すた☆だす   作:雲色の銀

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第15話「祭の時期」

 高校生活最後の夏休みが終わり、気怠い2学期が始まった。

 思い返してみれば、あっという間の休みだった。例年通り、宿題やバイトで日々を過ごし、空いた時間は昼寝。たまにつかさやあき達と遊びに出掛けたりもした。

 だが、今年の夏休みは何よりも特別なことが起こった。

 

「でね、お父さんに携帯の使い方を教えてあげたの~」

 

 俺の隣を歩いているほんわか少女と、恋仲になったことだ。

 付き合い始めてから、俺とつかさは一緒に登下校するようになった。家もそんなに遠い訳でもないし、お互いメールでやり取りして待ち合わせも可能だ。

 それに、少しでも一緒の時間を過ごしたい。これは俺の我が儘でもあった。今まで一緒だったかがみやこなたから、つかさを取ることになったのだから。

 

「つかさも携帯初心者から卒業か?」

「うん!」

 

 自信満々に頷くつかさ。いるよな、自分より下が出来ると得意気になる奴。

 帰り道を一緒に歩くようになってから、つかさは今まで以上に自分のことを話すようになった。

 家族のこと、些細な日常のこと。つかさと共有出来る時間が増える度、俺はコイツから信用されていることをヒシヒシと感じる。

 

「んじゃ、俺も教えて貰おうかな」

「えっ? はやと君も分からないところがあるの?」

 

 冗談交じりに言うと、つかさは頭を傾げる。

 ま、俺も電子機器は苦手だし、携帯はそこまで使わないしな。

 勿論、つかさに教えて貰う程分からないことはない。

 

「ああ。つかさに一番愛を伝えられるメールの打ち方」

「……ふぇっ!?」

 

 つかさは一瞬固まり、言葉の意味を理解すると爆発したかのように顔を真っ赤にした。

 言っておいてなんだが、自分でもすごく恥ずかしい。

 けど、つかさが相手ならこんな歯の浮くような台詞も平気で口に出来るようになった。恋人の力ってすごいな。

 

「そ、それは……私も分からないかも」

 

 つかさは恥ずかしそうに小声で話す。天狗の鼻も折れたようだ。

 

 甘い空間を作りながら歩いていると、鷹宮神社に着く。つまり、つかさの家の前だ。

 ここを見ると、柊家へ挨拶に行った時のことを思い出す。

 

 

 

 

 旅行帰りの次の日、俺はつかさと結ばれたことを報告しに柊家へ訪れた。

 何度も世話になった家だが、今日は特に敷居を跨ぐのに勇気がいた。何せ、重要な報告をしなければならない。

 

「いらっしゃい、はやと君」

 

 戸が開き、みきさんが出迎えてくれる。

 俺が来る理由は、既につかさの方から説明済みだと聞いている。後は、俺の口から言うだけだ。

 居間には柊家の全員が待っていた。まさか社会人のいのりさんまでいるとは。内心、ハードルが上がっていくのを感じつつ、俺はつかさの隣に正座で座った。

 

「それで、話があるって聞いたけど」

 

 目の前にいるただおさんが口を開く。いつも通りの温厚な態度だが、重々しいプレッシャーを感じる。みきさんもかがみも、上の姉2人も真面目な表情でこちらを見ている。

 ふと隣を見ると、つかさが心配そうな視線を送っている。分かっている、俺はコイツが欲しいからここに来たんだ。

 

「つかささんと、お付き合いをさせて頂くことになりました」

 

 姿勢を崩さぬまま、俺はこの場にいる人間にハッキリと言い放った。

 緊迫した空気が部屋中に充満し、猛暑日だというのに背筋が冷たく感じた。

 ただおさんは黙ったまま、俺と目をジッと合わせ続ける。

 この人の真剣な表情を、俺は一度見ている。俺が最初にこの家に上がり込んだ時、俺に気を掛けるつかさを心配して、俺に話をした。あの時は何もない友達同士だと言った分、俺は気まずく思っていた。

 しかし、ただおさんはすぐに穏やかな表情に切り替わった。

 

「そうか。つかさを、幸せにしてやってください」

 

