萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~   作:阿佐木 れい

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本格的に奴らが関わってきます。


【第十二話】イワヤマ――中は真っ暗、お先も真っ暗

 クチバシティでの戦いを終え、俺たちは再びハナダシティへと戻ってきてきた。理由は簡単、シオンタウンへと繋がる天然の洞窟である岩山トンネルへと向かうためだ。

 

 本来ならばヤマブキシティに行く予定だったのが、どうやらロケット団が何か騒ぎを起こす情報があったらしく、警備が厳重で入れなかった。念のためヤマブキとの連絡通路に入ってみたら本当に入れないどころか隣のリゥを見て怪訝な目をされた後に捕まりかけた。何故だ。

 

「ふーん、ちゃんと道はあるのね」

 

「ああ。一応今でもちゃんと使われてるしな」

 

 岩山トンネルの近くには発電所もあったはずだ。そういった施設のためにも道はきちんと舗装されている。

 地図を広げてみると岩山トンネルの前には萌えもんセンターもあるらしい。まずはそこを目指すとしよう。

 俺たちはさっそくハナダシティで洞窟を抜けるために必要な道具を買い揃え、岩山トンネルへと足を向けた。

 

「それにしても……」

 

「何かピリピリしてるわね」

 

「だな。何かあったのか?」

 

 途中出会ったトレーナー達と戦っていると、彼らがどうにも殺気立っているというか緊張している空気を感じ取れた。何がというわけじゃなく、例えるならジムリーダーと戦うかのような肌が焼け付くかのような緊張感だ。

 

 そして何度目かのバトルの後、岩山トンネルの入り口近くにある川沿いまで来た時だった。

 

「ちっ、どいつもこいつも雑魚ばかりか、クソが」

 

「あん?」

 

 舌打ちと共にガラの悪い言葉を吐き捨てていた男がいた。

 黒一色の服にセンスの悪いベレー帽のような帽子に、真ん中にでかでかと書かれた『R』の文字。俺以上に捕まりやすい格好は忘れるはずもない。言ってて泣けてきた。

 

「――何泣いてるのよ」

 

「いや、何でもないんだ……ほんと」

 

「あ、そ」

 

 そんな事を言っていたからだろうか、ガラの悪い男は俺たちに気付いたようだった。

 ポケットに手を突っ込み、猫背で足を引きずりながら歩いて来る。どこのチンピラだよ。

 

「おい、てめぇ」

 

「ぁあ?」

 

 メンチを切ってやる。

 

「あんたの方がよっぽどチンピラじゃない」

 

 片眉を吊り上げて、下方から睨みつけるようにして顔を上げる。

 

「んだコラ。センスの悪い服着やがって」

 

「そこは関係ねーだろ!」

 

「自分でもダセェって思わねぇのか?」

 

「……う、うるせぇ!」

 

 なんだ、図星だったのか。脱ぎ散らかせばいいのに。

 チンピラ(仮)は俺の隣にいるリゥを見て、

 

「おい、そいつ寄越せ」

 

「断る。幼女趣味の変態が」

 

「ちっ、テメェみたいなチンピラが持ってても使えねぇだろうが」

 

「知るか。幼女趣味の変態が」

 

 もう一度男は舌打ちする。

 ったく、これだから空気の読めない似非チンピラ風情は……。

 リゥをちらりと見やると、チンピラ(仮)と俺とを交互に視線を彷徨わせていた。

 

「やるとかやらないじゃねぇんだよ、チンピラ。いいか」

 

 バシッ、と効果音付きで指を向けて告げてやる。

 

「こいつは俺の相棒だ! これまでもこれからもお前のもんじゃ無ぇんだよ! 渡すとか渡さねぇとかじゃねぇ!」

 

「――ふぇ?」

 

 何か隣でリゥが素っ頓狂な声を上げていたけど、まぁいいか。

 

「はっ、くだらねぇ」

 

 チンピラ(仮)がベルトからボールを取り出す。

 

「萌えもんってのはモノだろうが! 人間様に良いように使われてりゃいいんだよ!」

 

