すた☆だす   作:雲色の銀

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第10話「花火大会」

 夏休みに入り、家の中にいても蒸し暑さが身を焼くようになってきた。

 こういう時に冷房がないのは、正直キツい。

 

「クーラー付ければいいのにな……」

 

 扇風機を「強」で稼動させながら、俺は呟く。

 夢見荘には冷暖房が設置されておらず、大家である海崎さんですら真夏と真冬を過ごすのが辛いと言っている。

 が、いざ付けるとなると全部屋に設置しないといけなくなるので、経費がバカにならないのだとか。

 その所為で家賃や光熱費が上がるのは、住人としても勘弁して欲しい。

 

「……先輩、生きてるのか?」

 

 ふと、俺は隣の隣の部屋に住む先輩のことが気になる。

 はやと先輩は理由はともかくとして、テレビの企画も驚くような極貧生活をしている。当然、扇風機なんて存在しない。

 この暑さの中、冷房もなしに生き延びるのは拷問に近いぞ。

 

「うおりゃあああっ!」

 

 そんなことを考えていると、丁度外から奇声と共にドアの開く音がする。

 はやと先輩が外に出たらしい。なんだ、生きてた。

 

「はやと先輩、近所迷惑です」

 

 とりあえず、俺も外に出て騒ぐ先輩に注意する。

 折角、静かな夏休みを過ごしているというのに、アパートでも騒がれては元も子もない。

 因みに、実家に帰らない理由がそれでもある。帰れば、確実に母さんがうるさいからな。

 

「おう、今から俺はこなたの家に勉強しに行くんだ。早く涼みたいから邪魔すんな」

 

 はやと先輩は滝のような汗をタオルで拭きながら、駅前で配っている団扇を扇ぎ俺を睨む。

 目的が変わっているとか、タオルの乾いている箇所が見当たらないとか、そんなツッコミを入れる気力を失くす程やつれた顔をしていた。

 

「……すんません」

 

 それだけ言って、俺は部屋に戻った。

 関わりたくなかった。あの涼しさに飢えた目は、少しでも余計なことをすれば俺を殺しそうな勢いだったから。

 

 

 

 その後、暫く1人で夏休みの宿題に取り組んでいると、メールが入ってきた。

 

「相手は……小早川か」

 

 俺のメアドを知っている人間は少ない。

 両親を除けば、海崎さん、はやと先輩、かえで、さとる、岩崎、小早川の6人だけだ。最も、かえでは無理矢理登録させられたのだが。

 丁度キリのいいところだったので、俺はメールを確認した。

 

「……花火大会?」

 

 その内容によれば、岩崎の家の近くで明日花火大会があるらしい。

 かえでと岩崎は行くらしいが、俺もどうだとのお誘いだ。

 そのありがたいお誘いに対し、俺の答えは勿論決まっている。

 

「行かん」

 

 花火といえば騒音。そして人混み。ただでさえ暑いのに、爆音なんて聞いたら気が狂ってしまう。

 返信してすぐに、次のメールが来る。今度はかえでからだ。

 

〔えー、行こうぜ! 花火、綺麗じゃん! 出店もあるし、絶対楽しいぜ!〕

 

 いかにも奴らしい内容だった。ウザくて最後まで読む気になれない。

 

「黙れ」

 

 かえでにはそれだけ送っておいた。

 そういえば、小早川とかえでは同じ場所にいるんだろうか。

 確か、さっきはやと先輩は泉先輩の家に行くと言ってたっけ。なら、勉強会にかえでもいるのだろう。

 これ以上問答を続ける気もないので、俺は携帯をその辺に放って、冷えたお茶を取りに冷蔵庫に向かった。

 

 

☆★☆

 

 

 返信の来ない携帯を眺めながら、俺はやれやれと首を横に振った。

 現在、泉先輩宅にて憎き夏休みの宿題を片付けるべく勉強会が行われていた。

 そこで、丁度岩崎や高良先輩の家の近くで花火大会をやるという話題が出たのだ。

 

 夏といえば花火!

 友人や恋人、家族とわいわい騒ぎながら、夜空に咲く花を見る!