 重かった空気が嘘のように緩やかになり、ただおさんは俺なんかに頭を下げ返して頼んでくれた。

 いや、「俺なんか」じゃない。頭を下げられるのに相応しくならなきゃいけない。

 

「勿論、そのつもりです」

 

 短く、これまたハッキリと返すとただおさんは頭を上げた。

 次の瞬間、ドッと疲れが押し寄せて来た。やっぱり、自分はこういう場に向かないとつくづく実感させられる。

 疲れたのは周囲も同じらしく、ガスを抜くように溜め息を吐いていた。

 

「おめでとう、2人共。今日はお祝いしなきゃ」

「まさかつかさにまで先を越されるとはねー」

「あーあ、どっかにいい男落ちてないかな」

 

 挨拶が終わり、改めてみきさんが祝福してくれた。みきさんは俺にとっても母親のように接してくれていたので、正直気恥ずかしい。

 その後ろでは、独身2人組が妹に先を越され嘆いていた。その内いい出会いがあるさ。保証はしないけど。

 

「はやと君」

 

 そして、隣では今にも泣き出しそうなつかさがこちらを見ていた。

 

「ふ、不束者ですが、よろしくお願いしまふっ!?」

 

 嫁入り前みたいなことを言い出し、挙げ句の果てには噛んでしまった。

 こういう不器用なところもまた、つかさの可愛さだな。

 

 

 

 

 やるべきことも一通り終え、壁がなくなった俺達は甘い日常を送っている。

 

「じゃ、また明日な」

「うん!」

 

 別れ際に少しだけ抱き合って、互いの感触を味わう。

 キスにはまだ踏み込めないが、ゆったりとした付き合いの俺達はそれでいい。

 

「来週の日曜、出掛けるか」

「うん、何処行こっか~」

 

 互いの体に腕を回しながら、俺達は日曜の予定について話し合う。

 休みにはよくデートに出掛けるようになったのも、俺にとっては大きな変化だ。

 まぁ、持ち合わせが少ないから大抵は公園や近辺をぶらついたり、ついでに食品の買出しをするのだが。

 一緒にいられるだけで、俺もつかさも満足なのだ。

 

「家の前で長々と抱き合うのはやめてくれませんかねぇ」

 

 時間も忘れて抱き合っていると、家の中からかがみに突っ込まれてしまった。

 うーん、少しのはずが抱き合うとどうしても離れたくなくなる。

 

「あと1時間」

「うっさい!」

 

 結局、監視の目を光らせる姉に引き離され、渋々帰ることとなった。

 はぁ、続きはまた明日か。

 

 

 

 新学期が始まって早々、俺達は新たなイベントに向かって動き出すことになる。

 陵桜学園の学園祭、通称「桜藤祭」だ。

 コイツも俺達は今年が最後なだけに、クラス内からは一層やる気を感じた。

 

「ふぁぁぁ~……」

 

 勿論、俺は一切やる気なしだ。そもそも、こういうイベントは好き好んで参加する性分じゃない。

 三年次の大きな目標であった「つかさと結ばれる」をクリアした今、学校行事なんかに関心は全くなかった。

 

「はやと、またクラス委員やらないか?」

 

 学級委員のみゆきが前で話し合いを仕切る中、あきが小声で話してくる。

 去年は確か、普段の居眠り癖が祟ってつかさ共々クラス委員に祭り上げられたんだっけ。主にコイツに。

 で、その業務内容は代表と言う名の雑用。小道具係に散々扱き使われた挙句、当日には見回りと言う犬みたいな仕事を押し付けられたのだ。

 

「はっはっは。寝言は寝てからほざけ」

 

 満面の笑顔で俺は赤毛のアホにそう返した。今すぐにでも机に突っ伏したいのだが、堪えているのもクラス委員を押し付けられない為だ。

 折角つかさという恋人も出来たのだし、当日は何の仕事もない状態でデートをしたい。

 

「それとも、今年はあきが快く引き受けてくれるのか?」

「いやー、お前それこそ寝言だろ」

 

 互いに笑顔でクラス委員の座を押し付け合う。

 こんな面倒臭い役を進んでやる程、俺達は真面目ではないのだ。

 

