初日から面倒な奴に絡まれてしまったと、教室に着いてからもつくづく実感させられた。
霧谷かえでと俺、湖畔つばめは、よりにもよって名前順で前後の位置となってしまったのだ。
「おー、こりゃ運命的だ。あっはっは!」
呑気に笑っているコイツを殴り飛ばしたい。
これから四六時中、コイツの話し声を聞きながら過ごさなければならないと思うと、憂鬱になる。
イライラしながらも席に付き、
「お、さっきの」
後ろを向いて勝手に話していたかえでが、何かを発見したようだ。
俺も振り向くと、2つ後ろの席には先程俺にぶつかって来た女子が座っていた。
「あ……どうも」
向こうもこちらに気付いたのか、挨拶を交わしてきた。
静かに過ごしたいというのに、余計なことを……。
「いいなー、可愛い女子が近くでさー。俺なんか無愛想な野郎が真後ろだぜ?」
悪かったな、無愛想で。
コイツ、いい加減に殴り飛ばしても問題ないと思う。
握り拳を押さえていると、後ろの女子は右前の席、つまり俺の右後ろの女子と会話していた。
「……お腹の調子、平気……?」
「うん、ただのトイレだったから大丈夫だよ~」
見た目が小さいと思ったら、どうやら病弱らしい。
で、右にいるエメラルドグリーンの髪の女は俺と同様に無愛想だ。
ただ、友達を心配している辺り悪い奴ではないらしい。
「皆席に付けー」
と、ここで教師らしき眼鏡を掛けた男がやって来た。やっとHRか。
高校最初のHRは自己紹介だった。
人と関わりたくない俺にとって、全く無意味なことだ。
まずはダークグレーの髪に群青色の眼の、これまた無表情な男子が前に立った。
このクラスは静かそうな奴が多くて助かる。
「
それだけ言うと、石動は軽くお辞儀をして席に戻った。
あんなモンでいいのか。俺もそうしよう。
「もうちょい何か喋れよー」
簡素な紹介が気に食わないのか、かえでが野次を飛ばした。迷惑な奴だ。
石動は数瞬考え、再び壇上に立つ。余計なことを……。
「趣味は読書だ」
ただそれだけ言って、自己紹介を終わらせてしまった。
いいぞ、アイツとは気が合いそうだ。
「え、えっと……次!」
困った様子の教師は自己紹介を次に回した。
初めがあんな自己紹介では困るのも無理はない。俺は気に入ったけど。
順番が回って来た、右後ろの無愛想な女が前に立つ。
「
コイツも石動と同様に、簡単な自己紹介だけして戻って来た。
こんな奴ばっかりのクラスなら、俺も満足なんだけどな。
「あの子、結構可愛いじゃん」
ふと、近くの男子の話し声が聞こえて来た。
興味はないが、確かに顔は悪くはない。変わらない表情とツリ目が冷たい印象を与えるけど。
「俺同じ中学だったんだけど、アイツ喋んないし暗いし、いつも本読んでばっかで気味悪いぜー?」
ところが、違う男子からはキツい評価が下された。
喋らないし暗いし、いつも本を読んでいたら気味悪いのか。そうかそうか。
じゃあ、俺にも人は寄り付かなくなるな。安心した。
「ほぅ……」
だが、極度のお節介野郎のかえでは目を光らせていた。
コイツも今の話が聞こえたんだろうが、何を企んでいるのやら……。
ま、岩崎に標的が移れば俺の被害は減るからいいことではあるな。
「俺の出番だな」
俺達は名字順では早めに順番が回ってくる。
言い換えればさっさと終わらせられるってことだ。面倒なことは早く終わらせるに限る。
「俺は霧谷かえで! 好きなものは笑顔! 特技は笑わせること! 座右の銘は「笑う角には福来たる」! 皆、スマイルスマイル!」
笑う笑うと連呼する自己紹介に、俺は耳を塞ぐ。
鬱陶しいことこの上ないな、全く。
「そして、俺には目的がある!」
まだ続けるか。長い自己紹介に、俺はかえでをキツく睨む。
「それは、岩崎みなみを笑わせることだ!」
高らかに宣言するかえで。
いきなり名指しされた岩崎は疎か、教室内の人間全員がポカンとしていた。
何だコイツ、バカなのか?