 ボールが投げられる。

 チンピラ(仮)のボールから飛び出してきたのはニドラン♂だ。目を吊り上げて俺を睨みつけている。

 

「リゥ、いけるか?」

 

 ここまでされて黙ってるわけにはいかない。絶対にボコって身包み剥いで川にぶち込ん

でやる。

 

 が、いつもなら自信満々で返ってくるはずの言葉もなく、

 

「――リゥ?」

 

「相棒……相棒……あいぼー」

 

 両手を頬に当ててぶつぶつと呟いていた。

 たぶん、さっきの言葉が何かに触れてトリップしたらしい。珍しいもんだけど。

 

 ――仕方ない。

 

「シェル、頼む!」

 

「あいさー!」

 

 ニドランは雄と雌共に毒針がある。双方共に近接技が多いため、こちらも近付いて攻撃するのは毒を受ける事を意味する。

 対するシェルは水と氷、両方の遠距離攻撃を備えている。

 

「いけぇ、ニドラン♂! 毒針だ!」

 

 が、

 

「わかってんだって」

 

 狙いは最初から俺にしか無いのもわかってる。

 こっちへと真っ直ぐに走ってくるニドラン♂。その速度は俺が走って逃げるより余程早い。半分獣みたいなもんだしな。

 

「シェル、地面に水鉄砲!」

 

「あいさ!」

 

 すぐに理解してくれたシェルは、俺とニドラン♂との間に水鉄砲を放射してくれる。

 

「あん? バカにしてやがんのか?」

 

 いや――

 

「的にしてやるのさ」

 

 ニドラン♂が水に濡れた地面へと突入する。

 

「シェル、冷凍ビーム!」

 

 そして為す術なく足元を凍らされ、つんのめる。それどころか、水たまりに足を踏み入れていたせいか、がっちりと固定されてしまっている。

 だが所詮は即興で作ったトラップだ。もがけば時間はない。

 

「水鉄砲、最大出力!」

 

 シェルをニドラン♂と一直線に重なるような位置へと導き、氷もろともにニドラン♂を呑み込む。いや、それだけじゃなく、後ろにいたチンピラ(仮)も一緒に吹っ飛ばしてやった。

 

「ついでにもういっちょ冷凍ビーム!」

 

 そしてチンピラ達は仲良く凍りづけになった。実に寒そうだ。

 

「ありがとな、シェル」

 

「ういういー」

 

 ボールに戻し、改めて振り返る。

 冷たい風に当たったためかどうかわからないが、ようやくこっち側に戻ってきてくれたようだ。

 

「はっ、さっきの奴は!?」

 

 答える代わりに無言で指さす。

 両手両足を開き、驚愕の表情で氷漬けされている姿は実に無様だった。

 さすがにこれは可哀想だと主犯である俺でも思う。

 

「ふむ……」

 

 岩山トンネルに近いためか、川はすぐ側にある。

 リゥに目配せし、

 

「その氷を丸ごと川にぶち込めないか?」

 

「出来るけど……え、やるの?」

 

「このままだとこいつ風邪引くだろ? 水に浸かってたらならいつか溶けるし安心じゃないか」

 

 リゥはしばし半眼で俺を見つめ、

 

「あんたの方がよっぽど悪の組織みたい」

 

「とか言いながらやるんだからー」

 

「ふんっ」

 

 さっきのモノ発言でリゥも少しばかり苛々していたのは確かなんだろう。凍らされた氷を丸ごと、川へと向かってふっ飛ばしていた。

 出来の悪いオブジェのように凍った団員が浮かび上がる。

 

 良き旅を。

 

 俺はチンピラ(仮)の新たなる旅立ちに敬礼を捧げ、トンネル入口付近にある萌えもんセンターへと向かった。

 

 

    ■■

 

 

 その様子を物陰から見ている瞳があった。

 

「じーっ」

 

 わざわざ風下に陣取り、気配も出来る限りけしてその影はファアルの行動をずっと見、やがて岩山トンネルへと消えて行く姿を確認してから後に続くようにその影も後を消した。

 

