12月も、テストシーズンが終わってからはあっという間に過ぎていった。
と言っても、俺達受験生はテスト後も勉強漬けの日々を過ごしていたけど。
だが、連日勉強の成果は出ているようで、期末テストの結果は今まで以上に良くなっていた。
「ははははっ! これが俺の本当の力だ!」
他の奴もやなぎ大先生やかがみ大先生のおかげで、点数が上がったらしい。
俺の目の前では、赤点に最も近い男こと、天城あきが声高らかにテストを見せびらかしている。
いや、確かに上がってるよ。けどな、全部平均点より下だって分かってるよな?
「平均点より低い本当の力って、ねぇ?」
「ぐはっ!?」
どうでもよさげに眺めていると、こなたが鋭い一言を容赦なく投げつけた。
相変わらず、彼氏相手には情けを掛けないな。
「しゃ、社会は平均より上じゃー!」
「4点はね」
あきの得意科目は日本史らしく、なんと平均点を4点も上回っていたのだ。
はいはい、すごいすごい。
因みに、こなたは今回はヤマなしで80点台キープらしい。
「あき君、よく陵桜に入れたよね」
「ふっ、ふははは! 俺はあと変身を2回残して」
「さっき本当の力とか言ってたよな」
俺とこなたからの口撃に、あきはとうとう膝を付いてしまった。
コイツ、本当は裏口入学なんじゃないのか?
と、実力が確実に上がっていることを確認している内に、もうすぐ冬休みが近付いていた。
高校生活最後の冬休み、そしてクリスマス。
何だか、「高校最後の」と付ければ何でもかんでも特別に思えてしまうのは気のせいだろうか。
だが、今回はそれを抜きにしても、俺にとっては特別なクリスマスだった。
何故なら、つかさと恋人同士になって初めて過ごすクリスマスだからだ。
今まではこんなイベント、ケーキやチキンが安くなる以外で関係はないと鼻で笑っていたが、彼女が出来て初めて重要だと思えて来た。
やっぱりムードって大事だな、うん。
「という訳で、クリスマスはどう過ごそうか」
下校途中で、俺はつかさに尋ねてみた。
去年は恋人同士ではなかったが、つかさや柊家の好意に甘え、共に過ごさせてもらった。あの時の温かさは、一生忘れられない。
だが、今回の目標はあくまで恋人同士で過ごすクリスマスだ。出来れば2人きりでデートをしたい。
「えっと……どうしよう?」
それはつかさも同じ思いでいてくれてるようで、頬を染めながら考えていた。
クリスマス前だというのに、もう心が温かくなる。
しかし、特に何をしていいのか思いつかないのは確かに問題だった。
今までのデート経験で、俺達は張り切って準備された豪華なデートよりも、費用の掛からないまったりしたデートの方が似合ってるのが判明している。
けど、流石にクリスマスぐらいには特別なこといたって罰は当たらないだろう。
じゃあ、特別なこととは?
「そうだな……」
夕飯に豪華なレストラン……ダメだな。つかさの手料理の方が絶対かつ圧倒的に上だ。
遊園地……今から予約しても遅いかもしれない。そもそも、流石に一日遊ぶには予算が足りない。
映画……無理。詳しくないのは何時ぞやかで思い知っただろうに。
ショッピング……服はこの前買ったし、特に欲しいものはない。それに、クリスマスプレゼントを一緒に選んでもサプライズ感ゼロだ。
改めて、本当に改めて特別って難しいものだと思った。
「やっぱり、いつもみたいにのんびり過ごそ?」
考えが浮かばない俺に、つかさは優しく微笑みかけてくれる。
ダメだ、これじゃあ以前の二の舞じゃねぇか。
せめて、せめて初めて恋人として過ごすクリスマスくらいは、特別な何かを用意したい。
必死に考えつくした結果、あることを思い出した。
去年、俺が父さんとの再会でショックを受け引き籠った時、つかさは俺を心配して家に泊めてくれた。
「……お、俺の部屋、来るか?」
思ったことを深く考えもせず、そのまま口にする。
その瞬間、つかさはまるで時が止まったかのように固まり、俺は自分で言ったことに対し一瞬で顔を真っ赤にした。
いやいやいや!? 来るかじゃねぇよ!
あの時と状況も関係も違うし! 柊家と違って狭いうえに完全に2人きりだからマズいなんてレベルじゃねぇ!