「ついでにつばめ、お前もだ! 以上!」
ついでかよ。こっち見んな、指差すな。
宣言し終わると、遣り遂げたと言いたげな表情でかえでが戻って来た。
「何のつもりだ」
「俺は岩崎の笑顔が見てみたい。それだけだ」
「黙れ」
俺は俺を指差したことについて尋ねたつもりだったが、バカ野郎は岩崎について答えやがった。
当の岩崎はかえでを見ないようにしている。間違いなくドン引きされたな。
それより、次は俺なんだが……あの自己紹介の後だと、気まずくて仕方がない。
この男は何度俺に恥をかかせれば気が済むのか。
「ほら行けよ」
かえでが肩を叩きながら俺を促す。
そろそろ顔面をグーで殴っていいレベルだな。
俺は気怠そうに前へ出ると、改めて1年共に過ごすクラスメートの顔を拝んだ。
欠伸を欠いてる奴、ヒソヒソ話している奴、まともにこちらを見ている奴、ケラケラ笑いながら眺めるバカ、色々だ。
そうだな……本心でも述べておいてやるか。
「湖畔つばめ。本ばかり読む気味悪い人間だ。よろしくしないでいい」
そう言って、俺は席に戻った。
これで俺と関わり合いたい奴はこれ以上出て来ないだろう。
「何だアイツ?」
「感じ悪ー」
案の定、周囲の俺を見る目は冷たいものへと変わった。
「お前なぁ……」
流石のかえでも、俺の自己紹介に呆れている。
これでいい。俺は誰とも関わらないで済む。
上辺だけ見る奴とも、暑苦しく馴れ合おうとする奴とも親しくする気はない。
「くくく……っ」
何故か石動にはウケていたようだが。
笑う所じゃないぞ、お前。
『そろそろ私の番だ……』
「お、あの子の番だぜ」
気付くと、後ろの席の小さい女子が前に立っていた。
『最初が肝心だよね……明るく振舞わなきゃ……』
何やら俺を見て考えているらしい。
ま、第一印象は大事だからな。俺みたいなのは反面教師にすることだ。
「小早川ゆたかですっ。こんななりですが、飛び級小学生とかじゃないですよー。なーんて……」
と、顔を赤くしてダボついた袖をヒラヒラと振りながら話す。
何だ、今の。ギャグのつもりか?
だが、周囲は全くウケていない。寧ろ白けている。
「っ! く、くく……!」
唯一、石動のみ腹を抱えて声を出さずに笑っていた。アイツの笑いのツボは分からん。
『あ、あれ!? お姉ちゃんの影響受けて、マニアックになっちゃってるのかな……』
笑いを取れず、落ち込んだ様子で戻る小早川。
あの落ち込み様、慣れない真似をしたな。哀れな……。
その後もとんとん拍子に自己紹介は行われていった。
覚える気もないから大半は聞き流したがな。
☆★☆
3年生開始早々、怠さがピークに達した。
俺の目的である「つかさと同じクラスになる」が既に達成されたからだ。
初日なんだし、さっさと解散しようぜ。
「まぁ勉強せぇと口喧しくは言わんけど、高校最後の年やし有意義に過ごすよーに」
でも、まさか今年度も黒井先生が担任だとはな。
周囲の奴等も去年とあまり代わり映えのしない連中ばかりだ。
「さて……ほいじゃ早速、役割分担やけど……」
……ハッ!?
しまった、つい居眠りをしてた。
気付けば黒井先生はおらず、皆帰り支度をしていた。
何だ、もう終わったのか。
けど何か重要なことをする直前だったような……?
「よぅ、保険委員」
「あ?」
カバンを持ったあきが話し掛けてくる。
保険委員? お前、それ去年の話だろ?
「はやと君、また寝てて……」
「勝手に決められてしまったんです」
「……え?」
つかさとみゆきが補足説明をした。
って、またかよ!? また居眠りした所為で保険委員かよ!?
「ま、頑張りたまへ~」
こなたの一言に、俺はガックリ頷垂れる。
拒否権すら行使してねーぞ……もし翼があったらなぁ。
☆★☆
予想外の出来事が起こった。
目の前には深緑の髪にダークブラウンの鋭い眼、頬には3本の傷がある男。
「月岡、しわす」
月岡はカタコトに喋り、自分の席に付く。
アイツは確か、陵桜でも札付きの不良だと噂されている。
あのガタイの良さと獣のような眼光、何より喧嘩の跡と思える傷跡から容易に推測できる。
まさかそんな危険な奴と同じクラスになるなんて……。
月岡の一挙一動で教室内が不安そうにどよめく。
かがみに危険が及んだ時に俺が守り切れるかどうか……。
「アイツの傷跡、何か格好良くね?」
唯一、日下部のみ平気そうにしていたが。
というか、何故面白そうに指を差していられるのか。
「……えー、自己紹介は以上だな。次は役員決めだが……」
桜庭先生も月岡を気にせず、いつもの面倒臭そうな様子で進行している。
……問題ないのか? あの危険そうな人物が。
「……ということがあったんだ」
役員決めを終え、今日の授業は終了。
俺達ははやと達のクラスへと足を運び、月岡について話していた。
「そんな奴なら学校来なくなるんじゃねーの?」
あきが気楽そうに話す。ああ、コイツも日下部と同類のバカだったな。
「妙な因縁を吹き掛けられたら怖いだろう」
相手は不良。何をしでかすか分からない。今も、堂々とタバコを吸っているかもしれん。
「じゃあ
はやとも何でもないかのように言った。
コイツ等、他人事だからって……!
