時間は丁度、一時間目が終わった頃合いだな。
つばめとかえでの、本音と拳のぶつけ合いを見届けた後、俺は何食わぬ顔で教室に戻ってきた。
授業をサボるのも随分と久々だが、自然に戻ってくることで意外とバレないのは相変わらずだ。まぁ、あき辺りは気付いてるんだろうが、この教室内での俺の存在感なんてその程度だ。
「おかえり、はやと」
席に座り、一応次の授業の準備をすると、みちるが話しかけてきた。
やっぱ、コイツも気付いていたか。まぁ、みちるは付き合いが長いし、この程度のサボりで俺を叱ってくる奴じゃない。
「久々の屋上のシエスタはよかったぜ。それに、それ以上の収穫もあったしな」
「収穫?」
そういえば、俺以外の3年は全員つばめ達の問題に関わってなかったっけ。
つばめとゆたかの調子が悪くなった時に、つかさに連絡したぐらいか。
「へぇ~、やっぱりはやと君、屋上で寝てたんだ」
その時、背筋に強い悪寒を感じた。
背後から聞こえてくる声は、愛おしくもあるのだが、今の俺には恐怖の対象でしかない。
青ざめた顔で振り向くと、ニコニコと笑顔だが、背後にはかつてない程の黒いオーラを放つつかさが立っていた。
そーだよな。つかさにバレないはずがないよな。
「いやぁ、今回は後輩の為というか、少しは頭を回転させようと」
「お話、あとでたっぷり聞かせてね?」
「……はい」
即座に言い訳を述べようとするも、遮るつかさのプレッシャーに、俺はただ頷くことしか出来なかった。
つかさを本気で怒らせると怖いということを、付き合ってから初めて知った、2時間目の始めだった。
「……とまぁ、そんな感じだ」
結果、昼休みになると全員に説明せざるを得なくなってしまった。
つばめ達に起きた問題、つばめの過去、今朝の出来事、俺が手を出そうかと考えていたことまでも洗い浚いだ。
因みに、怒っていたつかさだが、姉と違って暴力を振ることはない。話すまでお弁当お預けは流石にダメージデカかったけど。
「なんというか、ご苦労様だね~」
全てを話し終えた後、こなたが第一声を放つ。
全部他人のことだから、ご苦労様意外に言うことがないんだろうけど。
本当、俺も柄になく動いた方だと思う。
「これで、後輩組も解決に向かうといいな!」
「ケンカ、よくない」
続いて、ミートボールを頬張る日下部としわすが能天気に話す。
あの殴り合いはガチだったから、ケンカ嫌いのしわすが見たら卒倒ものだろうな。
「けど、それとはやとのサボり癖は全く関係ないよな」
「そうだよ~、授業はちゃんと受けないと」
かがみが余計なことを言った所為でつかさも乗っかってまた叱ってくる。
ぐっ、おのれかがみめ……。
「つかさ、好きだ」
「ふぇっ!? わ、私もはやと君のこと」
「誤魔化すな!」
誤魔化すついでにイチャイチャしようとすると、やなぎに突っ込まれてしまった。
チッ、上手く行ってたのに。でも、こんな手に引っかかる辺りがつかさらしくて可愛い。
「へいへい、もうサボりませんよって」
「もう、約束だよ?」
まだ顔を赤くしてるつかさに警告を受け、この話は終わった。
俺としても、つかさとの将来の為にもこれ以上サボる気はないんだけどな。
さてさて、つばめ達は上手くやってるだろうか。
☆★☆
昼休み、教室で昼飯を食いながら、俺は皆に全てを話していた。
かえでとの殴り合いの後、2限目から教室に戻ってきたのだが、俺とかえでの腫れ上がった顔にクラス中が騒然となった。授業しに来た教師すら、俺達の様子に驚いていたぐらいだ。
一応、休み時間中に保健室に行き手当はしたが、正直まだ痛い。
