すた☆だす   作:雲色の銀

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第32話「騒音」

 世の中は騒音に溢れている。

 道路を行き交う車、人の話し声や足音。

 雑音だらけだ。

 

 皆、黙ればいいのに。

 騒音に埋もれた世界じゃ、一番大切なものが聞こえなくなるじゃないか。

 

 

 

 俺は今日も、バスに揺られて陵桜学園を目指す。

 特等席は一番後ろの右側だ。別に左でもいいけど。

 学園前のバス停まで、俺は本を読むことで時間を潰している。今までもずっと、こうして暇な時間には本の中の静寂な世界に引き込まれていた。

 昨今、活字の羅列を読むのが苦手な人間も多くいるが、俺は文字が織りなす世界が好きだった。余計なものは一切入ってこない。ただ、集中すべきものがあるだけ。俺一人だけの、世界。

 しかし、その独占された世界には、度々雑談という名のノイズが割り込んでくる。

 どうして静かにしていてくれない。どうして言葉をかき乱す。

 音の量があまりにも酷いと、俺は本を閉じる。これ以上、自分の世界が壊されるのを耐えられない。

 今日は特に酷い部類に入るらしく、前の席も真横に座っている連中も他の乗客達も、自分達の話に夢中になっている。

 

「はぁ……」

 

 勿論、こんな状況で黙れ、だなんて言えない。

 これは日常の光景だ。俺が憂鬱というだけで、関わりさえしなければもっと煩くなるようなことはない。

 俺は外の風景に視線を移し、何も考えないまま学園に着くのを待った。

 

 

 

 下駄箱を開けると、今日も中には手紙が入っていた。

 白い便箋にハートマークの封止シール。所謂、ラブレターという奴だ。

 一体何度目だ、と俺はまた溜息を吐く。

 桜藤祭で半ば強引にステージに立たされ、代理で一曲歌っただけなのに、予想以上にウケが良かったせいで異性からの人気が急上昇したらしかった。

 どうして、ここの学園の生徒は俺に静かな生活を送らせてくれないんだ。

 封筒を開け、中の手紙に目を通す。女子らしい丸っこい字で、俺のライブでの活躍が素敵だったことと、今日の放課後に体育館裏で待っているということが書かれていた。

 粗方読み終えると、俺は手紙を破って鞄にぶち込み、そのまま教室に向かった。

 俺はそもそも、このラブレターという奴が嫌いだ。

 告白されること自体が迷惑なのだが、直接呼び出すことも出来ない奴に時間を割くのが嫌だった。あと、資源の無駄遣いだ。

 これまで、もう何人もの女子からラブレターを貰ってきた。顔も名前も知らない、同学年から3年まで。

 その全てを俺は断ってきた。手紙も全て破き、自室で処分した。

 恋愛なんて、ノイズと同じだ。聞こえのいい言葉だが、耳を塞げば目の前にいるのはただの人間。

 実際、歌を聞いただけで好きになったという女は、耳を塞いだ状態で俺を好きだなんて言えるのか。ノイズに塗れた好意で、俺の本質を見抜けるというのか。冗談じゃない。

 俺は断りの言葉を適当に考えながら、クラスのドアを開けた。

 

「よぉ、つばめちゃ~ん。 またラブレター貰ったんだって?」

 

 席に着くと、早々にかえでが絡んできた。

 あと1ヶ月は残っているが今年1年、コイツの煩さには頭を抱えさせられた。来年3月まではコイツと共に過ごさなきゃいけないと考えると、憂鬱で仕方ない。

 大体、何で俺がラブレターを貰ったことをコイツが知っているんだ。

 

「なぁなぁ、見せてみろよ!」

「黙れ。あとつばめちゃんはやめろ」

 

 件のラブレターを見せろとせがむかえでを、俺は邪険にあしらう。

 何の義理があって、コイツに手紙を見せなきゃいけないんだ。

 

「今朝、つばめの下駄箱を覗いてたから……」

 

