この学校――
主な活動は新聞部の名前の通り、学園に関するニュースを学級新聞にまとめて生徒に配布することだ。中身は、何処の部活が大会で輝かしい功績を飾っただとか、教師へのインタビューだとか。
そして、新聞部員は学園中の情報を網羅しなくてはならない。生徒達の噂にも聞き耳を立て、話題に欠けるようならあることないことをでっち上げ……コホン、もとい筆者の見解を交えて生地を作ったり。
とにかく、学園のありとあらゆる情報に精通し、新しいニュースに飢えている。それが、新聞部である。
かくいう私も、新聞部員2年目として話題集めのアンテナを常に張り巡らせている。
今、注目しているのは先輩、つまり3年生の有名人達だ。
例えば、天城あき先輩。彼は学年一のムードメーカーかつ、体育会系として知られている。部活には所属してはいないものの、授業や体育祭でそのアクティブな身体能力を見ることが出来る。そして、顔が広く我々新聞部としても情報源の1人として大いに助けられている。
また例えば、冬神やなぎ先輩や高良みゆき先輩。テストの成績優秀者発表の張り紙に名前が載らないことのない、学年トップの秀才達である。進学校である陵桜学園の中でトップというのは相当すごく、度々インタビューをさせてもらっている。お二人共、嫌そうな顔をするけど。
更に例えるならば、檜山みちる先輩。檜山グループの御曹司で、学園一の爽やか系イケメンである。女子人気は高いが、最近では高良先輩と交際しているらしい。エリートカップル……高嶺の華ですなぁ。
「……13組もあると、人物像が中々濃いですねぇ」
改めて、先輩方の凄さに独り言を零す。まるで漫画の中の登場人物のようだ。
体育会系、頭脳明晰の秀才、イケメン御曹司。学園生活を彩るニュースに欠かさない存在達に、新聞部員として感謝の言葉もありません。3人の男子生徒が集まれば、映える一枚になること間違いなし。
――が、今日注目すべきは残念ながら彼等ではないのです!
「また、ですか」
彼等の日常風景を写真に撮ると、確実に映っている存在がいるのです。それも2人も!
1人は、月岡しわす先輩。つい最近までは札付きの
問題はもう1人の方。写真の隅でボケーっと空を見上げている男子だ。空色の短髪の彼については、何の噂も舞い込んでこない。学園での大事な発表などでも名前を見たことすらない、ごくごく平凡な生徒である。
これだけすごい人物の集いで、たった一人だけ凡人がいる。それもたまたま映り込んでいるのではなく、仲良さそうに会話をしている。中には、センターを陣取っている写真まであるのだ。
「こんな写真、新聞に使えるかー!」って、先輩に怒られたことも。しくしく。
「一体、何者なんですかねぇ……?」
私の乙女魂と直感がビビビッと訴えている。この人物は只者ではない、と。
もし、隠れた偉人を見つけることが出来たのなら、先輩の鼻を明かすことが出来、私の名前が新聞部の栄光の歴史の中に刻まれることに! ぐふっ、ぐふふふふっ!
私は彼の写真と取材道具を持って部室を出る。朝のHRまでは時間があるので、ゆっくりと聞き込みをしていこう。
こうして、私の「謎の男子生徒、白風はやとの追跡取材」が始まるのであった。
最初に取材するのは、やはり教師でしょう。白風先輩のクラスは3-B、つまり黒井ななこ先生が担任だ。
「黒井先生、新聞部ですー。ちょーっとお話いいですか?」
「おっ、なんやなんや? ウチのありがたーいインタビューでも乗っけるんか? 時間もあるし、何でも聞きや!」
関西弁を話す、明るい先生はすぐに私の取材を受けてくれた。でも悲しいかな、先生のありがたいお話は興味がありません。
「今日はこの生徒についてです!」
「えっ、あー……あぁ?」
黒井先生は少しショックを受けながら写真を見ると、綺麗な顔を顰めつつとても不思議そうに首を傾げた。
それはまるでレストランの人気メニューランキングにて、納得のいかなかった料理が1位を飾っているのを見たような反応だった。
「白風について……で、ええのか?」
「はい!」
ふんす! と私は白風先輩の話を期待して待つ。
すると、黒井先生は唸りながら少し考え、話し始めた。
「サボり魔、やな」
「え?」
「コイツ、しょっちゅう教室を抜けて授業サボりるんよ。叱ってもケロッとしててなー。なのに課題はちゃんと出すし、赤点は取ったこともない。あ、でも最近は真面目に授業出てるか」
「……つまり?」
「変な元サボり魔」
期待していたのとまったく違う話に、私は思わず呆然としてしまう。
もっと深く、もっと白風先輩の大活躍するエピソードが聞けると思ってたのに!