「……ずっと、怖かったんだ。傍にいる人間が俺の所為で不幸になるのが。俺の目の前から消えていくのが。だから、親しい人間なんて最初からいらないんだと考えていた」
母さんから聞いたであろう俺の過去を詳しく話した後、俺の内側も吐露した。
恥ずかしくはあったが、全てを話すという約束だから仕方ない。
はるかを失ったことへのトラウマと罪悪感、騒音を嫌う理由、他人から嫌われようとしてきた真意を話し終えると、皆は黙りこくっていた。
あの普段は煩いかえですら、上手く言葉が出ないらしい。
「……私は、いなくならないよ」
最初に口を開いたのは、ゆたかだった。
今朝、あんなに酷いことをしたにも関わらず、ゆたかは俺に笑い掛けてくれる。
「つばめ君は優しい人だって、最初から気付いてたから」
そうだった。ゆたかは最初っから俺をいい人だと言い続けて来た。
他人を寄せ付けたくなかった頃は迷惑だったが、今は不思議と心地よく感じる。
どうして、ゆたかみたいな純粋な奴が俺の近くにいるんだろうな。
「だーかーら、俺達の不幸をお前が勝手に決めるなっての。俺はお前を笑わせるまで、離れてやるつもりはないぜ」
ゆたかに続き、かえでが鬱陶しく絡んでくる。さっきもそんなこと言ってたな。
……そのウザいくらいの性格が、今や俺を変えようとしてるんだから不思議だ。
「つばめ君には、ノートとかでお世話になったから……それに、今の話を聞いて放っておけない」
かえでとは逆に、普段クールなみなみは俺に熱い意志を見せてくれる。
ああ、コイツも本当は優しく面倒見のいい奴だったな。ゆたかが全面的に信頼するはずだ。
「……やはり、俺には人間の感情とは複雑怪奇なものだ」
唯一、顔色一つ変えずに静観していたさとるは、相変わらず人間の感情が分からないらしい。
きっと、俺が抱いていた本心についても、よく分からないんだろう。俺がさとるを気に入っていたのも、ただ静かだというだけでなく、本心を悟られないと思っていたからかもしれない。
「今更、何故お前を見捨てなければならない? そんな冗談より、普段のかえでとのやり取りの方が面白いぞ」
けど、少しずつは分かり始めてるのかもしれない。
俺の言葉を、冗談だと片付けられるくらいには。
「そうそう! 私等はもう友達、だから心配事なら今みたいに全部話してくれていいんだよ!」
最初は俺を怖がっていたひよりですら、俺を友達だと呼んで受け入れてくれる。
俺の周囲にはいつの間にか、こんなに温かい居場所が出来ていた。
かつて俺が嫌っていたはずの関係が、今はこんなにも心地いい。
「……ありが、とう」
ぶっきらぼうながらも、俺は皆に礼を言った。
「つばめ君」
放課後になると、ゆたかに呼び止められた。
恐らく、今朝のことについてだろう。
そんな気はしていたので、俺はさっさと帰ろうとしていたのだが、先を越されたようだ。
「……もう一度、体育館裏でいいかな?」
自身の髪の色ぐらい顔を赤く染め、もじもじとこっちを見つめてくる姿は、正直に言って可愛らしいと思う。
まぁ、見た目が幼いから同学年の男子からは恋愛対象から外されてるようだが。
「……分かった」
居心地は悪いが、無碍にする理由もないので頷いておいた。
すると、恥ずかしいのかゆたかはさっさとその場から去って行ってしまった。
「モテますな~、色男」
「殴るぞ」
「オーケー、落ち着こう。これ以上殴られたらマジで死ぬ」
ゆたかがいなくなった後、即座にかえでが絡んでくる。
少しは心を許したが、ウザいことに変わりない。未だに痛々しく腫れ上がっている顔に拳を向けると、大人しくなった。
「それで、どうするつもり……?」
今回は珍しく、物静かなみなみまでかえでに加勢してきた。