必死に頭を抱えるが、一度発言したことは取り消せない。
「う、ん……」
「……え?」
ねぇよ、と頭の中で繰り返し続ける俺に、漸く動き出したつかさはゆっくりと頷く。
それがどういう意味か把握出来ず、俺は間抜けな声で聞き返してしまう。
「は、はやと君がいいなら……」
つかさはモジモジと体を縮こませ、耳まで真っ赤にしながら視線を逸らして小さく言う。
……オイオイ、聖夜はまだ先なのに天使がここにいたよ。
自分の発言と、つかさの仕草で、俺はその場で暫く悶絶する羽目になってしまった。
結局、クリスマスはいつも通りののんびりデートをし、俺の家で夕食を食べることになった。
今までは柊家で過ごすことが多かったからか、いざ自分の家で2人きりとなると、かなり緊張する。
それはそうと、クリスマス本番前に、どうしても用意しなければならないものがある。
「野郎共、ちょっと相談がある」
恋人へのクリスマスプレゼントには、一体何を送るべきなのか。
幸い、俺の周囲は彼女持ちだらけだ。何かいい案を持っているかもしれない。
昼休みになると、俺はあき達を屋上に連れ出した。
「奇遇だな。俺も相談がある」
すると、あきも何か悩み事がある様子だった。
あのあきが考え込むだなんて、明日は雨かな。
「俺も、相談、ある」
「実は僕も……」
しかも、みちるとしわすにも相談があるという。
頭のいい2人の悩み事なんか、俺達に分かる訳ないだろうが。
「……全員、悩みを抱えてるみたいだな」
最後に、やなぎも額に手を当てながら言い放った。
つーか、もうここまで来れば全員何で悩んでるか察しが付くっての。
要するに、男5人も集まって、彼女へのクリスマスプレゼントを決められずにいた、ということだ。
「ったく、お前等は去年も恋人同士で過ごしたんだろ。何かねぇのか?」
俺は呆れ顔であきとやなぎに尋ねる。
コイツ等は2年次に結ばれ、クリスマスをイチャイチャ過ごしたはずだった。何もないはずはないだろ。
「いやぁ、去年はこなたの奴がバイトだったからさ。プレゼントも、欲しがってたアニメグッズだったし」
まずはあきが言い訳を述べる。
そういえば、デートの誘いを断られて轟沈してたような。でも、クリスマスのプレゼントにアニメのグッズはないだろ。
いくらこなたでも、あきの甲斐性のなさに内心怒ってたに違いない。
「確かに去年はデートしたが……プレゼントはハンカチだったな」
一方、やなぎは無難なものを贈っていたようだ。
ただ、普段からたまにプレゼントのやり取りをしている所為で、ここぞというプレゼントが思いつかないらしい。
甲斐性のある方はある方でまた問題だな。
「みゆきはあまり欲しいものを言わないから、何を送っていいのか分からなくて……」
みちるはプレゼントの範囲を絞れなくて困っていた。俺が言える立場じゃないが、贅沢な悩みだな。
みゆきもつかさも、我儘を言わないから贈るものが定まらないんだよな。
最も、みちるには潤沢な軍資金がある。俺と違って、本当に贈りたいものを贈ってやれる強みがある。
「みさお、喜ぶもの……運動靴?」
しわすは彼女が男勝りでお洒落もあまりしない所為で、贈り物が本当に喜ばれるのか心配だという。
うーん、確かに日下部にブランド物の財布や鞄は似合わないな。精々スポーツバッグか?
こう聞いてみると、同じような悩みで大本はそれぞれ違う。
……うん、状況の違うコイツ等に相談しようとした俺が馬鹿だったよ。
最終的に、誰の悩みも解決しないまま昼休みが終わった。
放課後になると、つかさに断りを入れて1人で街へ繰り出した。
とは言っても、未だに案が浮かばないんだよなぁ……。
ブランド物やお高い宝石なんかは、逆につかさは好まないだろうし。
料理器具……クリスマスに贈るのにどうだよ?
