蕾もまだ開いていなかった、桜が並ぶ校庭。
寒さの残る風に包まれて、俺達は高校生活に終止符を打った。
様々な出会いと別れのあった、色濃い青春の日々。
自分でも柄に合わないとは思うが、きっと一生忘れられないだろう。
名残惜しくはあったが、そんな日々を共に過ごした俺達はそれぞれの道を歩み出した。
あれから4年後。
俺達は久々に集まることになっていた。
いや、卒業後もちょくちょく連絡は取ってたし、たまに会って遊んだりしたから特に久しぶりって気はしない。けど、ほぼ全員揃うことはなかったので、そういう意味では久々だろう。
いやぁ、それにしても。
「お前等、全然変わんねぇな」
「お前が言うな」
ファミレスの一角にて、俺は早速かがみに突っ込まれた。
俺、白風はやと含め、ここにいる全員が高校当時と変化がなかった。
例えば、天城あきという底抜けに明るい奴がいる。
赤い短髪の男は、大学を卒業したであろうはずなのに、全く落ち着きのない雰囲気を出している。
「いやぁ、俺ってば何時までも少年の心を忘れないからさ。若いっていいよなぁ」
訂正。コイツだけは変わっていないんじゃない。成長していないだけだ。
外見は少しは大人っぽくなり、体付きもますますガッチリしてきていると思ったのにな。
因みに、大学ではスポーツ系のサークルを転々として暇を潰していたらしい。
「お前は若いというより、頭が幼いんだろうが」
辛辣な言葉を返す茶髪のロングヘアーの男、冬神やなぎもまた、眼鏡を掛けていること以外は変わらない。
特にヒョロッとした細身はまるで成長していない。
「やなぎんはもやし度が進行してるんじゃねぇの? もっと鍛えないと枝みたいにポックリ折れるぞ」
「ポックリって何だ!? 殺す気か!」
いや、冗談抜きで不健康でポックリ逝きそうだな、お前。
「あっきーは単位がギリギリで留年しかけてたけどね」
「やなぎも、体力テストで単位落としかけてたのよね」
「「それ今バラすかなぁ!?」」
彼女2人の暴露に、男共は情けない声をあげる。
あきの彼女、泉こなたも変わらずオタク街道を突っ走っているようだ。コイツもコイツで成長していない、身長的な意味で。
やなぎの恋人である、柊かがみは高校の時にツインテールにしていた髪をサイドポニーにし、大人っぽさをアピールしている。が、普段から柊家にいるので知っているが、相変わらずダイエットには失敗中である。いい加減学べよ。
「ってか、お前等よく留年しなかったよな」
「そりゃ、あたし等交代でレポートを書いたりしたからな!」
呆れる俺に、日下部みさおが自信満々に返した。
八重歯が特徴的なスポーツ系女子は、4年前と変わらずバカを拗らせていた。一応、彼氏持ちにも拘らず女子力なんて欠片もない。
「峰岸と月岡の苦労が知れるな」
「うっ……」
かがみの言う通り、最終的には幼馴染の峰岸あやのと、彼氏の月岡しわすに頼っていそうだ。それは図星なようで、日下部は言葉を詰まらせる。
獣医志望だったしわすは、今は夢を叶える為に研修の真っ最中なので、この場にはいない。
峰岸も、今日は彼氏と出かける予定だったので来られなかった。
……日下部にとってのブレーキ2人がいないだけで、かがみの苦労が倍になるな。
「けど、皆無事に大学も卒業出来たからこうして集まれるんだし」
そう場を収めようとするのは大企業の御曹司、檜山みちるだ。
さっきから散々変わらないと言ってきたが、コイツと高良みゆきだけは別だ。
あどけなさの残っていた顔立ちは、今や大人っぽいイケメンに変化していた。正統的な成長といえば間違いないんだろうが、久々に会った時は俳優か何かと勘違いした。
その隣でニコニコと座っているピンク髪の女性、みゆきも雰囲気は変わらないが外見は色々と増量されている。髪とか、胸とか。
そして、2人の薬指にはシンプルな指輪が填められている。
「ゆきちゃん、結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
つかさの祝辞に、みゆきは丁寧な姿勢で受ける。
俺達が今日集まったのは、単なる同窓会だけではなかった。みちるとみゆきのゴールインを祝福する為でもあったのだ。式は来月を予定しており、今日はその前祝みたいなもんだ。
みちるはとっくのとうに腹を決めていたらしく、卒業と同時にみゆきにプロポーズをしたらしい。
そういう男気のある行動をすぐに取れる辺りからも、高校時代からの成長が伺える。負の感情から生まれたもう一つの人格に蝕まれていたのが嘘みたいだ。
「意外だよな。俺達の中で一番先に結婚するのがみちるだなんて」
「長年の両想いが実った結果だね」
あきとこなたの会話に、ご両人は顔を赤くする。
