すた☆だす   作:雲色の銀

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第22話「向き合う一人(ふたり)」

 駅前の喫茶店で、俺達はたけひこさんからみちるの過去を聞いた。

 引っ越した先の中学で馴染めず、更にクラスメートによるいじめで心を押し潰されたみちるは、やがて無意識の内に負の人格を生み出していた。

 そして、みちるが限界を迎えた時、うつろは覚醒してクラスメート達に逆襲をした。

 

「俺も他人から聞いた話だから俄かには信じられなかったけど、別荘でのあの変貌ぶりをみたら……ねぇ」

 

 たけひこさんも、実は夏休みの別荘旅行で最初にうつろを目撃したらしく、それまでは半信半疑だったらしい。

 そりゃそうだ。あの人が良すぎるお坊ちゃんがいじめられる光景なんて思い浮かばない。

 けど、実際にうつろを知っている身としては寧ろ納得のいく内容だった。

 何不自由なく生きて来たみちるに後天的に二重人格が生まれるとすれば、ここまで心が折れるような状況でもない限り有り得ない。

 

「で、俺達に何でその話を?」

 

 俺は知っていること全てを話し終えたたけひこさんに、何故俺達に告げたのかを尋ねた。

 今更みちるの過去を話したところで、状況が何か変化するのだろうか。

 同情でもして欲しかったって訳でもないだろうに。

 

「……君達は、今の話を知った上でみちるの元に行くつもりかい?」

 

 たけひこさんは、逆に俺達に尋ね返して来た。

 先程までと打って変わって低い声で話され、周囲に緊張感が走る。

 

「事情はどうあれ、みちるが今ああなったのは全て自分自身の責任だ。君達には関係ないし、出来ることは何もない。それでも、行くのかい?」

 

 たけひこさんの言い分も最もな話だった。

 例えいじめられたという過去があっても、うつろを生み出したのはみちる自身だ。

 そのうつろに飲まれそうになっているみちるは、ある意味自業自得。客観的に見れば同情の余地なんてなかった。

 加えて、問題はみちるの内側にあるから俺達に出来ることは何もない。

 

「俺は行きますよ」

 

 たけひこさんの問いに最初に答えたのは、意外にも俺だった。発言した本人も驚いている。

 俺は別にあきと違って仲間想いでも、根性論で何でも解決出来るとも思っていない。

 

「それは、みちるが可哀想だからかい?」

「俺は別にアイツに同情なんてしてませんよ」

 

 友達甲斐がない奴だって、自分でもつくづく思う。

 けど、さっきも言った通り、いじめに抗えず別の人格に逃げたみちるに同情の余地はない。

 だから同情もしないし、みちるの問題に直接首を突っ込むつもりもない。

 

「けど、アイツがどうなるのか見届けてやりたいんです。勝って戻ってきても、負けて消えたとしても、それが俺の仲間の「檜山みちる」だから」

 

 勿論、絶対なんてないから、みちるは負けるかもしれない。たけひこさんから話を聞いた今では、寧ろそっちの可能性の方が高い気がする。

 けど、アイツは約束を破ったことがない。裏切られても、自分から裏切るようなことはしていない。だから、俺はみちるが勝つと未だに信じられる。

 そして、どう転んでもみちるの末路を友達として見守っていたかった。

 

「俺も行くぞ! 起きた後で改めてみちるから話を聞きたいしな!」

 

 俺に続き、あきもたけひこさんに答える。

 元々、あきはみちるを見捨てるつもりなんてなかったろうしな。

 

「私も~。みゆきさんもいるだろうし、ラブロマンスが見れるかもね」

「はぁ……お前等だけじゃ心配だ。俺も行く」

「やなぎだけじゃ手に余りそうだし、私も行くわ」

 

 こなた、やなぎ、かがみも行く気満々なようだ。

 しわす達も次々と頷き、ここに残る奴はいない模様。最初っから決まってたことだけどな。

 

「わ、私も!」

 

 俺の隣でつかさも手を上げるが、どうやら行く理由が思い付かなかったようだ。

 恐らく、みちるに同情していたり、心配だから行きたいという理由しかないんだろう。

 けど、つかさはそれでいい。人のいいつかさは、俺達みたいに捻くれた答えよりも誰かを心配して行動する方がつかさらしい。

 

「……みちるは、今度こそいい友達が出来たみたいだね」

 

 俺達の答えに、たけひこさんは満足した回答を得られたようでフッと笑う。

 きっと、たけひこさんは同情だけでみちるの元に行って欲しくなかったんだろう。そんな繋がりで集まっても、みちるの為にはならない。

 

「よし、皆で行こう」

 

