夏休みが始まった。
去年だったら、暑いと言ってアイス食べながらだらけて終わったな。
だが、今年は違う。今日は夏祭りだ。しかも女子からの誘いを受けている。
「いや、まぁ確かに女子に誘われたよ? でも、どうせいつものメンバーだろ?」
家の中でブツブツと呟く俺。
ついでに言うと、家は小さなアパートの2階の一室であり、一人暮らしだ。
「ま、楽しけりゃいいか」
結局、深く考えるのをやめた。
……小遣い足りるだろうか?
そんなことを考えていると、下の部屋からギターの音と歌い声が聞こえて来た。
「……
今度こそ、あの人の演奏ちゃんと聞きたいな。
まだ、待ち合わせまで時間はたっぷりある。
窓から入る心地好い風と共に、小さな演奏を楽しんでいた。
現在時刻、午後4時半。
待ち合わせは5時だから、そろそろ家を出るか。
「おっ、どっか行くのか?」
階段を下りると、頭にバンダナを巻いた男性と会う。
この人がさっきのギターと歌声の正体であり、アパートの大家である
「友達と祭行くんです」
「へぇ。っちゅーか、お前家賃払ったっけ?」
祭に行くんだったら、使う分だけ家賃払え、と言いたいんだろう。
けどお生憎、もう今月分は払ってある。
「払いましたよ」
「あー……そういやそうだな」
何処か適当なんだよな、この人。
まぁ、俺も滞納したことはあるけど。
「海崎さんは? これからデートですか?」
「そーそー……って違うわっ! バイトだバイト」
「ですよねー。相手もいませんし」
「……なんかムカつくな」
つーか大家がバイトって。
確かに、アパートにはあんま人いないけど。
「んじゃ、これで」
「おう。あ、待て」
「?」
「やる。小遣いだ」
海崎さんが俺に投げたもの、それは500円玉だった。
……もうちょい欲しかったな。
「じゃあな」
「バイト頑張ってください」
海崎さんは指を鳴らすとバイクに乗って走り去って行った。
……ギターで稼がないのか? 折角上手いのに。
集合場所には、既に男子組が揃っていた。
しかし、女子は1人もいない。
「ん? つかさ達は?」
「バッカだな~」
心外だな、よりによってあきにバカにされるとは。
「祭だぜ? つまりは浴衣!」
浴衣ねぇ……俺には縁のなかった話だから忘れていた。
つまりはそれを着て来る、と。
「お待たせ~!」
「おっ、グッドタイミングだな」
丁度よく、こなた達がやって来た。
なるほど、確かに皆浴衣を着ている。
「よしっ!」
「何が「よしっ」だ」
早速かがみからツッコミが入った。
「特にみゆきさんはこう膨らみがたまんな……あいたっ!?」
あきがセクハラ発言をしていたら、何故かこなたに足を踏まれた。
「あっ、ごめ~ん。全っ然気付かなかったよ~」
心なしか、こなたの後ろに禍々しいオーラが見えた。
おお、怖い怖い。
「はやと君、変じゃないかな?」
横からつかさが俺に話し掛けて来た。あぁ、浴衣のことか。
改めてつかさを見る。何処か恥ずかしそうにしているのが可愛いな。浴衣も大して変じゃない。
「似合っているぞ」
「よかった~」
率直な感想を言うと、喜んでくれた。
開始早々いいものが見れた。
「それじゃ、行こうぜ」
「そだね」
さて、祭の始まりだぜ!
「おう、はやと」
と、思ってたら聞き慣れた俺を呼ぶ声が。
声のした方を向くと……焼そば屋?
「やっと来たな。ちゅーか連れ多いな」
そこで、さっき別れたはずの海崎さんが焼そばを焼いていた。
バイトってこれかよ。
「誰?」
「ウチのアパートの大家」
「海崎隆也だ。よろしくなっ」
ずっと焼いていたのか、トレードマークのバンダナが汗でびしょびしょになってた。
「っちゅー訳ではやと、買ってけ。お友達も買ってって」
「いくら?」
「500円」
予想通り高いな。祭の食べ物は高いのが定番だ。だから、俺は基本的にかき氷しか食わない。
「悪いけど、来たばかりでそんな金使いたくないんだ」
断ると、海崎さんは諦めるどころか笑顔でこっちを見る。
「はやと、お前には小遣いくれてやっただろ?」
「……アンタ、まさか最初からっ!」
「ほれ、受け取ったなら焼そば買え」
通りで、小遣いなんて気前のいい真似すると思った。
ってか、客を脅迫するなっ!
