漸く自分の進路を決めた俺達は、本格的に試験への勉強を始めることにした。
とはいえ、学業優秀なかがみとやなぎ、みちるはとっくに推薦枠を勝ち取っていたりした。
その為、今では俺達に勉強の指南をするのに役立っている。
「だから、ここの公式の解き方はこうだと!」
「xだのyだのゴチャゴチャしてて分かんねぇって!」
頭が良くても、脳筋のあきに教えるのは骨が折れるようで。
因みに、現在は数学の方程式を教えているところだ。
「かがみ~、ここからここまで分かんないんだけど」
「全部じゃない! ちょっとは自分の頭使え!」
勉強だというのに楽しようとするこなたに、かがみも激を飛ばす。
宿題じゃねぇんだから、少しは自分でやれよ。
「みちるさん、出来たので採点をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ。貸して」
問題児2人に手を焼く一方で、みちるはみゆきの過去問を採点する側に回っていた。
みゆきの進路は医学部。難易度が極めて高いので、みゆき程の秀才でも推薦枠は難しいようだ。
なので、こうして試験対策をしている訳で。
つっても、教えることがなくて楽そうである。
教える生徒にも当たり外れがあるらしい。
んで、俺はといえば、運よく神道文化学科のある大学は偏差値が低めであることから、急いで勉強する必要もなくなった訳で。
「ここはな、まずコイツとコイツに注目するんだ」
「うん」
可愛い彼女に密着した状態で勉強を教えていた。
勿論、自分の勉強も進めているが、やっているところはほぼ一緒なので、同時に教えることが出来ていた。
これ、何か恋人同士って感じでいいなぁ。
本当は今にも抱き着き、撫でてやりたくなるが、今は我慢だ。
「ってな感じだ。分かったか?」
「うん、ありがとう」
一通り解き方を教えると、つかさははにかみながら礼を言った。
根は真面目だから、しっかり教えると出来るんだよな。
すると、つかさは若干申し訳なさそうに顔を伏せる。
「ごめんね、勉強の邪魔して。はやと君、私の為に頑張ってくれてるのに」
俺の進路はつかさと一緒にいる為に決めたものだ。
だから、つかさはどうやら自分が俺の重荷になってるんじゃないかと不安に思っていたらしい。
……あーもう、我慢出来るか!
「は、はやと君!?」
俺は横からつかさの細い身体を抱き締めた。
顔がくっつきそうになる程近付き、つかさは白い頬を赤く染めて驚く。
「バカだな。お前は重荷どころか、俺の翼なんだっての」
俺はつかさの耳元で優しく囁く。
やってる側も結構恥ずかしいけど、つかさの為ならどんなことでも出来る。
「俺は自分で勝手に頑張ってるんだ。それを謝られたら、そっちの方が困る」
「……うん、ごめんね」
俺はつかさと一緒にいたいという我儘の為にやる気を出しているに過ぎない。
寧ろ、俺なんかにここまで行動を起こさせているつかさがすごい。
けど、優しいつかさはまた俺に謝る。本当に、可愛いくらいバカだ。
「謝るくらいなら、お前も絶対合格しろよ」
「……うん、分かった」
つかさの不安も取り除いたところで、俺達は今すぐにでもキスが出来そうなくらい、互いの距離が近いことに気付く。
……うん、頑張るっつっても、1時間勉強しなくてもいいよな。
俺はそっと、つかさの唇に近付き、口付けを……。
「そこ! イチャついてないで勉強しろ!」
しようとしたところで、シャーペンがこめかみに飛んで来た。
同時に、かがみの怒号が聞こえる。
あぁ、ここが教室の中だってこと忘れてた。
「してるじゃん」
「何処が! 今キスしようとしてたじゃない!」
勉強の途中だったのでしていたように振る舞うが、最初からバレていた。
チッ、しっかりと監視の目を光らせていたか。
「恋人同士でキスして何が悪い」
「TPOを弁えろっての!」
つかさと過ごす時間、つかさと同じ場所、つかさといる場合。
しっかり弁えてると思うんだがなぁ。
これ以上逆らっても火に油なので、俺は渋々つかさを解放し、自分の勉強を再開させる。
……そういや、結局ファーストキスもまだなんだよな。もうそろそろしたいものだ。
「ところで、3-Cの連中はどうしたんだ?」
ふと、気になったことをかがみに尋ねてみる。
現在、俺達がいるのは3-Bの教室だ。放課後なので他の生徒もおらず、勉強にはうってつけの場所と言える。
しかし、桜藤祭以降仲良くなった、しわすや日下部達3-Cの3人がこの場にいない。
特に日下部はあきと同じくらいのバカだがら、勉強必須のはずだけどな。
「アイツ等はちょっと用があるみたい」
「用?」
少しばかり気になるが、同じクラスのやなぎとかがみが大丈夫そうなので、深入りはやめておくことにした。
☆★☆
柊達が学校に残って勉強をしている間、私等はポチの飼い主探しをしていた。
ここまでの経緯は、昼休みまで遡る。
「ポチの飼い主探しって、何するんだ?」
私は昨日聞いた、しわすの「ポチの飼い主を探したい」という言葉の意味を改めて聞いてみた。
ポチは元々、しわすが拾ってきた捨て犬だ。
今は校舎裏で内緒で飼っている状態だけど、陵桜を卒業したらポチの面倒を見る人がいなくなってしまう。
