すた☆だす   作:雲色の銀

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第24話「2人のデート」

 桜藤祭が終わり、普通の学生生活が戻ってきた。

 とは言え、授業自体は桜藤祭の準備期間中も平常通り行われていたのだが。

 もう無駄に会議や道具の準備をしなくて済むと思うと清々する。

 だが、帰ってきた日常は今までと違う点が2つあった。

 まず1つが、俺に直接関係ないが、かえでと岩崎が付き合い出したということだ。

 桜藤祭直前まで険悪なムードを漂わせていた2人だったはずだが、そこからくっ付いたことは俺ですら予想外で驚いた。

 

「いやぁ、モテる男は辛いね!」

 

 と、話の中心にいる男は今すぐにでも殴りつけたくなるような笑顔で、幸せ自慢をしてきた。

 何でも、岩崎の笑顔を作ることにも成功し、順風満帆なんだとか。ソイツはよかったな。

 

「後は、お前を笑わせるだけだ!」

「お前が惨たらしくくたばったら、笑顔で見送ってやるよ」

 

 調子に乗って俺を指差すバカに、躊躇いもなく冷たい言葉をぶつけてやった。

 そもそも、岩崎はかえでに苦手意識を持ってこそいたが、嫌悪感は持ってなかっただろうし。

 引き換え、俺はかえでを殴り飛ばしたい程嫌っている。ハッキリ言って煩いし、言動の一つ一つがムカつく。

 コイツが俺を笑わせられる日は、永遠に来ない。

 

「おめでとう、みなみちゃん」

「ありがとう、ゆたか……」

 

 不愉快そうに顔を顰める俺のすぐ横では、ゆたかが岩崎に祝福をしていた。

 かえでの影響は少なからずあるようで、俺でもすぐに分かる程岩崎の表情は変化するようになっていた。

 今のはにかんだ表情は岩崎が女であることを十分証明させ、4月にコイツを気味悪がっていた男子達も視線を惹き付けられてしまう程だ。

 ……今更悔しがっても、もう遅いとだけ言っておく。

 そして、もう一つの変化が俺に直接関係のあることで、非常に困惑していた。

 

「そういや、知らん女子からお前宛に手紙を渡されてた」

 

 かえではふと思い出したように、俺の机に手紙を置く。

 小さな封筒には名前は書いておらず、差出人は中を見るまでは分からない。

 

「……破いて捨てろ」

 

 俺は手紙の受け取りを拒否した。

 これが俺の日常の変化だ。桜藤祭以降、俺宛に手紙を書く女子が増えたのだ。

 理由は、軽音部のライブにボーカルとして助っ人参戦したからだ。

 あの時の歌で本来のボーカル以上に痺れてしまった奴が多くいたらしく、軽音部のスカウトを皮切りに次々とアプローチが来るようになっていた。

 

「お前、せめて中身ぐらい読めよ」

 

 かえでは尚も俺に手紙を差し出してくる。

 軽音部の誘いも勿論だが、顔も知らない女子からのラブレターを全て断っていた。

 歌を聴いただけで俺のことを殆ど知らない連中から好きだと言われても、俺の中には決して響かない。

 俺は手紙を真っ二つに破いてポケットに仕舞った後、読みかけの本に視線を戻した。

 

「お前!」

「黙れ。貰ったものをどうしようと、俺の勝手だ」

 

 俺の行為に激昂するかえでだが、俺は冷静に返す。

 言われた通り受け取ってやったんだ。そこから先、手紙を持って来ただけの奴に文句を言われる筋合いはない。

 

「……その子にちゃんと答えてやれよ」

「それも、俺の勝手だ。どちらにしろ、失恋することに変わりはないがな」

 

 かえでは不満が残ったまま、大人しく席に座った。

 恋愛なんて、ノイズと同じだ。聞こえのいい言葉だが、耳を塞げば目の前にいるのはただの人間。

 静寂を望む俺には、恋愛なんて必要ない。

 

 

☆★☆

 

 

