12月。陵桜学園に入学して、初の冬休み。
俺、石動さとるはクラスメート達と街に繰り出していた。
きっかけは、クラス――いや、学年一騒がしい男こと、霧谷かえでの呼び出しからだった。
〔総員、駅前に集合!〕
何ともいえない文章での呼び出しだったが、それで集まってしまうまでの仲になったと見れば、いいことなのかもしれない。
幸い、俺も家か図書館を行き来する程度の用事しかなかったので、行くことにした。
「よぉ、さとる! 久しぶりだな!」
「とは言っても、三日前以来だがな」
駅前には、既にかえでが呼んだであろう面子が揃っていた。ゆたか、みなみ、ひより……そして、つばめ。
つばめはこういう集まりには極力参加しない男だった。過去を知られ、かえでとの壮絶な殴り合いの末和解した、あの出来事までは。
「で、一応だが呼び出した訳を聞いてやる」
「よくぞ聞いてくれた!」
つばめがつまらなそうな顔で聞くと、かえではオーバーなリアクションを取りながら答えた。
普段以上の騒ぎっぷり。恐らく、たった三日でかなりのフラストレーションが溜まったようだ。
かえでの恋人であるみなみの方を見ると、無表情ながらも困ったように彼氏を眺めている。
「暇だから呼んだ! 以上!」
「よし、帰るか」
「えっ!?」
案の定、かえでは全く何も考えずに呼び出したらしかった。
返答と同時に帰ろうとするつばめに、ゆたかが驚く。みなみもひよりも、呆れた風に溜息を吐いている。ここにいる人間も、ゆたか以外はそろそろかえでの扱いに慣れて来たな。
「待って! せめて今日は一緒に遊んでくれよ!」
「最初からそう言え、バカ」
「まぁ、ここまでテンプレだけどね」
「……なんか、ゴメン」
かえでが泣き付くと、つばめ達はその場に立ち止まった。ここまでがお決まりのやりとりである。
因みに、ひよりが言った「テンプレ」とはテンプレートの略だ。
こうして、漸く俺達は特に目的もなく、冬の街中を行くことになったのだ。
洋服のウィンドウショッピングや、本屋での立ち読みをした後、俺達はゲームセンターへと足を運んでいた。
「よーし! いつぞかのリベンジだ! 行くぞつばめ!」
「黙れ」
「いいからいいから! お前に負けたままなのが悔しいんだよ!」
「俺は別にどうでもいい」
かえでは意外にもつばめとゲーセンに来たことがあるらしく、何かしらの因縁を抱えていた。ゆたかとみなみの反応から、この2人もいたのだろう。
つばめとかえでの勝負……興味をそそられるな。
「石動君はゲーセンに来たことある?」
「ないな。今まで興味なんてなかった」
本などを読んで知識を得ている俺にとって、他の娯楽には興味が湧かなかった。
ゲームセンターについてもそれは同じで、お金を使ってぬいぐるみを取ったり、リズムを取って遊ぶくらいなら新たな本を買った方がいいと思っていた。
「じゃあ、ゲーセン初心者なんだ」
「そうなるな」
「じゃあ気を付けた方がいいよ」
ひよりの忠告に、俺は首を傾げる。ゲームセンター初心者が気を付けなくてはならないルールでもあるのだろうか?
「偉い人はこう言いました。「クレーンゲームは貯金箱である」と」
ひよりの忠告の意味を、俺は後になって知ることになる。
「取ったどーーーーー!!」
かえでの熱のこもった声が聞こえる。手には、百円硬貨を何十枚も投入しながら得た、ぬいぐるみがしっかりと握られている。
なるほど、貯金箱というのは言い得て妙だな。コインを投入する様がまた貯金箱に金を溜める人間に見える。ただし、溜まっていくのはゲームセンター側の収入だけだが。
「みなみ、ほい!」
「あ、ありがとう……」
かえでは取ったぬいぐるみをすかさずみなみに手渡した。元々、ぬいぐるみはみなみの為に取ったようなもので、みなみは困惑しながらも嬉しそうに受け取った。どんなものであれ、恋人からの贈り物は嬉しい……ということなのか?
