すた☆だす   作:雲色の銀

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第7話「各々の憂鬱」

 6月。梅雨の季節である。

 前にも言ったが、俺は梅雨が嫌いだ。じめじめしてて、蒸し暑い。

 そして何より、屋上で寝れない。

 

「はぁ~……」

 

 今日もバケツの水をひっくり返したような量の雨が降っている。

 俺はいつもより気怠そうに机の上に突っ伏していた。

 

 あぁ、憂鬱だ。

 

「おー、随分暗そうだな、はやと……」

 

 そう話しかけてきたのは、元気だけが取り柄のはずのあきだった。

 って、オイ。お前の方が暗そうだぞ。

 

「お前が言うな」

「んー?」

 

 あきはテンションの低いまま首を傾げる。

 おいおい、何があったんだよ。

 

「いやー、昨日徹夜でエrぶへっ!?」

 

 話の内容が大体分かった俺はフルスイングでバカの頭を殴ってやった。

 これで目が覚めるだろ。

 

「少しでも心配した俺がバカだった」

 

 コイツはもっと大バカだけどな。

 

 俺が憂鬱な理由は、屋上でシエスタ出来ないこと以外にもあった。

 まず、雨の所為で自転車に乗れない。傘を差しながら漕ぐなんて芸当出来ないし、合羽なんぞ持ってない。第一、雨の中で自転車に乗れば錆びる。

 

 そしてもう1つの理由。これは梅雨と直接関係はないが。

 

「はやと君、おはよう~」

 

 コイツだ。

 つかさとの進展が新学期始まってから全くないのだ。

 仲が悪いとか、喧嘩したとかではない。ただ、告白のチャンスがないだけだ。

 言い換えれば、2人切りの時が少ない。

 大抵、周囲には凶暴な姉やらヲタカップルやらがいる。

 屋上に行こうにも、ご覧の通り大雨。

 

「よぉ、つかさ……」

「あれ? 元気ないけどどうしたの?」

「何でもねぇよ……」

 

 本当は今すぐ言いたい。俺はお前が好きだって。

 

 さて、俺と同じような憂鬱を抱えた奴が、この教室内にもう1人いる。

 

「はぁ……」

 

 高良みゆき。眼鏡を掛けた学級委員長で、文武両道の完璧人間だ。

 そんなみゆきが小さく溜息を吐きながら、眺めているのはコイツの幼馴染、檜山みちるだ。

 

「!」

 

 やなぎに借りた本を読んでいたみちるは、みゆきの視線に気付き、微笑み返す。すると、みゆきは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 みちるもまた、みゆき同様の完璧超人で、甘いマスクを持つお金持ちである点も加味されて、非常におモテになられる。

 しかし、唯一の欠点が鈍感であることだ。その鈍さは「鉄壁の要塞」と称されるほどである。自分がモテていることすら自覚してないから、余計に恐ろしい。

 

「あ、あれ?」

 

 みゆきが視線を逸らしてしまった理由が分からず、首を傾げるみちる。

 みゆきもそこまで自己主張をしない性分なので、告白出来ずにかれこれ1年過ぎてしまったのだ。

 見てるこっちからすれば、さっさと付き合っちまえばいいのに。俺が言えたことじゃないけど。

 

「はやと~」

 

 困ったみちるは俺に助けを求める。こっちみんな。

 しかし、こんな人畜無害なお坊ちゃんにも、実はただ1つだけ厄介な点がある。

 

「みゆ」

 

 みゆきに話しかけようと席を立つみちる。

 その時、何故か落ちていたバナナの皮を踏んで転んでしまった。

 誰だ、教室でバナナなんか食った奴は。

 みちるはそのまま倒れ、机の角にガツンと頭をぶつけてしまった。

 とてもいい音がしたので、騒がしかった教室内が一瞬で静かになる。

 

 

「……ククッ、ハーッハハハハッ! 久々に外に出れたぜぇ!」

 

 

 倒れたままだったみちるは急に立ち上がると、性格が変わったかのように高笑いをする。

 

 そう、これがみちるが持つ厄介な点。二重人格だ。

 もう一人のみちる、「檜山うつろ」はみちると正反対の性格をしている。傍若無人で欲深く、逆らえば有無を言わさず暴力を振るう独裁者みたいな奴だ。

 つーか、何でこんな憂鬱な時期に目覚めるかなぁ。

 

「うわぁ……仕方ねぇ、行くぞ」

 

 流石のあきも、うつろにはドン引きである。

 あと、行くぞって誰に言ってんだ。

 

「俺が抑えるから、お前がダーツで眠らせるんだ」

 

 あきは俺に耳打ちする。あぁ、俺のことか。

 けど、その戦法はうつろを初めて見た時にやって失敗しただろうが。

 

