すた☆だす   作:雲色の銀

56 / 76
第25話「進路」

 今年も残り約二ヶ月になった。

 この時期に学生生活で何かがあるとすれば、テストか精々マラソン大会ぐらいだろう。

 体力のない俺からすれば、是非とも後者は遠慮したいところだが。

 桜藤祭に浮かれていた生徒達はテスト勉強に腰を入れ始める反面、俺達3年生は違う部分で頭を悩ませていた。

 

「うー、面倒くせぇなぁ……」

 

 机に頭を載せて、気怠そうに唸るのはクラスメートの日下部だ。

 面倒臭そうに睨む視線の先には、ホームルームに担任の桜庭先生から配られた進路確認の用紙が白紙の状態で置かれている。

 俺達を悩ませる元凶が、進路だ。

 大半の人間は進学を選択するだろうが、問題は何処の大学や専門学校を志望するかにある。進学後の人生設計を見据えて選ばなければならない。

 

「悩むのはいいけど、提出期限のことも考えなさいよ?」

 

 唸る日下部の隣で、書き終えたかがみが忠告をする。

 因みに、俺も峰岸もしわすも書き終えているので、日下部のみが書き終えていないことになる。

 

「だって、大学のこととかあまり知らねーし」

「オープンキャンパスにも行かなかったのか」

 

 高校三年の夏休みと言えば、オープンキャンパスに足を運ぶのが一般的だ。

 雰囲気を知る為、少なくとも近場の大学くらいには行くべきなのだが。

 

「行ったよ。あやのに連れられて」

「みさちゃん、私が誘わないと行かなそうだから」

 

 なるほど、保護者の峰岸に引っ張られていたか。

 しかし、興味なさそうな日下部ならば、内容の大半は頭に入ってなさそうだ。

 果たして、それは行ったと言えるのだろうか。

 呆れ顔の俺達を余所に、遂に日下部は起き上がって用紙に記入を始めた。

 

「……よし!」

 

 書き終えて満足そうに頷く日下部。

 だが、書かれた大学の名前は全て峰岸の志望校と同じものだった。

 

「あやのと同じところならそれでいいや」

 

 日下部らしい適当な考えに、俺もかがみも突っ込む気力を失くしていった。

 そもそも、日下部の学力で峰岸と同じ大学に行けるかどうか。

 

「んで、しわすは何処行くんだ?」

「ここ!」

 

 自分のことが済んだからか、日下部はしわすの進路に話を変える。

 まぁ、日下部については峰岸が何とかしてくれるだろう。

 話を振られたしわすは、鋭いツリ目の奥をキラキラとさせながら、俺達に進路確認用紙を見せて来た。

 記入された大学名は、何処も偏差値の高いところばかりだった。正直、俺やかがみでもやや難しいような学校だ。

 

「大丈夫か? 難しいところばっかだぞ」

「俺、獣医目指してる。ここ、外せない」

 

 俺が心配すると、しわすは自信たっぷりに大きく頷いた。

 よく見ると、しわすの志望する学部は獣医学部で統一されていた。

 獣医学部がある大学は国内でも少なく、しわすにとっては全て外せないのだろう。

 

「俺、先生に、推薦してもらう。だから、心配ない」

 

 しわすの発言に、俺達は再度驚かされる。

 これだけ難しい大学ばかりだというのに、推薦枠を取っていたのだ。

 よくよく考えれば、しわすは無断欠席もなければ、成績も悪くない。桜庭先生もしわすのことをよく知っているし、推薦にも何ら問題はない。

 

「スゲーじゃん、しわす!」

 

 日下部に褒められ、しわすは照れ臭そうに頭を掻く。

 獣医の息子であるしわすは、昔からずっと獣医を目指して努力していたんだろう。それが報われ、夢への道が開けたという訳だ。

 

 

☆★☆

 

 

 高校三年の秋。周囲の話題は進路についてが殆どだ。

 まぁ、当然だな。この時期になって進路を決めていないとなると相当ヤバい。

 まぁ、俺もつい最近まで決まってなかったんだけど。

 

「面倒くせぇ……」

 

 そして、ここに進路が決まっているんだか決まっていないんだか分からん奴がボヤいている。

 そんなミスターレッドラインこと天城あきの学力では、進学も怪しいレベルだ。

 いや、陵桜に入れるぐらいだから頑張れば行ける……と思うけど。

 

「あき君、まだ決まんないの?」

 

 情けない彼氏が気になったのか、こなたがひょこっと、あきの用紙を覗きこむ。

 こなたはこなたで普段の成績は良くないが、やれば出来るを体現している頭の構造をしているので問題はないらしい。本当かよ。

 