 みちるの騒動も片付き、俺達は桜藤祭が終わった後でも活気に溢れていた。

 何せ、長年想い続けていたみゆきとみちるが漸く結ばれたのだ。2人の関係にヤキモキしていた俺達が祝福しない訳がない。

 ま、2人を狙っていた奴等は悔しがっていたけどな。

 そういえば、これで俺達のグループは全員結ばれたことになった。

 去年の4月に顔を合わせた時には、全く予想だにしなかった光景だ。

 

「こなたー、今度のイベントなんだけどさ」

「準備ならとっくに出来てるヨ!」

 

 俺の視線の先、あきとこなたは次に行くイベントの話し合いをしている最中だ。

 これだけなら普通にヲタ仲間同士として見られるだろうが、本人たち曰く当日はペアルックで参加するとのことだ。

 あまりイチャ付かない印象だが、やはり恋人らしいことはしているみたいだな。

 

「みちるさん。来週の日曜のことでお話があるのですが」

「うん、丁度僕もみゆきを誘おうと思ってたんだ」

 

 また別のところでは、みちるとみゆきがデートの相談らしき会話をしていた。

 きっとコイツ等のことだから高級かつ優雅なデートになるのは間違いなしだ。

 何せ、みちるは女性のエスコートに手馴れている。相手が恋人となれば、全力を出すだろう。惜しむらくは、その全力を俺達は目に出来ないことだろうか。

 

 別のクラスにいるやなぎとかがみも、頻繁にデートをしているようだ。

 先日、かがみがやたらと機嫌よかった風な印象を受けたが、どうやらやなぎから髪を結ぶリボンをプレゼントして貰ったらしい。

 情報提供者の姉2人は滅茶苦茶悔しがっていたが、そこには触れないでおいた。

 やることはやってるみたいだな、もやし君も。

 

 では、俺達はどうなんだろうか?

 普段から一緒に帰っているし、周囲が呆れる程イチャイチャしている自覚がある。

 昼も料理上手なつかさがお弁当を作ってきてくれるようになり、毎日幸福を味わっている。食費も浮くし、大助かりだ。

 だが、何かが足りないことに気付き、俺はつかさをジッと見つめた。

 

「どうしたの?」

 

 俺に視線を向けられていることに気付き、つかさが尋ねてくる。

 首を傾げる仕草もまた可愛い、俺の彼女。

 コイツに不備は一切ない。あるとしたら……。

 

「つかさ」

 

 俺は答えを得て、つかさに話し返す。

 笑顔で話を聞いてくれるつかさは、やはり可愛い。

 俺達に足りないもの。それは、デートだ。

 決して行っていない訳ではない。だが、俺は一人暮らしという身の上の所為で、出費を控えなければならない。

 つまり、デートに行く為の資金が俺にはないのだ。

 毎日学校で会っているし、登下校も一緒にいるので別にいいかと思っていたが、いいはずがない。

 つかさはあまり我が儘を言わないし、俺の金銭状況も知っているから言い出せないのかもしれない。けど、もしそうなら俺はつかさの彼氏失格だ。

 

「今週の日曜、空いてるか?」

「うん」

 

 予定確認すると、つかさは期待の視線を向けて来た。明らかにデートに行きたがっている。

 つかさは乙女だからな、恋人とデートをしたいに決まっている。

 

「デート、しないか?」

「うん! 行こっ!」

 

 次に誘いをかけると、つかさは満面の笑顔で大きく頷いた。

 頼む、今の可愛い仕草は俺の心の傷を広げるからやめてくれ。

 こうして、甲斐性のない俺はつかさとのデートで奮発することになった。

 

 

 

 そして、あっという間に日曜日。

 こういう楽しいイベントは来るのが早く感じる。

 待ち合わせ時間の30分前から、俺は駅前にスタンバっていた。

 今までのつかさとのデートは、近所の街中をブラつき、夕飯の食材を買ったりしてゆったりと過ごすだけだった。

 だが、今日の俺は違う。飯代等を浮かし、捻り出した資金で、つかさにもっと遊ばせてやるのだ。

 映画、遊園地、洋服、豪華な外食。何でも来るといい!