「嫌だね。お前が頑張れ」

「ちょ!?」

 

 うつろに関わりたくない俺は、断固として拒否する。

 面倒臭いし、うつろは時間が経てば勝手にみちると入れ替わる。無理に敵対して痛い目を見るよりは、時間切れを待った方が得策だ。

 

「オイオイ、つかさに危害が及んでもいいのか?」

「よし、やろう」

 

 つかさを引き合いに出され、俺は渋々ながらも立ち上がる。

 現に、うつろはつかさ含むクラスの女子全員を手中に入れようとしたしな。もしかしたら、コイツはみちるがモテていることに気付いているのかもな。

 

 その後、俺達は(主にあきが)全力でうつろを抑えるべく戦ったのであった。

 

 あぁ、憂鬱だ。

 

 

☆★☆

 

 

 校庭に降りしきる、大量の雨。

 梅雨だからこそ仕方ないことだが、暗くてジメジメした雰囲気が不快感を与える。

 

 まぁ、そんなものより、俺は外に出ていた人間も教室内で駄弁っていることの方が不快なんだけどな。

 他クラスの奴もいる所為で、普段の2倍くらいは煩くなっていた。

 

 はぁ……憂鬱だ。

 

「湖畔君、ありがとう」

 

 イライラしながら、気を紛らわせる為に本を読んでいると、高校生と呼ぶには違和感のある程小柄な女子が話し掛けてくる。

 この女子、小早川ゆたかはよく俺にノートを借りていた。今も、笑顔でノートを返しに来たようだ。

 理由はサボっているからではない。生まれ付き体が弱いらしく、授業中に保健室へ行くことがよくあるのだ。

 

 で、小早川が一番頼りにしている女子、岩崎は保険委員として付き添うので、やはりノートを貸す必要がある。

 他にコイツ等とつるんでいて、しっかりしたノートを見せる人間は俺しかいなかった。

 

「ん」

 

 俺は小早川からノートを受け取ると、再び視線を本に移した。

 普段から大人しく、性格も悪い奴ではない。寧ろ、良い人間に分類される、まるで純粋な子供みたいな奴だ。

 他人と関わろうとしない俺でも、小早川との会話は別段不快感はなかった。

 

「オイオイ、それだけか? もうちっと愛想よくしねぇと」

 

 少なくとも、コイツよりは遥かにマシだった。

 今日も今日とて、かえでは俺に素晴らしいまでの憂鬱とウザさを振りまいてくれた。

 あーあ、外の雨水が硫酸になってコイツを溶かしてくれないものか。

 

「黙れ」

 

 俺は受け取ったノートを丸めて、かえでの頭を引っ叩いてやった。

 パコンッという心地良い音と共に、かえではその場に蹲る。いい気味だ。

 

「ってて……そんな態度だと、女の子にモテないぞ」

 

 頭を抑えながら、不満気に言い返すかえで。

 モテない奴に言われても何とも思わないし、まずモテたいと思ったこともない。

 

「で、でも、私は湖畔君が本当は優しいって知って」

「は?」

 

 変にフォローしようとする小早川を、俺は睨み付ける。

 俺が優しいとか、まだ思ってんのか。

 

「……湖畔君」

 

 そこへ、小早川を庇うように岩崎が立つ。

 普段からキツい目付きが、更に悪くなっている。

 

「……その態度は、私も直した方がいいと思う」

 

 小さい声だが、岩崎はハッキリと俺に意見を伝えた。無口なコイツがここまで喋ったのは、多分初めてのことだろう。

 岩崎は一番の友人である小早川をとても大事にしている。それを傷付けるような輩は、誰でも許さないってところだな。

 

「はいそうですかって直せれば、誰も文句言わねぇよ」

 

 数瞬だけ岩崎と睨み合い、俺はまた本を読み始める。

 人を避けたいと思っている俺にとって、今の態度を改める理由はないしな。

 大体、こんな不愉快な態度の奴に集まって来てるお前等の方が変わってるって気付けよ。

 

「そんなこと言って、ノートはちゃんと見易く書いてるんだよな」

 

 この一触即発の空気を壊すように、かえでは俺のノートを勝手に捲って今日の授業のページを見せる。

 中身は板書と授業の要点が見易く纏められている。

 

「俺が見易くしてるだけだ」

「けど、小早川達に見せるところ以外はこんなにしっかりしてな」

 

 余計なことを言う前に、今度はかえでをグーで殴ってノートを奪い返した。

 

 こんな騒ぎも、教室内で気にするものはおらず、日常のざわめきの中に消える。

 

 はぁ……憂鬱だ。

 

 

☆★☆

 

 

 梅雨は憂鬱の季節、と何処かの誰かが言っていた。

 確かに、雨の所為で一日中暗くて、湿気が多くジメジメしている。いい気分になる人間は少ないだろう。

 