「こなたと一緒のところがいいんだけど、滑り止めがなぁ」

「真面目に考えないと、私の進路教えないよ?」

 

 あきの第一志望は既に決まっていたらしい。「こなたと同じ学校」という不純な理由だが。

 つーか、滑り止めで悩むくらいなら勉強しろよ。

 

「何だよー、お前だってどうせつかさと同じところなんだろ」

 

 俺の冷たい視線に気付いたのか、あきが突っかかってくる。

 が、残念ながら俺はつかさと一緒の進路を目指してはいない。

 

「つかさは調理師の専門学校を目指してるから、俺には無理だ」

「うん……ゴメンね」

 

 俺がポンと隣にいるつかさの頭を叩くと、つかさも申し訳なさそうに頷く。

 つかさの長所といえば、料理の美味さだ。それを伸ばすために調理師免許を取るのは決して悪くない。

 

「何で謝るんだよ。寧ろ、更に上達したつかさの手料理を食えるんだから本望さ」

 

 それに、頑張る彼女の邪魔をしてまで一緒の学校に行きたくはない。別に同じ学校じゃなきゃ会えないって訳でもないし。

 

「じゃあ、はやとの進路は?」

 

 話に入ってきたみちるとみゆきが俺に尋ねてくる。

 確かみちるの進路はMARCHクラスの難関大学、みゆきが医大だっけ? 秀才カップルはすごいねぇ。

 

「俺か? 俺は」

「よう。何の話だ?」

 

 俺が話そうとすると、丁度良く別クラスのやなぎ達がやってきた。

 やなぎやかがみの進路も偏差値高そうだな。

 

「進路の話さ。お前等は何処だ?」

 

 俺の進路は聞いても面白くはないので、先にやなぎとかがみの進路を聞いてみた。

 どちらも真面目な秀才だ。きっと偏差値の高い大学を目指しているのだろう。

 

「第一はかがみと同じ大学だ」

「私は法学部、やなぎは経済学部だけどね」

 

 あっさりと志望校を明かすやなぎと対照的に、かがみは彼氏と同じ志望校ということで照れている様子だった。

 学部が違うとはいえ、同じ学校を選ぶとは仲のいいようで。

 

「法学部……弁護士志望か?」

「そうよ」

 

 法学部でも弁護士志望者は少ないんだが、かがみはその少数に含まれるらしい。

 まぁ弁護士は稼いでいるイメージがあるし、シビアな考え方のかがみにはある意味似合ってるかもな。

 依頼者を口で言い負かすような真似もしそうだけど。

 

「その節はお世話になります」

「何とぞ、費用安めで」

「オイ」

 

 かがみが弁護士志望と分かると、あきとこなたは深々と頭を下げた。

 今からお世話になる気満々かよ。将来何やらかすつもりだ。

 

「で、やなぎは」

「銀行員でも目指そうと考えている」

 

 やなぎもやなぎで実にリアル思考だ。銀行員は人気らしいし、仮に銀行員でなくとも頭のいいやなぎなら企業の引く手数多だろう。

 ただ、体力がないから営業回りで力尽きそうだけど。

 

「んで、はやとは結局何処なんだよ」

 

 そこへ、話を覚えていたあきが蒸し返してくる。

 そんなに俺の進路が気になるのか。それとも、まともに考えてなさそうな俺を同類として見たいのか。

 周囲も、俺の進路予想が出来ないようで気になりだしていた。

 

「へいへい。俺はこれだ」

 

 俺が見せた用紙には、まず進学の項目にチェックが付いていた。

 実は少し前までは、進学なんて考えてすらいなかった。勉強は嫌いだし、高校は母さんの約束の延長で通っていたようなモンだし。

 そもそも、学費を払えるような金は俺にはない。

 しかし、今の俺には進学したい理由があった。

 

「ふーん、偏差値の低そうな学校を選んだ訳ね」

「んだよ、人のこと言えねぇじゃん」

 

 記入された学校名を見て、かがみやあきが俺を小馬鹿にし出す。ま、確かに偏差値自体はかがみ達の大学よりは低いだろう。

 しかし、つかさだけは気付いたようで息を呑んだ。

 

「これ、神道文化学部って……」

 

 つかさの言う通り、志望学部には神道文化学部の文字が書いてあった。

 神道文化学部とは神職、つまり神主になる為の講義がある学部だ。この学部は希少らしく、近辺ではこの大学にしかない。

 俺が進学を志望する理由。それは、神主の階位を得て、鷹宮神社の神主になりたいからだ。

 そう、全てはつかさとずっと一緒にいる為だった。

 俺の進路の真の意味を知った一同は唖然とし、口喧しく言う者はいなくなっていた。恐らく、かがみが一番ダメージがデカいんじゃないか?

