すた☆だす   作:雲色の銀

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第37話「年越しの忘れもの」

 クリスマスが過ぎ、今年も残り僅か。

 俺は今、柊家の前に来ていた。こうしてると、初めてここに来た時を思い出すな。

 

「いらっしゃい、はやと君!」

「ああ、世話になる」

 

 戸が開き、つかさが笑顔で迎え入れてくれる。

 世話になる、という台詞の通り、俺が背負っているリュックサックの中には日用品が詰まっていた。

 中に入り、通された先には見覚えのある部屋があった。以前、俺が精神的に危なかった時に泊めてもらった部屋だ。

 家具類はやっぱりないが、長居する訳でもないし、さっぱりしていた方が俺も落ち着く。

 

「足りないものがあったら言ってね」

 

 ニコニコと優しい笑みでつかさはそう言ってくれた。何だか、みきさんに似て来た気がする。

 ふむ、足りないものか……。

 

「つかさ分が足りない」

「ふぇ?」

 

 分かりやすい冗談を言ってみたが、つかさにはすぐ通じなかったようだ。

 だが、段々と分かってきたようで顔を赤く染める。

 

「暫く抱き付きたいんだけど」

「はぅ……!」

 

 仕方なし、とばかりに俺はハッキリと欲望を曝け出した。

 すると、つかさは恥ずかしさのあまり両手で顔を覆って悶え出す。ハハッ、可愛い奴め。

 

「人様の家の中でイチャつこうだなんて、いい度胸してるじゃない? は・や・と?」

 

 が、俺の目論見は妹の背後から突如現れた、鬼のオーラを纏った姉に阻まれることになった。

 

 

 

 さて、俺が柊家に泊まりに来た理由は、昨日まで遡ることになる。

 冬休みに入り、柊家で昼食を頂くことにも慣れて来た。いや、慣れたらいけないんだろうけど。

 そこへふと、つかさが尋ねて来た。

 

「はやと君、大晦日はどうするの?」

 

 そういえば、もうすぐ年越しか。

 海崎さんの大掃除を手伝わされることと、バイト以外では特に用事はない。

 年越しそばはカップ麺で済ませているし。

 

「いつも通りだな」

「じゃあ、今年は一緒に年越ししない?」

 

 何もないと分かると、つかさは目を輝かせながら提案した。

 ……最近、つかさがますます積極的になってきたなぁ。可愛いし、嬉しいからいいけど。

 

「いや、お前は家の用で忙しいだろ」

 

 年越しと言えば、初詣だ。つかさの家がやっている鷹宮神社も参拝客で大賑わいになる。

 日雇いのバイト巫女もいるんだろうが、勿論つかさ達姉妹も巫女として手伝っている。

 だから、俺なんかと過ごせる時間も限られるだろう。

 

「そ、そうじゃなくてね!」

「はやと君は、確か神主志望だったわね?」

 

 何かを言い出しづらそうなつかさに変わって、みきさんが口を挟む。

 そう、俺はつかさとの将来を考え、神主を志望することにした。

 

「だから、今回は見学ということで、ウチに泊まってかない?」

 

 あぁ、今のみきさんの言葉で大体分かった。

 つかさが言いたかったことは、柊家で一緒に年を越さないかということだったのだ。

 きっと、アパートの寒い部屋で独り寂しく年末年始を過ごすより、自分達と温かく過ごした方がいいんじゃないか、というつかさの気配りなんだろう。

 それに、みきさんの言う通り、ただおさんが神主として働いている姿を見学すれば、この先役立つかもしれない。

 

「その話、お受けします」

 

 姿勢を正して頭を下げると、つかさもみきさんも笑顔を向けてくれた。

 

 

 

 と、いう訳で、俺は年が明けるまで柊家に厄介になることになった。

 勿論、ただ厄介になるのも何なので、境内の掃除や初詣の手伝いなんかをすることになっているが。

 

「寒い」

 

 冬空の下、箒で落ち葉を掻き集めながら、俺は白い息を吐く。

 鷹宮神社の境内は思ったよりも広く、掃き掃除も一苦労だ。

 

「ボヤいてないで、早く終わらせなさい」

 

 更に、監視役としてかがみが目を光らせていた。

 隙あらば、サボったりつかさとイチャつくという俺の性格をよく存じてらっしゃる。

 因みに、つかさは夕飯の買い出しに出かけてしまった。一緒に行きたかったのに、残念だ。

 

「そうだ、かがみ」

「何よ」

 

 その反面、実は今の俺にとっては好都合でもある。前々から気になっていたが、つかさには話しにくいことがあったのだ。

 俺は掃除を続けながら、かがみに話しかけた。

 手を動かしさえしていれば、かがみも文句を言うまい。

 

「お前、ファーストキスってどうやった?」

「……は?」

 