 だが、ソイツが真に言いたいことはそんなことではない。

 「憂鬱は重なる」ということだと、最近になって分かった。

 

「うあー、雨は嫌いだー」

 

 机の上に突っ伏し、だらけながら文句を言う日下部。

 元気が取り得の日下部にとって、外で遊ぶことの出来ない雨は天敵なようだ。

 まるで男みたいな考え方だが。

 

「嫌いなのは分かったから。せめて自分の机でダラダラしろ」

 

 そう言いながら、かがみはグイグイと日下部の頭を押す。

 現在、日下部がいるのはかがみの机だった。

 始業式の日に背景扱いされたのが悔しかったのか、日下部はよくかがみに絡むようになったのだ。

 ……まぁ、5年間も同じだったのに気付かれなかったのは酷い話だとは思うがな。

 

「はぁ、そろそろ走り回りたいモンだぜー」

 

 日下部は陸上部所属だ。が、この雨では碌に走ることも出来ないだろう。

 陸上……マラソン。体力のない俺にはあまり耳に入れたくない話題だ。

 

「冬神も陸部入ればいいのに。体力ないし」

「ほっとけ」

 

 もう3年なのに、今更入ってどうする。

 

「みさちゃん、部活もいいけど、テストも近いよ?」

 

 日下部の後ろで、峰岸が優しい口調で指摘する。因みに、峰岸は日下部と対照的に茶道部と文化系である。

 峰岸の言う通り、期末試験まであと1ヶ月を切っている。

 俺やかがみのように普段から勉強を欠かさないものはともかく、日下部のような部活一筋の奴は不安要素しかない。

 

「うっ……いやぁ、ここに優秀な先生が3人もいるから」

 

 最初っから俺達を当てにするつもりだったのか。

 まったく、あきみたいなことを言うな。

 そういえば、日下部はあきやこなたと近いタイプである。もしかすれば、意気投合するかもしれない。

 

「少しは自分でやんなさい」

「丁度、雨で表に出れないしな」

「うぇぇ……」

 

 俺達が拒否の姿勢を取ると、日下部は涙目になる。口にしてはいけないが、本当に男みたいな奴だ。

 

 

 軽く談笑している俺達の空気を変えたのは、その時開かれたドアの音だった。

 

「…………」

 

 外から戻ってきたのは有名な不良、月岡しわすだ。

 購買に行っていたのか、ビニール袋を片手に持ち、自分の席に座る。

 鋭いツリ目と頬の三本傷は、相手に畏怖を与えるのに十分だ。

 あの傷は、他校の不良との抗争で付いたものだと言われている。

 

 今は何もするつもりはなさそうだが、少しでも気に触れれば何をされるか分からない。

 クラスメート達は月岡の顔色を伺いながら、談笑を続ける。しかし、教室内の空気はすっかり暗くなってしまった。

 

「……何で、学校来てるのかしらね」

「分からん」

 

 空気を悪くした張本人に顔をしかめながら、かがみが俺に耳打ちする。

 はやとでも授業をサボるくらいだ。月岡なら不登校をしていてもおかしくない。

 これは推測だが、奴はこの校内を自分のテリトリーとでも思っているんじゃないだろうか。

 自分に怯える生徒を見て喜んでいる嗜虐趣向の持ち主とか。だとすれば、噂以上の最低な人間だ。

 

「アイツ……」

 

 しかし、日下部だけは月岡に向ける視線が他と違っていた。

 相変わらず、月岡はビニール袋からソーセージを取り出し、頬張っている。

 

「何で、髪が濡れてるんだ?」

 

 日下部が気付いた点。それは、月岡の深緑の髪が湿っていることだった。

 購買は校内にあるので、買い物をするだけなら外に出る必要はない。

 が、月岡は何故か外に出た可能性がある。けど、その理由は?

 

「外で何かしていた、と?」

「顔を洗ったとか?」

 

 峰岸の言う通り、顔を洗えば前髪は濡れる。ならば、外に出たとは限らないな。

 

「不良の考えていることなど、知る訳ないだろう」

 

 それだけ言って、俺達は月岡の話題を終わらせた。

 日下部は最後まで納得いかないようだったが。

 ただでさえ雨が降っているのに、月岡しわすという存在が更に空気を重くする。

 憂鬱は重なるもの、だな。




どうも、雲色の銀です。

第7話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は梅雨の話でした!
作者は梅雨、嫌いですね。濡れると気持ち悪いじゃないですか。自転車乗ると錆びるし。

そして、最後に若干スポットの当たった月岡しわす。彼は一体何者なのか。それは次回判明します。
今回は繋ぎだから若干短めナノデス!(言い訳)

では、次回をお楽しみに!


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