すた☆だす   作:雲色の銀

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第3話「先輩と後輩」

 突如現れた、白風はやとと名乗る男とは簡単に自己紹介をして別れた。

 どうやら白風先輩は隣の隣の部屋に住んでいるらしい。何で隣じゃないんだ? 紛らわしい。

 

「そうだ、お前に用があったんだ」

 

 去り際に思い出したかのように話す白風先輩。

 何だ? 自己紹介が用事じゃなかったのか?

 

「今日の6時、101号室に集合だ。すき焼き兼お前の歓迎をするからな。お前が来ないとすき焼きが食えないから絶対来いよ」

 

 それだけ言って、白風先輩は自室に引っ込んでしまった。

 って、俺の歓迎よりすき焼きの方が重要なのか。

 

「……何なんだ、あの人は」

 

 早速知り合ってしまった変な先輩に溜息を吐く。煩くはないから、かえでよりはマシだろうが。

 俺も自室に入り、少し重いカバンを降ろす。部屋の中は質素でテレビや暖房なんかはない。

 設備といえば狭い風呂場、薄い布団に小さな冷蔵庫と申し訳程度の卓袱台のみだ。

 

「……監獄みたいな部屋だな」

 

 ボソリと呟く。実際は監獄よりマシだろうけどな。

 そんな狭い部屋に山積みされたダンボール。これから荷解きをしなくてはならない。半分位母さんが無駄に詰めた服やら雑貨だろうけど。

 俺は腕時計を見た。現在午後5時を少し過ぎた所だ。

 

「ま、少しぐらいは進めておくか」

 

 歓迎会までには少し時間がある。

 俺は目の前のダンボールに手を掛けた。

 

 

 それから、暫くして。

 ダンボールを2つ片付け、3つ目に差し掛かろうとしたところで、腕時計が目に入った。

 

「あ」

 

 時計は6時を15分程過ぎたことを指し示していた。

 折角の歓迎会に肝心の主役が遅刻。これはかなり印象が悪い。

 

「まぁ、いいか」

 

 けど、俺は別段気にしなかった。今更人からの印象がよくなろうとどうでも良かった。

 寧ろ悪い方が誰とも関わらず静かに過ごせるしな。

 流石に腹の減った俺は作業を中断し、先輩が言ってた部屋へ向かうことにした。自炊の手間も省けるし。

 

「ここか」

 

 目の前の部屋が101号室であることを確認し、インターホンを鳴らす。

 すると、すぐにドアが勢い良く開い――

 

ガンッ!

 

「あ? よう後輩、どうした?」

 

 勢い良すぎて、ドアが俺の額にぶつかってきた。

 どうやら開けたのが白風先輩だったらしく、額を押さえ痛みに悶える俺に軽く声を掛ける。

 

「ってて、先輩がドアを開けたから」

「ああ、遅刻の罰な。さっさと中入れ、お預け食らって死にそうなんだ」

 

 俺の説明を罰だと流し、俺を中へ招き入れる。

 遅刻した俺も悪いが、なんて自分勝手な……。

 

「……お邪魔します」

 

 唐突に食らった罰に、イライラしながらも俺は部屋に入る。

 

 中には煮えたぎるすき焼きを囲んだはやと先輩ともう1人、ここの大家の海崎隆也がいた。

 当然だが、海崎さんとは部屋を借りる時に既に面識がある。俺に気付くと、いきなり指差して笑い始めた。

 

「ぷっ、ははははっ! 派手にやられたな! ちゅーかはやと、もっと手加減してやれよ!」

「自分不器用ですから」

「嘘吐け!」

 

 爆笑しながら先輩に突っ込む海崎さん。漫才のようなやり取りを余所に、俺はムスッとしながら空いた場所に座った。

 

「ほら怒ってるぞ」

「はぁ、分かったよ。悪かった。卵やるから許せ」

「ちゅーかそれウチのだろ! 大家の冷蔵庫荒らすな!」

 

 先輩は全く悪怯れた様子を見せずに生卵を渡してきた。すき焼きに使え、ということなんだろうか?