 これは参加しない訳には行かないと、俺は皆で行こうという意見に賛成する。

 この時、思い浮かべたのが捻くれた友人の姿だ。

 どうせ断るだろうな、と予測はしながらも小早川につばめへ誘いのメールを送るよう言った。俺が送っても「黙れ」で一蹴されるしな。

 

 で、結果としては見事に玉砕。小早川が誘ってもつばめは了解することはなかった。

 全く、付き合いの悪い奴だ。

 

「仕方ねぇ、今回はアイツは放っておこうぜ」

「うん。無理に誘っちゃ悪いよね」

 

 肩を竦め、俺は小早川に言った。小早川は残念そうだが、それに頷く。

 

「……何か、用があったのかもしれないし」

 

 岩崎は相変わらずの無表情だが、最近では内面の感情も分かるようになってきた。

 ってか、この2人は人を悪く言うってことを知らないよな。つばめの奴、絶対に用事なんてないぞ。

 

「んじゃ、ここにいるメンバーだけでってことで」

 

 話を聞いていた天城先輩が纏める。

 この場にいるのは俺達1年生3人と、先輩方が8人だ。メンバーが揃っている辺り、先輩達の仲が羨ましく思える。

 

「でも、場所遠いし有名だから人も来るでしょ? ゆたかちゃん大丈夫なの?」

「あー、そういやこの前も風邪引いてたみたいだしな」

 

 かがみ先輩と天城先輩が小早川を心配する。

 夏休みに入ってからそんなに会ってる訳でもないから、風邪の話は初耳だった。

 

「おいおい、病み上がりなら無理しない方がいいんじゃないか?」

「明日は暑いっていうし、やっぱり次の機会にしようか?」

「ううん、私のことは気にしなくていいから。いつものことだし……」

 

 俺と泉先輩も心配するが、小早川は首を横に振る。

 けど、小早川は体弱いしな。無理してぶり返したら大変だ。

 

「……保険委員の私が付いてるから大丈夫だよ……ゆたか」

 

 やっぱり花火大会への参加を辞めようかと言おうとした時、岩崎がふと言ってのけた。

 確かに、いつも保険委員として岩崎は付いててくれたしな。岩崎がいるなら、いくらか大丈夫だろう。

 

「そっか……そうだよね! ありがとう、みなみちゃん!」

 

 小早川は明るく、岩崎に礼を言う。

 そこで、俺はあることに気付いた。2人が名前で呼び合っていたことだ。

 確かに先輩方は岩崎のことを「みなみちゃん」って呼んでたからな。何時までも苗字呼びだと一種の壁を感じるし。

 よーし、それじゃ俺も!

 

「みなみだけじゃなくて、俺も頼っていいんだぜ! ゆたか!」

「え……うん、ありがとう! 霧谷君!」

「…………」

 

 思い切って名前で呼んだら、ゆたかは変わらず苗字呼びでしたとさ。岩崎に至っては頷くだけだし。

 まだそんなに親しくないってことか……悲しいねぇ。

 

 

 

 次の日。

 埼玉在住組は一緒に東京へ向かっていた。

 花火大会までの時間を高良先輩の家で過ごすことになっていた。

 揺れる電車の中、ゆたかはまだ平気そうにしていた。

 

「何かあったらすぐに言ってくれよ?」

「ありがとう、あきさん」

 

 俺が付いてなくとも、泉先輩と天城先輩が付いててくれてるけど。

 付き添い心配する姿は本当の兄妹のようだ。

 

「Zzz……」

 

 そんな光景とは裏腹に、はやと先輩は俺の隣の席でグースカと眠っていた。

 周囲で過保護なぐらい心配するのもアレだけど、ここまで緊張感がないのもどうかと。

 はやと先輩の更に隣には、つかさ先輩が座っていた。

 

「つかさ先輩」

「ん、何?」

 

 俺は前々から気になっていたことを聞く為、つかさ先輩に声を掛けた。

 

「つかさ先輩とはやと先輩は、付き合ってるんですか?」

「……ふぇぇぇっ!?」

 

 数瞬の間をおいて、つかさ先輩は爆発したかのように顔を一気に真っ赤にして、大声で驚いた。

 この人のリアクション、面白いな。

 

「そ、そ、そな、何で……!?」

 

 金魚のように口をパクパクさせながら、つかさ先輩は答えに困っているようだった。

 いやまぁ、天城先輩と泉先輩という例もいるし。

 それに、はやと先輩と話すつかさ先輩の笑顔はとろけてるように見えるし、はやと先輩も俺達相手じゃ見せない笑顔を浮かべる。2人の仲が特にいいのは確実だろう。

 

「わ、私とはやと君は、そんな関係じゃっ! 絶対そんなんじゃっ!」

 

 必死に弁明するつかさ先輩の姿は面白いけど、こうも一生懸命否定されると、はやと先輩が可哀想になるな。どう見ても脈はありそうだけど。

 

「はいはい、分かりましたから。ご馳走様」

「う~……」

 

 とりあえず、まだ軽くパニくっているつかさ先輩を宥めた。ここまで騒がれると、他の乗客の迷惑にもなるし。

 ……そっか。奔放なはやと先輩にも、こんな相手がいるんだな。

 

 

 