「あいつ……怪しいな……」

 

 という呟きを残して。

 

 

    ■■

 

 

 萌えもんセンターのドアを潜ると警察がいっぱいいた。

 思わず回れ右しそうになったのを堪え、その場に踏みとどまると入ってきた俺に視線が一気に集中した。

 

 何だろう、このアウェイ感。

 

「な、何だ?」

 

 そして俺を見て仕事に戻ったのが全体の8割。訝しそうに目を潜めたのが2割。近付いてきたのがたった1人。

 何が面倒って、その近付いてきた割がどう見ても確信しているかのような視線だった事だ。

 

「よう、クソガキ。久しぶりじゃないか」

 

「んげっ、やっぱあんたか」

 

 出会えばギャラドスですら目を逸らしそうな程イカツイ顔をしたおっさんが人懐っこい笑み(自称)を浮かべて近付いてくる。この時点で既に逃げ出したいが、後ろを向くと何かしらの理由をつけて拘束してくるからたまったもんじゃない。

 

 一緒に入ってきたリゥは露骨に嫌そうな目で俺を見上げ、「知り合い?」と否定してくれと言わんばかりだったが、生憎と俺が答える前に両手がカシャリと冷たい輪っかに包まれた。

 

「……おい」

 

「幼女誘拐の現行犯で逮捕だな」

 

「ちげぇよ!」

 

「犯罪者はみんなそう言うんだ、ファアル」

 

「いかにも残念ぶった声音のくせに顔が満面の笑みじゃねーか!」

 

「まぁ、そう言うな。詳しくは奥で聞こう。な?」

 

 こっちの言う事になぞ耳を傾けずに強引に連れ去っていこうとする熊オヤジこと熊澤警

部。見た目通りの体格の良さからくる力が俺をつかんで離さないし離してくれないから実に困った。

 

「お嬢ちゃん、もう大丈夫からな」

 

「えっ、と……」

 

 リゥはしばらく俺と熊澤警部とを間に視線をうろつかせ、

 

「私は別に誘拐されたわけじゃ――」

 

「ファアル!」

 

「な、なんだよ」

 

 ようやく間違いに気付いたか。

 熊澤警部は俺に感心したような褒めるかのような視線を向け、

 

「どうやって調教したんだ! 俺にも教えてくれ!」

 

「――リゥ」

 

「うん」

 

 

 叩きつけろ

 

 

 熊澤警部が正気に戻ったのは、それからしばらくしての事だった。

 

 

    ■■

 

 

 しばらく時間が経過し、萌えもんセンターから徐々に警官がいなくなり、数人になった所で熊澤警部は目を覚ました。

 指揮系統はちゃんとなっているようで、このおっさんがいなくても何とかなるらしい。

 

 ……大丈夫なのか、この組織。

 

「いっつつ、あん? どこだここ」

 

 リゥによって傷めつけられた腰をさすりながら目を覚ました熊澤警部は、また取り乱すのかと思いきやすぐに仕事モードに入った。

 近くにいた部下の警官をひとり呼びつけ、肩を叩いてから何やら耳打ちしている。

 

 俺はといえば熊澤警部が倒れている間に準備を整えていたため後は出発するだけなのだが、ロケット団も気になる。ヤマブキシティの件と無関係とは思えないし、注意をしていきたい。

 

 すると話し終えた熊澤警部が俺の方へと改めて向き直り、

 

「ま、冗談はさておいてだ。ヤマブキが通行規制かかってるのは知ってるか?」

 

「ああ。マチスに聞いた。何かあったのか?」

 

「いや――」

 

 守秘義務というのもある。偶然熊澤警部と知り合いだから少し踏み入って聞けるだけで、俺だって本来はただの一般人だ。おいそれと話すわけにもいかないのくらいはわか

る。

 

「俺から振っておいてなんだが、まだ口止めされててな。詳しい事は言えん。ただ、ロケット団の活動が活発になってきているのは確かだ。特に――」

 

 熊澤警部は一度萌えもんセンターの外――岩山トンネルの方へと視線を向け、

 