 俺達を信じてくれたたけひこさんの呼びかけに、全員が頷く。

 こうして俺達は漸く、檜山家に向かうこととなった。

 

 

☆★☆

 

 

 暗い意識の淵に落ちたはずの僕は、白い空間に座っていた。

 周囲を見回しても白一色で、壁や天井がないように感じる程広かった。ここは、本当に僕の意識の底なのだろうか。

 この途方もないような空間で、僕は目の前の32インチの液晶テレビを見ていた。テレビは僕が存在に気付くのと同時に電源が勝手に入り、ある光景を次から次へと映し出した。

 

「あぁ、そうだったね……」

 

 それは、僕の昔の記憶。

 今までずっと忘れてしまっていた、いくつもの辛い出来事。そして、全てを押し付けるような形で「彼」を生み出してしまったということ。

 僕が弱かった所為で大勢の人を傷付けてしまった。

 

〔分かったか? お前が慕っていたみちるは、辛いことを誰かに押し付ける卑怯で弱虫だってことがなぁ!〕

 

 そして今、僕は「外」で起きていることをテレビを通じて眺めていた。

 彼、檜山うつろが僕の最も大切な幼馴染に真実を告げている。

 僕はずっと、弱いままだった。いじめられていた現実にすら目を背け、忘れたまま日常を過ごしていた。

 だから、ずっと内側にいた彼の言うことは正しかった。

 

〔おっと、そろそろ時間だな……んじゃ、この身体を手に入れた後でまた会おうぜ……〕

 

 うつろはみゆきとの話を一方的に終わらせると腰掛けていたベッドに横たわり、表での意識を失った。

 あぁ、遂にこの時が来てしまった。

 空間内に彼がやってくる。それは、僕と彼が戦わなければならない合図。

 

「よぉ」

 

 テレビを見る僕の背後に、ゆっくりとうつろが降りてくる。すると、空間が白と黒のチェック模様へと変化していった。

 ここで漸く、ここが僕の深層心理の中だと確信が持てた。弱くて無知な僕が白で、負の感情を全て引き受けたうつろが黒を表しているのだ。

 

「全部、思い出したみたいだな」

「うん、おかげさまで」

 

 僕はうつろと向き合う。初めて対峙した彼の姿は僕と同じで、まるで鏡を見ているような感覚になる。けど、何処か歪んでいるようにも見える。

 僕は彼に勝てるとはとても思えなかった。

 

「また戦うことを放棄するのか?」

 

 うつろは実につまらなさそうな表情で僕に呼びかける。

 いじめにあっていた時、僕は戦おうとはしなかった。自分の周囲から人がいなくなるのなら、と独りになることに怯えていた。

 いじめられ続ける限り、一人であることに変わりはないはずなのに。

 けど、僕はやっぱり戦うことが出来そうになかった。

 逃げ続けてきた僕なんかよりも、彼の方がこの身体に相応しい。

 

「僕に戻るところなんて、最初からなかったんだ。あの時から……」

 

 写真を濡らされて、拠り所を汚された時から、僕が戻ってこれるような場所は既になくなっていた。

 弱い僕の心を支えてくれるものなんて、最初からなかったんだ。真実をしったみゆきだって、僕のことをきっと軽蔑する。

 僕は両手を広げて、うつろを待つ。無抵抗のままうつろに取り込まれれば、僕は消えるだろう。

 

「さ、君の不戦勝だ。僕を」

 

 

 

〔わ、私はっ! みちるさんが卑怯だとも、弱虫だとも思っていません!〕

 

 取り込むといい。そう言いかけたところで、付けたままのテレビからみゆきの叫ぶ声が聞こえた。

 突然のことに僕は目を点にし、テレビに顔を向ける。

 

〔みちるさんは、自分を差し置いてまで他人を心配してくださる、強くて優しい心の持ち主です! けど、本当に辛いことを自分の中に溜め込んで、私達には心配の一つも掛けさせてくれません!〕

 

 画面の向こうで、みゆきは大粒の涙を目に貯めながら、僕に向かって叫んでいた。

 聞こえているかどうかも分からないのに、まるで自分の感情を破裂させるように。

 

〔もっと私を頼ってください! 写真ではなく、本当の私に我が儘を言ってください!〕

 

 みゆきが吐露した言葉の一つ一つが、僕の空いた心を埋めていく。

 それは、僕が本当に欲しかった言葉なのかもしれない。

 強がらなくてもいい、安心して弱みを見せられる暖かな居場所。僕が欲しかったのは、そんな満たされる誰かとの空間。

 

〔私はここにいます。ここで、ずっと貴方を想っています!〕

 