 ここまでのやり取りで、先輩も海崎さんもかなりフリーダムな人物だというのが分かった。

 正直、喧しいな。質素なアパートからは想像も出来なかった。

 

「えー、コホン! んじゃ、新入生湖畔つばめの歓迎会を始める!」

 

 漫才が終わると海崎さんが咳払いをし、進行を努める。

 って、3人しかいないのか。静かに越したことはないが、ここの住人ってマジでここにいる人間で全部か?

 

「因みに他の連中は仕事だの大学だのバイトだの言って欠席!」

「ま、俺も年に2、3回合うだけだから気にすんな」

 

 何だ、いない訳じゃないのか。しかし、ここの住人は皆フリーダムだな。

 

「じゃあつばめ、自己紹介から始め!」

「えっ」

 

 突然海崎さんに指名され、驚く俺。随分と唐突だな。

 けど、何も言うことを考えていない。どうするか……。

 

「えっと……湖畔つばめです。よろしく」

 

 簡単に済ませることにした。これだけ言って、軽く頭を下げる。学校の時と同様、これで済めばいいのだが。

 

「おいおい、それだけかよ」

「もっと何か喋れ~」

 

 フリーダムコンビはお気に召さない様で、煽ってきた。

 海崎さんなんか、既に缶ビールを開けて飲んでいる。完璧に宴会の乗りだな。

 けど、他に話すことなんか特にない。

 

「いいだろ、好きなことやら嫌いなことで」

「話さなきゃすき焼きはお預けだ」

「さっさと話せ、さもなくばその辺に埋める」

 

 軽い態度で促していた先輩だが、すき焼きが掛かると必死に俺を脅してくる。その右手に握られたダーツは何処から取り出したんですか。

 埋められるのは困るので、適当に思いついたことを言ってみた。

 

「好きなものは読書、嫌いなものは雑音と騒がしい人間です」

「あー、分かる。年がら年中煩い奴とかいるよな」

 

 先輩は嫌いなものに共感するように頷いた。何処にもいるんだな、騒音発生機。

 

「じゃあ早速肉を」

「恒例の質問タイム!」

「海崎テメー!」

 

 肉に箸を伸ばそうとした先輩の手を、酔っ払った海崎さんがはたき落として俺の話題を引っ張った。つーか、先輩はどれだけ肉が食べたいんですか。

 

「質問! つばめ君は彼女とかいるのかな?」

 

 酔っ払いはそのまま定番とも言える質問を俺に振ってきた。予想はしてたけど。

 

「……いません」

 

 俺は正直に答えた。こんなことで嘘を吐いても仕方ないしな。

 

「そっかそっか~。いるって答えてたら埋めてるところだぜ~」

 

 酔っ払いは何故か嬉しそうにしながら、さり気なく物騒なことを口にした。

 アレか? 今は気に入らない奴を埋めるのが流行ってんのか?

 

「海崎さん、そろそろ食わないと肉が硬くなる」

 

 どうしても肉が食いたい白風先輩は真面目な顔をして、海崎さんを促した。そういえば何時から煮込んでるんだ?

 

「おお、そりゃ困るな。よし、乾杯して食おう!」

 

 2本目の缶ビールを開け、海崎さんが音戸をとる。

 俺達のコップは先輩がコーラを注いで準備した。

 やれやれ、やっと飯が食える。

 

「では、湖畔つばめの歓迎を祝して!」

「「「乾杯!」」」

 

 

 

 その後、肉の取り合いになったり、酔っ払いから質問責めにあったり、余ったすき焼きを先輩がタッパーに詰めて持って帰ろうとしたりした。

 我ながら、柄に合わず騒いでしまったような気もする。

 

「オイ、後輩」

 

 海崎さんが完璧に酔い潰れてしまった頃、先輩が俺を呼んだ。

 ま、そろそろお開きだろうな。全然歓迎された気はしないけど。

 

「表出ろ。頭冷やしにいくぞ」

 