幼馴染だった2人はずっと相手に片思いをしていた。しかし、幼い2人は想いを告げることなく離れ離れになった。それが高校で再会して、今や婚約までしちまうんだから運命って奴は面白い。
檜山夫妻を弄っているとドリンクが運ばれ、乾杯をすることになった。
音頭を取るのは、勿論盛り上げ役のあきだ。
「えー、では檜山夫妻の門出を祝って! 乾杯!」
「乾杯!」
みちるとみゆきのことだ。きっと未来は明るいだろう。
談笑するみちるを見ながら、俺は心の中に何かが突っかかっているのをずっと感じていた。
もうガキじゃないんだし、それが何かは既に分かっている。
俺はチラッと、隣に座っている俺の恋人を見た。
彼女、柊つかさは高校時代のトレードマークだったリボンをもうしておらず、落ち着いた大人の女性像を身に付けつつあった。未だドジを踏んだり、子供っぽいファンシーな物が好きだったりすることはあるけど。
俺が高校を卒業し、柊家に居候することになって4年。イチャイチャするのは日常茶飯事だが、俺は結婚という一歩を踏み出せないでいた。
そりゃ、高3のクリスマスに指輪をプレゼントして、婚約自体はした。デートの時は毎回その指輪を大事そうに左手の薬指に付けてくれる。
バレンタインの時はつかさが作ってくれたチョコケーキに入刀の真似事までした。
しかし、ちゃんとしたプロポーズそのものはまだだったのだ。
大学卒業後も考えはしたが、式を上げたり結婚指輪を買う為の資金が全くないので、気は進まなかった。
そうしている内にみちるが結婚すると言う報告を受け、先を越されたという焦燥感を受けたのだった。
もしかしたら、他の奴にも越されるかもしれない。安っぽい婚約だけして、つかさを散々待たせるのもどうだろうか。
「はやと君、どうかしたの?」
とうとう視線に気づかれ、つかさに声を掛けられる。
「いや、何でもない」
けど、俺は自分の発言に責任を持てる程強くはない。
結局、結婚という言葉を言い出せなかった。
「みちる、ちょっといいか?」
「うん、いいよ」
ファミレスを出ると、俺は隙を見てみちるを呼び出す。
他の連中とは少し距離を取って、俺は胸の内を明かした。
「お前、プロポーズはどうやった?」
「えっ?」
みちるは一瞬顔を赤くするが、俺に茶化す気がないことが分かると、やや恥ずかしそうに口を開いた。
「自然と、ね。これからもみゆきとずっと一緒にいたい。夫婦として過ごしたいって思って。卒業って絶好のタイミングに乗って言ったんだ」
自分はあくまで、卒業というシチュエーションに乗っかっただけ。そういうみちるは、俺が知っている純粋で幼いみちるとは明らかに違っていた。
自分の闇に真っ向から打ち勝ったみちるは、今や俺達の誰よりも前へ進んでいる。正直、羨ましいよ。
「不安とかなかったのか? 式とか、指輪とか」
「ない、といえば嘘かな。まだ嫌だって断られる可能性だってあったし」
みちるは苦笑しながら答える。そうか、相手に断られることだってあるのか。
けど、みゆきはOKした。それは、みちるが指輪も結婚式も用意出来る金持ちだからか?
「でも、お金がなくても、僕はみゆきにプロポーズしたと思うな」
俺の核心を見破ったかのように、みちるは続けた。
金は関係ない。その言葉をみちるが言ってもあまり説得力はない。
「だって、誰にも取られたくないじゃない? これは、僕の我が儘だから」
しかし、次の発言で妙に納得出来た。何時までも恋人関係で通じる訳がない。みゆきは美人だし、誰に言い寄られるかも分からない。浮気、なんてしないだろうが、不安はゼロにはならない。
「欲深いのな、お前」
「「みちる」、だから。満ち足りるまではね」
貪欲な自分に悪びれる様子もなく、みちるは皆の元へと戻って行った。
誰にも取られたくないから。それは俺も同じだ。
普段から一緒にいるが、つかさは間違いなく高校時代よりも綺麗になった。加えて、大人しそうな小動物のオーラだ。何処かの誰かに言い寄られても、おかしくはない。
決着をつけよう。俺は決意を固めた。
帰り道。かがみはやなぎと帰るそうなので、俺とつかさは手を繋いで柊家への帰路に付いていた。
「はやと君。さっき、みちる君と何を話してたの?」
ふと、つかさが思い出したように尋ねてくる。
やっぱり、俺のことをよく見ていたらしく、真剣な表情の俺が気になっていたようだ。
俺は少し考え、ある質問をすることにした。
「ちょっとな。つかさ」
「うん?」
「俺が犯罪者でも、俺を好きでいてくれるか?」
試すようで少し卑怯だとは思ったが、俺は質問を投げ掛ける。
つかさはイマイチ実感が沸かないようで、難しそうな顔をした。
「えっと……犯罪者って、何をしたの?」