 

「お待たせ~!」

 

 などと意気込んでいると、最愛の彼女がやってくる。

 待ち合わせ時間ギリギリなのはご愛嬌だ。つかさだからもっと遅れると思ってたし。

 

「そうだな、待った」

「あぅ……」

 

 こういう時、普通ならば彼氏は「待ってない」と言うだろう。

 だが、つかさ相手に言うと俺も遅刻の常習犯みたいに聞こえるし、俺が待っていたかったのでこう返した。

 

「……けど、つかさとのデートなら待った分引いて十分お釣りが来る」

「は、はやと君……!」

 

 続けて言葉を返すと、泣きそうになっていたつかさは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに俺を見た。

 ま、これも俺の本心だし。

 

「んで、今日はどうする? つかさのしたいことをしようぜ」

「ふぇ……?」

 

 今日のデートプランがまだ白紙であることを告げると、つかさは首を傾げた。

 ま、いきなりしたいことをしようなんて言われても、ピンと来ないか。

 

「映画、遊園地、ショッピング。何でもござれってこった」

 

 みちるの真似でお辞儀をしながら説明をする。ちょっと格好付け過ぎたか。

 顔を上げてつかさの様子を見ると、まだ困惑しながら答えた。

 

「えと、とりあえず歩こっか?」

 

 つかさの要望により、街中を歩きながら考えることになった。

 遊園地は遠いからともかくとして、映画やショッピングならゆっくり考えた後でも十分出来るしな。

 

「……はやと君。お金の方は」

「気にすんな。つかさの為ならそれぐらい捻り出せる」

 

 隣で考えていたつかさは、予想通り俺の心配をしてきた。

 俺はつかさに気にさせないよう財布を掌の上で軽く放る。

 が、その瞬間、間抜けな腹の音が大きく鳴り響いた。これは当然、俺の腹から鳴ったものであって。

 

「あー……」

「……お昼にする?」

 

 気不味そうに笑う俺に、つかさも苦笑しながら提案する。

 今日の為に、1週間飯を抜いたのが災いしたらしい。せめて今朝は食っておくべきだったか。

 けど、昼には早すぎるし、俺だけ食うのも悪い気がする。

 

「まだいいだろ」

 

 つかさの提案を断ると、またしても腹の音が空気を読まずに鳴る。

 自分の言葉に説得力がなくなってしまい、俺はただ笑うことしか出来なくなる。

 

「今日は私のしたいことをするんだよね? じゃあ、まずははやと君にお昼を食べて欲しいなぁ」

 

 さっき俺の言ったことを使われてしまい、とうとう反論出来なくなってしまう。

 つかさも言うようになったなぁ、と感心しつつ自分の情けなさに頭を抱えたくなる俺だった。

 丁度近くにあったハンバーガーショップで簡単な昼食を済ませた後も、つかさはやりたいことを決められないでいた。

 じっくり考えてもいいんだけど、考えて一日が終わるのだけは勘弁してほしいな。

 

「うぅ……はやと君、何か面白い映画とかある?」

 

 妙案の浮かばないつかさは、遂に俺に尋ねてきた。

 とはいえ、俺も映画なんて見ないのでその手の情報に疎かった。正直、今は何を上映しているのかすら知らない。

 

「……済まん、よく分からん」

「えっと、じゃあ映画はなしで」

 

 自分の無知さの所為で、つかさから選択肢を奪ってしまった。

 クソッ、こんなことなら上映リストぐらい確認しておけばよかった。リストを見たところでどんな映画かは分からないだろうけど。

 さて、残った選択肢はショッピングだが……。

 

「そうだ! はやと君のお洋服見に行こうよ!」

 

 漸くいい案を思いついたのか、つかさは声高らかに提案した。

 だが、見る洋服は何故か俺のだった。いや、確かにそんなに多くは持ってないけど。

 

「いや、お前のはどうなんだよ。欲しくないのか?」

 

 つかさだって女だ。服の一つや二つ欲しがってもおかしくない。

 お洒落に縁遠い俺だって、つかさが試着すれば選べ……ないな。つかさなら何着ても似合いそうだし。

 

「私は沢山持ってるから。それに、はやと君のを選んであげたいから」

 

 つかさはそう言って屈託のない笑みを見せる。

 コイツは何時だって俺の心配ばっかりだな。したいことしろって言っても。

 

「したいこと、本当にないのか? デートらしいこととか。たまには我が儘ぶつけてもいいんだぜ?」

 