 まるで喧嘩でもしに行くような風で先輩は外を指差した。

 殴り合って仲良くなる、なんて熱血キャラに見えないから普通にクールダウンなんだろうな。

 言われるがまま、俺は先輩と外をブラブラと歩き出した。時間は9時半。外は既に真っ暗で通行人も殆どいない。

 

「何処行くんですか?」

 

 あまり遠くまで連れて行かれても困る。まだ荷解きも終わってないし、明日も学校はある。

 俺は行き場所だけ聞いておいた。

 

「さぁな。適当だ」

 

 本当にノープランですか。

 10時までには引き返せるようにしようと思い、俺は歩き続けた。

 そういえば、2人きりになってから先輩はあまり話さない。静かでいいが、妙な緊張感が俺達の間を漂う。

 

「つばめ」

 

 自販機の前に立ち止まり、先輩は今度は俺の名前を呼んだ。

 自販機の明かりが俺と、先輩の真面目そうな顔を照らす。

 

「お前、人と交流すんのが怖いだろ」

「っ!」

 

 先輩は急に俺の心を突き刺すように言い放った。

 は? 何を訳の分からないことを……。

 

「な、何でそんなことを?」

「図星だな。それも女が関係してるだろ」

 

 数時間一緒にいただけで、俺の内面を見透かすかのように先輩は言った。

 バカな……何で分かったんだよ。

 

「ま、内に暗いモン持ってんのはお前だけじゃないってことだ」

 

 先輩は俺の図星を突けたことが嬉しいのか、そのまま自販機で缶コーヒーを買った。

 意味が分からない。何故赤の他人にそこまで!

 

「そう睨むなよ。別にお前の過去に興味はないし、話したくないなら話さなくていい」

 

 先輩は手をヒラヒラと振り、ガゴンと落ちてきたコーヒーを取った。

 ますます意味が分からない。興味ないなら、何でこんな話をしたのか。

 

「これからお前は1人で生きていくんだ。風邪を引こうが、寒さに震えようが。自分の闇と向き合う時もな。けど、頼れる人間の1人や2人ぐらいは作っとけ。必ず役に立つ」

 

 先輩は、まるで自分の体験談でも話すような口調で話し、俺に缶コーヒーを渡してきた。

 それは先輩としての助言だろうか。俺の性格を見透かした上での助言なら、もしかするとすごい人なんじゃないか?

 

「因みに今は、俺はお前を助ける気はない。ようこそ、陵桜学園に」

 

 先輩はもう1本コーヒーを買い、俺が持ったコーヒーにカツンと当てた。

 ……不思議な人だ。いい笑顔で助ける気はないと見放したり、人の図星を遠慮なく突いてきたり。

 変な先輩の態度に、何時の間にか俺も嫌悪感を抱かなくなっていた。

 

「……ありがとうございます、白風先輩」

「はやと先輩でいい。その名字あまり好きじゃないんだ」

 

 はやと先輩は決していい人間じゃない。が、悪い人間でもなさそうだ。

 俺は苦笑しながらコーヒーを飲んだ。

 因みに先輩のが微糖で、俺のは嫌がらせのつもりかブラックコーヒーだった。

 

 

 

 翌日。

 はやと先輩は先に学校に行ってしまったようなので、1人で登校した。まぁ一緒に行く理由も特にないんだが。

 そういえば、昨日の発言から推測するとはやと先輩にも言いたくない過去があるらしいな。一体何なのか……。

 

「オッス、つばめ!」

「……おはよう」

 

 教室に入ると、昨日のように喧しいかえでと、寡黙なさとるが話し掛けてきた。

 昨日のはやと先輩に言われたことが頭の中に浮かび上がる。

 煩いが表裏のないかえでに、笑いのツボは不明だが冷静なさとる。コイツ等は果たして信用するに値する人間か。

 

「……おう」

 

 俺は不器用にも手を挙げ、挨拶をし返した。

 コイツ等は俺の初日の態度を知っているはずだ。なのに今日も親しそうに接してきた。

 恐らく今は信用してみる価値はあると俺は踏んだのだ。

 

「っ! 相変わらず無愛想だな! このこの~!」

「黙れ」

 

 俺が普通に挨拶し返したのがそんなに嬉しかったのか、かえでは笑顔で俺を小突いてきた。

 やっぱり1度ブン殴ろうか?