「あそこは暗いからな。気をつけてくれ。うちも目を張ってはいるんだが、隠れる場所だけは多いからな」

 

 故郷であるマサラタウンに帰ってくるまでの短い間だが、熊澤警部には世話になった。今はもう成長して無茶をしなくなったとは言え、忠告はありがたく聞いておこう。

 

「ああ、わかった。ありがとな」

 

「やめろ、お前に感謝されると気持ちが悪いぞファアル」

 

「うるせぇ」

 

 これ以上はもう言い合いにしかならなさそうだ。俺もさっさと出発するとしよう。

 そう思って俺が背を向けた時だった。

 

「待って!」

 

 引き止めたのは誰でもない、リゥだった。

 珍しく大声を上げたもんだから珍しいなと思っていたら、リゥは真っ直ぐに熊澤警部を見つめていた。

 

「……前も戦ってたけど、ロケット団って何なの?」

 

「あー」

 

 熊澤警部は「自分でも気が付かなかった」とでも言うように禿げかけている頭をかきながら俺へと視線を向けてくる。どうする、と視線で訊いてきているのがわかったんで、頷いておいた。

 

 仕方ない、と呟き話を始める。

 

「ロケット団ってのはここ三年くらいで急に力をつけてきた組織だ。奴らは力こそ萌えもんの存在意義って思ってやがって、トレーナーから力づくで萌えもんを奪って自分たちの戦力にしたり、道具のように扱って使い潰したりしている。そこらのチンピラよりよっぽど悪い、犯罪者集団だ。しかも面倒なことに、誰がロケット団員かさっぱりわからないときてる。制服着てないとわからんとか、情けないもんだ……」

 

「……力が存在意義」

 

 それは儚くも、俺やリゥと似ている気がしていた。目的や手段そのものは違うが、求めているものはきっと同じなのだとわかる。

 

 だからこそ、俺はロケット団を認めるわけにはいかない。力を求めるからこそ、奴らのやり方を認めてはならない。それは決して王道ではないからだ。俺達が欲しい力は――そうやって手に入れるものでは決してないだろうから。

 

「あんたも気をつけろ。こう言っちゃなんだが、あんたは珍しい萌えもんだからな。狙わ

れないとも限らない」

 

 リゥは熊澤警部の忠告も聞こえていないようだった。

 

「……リゥ」

 

 強くなる。

 そのために戦い続けているリゥにとって、もしかしたら――

 

「いや、」

 

 湧き上がった憶測を否定する。そんな事は無いと思い込む。

 俯き、何か思考し始めているリゥの背を見るにはそうする他なかった――。

 

 

    ■■

 

 

 岩山トンネルはまさしく天然の洞窟、という印象だった。

 お月見山と比べると岩肌が顕になっている場所は多く、人の手が全く入っていない。そのため珍しい萌えもんも多く、イワークやゴローンといった岩や地面タイプが見られやすい。

 

 マチス戦は何とか勝利出来たが、やはり地面タイプは戦力として是非とも欲しい。リゥ、シェル、コン――みんな仲間として頼もしいが、それだけでは勝てない闘いはやはりあるし、これから先に挑むジムリーダー達もこれまでと同じように一筋縄ではいかないのは間違いない。

 

 戦力増強は必須なわけなのだが……

 

「暗っ! 先が見えねぇ!」

 

 真っ暗だった。一寸先も見えないくらい真っ暗だった。

 入り口付近はまだ日光が差し込むだけの余裕があったのだが、中は完全に洞窟と化してしまっているためか、どこをどう見ても暗い。暗いのしか見えない。

 

 だが待てよ。これだけ暗いと合法的にお触り出来るんじゃなかろうか? 