☆★☆
結局、俺達は海崎さんから焼そばを買う羽目になった。
まあ美味いからいいんだけどな。丁度、焼きそばも食うつもりだったし。
「はやと君の大家さんの焼そば、結構美味しいね」
「……だな」
文句言ってたはやともつかさと話しながら、何だかんだ言いつつ完食していた。
それにしても、マジで美味かったな。ソースと麺がよく絡んで、野菜も程よい固さに炒められていた。この天城あきを唸らせるとは……この料理人、出来る!
さて、小腹も満たしたし、次は何をしようか。
「おーい、こなたじゃんっ」
面白そうな出し物を探して周囲を見回していると、、今度はこなたが呼ばれた。
振り向くと、腕をぶんぶん振ってる婦警さんが。
こなた……とうとう警察の厄介にもなったのか!?
「婦警さん……? こなたの知り合い?」
「親戚のゆい姉さんだよ」
「よろしくーっ」
こなたの紹介で、軽いノリで挨拶するゆいさん。あぁ、親戚ね。てっきり外見が幼すぎて補導され、いや何でもないです。
それにしても婦警か……コスプレとはやっぱり雰囲気が違う気がするなー。
「ハメを外しすぎないよう、お姉さん達の言うことを聞いて早めに帰りなヨー?」
親戚のお姉さんらしく、ゆいさんはこなたに注意する。……お姉さん?
ひょっとして、かがみ達のことか?
こなたが小さいからって、まさかそんな勘違いする訳ないよなぁ?
「皆同級生だよ」
「なんとっ!? いやーごめんごめん。体格差があったからつい、ね。おねーさんびっくりだ」
やっぱ勘違いかい!?
どうやら、こなたのことを知ってる人間からすれば、こなた基準で考えるので俺達が年上に見えるらしい。
失礼だ、とこなたがむくれているが、今更なので触れないでおこう。
「いやーそれにしても最近の子は発育いい子が多いんだネ」
『いや、だから! こなたを基準にするなっ! 私達が普通ですからっ』
年上に突っ込む訳にはいかないからか、かがみが心の中で突っ込んだような気がした。
ゆいさんのぶっ飛び方もすごいな。ま、みゆきさんの発育は飛びっきりいいがな!
「おっ、射的じゃん」
ゆいさんと話しながら歩いていると、射的を見つけた。
コイツも祭の定番だけど、中々倒すのが難しいんだよな。台に接着剤でもくっつけてんじゃねぇかって疑ったこともあるし。
「姉さん射的とか得意じゃない?」
「はっはっは。何を隠そう、署では「ガンナーゆいちゃん」と言われる程の腕前よ?」
おーっ、それは楽しみだ。きっと弾丸のリロードとかも格好良く出来るんだろうな。
ワクワクしながら、こなたは射的に使う銃をゆいさんに渡す。
「はい」
「あれ!? あれ~? 射的ってライフル? 私使うの拳銃だし」
が、ゆいさんは予想と違ったらしく、受け取ったライフルの扱いに四苦八苦していた。
それもそうか。普通の警官がライフルなんて使っているところ見ないし。でも、あれだけ自信満々に言ったんじゃ、もう引けないな。
結果、ゆいさんはライフルを散々構え直した挙げ句、同僚と思われる人に引き摺られて去って行ったのだった。一応仕事中だったんだ、ゆいさん。
「……気を取り直して」
嵐のように去っていったゆいさんに変わり、こなたが銃を構える。おう、頑張れー。
ふと気付くと、かがみが何かを見ていた。視線の先には……ふもっふのぬいぐるみ。なるほど、かがみはフルメタ好きなのか。
「……あ」
すると、やなぎが撃ったコルク弾が見事にかがみの意中のぬいぐるみに命中した。
おお、倒れる時は倒れるモンだな。もやしなのに上手いじゃないか。
「ほら」
「えっ、いいの?」
「欲しかったんだろ」
そして、取ったぬいぐるみをかがみに渡す。きゃー、やなぎん格好いいー。
「ありがと、やなぎ」
受け取ったかがみは、嬉しそうにぬいぐるみを抱き締め、やなぎに礼を言った。
これは、フラグが立ったかな? やなぎんも隅に置けないのぅ。
「つかさ、獲ったぞ」
「わぁ~、はやと君ありがと~」
が、いいムードをぶち壊すかのように、隣ではやとが取った景品をつかさに渡していた。