 話の内容が予想外だったのか、かがみは顔を顰める。

 けど、俺にとってはかなり深刻な問題だ。

 俺とつかさが付き合って、もう半年が経つ。

 デートも重ね、少ないながらもプレゼントも送り合うし、一緒に下校する時には手を繋いでいる。温もりが欲しくなったら、どちらからともなく抱き付くことだってある。

 そりゃあもう、俺はつかさが好きだ。可愛くて仕方がない。

 そんな俺達だが、実は一度もキスをしていなかった。

 もう新年を迎えるというのに、流石にキスをしないままというのはどうだろうか。

 

 

「はぁ……まだキスしてなかったの?」

 

 悩みを打ち明けると、かがみは呆れ果てていた。

 まぁ、ゆっくりと進んでいこうとは言ったし、じゃれ合うだけで俺もつかさも幸せだ。

 けど、ズルズルと先延ばしにするのもよくはない。せめて、今年中にはキスしたい。

 

「だから、お前とやなぎはどんな風だったのかと」

「ど、どんな風って言われても……」

 

 参考程度に聞いてみると、かがみは顔を赤くし、ツインテールを人差し指に巻き始めた。

 よっぽど恥ずかしい思い出なんだろうな。

 

「い、言えるか!」

 

 最終的に、かがみは赤面したまま怒鳴ってきた。

 何だ、教えてくれないのか。ただ、とりあえずキスは済ませているのが分かった。

 

「ただ、男ならビシッとしなさい! それぐらいの根性、見せないさいよ!」

 

 何だか釈然とはしないが、かがみに説教を食らう。

 一度は妹を任せると決めた姉として、背中を叩いたつもりなんだろう。

 ま、それなら期待に背く訳にはいかんな。

 

「さて、姉からお許しを得たし、どうキスをしようか」

「んなっ!? そのつかさを汚すみたいな言い方やめなさい!」

 

 少しふざけた言い方をすると、急に襟首を掴まれた。

 ちょっとは許されたと思ったが……キスの報告をしたら、それはそれで殴られそうだ。

 

 

 

 大晦日、当日。

 結局、キスするタイミングを見つけられず、今年最後の日を迎えてしまった。

 告白の時も長々と延ばしたけど、ここまで奥手だったことに自分でも驚きだ。

 

「はやと君、いっぱい食べてね!」

 

 昼食を運びながら、つかさはいつもの笑顔で俺を見てくれる。

 男の俺は、主に力仕事を担当することになってる。売り子は巫女の仕事だし、神事もずっと見学している訳じゃないしな。

 

「つかさ」

「何?」

 

 何となく声をかけるも、どう話していいものか。

 この場には、みきさんやただおさん達もいる。

 いきなり「キスさせろ」だなんて言ったら、流石に非常識だ。

 けど、この後は今夜の準備で会える時間も限られる。

 

「……今日は、頑張ろうな」

「うん!」

 

 結局、そんなことしか言えなかったが、つかさは満面の笑みで頷いた。

 そういえば、心成しかつかさがいつも以上に楽しそうに見える。

 以前の初詣の時はそうでもなかったはずだが……?

 

「はやと君がいるから張り切ってるわね、つかさ」

「はぅっ!? お、お母さん~!」

 

 すると、俺の心を読んだかのようにみきさんが指摘をする。

 そっか。俺がそばにいるからか。

 恥ずかしそうに照れるつかさの頭を、俺は思わず撫でていた。

 昼食後に、集まった街の人々と屋台の組み立てや、道具の運び出し等の作業を片付ける。

 そして、夜になると参拝客で境内が溢れるようになっていった。

 

「はぁ……」

 

 昼からずっと裏方で仕事をしていた俺は、漸く休憩時間を貰っていた。

 今まで神具なんかに興味はなかったが、あんなに重いものばっかりだとは思わなかった。

 あと、集まってきたおっさん達にとって、俺みたいな若い人間がいるのは珍しく、ひたすら玩具にされていた。頭撫でまわされたり、背中引っ叩かれたり。つかさとのことを冷やかされたりもした。

 んで、付いた名称が「若旦那」。これじゃあへばる訳にもいかない。

 

「よう、はやと」

「あけおめー」

 

 人気のいないところで休んでいたはずなのだが、聞き覚えのある声が俺の名前を呼ぶ。

 気付くと、あきやこなた達、お馴染みのメンバーが揃っていた。去年も集まってたしな。

 

「大変そうッスね」

「まぁな」

 

 今回は、後輩組も集まっていた。

 ただ、みちるとみゆき、みなみは来れなかったようだ。住んでる地域が違うし、仕方ないか。

 

「ま、しっかりやれよ! 若旦那!」

「へいへい」

 

 冷やかすだけ冷やかし、あき達は人混みの中に戻って行った。

 きっと、かがみから聞いたんだろうな。

 突っ込む気力もないまま、俺は温かいお茶を啜る。

 ふと、携帯で時間を確認すると……あと数分で年越しだな。

 ……はて、何か忘れてるような?