 煩いかえでを宥めながら、岩崎みなみが俺の気になっていた状況を説明してくれた。

 みなみはかえでの彼女だが、住んでいるのは東京だったはずだ。どうせ駅か何処かで待ち合わせしていたんだろうけど。

 因みに、この前の持久走での一悶着の後、俺達のグループは名前で呼び合うようになった。それぐらい、仲が深まったってことなのだろう。俺は不本意だが。

 

「ゴメンね、つばめ君……」

 

 みなみに続き、ゆたかが謝る。ゆたかもみなみも一般的なモラルを持ち合わせているから、かえでのついでに知ってしまっただけだろう。

 ゆたかも、最近は体調が悪化することも少なくなり、俺のノート写しの仕事も大分楽になった。

 

「別に」

「そーだよな! 見られるくらい」

「お前はくたばれ」

「何で!?」

 

 調子に乗るかえでを一睨みし、俺は読みかけの本に目を通し始めた。

 

 

 

 放課後。俺は書かれた通り、体育館裏に行く。

 よくあることだが、ラブレターを遊びで書いて、指定された人間をおちょくる悪戯がある。

 普通なら溜まったものではないが、俺はいつもこういう悪戯であって欲しいと考えている。

 そうすれば、後腐れもなくすぐに帰れる。面倒なことにも、後味が悪くもならない。

 

「あ……」

 

 まぁ、これはただの願望だったんだが。

 現実は、本当に体育館裏で女子生徒が待っていた。

 普通の地味な見た目で、気が少し弱そうな感じだ。手紙には2年生と書かれていたが、同学年かと思ってしまった。

 

「アンタが、手紙の送り主?」

「は、はい!」

 

 一応尋ねると、女子生徒は緊張しているのか上擦った声で返事をした。

 まぁ、見た目は可愛くないって程ではない。性格も、悪い奴ではないんだろうな。手紙の書き方も真剣そのものだったし。

 

「あ、あの、ライブで歌ってたの見てて……すごく格好良かったです!」

「はぁ、ども」

 

 恐らく、一目惚れだったのだろう。

 一瞬ステージに立っただけの俺に一目惚れして、この子は俺のことを必死に探したんだろうな。

 目立つタイプじゃない俺をやっと見つけて、頑張ってラブレターを書いて、告白をする決心を固めた。すごいじゃないか。

 

「あの、それで……こ、湖畔君のこと、好きになりました! よ、よかったら付き合ってください!」

「断る」

「ふぇ……?」

 

 バッサリと冷たく断る俺に、女子生徒は呆然と見つめてくる。

 何だ?

 OKするかと思ったのか?

 それとも、やや申し訳なさそうにごめんなさいってか?

 今日会ったばかりの奴にそんな優しさを期待されても困る。

 

「俺はアンタとは付き合えない。だれとも、付き合うつもりはないんだ」

 

 強いて言うなら、引き摺るのではなくスッパリと言い放つのは俺の優しさだと思う。

 女子生徒がショックを受けた後なんて、責任を持つつもりはないけど。

 自分がフラれたことを認識しだした女子生徒は、大きく見開いた目からボロボロと涙を零し始める。

 ああもう、だから面倒臭い。

 

「じゃ、俺はこれで」

 

 慰めもしないで、俺はその場を去って行った。

 下手に慰めて、ソイツの心に入り込むのもどうかと思うし、最後まで冷たい態度の方が相手もスッパリと忘れてくれる。

 君には俺よりも相応しい男がいる、なんて言葉を吐く気もない。俺より下の奴なんていないだろうし、他に優しい男を見つけられるかどうかなんて、ソイツの運命しだいだからな。

 

「いつまでこれが続くんだろうな」

 

 これからまた何日か後には、またラブレターが入ってるかもしれない。

 その度に、俺は断らなければならないし、無駄に人を泣かせる。もうウンザリだ。

 女子生徒の泣き声は、俺が去った後も暫くは聞こえ続けた。

 

 

 

「んで、どうだった?」

 

 校門まで行くと、かえでとみなみ、ゆたかまでが待ち伏せをしていた。

 大方、ラブレターの件が気になって残っていたというところだろう。

 

「別に。適当にフッた」

 

 別に隠すようなことでもないので、簡単に教えてやる。

 すると、興味津々という笑みをしていたかえでは、急に呆れ顔で俺を睨んだ。

 