「んなことより、カラオケにでも行こうぜ!」
「いいねー!」
俺の話を打ち切り、カラオケに誘い出す能天気なあき。その軽さが羨ましいよ、全く。
「あ、悪ぃ。俺は用事があるんだ。じゃあな」
だが、はやとはカバンを持ってさっさと帰ってしまった。
妙に浮かれているようだが、何かあったのだろうか?
☆★☆
役員決めも済み、今日は解散となった。
全く、散々な初日になった。
「お前はどうして愛想よく出来ないかね~」
その7割5分がコイツの所為であることは間違いない。
霧谷かえで。コイツはこの1年で確実に俺の障害になる。
「オイ、顔面殴らせろ。グーで」
「何故に!?」
「黙れ」
とりあえずは今日の鬱憤を一発晴らしておこう。
俺はかえでの肩を掴み、右拳を握る。
「やめとけ」
すると、意外な方から制止が入った。
散々俺の紹介で笑っていた、石動さとるだ。
「おおっ! お前良い奴だな!」
救われたかえでは早速絡んでいた。
ウ ザいことこの上ない。
「殴ってもこの男は黙らない」
「……だな」
「アレー? 俺、微妙に貶されてない?」
石動の言い分も一理ある。殴ったところでますます喧しくなるだけだ。
俺は石動の言葉を聞き入れ、拳を解いた。
「まあいいや。えーと、さとるだっけ? お前も笑顔にするからな!」
「もうなった。お前等を見ていると退屈しない」
堂々と宣言するかえでに速答する石動。
さっきまで笑っていたのに気付かなかったのか?
「つばめにかえで、お前等は面白いな」
「ああ!」
「一緒にするな。吐き気がする」
何考えているのか分からないが、石動――さとるなら話し相手ぐらいにはいいかもな。
「あの~……」
今度は後ろから声が掛けられる。振り向くと、小早川と岩崎が立っていた。
何なんだ。俺と話しても得なんかまるでないぞ。
「さっきはぶつかってごめんなさい!」
小早川は深々と頭を下げた。何だ、あんなことをまだ気にしていたのか。
「……別に。こっちこそ悪かったな」
別段気にしていなかった俺は適当に返す。
すると、小早川から予想外な言葉が飛び出した。
「やっぱり、湖畔さんはいい人ですね!」
「……はぁ?」
純粋無垢な笑顔を見せ、小早川は岩崎と共に教室を出て行ってしまった。
俺が、いい人……?
「あははははっ! つばめがいい人ってありえブッ!?」
精神を落ち着ける為、ウザいかえでをやっぱり殴っておいた。
何なんだ、いい人って!?
若干キレ気味で、俺は今後暮らすことになるアパートに向かっていた。
その道中、ずっと小早川の言葉にイライラしていた。
何故、俺がいい人なんだ?
何故、俺の周りには喧しい奴が集まるんだ?
俺はただ、静かに暮らしたいだけなのに。
「ここか……」
人の気配がまるでしないアパートの前に俺は足を止める。
デカい荷物は既に送っており、後は手に持っている小さい荷物を広げれば引っ越し完了になる。
俺は階段を登り、自分の部屋の鍵を開けた。
「オイ」
右側からいきなり呼ばれ、俺は顔を声のした方へ向けた。
隣の部屋の前に立つ、空色の髪の男。
着ている制服から、陵桜の生徒であることはすぐに気が付いた。恐らく先輩で、このアパートの住人だろう。
ならば、 挨拶しない理由がない。
「お前が新住人で新入生の湖畔か」
「はぁ」
男は気怠そうな風に喋る。そして、俺が湖畔つばめだと確認すると、近付いて来た。
「俺は白風はやとだ。ま、気楽にやろうぜ」
先輩、白風はやとはそう言ってニィッと笑った。
どうも、雲色の銀です。
第2話、ご覧頂きありがとうございました。
今回は1年サイドの紹介がメインで、3年が少々でした!
つばめ、かえで、さとるとゆたか、みなみに今回登場しなかったひよりともう1人のオリキャラで1年生サイドは進行していきます。
しかし、つばめは仲良くする気0。どうなることやら……。
そしてはやととの顔合わせ。
どうしようもない2人の絡みはどうなるかは次回をお楽しみに!