 俺はつかさに本当に聞きたかったことを思わず口にしてしまった。

 あまりにも何もなさ過ぎて、つかさは俺と居て楽しいのか不安になってしまう。

 しかし、つかさは一瞬だけ驚くと、またすぐに笑顔に戻る。

 

「私ははやと君と一緒にいられるだけで幸せだよ? 一緒に歩いたり、お話したり、買い物に付き合ってくれるだけで十分楽しいもん」

 

 つかさの言葉に俺はハッとした。

 今までのデートで、つかさは不満そうにしたことが一度だってあったか。傍にいて、手を繋いで歩く。そんな些細なことでも、つかさは本当に楽しんでくれていたじゃないか。

 

「映画もショッピングもいいけど、はやと君が慣れてないから辛いんじゃないかなって」

 

 つまり、今まで何も言わなかったのは俺が楽しめないからだった。

 つかさにとって、ブラブラ歩くことも映画を見ることも大差なく、逆に俺が楽しめないことが嫌だから映画やショッピングに誘わなかったのだ。

 

「……そっか」

 

 つかさの気持ちが嬉しくて、俺はその華奢な身体に抱き着く。

 俺が大馬鹿だった。恋人同士のデートなんだし、お互いが楽しめないでどうするんだ。

 俺が退屈するようなこと、心の優しいつかさが許す訳ないじゃないか。

 周囲の視線から見て、俺達は何か足りないだろう。

 けど、俺達の視点からすれば、寧ろ余りある程幸せだった。

 

「んじゃ、俺はつかさに服を選んで欲しい」

「うん、分かった」

 

 一先ず、俺はつかさが選んだ服が着たくなり、さっきの提案に乗ることにした。

 

 

 

 日も暮れ時。

 結局、つかさにジャケットとTシャツを一着ずつ選んでもらい、買うことになった。

 洋服を選んで買うなんて、随分久々なことだった。値は張ったけど、つかさが似合うって喜んでくれたから十分価値はある。

 

「夕飯の買い物はいいのか?」

 

 買ったばかりの、紺のテーラードジャケットに青のシャツを身に纏った俺は、つかさにこの後の予定を聞く。

 普段だったらこの辺で買い物をして、柊家で夕飯を御馳走になるところだ。

 

「うん。あ、でもその前に」

 

 予想通り、買い物があるようだ。しかし、つかさは買い物リストを見せる前に、鞄からあるものを取り出してきた。

 

「はい、はやと君」

 

 つかさが渡してきたものは、白いマフラーだった。

 毛糸ではないことから、さっき服を買った店で買ったもののようだ。

 

「俺に?」

「うん! これから寒くなるから、少しでも温かい恰好をした方がいいかなって」

 

 つかさに手渡されたマフラーは、心なしか持っているだけでポカポカと温かさを感じるようだった。

 早速首に巻くと、先程まで感じていた肌寒さが一気になくなる程温かかった。

 

「ありがとな。実は、俺からもあるんだけど」

 

 先を越されたものの、俺もつかさに隠れてプレゼントを買っていたのだ。

 ジャケットのポケットから取り出したそれは、簡単な作りのペンダントだった。先には小さなハートの輪が2つ重なっている。

 あまりゴテゴテな作りよりは、シンプルな方がつかさに似合うしな。

 俺はつかさにネックレスを見せると、そのまま首に巻いてやった。

 

「よく似合ってる」

「あ、ありがと……」

 

 至近距離のまま褒めると、つかさは顔を真っ赤にしていた。可愛い奴め。

 プレゼント交換を終えたところで、俺達はデートを再開する。夕飯の買い物だなんて他愛のない内容だが、俺達は今を十分楽しんでいる。

 まるで俺の今の気分を表すかのように、白いマフラーが風にはためいていた。

 

 

 




どうも、雲色の銀です。

第24話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は小休止ということで、はやととつかさのデート内容についてでした。
とりあえず、2人は順調にバカップルやってますよと。殴る壁が足りなくなります。

一方、序盤のつばめは久々に外道ぶりを発揮。
但し、実はつばめは破いた手紙を捨ててません。その辺はまた後程。

次回は、しわす編突入!



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