 

「……って! つかさ!」

 

 しまった!

 見学や力仕事の疲れで、キスをすることが頭から吹っ飛んでいた。

 マズい! 今年中にはするって決めてたのに!

 来年まで持ち越したら、またズルズル引き摺る未来しか見えない。

 俺は慌てて、人混みの中からつかさを探す。

 

「あ、はやと君。お疲れ様」

 

 意外と早く、つかさは見つかった。

 今回も巫女服に赤と白のリボンを頭に付けている。丁度、おみくじを担当していたらしく、おみくじの箱を持って立っていた。

 

「お前も、お疲れ。巫女服、似合ってる」

「うん。ありがとう」

 

 去年と同様、予想通りの姿を目の当たりにして、自分で思っていた以上に冷静でいられた。

 勿論、似合ってるし可愛いけど。

 

「とりあえず、間に合ってよか」

 

 よかった、と言いかけたところで周囲が騒めき出す。

 どうやら、カウントダウンが始まるようだ。って、時間ないじゃん!?

 

「つかさ!」

「は、はい!?」

 

 慌てて名前を呼ぶ俺に、つかさは驚きながら返事をする。

 我ながら、何やってんだか。

 そうしている内に、カウントダウンが始まる。

 10、9、8。

 

「好きだ」

 

 ストレートに思いを告げる。半年前は、この言葉を言うのに随分遠回りをしていた。

 7、6、5。

 

「あ……わ、私も! はやと君大好き!」

 

 すると、つかさもはにかみながら想いを伝えてくれた。

 その笑顔に、俺が何度救われてきたか。何度愛おしさを感じてきたか。

 4、3、2、1。

 

「サンキュ」

 

 一言、手短に言い放つと、俺はつかさの肩を掴み、唇を奪った。

 ギリギリ、キスをしてから数瞬後に、新年を迎えた人々の歓声が沸く。

 

「……ゴメンな、いきなり」

 

 ゆっくりと唇を離し、俺は最愛の彼女に謝る。

 しかし、つかさからの反応はない。

 赤面し、目を見開いた状態のまま、固まっている。

 あまりの衝撃にフリーズしてしまったようだ、

 

「つかさ?」

「……え? あ、あわわ……っ!」

 

 名前を呼びかけると、つかさは漸く我に返る。

 そして、おみくじの箱をぶんぶんと振りながらあわあわと狼狽え出した。

 

「……ひょっとして、嫌だったか?」

「あ、う、ううん! そんなことないよ! だって、はやと君とのファースト……!」

 

 一瞬、不安になる俺につかさは首を大きく横に振る。それから、先程のことを思い出し、顔から湯気が出そうになる程真っ赤に染める。

 ……うーん、可愛い。

 

「で、でも、どうして今……?」

「いやさ、年越しで忘れ物したくないなって」

 

 今のタイミングでする理由を不思議がられ、俺も若干頬を染めながら答える。

 すると、俺の意図が分かったかのように、つかさはパニック顔から微笑みに表情を変える。

 

「じゃあ……今年最初のキス、いい?」

 

 上目遣いでねだられる。その反則的な可愛さに逆らうことなんて出来るはずなくて。

 

「……下手でも、文句言うなよ?」

「私も、下手だと思うからお互い様だよ」

 

 そう言い交わし、じゃれ合いながら俺達は口付けを交わす。

 さっきは急いでいたあまり感触を楽しむ余裕がなかったが、つかさの唇はかなり柔らかい。

 味わったことのない幸福感と、つかさの俺を好きだという思いが唇から流れ込んでくるようだ。

 あぁ、ヤバい。これ、癖になりそう。

 さっきよりも長く唇を合わせ、離れるとつかさの表情がまた変化していた。

 ぽややんとしたタレ目はいつも以上に潤んで、口元はだらしなく吊り上がっている。

 こういうのを、トロ顔って言うんだろうな。まるで蕩けたチョコレートみたいに、幸せそうな笑顔を浮かべている。

 

「はやと、くぅん……」

 

 つかさの奴、トリップでもしてるんじゃないか?

 そう思える程蕩けきった声に、俺の胸の鼓動はますます速くなる。

 また、俺が可愛くしてしまったのか。

 

「つかさ、今年もよろしくな」

「うん……えへへ」

 

 流石にこれ以上キスをすると、俺までおかしくなりそうなので、頭を撫でるだけに留めておく。

 それでもつかさは、幸せそうに俺に身を預けて来た。

 つかさと迎えた新しい一年が、どうか幸せでありますように。

 




どうも、雲色の銀です。

第37話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は年末年始のはやつかでした。

さて、散々突っ込まれてきたファーストキス回です。
やっぱり甘さ150%でした(笑)。

そして、はやとの若旦那への道が着々と築かれています。
婚約もしているようなものだし、もうさっさと結婚しちまえよ。

次回は、バレンタインデー回!糖分の摂取過多にご注意ください!

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