さーて、夏休みも始まったことだし!
俺、天城あき様は冷房の利いた部屋でゴロゴロ過ごすぜぃ!
「まずはっ! 溜まっていたゲームを全てクリアするのだ!」
お菓子、飲み物の貯蓄は万全。
アッキー、これより任務に入ります!
「ギャルゲー祭・夏の陣じゃーっ!!」
〔いーじゃん! いーじゃん! スゲーじゃん?!〕
勢い良くPCの電源を入れると同時に、携帯の着信音が空気を打ち壊すかのように鳴り響いた。
「……ったく、よくねぇよ! 誰だ?」
空気をぶち壊され、憤慨しながら画面を見ると、そこには親友の名前が出ていた。
「みっちーじゃん? 珍しいなー」
みっちー、檜山みちるからだった。みちるから電話がかかってくるなんて滅多にないことだ。
人畜無害な親友の顔を思い浮かべると怒りも治まり、俺は電話に出た。
〔もしもし、あき?〕
「みっちー、どうしたん?」
〔実は、今度家の別荘に行くことになったんだ〕
みちるは「檜山グループ」っていう大きな財閥の御曹司だ。別荘の一つぐらいは持ってるだろう。
これがやなぎだったら今から殴りに行く所だけど、みちるが自慢するような奴じゃないのは知っている。
〔それで、皆も一緒にどうかなって。あきは行く?〕
ほら。
青い海。美少女4人とその他と過ごす、夏のひと時。
「行きます! 行かせて貰います!」
〔本当!? じゃあ皆にも連絡してくれるかな? 僕はみゆきを誘って来るから〕
「りょーかい!」
〔あ、それと海が近いから水着も持って来てね〕
「オッケー! じゃな!」
ギャルゲー祭・夏の陣は別荘から帰って来てからにしよう。
むっふっふー! 皆に連絡だー!
「えーと、まずははやと、と」
みっちーは坊っちゃまだから別荘はでかいんだろうなー!
……あれ? すぐ出ると思ったが、中々出ない。
〔お掛けになった電話は、電波の……〕
何だよ! 出ないじゃん! はやとの奴、もしかして充電忘れてるのか?
その後、何度掛けても結果は同じだった。
☆★☆
はぅー、今年の夏も暑いなー。
私、柊つかさは今、スーパーにお買い物へ行くところだった。
クーラーの利いた部屋から一歩も出たくなかったけど、お買い物に行かなくちゃ。
「あちっ!?」
日向に出ていたから、サドルが熱くなっちゃってる。帰ったら日陰に置こう。
自転車を扱いでいると風が気持ち良かったりするんだけど、やっぱり暑い。
やっとスーパーに着いて、自転車を自転車置場に停めに行く。
「あれ? はやと君?」
すると、意外にもはやと君に会った。
「はやと君もお買い物?」
はやと君は……歩き?
すごいなぁ。私ならすぐにバテちゃうよ。
「よぉ。俺はもう終わった所だ」
「私はこれから~」
あれ? 何だか、いつものはやと君と違うみたい。
「はやと君、大丈夫? 顔色悪いよ?」
「そうか?」
少し気分悪そうだけど、はやと君は何ともない素振りを見せた。
「水分補給ちゃんとしてる?」
「まぁな。平気だろ」
「んー、それならいいけど……」
本当に大丈夫かな? 足取りもフラついてるみたいだし。
「じゃーな」
「うん、またね」
はやと君と別れた後、スーパーの中で必要な物を買い物籠に入れていく。
それにしてもはやと君、やっぱり具合悪そうだったなぁ。
すると、電話が鳴り出した。えっと……買ってもらったばっかだから、携帯電話の扱いはまだ慣れないや。
「もしもし?」
〔やほ~〕
電話の相手はこなちゃんだった。
「こなちゃん、どうしたの?」
〔今度皆でみちる君の別荘行くことになったんだけど、つかさも行く?〕
別荘かぁ。いいなぁ~。
「うんっ! 行く行く~!」
〔おk。因みに、海近いらしいから水着持参ね〕
「分かった~」
へぇ~、海近いんだ。ますます羨ましいよ~。
〔ところでつかさ、はやと君ン家知らない?〕
「えっ? 知らないけど何で?」
〔いやさー、携帯繋がんなくて連絡つかないんだよー〕
ええっ!? でも、さっき会ったから……また忘れてるのかな?