 考えれば考えるほど素晴らしいのだが、さすがにやるとお縄を頂戴する上に隣の方に何されるのかわらかないのは間違いない。血涙を流して断念する。

 

「コン、これに火をつけてくれるか?」

 

「はい? これですか?」

 

 コンの声がどこかから聞こえてくる。「それそれ」と俺が相槌を打つと、次の瞬間には俺が火だるまになっていた。明るいね。

 

「うわあっちゃちゃちゃっ!」

 

 地面を転がりまくって火を消した後にシェルを出せば良かったと後悔したがもう遅かった。

 とりあえず安全策のために入り口付近まで戻り、必死に謝ってくるコンにもう一度お願いしてランタンに火をつけてもらう。持ってきて良かった。

 

 火をつけて改めて中に入ると淡い光によって洞窟内が見える程度にはなった。

 天然の岩肌が露出し、人の手もほとんど入っていないのか歩きにくそうだ。ただ、その中でもトレーナーの影がチラチラ見えるのでバトルになるのは間違い無いだろう。

 

「――、ひっ!」

 

 ただ、明かりに照らされる影を見て毎回肩をびくつかせているリゥを見ていると、驚かしたくなってくる。

 

 やるかやらないか。

 その狭間で俺が悩んでいた時だった。

 

「そこのお前!」

 

「きゃあああぁぁぁぁ――っ!」

 

 洞窟内で反響する声に隣を歩いていたリゥが驚き、悲鳴を聞いたと思ったら何故だから俺は暗闇に放り出されていた。

 

 うむ、恐怖でぶっ飛ばされたらしい。

 あー、ランタンどうすっかなー。

 

 放物線を描いて――おそらく――宙を舞っている俺が最後に見たのは、腰に手を当てて俺へと向けて武器を向けている萌えもんの姿だった。

 

 

    ■■

 

 

 気が付けば真っ暗でした。

 案の定というか当たり前のようにランタンは壊れていたので、替えのランタンを取り出してもう一度コンに火をつけてもらう。

 

 すると、目の前に申し訳なさそうな顔のリゥが立っており、ちらちらと視線を彷徨わせながら俺を見ていた。

 

「俺なら大丈夫だって」

 

「……う、うん」

 

 頭に手を置くと振り払われなかった。やっぱり不安みたいだ。お化けが怖いんだろう、きっと。口にしないけど。

 

「で、さっきの奴は?」

 

 ランタンを掲げて周囲を照らしてみると、さっきと同じ場所で石化でもしたかのように律儀に同じ格好で萌えもんが立っていた。

 

 用はきっと……あるんだろうなぁ。だって俺をガン見してらっしゃるんだもの。

 

 元々が暗いためか判別はつきにくいが、手にした武器で予想はついた。

 カラカラ――地面タイプの萌えもんだ。骨のヘルメットをばっちり被っており、どこか過ぎ去った痛い時期を彷彿とさせてくれる。しかし愛らしい姿とは裏腹に、骨を使った個性的な技を主体に戦うファイターでもある。

 そのカラカラが俺へと向かって武器を向け、

 

「罪深き人間め、成敗してくれる!」

 

 何やら格好いいセリフを吐いていた。

 が、俺としては成敗される謂れなんて全くないほど清廉潔白で紳士的な生活を送ってい

るので

 

「人違いです」

 

 当然のようにきっぱりと答えるしかない。

 

「嘘つけ!」

 

 俺の心はたった一撃でズタボロにされたなう。

 

「間違ってないじゃない?」

 

「えっ」

 

 真顔で振り返ったら信じられないという顔をされた。世の中は理不尽だ。

 が、それが致命的な隙になったらしい。

 

「覚悟! ちょあぁぁぁぁっ!」

 

「ごぶるぁ!」

 

 骨を投擲され、当然のように気を取られていた俺は為す術もなく命中し、吹っ飛んだ。本日二度目、もう寝たい。

 暗い中で岩肌とキスをかまし、地面に崩れ落ちた俺へと勝ち誇った笑い声が響く。

 

「あははは! これに懲りたらお墓を荒らすのはもう止めるんだな!」

 

「あ、こらっ!」

 

 リゥの声も虚しく、どうやらカラカラはどこかに走り去っていったようだった。

 砂利の混ざった唾を吐き捨て俺が起き上がると、途中手放したランタンをキャッチしてくれたリゥが駆け寄ってきてくれた。

 

