

 

   もう一度、夢を目指してみる

 

 とだけ書かれてあった。

 それを見て、我が事のように嬉しかった。

 ニビシティやハナダシティ、クチバシティでの戦いを見て、わくわくした。

 いつか躱した約束を果たされるものだと楽しみになった。

 

 再会し、戦えなかった事に納得していないのは愛梨花も同じだった。

 リゥと呼ばれていたかつてのパートナーは最上階にいるはず。ミニリュウは珍しい萌えもんだ。ましてや一度会っているのだ。見たらすぐにわかる自信がある。これまで発見されていないのを考えれば、ボスに近い位置にいると考えるのが妥当だった。

 

「ファアル――」

 

 誰ともなしに呟く。

 

「貴方のパートナーは助けてみせるから」

 

 それが大きなお世話だったとしても。

 愛梨花はそうせずにはいられなかった。

 そして酷く利己的な考えだという事も――理解しながら。

 

 

 

 

                           <後編に続く>


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