いや、もうかえでの彼女だし、それ以上にゆたかの親友だから気になるんだろうけど。
「俺の勝手だ」
しかし、俺はいつも通りに答えを濁した。人間、すぐには変われないな。
だが、これは俺とゆたかだけの問題だ。今までとは違う意味で、関与して欲しくない。
「……分かった」
俺の意図を汲み取ってくれたのか、みなみは頷いた。
ただ、視線は「ゆたかを泣かせたら許さない」と訴えているが。
後ろを気にしながら体育館裏へ向かうが、結局付けられている様子は見られなかった。
俺の取り越し苦労だったか。
「待たせたか」
「ううん」
体育館の影の中にポツンと佇むゆたか。さっき別れたばかりだし、待っていないのは当然だな。
この場所で女子に呼び出されるのも、もう何度目だか。
今までは断る気満々だったし、誰かと繋がること自体を恐れていたから、特に何も感じなかった。
しかし、今は知った顔が自分の思いをぶつけようとしている。
それがどうしてももどかしくて、恥ずかしい。
「その、今朝……言いそびれたこと、言ってもいいかな?」
ゆたかが始めに放った言葉に、俺は改めて自分が仕出かしたことの冷酷さを思い知る。
好きだなんて言うな、か。
勝手な話だが、俺はゆたかの思いを聞く為に呼び出しを聞いた。それを、俺のあんな言葉で辞めて欲しくない。
「聞かせてくれ」
けど、今更俺が何を言っても遅い。ゆたかが何を言うとしても、俺はここで聞かなければならない。
散々人の気持ちを踏み躙ってきた俺には、実にお似合いな末路だ。
「わ、私……つばめ君のこと、好きです!」
ゆたかは少しだけ間を置いた後、勢いに任せて想いを伝えて来た。
そんなゆたかの告白に、俺は……その場で呆然としていた。
いや、てっきりなかったことにしてくださいとでも言われるかと思っていた。あんな酷いことを言った後だし。
「……それがお前の、ゆたかの想いか?」
「うん……」
嫌われても仕方のないことを沢山したのに。無様な姿を見せ続けたのに。
それでも、この無垢な少女は俺を好いていてくれるのか。
俺はゆたかのまっすぐな想いに、思わず自身の胸を掴む。
辛くて、でもありがたくて、言葉で言い表せられないような痛みを感じていた。
「そうか……ありがとう」
俺は笑顔でゆたかに答える。
真剣で、純粋なゆたかの告白に、俺もまたしっかりと答えなければならない。
「でも、ごめんな」
だから、断った。
俺にはゆたかの想いに応じることが出来なかった。
あぁ、また泣かせてしまうな。
「俺も、ゆたかは好きだ。俺を信用し、いい人だと想い続けてくれたゆたかを」
今までなら断るだけでこの場を去っていた。
けど、俺は話さなければならない。俺がゆたかと付き合えない理由を。
目に涙を溜めそうになっているゆたかは、堪えながら俺の話を聞いてくれていた。
「けど、俺はまだ、はるかを忘れることが出来ないんだ」
子供の初恋だと笑われるかもしれないけど、それでも俺ははるかのことが好きだ。
今も、その思いに変わりはなかった。こんな状態でゆたかと付き合っても、浮気と変わりないだろう。
「だから、待っててくれないか? 俺が改めてゆたかのことを一番好きになれるまで」
この気持ちに決着が着くまで、ゆたかの告白を保留にする。
それが、俺の考えた結論だった。
やっぱり人間はすぐには変われない。自分勝手なのも、治らないものだな。
「……うん。つばめ君に私の声が届くの、待ってる」
自分でも呆れるほどの返事だが、ゆたかは笑顔で頷いてくれた。
結果、表面上は変わらなかった俺達の関係だが、より深く繋がることが出来たと思う。
俺は、俺の止めていた歩みはもう一度ここから始まるんだ。