そこで、試験勉強に入る前にポチの新しい飼い主を探しておきたい、とのことだった。
「しわすが飼う訳にはいかないのか?」
「……ウチ、よく引越しする。海外も、行く。だから、ペット、飼えない」
しわすの家は、世界を又に掛ける獣医だ。だから定住するということがないらしく、環境が激変することもあるからペットを飼うことが出来ない。
だから、夏休みにポチを連れて帰った時も飼えなかったのか。
「優しい飼い主、探したい。チラシ、作ってきた」
そう言って、しわすはポチの写真の入った飼い主募集のチラシを見せて来た。
これを街中に貼って、通行人に配るのか。
けど、この作業を1人でやるのはキツいだろ。
「んじゃ、私も手伝う」
「本当か!?」
私が手伝おうと提案すると、しわすは目を輝かせてきた。
最初から手伝うつもりだったんだけど……そんなに見つめられると、照れるな。
「私も手伝わせて」
「あやの、いいのか!?」
話を聞いていたあやのも手伝ってくれるみたいだ。
流石あやの。頼む前から手を貸してくれるなんて。
「みさお、あやの、ありがとう!」
眩しい笑顔で礼を言ってくるしわす。
私の周囲はどうしてこう、眩しい奴ばっかりなんだ。
あ、眩しくないのもいたっけ。柊とか。
こうして、私等はポチの飼い主募集のチラシを街中に配っていた。
手分けしているとはいえ、3人でも厳しいけどなぁ。
「お願いしますー」
とはいえ、私はチラシ配りなんてやったこともないから、どうにもぎこちなくなってしまう。
いつも通りの声が出ない所為か、中々チラシを貰ってくれない。
うー……ドイツもコイツも無視しやがって。
ふと、足元を見ると、まだ溜まりに溜まったチラシの山が目に入る。
これを見たらしわすの奴、きっと悲しい顔をする。
ツリ目で怖い顔の奴だけど、実は表情豊かないい奴なんだ。だから、悲しそうな顔なんて見たくない。
「……お、お願いしますっ!」
今まで、アイツは一人でポチの面倒を見て頑張って来たんだ。
桜庭先生や天原先生もいたけど、先生だから目立ったサポートは出来ないみたいだったし。
私等が勘違いしていたから、しわすはずっと一人だった。
だから、今度は私がアイツの為に頑張るんだ。
ほぼ自棄になったような感じで、私は声を張り上げる。
まだまだ、部活ではもっと声が出ていたはずだ。
「子犬の飼い主探してますっ! お願いしますっ!」
大声でチラシを差し出すと、優しい人から貰ってくれるようになっていった。
これで情報が広まって、飼い主が見つかるといいな。
その時、私の携帯が鳴り響く。
慌てて確認すると、着信の相手はしわすだった。
胸に期待を寄せながら、私は電話に出る。
「し、しわす?」
「みさお……」
電話の向こうのしわすは、声だけだからよく分かんないけど、何だか震えてるようだった。
何があったのか。私はしわすの言葉を待つ。
「……飼い主、見つかった」
期待通りの言葉に、私は涙が流れそうになるのを感じた。
私等の頑張りが、遂に実った瞬間だった。
教えて貰った場所に急いで向かうと、既にあやのも待っていた。
飼い主になってくれそうな人は、駅から離れた一軒家に住む家族だった。
子供が小学校高学年ぐらいまで成長したから、そろそろ犬が飼いたくなったらしい。
写真を見て、イメージにピッタリな子犬だったから、しわすに声を掛けて来たのだ。
「ありがとうございます!」
しわすは家主に深く頭を下げる。
家主の人は優しそうな男性だった。きっといい飼い主になってくれる。
そこに、奥さんが私とあやのに話し掛けて来た。
「実は最初、話し掛けるの怖かったのよ」
しわすの外見がどう見ても不良だから、話し掛けるのをやめようとしたらしい。
うーん、しわすらしいというか。
「けど、ウチの子が駅前でお姉さんが同じ紙を配ってたって言うから、話を聞いてみたの」
奥さんは、私達が配っていたチラシを見せてくる。
駅前というと、私が担当していた場所だ。
そういえば、子供にも配ったような覚えがあるようなないような。
「だから、ありがとうね。チラシ配ってくれて」
奥さんの一言に、私はまた泣きそうになる。
私、ちゃんとアイツの力になれたんだって実感出来たから。
「よかったね、みさちゃん」
そんな私に、あやのがハンカチを渡してきた。
全く、あやのには勝てない。
「それで、犬は?」
「……あ、忘れた」
しかし、旦那さんの言葉でポチがまだ校舎裏にいることに私もしわすも気付いた。
折角飼い主を見つけたのに、連れて来るのを忘れるなんてアホな話だ。
そう、アホな話で終わればよかったのに。
私達がポチを迎えに校舎裏へ行くと、普段と違い人の気配がした。
柊達かと思えば、聞いたこともないような声だから違うと分かった。
何だか嫌な予感がする。ゆっくり近付いていくと、知らない男子生徒が3人いた。
ケラケラ笑っていて、何を話しているかは分かんない。
もっと近付くと、ソイツ等が何をしているのかが分かった。
「こんなところに子犬がいるなんてな」
「ストレス発散に使えそうで助かったぜ」
いつも以上にボロボロのポチを、ソイツ等の内1人が足蹴にする。
コイツ等、勉強の気晴らしなんかでポチをいじめてたのか……!