相変わらず感情の意味が分からない俺には、それが何を意味するのかも理解出来ないでいた。
「あのぬいぐるみ一つに、いくら掛けたのか。それは割に合っているのか」
「うっせぇぞ、そこ!」
「お前が一番うるさい」
つばめのツッコミ通り、かえでがこの場で一番うるさかった。なお、つばめはかえでの半分以下の手順で違う景品を取っていた。
「石動君は何かしないの?」
ゆたかの指摘通り、俺は特にやることもなくつばめやかえでのプレイを眺めているだけだった。
やはり、興が乗らないのだ。貯金箱の忠告もあるしな。
「お前は1回もやらずに帰る気かー!」
「ぐっ!?」
すると、テンションの上がり切ったかえでに捕まってしまった。
やめろ、力はお前の方が強いんだから……。
「試しにあのリラッタヌのぬいぐるみ取ってこいや!」
「あ、あれ可愛い~」
かえでが指差す先には、今人気のマスコットキャラ、リラッタヌのぬいぐるみが積んであった。ゆたか達女子の人気も得ているようだ。
やらなきゃ解放してくれなさそうなので、俺は渋々財布の中の千円札を崩して筐体の前に立った。
「はぁ……」
まずは百円を投入し、アームを動かす。横に一回、縦に一回。ぬいぐるみの真上に来たアームはゆっくりと降りて来て、ぬいぐるみを掴む。
そして、持ち上げた……かと思いきや、するりと滑り落としてしまった。
「あー、残念だな」
「仕方ないよ、石動君は初心者だもん」
ひよりの言う通り、俺は初心者だ。最初から出来なくても不思議じゃないだろう。
「大体分かった」
そう、最初だけは。
今の動きだけで、俺はこの筐体のアームの動く速さ、力、ぬいぐるみの重さやバランスを見抜いていた。
「あと……4回。これで取れる」
俺は確信を持って、百円玉を4枚投入した。アームを動かし、まずは1回目の手を打つ。
アームの爪はぬいぐるみの端に掛かり、上へ上がった拍子にぬいぐるみを前へと動かす。
「石動君……ひょっとして、熱くなってる?」
「異様に熱中してるな……」
「変なオーラ見えてるぞ」
後ろでひよりとつばめ、かえでが何か話しているが、今はそれよりもこの筐体を相手にする方が先だ。
二手、三手とぬいぐるみを適度な位置へと動かしていく。
「これで最後だ」
俺は横移動を今までより少なくし、勝負に出た。俺の見立てが正しければ、この位置で爪は穴に飛び出したぬいぐるみの足を捕えて……。
「あ」
落とすはずが、もう片方の爪が端の床に引っかかり、落としきるまでに至らなかった。
ば、バカな……! この位置で、間違いなくあのぬいぐるみを落とすことが出来たはずなのに!
「そんなはずは……!」
自分の手が上手くいかなかったことが信じられず、俺はまた計算をし直す。
すると、後ろからかえでの楽しそうな声が聞こえてきた。
「ドンマイ♪」
明らかに失敗した人間を励ますような言い方ではなかった。あぁ、これは失敗者の同類が出来て喜んでる奴の声色だ。
そう悟った瞬間、俺の中の何かが一気に燃え上がるのを感じた。
「この勝負……何故かは分からないが、譲れなくなった」
体が熱くなり、視線は落ちかけのぬいぐるみと憎らしく元に位置に戻ったアームに注がれる。
敗北の悔しさというものはこういうものなんだろうか。とにかく、俺はここを譲る気が無くなった。
「ちょ、石動君が燃えてる!?」
「珍しい……」
「頑張って~」
ひより達の注目を受けながら、俺は再度百円玉を投入した。自分の中の何かを発散させるために――。
あれから数ヶ月後。俺は1人で再びゲームセンターに足を運んでいた。
今は春休み。はやと先輩達は無事に卒業していったものの、俺達にはあと二年間の高校生活が待っている。
「……ふむ」
クレーンゲームでの敗北を初体験して以来、俺は本を買いに街へ来るついでに、度々ゲームセンターへと来るようになっていた。
ひより曰く、すっかりハマっている状態らしい。まぁ、悪くはない。
「ん?」