 みゆきの告白に、僕は心が熱くなるのを感じていた。

 僕も、彼女の温もりが好きだった。真面目で優しくて、なのにおっとりとした可愛さが愛おしかった。けど、ずっと彼女への恋心を仕舞い込んでいた。

 今まで思い出せなかったのは、欲望ごとうつろの方に流れてしまったからかな。

 けど、僕の心を救ってくれるものはみゆきだけではなかった。

 

〔俺達もいるぞ、みちる〕

「えっ!?」

 

 部屋にはいなかったはずの声に、僕は思わず声を漏らしてしまう。

 改めてテレビの画面を見ると、みゆき以外に多くの人物達が映し出されていた。

 

〔俺達のことを忘れんなよ! みっちー!〕

〔みちる君、今こそ自分の闇を打ち破れー!〕

〔何時まで寝てるんだ、みちる〕

〔うつろなんてぶっ飛ばして、起きなさい! みちる!〕

 

 あきと泉さんがいつも通り、元気に呼びかけてくれる。高すぎるテンションは、僕を勇気付けてくれる。

 そのすぐ傍では、呆れ顔のやなぎとかがみさんがダメな僕を叱ってくれる。真面目な彼等らしい声の掛け方だ。

 

〔みちる! 俺、もう友達! ずっと待ってる!〕

〔檜山ー! 朝だ、起きろ―!〕

〔檜山君。辛いことがあるなら、起きてちゃんと相談してね?〕

 

 最近知り合ったばかりなのに、しわすも日下部さんも峰岸さんもいた。しわすは、僕が友達になったことで大喜びしてくれたっけ。

 日下部さんはとにかく元気いっぱいで、あき達のように場を明るく盛り上げてくれる。

 峰岸さんは日下部さんの面倒を見ながらも、周囲に気を配って優しく接してくれる。

 

〔みちる君、私に出来ることがあったら言ってね? 力になれるかは分からないけど……〕

〔オイオイ〕

 

 つかささんはちょっぴり自信のなさそうに、僕を心配してくれる。その彼氏のはやとはつかささんの励まし方に突っ込んでいたけど。

 でも、つかささんの優しさ溢れる言葉は嬉しかった。

 

〔みちる。お前が帰ってくる場所なら、ここに嫌という程ある。今更帰りたくない、なんて答えは全員許さねぇぞ〕

 

 そして、はやとは僕を睨むように見据えていた。

 やる気のない、突き放すような言い方だけど、僕を信じてくれている。

 彼の不思議な魅力とブレない強さは、僕の憧れだった。きっと、はやとなら僕と同じ境遇でも立ち向かっただろう。

 

〔お前は、女を待たせたままにしておくような奴じゃないだろ?〕

 

 はやとの言い分に、僕は吹き出しそうになってしまう。確かに、女性を待たせるのはマナー違反だね。

 僕は、もう1人じゃない。誰かと幸せを共有出来る。誰かが僕を待ってくれる。

 欲しかったものが漸く手に入る感覚を、噛み締めていた。

 

「うつろ、ごめん」

 

 僕は改めてうつろに向き直り、決意を固めた。

 こんなところで、消えたくない。僕は、皆のところに帰りたい。

 だから、もう二度と負の感情に負けないよう、ここで強くならなきゃいけない。

 

「ここで、君に身体を譲る訳にはいかなくなった」

「へっ、そうこなきゃ面白くねぇ」

 

 身構えると、うつろは機嫌を悪くするどころか、満足そうに笑った。

 張り合いが出て来た僕を歓迎するかのように。

 うつろと僕はお互いに出方を見合いながら、距離を保ったまま二歩三歩と右に歩く。

 相手は、僕の身体のスペックをよく知り尽くしている相手だ。それも、恐らく僕以上に。

 

「はぁっ!」

 

 最初に手を出してきたのも、うつろの方からだった。一気に間合いを詰めて、右ジャブを放つ。

 僕は咄嗟に左腕でガードをし、そっくりそのまま返すように右拳を放った。

 しかし、うつろも空いていた左腕で防ぎつつ、後ろに飛んで再び間合いを作った。

 

「へぇ、やるもんだ」

「おかげさまで」

 

 僕が戦えることに感心するうつろ。

 確かに、気が弱い僕は誰かと喧嘩をすることなんてなかった。護身術として覚えた棒術も、実際に使ったことはない。

 けど、うつろのことを思い出したおかげで、身体が動きを覚えていた。これも、うつろが暴れてくれたおかげかな。

 

「んじゃ、これはどうだ!」

 