「大丈夫なの?」

 

「い、てて……何とかな」

 

 心配そうな表情に向かって強がりの笑みを浮かべ、立ち上がる。

 喧嘩に明け暮れた黒歴史に比べれば、この程度別にどうってことない。

 

「ったく、先に進もうぜ。そろそろ日光が浴びたくなってきた」

 

「うん、同感」

 

 さっきのカラカラも気になるが、今は洞窟を抜けなければ。

 

 ――それにしても、お墓、か。

 

 カラカラの言葉に引っかかりがないと言えば嘘になる。

 おそらく人違いだと思うが、萌えもんの墓を荒らした事など生まれて以来一度もない。あのカラカラは野生のようだったし、知らずに墓を踏みつけていた可能性もあるにはあるのだが……。

 

「どちらにせよ今は関係ない、か」

 

 ふと岩山トンネルの先にあるシオンタウンを思い出したが、頭を振って忘れる。聞いた話では萌えもんのお墓があったと思うのだが、用事がない俺には関係無いだろうしな。

 

「さっきのあいつ?」

 

「まぁな。一度狙われたわけだし、次が無いとも言えないだろ?」

 

「心当たりとかないの?」

 

「見ず知らずの萌えもんに成敗される覚えなんかないって」

 

「ふうん」

 

「何でリゥさんは半眼で俺を見ているんですかね?」

 

 なんて言い合いながらトレーナーを倒しつつ進んでいく。

 しかし奇妙なのが、道中に出くわした萌えもんがほとんどいなかった事だ。まるで隠れているかのように、息遣いのようなものは感じるのだが一向に出会えない。

 

 ――隠れなきゃいけない奴らでもいるのか?

 

 ふと思い浮かんだのが問いへの答えは、出口付近にまで踏破した時に訪れた。

 

「放せ、貴様ら!」

 

 洞窟内で反響して耳まで届いたのは、忘れるわけもない俺をぶっ飛ばしてくれたカラカラの声だ。

 明かりで照らしてみたが、視界に入る中にはいないようだ。

 

「こ、の! お前らなんか――!」

 

 足掻くような声と一緒に何か叩かれるような音も反響する。心なしかトンネル内がざわついた。

 

「リゥ」

 

「……わかってる」

 

 さすがに放ってもおけない。

 俺とリゥは頷き合って出口付近へと向かって走りだした。

 

 

    ■■

 

 

 出口付近まで行くと見覚えのあるシルエットがもみ合っていた。

 ひとりはカラカラ。自慢の骨で俺をぶっ飛ばしてくれた奴だ。忘れるわけがない。

 そしてもうふたり。カラカラを後ろと前から掴みかかっているのは黒くてダサい服を着ている噂の奴ら。

 

「誰がお前ら何かと一緒に行くか!」

 

 必死に抵抗しているのが見て取れるが、相手は大の大人がふたり。いくら萌えもんでもさすがに分が悪い。身体も小さいし、二人がかりで力づくになられると不利になるのは当たり前だ。自慢の骨をあっさりと奪いとられ、地面へと叩きつけられる。

 

「あ……!」

 

 その骨を見て呆然とするカラカラ。

 ロケット団はそれが大事な物だとわかったのだろう。嗜虐的な笑みを浮かべ、カラカラの前で大きく足を振り上げる。

 

「や、やめてっ!」

 

 後ろから掴んでいた男を振り払い、骨と足の間に身体を滑り込ませるとカラカラの背中

に容赦無く足が叩きこまれた。

 

「――ごほっ」

 

 むせるカラカラの様子から、それが手加減無しの一撃だったのは見て取れる。

 しかしカラカラは怯む事なく男へと視線を向ける。それがなお一層、男の嗜虐的な精神を刺激したようだ。

 

「はっ、いつまで耐えられるんだァ?」

 

「う、ぐっ……!」

 

 よっぽど大切な骨なのか。

 ただ一方的に攻撃されただけの俺にはさっぱりわからない。

 わからない。が――

 