「お前なぁ……もう少し相手のことも考えろよ」

 

 何で呼び出しを食らって振り回される身で、相手の心情を汲み取らなければならないのか。

 汲み取ったところで結果は同じだし、下手な優しさは逆に毒になる。

 

「俺が嫌われるだけだから、別にいいだろ」

「よくねぇよ! 全く、どうしてお前は他人に優しさを出せないかねぇ」

 

 お前はもう少し他人に遠慮を見せろ。

 ブツブツと文句を言うかえでを無視し、俺は帰ろうとする。

 ふと、そこでゆたかがこっちを見ていることに気付いた。

 睨んでいるんだか、文句があるんだか、よく分からない顔をしているが、とりあえずモヤモヤしていることだけは分かった。

 

「……どうかしたか?」

「えっ? あ、な、何でもないよ!」

 

 俺が尋ねると、ゆたかは慌てて赤面し、首を横に振った。

 何がしたいんだ。まさか、ゆたかまで俺に気があるなんて……言い出さないよな。近くで俺の醜態を見ているはずだし。

 俺としては早く帰りたかったのだが、かえでの無駄な提案で俺達はそのまま街で遊んでいくことになってしまった。

 帰ろうとすれば、「どうせ何も予定ないだろ」とかえでにズリズリ引き摺られ、ゆたかから視線を受けることになる。みなみもかえでを止める気はないようだ。

 どうやら、コイツ等も俺の扱いに慣れて来たらしい。

 

「ったく……」

 

 こうして連れてこられた場所は、騒音の宝庫ゲームセンター。

 まるで俺に苦痛を与えたいかのようなチョイスだ。

 

「はい、暗い顔しない! ゲームすれば、失恋とか忘れられるって!」

 

 失恋したのは俺じゃないだろ。

 俺を何処までも無視して、かえでは中に押し込む。

 ゲームセンター内は、UFOキャッチャーやレースゲーム、ダンスゲームなどの機器が並べられ、チカチカと色とりどりの光を放っている。

 

「そういえば、ゲームセンターって初めて入った」

「私も……」

 

 後ろの女子2人はゲーセン初心者のようだ。

 ますますもって、かえでのチョイスが的外れだったことが分かる。

 場所を変えるぞ、と言おうとしたところで、かえでは俺の耳元で囁いてきた。

 

「一つ、忠告だけしておく」

 

 真面目なトーンなので、俺はしかめっ面のままかえでの話を聞く。

 

「告白を断るのはお前の自由だし、素直に優しく出来ないのもお前の性格からよく知ってる」

 

 かえでの話の内容は、さっきの告白に関連した話。

 俺が無碍にしたことで、誰かから笑顔が奪われる。それをかえでは許せないんだろう。

 

「けど、ゆたかから笑顔を奪うってんなら、俺とみなみが黙っちゃいないぜ」

 

 しかし、かえでは怒りを堪え、俺に一番重要な忠告だけを寄越してきた。

 ゆたかから笑顔を奪う。それは、やはりゆたかは俺に気があるということなのか。

 かえでの予想外の言葉に俺は目を見開き、ゆたかを見る。アイツはいつもと変わらない様子で、UFOキャッチャーのクマのぬいぐるみと対決している。

 もし、本当にゆたかが俺のことが好きだというのなら、それはどんな気の迷い方をしたんだか。

 それに、俺はゆたかのこと……。

 

「……おう! 俺にもやらせろ!」

 

 かえでは忠告を冗談だとおどけもせず、そのままゆたか達に加わる。

 こういう場合、かえではなんちゃってと、ふざけて見せることが多い。それが嘘でも、本当でも。ふざけないってことは、それだけマジなのだろう。

 全く、面倒な話を押し付けやがって。

 

 

 

 日も沈みかけの頃合い。

 ゲーセンから出た俺達は、空いた小腹を満たす為に、ファーストフード店を目指していた。

 

「ぐぬぬ……」

 