うん、そういやはやともこういうのが得意だったけ。
気付けば、両者の間で何故か火花が散る。
「いざ勝負!!」
大人気なく、やなぎとはやとは残っていた弾丸を使い、片っ端から景品を撃ちまくった。
この2人がバトるのは珍しいんだけど、下らないので無視する。
「あき君はやらないの?」
一方で平和に的を狙っているこなたが俺に尋ねて来た。
「無理無理」
格闘技なら経験したけど、射的はやったことないから無理だな。
ゆいさんがガンナーなら、俺はモンクってことで。
「そうだな……やるならあれがいいかな」
視線の先にある櫓を指差す。祭の要、大太鼓だ。
「叩きながら何か叫びたいな。「ウゾダドンドコドーン!」とか」
「「音撃打・火炎連打の型」とか?」
「それもいいかもな」
太鼓といったらそっちか。トランペットとギターも用意しなきゃな。
しかし、こういうネタも通じるこなたは、相変わらず話しやすい。
「誰かに「愛してるぞー!」とか叫ぶ奴いないかな」
「あはは、あき君やりそう」
「だな。「こなた、愛してるぞ!」って感じか」
「えっ!?」
冗談交じりで話していると、こなたが心底驚いたという顔でこっちを見た。
俺、何か変なこと……!?
「今の……」
「あ、あくまで例えだ!」
「だ、だよねー」
上手く誤魔化せたが、何であんなこと言ったんだ……?
き、きっと口が滑ったんだな! それか、祭の空気に当てられたんだ!
それから、俺達は話すこともなく、次の店を探した。
因みに、はやととやなぎの勝負は1つ差でやなぎが勝ったらしい。
☆★☆
皆さんで射的を楽しんだ後、続いてりんご飴を食べました。
ですが、泉さんと天城さんの様子がおかしい気がします。何かあったんでしょうか?
「ちっ、ハズれたか」
白風さんがりんご飴のサイコロに挑戦しましたが、ハズれてしまったそうです。
「みゆきもどう?」
「ええ、では」
かがみさんに誘われて、私もやってみました。
「えいっ!」
ですが、やはりダメでした。こういうのを当てるのは難しいですね。
「あ、当たった」
……えっ?
私の後ろで、みちるさんが見事にゾロ目を当ててました。
運まで味方に付けるなんて、流石はみちるさんですね。
「みっちーすごいな」
「あはは……でも、もう一本は食べられないかなぁ」
そういえば、みちるさんはあまり食べませんでしたっけ。
「みゆき、食べる?」
「いいのですか?」
「うん」
「あ、ありがとうございますっ」
みちるさんから受け取ったりんご飴。
自分で買ったものよりちょっぴり甘く感じました。
☆★☆
「~♪」
お姉ちゃん達がりんご飴を食べている時、私とこなちゃんはわた飴を食べていた。
わた飴ってふわふわで甘いから大好き~。
「つかさ、わた飴付いてるぞ」
「え?」
はやと君に言われて、手探りで探すけど何処に付いてるのか分からない。
はぅ、恥ずかしいよ~。
「ここだよ」
焦れったくなったのか、はやと君はわた飴を取ってくれて……そのまま食べちゃった。
「ん? 俺にもわた飴が付いてるか?」
「う、ううん!」
はやと君は気付いてないけど、これって間接……ごにょごにょだよね?
口にわた飴が付いてた時よりももっと恥ずかしくなって、顔から火がでそうになる。
「……はやと」
「何だよやなぎ」
「お前も鈍感だな」
「?」
一部始終を見ていたやなぎ君が、呆れながらはやと君に話す。
「だってそれ」
「わーわーっ!」
やなぎ君、恥ずかしいから言わないでっ!
☆★☆
次に僕達が寄ったのは、ヨーヨー釣り屋さん。ビニールプールに、水風船と輪ゴムで出来たヨーヨーが沢山浮かんでいる。
「むむ……あっ!」
皆で挑戦してみるけど、僕のは糸がすぐ切れちゃった。りんご飴の時に運を使い果たしちゃったのかな?
「はう~……」
「うっ!」
皆も、1個取れるか取れないかで終わっちゃうみたい。難しいよね。
「チッ、終わりか」
でも、やなぎは3個も取っていた。やなぎは手先が器用だからね。羨ましいなぁ。
「すごいなぁ、やなぎは」
「すごい……ねぇ。アレを見てから言ってくれ」
えっ?