「はやと君見かけたら伝えといてねー」
「う、うん……」
はぅー、もっと早く言ってよー。
☆★☆
「暑い……」
まぁ、夏だからな。
前回の夏祭りからやることのない俺は、毎日をだらだらと過ごしている。
何か忘れている気もするが、正直どうでもいい。今はこの暑さを何とかしよう。
もし翼があったら、涼めたかもなぁ。
「冷凍庫の中にアイスが」
……ない。ってか中身がない。
「仕方ない、冷蔵庫に冷えたジュースが」
……やはり何もない。ここまで何一つないと却って清々する。まるで新品みたいだ。
「……ははは」
って笑っていらんねぇ。このクソ暑い中、買い物に行かねばならんとは。
はぁ……もし翼があったら、簡単に買い物に行けただろうに。
「自業自得、か」
確かスーパーのチラシが来てたはず。金は何とかあるから、1週間分は買い溜めしておこう。
俺は立ち上がり、外に出る為に着替え出した。
「おっと……」
足がフラつく。何か体もだるい……。この暑さの所為だな。
部屋の中であの暑さだ。外に出ればもっと暑いことぐらい分かっていた。
「だが、暑すぎだろ……」
家から出て10分ちょいでもうバテていた。いかん、このままでは第2のもやしになってしまう。
気力を振り絞り、何とかスーパーまで辿り着いた。
「涼しい~……」
冷房の涼しさが、暑さに耐えぬいた戦士の体を癒してくれるようだ。
さて、少しは元気になった所で、買い物開始だ。
レジ打ちを済ませ、荷物を袋に入れる。
思わずいっぱい買ってしまったが、これで食料に困ることはない。
暫く外には出たくないし、夏は備蓄するに限るな。
「ふぅ……」
荷物を詰め終わり、ビニール袋を持ち上げた。が、その拍子に足がフラつく。
そんなに荷物重かったか? やっぱ買いすぎたな。
自動ドアが開き、外の熱気が体を打つ。うわぁ、またこの中を歩かなければならんのか。
「あれ? はやと君?」
ふと、自転車置場から俺を呼ぶ声がした。
「はやと君もお買い物?」
声の主はつかさだった。自転車か……いいよなぁ。
「よぉ。俺はもう終わった所だ」
「私はこれから~」
見りゃ分かるよ。お前もこの暑い中ご苦労なことだ。
「はやと君、大丈夫? 顔色悪いよ?」
「そうか?」
確かに少しダルいが、暑さの所為じゃなくてか?
「水分補給ちゃんとしてる?」
「まぁな。平気だろ」
「んー、それならいいけど……」
心配してくれるのは素直に嬉しいけどな。
「じゃーな」
「うん、またね」
つかさと別れ、再び熱気の中を歩き出した。
何故か行きよりも帰りの方が長く感じる。たったこれだけで疲れたのか、俺?
「買い物帰りか?」
早く帰ろうとすると、アパートの前で海崎さんとバッタリ会った。
「そうです」
「ちゅーか歩きか。自転車は?」
「ありませんよ。金ないから」
いつか欲しいとは思うけど。その為に貯金もしてるしな。
「ふーん、じゃあな」
「はい」
「アイスご馳走さん」
……えっ!?
気付くと、アイスバーが1本なくなっていた。俺の大切な備蓄が……。
「何時の間に!?」
あのクソ大家……! いつかシバいてやる。
「ただいま」
とりあえず家に入り、中身を冷蔵庫や冷凍庫にぶち込んだ。これで任務完了だ。
「さて、麦茶でも飲むか」
早速、買って来た麦茶に手を伸ばした。
しかし、突然視界が歪む。
「へ……?」
次に頭がぼうってなり、何も考えられない。
何が起こったか分からないまま、グラリと体が倒れる。
そして、そのまま気を失った。
薄暗い。
何処だここは……?
「……う夫よ、はやと」
誰だ、俺の名前を呼ぶ奴は?
「……ってたんだよ! アンタは!」
「言いわ……て聞きた……ない!」
何なんだ、ここは? 壊れたテープのように、叫び声が飛び飛びで響く。
やめろ! 頭に響く声をやめろ!