 かえでの悔しそうな視線が俺と、ゆたかの持つ熊のぬいぐるみに向けられる。

 結局、かえではぬいぐるみを取れず、仕方なく俺が挑戦したところ、一発で取れてしまったのだ。

 所謂、ラッキーゲットって奴だろうが、ゆたかは喜んでくれた。

 

「か、かえで君もありがと……」

「いやいや! ゆたかの笑顔が見れて何よりだぜ!」

 

 ゆたかが気を使って礼を言うと、かえではすぐに調子に乗った。

 因みに、同じクマのぬいぐるみをかえではすぐにゲットし、ちゃっかりみなみにプレゼントしている。

 何がしたいんだ、コイツは。

 

「お揃いだね、みなみちゃん」

「うん、お揃い……」

 

 みなみも彼氏からのプレゼントに満更でもなさそうだ。

 こんな風に話していると、十字路に差し掛かる。信号は点滅し、赤に変わった。これはすぐには変わらないか。

 信号待ちをしていると、徐々に変化が訪れた。

 隣にいるゆたかの息が荒くなり、顔色が少し悪くなったのだ。最初は誰も気付かなかったが、少しして俺は気付いた。

 

「おい、平気か?」

「う、うん……」

 

 声をかけると、ゆたかは小さく頷く。

 きっと、ゲーセンの光と音に慣れてない所為で、疲れてしまったんだろう。

 ファーストフード店に着けば休める、と俺は放っておいてしまった。

 

 そこから先は、世界が遅くなっていったような感覚になった。

 ゆたかの体調の悪化は酷かったようで、グラリとバランスを崩しそうになる。

 俺達がいたのは横断歩道の一歩手前。つまり、ここで倒れなんかすれば道路に出てしまう。

 そして、タイミングを計ったかのように横からは大型トラックが迫ってきた。

 

「ゆ……っ!」

 

 受け止めなければ、ゆたかは轢かれてしまう。

 そう思い、手を伸ばしかけた時に、「あの記憶」がフラッシュバックしてきた。

 真夏に見た、ゆたかの夢。そして、俺の古い記憶。

 今まで片時も忘れたことはなかったのに、どうして気付けなかったのか。

 俺の動きが止まる。あの時と同じだ。

 視界に映るのは辛そうな笑顔、道路、トラック、血飛沫、そして死。

 

「ゆたか!」

 

 同じようにゆたかの異変に気付いたみなみが、ゆたかの腕を引こうとする。

 が、みなみより先にゆたかの肩を掴む腕が伸びていた。

 

「何してんだよ、お前等」

 

 腕の正体は、買い物袋を持ったはやと先輩だった。どうやら夕飯の買い出しを終えたところのようだ。

 先輩のおかげで、ゆたかは道路に出ることなく、事故が起こることはなかった。

 だが、一度蘇ってきた記憶は簡単に消えてくれない。

 

「う……あ……」

「おい、つばめ! 何して……?」

 

 どうしてゆたかを助けなかったのか。かえでが激昂するが、すぐに俺の異常に気付いて言葉を詰まらせる。

 けど、そんなことは俺にとって些細なことでしかない。

 思い出したくない記憶が、見たくもない光景が、俺の頭の中から消えてくれない。

 そして、俺の耳に騒音が溢れ、「アイツ」の声が聞こえなくなる。

 嫌だ。いやだ。イヤだ。

 

「うわああああああああっ!? 黙れ、黙れ黙れぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

 耳を塞ぎ、子供みたいに首を振って俺はその場にしゃがみ込む。

 しかし、どんなに足掻いても、俺の中からその絶望は消えてくれなかった。




どうも、雲色の銀です。

第32話、ご覧頂きありがとうございました。

今回はつばめ編の導入部でした。

以前貰ったラブレターもそうですが、つばめは貰った手紙をその場で捨ててはいません。
破いているのはその人の好意を受け入れない為であり、自室で処分する理由は書いてくれた人の思いだけでも持って帰って、決着をつける為です。
それに、その辺のゴミ箱に捨てたら誰かに読まれますからね。

ここら辺のつばめの心情も交えたうえで、そろそろつばめのトラウマについても、だんだん浮き彫りになってきました。

次回は、つばめの過去が遂に明らかに!?

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