 

「最終進路に婿入りも悪くないなってな」

 

 トドメの一言で、つかさの顔が一気に赤くなる。

 だから見ても面白くないって言ったのに。

 

 

☆★☆

 

 

 放課後、陸上部にも参加することがなくなった私は、しわすが校舎裏で密かに飼っている子犬の面倒を見ていた。

 夏休み中は流石に学校に置き去りには出来ないから、しわすが実家に持って帰ったみたいだ。けど、実家で買うことは出来なかったらしく、こうして校舎裏に戻って来ちまったのだ。

 

「ほれほれ、美味いか?」

 

 私が魚肉ソーセージを与えると、子犬ことポチは上手そうに食べる。短期間ですっかり懐かれたみたいだ。

 可愛いし、ウチで飼ってやれればいいんだけどなぁ。

 

「みさお」

 

 なんてボンヤリと考えていると、後ろからしわすが缶ジュースを2本持ってやって来た。

 しわすも桜藤祭のお化け屋敷以降、クラスに少しずつ馴染めるようになった。本当はいい奴だって、クラスの奴等も分かって来たみたいで、しわすに話しかけられるようになってきた。

 

「これ、飲むか?」

「お、サンキュー!」

 

 しわすが買ってきてくれた缶ジュースを早速頂く。

 こうして気も利くし、しわすは動物思いの本当にいい奴だ。

 それに、よく見れば顔も格好良いしな。性格は子供っぽい無邪気な奴なのに。

 

「どうした? 俺、何か付いてるか?」

 

 しわすの顔をジッと見ていたことがバレ、不思議がられる。

 うっ、何か恥ずかしいな。

 

「何でもねぇ」

 

 私はすぐに顔を背け、何とか誤魔化す。

 同時によく分かんないけど、胸の奥が熱くなるのを感じた。うーん、風邪でも引いたのかな?

 

「はやとの進路、すごい考えられてた」

 

 しわすはポチを見ながらふとそんなことを話出す。

 昼の話題で、白風の進路希望は私等の予想を遥かに飛び越えていたことが分かった。

 婿入りまで考えてるなんて、何処まで柊妹にぞっこんなんだか。

 

「はやと、神主、目指す。俺、獣医、絶対なる!」

 

 だけど、しわすは白風が神主を目指している点しか目に入っていないっぽく、夢を追う者同士として影響を受け、気合を入れ直していた。

 いや、意味合いが全然違うんだけど……まぁいいか。

 白風は恋人の為に進路を決め、冬神と柊やちびっ子達も恋人と同じ学校を目指してる。

 そういえば、しわすにはそんな相手がいるんだろうか。

 

「……しわすは、相手が欲しいとか思うのか?」

 

 無意識の内に尋ねてしまったことに、私自身が驚く。

 気にはなったけど、こんな2人きりのところで聞くようなことじゃないし!

 けど、しわすは特に何も思い付かないかのように首を傾けた。

 

「相手……助手か? よく分かんない」

「そっか……そうだよな」

 

 しわすの答えに、私は安心する。

 分からなくて当然だ。そんな経験、私達にはないんだから。寧ろ、アイツ等が進み過ぎなんだ。

 あやのだって、私がいない時に兄貴とイチャ付いてるし。

 

「みさお……聞いて欲しい」

 

 ふと、しわすは真剣な表情で私を見つめてきた。

 さっきまでそっちの話題を考えていたので、私は意味もなくドキッとしてしまう。

 あうう、こ、こういう時ってどーすりゃいいんだ!?

 色んなことを考えてしまい、心の中が熱くなって行く私に構わず、しわすはジッと私の瞳を見つめたまま口を開いた。

 

「そろそろ、ポチの飼い主、探したい」

 

 ところが、しわすの話題はポチの飼い主探しと私の予想とは全然遠いものだった。

 何だよ! 期待させやがって!

 思わずズッコケそうになった私は、膨れっ面になりながらしわすの話を聞いていた。

 

 この時はまだ気付くはずもなかった。

 私がしわすを意識し出していることに。

 そして、この飼い主探しが思わぬ展開になることに。

 




どうも、雲色の銀です。

第25話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は各キャラの進路状況と、しわす編の導入でした。

みさおは男勝りな上、しわすは純粋なので恋愛話が書きにくくて困ってます(笑)。
一応、身近にカップルがいるのでみさおは耳年増な気がします。あと桜藤祭の専用ルートからツンデレですね。

あ、はやとのバカップルぶりはもう矯正不能の模様。

次回は、犬の飼い主探し!


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。