 うつろは体を大きく横回転させて跳びながら、僕に回し蹴りを出してきた。

 遠心力の付いた蹴りは普通に立って繰り出されるものより威力があり、腕で防ぎ切ることは難しい。

 なので、僕は向かってくるうつろの足にタイミングよく飛び蹴りを放った。キック同士がぶつかり合い威力が相殺され、僕もうつろもその場から吹き飛ばされてしまう。

 僕は受け身を取って着地したが、うつろは身を一回転させながら無駄なく立ち上がることで次の動作にすぐ移ることが出来た。

 

「まだまだ!」

 

 うつろは戦いを楽しむように笑いながら助走を付け、さっきの僕と同じように飛び蹴りを打って来た。

 僕もやられる訳にはいかない。片膝立ちのまま両腕をバツの字にクロスさせ、うつろのキックを防いだ。

 体勢を崩さないように踏ん張る僕の後ろでは、皆の応援が聞こえてくる。

 皆が僕の帰りを待ってくれている。

 そうだ、皆を心配させないように強くなるんじゃない。僕を想ってくれる皆がいるから強くなれるんだ。

 

「チッ」

 

 うつろは僕の腕を踏み台にし、また後ろに下がる。そして、すぐに攻撃を仕掛けようと迫ってくる。

 僕はうつろが来る前に立ち上がり、攻め手を迎える。

 うつろの次の手は横薙ぎの右チョップ。僕は動きを読み、左手で弾きながら右ジャブを放つも、うつろの左手に阻まれてしまう。

 まるでアクション映画のように互いの手を弾き合う。何度目かの繰り返しの後、うつろが今度は至近距離からの右キックを繰り出してきた。

 

「くっ!」

 

 僕はギリギリで反応し、右足で下段キックを相殺する。そのまま僕が上段キックを放つけど、うつろも反応して同じ上段の蹴りで防ぐ。ここまで、僕達は互角の戦いを繰り広げていた。

 うつろの動きを真似ているとはいえ、僕自身がこんなにも戦えるなんて思いもしなかった。今後、こんな機会が訪れないことを祈っているよ。

 

「いい加減くたばれ!」

 

 一進一退の攻防に痺れを切らせたうつろが、僕の腹部にアッパーを仕掛けてくる。

 しかし、これこそ僕が狙っていたものだ。

 欲望に忠実なうつろは好戦的な半面、我慢弱い。だから、中々決着が付かなければじれったくなり、怒りに身を任せた行動に出る。

 それこそ、僕が攻めに回る最大のチャンスだ。

 僕はうつろのアッパーを両手で受け止めると、左手を上腕に持ち替えつつ後ろに振り返る。

 

「しまっ――」

 

 うつろが自分の失態に気付くけど、もう遅い。

 僕はうつろの力を利用し、背負い投げた。これが僕の初の決め手だった。

 うつろは受け身を取っていたが、ダメージは与えた。

 僕はうつろの腕を離し、逆襲されないよう後ろに下がって十分な距離を取る。

 案の定、うつろはすぐに起き上り僕を憎たらしそうに睨みつけていた。

 

「お坊ちゃんが、やってくれるじゃねぇか……あぁっ!?」

 

 溢れる怒りに顔を歪ませるうつろ。以前の僕なら、彼の鬼の形相に怯えるところだろう。

 けど、僕は勝たなきゃいけない。こんなところで、僕の負の面にビビる訳にはいかないんだ。

 

「うあああああああっ!!」

 

 これで終わらせる。

 僕は力いっぱい叫び、うつろに走っていく。うつろも床に唾を吐き、唸るように叫びながら向かってくる。

 一歩ずつ近付く度に、僕の中の辛い記憶が砕けて行くようだった。

 囲まれて逃げ場を失った光景、ジュースを買いに走らされた光景、ヘラヘラと笑いながら殴られた光景。

 砕けた後で、新たな楽しい記憶が輝いていく。

 仲間達と囲まれて談笑する光景、一緒に購買に行き変な商品を見つけて笑う光景、頭をポンと叩かれて一緒に来るよう誘われる光景。

 もう一度、もっと、僕は仲間達と笑い合いたい。

 

 やがて、勝敗を決める一撃が互いの身体を捕えた。

 僕とうつろは、ぶつかり合ったまま時が止まったかのように動かない。

 

「……ごめん」

 

 そして、僕の頬から一筋の涙が流れ落ちた。

 




どうも、雲色の銀です。

第22話、ご覧頂きありがとうございました。

今回はみちるvsうつろの最終決戦でした。
ガチの殴り合いという、すた☆だすの中でも珍しい回となってます。

前回のダークっぷりを吹き飛ばすほど、みちるが吹っ切れました。
みゆきの告白から始まり、次々と仲間達が集うシーンはまるでジャンプ漫画のような展開で胸熱……あれ、主人公誰でしたっけ(笑)?

次回は、みちる編クライマックス!


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