「そうだ。こなたが女子の方をやれば、彼氏のお前が勤めざるをえないんじゃね?」

「それを言うなら、つかさこそ女子のクラス委員をやるべきなんじゃないか? はやともおまけで付いて来るんだし」

 

 俺達の言い合いは、やがて互いの恋人にまで被害を与えるまでに広がっていた。

 掛け合いに出されている当の本人達は、当たり前のように嫌そうな表情を浮かべている。

 ってか、つかさは今回寝てなかったか。よかった。

 エスカレートしていく押し付け合いだったが、第三者の冷たい言葉でピタリと止まった。

 

 

「そこのお二方。折角でしたらじゃんけんでお決めになったらどうですか?」

 

 

 教室の前に立っているみゆきが笑顔でこちらを見ていた。しかし、その背後にはどす黒いオーラを感じた。

 あの温厚で真面目なみゆきが怒っている。話し合いを無視して勝手に盛り上がった結果、堪忍袋の緒が切れたのだろう。

 すっかり萎縮してしまった俺達は黙って前に出て行き、じゃんけん一本勝負で決着を付けることにした。

 

「後出しすんなよ?」

 

 腕を捻るあきに釘を刺される。何故バレたし。

 軽く手を振りながら、俺はあきの右手を凝視した。バカ正直なあきのことだ、グーを出しそうだな。

 

「「最初はグー! じゃんけんポン!」」

 

 俺とあきによる、今年最大の勝負は一瞬で着いた。

 

 

 

 

「えー、ではクラスの出し物について決めたいと思います」

 

 若干棒読みになりながら、俺は司会進行をしようとしていた。

 が、クラスの連中は纏まりがない。好き放題喋りまくっているのが現状だ。

 隣に立っているつかさに視線を向けるも、困った風な表情を浮かべるのみ。どうしてこうなった。

 自分のじゃんけんの弱さを恨みながら、俺はこの場をとっとと納める方法を考えていた。

 

 

☆★☆

 

 

 今年も、桜藤祭の時期がやって来た。

 恐らく、学生生活中で最も生徒達が活き活きとするイベントだ。どのクラスでも、夏休み明けから早速話し合いが行われている。

 勿論、ウチのクラスもたった今会議が終わったところだ。

 

「という訳で、今年の3年C組の出し物は「お化け屋敷」に決まりました!」

 

 黒板に書かれているお化け屋敷の項目に、クラス委員が丸を付ける。

 去年やったのは喫茶店だったっけか。2年続けて同じクラスの奴も多いから、教室内は飲食関係の出し物は最初から遠慮がちな空気だった。

 

「ま、妥当なのに決まったわね」

 

 前の席からかがみが話しかけてくる。

 演劇では被るクラスも多いだろうしな。まぁ、楽しめそうな出し物で何よりだ。

 

「うーん、あたしは演劇やりたかったんだけどなー」

 

 一方、体を動かすことが好きな日下部は聊か不満が残るようだ。

 お化け屋敷はギミックに力を入れ、やってくる客を脅かすのが仕事だからな。アクティブな感じはないだろう。

 

「みさちゃん、お化け屋敷でも頑張ろうよ」

「おっし! メチャクチャ怖いのやんぞ!」

 

 峰岸が宥めると、日下部は漸くやる気を見せた。

 祭りごとが好きそうな性格だし、お化け屋敷自体に不満はないのだろう。

 

「お化け屋敷、やる」

 

 そこへ、しわすも会話に混ざってきた。

 以前ならあり得ない光景だったが、秘密を共有して以来自然に話すことが出来るようになった。

 更に、主に声の大きい日下部の働きかけで、クラス内にも少しずつ馴染むようにはなってきた。

 子犬についてはまだ内緒ではあるが、担任の桜庭先生も既に知っているから万が一バレても問題はなかった。

 

「しわすは顔怖いからそのままでもいいけどなー」

「みさちゃん、そういうこと言っちゃダメだよ」

「がおー」

 

 日下部の失礼極まりない冗談にも、しわすは脅かすそぶりを見せる等、ユーモアに返してくる。

 外見こそ不良もビビる強面の持ち主だが、中身は動物を懐かせる程ピュアな人間。それが月岡しわすだ。

 

「ところで、お化け屋敷と言えば、カップルの定番スポットですが~?」

「何が言いたい」

 