やなぎの指差す方を向くと……みゆきがすごい沢山取っていた。
「ゆきちゃん、すごい……」
「何かオーラのような物が……」
顔付きも、いつもと違って真剣そのもの。みゆきはゲームとかの集中力がすごいからね。小さい頃は一度も勝てなかったような。
この時みゆきが取ったヨーヨーの数は、なんと16個だった。もっととれそうだったけど、お店の人が泣きそうになってたから打ち止めにしたんだ。
「ちょっと張り切りすぎちゃいました」
「すごいよ、みゆき!」
僕なんか1個も取れなかったのに、やっぱりみゆきはすごいなぁ。
「じゃあ、1個どうぞ」
「いいの?」
「はい、さっきのりんご飴のお礼です」
受け取ったヨーヨーを早速指に付け、弾ませてみる。
今までお祭りのヨーヨーで遊んだことがなかったから嬉しかった。
☆★☆
各々、祭を楽しんでいるな。顔が赤くなってる奴が多いけど。
っと、もうすぐ花火の上がる時間だな。
時間に合わせ、周囲の人々が花火の見易い場所へ移動し始めた。
これだけ多いと、はぐれそうだ。これだから人混みは……。
「ひゃぁぁっ!?」
……へっ? つかさ?
変な悲鳴と共に、つかさの姿が遠ざかっていく。
「ヤバッ! つかさが流された!」
「えっ!?」
チッ、あの天然が!
つかさの姿が完全に見えなくなる前に、俺は人混みの中へ飛び出した。
「お前等そこで待ってろ!」
「はやとっ!」
人混みを縫って、俺はつかさを探した。
ああくそっ! 邪魔だ退けっ!
「つかさっ!」
「はやと君~!」
何とも間抜けな呼び声が微かに聞こえた。
「……いたっ!」
つかさを見つけ出し、手を握って何とか人混みを抜けた。
「ひっく、はやとく~ん!」
急に流されたのが怖かったのか、つかさはべそをかいていた。
まったく、世話の掛かる奴だ。
「分かった分かった、大丈夫だからな」
頭を撫でて落ち着かせる。
よく見ると、草履の鼻緒が切れている。これで歩き回るのは危険だな。
「待ってろ、今やなぎ達を……」
俺はポケットに手を突っ込む。
が、ある事実に思わず固まってしまった。
「……はやと君?」
「スマン、携帯忘れた」
携帯は充電に電気代がかかる。だから学校にしか持っていかないのだ。
節約に徹した結果がこれだよ!
人の流れが収まるまで、俺達は待つことにした。やなぎ達も探し回っているだろうし。
気付けばまた2人切りだ。保健室の時といい……。
「はやと君……」
「何だ? 足が痛むのか?」
「ううん、その、手……」
「手?」
あ、手ぇ繋ぎっぱなしだった。
「悪いっ!」
「だ、ダメっ!」
慌てて離そうとするが、逆につかさが握り締めた。
「えっと……怖い、から……繋いでて」
「お、おう……」
沈黙が気まずい。何か話さなければ死んでしまいそうだ。
その時だった。花火が上がり、沈黙を裂いてくれた。
「綺麗……」
花火がよく見える。隠れスポットだな、ここは。
不幸中の幸いって奴だ。
「……嬉しかったよ」
花火の音が煩くても、つかさの言ってることははっきりと聞こえた。
「はやと君が来てくれて、はやと君が傍にいてくれて」
「つかさ……」
普段は「可愛い」イメージのあるつかさ。
だが、今は着物と花火の光の所為か「美しい」と思えた。
「青いなぁ~」
いい雰囲気になりかけた所を邪魔したのは、またしても海崎さんだった。
「い、い、いつの間にっ!」
「ん~? さっきから。今は休憩中でな」
そんなことよりも、完全に見られた。
恥ずかしさで顔を真っ赤にする俺達。つかさなんて湯気でも吹きそうだ。
「ちゅーか、恋人?」
「違いますっ!」
「ふーん、へぇ~、そう」
必死に否定したが、海崎さんは含みのある笑いを浮かべた。
ぐっ、態度がムカつく。
その後、海崎さんが連絡してくれたおかげで皆と合流出来たのだが……。
「言わないでくださいよっ! 絶対にっ!」
「え~。あ、焼そば売れ残っちゃうな~」
……財布に多大な損害をもたらした。
暫く、焼そばは食いたくない。