「俺は……く。ア……んかもう……もない」
やがて、テレビの砂嵐のような音が聞こえて来た。
突然、誰かの映像が頭の中に流れる。緑色の長い髪の女性がベッドに腰掛けている。
「奇跡が起これば」
……っ!!
聞き覚えのある声で、俺の一番嫌いな言葉を口にする。
「奇跡が」
やめろ! そんなまやかしの言葉繰り返すな!
「奇跡」
「きせき」
「キセキ」
やめてくれ……やめろぉぉぉぉっ!!
「ん……?」
ゆっくりと、目が覚めた。ここは……布団の上?
確か、俺は急にフラついて……気を失ったはずだよな? 誰が布団なんか敷いたんだ?
それに台所から聞こえる、グツグツという音……何かを煮てるのか?
俺は体を起こし、周りを見た。ここは、俺の部屋であることは間違いなさそうだ。
だが、布団を敷いた覚えはないし、額の上に濡れタオルを乗せた記憶もなかった。
何より頭が上手く働かない。まだボーっとする。
「あ、起きた?」
台所から声がした。誰だか分からんが、適当に返事しておくか。
「おう……」
「待ってて。今お粥持って行くからね」
お粥……? ああ、あの音は粥を作ってたのか。
トタトタと足音がした。やっと声の主が見れる。
「はやと君、調子はどう?」
「つかさ……つかさっ!?」
「ひゃう!?」
漸く、頭が働き出した。
俺がいきなり大声出したからつかさはビックリしたようだ。
……じゃなくて!
「何でつかさがここに!?」
「えっと……話が長くなるけどいい?」
「ああ」
頭が痛いとか、今はどうでもよかった。
つかさが何で家にいるのか、そもそもどうやって入ってきたのか。
重要な話を聞く方が先決だ。
「さっき別れた後、こなちゃんから電話があって、はやと君にも連絡しようと思ったんだけど電話が繋がんなくて……」
あー、電池の消費抑える為に電源切ってたの忘れてた。
「そこで丁度海崎さんに会ったから、はやと君のアパートの場所教えてもらったの」
またあの人か。今度のバイトはあのスーパーかよ……。
「それではやと君の部屋に来ても、はやと君出ないし鍵開いてたから」
「勝手に入ったのか」
「悪いと思ったけど……。でも、はやと君倒れてたから」
なるほどね。つまり夏風邪引いて倒れてた俺の看病をずっとしてくれてたと。
「ご、ごめんね?勝手に入って」
「んなこと気にすんなよ。むしろこっちは感謝してる。ありがとな」
まだ体は怠いけどな。
そうだ、つかさの作ってくれた粥でも食べるか。
「つかさ~、粥くれ~」
「あっ、はい」
笑顔で粥を差し出すつかさ。
「……食べさせてくれないのか?」
「ええっ!?」
つかさは顔を真っ赤にした。さて、からかうのはこれくらいにしてと。
俺はつかさから粥を受け取り食べた。
「うん、美味いな」
「ほ、本当? 良かった」
冗談抜きに美味い。ただの粥がこんなに美味いとは……。
寝て体力が回復したおかげか、食欲がありすぐに完食してしまった。
「ご馳走様」
「お粗末様でした」
「んで、俺に伝えることがあったんじゃないか?」
俺の看病に集中してたからか、つかさは本来の目的をすっかり忘れていた。
「あっ、そうだった! みちる君の別荘に皆で行くんだけど、はやと君もどうかなって」
みちるの別荘か。行かない理由もないだろ。
「勿論行く。それまでに風邪を治さなきゃな」
「うん!」
そういえば、つかさはいつからここにいたんだ? 随分いてもらった気がするが。
「つかさ、もう帰っていいぞ。風邪を移すかもしれないし」
大分調子も戻ったし。風邪を移して、つかさが旅行に行けなくなったら本末転倒だ。
「平気だよ~。私あまり風邪引かないもん」
へー、俺と違って丈夫だな。
「……じゃあ、もうちょっとだけ頼めるか?」
「うん!」
頼もしい限りだ。ここは病人らしく、つかさに甘えることにした。
こうしてみると、たまに引く夏風邪も悪いものじゃない。
次の日には、つかさの看病のおかげですっかり治っていた。