 高良先輩の家は、流石東京の一軒家だけあって豪華だった。

 これがお嬢様の家か、と思ったら高良先輩はお嬢様じゃないんだとか。

 いや、俺達庶民からすれば十分お嬢様なんだけど。

 

「……ゆたか、大丈夫だった?」

「うん、平気だよ」

 

 先に上がっていたみなみは、早速ゆたかの心配をしていた。

 今のところゆたかも具合悪そうにはしてないし、大丈夫だろう。

 

「迷わず来れた?」

「まぁな……こなたの手書き地図より遥かにマシだし」

 

 居間では、これまた先に着いていた檜山先輩が天城先輩と話していた。

 高良先輩の家までの道程は、高良先輩自身が書いてくれた地図に従って来た。これがまた綺麗な字と絵で、俺でも相当分かりやすく書いてあった。

 天城先輩の話に檜山先輩が苦笑する辺り、泉先輩の地図は相当酷かったんだな。今度見せてもらおう。

 

「みちるの家で見慣れていたと思ってたが……ダブルで来るとは」

 

 そして、端っこではやと先輩が何故か打ちひしがれていた。

 実は、高良先輩の隣に岩崎の家もある。それはここに負けないぐらい大きく豪華な家だった。

 庶民なら一度は憧れるからなぁ、こんな広い家で暮らすのは。

 

 

「いらっしゃい。はい、どうぞ~」

「わぁ、ありがとうございます」

 

 全員が椅子に座ると、高良先輩のお母さんがメロンを切り分けて持って来てくれた。

 外見はウェーブが掛かったピンクの髪に細目の女性で、とても高校生の母親とは思えない程若い。

 だが、何よりスタイルのよさとおっとり加減が高良先輩の家族であることを良く表している。

 

「あら? 足りてるわよね?」

 

 全員にメロンが行き届くと、高良先輩のお母さんは首を傾げる。

 確かにちゃんと全員分あると思うんだけどな。

 

「お母さん、もしかして自分も数えてません?」

「え?」

 

 高良先輩がお母さんの疑問に答える。なるほど、自分の分を頭数に入れていたのか。

 

「あら、本当ね」

 

 改めて人数を数えると、お母さんは本当に自分を入れた12人で考えていたらしかった。

 お茶目な間違いに上品に笑う高良親子に、改めて遺伝を感じる俺達だった。

 

 

 

「しっかし、あれですなぁ」

 

 花火大会の場所へ行くまでの道中。俺は先頭を歩く女子達を見ながら、天城先輩に話し掛ける。

 

「こういうのを眼福って言うんですかね?」

「おうともよ」

 

 目の前を歩く女子全員が、綺麗な浴衣姿だったからだ。

 本当は電車に乗る前から泉先輩達は浴衣だったのだが、岩崎と高良先輩が加わったことで彩りを増したのだ。

 

「こなた達は去年も見たけど、ゆたかちゃんとみなみちゃんもよく似合ってんな~」

 

 後輩2人をまじまじと見る天城先輩。

 ゆたかは背丈の所為で子供っぽく見えるけど、みなみは女性らしい服装のおかげでスレンダーな美人に見える。

 

「特にゆたかちゃんとこなたはお持ち帰りし」

「ふんっ!」

 

 如何わしい台詞を吐こうとした天城先輩だが、突如飛来した下駄が顔に減り込んで遮られてしまう。

 

「いやぁ、ゴメンゴメン。あき君の顔に蚊がいそうだったから」

「こなたさん、推測で下駄を飛ばさないでください。リモコン下駄じゃないんだから」

 

 飛ばした張本人である泉先輩は何食わぬ顔で下駄を拾いに来た。

 彼氏の顔に平気で下駄をぶつける泉先輩もすごいけど、怒りもせずに対応する天城先輩もある意味すごい。

 

 

 と、楽しく会話しながらも場所に到着する。

 有名な花火大会だから人が多くいることは予想済みだったが、それ以上に混雑していた。

 美味しそうな匂いを出す出店、笑顔で花火が上がるのを待つ人々。

 いいね、これぞ祭の空気だ。

 

「うへぇ、俺人混み嫌いなんだよ」

 

 テンションがあがる俺の隣で、はやと先輩がウンザリするような声を上げる。

 はやと先輩でこの反応なら、騒音嫌いなつばめがこの場にいたら発狂してたろうな。

 

「つかさ、去年みたいにはぐれんなよ」

「あ、うん」

 

 しかし、嫌そうにしつつも、はやと先輩はつかさ先輩の傍による。

 この様子で何もないって言われてもなぁ……。

 

 先輩方がそれぞれ祭の空気を楽しんでる中、俺はすぐに微妙な空気を察した。

 

「ゆたか、大丈夫?」

「うん、平気だよ……?」

 