ぬいぐるみ……喜んでくれそうだけど、ちょっと子供っぽいかもな。
街にある店々を回りながら、つかさのプレゼントに相応しいもののイメージを固めていく。
丁度その時だった。俺の視界に、ある露天商が入ったのは。
絨毯の上に売り物であるアクセサリーを売っているようで、いかにも怪しさ満点である。
うーん、やっぱりシンプルなアクセサリーの方がいいんだろうか。けど、少し前にネックレスを贈っているので、新鮮味がない。
「何かお探しで?」
少し考えていると、露天商のおっさんに声を掛けられる。
しまった、こういう怪しい店は金をふんだくられるかもしれないから、買う気はないのだが。
「いや、何でもないです」
買う意思がないことをはっきりさせ、その場を立ち去ろうとする。
が、ある品を見つけてふと立ち止まってしまった。
そうか……そういう手もアリか。俺の頭に、かつてないアイデアが浮かぶ。
「これ、いくらですか?」
考えが纏まると、俺は早速行動に移した。
12月24日。俗に言うクリスマス・イヴだ。
冷たい風に白いマフラーをはためかせ、俺は駅前で待ち合わせをしていた。
周囲を見回すと、普段以上のカップル率に改めて驚かされた。
去年まではバイトで忙しかったりしたから、特に気になんてしてなかったけどな。
このカップルの多さなのに、日本は少子化なんだとさ。一体、この中の何組が分かれることになるのやら。
「はやとくーん!」
そんな黒い思考を巡らせていると、俺の名を呼ぶ可愛らしい声が聞こえる。
時間は……5分の遅刻か。つかさらしい。
「ゴメン、お待たせ……!」
息を切らしながら謝るつかさの服装は、冬らしく温かそうなケープを羽織っていた。
……天使の羽根みたいだと一瞬でも思ってしまった俺はもうかなり脳味噌が溶けてるのかもしれない。
「5分の遅刻だ」
「はう……!」
が、俺はややキツめにつかさを叱る。
申し訳なさそうに上目遣いで見つめるつかさは、まるで飼い主に怒られて縮こまっている子犬のようだ。可愛い。
「待った分、寒かったなー」
「ご、ゴメンなさい」
今度は嫌味っぽく言うと、つかさはますます落ち込む。
そろそろ意地悪も辞めてやるか。
「だから、寒かった分温めてくれよ」
「え? あ……うん!」
次の台詞で、つかさは漸く俺の考えに気付いたらしく、満面の笑顔で抱き付いてきた。
かえでの受け売りじゃないが、やっぱりつかさはしょげた顔より笑顔が似合う。
「んじゃ、いつも通りブラブラと行くか」
「うん!」
周囲のカップルも羨むほどのイチャつきっぷりを初っ端から披露し、俺達のクリスマスが始まった。
いつも通りのルートで昼食を取ったり、つかさが気になっていた食器を見たり、今晩の夕食の材料を買ったりして、時間を過ごす。
そう、ここまでは普段と同じ。
けど、今日は早めに帰ることになった。
「はやと君の家、久しぶりだね」
「そうだっけか?」
何故なら、今晩は俺の家で過ごすからだ。
アパートでクリスマスを恋人と共にする、なんて海崎さんが聞いたら、血涙流して壁を殴りまくるだろうな。
「お邪魔します」
鍵を開け、中に入ると律儀にもつかさは頭を下げて来た。
入るのも初めてじゃないんだから、そこまで緊張することない……んだろうけどな。
とりあえず、2人だけのクリスマスパーティの準備を始めることに。
因みにつかさが料理担当で、俺は部屋の飾りつけ担当だ。
飾りいらねぇだろ、と思ったがつかさがどうしてもというので、付けることになった。
あと、つかさが来るので、俺は初めて炬燵を買った。流石に出費が痛かったが、つかさの為なら何とかなる。
「お待たせ~」
簡単に飾り付けを終え、暫く待っているとつかさが料理を運んでくる。
……こうしてると、新婚生活みたいでムズ痒くなってくる。
「えへへ、何だか私達、結婚したみたいだね」
「!」
つかさも同じことを思っていた、というか口に出した。
無意識だったんだろうが、あまりの恥ずかしさにお互い赤面しながら無言になってしまう。
お前、今のはズルいだろう……。
「じゃ、じゃあ食うか!」
「そ、そうだね!」
ここは無理矢理進めることで、場を取り持った。
人の目がないだけで、こうもお互いを強く意識するなんてなぁ。
「ご馳走様でした」
「ふふっ、お粗末様でした~」
つかさの手料理を平らげ、掌を合わせる。相変わらず、つかさの手料理はどの料理よりも美味い。しかも、また腕が上がってないか?