 日下部は含みのある笑みで俺とかがみ、峰岸を見る。

 つい最近知ったことだが、実は峰岸には既に恋人が存在するらしい。しかも、日下部の実兄なのだとか。

 

「しわす! アイツ等脅かすぞ!」

「がおー」

「やめい!」

「しわすも日下部に乗るな!」

 

 教室内にからかう日下部としわすに、突っ込む俺とかがみの声が響く。

 始業式の時からは打って変わって、C組は賑やかになっていた。

 

 

☆★☆

 

 

 夏休みが明けて、2学期を迎える。これでかえでの煩い声をまた聴く羽目になるのかと思うと、憂鬱で仕方ない。

 

「じゃ、まずはウチのクラスの出し物を決めるぜ!」

 

 そう言って、俺の憂鬱の元凶であるかえでは教室の前に立ち、全体を見回していた。

 この学校は来月に「桜藤祭」という学園祭をやるらしく、2学期が始まってからすぐにクラスで会議をしなければならない。

 今更だが、俺は祭が嫌いだ。騒がしいし、人混みが多い。そんな環境で、一体何を楽しめるのか。

 

「はい、じゃあつばめ君! 意見をどうぞ!」

 

 気怠い表情で窓の外を眺めていると、鬱陶しい司会進行から名指しされた。

 やる気のない奴から真っ先に意見を求めてどうする。

 

「かえで君をサンドバックにして殴る出し物がいいと思います」

「俺が痛いだけだから却下!」

 

 仕方なく即興で思い付いた意見を提示してみると、これまた即却下された。

 何だよ、却下するなら聞くなよ。

 

「うーん、意見がないと俺のお笑いショーになるけど。みなみ、どうよ」

「……それは、ダメだと思う」

 

 同じくクラス委員として選ばれた、不幸な岩崎はかえでの唐突なフリに困惑した顔で答えた。

 ああ、色んな意味でダメだな。

 

「んー、じゃあ真面目に考えるとして。皆がやりたい項目を紙に書いてもらって、抽選で決めるでいいか?」

 

 ネタが尽きたか、急に真面目な態度になったかえでは珍しく真面目な解決方法を発表した。

 いや、真面目に出来るなら最初からやれよ。

 

 人数分配られた紙に、それぞれが項目を書いていく。真面目に考える者、適当に済ませる者。どんな思惑を持っているか分かんない奴と様々な反応だ。

 そんな中、俺は「霧谷かえでの黒ひげ危機一髪」と書いて箱の中に入れた。

 俺の気を紛らわせる余興にはなるだろう。

 

「よし、これで全員分だな」

 

 やがて、司会進行の2人を含む全員分を集め終わり、かえでが箱を振って混ぜる。さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 

「コイツだ!」

 

 そして、かえでは引いた1枚の紙を開き……首を傾げ、書いてあることを黒板に書き写した。

 どうやら、こう書いてあったらしい。

 

「えー、ヅカ喫茶? に決定しました」

 

 名前から喫茶店であることはまだ分かる。

 問題は、前置詞の「ヅカ」だ。一体何の意味を持っているのか。専門用語か?

 ふと視線を逸らすと、顔を真っ青にしてる田村の姿が入った。

 それで大体のことに納得した。あぁ、奴の仕業か。「ヅカ」はそっち方面のワードか。

 

「ひより。ヅカとは何だ?」

「ひぃっ!?」

 

 案の定、さとるにも勘付かれたらしく質問攻めにあう田村。

 こういう時に余計なことを書かない方がいいってことだな。一つ勉強になったよ。

 こうして田村ひより監修の元、1年D組の出し物はヅカ喫茶に決定した。勿論、俺は手伝わない。

 

 




どうも、雲色の銀です。

第15話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は桜藤祭編2nd、序盤でした!

2nd Seasonの桜藤祭はアニメ版の最終話を下敷きにしようと考えています。
が、パティは原作基準だと登場が来年度になってしまうので、残念ながらメインメンバーのチアダンスはなしの方向になります。

あと、主人公がさり気なく婿入りの準備を進めていましたが、爆死すればいいと思いました(笑)。

次回は、いよいよ3年陣が全員対面(予定)!


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