「それだけですか?」
「それだけやな。んなことより、ウチの話を」
「いえ、結構です。じゃ、失礼しましたー」
「えぇ……」
黒井先生の話を途中で切って、私は職員室を出た。分かったことと言えば、変な元サボり魔ということだけ。
やはり、生徒の詳しい話は生徒からしか聞けませんかねぇ。
と、いう訳でお次は3-Bにやって来ました。白風先輩本人は……いないようです。残念。
ですが、話を聞けそうな方ならいました!
「高良先輩! お話良いですか!」
「あら? あなたは確か新聞部の……」
高良先輩にはインタビューをしたことがあるので、顔を覚えてもらっていました。
新聞部の話とあらば、真面目な高良先輩は断らないでしょう。
「お恥ずかしながら、特にお話し出来ることは」
「んなことはないですよ!」
主にそのご立派なスタイルの秘訣とか、ふんわりとした上品な髪の手入れ方法とか……正直羨ましいですっ!
……じゃなくて、今日は高良先輩のことがメインではありません!
「っと、脱線する前に! 白風先輩について教えて欲しいのです!」
「え? 白風さんですか?」
意外な人物の名前が出て、高良先輩は可愛らしく目を丸くする。
キョトンとした表情すら可愛いなんて……同じ女としてズルいと思います! 不平等です!
「ズバリ! 白風先輩とはどんな人物ですか!?」
「どんな、と言われましても……」
質問を投げかけると、黒井先生と同じように少し考え込む高良先輩。
そ、そんなに話す内容に困る方なんですか?
これでは、さっきと同じ答えが返って来そうです。アプローチを少し変えてみましょう。
「では、質問を変えます。白風先輩のすごいところといえば!?」
「す、すごいところ……ですか?」
「勉学でもスポーツでも何でもいいです!」
あれだけすごい人達の中にいるのだ。一つぐらいとんでもないようなエピソードが出てきても不思議ではない。
高良先輩は更に頑張って考えた後、漸く口を開いた。
「あっ、授業中に抜け出すのがとてもお上手なんですよ~」
「……はぁ」
それはもう聞きました!
アプローチ変えても同じ答えしか返ってこないって、本当に何者なんですかあの先輩!
「……えっと、ダメでしたか?」
「いえー、ありがとうございました。あ、今度高良先輩のことについてインタビューすると思うので、その時はまたご協力お願いします!」
今度は主に高良先輩と檜山先輩のことについて聞きたいなぁ。
深々と頭を下げ、私は次の生徒の下に向かった。クラスにいる生徒は高良先輩だけではない! きっと、この中で私に有力な情報をくれる方がいるはず!
「すみませーん、ちょっといいですかー!?」
ダメでした!
来た回答と言えば……。
「白風? 特に目立つ奴じゃないけど」
「誰だっけ? クラスにいた?」
「あー、よく居眠りしてる男子ね。でもそれだけよね?」
「影薄いなぁ。まぁウチのクラスには天城あきがいるからな」
と、イマイチパッとしないものばかり。何故です……何故なのです……。
納得できなかった私は、クラスを出て校門前で学年問わず生徒達に聞いて回りました! 白風先輩について知ってる人がいるはずです!