景品が変わったばかりのクレーンゲームを見ていると、俺の記憶に存在する人物が目に留まった。
黒髪の長髪に、朱色の瞳。真面目そうな風貌ながらも、苛立ちを見せながらクレーンゲームの筐体を睨んでいる。
あれは、確か隣のクラスの学級委員長。名前は……若瀬いずみ。
「うぅ……取れない。残金も少ないし、でもあと10回ぐらいなら……!」
ブツブツ言いながら、若瀬いずみは両替機の方へと足を運んだ。
俺は近寄って、クレーンゲームの中を覗く。景品は、どうやらアニメキャラのフィギュアのようだ。何のキャラかは知らないが、ひよりならきっと知っているのだろう。
景品は一見、今にも取れそうな位置にありながら、支えるバーが嫌らしい位置にあるおかげで中々動かせないといったところだろう。
「げっ!?」
ジッと眺めていると、両替を済ませた若瀬が変な声を上げていた。
「……あぁ、別に横取りはしないぞ」
「アッハイ……じゃなくて! 貴方、陵桜の……!」
「1-D、石動さとるだ。お前は若瀬いずみだろう?」
『バレてる!?』
若瀬であることの確認を取ると、若瀬は急に頭を抱え出した。何だ? ゲームのやり過ぎで頭が痛くなったのか?
「あ、あの……! このことは、他の人には……!」
しどろもどろになりながら、俺に頼み込む若瀬。
……あぁ、そうか。オタク趣味を他の人間に知られたくないのか。これも「プライバシー」という奴だな。
「分かった」
「本当!? ありがとう!」
頷くと、若瀬は目を輝かせて頭を下げた。そこまで深刻に悩む問題なのだろうか……?
それより、このゲームの状態をどうするつもりなのか。
「……この景品、取る目途は付いているのか?」
「え? あ、その……」
聞いてみると、若瀬は若干困りながら目を逸らした。
そういえば、真面目そうな見た目に学級委員という肩書を持っているが、テストの上位で名前を見たことはなかったな。もしかして、頭はそんなによくないのか?
俺は若瀬とクレーンゲームを交互に見て、ある提案を出してみた。
「このゲーム、俺にやらせてくれないか?」
「え!?」
「景品はお前にやる。ゲームだけでいいから、やってみたい」
俺が興味あるのは、クレーンゲームそのものだ。景品自体に興味などない。
だが、若瀬は景品が欲しい。つまり、Win-Winの関係になれるということだ。
「でも……」
「代金なら俺が払おう。どうだ?」
「……お願いします」
イマイチ気が引けているようだが、自分には取れないことを察した若瀬は俺に頼むことにした。
プレイする権利を得た俺は硬貨を入れ、いざゲームに挑んだ。
あの時、思わぬ敗北をして以来、俺は更に場を見て計算するようになった。あらゆる弱点や動きを想定し、少ない手順で取ることを狙う。
「……!」
そして、俺はたった2回で景品を落とすことに成功した。伊達に通っている訳ではない。
「ふぅ、さて。受け取れ」
「……本当に、いいの?」
「あぁ、そういう約束だからな」
俺は景品を手に取り、若瀬に渡した。ゲームに勝った以上、もう用はない。
若瀬は若干感動しながら、景品を受け取ると深々と頭を下げて来た。
「ありがとう、石動君!」
若瀬は受け取った景品を隠しながら鞄にしまい、早々にゲーセンを立ち去って行った。
若瀬いずみ。真面目で品行方正だが、頭はそこまでよくはない。そして、「隠れオタク」。
「……っくくく。少しだが、興味深くなってきたな」
その特徴の面白さに、ひよりとは別の意味で興味の湧く俺だった。
この時の若瀬いずみとの出会いが、後に続いていく高校生活の新たな始まりを告げていたことに気付くのは、まだ先のことである。
どうも、銀です。
第EX3話、ご覧頂きありがとうございました。
今回は番外編、さとるといずみの出会い回でした。
さとるみたいに普段冷静な人ほど、クレーンゲームにはハマると思います。中々上手くいかないんですよねー。
そして、さとると委員長、若瀬いずみの出会いが何を意味するか。それはまだ内緒です。
ではまた。