あの日以来耳に残っていたはずのノイズは、不思議と聞こえなくなっていた。
あれから数日後。
俺の元へ一通の手紙が届いた。差出人は、俺の母親。
大きな封筒の中身は母さんの手紙と、もう一つの封筒だった。
全く意図の分からない手紙に、俺は首を傾げながら母さんの手紙を読んだ。
最初は手間のかかることをして、と呆れ顔だったが、段々と読み進める内に表情が驚愕へと変わっていく。
「そんな、まさか!?」
母さんの手紙の内容はこうだった。
はるかが亡くなった数日前、自分達は手紙を預かっていた。
その手紙は俺に宛てたもので、自分が死んだ時に渡して欲しいとのこと。
しかし、最悪の事態に心が砕かれた俺に渡すことなんて出来ず、いつか過去を乗り越えるまで持っていた、と。
そして、今の俺ならばはるかの手紙を落ち着いて読むことが出来ると信じ、この手紙を送った。
俺は、結局最後まで両親に心配をかけてたんだな。感謝してもしきれないよ。
両親の手紙を置き、手を震わせながらはるかの封筒に手を伸ばす。
手紙には、はるかの字と思われる丸い字が書かれていた。
はるかの字を見たことはないが、これは間違いなくアイツが書いたものだと俺には分かった。
病気で苦しんでたのに、自分の両親だけえなく俺にまでこんな手紙を宛てるなんて、どれだけ心配性なんだよ。
高鳴る鼓動を押さえながら、俺はいよいよ手紙の内容に目を通した。
つばめ君へ
お元気ですか。
この手紙を読んでるのなら、きっとわたしはあなたのとなりにいないと思います。
ごめんね、約束やぶって。ずっといっしょにいるって言ってくれたのに。
きっと、優しいつばめ君なら、わたしがいなくなったのは自分のせいだと思ってるんじゃないかな。
けど、そんなことはないよ。わたしは、つばめ君と出会えて本当によかった。
たった一か月だけど、つばめ君と恋人になれてうれしかった。
本当はもっといっしょにいたかった。つばめ君といっしょにデートしたり、中学に通って勉強したり、けっこんだってしたかった。
わたしは、つばめ君が大好き。ずっとずっと大好き。
だから、わたしのことで自分をせめないで。
つばめ君が悲しんでるすがたを見たくない。
わたしのこと、わすれてほしくないけど、わたしよりももっと好きになれる人を探して。
どうか、その人と幸せになってください。
わがままを聞いてくれてありがとう。わたしを好きになってくれてありがとう。
わたしの望み、かなえてくれてありがとう。
十波はるか
全て読み終えて、俺は頬を伝った雫が何滴も手紙に落ちているのに気付いた。
何がありがとうだよ。何が責めないでだよ。
死んだ奴にまで心配されて、俺は何をしてたんだよ。
「はるか」
俺ははるかを片時も忘れたことなんてなかった。お前より好きな奴が出来るなんて考えたこともなかった。
ずっと、一緒にいるつもりだった。
「はるかぁ……っ!」
手紙を握り締め、俺は独り咽び泣いた。
今だけは小4の子供に戻ったように。
やっと、はるかの声が聞こえた気がした。
どうも、雲色の銀です。
第35話、ご覧頂きありがとうございました。
今回でつばめ編終了になります。
つばめ編は全体的に暗い雰囲気になりました。
終わり方も、今までは明るい感じで終わっていたのですが、今回はビターエンド風です。
ゆたかとの恋愛も、今回で決着を付けるつもりはありませんでした。彼等もまだ高校1年生ですし、時間ならあります。
因みに、タイトルの「again」は前回同様にYUIの曲で、鋼の錬金術師FAのOP曲でもあります。
こちらの歌詞や雰囲気はつばめにすごく一致してると思いました。こちらも是非、聞いてみてください。
次回は、クリスマス回!リア充爆発しろ!