「え、誰?」
「白風……聞いたことないなぁ」
「ああ、聞いたことある。ココイチで働いてる奴だろ? え、違う?」
「桜藤祭のクラス委員の名簿で見たことはあるけど……顔は覚えてないわ」
「檜山先輩なら知ってますよー。……え、白風? 誰それ」
悲惨な結果に終わりました。朝の有意義な時間を台無しにしたような気分です。
写真を見せても注目を浴びるのは檜山先輩や天城先輩ばかり。白風先輩を知っている人は全くいませんでした。しかも、本人と擦れ違っているはずなのに全く気付きませんでした。
ここまで来ると、本当はもうこの世にいなくて、私が今持っているのは心霊写真じゃないかと思えてきます。
一応、得られた情報をまとめると、白風先輩はサボり魔で屋上がベストプレイスな模様。桜藤祭のクラス委員の経験者だが、目立つ活躍もせず。その他、学園内で注目を受けるような行動は一切しておらず知名度はほぼ皆無。
つまり、一般人です。
「っと、もうすぐHRの時間です!」
ここで遅刻すれば新聞部の名折れ。一先ずインタビューは諦めて、教室に戻ります。
お昼はミーティングがあるので、放課後が勝負時です!
放課後のチャイムが鳴ると、私は即座にまた3-Bへ向かいました。本人インタビューをせずに、このまま白風先輩を逃す訳にはいかないのです。
「すみませーん! 白風先輩はいますか!?」
教室に駆け込み、白風先輩の名前を呼ぶ。しかし、写真に写っていた男子生徒の姿は何処にもなかった。んなアホな。
猛ダッシュで来たって言うのに、目当ての人物を見つけられず、私は途方に暮れていた。
「君、後輩だよな? はやとの知り合い?」
「あぁ、たしか新聞部の娘だよ。2年の」
「新聞部の娘がはやと君に用事……ふむ、スキャンダラスな内容かナー?」
そこに寄って来たのは3人の男女。内2人は、今の私にとって救いの神にも等しい方々だった。
そう、持っている写真にはやと先輩と写っている、天城先輩と檜山先輩である。残り1人は……どちら様でしょう? 小学生?
「ひ、檜山先輩! 天城先輩! インタビューいいでしょうかっ!?」
「うおっ!? ……って、俺達?」
「はやとを探してたんじゃない? 僕達でいいのかな?」
「是非! 出来ればそこの方も!」
「ありゃ、私も? まぁ、特に用もないからいいけど」
白風先輩の情報が得られるのならば、この際誰でもいい。
特に有力な証言を貰えそうな3人を前に、一度沈んだテンションもすぐに上がっていくのでした。
「白風先輩のすごいところを教えてください! 勉強やスポーツ、私生活など何でもいいです!」
録音テープを起動させ、私は最初の質問を投げかける。これでやっと白風先輩の秘密を明かすことが出来る……!
すると、3人は顔を見合わせてから首を傾げた。
「はやとのすごいところ……神経が図太い?」
「それはあき君もでしょー」
「おまっ、相変わらず俺の彼女は厳しいな」
天城先輩達が白風先輩のすごいと思うところを上げていく。
というか、この小さい先輩は天城先輩の彼女さんだったんですね。
「うーん……自由なところとかかな」
「確かに、掴みどころがないのはすごいよねー」
「それをこなたが言うかっ」
檜山先輩も例を挙げ、2人がそれに頷く。
しかし、それは性格面であって、目に見えて分かる功績などではなかった。
「え、えっと……何か賞を取ったとか、他の人でもこれはすごい! と思えるようなことは……?」
「賞……いや、聞かないな」
「そういうのとは縁遠そうだよね、はやと君」
具体的な内容を言うと、天城先輩と背の小さい先輩はないない、と手を横に振った。
……そんな、そんなことってないです。
「何か功績とかは? 誰かの為に何かをしましたとか、やり遂げましたとか!」
「はやとは基本的に誰かの為に動くような人じゃないから……ないかなぁ」
「人助けに労力を裂くような奴じゃないことは確かだな」
檜山先輩も白風先輩が何かしたのではないか、ということに対して全く思いつかない様子だった。寧ろ、
私は思わず目の前が眩みそうになった。ここまでの証言をまとめると、本当に白風先輩は正真正銘、ただの一般人ということになってしまう。
けど、そんなのはおかしい。
「じゃあ、どうして白風先輩はこの写真に写っているんですか?」
「え?」