「何でもいい。殺人、盗人、強か……とにかく何でもだ」
最後のは流石にアレなので伏せたが、俺が何をしたのか気にする辺りつかさらしい。
すると、つかさはやっぱり難しそうな顔をして答えた。
「うーん……やっぱり、思いつかないよ」
「エー……」
質問を前提から否定され、俺は呆れて情けない声を出す。
別に本当に犯罪を犯す訳じゃないんだし、想像するだけ自由だろうに。
「だって、はやと君はそんなことしないし、私がさせないもん」
けど、そんな自由の利かないつかさは上目遣いで俺を叱るように言った。
まぁ、全然怖くなく、寧ろ滅茶苦茶可愛いんだけど。
「……じゃあ、質問を変える。俺が貧乏でも……って貧乏学生だったろうが!」
「ひゃっ!?」
「あぁ、悪い悪い」
いかんいかん、ノリツッコミで驚かせてしまった。
けど、そうだった俺は元々貧乏だった。テレビもラジオもない、殺風景なアパートに住む苦学生。そんな俺をつかさは愛してくれた。
もしホームレスなら? 今は柊家に居候中だし、つかさにとって大差ない。
もし留年生だったら? 私も頭よくないから、と苦笑するだろう。
つまり、つかさにとって俺という存在は唯一不変なのだ。質問する意味もなかったな、こりゃ。
「じゃあ……俺を愛してるか?」
「うん!」
シンプルにまとめた質問に、つかさは即答した。畜生、可愛過ぎて涙出て来た。つかさのこういう人の良いところに、俺は惚れたんだよな。
「じゃあ、これが最後の質問だ」
もう確かめることは確かめ終えた俺は、最後の質問をすることにした。
「俺と、結婚してくれるか?」
変な質問が来ると予想していたらしく、つかさは俺のプロポーズを受けてピシッと固まってしまった。
目を点にし顔を赤く染めたまま、その場に突っ立っている。
この光景、前にも見たことがあるような……。
「つかさ?」
「ひゃ、ひゃい!?」
俺が声を掛けると、漸くつかさは反応を見せた。舌が回っていなかったが。
かと思えば、腕をブンブンと振り回し、夕焼けの明かりにも負けない程真っ赤になって慌て出す。
「あ、あ、あのっ! わた、私っ!」
目が渦を巻いているのが幻視出来る程混乱しているつかさを、俺は抱き寄せた。
ったく、俺以上にテンパりやがって。散々心配したのが無駄に思えてきた。
俺が一歩進めば、つかさは勝手に付いてきてくれる。今までだってそうだったじゃないか。
「俺には今すぐ式を挙げる金もないし、大層な結婚指輪も買ってやれない。けど、お前を誰にも渡したくないから、ずっと一緒にいたいから、結婚したい」
逃がさないように強く抱き締め、耳元で呟く。
俺の弱さを何時だって支えてくれた。だから、俺にはお前しか考えられない。
情けない心情を吐き出し、深呼吸してから俺は再度あの言葉を問う。
「もう一度聞くぞ。俺と結婚してくれ」
「……はい! 私もはやと君とずっと一緒にいたい!」
聞きたかった言葉を聞けて、俺はつかさを抱く腕を強くする。
もう離さない。離したくない。俺は心の高揚が収まるまで、つかさと甘い口付けを交わし続けた。
「ま、それが結婚秘話な訳で」
「おう、死ねや」
酷い言われようだな。
俺は妻と5歳になる息子を連れて、海崎さんの元を訪れていた。海崎さんとは卒業後も家族ぐるみの付き合いを続けていた。ま、一応恩人だしな。
アパートは俺が去って10年経った今も健在で、陵桜学園の生徒が住んでいるとのこと。当然、俺が使っていた部屋も今は誰かが住んでいる。
んで、結婚秘話を聞かれたので語ってやったら、死ねと言われた。理不尽だ。
「まぁまぁ、海崎さん」
「何だよ」
「結婚はいいものですよ」
「アパートの裏に埋めるぞコラ」
海崎さんは未だに独身で、俺の話を聞く度に嫉妬の炎を燃え上がらせる。
女を紹介しろってよく言われるが、紹介する相手が柊家の姉2人か黒井先生ぐらいしか思いつかないんだよなぁ……。
「ぱぱ、うまるの?」
「おう! 一緒に埋めるか!」
「やめろ! 息子に変なこと吹き込むな!」
何時の間にか子供用のシャベルを息子に渡す不審者を、俺は全力で阻止した。
台所では、つかさが苦笑しながらお茶を淹れてくれている。
俺達の日常は今日も平和だ。
どうも、雲色の銀です。
第EX話、ご覧頂きありがとうございました。
今回は番外編、はやつかの結婚秘話でした。
イチャイチャ甘々の2人でも、はやとはプロポーズで真剣に悩みそうだなと思い、今回の話を書きました。
実際は、神主になって柊家に婿入りするのでそこまで悩む必要はなかったのですが。
あと、最終回で出そびれた海崎さんも登場。10年後も相変わらずです(笑)。
今回は「すた☆だす」5周年記念で書きましたが、今後も番外編を書くかもしれません。ではまた。