 っと、その前に聞いておきたいことがあった。

 

「小早川」

「えっ? あ、はい!」

 

 岩崎と話していた小早川に声を掛ける。俺の中でずっともやもやしていたことを聞きたかったんだ。

 

「何故、昨日俺をいい人だと言ったんだ?」

 

 俺は決していい人と呼ばれる人間じゃない。

 人との繋がりを断とうとし、関わった人間を不幸にする。そんな奴がいい人なはずがない。

 

「だって私からぶつかったのに、怒らず逆に謝ってくれましたよね?」

 

 拍子抜け、とはこのことだ。

 悪かった。その一言だけでこの少女は俺を善人扱いしたのだ。それなら世の中は善人だらけだろうが。

 

「それだけか?」

「あと、私を心配してくれました!」

 

 小早川の答えに俺は驚いた。

 俺は心を読まれやすいのだろうか? 無愛想なのは自覚してるが、先輩に続いて小早川にまで。

 

「俺は……善人じゃ」

「そう突っぱねんなって! 自己紹介の発言でもお前がいい奴だって分かってるからさ!」

 

 俺の否定の言葉を後ろからかえでが遮った。

 自己紹介……ああ、バカが呟いた岩崎への印象をパクったアレか。

 

「アレで岩崎を庇った。違うか?」

「いや、アレは」

「……ありがとう、ございます」

 

 さとるもかえでに続き、俺の否定も聞かず話を進める。終いには、岩崎が頭を下げてしまった。

 俺は別に他人が寄り付かなければいいと思っただけで……。

 

「はぁ……もう勝手にしてくれ」

 

 否定するのも面倒になり、俺は溜息を吐いた。

 これが俺のこれからに役立つのか、先輩の助言が疑わしくなっていった。

 

 

☆★☆

 

 

 いやー、昨日は我ながら恥ずかしいぐらいに盛り上がった。これもすき焼きの魔力だな、うん。

 海崎さんはどうやら二日酔いらしく、家の前で会った時には気持ち悪そうにバイトに向かっていた。ビール何本飲んだんだよ。

 

「はやと君、何かいいことあったの?」

 

 ふと、教室でつかさがそんなことを聞いてきた。おっと、機嫌いいのが表に出てたか。

 

「昨日ウチのアパートに面白い後輩が来たんだ」

 

 俺はつばめのことをつかさに話した。

 歓迎会の席で、人と話すのが苦手そうにしていたこと。海崎さんが女の話をしだした瞬間機嫌が悪そうにしたこと。そして何処か影を抱えているような態度。

 まるで去年までの俺を見ているような気分になった。だから放って置けなかったんだと思う。

 

「アイツもまだこれからだ。上手くやっていけるだろうよ」

「そっか~」

 

 ニコニコと、楽しそうに俺の話を聞くつかさ。

 俺も主にコイツのおかげで立ち直れたんだ、つばめの傍にも支えになる奴が現れるといいけどな。

 可愛げのない後輩の行く先を気にしつつ、俺は隣の天然娘と何気ない今日を過ごしていくのだった。

 ……何時、告白すっかなぁ。

 

 

 




どうも、銀です。

第3話、ご覧頂きありがとうございました。

今回はつばめとはやとの初絡みでした!

はやとはどうやらつばめに、以前の自分と似たものを感じたようです。
あの助言も第1期での経験を元にしていますので、結構な説得力があったと思います。

因みにはやとが買ったコーヒーですが、つばめがまだまだ心の闇が晴れてない状態(ブラック)、はやとは少しだけ晴れた状態(微糖)を表してます。
アイツ等、カフェ・オレ飲めるのかな(笑)?

次回は時間を少し戻してあきとゆたかの出会いをやります!あき爆死しろ!

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