 ゆたかの顔色が悪くなっていたのだ。

 やっぱり祭の空気に当てられたのか、学校で保健室に行く一歩手前の表情をしている。

 丁度傍にいたみなみが心配するも、ゆたかは平気そうに振舞おうとしていた。

 

「先輩方! 俺達ちょーっと持ち合わせが足りないんで、向こうの方で涼んでますわ!」

 

 俺はこの空気を壊さないように、先輩達に話を付ける。

 ゆたかの具合が悪くなった、なんて知られれば泉先輩達は心配するだろう。

 それでは、皆の笑顔は忽ち消えてしまう。

 

「……そうだな。学年別で行動すんのも悪くねぇ」

「向こうでも花火は見えますし」

「ではでは」

 

 はやと先輩と高良先輩に相槌を貰い、俺はゆたかとみなみを連れて人の少ない方へ向かった。

 

 

 

 丁度良く空いていたベンチを見つけて、俺達はゆたかを寝かせる。

 

「ゴメンね、2人共……」

 

 みなみに膝枕をしてもらい、ゆたかは申し訳なさそうに謝る。

 折角の祭を自分が邪魔している。そんな風に考えているのかもな。

 

「みなみ、お前は戻っていいぞ」

「え……」

「ゆたかには俺が付いてるから、祭を楽しんで来い」

 

 なら、その不安を1つでも取り除かないとな。

 俺は真面目な口調でみなみに戻るよう言った。

 

「ううん、私が付いてるから……」

 

 が、みなみは首を横に振る。むしろ、私がいるから俺の方こそ戻れとでも言いたげだ。

 

「皆の笑顔を消さないようにするのもスマイルメイカーだ。お前等を残して遊んでられるかよ」

 

 そう、笑顔を作ることだけが俺の役目じゃない。

 折角皆が笑っているところを邪魔するなんて持っての外だから、先輩達にさっきみたいな言い訳をしたんだし。

 

「それに女の子2人だけを残すなんて、男として出来ないね」

 

 そういうと、珍しくみなみが目を大きく見開く。俺がそんなことを言うのが意外だったか?

 

「ありがとう、みなみちゃん、霧谷君」

 

 ゆたかは漸く笑顔を見せ、俺達に礼を言う。って、まだ苗字呼びか。

 

「ううん……ありがとう、かえで」

 

 一方、みなみは顔を伏せたままだが、しっかりと俺の名前を呼んでくれた。

 これで、みなみとより仲良くなれた。心の中から喜びが込み上げてくる。

 

 その時、頭上に大きな花火が上がる。すぐに消えてしまうが、次々と様々な色や形の花火が上がりだした。

 

「わぁ……」

「綺麗……」

 

 色鮮やかな花火に、女子2人は目を輝かせる。

 祭の騒々しさと離れた、他に誰もいない俺達だけの空間。こんなのも、悪くないかもな。

 次の機会があるなら、つばめも引っ張り出して来たいものだ。アイツの暗い心も、もしかしたら照らせるかもしれないし。

 

 

 

「おーい、綺麗だったねー」

 

 花火が終わると、別所で見ていた泉先輩達がやって来た。

 

「蚊が多かったけどな」

「ゆたかちゃん達は刺されなかった?」

 

 冬神先輩と天城先輩の言う通り、先輩方は蚊に刺されたようで腕や膝を掻いていた。

 蚊も夏の代名詞だもんなー。

 

「え、うん。私達は刺されてないよ」

 

 ところが、俺達3人は蚊の被害に遭ってなかった。こっちにはいなかったんだろうか。

 

「あー、蚊に刺されやすい人と刺されにくい人っているよね」

「いやぁ、蚊も空気を読んだんじゃない?」

 

 つかさ先輩の言う通り、俺達が刺されにくい部類だったのだろうか?

 どうせなら、俺は泉先輩の方で考えたいね。友情パワーで撃退! みたいな。

 

「さて」

 

 俺はさっき撮った、花火とゆたかとみなみの画像をつばめに送った。

 来年はお前も連れてくぞ、と言葉を入れて。

 返事はすぐに来た。

 

〔考えておく

 

 

 

と言うとでも思ったか?〕

 

 何ともつばめらしい返信に、俺は苦笑する。

 はやと先輩の言う通り、やっぱつばめを笑わせるのは相当骨が折れそうだ。

 




どうも、雲色の銀です。

第10話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は花火大会の話でした!
原作ではゆたかとみなみが名前で呼び合うようになる貴重なエピソードでしたので、かえでもその中に組み込んじゃいました!
ゆたかからは相変わらず苗字呼びですが(笑)。

そして、イベント不在の1年側主人公ェ……。

次回は、夏休みのある日常です!

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