「檜山先輩のようにお金持ちでも、天城先輩のように場を賑わせる体育会系でも、冬神先輩のように学年首位の秀才でも、月岡先輩のように難関校の推薦枠を取れるわけでもない。ただの一般人が、こんなにもすごい人達の集まりに入れる理由はなんですか!?」
納得がいかず、私は思わず叫んでしまう。
これらの写真に、白風先輩以外にも名前の知らない人が写っている分にはいい。しかし、ここにいる
この先輩は誰もが羨む位置にいて、すごい人達との交友を持っているにも関わらず、自分自身はただの凡人でいる。そのギャップが、私には認められなかった。
「そんなの、友達だからだろ?」
「うん。友達になるのに、すごいすごくないは関係ないしね」
「確かに不釣り合いではあるけどね」
先輩達の答えは変わりませんでした。すごくなくても、白風先輩は友人だから一緒にいる。不釣り合いでも、関係ない。
私は頭を深く下げて、3-Bの教室を出ました。これ以上聞いても、私を喜ばせる内容の回答を得ることは出来なさそうです。
白風はやとは交友関係に恵まれ過ぎた、ただのラッキーボーイ。これで本当に、納得せざるを得ないみたいですね。
「アンタ、そこで何してんだ?」
教室の前で呆然と立っていると、不意に声を掛けられた。
「そこ、俺の教室なんだけど、邪魔だから退いてくれるか?」
空色の短髪に、翡翠色の瞳は気怠そうに半開きのまま、こちらを見ている。
まるで寝起きのような仏頂面は、写真の人相と全く同じでした。
「しっ、白風先輩!」
「あ? 俺のことなんで知ってるんだ?」
やっと会えた。驚きのあまり呼びかけると、白風先輩はやや不機嫌そうに尋ねてきました。
そりゃ、あの知名度のなさですもんね。先輩を知っている人の方が珍しいでしょう。
「あのー、簡単なインタビューをしてもいいでしょうか?」
「やだ」
インタビューの申し込みをすると、バッサリ断られてしまいました。うーん、容赦がないです!
でも、ここで食い下がれば新聞部の名が泣きます。必死に食い下がって見せますとも!
「そこをなんとか! 2分だけ!」
「うるせぇ、退け」
「1分だけ!」
「ああ、もういい。じゃあな」
譲らぬ姿勢を見せると、白風先輩はなんと私を放って別の出入り口から教室に戻ろうとしました。
意地でも答える気はないと! そうは行きません!
「釣り合わない交友関係に何とも思わないんですか!?」
「んー」
「周囲に対してコンプレックスを感じたりはー!?」
「んー」
素早く回り込んで白風先輩に無理矢理質問を投げつける。
けど、先輩は私の質問を無視して二ヶ所の出入り口を行ったり来たり。
「では――」
「俺の交友関係をテメーが勝手に決めんな」
「では、釣り合ってないことを認めるんですか!?」
三往復ぐらいすると、白風先輩が私を睨みつけて来る。
……少し怖いですが、以前他校の不良グループにインタビューした時に比べれば!
「……お前、友達いないだろ?」
「え?」
「世間の価値や物事だけで友人関係の優劣を決める奴に友達なんかいねーだろっての。アイツ等が何者でも、俺がどんなに平凡でも、お互いが嫌うまでは友達なんだよ。分かったら、帰れ」
そう冷たく言い放つと、先輩は私の方を見もせずに教室に戻ろうとした。
……そうだ。私は友達がいない。話し相手や部の仲間はいるけど、友達と呼べる人はいなかった。
だからかな。白風先輩が羨ましかったの。何の取り得もない、普通の人がこんなにすごい人達と楽しそうに日々を過ごしている。それだけが、ただ羨ましかった。
「先輩! 最後に一つだけ! どうすれば、先輩みたいに……」
友達が出来ますか?
ハッキリと言い出せなかったのは、核心を突いてきた先輩への反感か。
それでもこの質問に、先輩は私の方を振り向いて答えてくれた。
「知るか。自分で考えろ」
こうして、私は今日という一日を無駄にしてしまったのでした。
どうも、銀です。
第EX4話、ご覧頂きありがとうございました。
今回は珍しく、新聞部員がはやとを追う話でした。
はやとの周囲がいかにすごく、同時に主人公のはずのはやとがいかに凡人であるかを再確認するための話でもあります。
因みに、あき達ははやとが色んな意味ですごい存在だというのは分かっています。ただ、そのすごさを言葉で表すのが難しいだけなのです。
本当に何なんだろう、この主人公……。
ではまた。