「行くぞ」

 

「行くわよ」

 

 期せずとも、俺とリゥは同じ事を思っていた。

 手加減無しにぶっ飛ばす。

 俺とリゥは同時に止めていた足を動かし、飛び出した。

 

「リゥ!」

 

「任せて!」

 

 敵はふたり。俺とリゥは別々の相手を目指して距離を詰める。

 最初に気付いたのはカラカラの背を抑えていた男だ。嬲られているカラカラを見ていたようだったが、いち早くこちらへと気がついた。

 

 だが、遅い。

 その瞬間には既にリゥの距離だ。

 

「ちっ、何だお前ら!」

 

 ロケット団その2がボールへと手を回す。だがそれよりも早くリゥが捉え、叩きつける。手にしていたボールが男の手からこぼれ落ちる。為す術なくリゥに吹っ飛ばされた男は洞窟の壁面と激突し、うめき声を上げる。

 

「後よろしく!」

 

 洞窟に反響するように声を張り上げる。すると、心なしかざわつきが大きく一度波打っ

たように感じた。

 

 はっ、悪くない。

 

「あんだ?」

 

 カラカラを踏みつけていた男はまだ反応出来ていない。あれじゃダメだ、全然ダメだ。

 自分より弱い奴をいたぶりすぎて、何も反応できちゃいない。

 

「正義の紳士様だ、覚えとけ」

 

 近付いてくる足音に振り返ったその横っ面に、思いっきり拳を叩きこんでやった。

 

「があっ!」

 

 獣のような声と一緒に男の体が一瞬浮いた。その隙に――

 

「紳士協定そのいち! 幼女は虐めるもんじゃない、愛でるもんだ!」

 

 無防備な横腹を膝で蹴り上げる。更に勢いを利用して左拳を振り下ろす。今度は地面のオマケ付きだ。

 

「ご、ふっ」

 

 体重丸ごとかけて地面に叩きこんでやったおかげか、男は白目を向いて気絶した。

 なんだ、弱っちいなこいつ。

 

「うし、こんなもんか」

 

 バッグから念のためと準備しておいた縄を取り出し、亀甲縛りにして放置する。いつか使うかもしれないと思って練習していた縛り方がまさかこんな場所で使えるなんて、現実はつくづくわからない。

 

 更にリゥにぶっ飛ばされた後に野生の萌えもん達によって引っかき傷やら何やらつけられまくったロケット団員を向き合うように縛り上げ、仲良くさせてからボールを遠く離れた場所に置いておいた。警察が来るまで暗がりの中で仲良くしてもらっておこう。

 

 で、だ。

 

「あっ、お前……」

 

 まだ痛むのだろう。声も絶え絶えといった様子だった。

 

「よう、無事か?」

 

 そんなカラカラの前へにどかっと座ると、びくっと肩を震わせた。

 

「う、うん。大丈夫」

 

「そうか、そりゃ良かった」

 

 何があったのかはわからないが、通りすがりのトレーナーとしてはこれでいいだろう。

 大切に抱えている骨が守れて良かった。

 

 俺は一度だけカラカラの仮面を軽く叩いてから立ち上がる。

 出口はすぐそこだ。シオンタウンで連絡してロケット団を引きとってもらわないとな。

 

「あっ……」

 

 ここは洞窟だ。

 だからこそ、小さな呟きだって反響し反響する。

 カラカラの消え入りそうな声は俺の耳まで届き、足を止めて振り返るには充分な程、涙に包まれていた。

 

「す、すまない! さっき君に攻撃しておいて不躾なのはわかってるんだけど……頼みが

あるんだ!」

 

 カラカラはその仮面の下に決意を込めていた。

 いたぶられても決して折れない心を持っていた。

 そんなカラカラが四つん這いになり、額を地面にこするかの如く下げ――土下座で俺に向かって懇願したのだ。

 

 

 

「ボクの母様を――助けてくれ!」

 

 

 

 それはシオンタウンの風と共に、新たな波乱も運んでくる言葉だった。

 

 

 

 

                              <続く>

 


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