実はまだケーキが冷蔵庫の中に入ってるのだが、それは少し間を置いてからということで。
それよりも、俺にはやることがあった。
「食器は後でいいからさ、こっち来いよ」
「ふぇ?」
食器を洗おうとしていたつかさを呼び戻す。
こういうところ、もう主婦だよなぁ……。
つかさがエプロンを外してこたつに入ると、俺は後ろに隠したプレゼントに手を伸ばす。
「ホイ、クリスマスプレゼント」
「わぁ~♪」
俺が渡したのは、リボンを巻かれたカエルの宇宙人のぬいぐるみだ。
前からつかさはこれが好きだったしな。
「ありがとう、はやと君!」
可愛いもの好きのつかさは、ぬいぐるみを抱き締めながら破顔一笑。
やっぱりこっちも用意しておいてよかったな。けど、これはつかさが子供っぽいということで、喜んでいいものかどうか。
「あ、私もプレゼントあるんだよ!」
幸せそうにふにゃけていたつかさは、慌てて自身の鞄を漁り出す。
いや、俺にとってはお前の存在が既にクリスマスプレゼントみたいなもんだから。
「はい、どうぞ!」
つかさは俺に予想以上に大きな包みを渡しながら、もう一度破顔一笑。コイツは笑顔で俺を溶かすつもりか。
包みを丁寧に剥して箱を開けると、中身は歪な形の白い物体だった。……何だこれ?
箱の下には説明書があった。何々、低反発枕?
「えっとね、これから寒くなるでしょ? だから、少しでもはやと君が心地よく眠れますようにって」
なるほどね。つかさも、しっかりと俺のことを考えてくれてたって訳か。しかも、ご丁寧に個別でアイマスクまで入ってた。
……そんなに俺に屋上で寝て欲しくないのか?
「サンキュ。ありがたく使わせてもらう」
「うん!」
けど、ありがたいことに変わりはない。
枕とアイマスクを受け取ると、つかさはホッとしたように頷いた。
「あ、そろそろケーキ持って来ようか?」
恋人同士のプレゼント交換に気恥ずかしさを感じたのか、つかさは若干早口で立ち上がる。
おいおい、誰が終わりだって言ったよ。
「きゃっ!?」
俺は膝立ちでつかさの左手を掴むと、引き寄せながらあるものを掴ませた。
あの時、露天商と交渉に交渉を重ね、格安で手に入れた品。
その正体に気付いたつかさは、目を見開き驚いた。
「これ……」
「本物じゃない、ガラスだから安心しろ」
それは、ルビーを嵌め込んだ指輪だった。ルビーを選んだのは、つかさの誕生石だからだ。
勿論、中身はガラスの安物だが、今の俺達にはこれで十分だろう。
「で、でも指輪だなんて」
つかさが言い終わる前に、俺はつかさから一度指輪を取る。
あの露天商には、指輪以外にもイヤリングとかヘアピンとかもあった。けど、俺は指輪一択だ。
俺が指輪を選んだ理由なんて、1つしかない。
「……案外、ピッタリ行くもんだな」
指輪をつかさの左薬指に嵌めながら、俺は感心していた。
フィクションならば、こういう時にサイズが合わずブカブカだということが多いからな。
当然、俺はつかさの指のサイズなんて知らない。けど、キツくも緩くもないサイズで安心していた。
「え、えぇぇぇぇっ!?」
突然の事態に、つかさは顔をルビー並に赤くして叫ぶ。
ちょっ、近所迷惑だっての!
「こ、これ……」
「まぁ、進路もそうだけど、婚約ってことで……ダメか?」
俺が選んだ、クリスマスの特別。
ロマンチストなつかさが好きそうな、ベタなシチュエーション。
我ながら向いていないとは思うが、今回は特別なんだからいいかと開き直った。
「だ、ダメなはずない! ふ、ふつつかものですが! よろしゅくおにゃがいしましゅ!」
首をブンブンと横に振って、終いには噛みまくって頭を下げるつかさ。
そんな彼女が、どうしようもなく愛おしくて。
ケーキのことも忘れて、俺は暫くつかさを抱き締めるのだった。
どうも、銀です。
第36話、ご覧頂きありがとうございました。
今回はクリスマスのはやつかでした。
つばめ編がギスギスしたシリアスだったので、反動でほのぼのになりました。
もうダダ甘垂れ流しです(笑)。
ここから先、実はラストまで特に山場もありません。こんな感じなのが続きます。
なお、ファーストキスはまだな模様。いい加減にしろ(笑)。
因みにルビーの石言葉は「情熱・純愛」。シャバドゥビタッチヘンシーン!
次回は、年越し回!