ポチはもう鳴く気力もない程弱っていて、されるがままになっていた。
「ポチ……」
私の背後から、低いけど細い声が聞こえる。
そうだ。この状況を一番見せちゃいけない奴がここにいた。
しわすはずっとポチの面倒を見てきたのに、ボロ雑巾のような姿にされたんじゃ、きっと黙っちゃいない。
「げっ、見つかっ……!?」
「月岡……何でここに!?」
コイツ等はしわすが凶暴な不良だっていう噂は知ってるみたいで、途端に怯え出す。
普段なら、しわすは何も言わずに見逃しただろう。
けど、ポチを傷付けた奴等を、しわすは許さない。
「ウ、ウガァァァァァァッ!!」
悲しみから怒りへと、表情を変えたしわすは、獣のように吠えながらポチの元へ向かう。
ポチを足蹴にしていた奴は恐怖のあまり動けなかったようで、鍛えられたしわすの拳を腹のど真ん中にぶち込まれた。
地面を転がり、男子は苦しそうに胃液を吐く。
それを全く気にせず、ポチを庇うように立ったしわすは、残った2人を睨んだ。
今まで見たこともないような恐ろしい顔に、私ですら恐怖で足が震える。
けど、しわすは同時に涙を流していた。
ポチがいじめられていたこともあるが、それだけじゃないことが私には何となく分かった。
しわすは喧嘩が嫌いだと、初めて会った時に言ってた。体を鍛えてたのも、大型の動物を看るのに力がいるからだ。
どんなに小さな命も見捨てられないような奴が、誰かを殴るなんて嫌に決まってる。
そうしないといけない程の怒りに、しわすは悲しんでいるんだ。
「みさちゃん! しわす君止めて!」
あまりの怖さに、呆然と突っ立ってた私だが、あやのの言葉で我に返る。
これ以上、しわすに誰かを殴らせてはいけない。
「しわす、落ち着け!」
「しわす君! ここで騒ぎを起こすと、推薦がなくなっちゃう!」
しわすを落ち着かせようと、私達は叫んだ。
そうか、ここでトラブルを起こせば、折角の推薦枠がナシになってしまう。
夢の為に今まで頑張ってきたのに、全部無駄になる!
「お前等、早くどっか行け!」
コイツ等がいるから、しわすは怒りを抑えられないんだ。
私は、突っ立ってる男子達を追っ払った。
完全に姿が見えなくなると、しわすは落ち着きを取り戻し、同時にポチの前で膝を着いた。
「ぐすっ、ゴメン……俺が、見てなかったから……!」
目から大粒の涙を流し、しわすはポチに謝る。
折角飼い主が見つかったのに、守れなかったから。
けど、諦めるにはまだ早い。
「……お前、獣医が夢なんだろ! こんなところで落ち込んでる場合かよ!」
また自分の夢を踏みにじるようなことをしているしわすに、私は怒りが沸いてきた。
思わず叫んだ言葉に、泣き崩れていたしわすはハッとなる。
ポチはグッタリとしているけど、まだ生きている。近くに保健室だってある。
救える命が、目の前にあるじゃないか。
「応急処置、出来る! 手伝って!」
慌ててポチを抱えて走り出すしわすに、私達は大きく頷いてついて行った。
小さい友達を助ける為に。
どうも、雲色の銀です。
第26話、ご覧頂きありがとうございました。
今回はポチの飼い主探しでした。
チラシを配ったりして、飼い主を探す。これも青春っぽい活動だと思います。
まさかの突き落とし展開です。ほのぼかと思いきや、みちる編並に暗い展開に……。
拾う者あればいじめる者あり。
一筋縄ではいかないものです。
「すた☆だす」はまったり恋愛日常なので、勿論このままでは終わりませんけど。
え、本来の主人公?
もう勝手にイチャついてればいいですよ(笑)。
次回は、しわす編大詰め!